元の理教理考、その人類史的意義考その2

 更新日/2021(平成31.5.1栄和改元/栄和3)年.11.28日

 (れんだいこのショートメッセージ)
 ここで、「元の理」を論評する。

 2007.12.25日 れんだいこ拝


【】
 東雲之東風「元の理考察」参照。
 人は大抵「人間は、何のために生きているのか」という疑問を漠然と持ち続けながら生きている。多くの者が日々様々な疑問や問題を抱えながら現代社会を生きている。私は小さい頃より様々な神々の話に触れ、また、多くの指針となりそうな話や言葉を耳にして来たが、どれもその一時は感銘を受けるものの、心の中にしっくりといつまでも納まるものはなかった。「元の理」譚を聞いた時は違った。理解でないにも関わらず心の中に残り続けた。そして、やっとこの話がある程度理解できるまでに至った時、この話こそ日々を悩みながら生き続ける方々の疑問解決の糸口となると確信し、これを記してみようと思い立った。私自身の心の整理の一端としても始めた次第である。この話は、人間は何故この世に生まれたのか、どのように生きてゆけば日々満ち足りた平穏な心で生きてゆけるのかと言うことを明確に示してくれている。その様な話は、この話以外にはないと私は思っている。


 
その内容を窺うのに、片田舎の一老婆が、当時の最先端の学者でさえ知り得ない事を語っている。この話において最も驚愕するのは、他の宗教教説の如くに、いきなりこの世や人間が創造されたのではなく、人間が水中に生息するほんの小さな生命体から段々と成長、進化をし、その進化に合わせて段々と世界も形作られたと明言している点である。教祖が在世の時代、チャールズ・ロバート・ダーウィン、アルフレッド・ラッセル・ウォレスの共著により「種の起源」が発表されたのが1859(安政6)年で、大和の片田舎に住む教祖はこの時62才。発表当時、当時の生物学の根本であった宗教的信念の否定に繋がったため、科学だけではなく宗教学、哲学的論争をも引き起こした。広くこれらの学説が世に受け入れられるようになったのは1900年代に入ってからである。

 「元の理」譚に触れ、その一端でも心に納まって心を入れ替えた時、「人間は生きながらにして生まれ変わることができる」と教えられている。その入れ替えた心を神が受け取り、人生を切り替えてくださる。「元の理」譚は、一般の方々からすると、荒唐無稽な物語と思われるかも知れない。現代社会は宗教を大変否定的に捉える方々が多くなっている。しかし、その一方特に先進国においては心の病を抱える人々や、人生の指針となる心の拠り所を求める人々が急激に増加している。こと日本においては毎年三万人以上の人々が自ら命を絶っている。これは、先進国の中で最多である。この時代に「元の理」を問うことは意味がないわけではない。


 私は、この話を初めて聞いた時にとても驚愕した。
方言や古い言い回しが入っているので理解し難い部分もあったが、「何と面白い味わい深いなのか」と感じた。どの分野の学問でも、学者として、その分野の真理に近付いたり触れたりした者は、そこに神の存在を確信するという言葉を耳にした事がある。「元の理」譚はその神の口説きだと思った。神の言葉の中に、「この世に偶然は何一つない、理責めの世界」との言葉がある。物事は一見無秩序に思われるようでも、必ずそこには一定の法則が存在し、その法則に従って動いている。これが天然自然の理であり真実である。

 段落分けは、分割解釈を行う上で私が勝手に分割したものであり、実際にそのような段落が「元の理」に存在する訳ではない。














(私論.私見)

おさしづ 明治21年 (15件目) 補遺

親に孝心夫に貞女(ていじょ)、世界の事情、どうでもこれを分けねばならん。
おさしづ 明治22.1.13


子供の成人楽しみに、日々に功(こう)を積んで居る。皆その通り、いつもいつまでも親の厄介になる者はどんならん。
おさしづ 明治22.1.24 午前9時


家内親々一つの事情、一代又二代、心の理があって一つ十分に治めある。
おさしづ 明治22.6.10


   喜多治郎吉 身上に付 願

さあ/\尋ねる。尋ねるから 一つの理も聞き分け置かねばならん。身の障り、さあ/\一寸(ちょっと)身の障り、一つ/\直ぐ/\何か障る身の處(ところ)小児いんねん(因縁)の處、よう/\小児一人与えたる處、身の處、一つ/\二つ三つ、さあ/\妊娠、さあ出産、さあ/\三才で物分かり掛け。よう聞き分け。さあこれもあたゑ(与え)一つの理という。又(また)いんねん一つの理。この理をよう聞き分けば、身は速やかという。さあ/\小児いんねん/\、あたゑ/\という。
   只今の「小児いんねんあたゑ」と仰せ下さるは、いかなる理で御座(ござ)りますか、押して願

