概要「大和王朝に先行する邪馬台国の女王卑弥呼と壱与の呼称は、漢音では意味が分かりにくい。むしろカタカムナ語の表音であると思われる。同様に、古事記の神武天皇以降33代推古天皇(豊御食炊屋比売)まで、日本書紀の40代持統天皇(高天原広野姫)までの神々や天皇の尊称は漢字表記されているもののカタカムナ語で理解すべきと思われる。尊称は、表音文字だけのもの、表意文字と混合したものとに識別することができるが、主として神々はカタカムナ系表音文字であり、天皇は表意文字で表記されているように思われる。但し、漢字の表意とカタカムナの表音の組み合わせの場合もある。例えば、神武天皇の尊号『神倭伊波礼毘古(カムヤマトイワレヒコ)』は、『神倭』が表意文字、『伊波礼毘古』が表音文字である。『伊波礼毘古』は『イワレヒコ』と読み、これをカタカムナ語で解読してみると、『朝日(ヒ)の昇るような勢いを持って入る』という意味になる。留意すべきは、ヒミコの『ミ』のような最高のチカラは見られない。
7世紀後半の持統天皇の代に至って、天皇のカタカムナ語尊称は終止符を打った。この頃、大和の国号が倭から日本へと表記替えされており、カタカムナ語による天皇尊称名の廃止が同時対応しているように見受けられる。このことは、カタカムナ人との歴史的決別を意味していると思われる。
歴代天皇の諡号と尊号を対比しておく。諡号は後代に贈られた美称 、尊号(日本書紀より)は稗田阿礼が語り伝えたと思われるカタカムナ語と推定できる」。
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諡号 |
尊号 |
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1 |
神武(ジンム) |
イワレヒコ. |
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2 |
綏靖(スイゼイ) |
ヌナカワミミ. |
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3 |
安寧(アンネイ) |
シキツヒコ タマデミ. |
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4 |
懿徳(イトク) |
スキトモ. |
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5 |
孝昭(コウショウ) |
エシネ. |
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6 |
孝安(コウアン) |
クニオシヒト. |
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7 |
孝霊(コウレイ) |
フトニ. |
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8 |
孝元(コウゲン) |
クニクル. |
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9 |
開化(カイカ) |
オオヒヒ. |
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10 |
崇神(スジン) |
イニエ. |
日本書紀では、「五十瓊殖=イソニエ」と呼称されている。 |
695年、持統天皇の御代、日本国号と天皇称号を決定。712、古事記撰上。762天平宝字6)~764年(同8)年、淡海三船により神武天皇から持統天皇、元明・元正天皇の諡号が一括撰進された。淡海三船(722~785、養老6~延歴4)は、奈良時代の文人で続日本紀の編纂作業に参加し懐風藻を著している。政治的には壬申の乱で大友皇子を葬り去
った大伴氏の失脚を図ったりしている。諡号と尊号の意味が相通 じていることからして、淡海三船人がカタカムナ語解読の能力を究めていたことが判明する。
使用された漢字は次の通りである。
上 |
美諡 |
神聖賢文武成康獻懿元章釐景宣明昭正敬恭荘粛穆戴翼襄烈桓威勇毅克壮圉魏安定簡貞節白匡質靖真順思考顕和元高光大英睿博憲堅孝忠恵徳仁智慎礼義周敏信達寛理凱清欽益良度類基慈斉深温譲密厚純勤謙友廣淑霊栄比舒賁逸退偲宜哲察通儀経庇協端休悦容確紹世果 |
中 |
平諡 |
懐悼愍哀隠幽沖夷懼息 |
下 |
悪諡 |
野躁伐荒蕩戻刺虚戻墨亢千専苛介暴虐凶慢毒悪残頑昏驕惑溺僞詐詭奸邪慝危覆敗費 |
天皇の諡号.尊号について、本居宣長の古事記伝の「十八の巻」P1057は次のように記している。
「神倭伊波禮毘古命、御名の義上巻伝十七の末に見ゆ。書紀に、諱彦火々出見とあるは、心得ぬ書きざまなり。先此天皇をも彦火々出見と申せしことのよしは、伝十六の末に云るが如し。然るに是を諱としも書れたるは、漢国の史どもに、某帝、諱某と云例に倣てなれども、甚く事たがへり。皇国の上代の天皇たちの大御名は、諱と申すべきに非ず、凡て尊むべき人の名えを呼ことを忌み憚るは、本外国の俗なり。名は本其人を美称ていふものにて、上代には称名にも多く名てふことをつけたり。大名持などの如し。(中略)後の漢様の諡号神武天皇と申す、凡て御代々々の漢様のの諡のこと、書紀の私記に、師説に『神武等の諡名者、淡海御船奉勅撰也』とあり、まことに然るべし云々」。 |
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