38 2003政変検証

「2003年政変」考 れんだいこ 2003/07/29
 「2003年政変」が起るかどうか確信は無い。しかし、こたびの民主党と自由党の合同劇が不発に終わるとも思えない。客観情勢は明らかに政界変動を待望しているように見える。現代政治のつまらなさの一つに、自民党の幼稚化がある。どういうことかというと、1955.11.15日の日本民主党(鳩山党首)と日本自由党(緒方党首)の大合同による自民党結成は、三木武吉と大野伴睦という両策士の功ありとはいえ並大抵のものではなかった。これを逆にいうと、ハト派対タカ派、党人派対官僚派、その他政治理念、政策の根深い対立がそのまま持ち込まれたことを意味する。そういう事情から当然の如く派閥が生まれ、この派閥のドンが総裁の座を射止め、総理への階段を昇っていく方程式が出来上がった。

 この党が如何に優れていたかというと、文字通りの意味で議会制民主主義と民主集中制の諸原則を踏まえた大人の政党であったことにある。案外と指摘されていないが、この党は、組織論から云えば理想的な運営をしてきた。党内に派閥が認められるということは、異論の有るのは日常茶飯事でむしろこれを尊ぶことになる。通常は派閥単位で群れるが、時に政策単位で群れることもある。よく学び、よく議論し、よく飲み食いし、よく駆け引きする。こうしてまさに民主を尽し、機関決定となるや集中する。必ずしもその通りにならない場合もあるが、相互に自由・自主・自律で事に処することを認め合う「大人の関係の結社」足りえているように思われる。

 では、今、何故に自民党の危機が云われるのか。それは、端的に云えば人材の枯欠ということになるが、その背景を探らなければ意味が無い。要するに、自民党結党以来の権力闘争が遂に、アメリカナイズされたタカ派系の勝利のもとに決着し、以来政治が形骸化し組織がますます硬直化し始めている、ことにあると思われる。そのターニングポイントは、「ロッキード疑獄事件」を通じての田中角栄の政界追放であった。ハト派の鬼才角栄の動きが封殺されるのと対蹠的にタカ派が軽快なフットワークを見せ始め、首相としての中曽根登場により風向きが変わった。

 以来30有余年、この国はすっかりかっての大戦末期の軍部の如くな、大政翼賛会の如くなチマチマした人種に仕切られることになった。その特徴は、@・強いものに巻かれろ式の、A・旧態墨守を旨とする式の、B・、体裁を取り繕うも誰も責任を負わない式の、C・御身保全第一、イエスマン式の、D・本音と建前分離式の我利我利亡者等々の特徴に因る「アジア的停滞性」症候に陥ってしまった。こういう連中が社会上層部に棲みつくと、社会を良化する為にはもはや革命以外に為す術は無い。これが歴史の教えるところの法理である。

 目下首相を務める小泉は、この「アジア的停滞性」の改革者であると標榜して首相戦を闘った。これが受け見事当選し、当初こそ政権樹立の最大の功労者・田中真紀子の外相任命、その他女性閣僚の登用、「解党辞さず論」、「不退転の構造改革論」などを唱えることにより清新なイメージで登場してきた。

 しかし、外務省改革に向かった真紀子を「逆裁定」でその真紀子を切って捨てたことにより馬脚を現わし、以降は単なる軍事マニアであり、政界歌舞伎役者でしかない無様さを曝け出し続けている。しかし後釜のいない強みとマスコミのヨイショにより危機を切り抜けてきた。しかし、この政権の業績を通史で見れば、売国的施策が誰の目にも浮かび上がってくる。無痛分娩の如くな手法で日本の融解が進められ、新植民地国家にされつつあることが分かる。もはや異常さを通り越している累積国家債務に対して有効な対策を講じ得ないばかりか、経済運営そのものがデタラメと乱脈であり、場当たり的に打ち出の小槌を振りながら酩酊迷走し続けている。北朝鮮のテポドン攻撃を大袈裟に吹聴しているが、テポドンにやられるよりももっと早く国家機能の停止つまり自滅の方がやってくるだろう。

