貴乃花4、理事長選出馬以降



 更新日/2018(平成30).10.18日

 (れんだいこのショートメッセージ)
 ここで、「貴乃花光司」を確認しておく。「」、「」、「貴乃花光司■花田家の遺伝子を継ぐ平成の大横綱」その他を参照する。「相撲史その3」、「相撲史その4」。

 2015.11.30日 れんだいこ拝


【北の湖理事長(元横綱)逝去】
 2015.11.20日午後6時55分、日本相撲協会の第55代横綱で理事長を務める北の湖敏満氏(本名小畑敏満、おばたとしみつ)が、福岡市の病院で、直腸がんによる多臓器不全のため急死した(享年62歳)。伊勢ケ浜審判部長( 元横綱旭富士)をはじめ親方衆ら角界関係者が続々と駆けつけた。
 11.26日、日本相撲協会の北の湖理事長(元横綱)の密葬が北の湖部屋で営まれた。

 日本相撲協会は現体制での新理事長を12月18日の定例理事会で互選する予定。ただ、来年1月の初場所後には協会の理事候補選挙があり、理事の顔ぶれが変わる。新体制発足後は改選された理事により、あらためて理事長を決める。理事長代行を務める八角事業部長(元横綱・北勝海)が濃厚とされるが、その一方で貴乃花親方を推す声もある。「覚悟を身に受け、手を合わせるばかりです」。日本固有の文化である大相撲を繁栄させるべく、理事長の遺志を永遠に継ぐことを約束した。

【貴乃花親方の北の湖追悼ぶり】
 貴乃花親方 北の湖理事長に角界発展の誓い 誰よりも長く黙とう」、「貴親方哀悼文/昭和の大横綱、平成の大理事長 その遺志を受け継ぐ」。

 葬儀に出席した“協会No・3”で総合企画部長などを務める貴乃花理事(元横綱、43)はスポニチ本紙に哀悼の意を寄稿。深い尊敬の念を抱く大横綱の死去を悼むとともに、今後も北の湖理事長の遺志を引き継ぎ、相撲界発展のために自らの職務を全うすることを誓った。  

 午後2時40分。北の湖理事長の遺体を乗せた霊きゅう車が両国国技館に最後の別れを告げようとしたとき、貴乃花親方は誰よりも長い時間ただひたすらに黙とうをささげた。クラクションが鳴り、霊きゅう車は正面玄関を出発。それでもなお、微動だにせず両手を合わせて目を閉じ続けた。

 貴乃花親方は本紙につづった追悼文で「威厳と品格に優れた理事長の存在にどれだけ救われたことか」と人知れず深い感謝の念を抱き続けていたことを明かした。10年8月。野球賭博問題で角界が不祥事にまみれて当時の武蔵川理事長(元横綱・三重ノ海)が辞任に追い込まれた際、次の理事長適任者として北の湖親方を推薦した。結果的には当時の放駒親方(元大関・魁傑)が選ばれて実現しなかったが、その頃から地に落ちた角界を再生できる唯一無二の人物と考え、慕ってきた。

 12年2月に北の湖親方は理事長に復帰。そして昨年、公益財団法人移行を見事に実現させた。その後の協会人事で貴乃花親方は理事長に手腕を買われて、協会運営に役員として直接、携わる執行部に入った。春場所担当部長時代に積極的なPRや斬新なアイデアを出し、満員御礼を6回から10回まで増やした実績を評価されたものだった。

 その際に北の湖理事長は「相撲道に精進しているし、みんなが(貴乃花親方を協会員の)かがみだと思っているから将来を担ってほしい」と帝王学を授けることを約束。以来、傍らで理事長の仕事を目の当たりにした貴乃花親方は「辛抱強く耐え忍ぶ。これを実行に移したのが理事長です。平成の大理事長と言われるべき」とますます尊敬の念を抱いた。09年に貴乃花親方は二所ノ関一門を離脱して貴乃花グループを形成し、しばらくは一門として認められていなかったが、昨年「貴乃花一門」として認めてくれたのも北の湖理事長だった。
 【貴乃花親方哀悼文】

 寛大なる心を忘れない、憎たらしいほどに強い横綱。それは本来、私どもには優しすぎるほどに美しいという意味です。その威厳と品格に優れた理事長の存在にどれだけ救われたことかを考えますと計り知れない功績です。

 相撲協会の信頼を第一に考えた理事長は職責につくものたちへの慈悲も忘れることはありませんでした。入門して以来、我々の業界では“背中に学び、言葉ではない実行力を身につけるべく世界観を抱くように”と相応に教えられてきました。理事長はそれを体現させてくださった唯一無二のお方でした。すべての行動に基づいて感謝や慈愛を抱くべきと真摯(しんし)な態度で取り組まれておられ、強くて当たり前の横綱論、それを教えてくださったのも理事長です。

 横綱とは引退しても生涯貫くものであり、精神視野が重要視され、横綱の道は軽々には語れない。(理事長が遂行した)力士としての根幹となるその集約の入魂は後世に語り継がれるべきものです。それが親方業であり、この世は全て修行の行という在り方と文化の発展を担うものとしての苦悩を感慨深く表現されていたのも(理事長に)垣間見られました。辛抱強く耐え忍ぶ。これを実行に移したのが理事長です。平成の大理事長と言われるべきお方です。

 昭和の大横綱から平成の大理事長として生涯横綱を普通にやってのけた方です。私自身、思惟(しい)を抱いて想(おも)う。

 釈然としない時勢であっても真摯な力を失ってはならない!伝統文化を攻守せよ!その覚悟を身に受け、手を合わせるばかりです。

 昭和と平成にまたがり大横綱として君臨した理事長にご冥福をお祈り申し上げますとともに、伝統文化の在り方と相撲協会の名誉や地位向上を慮(おもんぱか)り、それを念頭に掲げ、その遺志を受け継ぐものの一人として公明正大な公益法人として誉れな基軸を個人として確立させてまいります。今後の角界がご加護を賜れますよう精進いたします。合掌 貴乃花光司

【12.18定例理事会で貴乃花親方と八角理事長が対立】
 「貴乃花親方「議事録流出」で暴かれた「裏金癒着」(1)工事会社からの8000万円」。

 12.18日、定例理事会議事録。浮き彫りになったのが、貴乃花親方(45)と八角理事長(54)の対立。北の湖前理事長逝去後の重要な理事会となっていたが、初っぱなから会は紛糾。相撲協会の顧問(当時)を出席させるかどうかで貴乃花親方と八角親方が口論を繰り広げている。貴乃花親方が顧問(小林慶彦)の男性に肩入れしている。角界改革の急先鋒と言われた貴乃花親方は、いったいなぜ小林氏に肩入れしたのか、解明されていない。

 小林慶彦顧問は、北の湖前理事長存命中、側近として相撲協会に食い込み、私腹を肥やしてきた。小林氏は何人もの協会職員を懐柔して暗躍していた。理事会に無断で、力士をキャラクターにした相撲のパチンコ台を企画。その際、代理店から500万円もの裏金を受け取った際の現ナマの受け渡し現場が代理店の代表者に隠し撮りされており、2014.1月、ネットの投稿サイトにアップされて物議を醸した。動画を再生すると、ホテルの一室で札束を受け取り、「絶対、バレんようにしてくれる。(残りの分は)小分けでもかまわんから」と語っている。明らかな背任行為であり、北の湖理事長は小林氏を徹底調査するべきところ手加減している。2018.2.27日、新たな「裏金問題」が法廷で取り上げられた。2016.1月に顧問の職を解かれた小林氏が「解雇は不当」として「地位確認」を求めた裁判で、逆に協会側の追及を受ける形になった。国技館の改修工事にあたって、小林氏が代表を務める会社に、設備工事会社「中電工」から8000万円もの大金が振り込まれた件で協会側代理人に質問されると、「わかりません。そのような報告は聞いていません」と、しどろもどろの答弁を余儀なくされている。小林氏は現在、相撲協会から約1億6000万円の損害賠償請求訴訟を起こされている。


