はじめに&おことわり
社内LANやインターネットの普及により日常的にネットワークを利用する機会が多くなりましたが、この際に注意を要するのが著作権を中心とする法律的な問題です。
コンピューターやネットワーク機器の開発により、他人の作成した文書を複製利用したり、作成した文書や図面をネットワーク上で公開したりすることが多くなります。文書や図面を個人的にあるいは会社内の一部の部署等限られた範囲内で使用している間は、文書を「公開」することに伴う著作権等の問題は実質的にはほとんど気にしないでもすんでいました。そのため、多くの人々にとっては、著作権問題は自分の問題ではなく、作家や作曲家、画家等の特殊な職業の人の問題であると思いがちです。しかし、ネットワークに参加するようになると、多くの人が即座に自分の作った文章や図面を見ることになる結果、ネットワーク上では、著作権等に関して思わぬところで問題を生じる可能性が大きくなります。
私は平成4年夏頃からパソコン通信をやるようになり、ネットワーク上でのいろいろなトラブルについて見聞きする機会がありました。そこで、今までの勉強をまとめる意味も含めて、私のネットワーク上での経験や見聞きしたことを整理してみることにしました。ここのWebページに立ち寄ってくださった皆さんの何かの参考になれば幸いと思います。
この文章に対する感想・コメント・事実関係の誤り等についての御指摘等については、このホームページの作者である渡辺格までお寄せ下さい。ただし、著作権等に関する御質問をいただきましても、お返事は差し上げませんので御了承下さい。
著作権法の解釈や個別具体的なケースに関する御質問については、文章末に付けてあります、参考URLリストの中にある例えば(財)著作権情報センター
に問い合わせいただくのが、最もよろしいかと思います。
(おことわり)
※ この文章は、ネットワークを利用したりネットワークを管理したりする人のための一つの参考とするために、著作権をはじめとするネットワーク上で問題となりやすいいくつかの点について、渡辺格(わたなべ・いたる)個人がまとめたものです。著作権法その他の法令の解釈等については、あくまで渡辺個人の判断を述べたものであり、なんらの公的な解釈等の裏付けがあるものではありません。また、著作権その他の法的問題に関し、読者がこのWebページに書かれている内容に基づいて行ういかなる行動に対しても、渡辺格個人は何らの責任を負うものではありませんので御了承ください。
(目次)
第1章:著作権とは何か
1-(1) 著作権の基本概念
著作権制度とは、文章、絵画、楽曲等の人間が創作的活動によって生み出したもの(著作物)に関して、創作した人(著作者)の様々な権利を保護する制度です。一般に創作的活動には、多大の労力を要するので、創作した人に一定の権利を法的に認めてやり、そうすることによって、創作意欲を維持して、社会の発展に寄与するようにしよう、というのが著作権制度の根本的な考え方です。
自分の考えを書いた文章や自分の感性を生かして撮影した写真などは、例えそれがプロの作家や写真家でなくても、立派な著作物で、文章を書いた人や写真を撮った人は立派な著作者です。昔は、文章や写真等を多くの人に見せるために出版したりするのはプロの作家や写真家だけでしたから、著作権問題がこれらプロの人々だけが意識していて、一般の多くの人々にとっては自分のことではない、という認識が広まっていたのは致し方ないことだと思います。しかしながら、コンピューター技術が発達し、ごく普通の人々が自分の書いた文章を多くの人々に読んでもらえるようにネットワーク上に載せることが簡単にできるようになると事情は違ってきます。ネットワークを使う人は、仕事として使う人はもちろん、趣味でパソコンに向かう人も、全てプロの作家や画家、作曲家と同じように、常に著作権問題を意識する必要があります。そうしないと、知らず知らずのうちに、他人の著作権を侵害してしまうことになりかねません。また、会社等で社員にネットワークを使わせる場合は、社員の中に他人の著作権を侵害している人がいると、会社がネットワーク管理者としての責任を追及される可能性が生じます。従って、ネットワークを利用する個々人が著作権問題について十分な認識と注意を払うと同時に、社内ネットワーク(いわゆるイントラネット)等において、特に初心者がメンバーにいる場合には、ネットワーク管理者は、自分の管理下にある利用者が著作権侵害問題を起さないように必要な注意喚起等を行うことが必要だろうと考えられます(ネットワーク管理者の責任問題については、「3-(6)ネットワーク管理者としての責任」参照)。
1-(2) 著作物とは
1-(2)-1.「著作物」の定義
著作物の定義としては、著作権法第2条において「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。」と規定されています。これを素直に読むと、著作物というのは小説や絵画等文化的な作品だけを指すように見えますが、実際は、下記に掲げるように、コンピュータープログラムも含んだ幅広いものが法律上は著作物に該当することになります。これは、もともと文化的創作物を念頭において成立した著作権法を新しい時代に合せてコンピュータープログラム等にも適用させようとしてきたことによる一種の歪と言えるのかもしれません。しかし、これだけコンピューター関連技術の進展が急速だと、法令の整備もやっと追い付いているというのが実状なので、一般的な法律の文言上の語感から受けるイメージと実際に法律が指していることにギャップがあることがあることについては、ある程度やむを得ないこととして、現状を受入れる必要があろうかと思います。
具体的な著作物の例としては、著作権法第10条では、以下のようなものを例示しています。
- 小説、脚本、論文、講演その他の言語の著作物