さあ/\与えたるは小児は、親々の親という。親々の親を与えたるという。
おさしづ 明治22.6.16

【註】喜多家に養子に迎えた、梅谷四郎兵衛先生の四男「秀太郎」氏は、
『治郎吉先生の「親々の親」、つまり「祖父の魂のいんねんの方」を与えたのや』と仰るのです。

これまで尽す運ぶ中に、互い扶け合い(たがいたすけあい)は諭する理、又所に一つ成程の者というは、第一に家業親孝心、二つ一つが天の理という。
おさしづ 明治22.10.9 補遺

日々家業第一内々親孝心、この二つ理がこれが天の理。
おさしづ 明治22.12.14 補遺


一日の日は遊びに行て来うか言うて暮らして、奈良へ行こと思えば、年寄ったら手を引いて上げましょうと言うて、手を引かねば行かりゃせん。この理をよう/\気を付けさっしゃい。この理から年が寄ればくどい事を言う。理と理と親子なるこのやしき(屋敷)へ入り込めば、年取りた者を親と見立てるよう。この理を聞き取ってくれ。
おさしづ 明治22.10.14 午前8時20分


古き者 親という。子は何人ありても親は一人。為(な)したる事は どうでも立てねばならん。
親がありて子というは、親が賢(かしこ)うても、子は鈍(どん)な者 出ける(できる)やら知れん。子は、親が鈍な者やと言う者があるなれども、何ぼ(なんぼ)鈍な親でも、親があればこそ。年が寄れば 鈍な者や。鈍な者でも 親というもの大切なものや。‥
親というものは どれだけ鈍な者でも、親がありて子や。子は何ぼ(なんぼ)賢うても 親を立てるは一つの理や。これだけの理を聞かし置こう。
おさしづ 明治22.10.14

親は親。何も案ぜる事は要らん。どういう事も治まれば皆治まる。親小人同じ事情。
おさしづ 明治22.10.22 (2件目)

元というはをやという。をやという理は可愛い理に育てば(育てれば)、どんな所も育つ。親と成りて育つるは可愛という理を以(もっ)て育てるよう。これだけ一寸(ちょっと)諭し置こう。
おさしづ 明治22.11.27

親という理に子という理、救けにゃならんが親の理。可愛い一条、‥
おさしづ 明治23.8.7

さあ/\人間というは神の子供という。親子きょうだい同んなじ(同じ)中といえども、皆一名一人の心の理を以(もっ)て生(うま)れて居る。何ぼ(なんぼ)どうしようこうしようと言うた處(ところ)が、心の理がある。何ぼ親子きょうだいでも。
おさしづ 明治23.8.9

古き者に親が尽して子が尽す当り前、子が尽して親が何でもという心の理がある。
おさしづ 明治23.10.1

十分(じゅうぶん)子が成人する。親々の理 子にある。子に真実誠あれば理がある。古い者は親ともいう。
おさしづ 明治24.1.8 (4件目)

親の理は神の理、‥
おさしづ 明治24.3.25

めん/\の子供の親あって子、‥
おさしづ 明治24.5.13

いかなるもいんねんほこりいんねん、難儀するもいんねん、暮らすもいんねん、それ/\(それぞれ)いんねん。親の理に分からんは知らず/\の理であろうまい。‥
いんねん事情、いんねん事情なら通らねばならん。いんねんというは そう/\どうむ(どうも)ならん。曇りの中でも暮らさにゃならん。それ/\親から明らか事情持たねばならん。これだけ諭するによって、しいかり(しっかり)聞き分け。
おさしづ 明治24.5.20 (3件目)

事情どういう事を聞き、今の不自由を思わずして、他の處(ところ)、世界万事(ばんじ)の中、一つの理が難儀不自由。親一つの理を以(もっ)てすれば、治まらん事はない。よく聞き取ってくれ。
おさしづ 明治24年7月

子供という、親という、親は辛抱(しんぼう)して、この物は数無い物や、残してやろ、と言うが親の理。上と言えば上、兄と言えば兄、親と言えば親の理。しっかり聞いてくれ。
おさしづ 明治24.11.15 夜1時