【貴乃花親方が八角理事長に真っ向から反発】

 相撲協会に新たな火種がくすぶり始めた。年寄総会で、山響親方(元前頭巌雄、45歳)の評議員退任に伴う新たな評議員の選出で、八角理事長が正規の手続きを踏まぬまま同じ高砂一門出身のOBである元親方の元中村親方(70歳、元関脇富士桜)を推薦提案したところ、総合企画部長を務める協会No・3の貴乃花親方(元横綱)らが猛反発し退けられた。

 相撲協会の最高意思決定機関とも言える評議員会は外部有識者4人と現役親方3人で構成されている。「予算の承認」、「理事の選任や解任」など極めて重要な事案を審議することが役割となっている。その人事案をめぐり、貴乃花親方が八角理事長に真っ向から反発していた。発端は初場所12日目(21日)に行われた評議員会の会合。評議員に加えて理事長、協会の監事らが出席していた。議案は理事候補選挙(29日)に立候補する山響親方(元幕内・巌雄)の評議員退任の1つだけ。退任はすんなりと承認されたが、池坊保子議長が“空いた1枠”に理事長と同じ高砂一門の元親方を新任評議員に入れることを提案。出席者が「新たな議題を提案する場合は理事会の承認を得ないといけない。この場では受け付けられない」と待ったをかけた。北の湖前理事長(元横綱)時代に決めた「評議員及び役員候補者推薦規則」には、外部有識者ではない力士出身者が評議員になる場合「年寄会の推薦が必要」、「過半数が外部有識者でなくてはならない」と明記されているという。<評議員> 定款に基づき、評議員の定数は5人以上7人以内で、総数の過半数は外部有識者と定められている。その結果、年寄から3人が評議員として選出され、番付表にも本名で記載される。理事長は緊急措置として各理事の元を回って新たな議案を承認するよう求めた。それを別室で見て激怒したのが貴乃花親方。即刻、理事長の元へ出向いて反論し、幹部以外の全親方衆が集う年寄総会(28日)での説明を要求した。結局、貴乃花親方の反発によって新任評議員の議案はいったん取り下げとなり年寄総会で諮られることになった。

 スポニチ本紙の取材に対し、貴乃花親方は「公益財団法人としての定款を後世に残すためには、正しい道を進んで協議をしないといけない。密室で行われてはいけない。自分の一門出身のOBを選出しようとしたこと自体に異論があります」と指摘。結局、貴乃花親方の反発によって新任評議員の議案はいったん取り下げとなり、28日に行われる「年寄総会」で諮られることになった。

 ▽日本相撲協会の評議員 14年1月に内閣府から公益財団法人への移行の認定を受け、新たに設けられた協会の最高決定機関。理事の選任や解任など強い権限を持つ。協会の定款には「評議員5名以上7名以内を置く」「総数の過半数を外部有識者とする」と定められている。北の湖理事長時代に「外部有識者4人、力士出身者3人」という枠組みを固め、関係者によるとその枠組みについての内部規則も存在する。親方出身者が評議員に就任する場合は一度、年寄を退任する。


【2016理事選挙】
 2016.1.28日、任期(2年)満了に伴う日本相撲協会の理事候補選挙(定数10、外部を除く)が東京・両国国技館で投開票され、当選者が発表される。この日は親方11人が立候補を届け出て、2010年から4期連続で選挙戦となった。全親方(99人)が投票し、当選を確実にするには10票が必要とされる。14年の前回理事候補選で落選した九重親方(元横綱・千代の富士)は今回の立候補を取りやめた。今月の初場所中に行われた高砂一門の会合では立候補の意思を示し返り咲きを狙っていたが、この日は「(票数が)そろわなかったということで(届け出は)出さなかった」と言葉少なに事情を説明した。持ち票では1人しか当選できない伊勢ケ浜一門からは、伊勢ケ浜親方(元横綱・旭富士)と高島親方(元関脇・高望山)が立候補。他の一門との連携を模索している。理事候補として当選した親方は、春場所後の3月28日の評議員会で正式に理事として選任され、新体制に移行する運び。その直後の理事会で次期理事長が決まる。

 理事候補選立候補者(届け出順、※は現職)は次の通り。

 ※鏡山(元関脇・多賀竜)▽高島(元関脇・高望山)▽※伊勢ケ浜(元横綱・旭富士)▽春日野(元関脇・栃乃和歌)▽出羽海(元前頭・小城ノ花)▽境川(元小結・両国)▽※二所ノ関(元大関・若嶋津)▽山響(元前頭・巌雄)▽※八角(元横綱・北勝海)▽※尾車(元大関・琴風)▽※貴乃花(元横綱)

 また、定数3の副理事候補選挙には井筒(元関脇・逆鉾)、芝田山(元横綱・大乃国)、玉ノ井(元大関・栃東)、藤島(元大関・武双山)の4親方が立候補し、04年(当時は監事)以来の投票となった。
 2016.1.29日、日本相撲協会の理事候補選挙が東京・両国国技館で行われた。高島親方(元関脇高望山)が落選した。定数10人のところ11人が立候補しており、99人の全親方による投票後に即日開票され、6票にとどまった同親方が最下位となった。伊勢ケ浜親方(元横綱・旭富士)と山響親方(元幕内・巌雄)が当落線上と予想されたが、結果は2人に加え二所ノ関親方(元大関・若嶋津)が10票を獲得。次いで貴乃花親方、八角親方、尾車親方、鏡山親方、出羽海親方、春日野親方、境川親方が9票を獲得した。理事が決まると今後の焦点は理事長選に絞られる。理事長は3.28日の評議員会を経て同日の理事会で理事の互選により決まる。

 貴乃花親方は4選された。週刊ポスト2016.2.12日号が次のようにレポートしている。貴乃花票の絶対数を増やすため弟子を半ば強制的に引退させている。即ち、1.21日の12日目、出羽海一門の北の湖部屋にあった「小野川」株を、貴乃花一門・阿武松部屋の幕下・大道が引退して継承している。「貴乃花親方を理事長に」という「北の湖遺言」を持ち出し、出羽海一門の山響親方(元前頭・巌雄。北の湖部屋を継承)が理事選に出馬したが、貴乃花に投票するための引退と見られる。貴乃花一門と山響親方の関係が裏づけられた形となった。怒濤の追い込みを見せたのが形勢不利とされた伊勢ヶ濱一門の伊勢ヶ濱親方(元横綱・旭富士)だ。1.22日の13日目、時津風部屋(時津風一門)の幕下・土佐豊が引退したが、襲名したのは伊勢ヶ濱部屋の前頭・安美錦が持つ「安治川」株。伊勢ヶ濱親方に投票するためとされる。

 
副理事は定数3人のところ4人が立候補し、玉ノ井親方(元大関栃東)との決戦投票の末、54票対44票で井筒親方(元関脇逆鉾)が落選した。

 当選者は以下の通り。数字は票数。

【理事】
票数
山響(元幕内巌雄) 10
二所ノ関(元大関若嶋津) 10
伊勢ケ浜(元横綱旭富士) 10
春日野(元関脇栃乃和歌)
出羽海(元幕内小城ノ花)
境川(元小結両国)
尾車(元大関琴風)
八角(元横綱北勝海)
鏡山(元関脇多賀竜)
貴乃花(元横綱)
【副理事】
藤島(元大関武双山) 26
芝田山(元横綱大乃国) 25
玉ノ井(元大関栃東) 24