- 音楽の著作物
- 舞踏又は無言劇の著作物
- 絵画、版画、彫刻その他の美術の著作物
- 建築の著作物
- 地図又は学術的な性質を有する図面、図表、模型その他の図形の著作物
- 映画の著作物
- 写真の著作物
- プログラムの著作物
留意すべき点は、著作権は著作物の「表現」を対象にしており、著作物が含んでいるアイデアや情報は著作権法により保護することはできないことです。例えば、産業用に使える発明のようなアイデアについて論文発表した場合、その論文自体は著作権法で保護されますが、誰かが論文に書かれたアイデアを使って商品を作ってビジネスを始めたとしても、著作権の観点からは抗議をすることはできません。従って、他人に発明のアイデアを使われたくない場合には、特許等をとってその保護を図ることになります。また、
単なる事実の伝達にすぎない報道記事や文章中の個別の情報は著作権の対象とはなりません。単なる事実関係など創作的な知的活動の所産ではなく著作権の対象とならない文章などのことは、著作物性がない、などと言ったりします。また、小説や歌の題名、スローガン、キャッチフレーズなども、文化的所産というに足る創作性を備えたものというには無理がある、ということで、著作物性がない、とする考え方が現在は一般的です。
- ※有用情報の保護について
なお、現在の著作権法では、上記に説明したように著作物が含んでいる情報そのものは保護されませんので、例えば、つり雑誌に掲載されていた「つりの穴場情報」(どこそこでこれこれの魚がよく釣れる、などという情報)を文章をそのままコピーしないようにして他に流用したとしても、著作権侵害として追及することは困難です。こういう状況に対しては、「額に汗して集めた情報を他人が勝手に流用するのはアンフェアである。」と主張する人もあり、今後の著作権法改正議論の中で検討される可能性があります。
1-(2)-2 著作権の対象の例外
著作物利用における公共性に配慮し、以下のものについては、著作権の保護の対象とはなりません。
- (i) 古典
- 原則として著作権は著作者の死後50年で終了します。従って、著作者の死後50年を経過した著作物は人類共通の財産として、誰でも利用できるようになります。ただし、日本やドイツ等第二次世界大戦敗戦国以外の国の著作物に関しては、日本やドイツ等が戦争中、連合国側の知的財産権を停止していたことに対する対抗措置として、著作権の保護期間の「戦時加算」を行う必要があるので注意が必要です(例えば、米国については、昭和16年12月8日から講和条約が発効するまでの間の3,794日間など)。また、会社等団体が著作権を保有する著作物についは、公表後50年間が保護期間になりますが、一部改変を行いますと、改変を行ってから50年間になりますから、時としてわざと著作物の改変を行って、保護期間の延長を図る場合もあるようです。さらに最近明らかに「古典」の範疇に入ると思われるような絵画や初期の映像著作物についても、「(C)○○美術館」「(C)××博物館」などというふうに表示してあたかも美術館や博物館が著作権を主張するような表示がみられます。著名な古典著作物は、実際には購入する際に高価だったり、保管管理にコストが掛かったりすることから、美術館や博物館が自分の管轄権を主張したいのだと思いますが、今後、人類共通の財産としての古典著作物を自由に利用したいと考える人々とこれらの古典著作物を保管管理している団体・会社等の間でトラブルが発生する可能性があります。
- (ii)法令、判決文等の公的機関が作成し国民全体で共有することが社会にとって必要であると考えられるもの
- 著作権法第13条により、以下のものは、著作権の対象とはならないことが規定されています。
- 憲法その他の法令
- 国又は地方公共団体の機関等が発する告示、訓令、通達その他これらに準ずるもの
- 裁判所の判決、決定、命令及び審判並びに行政庁の裁決及び決定で裁判に準ずる手続により行われるもの
- 上記3つに掲げるものの翻訳物及び編集物で、国又は地方公共団体の機関が作成するもの
- なお、上記の4つめの点に関してですが、ここの法令等は著作権の対象とはならないにしても、一定の創意工夫の下で法令等を収集・編纂した法令集・判例集や法令・判例の
データベースは、著作権保護の対象となります。これは個々の情報を集めて見やすいように配置したその「集め方」「並べ方」が編集著作物、データベースの著作物として保護されるからです。また、各省庁等が作成する白書、報告書の類は上記の分類には含まれませんので、公的機関が作ったものではありますが、著作権保護の対象となります(国の機関が作成したものの国が著作権を有していることになります)。
1-(3)著作権の内容
ひとくちに著作権といってもその内容は多くの種類があります。著作権法に沿って分類すると以下の通りとなります。
1-(3)-1.著作権に関連する権利の一覧
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−公表権 |
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−著作者人格権−−− |
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−氏名表示権 |
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+ |
−同一性保持権 |
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+ |
−複製権 |
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+ |
−著作者の権利−−− |