勝手良い理に寄って 勝手の悪き理は寄り難(に)くい理であろう。勝手の良き理は置かん。この道では選り喰い(よりぐい)同様、親という理分からねば何も分からん。
おさしづ 明治25.10.15

心の尽し方、親孝行の理も同じ事、皆随(みな/つ)いて来る。
おさしづ 明治26.5.17 夜

どうでもこうでも伝う理、親という代、そのあと伝わにゃならん。尋ねるまでのもの。真実の理を見た限り、親のあと子が伝う。心無き者どうしようと言うて成るものやない。元々の理を伝わにゃならん。
おさしづ 明治26.6.21

親が分からにゃ、子が皆分からん。
おさしづ 明治27.3.15

親は子を思うは一つの理、子は親思うは理。この理聞き分け。何でもぢば、という理が集まりて道という。
おさしづ 明治28.3.10

第一心 一人心、親という理思う。神という理思う。思うは鮮やか。思うは神の理、親の理忘れる事なら道とは言わん。‥生涯さしづは生涯 親の理 神の理、その理 知らねばならん。
おさしづ 明治28.6.24

一戸の内に諭しても分かるやろ。水も同じ事。汲(く)めば飲める。
親があって子という。子は何人あれど皆(みな)可愛いもの。なれど、どんならにゃ ならんように片付ける。中に出直す者もある。我が子であってまゝ(まま)にならん。出すにも出せん、切るにも切られん。あんな者は何處へなっとと(原文まま)思えど、真の理は切れるか。この理から取ってみよ。
おさしづ 明治31.3.30

親ありて子、親ありて子。思やん(思案)せい。結構思えど、心に掛かれば どうもならん。理の煩(わずら)わんようにせにゃならん。 
おさしづ 明治32.9.23

親の後は子である。親に子が無けねば、貰(もろ)てなりと末代(まつだい)という。よう聞き分け。心が悔(く)やめば、切り(限り)が無い、果てが無い。‥
これが間違いと思たら、間違う。聞き違えば違う。さあ/\心配する事要らんで。親は一代 理は末代、神は末代。理は違わん。この理 聞き分けてくれ。
おさしづ 明治33.4.3 (3件目)

何も彼も皆いんねん同志(同士)、いんねんという。親子の理、いんねん理 聞き分け。
おさしづ 明治34.3.11

(みな)夫婦と成るもいんねん(因縁)、親子となるもいんねん。どうでもこうでもいんねん無くして成らるものやない。夫婦親子と成り、その中よう聞き分けにゃならん。‥
堪いられん(耐えられん)(ところ)から親といういんねんという處から、どういう處も治め。一人の理ではない。‥
道という。扶け合い(たすけあい)というは、それ/\(それぞれ)諭す。又(また)いんねんの中というは、尚々(なおなお)の事。いんねん、それは やり損(ぞこ)のうてはならん、運び損のうてはならん。‥
夫婦親子というは深い中(仲)、それには又きょうだい/\ある。この理 何か結び合い/\、この心定め。成る理は言うまで。何かいんねん為す(なす)中なら、どうという一時急く事、人という心寄せ/\、心寄せるなら又(また)世界もほんになあ道と言う。早く順序定め。急く/\。
おさしづ 明治34.3.26 補遺

親の言う事は、道の上の心と思わにゃ理やない。道の理やで。これさえ聞き分けたらば、腹立ちゃせん。たゞ(ただ)ぬっと大きなって、子の間はというものは、どういう事も知りゃせん。さあ/\欲というものに切り(限り)は無い/\。いんねん(因縁)が悪かったらどうするか。門に立って一度のものも乞うや。不自由の理 聞き分け。不自由の理 聞き分けたら、何も腹立ちゃせん。
おさしづ 明治35.3.14

親孝心(おやこうしん/親孝行)、又(また)家業第一。これ何處(どこ)へ行(いっ)ても難は無い。
おさしづ 明治35.7.13

親という子という、子の煩(わずら)いは 親の煩い、親の煩いは 子の煩い。これしっかり聞き分け/\。
おさしづ 明治35.9.21

親と成り子と成るは、いんねん事情から成りたもの。親を孝行せず、親という理忘れ、親に不幸すれば、今度の世は 何になるとも分かり難ない/\。この話 理 伝えて置こう。 
おさしづ 明治40.4.9

をやの心 殺して通る者。勝手な道を歩む者。なれど、一度は許す、二度は救ける、三度は許さん。
教祖直々の御言葉 明治18.3.14  松村榮治郎