 役員改選は2年に1度実施。当選者は、春場所千秋楽翌日の3月28日の評議員会で選任され、同日の新理事会で理事長を互選する。


【大荒れの年寄総会】
 年寄総会では八角理事長(元横綱北勝海)に対して「解任だ」とやじも飛んで騒然としたという。年寄総会に出席したある親方が次のように証言している。
 「貴乃花は評議員会でも怒っていたようだけど、その後の総会でもすさまじかった。親方衆全員が見ている中で、八角理事長を『テメー!』とか『コノヤロー!』とか怒鳴り散らしていた。聞き取れたのはそれくらいで、後はほとんどワーワーわめいていた。理事長が何か言おうとしても、ずっと怒鳴っているもんだから、ウチらもドン引き。ちょっとあの怒り方は尋常じゃなかったね」。

【貴乃花親方派の裏金顧問/小林慶彦の暗躍】
 理事長選で貴乃花を支持した3人(貴乃花理事、山響理事、伊勢ケ浜理事(元横綱旭富士=56))が国技館の一室に集まり密談しているのを見た親方がいる。貴乃花理事の周囲では、再び貴乃花方を担ごうという動きが活発化している。そのひとつが、亡き千代の富士の後を継いだ九重親方(元大関千代大海、40)の籠絡だ。理事復帰を果たせないまま7月31日に無念の最期を遂げた千代の富士を理事から引きずり降ろしたのは貴乃花理事を担いでいた裏金顧問だ。千代の富士は顧問がパチンコ業者の代理店関係者から裏金をもらっているシーンを収めた動画が流出していることに驚き、当時の北の湖理事長に報告。これが顧問の逆鱗に触れ、協会ナンバー2の事業部長どころか理事から蹴落とした。そうやって先代を放逐しながら、跡目を継いだ現九重親方を抱き込もうとしている。裏金顧問は1月に協会をクビになると、地位保全の裁判を起こし、現在は協会と係争中。にもかかわらず8月上旬、山響部屋に姿を現し、山響理事(元平幕巌雄=46)と密談したという。「山響は所属する出羽海一門の意向に逆らい理事長選では貴乃花を支持した。近々、出羽海一門を脱退して、貴乃花一門に合流するのでは、と言われている。それにしても理事でありながら、協会と係争中の人物と親しげに話すのはもってのほか。一体何を考えているのかと、協会中の人たちが呆れています」(ある親方)。

 故・北の湖理事長の側近で、代理店関係者からの裏金500万円をバッグにしまう動画を撮られた裏金顧問がクビになったときは、「なんで彼をクビにするんだ!」「戻してほしい!」と理事長室に怒鳴り込んだといわれる。

【貴乃花親方が激励会パーティーに丸坊主で登場】
 2016.3.3、大相撲の貴乃花一門が、大阪市内のホテルで「第二幕 貴乃花一門後援会 激励会」と題した後援者らによるパーティーを開いた。昨年3月、部屋単位ではなく一門としては珍しい後援会が設立。昨年の激励会では約1600人の各部屋関係者、後援者らが出席。総帥の貴乃花親方(元横綱)はじめ阿武松(元関脇益荒雄)、大嶽(元十両大竜)、立浪(元小結旭豊)の各部屋の親方、関取衆8名のほか、一門の枠を超えて錣山(元関脇寺尾)、湊(元前頭湊富士)、時津風(元前頭時津海)、高砂一門の佐ノ山親方(元大関千代大海)の師匠や関取衆9名も「貴乃花グループ」として参加していた。昨年6月に貴乃花親方の盟友でもあった先代音羽山親方(元大関貴ノ浪)が急死。同11月には北の湖理事長(当時、元横綱)が死去したこともあり、今回は規模を縮小。後援者を約150人に絞り込み、力士ら合わせ約200人による激励会となった。

 貴乃花親方は髪をバッサリ切り、高校球児のような丸刈りの頭で登場した。場所後の3月28日には理事会が開かれ理事長が選任される。現職の八角理事長との一騎打ちが予想される微妙な時期だけに、不退転の決意ともとれる姿で登壇した。司会を務めたタレント・河内家菊水丸から理事長改選について聞かれると次のように述べるた。

 「誰が理事長になっても、伝統、文化というものは、どの国にもなくてはならないもの。文化というのは、礼節に始まり礼節に終わるもので、戦争のない世の中を求めていきたい。誰が理事長になっても(相撲という伝統文化を)次の世代に残せればよろしいかと思います」。

【理事長選で八角現役理事長に敗れる
 2016.3.28日、理事長改選で、現職の八角と共に次期候補となるが、多数決の結果6対2で敗れた。理事長選に際して頭を丸刈りにしたことが話題になった。3.30日、職務分掌では執行部から巡業部長へ異動となった。 (相撲教習所長→審判部長→総合企画部長→地方場所部長などを経て巡業部長)

【兄の花田虎上が「同じ空気も吸いたくない」と語る
 2016.5.16日、元横綱で現在はタレントとして活動する花田虎上(まさる、45歳)が、この日の深夜放送のテレビ朝日系「exd44」(月曜・深夜0時15分)に出演。絶縁状態にある実弟・貴乃花親方(43)について、「同じ空気も吸いたくない」と語った。

 「exd44」は、同局の若手ディレクター11人が、お題に沿ってVTRを作る次世代ディレクター育成番組で、今回は「花田虎上の恋愛・人生相談~縁、切っちゃえば!?」と題し、兄弟絶縁と離婚、角界との決別を経験している花田氏が“縁切りの横綱”として登場した。パチンコ好きの彼氏との恋愛について一般女性からの相談を受けた。相談者から「兄弟の絶縁について」と問われ、「自分の道がそれぞれできたので別れて行く。そういう点では僕はお兄ちゃんとして寂しいな、という気持ちもあるけど、彼は彼の人生がある。僕が歩む道だから『その人は関係ない』という事になれば縁を切らないと。もう一緒にはいられない、と自分の道を進んでいきます」と説明。「後悔しないんですか?」と追及されると、「ない!ない!ない!ない!僕は女性っぽいので、別れたら同じ空気も吸いたくないという考え方。あまりネガティブに考えないように表立ってはしている」ときっぱりと言い切った。離婚については「子供に会えないのはすごく辛い。離婚するという行動は、もう心が冷めているので、さみしいとかそういうのはないですね」と話した。「僕みたいに別れたら次の幸せがありますよ」と相談者に別れることをすすめたが、男性が結婚を視野に改善する態度を見せたため交際は継続することになった。“縁切りの横綱”は「幸せになってもらいたい。でも本心は、とても心配です」と複雑な表情だった。
 2016年5月17日(火)8時2分 スポーツ報知
 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160517-00000015-sph-ent

【貴乃花部屋が中野新橋から江東区に移転
 2016.6月末、貴乃花部屋が隆盛を極めた花田家の本拠地の中野新橋から江東区東砂に移転する。引っ越し先は国技館から約6キロ。ある角界の事情通がこんな裏話をしている。貴乃花親方は、「弟子のことを考え国技館に近い場所に引っ越した」と説明したが、不動産的にも中野区より江東区のほうが割安で、こちらは賃借物件。しかも中野の物件に比べスペースは半分しかなく、都落ちの感が拭えなかった。真相は、貴乃花親方の懐事情が厳しくなったことにあったとおもわれる。