+ |
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+ |
−上映権 |
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*著作者とは |
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「著作物を創作 |
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+ |
−公衆送信権 |
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する者のこと |
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をいう。 |
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+−放送権(有線 |
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| を含む) |
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+−送信可能化権 |
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−口述権 |
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−著作権−−−−−− |
+ |
−上映権、頒布権 |
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(狭義=財産権とし |
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(映画の著作物のみ) |
著作権−−−− |
+ |
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ての著作権。著作 |
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(広義=著作 |
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権法の中で用いら |
+ |
−譲渡権、貸与権 |
物に関する |
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れている「著作権」 |
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(映画以外の著作物) |
権利という |
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という言葉の意味 |
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意味での総 |
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はこの意味 |
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−翻訳権、翻案権等 |
称 |
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+ |
−著作物の二次的利用 |
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に関する権利 |
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+ |
−実演家(歌手、演奏家、俳優等)の権利 |
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録音権+録画権(但し、映画の著作物の中の |
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もので録音物に録音する場合以外を除く)、 |
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放送権、有線送信権、レコードの場合の譲渡 |
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権、貸与権、レコードの放送二次使用料を |
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受ける権利、貸しレコードについて報酬 |
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を受ける権利 |
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+ |
−著作隣接権−−−− |
+ |
−レコード製作者の権利 |
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複製権、譲渡権、貸与権、放送二次使用料を受ける |
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権利、貸しレコードについて報酬を受ける権利 |
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+ |
−放送事業者の権利(有線放送事業者も含む) |
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複製権、再放送権、有線放送権、テレビ放送 |
