別章【邪馬台国の研究、れんだいこの新邪馬台国論】 |
更新日/2025(平成31.5.1栄和改元/栄和7)年3.1日
(れんだいこのショートメッセージ) |
邪馬台国論の道に踏み入れば入るほどミステリーを深める。れんだいこは今も持論を持たない。しかるに何故に拘るのか。敢えて言えば、思考を鍛えてくれるからであるとも云える。ああでもないこうでもないの宝庫であり、然るに卑弥呼の魅力が頭から離れない。恐らく他の方も同じような思いであろう。つまり、邪馬台国論はある種の中毒性で持って我々の脳を捉える。害がなければ良いことではなかろうか。れんだいこのいわば趣味の世界です。ゆっくり時間を取って再度考究して見たい。貴重な視点も随所にいれております。未整理未完。 こう書きつけておいたが、漸くれんだいこの邪馬台国論が纏まり始めた。そこで「邪馬台国の研究、れんだいこの新邪馬台国論」と銘打って本サイトをますます充実させて行くことにする。2011.8月のお盆は結局どこへも行けず、本サイト充実に明け暮れました。かなり進化しました。ご堪能ください。 2003.9.21日、2011.8.14日再編集 れんだいこ拝 |
れんだいこの新邪馬台国論 | |
倉橋日出夫氏の「古代文明の世界へようこそ」 | |
出雲王朝と邪馬台国を結ぶ点と線考 |
目次 | ||||||
【邪馬台国考察前の予備知識】 | ||||||
第1部 | 中国、朝鮮、倭国の交流文献考その1 | |||||
中国、朝鮮、倭国の交流文献考その2 | ||||||
中国、朝鮮、倭国の交流文献考その3 | ||||||
第2部 | 三世紀に至る朝鮮史 | |||||
第3部 | 三世紀の畿内政権 | |||||
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第4部 | 任那府について | |||||
第5部 | 倭国旧百余国考 |
【魏志倭人伝原文】 | |
第1部 | 漢文 |
第2部 | 和文読み下し |
第3部 | 文節仕分け文 |
第4部1 | 魏志倭人伝総合解説(1)、理解の前提としての予備知識 |
第4部2 | 魏志倭人伝総合解説(2)、予め議論を為しておくべき事項整理 |
第4部3 | 魏志倭人伝総合解説(3)、紹興本の邪馬壹國、後漢書倭伝の邪馬臺國記述考 |
第4部4 | 魏志と魏書、魏略倭伝逸文、後漢書倭国伝の対照考 |
【魏志倭人伝各条解説】 | |
【れんだいこ式解読のための取決め一覧表】 | |
第1部 | 序文と郡から狗邪韓国に到るまで |
第2部 | 對馬国から不弥国に至るまで |
第3部 | 投馬国から邪馬臺国に至るまで |
第4部 | 女王国衛星諸国と狗奴国について |
第5部 | 倭国の風俗について |
第6部 | 女王国、卑弥呼について |
第7部 | 女王の外交史、その死と宗女壹與の登場 |
第8部 | その後の空白の4世紀について |
第9部 |
【邪馬台国考察】 | |
第1部 | 別章【邪馬台国論、同論争の歴史的意義について】 |
第2部 | 「邪馬台国」比定諸説論争史(1)論争史 |
第3部 | 「邪馬台国」比定諸説論争史(2)論争史 |
第4部 | 「邪馬台国」比定諸説 |
第5部 | 「邪馬台国」比定諸説論争史(1)概括 |
第6部 | 「魏志倭人伝」諸国通欄表 |
第7部 | 別章【四国説考】 |
第8部 | 別章【吉備説考】 |
第9部 | 別章【エジプト説考】 |
第10部 | 別章【山形明郷氏の朝鮮半島説考】 |
「内藤湖南/卑彌呼考」 |
【補足、関連事項考察】 | |||
第1部 | 卑弥呼の鬼道考 | ||
当時の女王国体制考 | |||
海部氏系図考 | |||
第2部 | 物部氏考 | ||
第3部 | 東遷説考 | ||
第4部 | 吉野ケ里遺跡考 | ||
第5部 | 金印考 | ||
第6部 | 三角縁神獣鏡 | ||
鉄刀考 | |||
玉、勾玉、翡翠考 | |||
古墳考 | |||
第7部 | 宇佐八幡神宮について | ||
第8部 | 別章【古田武彦氏の所説考】 | ||
第9部 | 倭の五王(讃、珍,済、興,武)考その1 | ||
倭の五王(讃、珍,済、興,武)考その2 | |||
「広開土王碑」考 | |||
第10部 | 狗奴国考 | ||
別章【八切史学考】 | |||
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(私論.私見)