 「部屋経営は決して順風満帆でなく、中野新橋の土地建物は2008年に、オーナーが大タニマチでもある不動産会社に売却し、そこに家賃を払う形でやってきた。ところが最近になって両者の間で何らかのトラブルが生じ、出ざるをえない状況になったようだ」。
 「新しい部屋は賃貸契約。かつての大横綱が、賃貸で部屋を持つなんて前代未聞だと、我々の間で話題になりました。じつは、貴乃花部屋では部屋を継承した際に先代の時からのタニマチと絶縁、従来のタニマチ制度を廃止し、サポーター制度を導入したんです。これは景子夫人の発案だったが、うまくいかなかった。 しかも、サポーター制度に反対していた太いタニマチが、どんどん離れていく悪循環に陥ってしまった。昔からの大口のタニマチが離れてしまい、財政面が厳しくなった。さらに、タニマチ経由で全国の有望な若手をスカウトすることが多いため、入門希望者も減ってしまった」。
 「株ですよ。元貴乃花親方は周囲の声に耳を貸さない性格ですから、いったんのめり込むとなかなか後戻りできない。そのため巨額の負債を背負い、あるタニマチから中野新橋にあった部屋を担保に入れてカネを借り、穴埋めしたんですが、今度はそのタニマチの事業が傾き、とうとう立ち退きを迫られたんです。そのため、2年前に現在の江東区東砂に引っ越しすることになったんですが、このときにも転居費用として品川区東五反田にある自宅を担保に1億8000万円を借り入れたといわれています」。

 理事長選後の貴乃花親方の言動は理解しがたい面がある。夏場所前、国技館での横綱審議委員会の稽古総見を欠席しているのもそう。委員長はじめ委員たちが並んで幕内力士の調整ぶりをチェックする協会の公式行事で、理事である貴乃花親方は出席の義務があるのに姿をみせなかった。場所後の西岩親方(元関脇若の里)の断髪式もドタキャン。青森県弘前市出身の若の里は、中学3年のとき夏巡業でやってきた当時小結の貴花田に稽古をつけてもらったことで大相撲入りで迷っていた気持ちが固まったという。いわば人生を決めた人で、まげにハサミを入れてもらいたかったろう。

 「貴乃花親方は現役時代、稽古をつけてもらい強くしてくれた兄弟子の高田川親方(元関脇安芸乃島)の断髪式を不仲だったとはいえ欠席、ひんしゅくを買ったこともある。相撲界の底に流れる義理、人情とは別次元の人」(前出事情通)。22回も優勝した大横綱らしからぬ言動は、まだ20年以上もある残りの親方人生にとってマイナスに作用するだけではないか。(作家・神谷光男)
 藤島部屋(現・貴乃花部屋)が建てられたのは1982年5月。遺産相続で、この部屋の建物が貴乃花親方の所有になったのが2005年5月。その約2年半後、所有権は高級分譲マンション販売会社A社へ。以来、貴乃花部屋はA社に賃貸料を支払って使っていた。A社のN会長は貴乃花親方のタニマチ。資金繰りに困った貴乃花親方のために部屋の建物を購入し、以来、格安の賃貸料で貴乃花親方に貸し出していたが、地価の安い江東区へ貴乃花部屋が“都落ち”するという。但し、貴乃花親方本人は不仲説を否定している。3月末の理事長選で敗れ、心機一転の思いを強くしたところに好物件が見つかり転居へと至ったと云う。新天地での始動は7月の名古屋場所終了後になる見込みだが、6月7日には新しい土俵も完成。あとは中野新橋の部屋から神棚を移すのみとなっている。この江東区の部屋は、賃貸ではなく、既存の建物を買い取り、改装したもの。その資金のため、東京都品川区内にある地下2階・地上2階の貴乃花親方の豪邸には、昨年9月に1億8000万円の根抵当権がついた。

 貴乃花部屋で強い力士がなかなか育たないのは、親方は相撲部屋に自宅も構え弟子たちと寝食を共にするのが常識のところ、貴乃花親方は品川区内の自宅からの“通い親方”。
“通い親方”同様、強い弟子が育たない理由として貴乃花部屋独自の「サポーター制度」もヤリ玉に挙げられている。「ファンの支援で部屋を運営するサポーター制度のせいで、物心両面で部屋を支えていたタニマチと疎遠になり、タニマチ経由の若手スカウトがなくなってしまったとの意見もある。現在、2人の関取がいる。部屋所属力士が12名。部屋頭はモンゴル出身の貴ノ岩(26・東前頭6枚目)。もう一人の佐藤(19・十両13枚目)は先の5月場所で新十両になった。その佐藤とともに、5月27日、高野山大学同窓会特別ゲストに招かれた貴乃花親方は、自身の弟子育成論をこう述べている。
 「弟子を一人でも多く強くさせて、日本の国技の相撲、相撲道に携わっていければと。この国のために弟子を育て、国の隅々まで役立ちたい思いでやらせてもらっています」。
  公開「貴乃花親方「部屋移転騒動」の真相を激白!」。
 沈黙を続けるアノ男が、ついに口を開いた。理事長選に敗れ、新天地で再起を図る。その胸中や、いかに!?

 登記簿謄本によれば、「藤島部屋」(現・貴乃花部屋)が建てられたのは1982年5月。そして、遺産相続により、この部屋の建物が貴乃花親方の所有になったのが2005年5月。ところが、それから約2年半後、その所有権は高級分譲マンション販売会社A社へ。以来、貴乃花部屋はA社に賃貸料を支払って使っていた。

 「週刊ポストによれば、そのA社のN会長は貴乃花親方のタニマチ。資金繰りに困った貴乃花親方のために、部屋の建物を購入し、以来、格安の賃貸料で貴乃花親方に貸し出していたが、両者の不仲ないし、N会長側の資金繰りの事情から出ていかざるをえなくなったと、におわせています。そこで、地価の安い江東区へ貴乃花部屋が“都落ち”するというわけです」(前同)

 一時は相撲界トップにも手が届きそうだった貴乃花親方の身に、何が起きているというのか!? そこで、本誌は貴乃花親方本人に突撃取材を敢行。すると、返ってきたのは、意外な答えであった――。「不仲になどなっていません。今回の移転先に関しても(N会長は)協力してくれていたんですから」と、親方は開口一番、報道を完全否定。また、N会長の資金繰り事情を調査してみても、大手の企業信用調査会社のデータではA社はグループ年商120億円以上を誇る黒字。業績は決して悪くない。さらに、貴乃花親方はこう続ける。「そもそも先代(父)の助言により、私は引退時(03年1月)から両国近辺で部屋創設地を探していたんです。突然、出て行くことになったわけではありません」

 ところが当時は、兄(元横綱・若乃花)との遺産相続問題などもあり、相撲部屋の引っ越しどころではなくなった。そうこうしているうちに、ズルズル今日まで……という具合。しかし、3月末の理事長選で敗れ、心機一転の思いを強くしたところに、ちょうどいい物件が見つかった。そこで、転居へと至ったのが真相のようだ。「先代が移転を勧めた一番の理由も、国技館の近くなら弟子の負担が少ないから。貴乃花一門の部屋も近所にあり、出稽古もやりやすい。何かと便利なんです。もちろん、貴乃花自身も稽古に励んだ地で、周囲の住民に育ててもらった恩もある中野新橋を去るのは忍びないという気持ちも強いことでしょう。しかし、すべては弟子のため。そして今後、自分が相撲界を背負っていくためにも、私情を捨て決断したんでしょう」(貴乃花親方に近い関係者)

 江東区の新天地での始動は、7月の名古屋場所終了後になる見込みだが、6月7日には新しい土俵も完成。あとは、中野新橋の部屋から神棚を移すのみとなった。それにもかかわらず、部屋の移転先住所がいまだ公表されていないのは、何か事情があるのでは……!?  この点も貴乃花親方に直撃すると、笑いながら、こんな答えが返ってきた。「消防法の規制クリア、建物の用途変更など、いろいろ行政の許可を得ないといけない手続きがありますが、まだ、それをすべてクリアできていない。完全にクリアしてから公表したいだけ。そのほうが縁起もいいですし。別に(転居先を)隠しているわけではありません」