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の場合の伝達権 |
- (注1)上記の図の中にある「再放送権」とは、一度放送した番組を別のタイミングでもう一度放送する権利のことではなく、受信した放送番組を電波で放送したり有線放送したりする権利のこと
- (注2)著作権法でいう「映画の著作物」には、テレビ番組やビデオ番組も含まれる。
一般に「特許権と著作権」などと言う場合には広義の意味で「著作権」という言葉をよく使いますが、厳密にいうと「広義の著作権」と「狭義の(財産権としての)著作権」は、上の図のように異ります。大きく分けると、著作物を創作した著作者自身が持っている権利(映画の著作権や職務著作の場合等の例外を除く)と著作者ではないが一定のコストや努力を投じて著作物を公けに伝える役割を果たすレコード会社や放送局、実演家(歌手や演奏者等)が持つ著作隣接権に分けられます。著作者が持つ権利を更に分けると著作者の人格を守る意味で設定されている 著作者人格権と著作者の経済的な利益を保護する目的で設定されている狭義の(財産権としての)著作権とがあります。法律用語として「著作権」という場合には、この狭義の(財産権としての)著作権のみを指す場合が多いので、著作権について議論したりする場合には、この区別に注意を払う必要があります。
なお、例えば「自分は営利目的で利用するのではないから、著作権者に断らなくてもいいだろう。」などと考えている人がいますが、これは誤りです。(広義の)著作権は
著作者人格権を含むものであり、財産権としての権利を越えた全人格的な面も含むものであることに留意する必要があります。また、ある意味で、著作権は土地の所有権と同じような排他的権利ですので、例え利用する側が営利目的ではなく公共的な目的で利用する場合であっても、あるいは著作権者がその権利を独占しているよりは広く利用した方が公共の利益に合致すると思われる場合であっても、利用する場合には著作権者の許諾が基本的には必要であると考える必要があります。ある地主が駅前に広い空き地を持っていた場合、自分は営利目的でやっているわけでもないし多くの人が便利になるのだから構わないだろう、と地主に無断で自転車を放置することが法律的には認められないのと同じように、「自分は商売をやるわけではない」「多くの人に使わせないのは権利を持っている人の横暴だ」という気持ちで著作権者に無断で法令で認められた限度を越えて著作物を利用するのは、法律的には著作権侵害、ということになるのです。
1-(3)-2.公衆送信、公衆自動送信、送信可能化
従来のメディアにおいては、放送といえば、送り手の放送局が電波を使って多くの聴取者(視聴者)に一方的に情報を送り届けるものでした。CATV(ケーブルテレビ)も新しいメディアの一種ですが、有線で一方的に情報を送り届けるという意味においては、電波を使ったテレビ・ラジオと同じ性質のものでした。一方通行メディアの時代には、著作者は自分の著作物を放送に乗っけるかどうかを決める権利(放送権)を定めておけばそれで事足りたのでした。ところが1980年代に至りパソコン通信が普及し、1990年代に入ってインターネットが一般の人々にまで利用されるようになると、この状況は一変しました。パソコン通信やインターネットは一方的に情報を流す「放送」とは異り、情報の受け手がネットワークのホストコンピューターにアクセスするなどして情報を求める行為を起し、その行為に応じて情報が送られるというインタラクティブな(相互通行的な)情報のやりとりが行われるシステムです。このインタラクティブな情報交換は従来の著作権法では想定していなかったシステムでした。そのため、個人で開設しているWebページに文章や写真等の著作物を掲載することが著作物を公開することに当たるのかどうか、著作者は自分の著作物が無断で他人が作ったWebページに掲載されるのを阻止できるのか、といった問題が法律的にはすっきりと明確にはなっていませんでした。
(著作権法には、 私的使用の規程があり、 私的使用の範囲ならば著作権者の許諾なしに複製等を行うことができます。個人的に開設しているWebページに文章や写真等を載せる作業は、個人的に自宅で自分のパソコンの操作だけでできますから、あたかもその作業は著作物の
私的使用の範囲内のように見えてしまうのです。このため、多くの人々にとっては、感覚的には、個人のWebページに他人の作った文章等をそのまま掲載することが著作権法上問題になるとは思えなかったのです。)
そこで、このような状況に対処するため、平成9年6月18日改正の著作権法(施行は平成10年1月1日)では、従来の「放送」とパソコン通信、インターネットなどのインタラクティブな通信を包含する形で、公衆が情報を得るために行われる無線または有線の通信として「公衆送信」という新しい言葉が導入されました。この時の改正において、公衆の求めに応じて情報を提供するインタラクティブな通信については、「自動公衆送信」という言葉を用いることになりました。これらの包含関係を図示すると以下のようになります。
※公衆送信、公衆自動送信、放送の区別について
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+ |
−(無線通信を使うもの)−放送 |
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+
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−(同一の内容が同時に−−−−
送信されるもの) |
+
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公衆送信− |