 そういう訳で、小泉内閣は今やほぼ厭きられており、嫌悪域へ近づきつつある。しかし、マスコミは相変わらず小泉内閣の支持率の高さを報じ、時たま批判めいたことを云いだしたかと思うと、何のことはない石原待望論の水路へ誘おうとしている。つまり、より右へ右へと操作してくれている。しかしながらやはり、この小泉に代わる玉が居ない。それも理屈で、この間自民党は政敵であろうともいずれ首相になる器の者に対しては、それなりの要職を経験させてきた歴史がある。しかるに最近の自民党たるや、将来の器に対して双葉のうちから摘み取る癖を見せつつある。そういうわけで自業自得的に後釜不在現象に悩まされている。

 以上のようにスケッチすれば、自由党を吸収合併した民主党の政権舞台への登場は時宜に適っているように見える。この連中の旧社共勢力との違いは、政権与党経由であることによってと思われるが、いつまでも野党に居ることに甘んじない。むしろ責任政党として与党政治を切り盛りし堪能することを旨としていることにある。この習性こそ日本左派運動に欠けている当のものである。恐らく、小沢の最後の捨て身博打となろう。彼の胸中は目下の政治なぞ何もしていないに等しいという思いであろう。これが吉と出るか凶と出るか。

 さて、れんだいこ予見によれば「2003年政変」は大いに有り得るということになる。これで、政治が少しは面白くなるだろう。ならば、この動きを同時代的に追証していきたくなるのも当然だ。どうぞこの八卦が当たりますように。

 2003.7.29日 れんだいこ拝


民主党と自由党との合併劇考 れんだいこ 2003/07/28
 時間が無いので今は書けないが、民主党と自由党との合併劇をどう見るべきか、恐らく観点が分かれるはずである。まだ予断を許さないのでちぃと気が早い気もするが(ここは麦畑風)、ここを対話せずには現代政党政治に対して論評できない。そういうわけでどなたかの意見を求む。それを叩き台にして(というか触発を受けて)論を繋ぎたい。別に正解と言うものは無いのだから気楽にどなたか頼む。

 れんだいこの観点はこうだ。自民党の総裁選の日程が明示された。これはこの党の良識である。これだけのことが他党には出来ない。民主党がそこそこやっているぐらいだ。従って、自民党のこのオープンな姿勢は良いのだけれど、何せ玉切れしている。亀井が手を出したり引っ込めたりしている。本来反目系の青木が小泉続投を画策している。野中も右顧左眄で誰か担ごうとしているが決め手を持たない。識見的にはもう世も末だ。

 というわけで、自民党の内部改革なぞ大嘘で、この党はますます矮小化しつつある。となると、民主党しかいない。しかし民主党というのは一体どういう政党なのだ。自民党よりももっとアホなタカ派糸と同じ程度のハト派系との寄り合い世帯のようにも見える。そこへ自由党が入ってくる。それによりタカ派化を強めるのかハト派化を強めるのか。

 二大政党制論なんてもうどうでも良い。イギリスの労働党系のブレアがブッシュとねんごろなのを見れば、二大政党制になったところで政治がうまく機能するなんてことはないと骨身にしみて気づかされたから。だから、二大政党制論に幻想を持つような議論ではなくて、あくまで民主党の能力、可能性の分析をして、この後にどれだけ期待できるのか、出来ないのか論なぞやってみたいと思う。ほんもの左派政党待望論はその後になるかな。


目次

コード 項目 備考
国会へ雷直撃する
日本の借金時計
「小泉流『日本列島解体論』を粉砕せよ!」
遂に日本標的にされる
米国兵器の購入史、軍事負担史
警備治安警察費史
38―11 2003民主・自由合同劇考
38―12 2003自民党総裁劇、首相劇考
38―13 2003小泉再選後の与党内液状化考
38―14 2003小泉再選後の政界変動検証
小沢一郎の乾坤一擲人生
「73歳定年制を廻る動き」について
小泉によるブッシュ戦争支援金追跡
38―15 真紀子の動静、逆襲考
ムネオの動静、逆襲考
「藤井道路公団総裁の抵抗考」
「天木直人氏の『さらば外務省!』の衝撃」
「川口外相はどこの子や」
38―3 小泉政権、飯島秘書考
民主党の毛並みの良さと悪しさについて
民主党の限界について
細川政変劇検証
自社連立工作の検証
民主党の研究
「民・自合同劇」への日共の対応考
各党のアメ帝との関係付け論理考
国家百年の歩み考
消費税を廻る動きについて
別章【戦後タカ派政権の売国政策考
インターネットサイト
参考文献




(私論.私見)