 この江東区の部屋は、賃貸ではなく、既存の建物を買い取り、改装したもの。その資金のため、東京都品川区内にある地下2階・地上2階の貴乃花親方の豪邸には、昨年9月に1億8000万円の根抵当権がついた。この事実を取っても、今回の転居が計画的なものであることは明らかだろう。ところで、前出の『週刊ポスト』をはじめ、一部メディアでは、貴乃花部屋で強い力士がなかなか育たないことも、転居の理由の一つに挙げている。

 親方は相撲部屋に自宅も構え、弟子たちと寝食を共にするのが常識。ところが貴乃花親方は、品川区内の自宅からの“通い親方”。そのため、弟子に十分目が届かなかったという反省から、江東区の新部屋には自宅も併設し、住み込みで指導にあたるという話だ。ところが、これに関しても貴乃花親方は、「今もそうですが、以前から、ずっと住み込んでいますよ」と、笑いながら一蹴した。

 また、“通い親方”同様、強い弟子が育たない理由として、貴乃花部屋独自の「サポーター制度」もヤリ玉に挙げられているが……。「ファンの支援で部屋を運営するサポーター制度のせいで、物心両面で部屋を支えていたタニマチと疎遠になり、タニマチ経由の若手スカウトがなくなってしまったとの意見もあります。しかし、先の理事長選で八角理事長の背後に政治家や複数の企業の名が出たように、タニマチは癒着、協会や部屋運営への介入など、負の部分も少なくないんです。サポーター制度は決して悪くありません」(前出の関係者)。

 そもそも貴乃花部屋に有望な若手があまり来ないのは、親方自らが一本釣りしないからだともいわれる。「熱心でないからではなく、“来てもらっても、もし挫折し、引退した場合、今の相撲界ではきちんと再就職を世話するシステムがない。それを思うと、親に私に任せてください、と胸を張って言えないから”と貴乃花親方は常々言っています。それでも現在、2人の関取がいます。部屋所属力士が12名しかいないことを思えば、その割合はなかなか優秀でしょう」(前同)。

 部屋頭はモンゴル出身の貴ノ岩(26・東前頭6枚目)。もう一人の佐藤(19・十両13枚目)は、先の5月場所で新十両になった。「佐藤は10代での関取昇進というスピード出世に加え、5月場所での11勝4敗という好成績も注目の的です。居反りなどの奇手を持つことから“ポスト舞の海”として人気の新十両・宇良にも黒星をつけ、新十両対決を制しました」(同)。

 その佐藤とともに、5月27日、高野山大学同窓会特別ゲストに招かれた貴乃花親方は、自身の弟子育成論をこう述べている。「弟子を一人でも多く強くさせて、日本の国技の相撲、相撲道に携わっていければと。この国のために弟子を育て、国の隅々まで役立ちたい思いでやらせてもらっています」 理事長は諦め、親方としての仕事に専念するという決意表明なのだろうか――。

 だが、別の相撲関係者は次の一手の可能性を語る。「新たな貴乃花部屋の近くには、理事長選で貴乃花親方支持を表明した山響親方の部屋が移転してくるのでは、という話もあります」。そのせいか、貴乃花親方は引き続き警戒されている。「一部報道で、貴乃花親方が稽古総見や研修会などの協会行事を欠席したことを、職務放棄だと非難されています。相撲部屋移転についての批判的な記事も、理事長選と同様、貴乃花親方に対する“紙爆弾”が続いているのかもしれません。しかし、貴乃花親方が積極的に反論しないのは、しばらくは“死んだふり”のほうが得策との判断からでしょう」(同) 目立たず騒がず。新天地で虎視眈々と再起を狙う貴乃花親方。死んだふりから起き上がる日も、案外近いのかもしれない――。


【貴乃花親方と最福寺の池口恵観の繋がり】
 2017.11.30日、「【聰聯が絡みの貴乃花と旭鷲山と池口恵観の絆はあるのか?ガセネタか?(其の1)】」その他参照。
 モンゴル日本国交樹立30周年記念切手の魚拓

 私がモンゴルを訪れましたのは、平成14年の夏でございました。空港から首都ウランバートルの市街に向かう道の情景が、今も鮮やかに私の脳裏に刻まれております。見渡す限りの平原に真直ぐの道路が続いております。その両側のポールにはためいている顔、大きな顔がございました。どっかで見たような人だと思ったら、なんと自分でございました。あの時ほど驚いたことはございません。日本とモンゴルの国交樹立30周年を記念する切手に私の肖像写真を使うというふうに言われまして、大変名誉なことだと思いましてお受けしたようなわけでございました。訪問はその記念にお招きを受けたものでございました。

 旭鷲山はモンゴルから初めてやってきた力士でございます。何年たってもなかなか思うような成績が上がらない。なんとか勝ちたいと思い悩んでおった彼が後援者の代議士の紹介で私のところへやってきたんです。護摩行にも参加して行もやりました。旭鷲山はその護摩行をやった翌場所は十一勝あげて初土俵から5年目で小結になったのです~その後、彼はモンゴルの国民栄誉賞をもらったりして今は国会議員になっております。そういうような縁で日本とモンゴルの国交樹立30周年のときに日本のものを何か切手にしたいと募集があってそのときに旭鷲山が「恵観先生は世界中を周って世界平和をやってるから写真とか記事があればこれに出してみらんか」ちゅうて言われたからそれを全部出したんですね。そしたら私のがモンゴル・日本国交樹立30周年記念切手に選ばれまして私が記念切手でのこっているというわけであります。 

 ※週刊朝日 2016年3月25日号より抜粋

 
日本相撲協会の「改革派」と評され、次期理事長の有力候補となっている貴乃花親方。横綱時代から二枚目のサラブレッドとして人気は高いが、「ナニワの石油王」の異名を持ち、1990年代に政官界との癒着が問われた「泉井事件」で実刑判決を受けた元石油商の泉井純一氏や、北の湖前理事長の「右腕」として協会の事務方を取り仕切ってきた50代の経営コンサルタント・K氏など“奇々怪々”な人脈があった。そしてヒートアップする理事長選の行方は?

 
貴乃花親方の後援者には、K氏や泉井氏の他にも意外な人物がいた。鹿児島市の宗教法人「最福寺」の池口恵観法主だ。池口氏といえば「炎の行者」の異名を持ち、朝鮮総連本部ビルの落札に名乗りを上げるなど“フィクサー”としても知られる。「最福寺」の護摩行には覚醒剤取締法違反で逮捕された清原和博容疑者や、現阪神監督の金本知憲氏などが訪れる。

 前述した貴乃花親方のメールは池口氏に宛てたものだ。清原容疑者逮捕後にはこんなメールを送っている。≪(清原容疑者は)現場へと復帰しこれからは家族、仲間、人生の師の元へ帰ってくるはずです、私がお会いしましたら先生のお言葉をしっかりと伝授いたします≫ 貴乃花親方は昨年3月、大阪市内のホテルで約1600人の参加者を集めて後援会の設立パーティーを行っている。この実現には池口氏が奔走したのだという。池口氏がこう語る。「貴乃花親方は泉井純一氏から紹介されたと記憶しています。引退した一門の弟子の就職を世話してほしいというので、阪神など関西の上場企業に協力してもらい、後援会を立ち上げた。護摩行にも昨春、一門の親方たちを連れて一度来ていただいています。貴乃花親方は性格が素晴らしく、いずれ理事長になる方だと考えています」。

 
池口氏と貴乃花親方の両者を知る関係者もこう語る。 「Kさんはもともと北の湖前理事長と一緒に恵観先生の護摩行に来ていた。北の湖さんが亡くなり、行き場がなくなったKさんを、私が貴乃花親方につなぎました。『貴乃花親方を内部から応援せなあかん』とね」。