+ |
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+ |
−(有線通信を使うもの)−有線放送 |
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+ |
−(インタラクティブなもの)−− |
− |
−−自動公衆送信 |
従来から放送局が著作物を放送(有線放送)する場合には著作者の許諾が必要でしたが、これは著作者には著作権法上「放送権」(「有線放送権」)という権利が設定されているからです。これと同じように、パソコン通信にアップロードしたり、インターネットのWebページに掲載したりする権利を著作者が持つようにすべきだ、ということで、インタラクティブ通信により見たりダウンロードできるようにする権利、という意味で「送信可能化権」という考え方が平成9年の改正で著作権法上明文化されました。これによって、パソコン通信
のホストコンピューターにアップロードしたり、インターネットのWebページに掲載したりすることは、出版したり放送したりするのと同じような「 公表」のしかたであるし、他人の著作物をネットワーク上で 公開する際には、テレビやラジオで放送するのと同じように著作者の許諾が必要である、ということになったわけです。著作権法に規定されている
「送信可能化」という言葉の法律条文上の定義は、法律屋さんのなかなかの苦心作なのだとは思いますが、通常の言葉に翻訳すると以下のとおりです。
- (注) 以下の文章で単に「ネットワーク」という時には、多数の人がアクセス可能な開かれたネットワークを指します。
この中には、社内LANなど特定の範囲を対象とするネットワークで複数の事業所、支店等を結んだものを含みます。
即ち、送信可能化とは、
- ネットワークに接続されたサーバーのネットワーク用メモリまたはハードディスク等の記録媒体に情報を記憶させること
- 情報が記録されたメモリまたはハードディスク等の記録媒体をサーバーのネットワーク用記憶装置として接続すること
- 情報が記録されたメモリ、ハードディスク等をネットワークにつなげるように変換すること
- ネットワークに接続されたサーバーに直接情報を入力すること
- ネットワークに送信される情報が記録されているサーバーをネットワークに接続すること
平成9年6月の著作権法の改正によって、文章や写真、音楽等の著作物についてこれらの行為を行うこと、即ち、著作物を ネットワーク上で公開することは著作権者の許諾なしにはできないことが、著作権法上法的に明確に規定されたのです。
1-(4)「公表」の定義について
1-(4)-1 ネットワークでの「公開」と著作権法上の「公表」
著作権法第4条第2項において、著作物は著作権者又はその許諾を得て送信可能化された場合は、公表されたものとみなす、と規定されています。従って、例え個人が自分のパソコン上での操作を行っただけであっても、いったんそれがネットワーク上で公開された瞬間に、公開された文章やページのデザインなどは法的にも公表されたものとみなされることになります。
1-(4)-2 イントラネットにおける「公開」と法的な「公表」との関係について
一言で「ネットワーク」といっても、誰でもアクセスできるインターネットの他に、社内関係者しか見られないイントラネットがあります。イントラネットは、外向けにオープンになっていませんから、開かれたネットワークとは少し扱いが異ります。そもそも著作権法においては、インタラクティブな通信の上位概念である公衆通信の定義として次のように規定されています。
- 著作権法第2条第1項7の2号
- 「公衆送信 公衆によって直接受信されることを目的として無線通信又は有線電気通信の送信(有線電気通信設備で、その一の部分の設置の場所が他の部分の設置の場所と同一の構内(その構内が二以上の者の占有に属している場合には、同一の者の占有に属する区域内)にあるものによる送信(プログラムの著作物の送信を除く。)を除く。)を行うことをいう。」
即ち、例えば同じビル内(または同じ敷地内)の同じ会社の中で閉じたイントラネットにおける送信は、上記の定義によれば「公衆送信」にはあたりませんから、こういうイントラネットにアップロードすることは「公表」にはあたりません。また、概念上、イントラネットでは著作権者の「送信可能化権」も及びませんが、会社等で業務目的でアップロードする場合等は、複数のコンピューター間で情報をコピーすることになりますので、厳密にいうと複製権の観点から著作権者の許諾がいることになります。従って、同一敷地内のイントラネットだからといって、社内用のホームページに他人の著作物を勝手にアップすることができるわけではありませんので、注意が必要です。
また、上記の法文上の定義を見ればわかるとおり、同じ社内ネットワークであっても、場所を異にする各地の支店や事業所を結んだイントラネットや、同じビル内の複数の会社で共有するネットワークの場合には、公衆通信の定義の範疇に入るので、こういうネットワークにアップロードする場合には法的にも「公表」とみなされることになるし、「送信可能化権」の対象となりますから、著作権者の許諾も必要になる、ということになります。
なお、上記の法文では「『除外』から除外されている」のでわかりにくいのですが、コンピュータープログラムについては、開かれたネットワークであろうと、同一ビル、同一会社内でのイントラネットであろうと、ネットワーク通信は全て「公衆送信」とみなされます。このため、社内イントラネットにコンピュータープログラムをアップロードするには著作権者の許諾が必要となり、許諾なしにイントラネットに載せると著作権侵害となります。コンピュータープログラムだけ手厚い保護になっているのは、利用の現状に鑑み、コンピュータープログラムの社内イントラネットでの掲載を著作権者の「送信可能化権」の対象外とすると、一つのプログラムを社内で共有する事態が頻発し、プログラム作成者の経済的権利が大きく侵される危険性があるためです。プログラム以外の著作物についてイントラネットにおける著作権者の権利を拡大すべきかどうかについては、いろいろなレベルでのネットワークの発達に伴って、今後議論になり、将来の著作権法改正の議題となる可能性があります(
