「村田幸右衛門と申する方、夫婦うち揃うて信心、いともいとも堅固なりけり。その心、神様の受け取りありて、ありがたきお話、いといと多かり。この幸右衛門殿、牛を追うことを稼業となしたる事ありければ、神様の仰せ給うには、『牛を酷(ひど)うに使い働かしめ、己(おの)れ容易に賃金を得ることなれば、恩をきたるの理(ことわり)のあるゆえ、その恩を報(むく)ゆるため三年の間、風呂焚きをなすべし』とのことにて、お屋敷の傍(かたわ)らにて薬湯を始め、のちにはカラ風呂を焚きて、三年あまり厭(いと)わず、託(かこ)たず、勤(いそ)しみたりければ、『これにて恩報じ、おわんぬ(終了)』と御聞かせ下さる。なお、『牛馬を使うをよきことに思い、恩に恩を重ねる末は、己れもまた牛馬となって、使役(しえき)されることになるものぞ』と仰せ給いしとなん(仰せになったという)。今の世の中、牛の肉を食(は)むだに常の事として厭う者稀(まれ)なり(牛肉を食べることさえも当然の事として、牛肉食を避ける人は僅かである)。このお話を聞かば、いかがの感じが起こるらん(このお話を聞いて、どのように感じるのであろうか)」。(諸井政一改訂
正文遺韻118頁/「幸右衛門様のこと」より)