 ヒートアップする理事長選は、メディアを巻き込んだ「諜報合戦」の様相を呈しつつある。3月10日発売の「週刊新潮」では、日本相撲協会外部理事の宗像紀夫氏が実名でインタビューに応じ、「八角理事長に告ぐ 相撲協会の私物化を止めよ」という見出しの特集記事を掲載している。危機管理委員長としてK氏の金銭授受疑惑を調べ、問題なしとした人物だ。記事中で宗像氏は、八角親方が理事長に就任した手続きを不透明な「出来レース」と糾弾した。宗像氏は本誌の取材にこう語る。「K氏の金銭授受問題は当時、複数の弁護士を使って調べ決着した。理事会に報告し、反対する人もいなかった。K氏がいると協会の運営が自由にならないと考える人たちがいるのではないか」。

 貴乃花親方の“奇々怪々”の人脈はまだあり、「ワキの甘さ」を心配する次のような声も上がった。「貴乃花親方の先代からの後援者にある新興宗教の指導者がいるが、あまり評判のよくない人物。『付き合いは控えたほうがいい』と忠告したことがあるが、続けている。貴乃花親方のタニマチだった政商、泉井氏は服役を終えましたが、かつてほどの援助はもうできない。貴乃花親方の金銭面は楽ではないようで、新興宗教の指導者らを切るのは難しいのでしょう。そういうところで理事長選に影響が出ないか心配しています」(貴乃花一門後援会関係者)。

 
貴乃花親方の自宅の登記簿を調べると、昨年9月に金融機関から極度額1億8千万円の根抵当権と、計2億円の抵当権が設定されていた。先代から相続した東京都中野区の貴乃花部屋の土地建物の所有権は、08年に都内の不動産会社に売却している。

 貴乃花親方にK氏を巡る八角理事長とのやりとりについて尋ねるとこう回答した。「K氏が理事長室に入っていった後に私も入っていき、北の湖理事長のもとで働いていた方を、理事会にも諮らずに、いきなりやめさせるというのはいかがですかと発言はしました。(中略)八角親方が御一人で決める問題ではないと理解しておりますとお話をさせていただきました」。K氏に指摘される疑惑については「理事として守秘義務がございますので、ご容赦いただきたくお願いいたします」とのこと。K氏にも取材を申し込んだが、期日までに回答を得ることはできなかった。

 運命の3月28日、理事長のイスを獲得するのはどちらか。ベテラン相撲記者は次のように予想する。「今のところ、7対3か6対4で八角理事長が有利とみています。貴乃花親方に同調しているのは伊勢ケ浜親方と山響親方。出羽海一門の春日野、出羽海、境川の3人の親方の動向が勝負の分かれ目ですが、複数が八角支持と聞いている」。ただ、それぞれの勢力が拮抗しているのでギリギリまで二転三転する可能性もあるという。運命の大一番は、すでにがっぷり四つの展開となっているのだ。(本誌取材班)

【貴乃花親方がスポーツ紙で“大相撲理事長選出馬声明文”の奇行
 2016.3.23日、千秋楽の翌28日午後、日本相撲協会の理事長選で、続投に意欲を燃やす八角理事長と貴乃花親方との一騎打ちが予想されるさ中、貴乃花親方が、現役時代から懇意にしているスポーツ紙上で、“大相撲理事長選出馬声明文”を発表した。この前代未聞の奇行が波紋を呼んでいる。

 それによると、立候補の目的は「北の湖前理事長の恩に報いるため。これが最初で最後の勝負で2度と理事長選には立候補しない」とある。だが当選後に何がしたいのか具体的な方針などは書かれていない。ある親方は「何を考えているのか。理事長は10人の理事たちが選ぶもので読者は無関係なのに。それも白鵬対稀勢の里という今場所のハイライトがある日に、こんなものを大々的に発表するなんて」と首をひねる。8日目(20日)に行われた理事会で、貴乃花親方寄りとみられていた3人の外部理事が任期満了で理事選に関与できないことが明らかになり、同親方には痛いはず。カギを握る出羽海一門で、山響理事(元幕内巌雄)を除く3人の理事が八角理事長の支持に回ったという情報もある。

【貴乃花親方に薬物疑惑】
 2016.4.5日、「【薬物疑惑】元アスリートXは最近激ヤセした貴乃花!?」参照。

 最近、激ヤセ丸刈り姿が注目を集めた貴乃花親方に薬物疑惑が!元アスリートXが貴乃花親方に当てはまりすぎると話題になつている。
今年2月に「番長」の名で親しまれていた清原和博が薬物で逮捕され、次に逮捕される人物は誰だ!?と、芋づる式逮捕が話題になっていたが、ここへきて「元アスリートX」の薬物疑惑が浮上している。

●80~90年代に活躍していた超一流国民的アスリート
●引退後もスポーツ界に関わりがある
●私生活では家族がらみのトラブルが相次いだ
●現役時代と比べて激ヤセした
●ブログの内容が意味不明

 ●現役時代と比べて激ヤセした

 最近激やせしたと言われている貴乃花親方。ネットでは病気のための激ヤセ説が濃厚に加え薬物疑惑が噂されている。捜査当局から目を光らせているとか。丸刈りにしたのは毛髪鑑定対策か?と云われている。これまで薬物で逮捕された芸能人は激しい体型の変化か頭髪の変化が見られる。薬物で逮捕された田代まさし、薬物で逮捕された酒井法子。
逃走時に髪を短くし染めていたことが発覚。明らかに証拠隠滅のためである。

 ●ブログの内容が意味不明

 貴乃花親方のブログ「貴乃花部屋 TAKANOHANA BEYA」では意味不明な内容に「カルト」「宗教」などの声が挙がっている。

 ▼ブログ「貴乃花部屋 TAKANOHANA BEYA」厳粛 2016.3.25

 忠誠と信義を重んじ、この人生に身を捧げる思いを、過去にない意地と懇親を抱いて皆様のご期待にお応えし、相撲道復活の道筋を常に歩み続けたいと思う毎日です。人生は長くとも短いと申しますが、今日死に直面しても悔いはない人生を訓示として、我が身我が友我らが仲間と共に身を削る覚悟に至りました。相撲道の普及は、我が人生の名代でもあります。我が故郷我が生き甲斐でもあり、記憶を辿れば、幼心に芽生えた軍神のように生まれてきた思いがいたします。日本の国益のお役に立てるための、相撲道の本懐を遂げるためのものです。言うが易し行うは難しい、と社会の気風を打破してこの後の相撲界に大きな貢献に鉾を立てて、将来を担う力士たちの柔軟なしなやかな心を育てて参ります。これからもご支援ご指導を賜りますよう何卒宜しくお願い申し上げます。貴乃花光司


【貴乃花親方の奇行】
 「9.9日付け日刊ゲンダイ記事/稽古総見また欠席 貴乃花理事“職務放棄”と奇行の裏の本心」参照。

 2016.9.2日、横綱審議委員会の稽古総見が行われた。他の理事9人は全員出席する中、貴乃花理事だけが姿を現さなかった。弟子の貴ノ岩も来ずじまい。一般非公開の稽古総見は「幕下は15枚目まで、十両と幕内は8枚目まで」参加する義務がある。9月場所での貴ノ岩は前頭3枚目。出席義務があったにもかかわらず親方ともども知らんぷり。貴乃花理事が職務を投げ出したのは、4月の「反社会的勢力排除に伴う講習会」、5月場所前の稽古総見に続き今年公になっただけで3度目になる。3月には理事長選に挑むも10票中3票しか集められず大敗。その後は「理事に与えられた仕事をまっとうします」と言いながら、むしろサボタージュするケースが目立つ。7、8月の夏巡業では「奇行」も目立った。真夏だというのにマフラーを巻いたり、黒装束に黒いベレー帽をかぶって場内を闊歩。「また変な宗教にかぶれたんじゃないか?」と、いぶかる声も少なくなかった。「また」と言われるのも無理はない。貴乃花理事は以前から宗教やそれに近いものに凝るケースが多かった。現役時代は「整体師に洗脳された」とウワサされ、その後、兄の元若乃花(元横綱)と断絶。現在、貴乃花部屋が大阪場所の宿舎にしているのは、京都にある新興宗教団体の建物だ。貴乃花理事はこの宗教団体が出した本に推薦文を寄せ、毎年節分の豆まきにも参加している。