参考文献(5)「法律のひろば(1997年10月号)」p.42-p.47
「著作権法の一部を改正する法律」(濱口太久未)参照)。
1-(4)-3.電子メールと「公表」との関係
ネットワークによる通信が多数者を相手とする情報の発信であることから、「公表」とか著作権上の権利関係が問題となりますが、電子メールは、電気通信という手段を使ってはいるものの、基本的には郵便や電話と同じように「私信」ですから、電子メールの中に書いただけでは「公表」にはなりません。また、電子メールの中に他人の著作物を複製したものがあっても、
私的使用の範囲内と考えられますから著作権法の観点で問題となるものではありません。(そもそも、電子メールは私信であって、第3者からアクセスすることは不可能ですから、実態的にも著作権者が電子メールの中に自分の著作物の複製が含まれているかどうかを確かめる手段がないわけです。)
ただし、問題となるのは、電子メールはコンピューターを使った便利な道具であるだけに、同報メールなどと言って、多数の宛先に同時に発送できることです。電子メールの内容にまで、著作権者の権利が及ばないのは、それがあくまで私的使用の範囲で使われているからですので、例えば電子メールを使ったダイレクトメールなど同時に多数の宛先にばらまくような場合には、電子メールとはいえども、ネットワークでの公開と同じように扱う必要があると思われます。
1-(5) 著作権はいつ発生するか
日本の著作権法は権利の発生のために届出や許認可等をいっさい必要としない「無方式主義」を取っていますので、著作権( 著作者人格権も含む)は著作物が創作された時点でただちに発生します。外国書籍の巻末やネットワーク上のWebページの冒頭に
(C)マーク(丸Cマーク)がついているものがよくありますが、 (C)マークがあろうがなかろうが、創作した者に著作権が発生します。従って、どんなささいな文章でも、幼稚園児が描いた絵であっても、著作権は発生し、それを書いたりした人は、著作者としての権利を有することになります。
なお、著作権法には登録に関する規定(第75条〜第78条)がありますが、これは著作物保護のために必要な事項ではなく、著作権が移転した場合などに取引きの安全を確保するために登録できるようになっている制度に関する規定です。
1-(6) 引用について
著作権法第32条第1項では、「公表された著作物は、引用して利用することができる。この場合において、その引用は、公正な慣行に合致するものであり、かつ、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行われるものでなければならない。」と規定されています。この条文の中の「公正な慣行に合致するもの」とは何かが、問題となりますが、これについては、過去の判例の中で比較的明確に示されています。即ち、パロディ写真事件第1次上告審判決(最高裁昭和55年3月28日第3小法廷判決)において、
- (1) 引用して利用する側の著作物と引用されて利用される側の著作物とを明瞭に区別して認識することができること。
- (2) 引用して利用する側の著作物が主、引用される側の著作物が従の関係にあること。
が引用を正当化できる条件である、という旨が述べられています。この趣旨は、その後の判例にも引き継がれ、藤田嗣治絵画複製事件(東京高裁昭和60年10月17日判決)においては、上記(2)の主従関係については、ア.引用の目的、イ.引用する側の著作物と引用される側の著作物の性質、内容及び分量、
ハ.引用される著作物の採録の方法等について、一般的に考えて、引用する方に主体性があり、引用される方が引用する方に従属していると考えられるか、で判断される、という旨が述べられています(以上2つの判例については、
参考文献(2)「著作権判例百選(第二版)」前者についてはp.140-141「写真の改変−パロディ事件第一次上告審判決」<最高裁昭和55年3月28日第三小法廷判決>解説:田村善之、後者についてはp.156-157「引用(3)−藤田嗣治絵画複製事件」<東京高裁昭和60年10月17日判決>解説:山中伸一)参照)。
さらに、引用を行うにあたっては、著作権法第48条により、出所を明示するとともに、著作者名を明示しなければならないことになっています。出所の明示の仕方については、著作権法第48条の条文では、「合理的と認められる方法及び程度により」と規定しています。文章等については、一般的には、書籍ならば書名及び該当ページ数(あるいは○章×節など)、論文ならば論文のタイトルと掲載されている場所(論文集や雑誌のタイトルなど)を著作者名と共に明記する必要があると考えられています。
1-(7) 他人のアイデアの利用について
「 1-(2)-1.「著作物」の定義」で述べたように、著作権はあくまでも著作物の「表現」を保護するのであって、著作物が表しているアイデア自体を保護するものではありません。従って、他人のアイデアを利用して、それをもとに自分が新たな著作物を作る場合には、著作権侵害にはなりません。ただし、小説などにおいては、あらすじ自体が小説の重要なバックボーンですから、他人の小説のあらすじをそのまま借用して小説を書いたり、原作者に無断で映画化したりしたら著作権侵害となります(こういう行為を「翻案」といいます)。実際には「アイデアの利用」と「翻案」との間には明確な線引きは難しいのが実状です。元著作物の内容を換骨奪胎して新しい著作物を創作した場合には元著作物の著作者の権利は及ばない、とされていますが、どこまでが「換骨奪胎」かを判断するのは難しい場合が多いと言えます。
