教祖ご自身は次のようにお話しされていたと伝えられている。
天理教教典は次のように記している。
明治10年10月25日、(桝井伊三郎)(願いの筋なし)。桝井を前にして次のようにお諭しされている。「さあ八十の年をまちかねた/\。この話しはなあ、聞き流し説き流し、よく心に治めてくれにゃならんで。取り違えのないよう、あんな話しと思うて聞いたらいかんで。あんな話しと思うてきいたらあんな話しになってしまう。人間元の理がわからなければ何もわからん、何も知れようまい、心して聞かにゃいかん、心によう治めてくれ」。 (「おやさまのおことば」/ 目次topへ) |
明治10年10月28日、(氏名なし)(願いの筋なし)。教祖の次のような御言葉があった。「人間元はじまりの話し、よう心に治めねば子を育てることできようまい。子を育てることできぬようでは親の恩はかやせ(返せ)まい。子を育てゝこそ親の恩は返せるのやで。(行空き)お産は病いではない。だがお産から色々と病いを引き起こすような事がもしもあったなら、女として女の道がたっていないからや」。 (「おやさまのおことば」/ 目次topへ) |
「深谷源次郎先生(河原町初代)のお話しは、神様(教祖)は、いつも私たちが行くと、人間を創(はじ)めた時の話をしなさる。そしてそのたびに、泣いて聞かして下さった。 (みちのとも大正10年3月号、深谷先生の御話し/深谷源次郎より) |
「教祖ご在世中のお話といえば、大抵この泥海中のお話しが多かったが、これをお聞かせになる前には、 (諸井国三郎先生(山名初代)のお話し。山名大教会初代会長夫妻自伝(大正五年)69p) |
天理教教典は次のように記している。
「 親神は、陽気ぐらしを急き込まれる上から、教祖をやしろ(社)として、この世の表(おもて)に現れた、奇(く)しきいんねん(因縁)と、よふきづとめ(陽気づとめ)の理を、人々によく了解させようとて、元初(はじま)りの真実を明かされた」。(天理教教典第三章「元の理」) |
「おふでさき註釈 29〜51総註」は次のように記している。
「かぐらづとめの理を明らかにし、親神様の、この世人間創造のご苦心をお教え下さるために、元初まりのお話を詳しくお説き下されている」。 |
天理教教祖伝は次のように記している。
「かくて教祖は、つとめの完成を急き込み、その根本の理を諭す上から、元初まりの理を、人々の心の成人に応じて、理解し易(やす)いように、順序よく述べられた」。(天理教教祖伝第八章「親心 元の理」) |
「ひとことはな志 その三 此世始まりのお話」冒頭で、二代真柱様は次のように記している。
「おつとめは、よろづたすけ(万救け)のために勤められるものであり、よろづたすけとは、ひとり人間の身上ばかりではなく、農作や日本、世界の上にも及ぼされているのを申しました。言わば、人間身上なり、生活なりの上につき、あらゆるご守護を下さることをお述べ下されているのでありますが、何ゆえに、このおつとめに、このようなご守護の理をお教え下されているのでありましょう。それにはまず、この世初まりのお話を聞かせて頂くのが順序であります。と言うのは、教祖様(おやさま)は、 『おつとめによって、この世に再び人間をつくるのだ。更生さすのだ』 ということを仰せになっています。『元初まりの親神様が、教祖様(おやさま)の口を通じて、人間創造の思召(おぼしめし)をお聞かせ下され、人間の心の掃除をして、人間創造当時と同じように、その後‘’ほこり‘’にまみれ、いろいろな勝手な‘’いんねん‘’を積んできた人間を、人間創造当時の如(ごと)き、無垢(むく)なものにつくり直す』 ことを仰せになっているのであります。(中略)『おつとめによって、その昔、ない人間を創造された時と同じように、この世で人間をつくり直す』と仰せられているのであります。『心を澄まして、創造当時と同じように、‘’ほこり‘’にまみれない、楽しい人間と更生さすこと』を仰せられたのであります。 されば、おつとめの理を思案させて頂くためには、まず、この世初めのお話を聞かして頂くのが順序なのであります」。 |