【貴乃花親方、山響親方、裏金顧問の密談】
 2016.10月、川崎大師で故北の湖理事長の銅像の除幕式と三回忌の法要があつた。その後の食事会で貴乃花親方は同じ派閥の山響親方、裏金顧問と3人でゴソゴソやっていた。

【若乃花ことタレントの花田虎上が離婚時の男の美学を告白】
大相撲の元横綱若乃花ことタレントの花田虎上(46)が、2日放送の関西テレビ「快傑えみちゃんねる」で、タレントで元妻の花田美恵子(48)と別居した際、現金10万円とスクーターだけで家を出たことを明かした。花田は「離婚するにあたって別居してたんですよ。別居する時にヤマハのスクーターのマジェスティに乗って、10万円を持って、それで家を出た。後ろにマネジャー乗っけて」と回想。「敷金礼金、(家を)借りるお金もない」ため「友達の家を転々とするしか」なく、「仕事をして、貯めて、部屋を借りた」という。家も預貯金も「全て(花田美恵子のもとに)置きました」という花田は、「男はそれぐらいしないとダメかな」と、男の美学に基づく行動だったと主張していた。

【藤田紀子が、22年前に噂になった「若貴兄弟、父が違う」噂について言及】
 2017.7.24日、タレントの藤田紀子が、TBS系「ビビット」で、22年前に噂になった「若貴兄弟、父が違う」という噂について言及。「根も葉もない噂」と一蹴したが、父親の噂がたった元横綱の輪島氏とは、家族ぐるみで仲が良かった過去を語った。番組では、藤田に密着し、思い出の場所などを訪ねてこれまでの人生を振り返った。その中で、22年前にいきなり報じられた若貴兄弟の父親が違うという、衝撃的な噂の真相も語った。当時、兄の元若乃花のタレント・花田虎上は先代の二子山親方の子で、弟の貴乃花親方は輪島の子供ではないかと、一部で報じられたことがあった。藤田は「カメラの前で言ったことはないんですけど」と前置きし、「根も葉もないことで、本当にくだらない作り話。最初聞いた時はビックリしたけど、今は怒るのもばからしい」と笑いながら全否定。ただ、輪島氏の名前が出たことについては「輪島さんは親方の親友で、日大の学生だった頃から仲良くしてて、私と親方が初めて会うときにも付いてきてくれて私と3人で仲良くしていた間柄」と説明。輪島さんは子供好きでもあったことから、「親方の巡業中、フラッとうちに来て、(長男を)巡業に連れて行っていい?と。私も(次男の)光司がいて大変だったから、お願い!と言って連れて行ってもらって。親方も巡業先に自分の子供がいてビックリしたくらい」と家族ぐるみで、仲良くしていたと、懐かしそうに振り返った。

【貴乃花一派の親方11人が本格的メークの女装カレンダー事件】
 2017.12.4日付2017.12.9日号貴乃花親方の “女装” は理事選への布石!? 発案者は、やっぱりあの人だった」、2017.12.5日付協会や理事を激怒させた 貴乃花親方の“女装カレンダー事件”」その他参照。
左が女装姿の貴乃花親方
 貴乃花ファミリー忘年会で配られた11人の親方の女装カレンダー。
親方 力士名 年齢
一門 貴乃花 響親方(45=巌雄)だ。
一門 山響 幕内・巌雄 45歳  山響親方は顧問とグル。
一門 大嶽 大竜
玉ノ井 元大関・栃東 41歳  父親は元関脇・栃東。貴乃花親方と玉ノ井親方は明大中野中学の先輩後輩。
前頭・湊富士 49歳  モンゴル出身の逸ノ城を部屋に迎え入れ大フィーバーしている。
陣幕 富士乃真
千賀ノ浦 小結・隆三杉 56歳  二子山部屋出身で貴乃花の兄弟子にあたる。
立田川 元豊真将
立浪 小結・旭豊 49歳  「各界の松平健」と言われた色男。断髪式には松平健も参加
錣山 関脇・寺尾 54歳  父は元関脇・鶴ヶ嶺、兄は元関脇・逆鉾(現井筒親方)。角界一ハンサムとの声もある。
時津風 前頭・時津海 44歳  時津風部屋の力士暴行死問題で、親方逮捕のため急きょ引退して部屋の親方になった
甲山 大碇
 「票を派手に買い漁っているのは貴乃花一派と裏金顧問の方」。
 木瀬親方(元前頭・肥後ノ海)
 現在角界には、2014年に認められた最も新しい貴乃花一門を含めて、6つの一門が存在する。
出羽海一門 31人 最大派閥。巡業部副部長の玉ノ井親方(大関栃東)、山響親方(前頭巌雄)が親貴乃花。
時津風一門 19人 錣山(しころやま)親方(関脇寺尾)、立田川親方(小結豊真将)、湊親方(幕内湊富士)の3親方が親貴乃花。昨年末、時津風一門離脱を表明。無所属となっている。
二所ノ関一門 20人 元々貴乃花一門は二所ノ関一門。現役時代に貴乃花親方から3個の金星を奪った佐渡ケ嶽親方(元関脇・琴ノ若)が親貴乃花。この部屋には忠誠を誓う3人の部屋付き親方(小結琴稲妻の粂川、前頭琴椿の白玉、前頭五城楼の濱風)がいる。「先代佐渡ケ嶽親方(元横綱琴櫻)のおかみさん(義母、妻真千子さんの母)が二所ノ関一門を離脱した貴乃花親方を嫌悪している。一門の総帥で理事でもある二所ノ関親方(元大関若嶋津)が昨年10月19日に自転車で転倒し約5時間の緊急開頭手術を受けて入院しているが「意識は回復した」との情報がある。田子ノ浦親方(元前頭隆の鶴)も二所ノ関一門で、親貴乃花。田子ノ浦部屋には横綱稀勢の里がいる。「二所ノ関親方が理事選に出馬できない場合は、同一門から芝田山親方(元横綱大乃国)が出馬することも考えられるが、誰が理事選に出るか二所ノ関親方の病状次第」で一門内の勢力図は流動的といえる。二所ノ関一門にはもう1人、尾車親方(元大関琴風)が理事を務めている。協会ナンバー2で八角理事長と懇意にしており反貴乃花。
高砂一門 12人 八角理事長。陣幕親方(前頭・富士乃真)の長女が貴乃花親方の長男・優一氏と昨年結婚。故横綱千代の富士の一番弟子でもある「九重親方(元大関・千代大海)を理事選に擁立しよう」という動きもある。
貴乃花一門 阿武松親方(関脇・益荒雄。貴乃花親方の懐刀)、立浪親方(元小結・旭豊)。初場所中に引退して小野川親方となった大道は阿武松部屋の力士。