例えば、米国映画「荒野の七人」は日本映画「七人の侍」とは全くシチュエーションが違いますがあらすじは基本的には同じですので、米国側は日本側の了解の下に映画を制作しています。(なお、本筋とは外れますが、本件については、米国映画会社が日本の映画会社と契約して映画を制作しようとしたため、脚本家(この映画は複数の脚本家による共同著作でした)が映画化権は自分達にある、として確認を求めて裁判を起しています(結果は脚本家側の勝訴。この裁判については
参考文献(2)「著作権判例百選(第二版)」p.98-99「映画化−七人の侍事件」<東京地裁昭和53年2月27日判決>解説:作花文雄)参照)。
産業技術に関していうと、他社が開発した製品を分解・解析して使われている技術を分析し、解析・分析に基づいて自社の製品を開発するという行為、いわゆるリバース・エンジニアリングは昔から行われています。リバース・エンジニアリングは、技術の進歩のための重要な手法であり、社会的有用性も高いものと考えられますが、その一方で、技術の発明者の権利を保護し、新しい技術開発の意欲を維持するため必要があるため、特許制度が考え出され、技術の基となるアイデアの保護が図られているのです。
このような小説における「あらすじ」の保護と翻案の関係、産業技術におけるリバース・エンジニアリングと特許の関係、という歴史的前例の中で、著作権法で保護されているプログラムのリバース・エンジニアリングをどう考えるのか、というのが、コンピューター時代における著作権問題の一つの大きな課題になっています。つまり、他人の作ったプログラムを解析・分析し、そのアイデアを使って自分で同じような(しかし元のプログラムの複製ではない)プログラムを作ることは著作権侵害になるのかどうか、という問題です。著作権法は「表現」を保護するものというのが大原則ですが、コンピュータープログラムは、単に0101というデジタルな数字の羅列であり、それを保護するということは、「表現」を保護するのではなく、プログラムが包含しているアイデアを保護するものであるはずだ、という考え方が問題を複雑にしています。このため、そもそもコンピュータープログラムは文化的資産を対象とする著作権法ではなく、特許など工業所有権関係法令の範疇で保護すべきだったのだ、という議論がいまでも聞かれます(<トピックス:「なぜプログラムが著作権で保護されることになったか」>参照)。プログラムの詳細な分析を行うリバース・エンジニアリングとは、ちょっと状況が異りますが、有名なところでは、米国マイクロソフト社のウィンドウズで用いているGUI(Graphic
User
Interface=画面を使ってパソコン操作をする方法)が米国アップル社のマックで用いられていたものと酷似している、としてアップル社がマイクロソフト社を相手取って起した裁判では、アップル社が敗訴し、マイクロソフト社側は著作権侵害をしていない、との判断が出されました。この判例は、アイデアは著作権法では保護されない、という考え方を示した一つの例ですが、一方で、マックやウィンドウズのGUIのような、ある意味では誰でも考え付きそうなアイデアについても、他人のものと似たようなものについては、場合によっては裁判になる可能性があることを示しています。また、厳密にはリバース・エンジニアリングの話ではありませんが、NECのPC-8001用に開発されたベーシック・インタープリター・プログラム(いわゆるBASIC)の詳細な解析書を出版した会社と印刷会社に対してプログラムを製作したマイクロソフト社が解析書の出版、頒布の差し止め及び廃棄を求めて起した訴訟がありました。この解析書は、マイクロソフト社及びNECが公開していなかったBASICの詳細を逆アセンブリし解析したものでした。裁判の結果はマイクロソフト社側勝訴で、解析書を出した側の著作権侵害を認めるものでした。この裁判では、中心はプログラムの一部を複製して出版物の中に取り入れたという複製権の問題が議論されたわけですが、判決では、プログラムを逆アッセンブルして、解読したものにラベル及びコメントを付した行為についても複製行為と評価されており、リバース・エンジニアリングの基本行為を違法だと判断したとも読めるものとなっています(参考文献(2)「著作権判例百選(第二版)」p.60-p.61「パソコン用プログラム−マイクロソフト事件」<東京地裁昭和62年1月30日判決>解説:椙山敬士)。
なお、コンピューターゲームのように画像を使うソフトについては、プログラムが著作権法において保護されるようになった昭和60年以前の判例に、プログラムの記述そのものではなく、画像に関してこれを「映画の著作物」であると判断して著作権侵害とされた判例があります(
参考文献(2)「著作権判例百選(第二版)」p.64-65:「ビデオゲーム(1)−パックマン事件」<東京地裁昭和59年9月28日判決>解説:土井輝生)。
1-(8) 職務著作について
会社等で業務で文章を書いた場合など、できた文章の著作権が会社に行くのか、書いた本人に行くのか迷う場合があると思います。著作権の大原則は、創作した人が著作権を持つ、ということですが、職務上作成した著作物の著作者については、著作権法第15条に規定があり、会社等が職員に命じて作成した著作物で公表の際にその会社等の名義の下で公表する著作物の著作権は、勤務規則に何か特別な規定がない限り、その会社等へ行く、ということになっています。逆に言うと、職務上作成した著作物であっても、個人の名義で公表されたものは、その作成した個人が著作権を持つ、ということになります。ただし、プログラムの著作物については、例外になっており、作成の際の契約や勤務規則に何か特別な規定がない限り(公表の時の名義が会社等であろうと個人名でろうと)、その著作権は会社等が持つことになっています。