 2016.12.26日、東京・渋谷にあるセルリアンタワー東急ホテルのボールルームで「第1回貴乃花ファミリー忘年会」が行われ、約400人の“貴乃花ファミリー”が集結し忘年会が約3時間ほど行われた。貴乃花一門の親方だけでなく別の一門の親方、部屋ごとの後援者も来ている盛会だった。ウエーターは少なく部屋のおかみさんたちが忙しく働いていた。驚いたのは会費が1人3万円だったのにもかかわらず料理がホテルのものでなく仕出し料理だったこと。から揚げにフライドポテト、焼きそば、チャーハンと高級ホテルに似つかわしくない居酒屋料理ばかりが出された。飲み放題ではあるが、ワインを注文したらプラスチックのデキャンタだったのには呆れた。初めは親方たちの挨拶や所属力士の紹介、親方衆のカラオケなどがあった。その間、貴乃花親方は各テーブルを回り写真撮影などにも応じていた。宴も中盤に差しかかった頃、雰囲気が一変する。会場にプロジェクターが3台ほど出され、親方たちが女性姿に扮するまでを映したメーキングビデオの映像が流れた。メイクしたりカツラをかぶったりする様子が1時間ほど流れた。喜ぶファンがいたが大方はドン引き。「貴乃花部屋は毎回、こんなハレンチなのか」と怒る者もいた。

 
ビデオのトリが貴乃花親方で派手な紫のアイシャドーに真っ赤なルージュで登場していた。映像が終わり彼が30分ほどトークしたが相撲の話はほとんどせずに女装の話ばかり。「この中でいちばん自分がキレイだ。ヘアメイクの人は大変だっただろうね」などと楽しそうに話していた。最後には「あまりに自分が美しかったのでTシャツにしました」と満面の笑みで語っていた。参加者全員におみやげとして配られたのが親方衆の女装カレンダーと、貴乃花の女装Tシャツ。お開きになると、女性の司会者が“女装のことはSNSにあげないでくださいと何度もアナウンスしていた。さすがに悪ふざけがすぎたと思ったのかもしれない。と云う顛末の貴乃花一派の女装カレンダー事件が発覚した。週刊女性PRIMEが報じ知られることになった。この年の末に後援者に配布されたという。多くの親方衆や理事はア然。「こんなのが出回っては力士のイメージに関わる!」と声を荒らげた親方もいた「この企画を考えたのは、どうも貴乃花部屋のおかみさんである花田景子さんのようですよ。彼女がメイクやスタイリスト、カメラマンまで手配したって聞きました。確かに若い女性ファンなどは喜んだのかもしれませんが、後援者の多くは年配の方。こんなことをすることが相撲改革だとしたら、先行きは思いやられますよ」(相撲協会関係者)だが、ある相撲ライターは、この“女装カレンダー”を、「素晴らしく練られた作戦」と感嘆している。「一門の親方だけでなく、別の一門の親方まで入っているのが非常に興味深い。特に時津風一門の筆頭である時津風親方まで参加しているとなれば、これは間違いなく来年2月に行われる理事長選へ向けた準備ですよ。“女装撮影会”という恥ずかしすぎるイベントをあえてすることで、貴乃花は彼らの忠誠心を試したのではないでしょうか」。時津風一門は8部屋で、相撲界では3番目の勢力。しかも、12部屋を従える最大派閥の出羽の海一門から山響、玉ノ井の両親方も参加している。4部屋の貴乃花一門にとっては、これ以上ない援軍だ。「日馬富士の一件で孤立しているように見えますが、水面下では着々と応援者を増やしている。特に貴乃花と同年代の親方たちは、古い体質に嫌気がさしている人も多いのです。もしかしたら、角界を閉鎖的にしている“一門制”を壊してしまうかも。それが成功したらこの女装のおかげかもしれませんね。相撲取りですから、何より“裸の付き合い”がいちばんなんですよ(笑)」(同・相撲ライター)。そこで、なぜ女装カレンダーを作ったのか、貴乃花部屋にメールで問い合わせたが、期限までに返答はなかった。

 貴乃花親方は相撲教習所の所長時代、「親や親方に言えないことをするな」と話していた。貴乃花部屋のホームページに掲載されている訓示にも「人の道に外れないよう自身を鍛え勝負に備える事」とある。それでいて暴力団が絡んだ野球賭博に手を染める、裏金を平気で受け取るといった「人の道に外れた」連中を口角泡を飛ばしてかばっている。「貴乃花式相撲道」の薄っぺらさが気になる。品格を重んじ真剣勝負にこだわる貴乃花のガチンコ女装。

貴ノ岩の無届巡業不参加事件
 12.3日から始まった大相撲の冬巡業。今回は稀勢の里をはじめ、力士13人が欠席となったが、唯一、休場理由が明らかになっていないのが巡業不参加の貴乃花親方の弟子、貴ノ岩だ。これには巡業部長代理を務める春日野親方(元関脇栃乃和歌)も「何も聞いていない」と困惑。この日になっても、貴乃花親方からの報告はなかったという。11月場所中に発覚した「日馬富士暴行事件」の被害者である貴ノ岩は、11月場所を全休。師匠の貴乃花親方は1月場所の休場も示唆している。しかし、だからといって巡業を休む際に義務付けられている診断書を出さなくていいことにはならない。それはそれ、これはこれだ。貴乃花親方の「ルール無視」は、いまや常態化している。昨年4月に行われた「反社会的勢力排除に伴う講習会」を、理事でただひとり欠席。弟子もろともばっくれた。公益財団法人への移行に伴い力士の法的身分などを定めた入門時の誓約書は全部屋に提出義務がありながら、貴乃花部屋だけ未提出のままだ。横綱審議委員会の稽古総見も弟子ともども欠席が続くなど、一体どこの組織の理事かといったありさまなのだ。今回の事件でも、貴ノ岩を聴取したいという協会の要請を断固拒否。理事会でつるし上げられ、「日馬富士が書類送検された後なら」と、渋々認めたのが実情だ。テレビの報道によれば、貴乃花親方は警察に被害届を提出した際、「何を言われようと弟子を守る」と話したという。しかし、過去に親方が守ろうとしてきた相手は誰だったか。

【貴乃花に同性愛疑惑】

【花田優一告白】
 2017.7.31日、靴職人で大相撲・貴乃花親方(44)を父に持つ花田優一氏(21歳、 1996年9月27日生まれ)が、この日放送の日本テレビ系「しゃべくり007天才集結SP」(月曜・後9時)に出演。靴職人になるために家を出たのは、父親から逃げ出すためだったと告白した。

 米国、その後イタリアに渡り靴作りを修業。帰国した今では1年先までオーダーを持つという優一氏。父親が祖父(先代貴乃花)と同じ相撲の世界に進んだように、自身も相撲の道に進むことを考えなかったかと問われると、体が大きくなかったことを挙げつつ「一番(の理由)は、小さい頃の憧れが父だけだった。憧れすぎると同じ世界に入ってもそれ以上有名になるとは思えなかった」と告白。さらに決定的な理由を明かした。

 実家の部屋には、中学を卒業した15歳の新弟子が毎年入ってくる。親方は「息子が出来てもないのに、弟子に叱れるワケがない」と思ったようで、 小学6年までは怒られるのが年に1~2度だったものがいきなり豹変。「卒業式の夜に『明日からお前が調子にのったら引きずり回すから』と言われ、 次の日ただいまと帰ったら『何だそのただいまは!』。学校での様子を普通と答えたら『普通って何だよお前!』。これ以上居たら俺死ぬと思って、 早くモノになってこの地獄から抜け出さなきゃと思いました。強くならないとと(思って)逃げました」。中学を卒業した15歳の時に米国に飛び出したと語った。

 その関係は帰国後も続いたそうで、ねぎらいの言葉どころか「おまえナメんなよ」。父親の靴を作るため採寸しようとすると「採寸しないと作れないのかと言われ、 寝ているときにそおっと(採寸しました)」。唯一、認めてくれたのはイタリアの師匠と会ってくれた時のことで、「『遊んでいたわけじゃねえんだな』と、 自分で師匠を見つけたことがすごく嬉しかったようでした」と語った。
 http://www.hochi.co.jp/entertainment/20170731-OHT1T50207.html





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