この辺の規定は、企業の研究所等の研究論文にも当てはまるので、研究者の方は気をつけておいた方がよいと思います。つまり、会社等の業務命令で研究を行った場合であっても、その成果を論文として発表する際、会社名とか研究所名とかで発表すると著作権は会社等へ行ってしまいますが、個人名で発表していれば著作権は個人に残ります。また、上司の命令だからと言って、論文を上司の名義で発表したりすると、著作権が上司のところへ言ってしまう可能性もあるので注意が必要です。
会社のWebページの作成などにおいてもこの規定は適用されますので、ある特定の個人が業務の一貫として会社等のWebページを作成した場合、それがいかに独自性・創作性に富んだ素晴らしいものであっても、会社等の名義で発表されたものである場合は、著作権は会社等が持つことになります。複数の人が製作を担当し、全体としては会社名義で公表されたWebページであるけれども、ページの各部分に担当が書かれている、などという場合は、判断の難しいところです。これは文章の中味の性質によっても判断が別れ、単なる業務説明など文章自体にあまり個性がなく氏名表示も単に担当分担を表示しただけのものであれば、著作権は会社等になるだろうし、文章が書いた人の個性あふれるものであって氏名の表示も著作者の人格を対外的に表示するような意味を持つものであれば、著作権は書いた人個人に行く、ということになります。参考文献(2)「著作権法逐条講義(改訂新版)」の中で著者の加戸守行氏は、新聞に載っている文章の例として、書いた人の個性がにじみ出ているようなかこみ欄の特派員報告のようなものの著作権は特派員個人が持ち、他の一般の外国関係の記事と同じように扱われ単に記事の信ぴょう性を示すための内部分担表示と考えられるような「○○特派員発」といった氏名入り記事の場合の著作権は新聞社が持つ、というような例示を挙げておられます(同書p.117)。
なお、著作権の譲渡や売渡しは著作権者の自由ですから、別途契約(勤務規則なども一種の契約と考えられます)で著作権を会社等に渡す規定があれば、その規定に従って会社等が著作権を持つことになるわけです。
また、職務著作とは直接関係ありませんが、例えばWebページの製作を外部の人に委託する場合には、後でトラブルことのないように委託契約時に確認しておく必要があります。というのは、上にも書きましたが、著作権の基本原則は、「作った人が著作権を持つ」ということですので、Webページのデザインなどの著作権を自分で持ちたいと思う場合には、委託契約時にWebページ自体と一緒に著作権も買い取ることを明示的に規定しておく必要があります。
1-(9)共同著作物について
一つの著作物を複数の人が共同して製作する場合がありますが、そういうもので個々の人が著作した部分を切り離すことができないものを共同著作物といいます。共同著作物の著作権は製作した全ての人が持っており、複製等を行うときには全ての人の了解をとる必要があります。例えば、一つの本の中で第1編、第2編、第3編と内容が明確に別れており、それぞれの編を独立して3人の人が執筆したならば、この本は共同著作物ではなく編ごとの著作権は執筆した各人に発生することになります。こういうものを集合著作物ということがあります。多数の個人が書いた文章を集めて、分野ごとに分類整理し、見やすいようにならべ換えたような本は、各文章の著作権がそれぞれ書いた人に発生する他、本全体を編纂した人や会社に編集著作権が生じます。
座談会を記録したものは、各個人の発言を個別に分離できますが、各個人の発言だけを抽出しても意味が通じず、全体の発言があって初めて一つのまとまりを形成しますから、こういうのは集合著作物ではなく共同著作物であると考えられます。ただ、まとまりとしての座談会としてではなく、一人の発言だけを取り出してそれを複製利用する場合は発言者の著作権だけが働くと考えてよいと思われます。
インターネット上の掲示板などで、一つの話題について、多数の人が発言したりコメントしたりして出来上がった発言のツリーは、一種の共同著作物ですが、各個人の発言だけを利用する場合は、座談会と同じように、その発言をした人の了解をとるだけでかまわないでしょう。発言のツリーを全体で利用する場合には、それに参加している全ての人の許可をとる必要があります。インターネットの掲示板を運営する会社や個人は、電子会議室の発言のツリーに対して自らの編集著作権を主張している場合がありますが、インターネット上の掲示板の発言ツリーに編集著作権が生ずるかどうかについては議論があります。発言ツリーの構成は、最初に設定したシステムの仕様に従って、発言者の入力に応じて自動的に発生するものであって、創作的な編集が行われるわけではないからです。もっとも、インターネット上の掲示板の管理者が発言の削除や移動等をかなりの頻度で行って、独自の発言ツリーが出来上がっている場合には、編集著作権を主張することも可能かもしれません。
第2章:著作物利用上の留意点
2-(1) 文章の利用
2-(1)-1 「引用」と「転載」の違い
1-(6)「引用について」で述べたように、適正なルールに則った引用は引用元の著作物の著作権者の許諾を得ないで行うことができます。ここで注意しなければならないのは、一般によく使われる「引用」という言葉と「転載」という言葉の違いです。「引用」とは、著作権法にも規定されている用語ですが、
次項(2-(1)-2)で示すようなきちんとしたルールに則ったもので、批評や意見、感想等を述べるために必要最小限の範囲で他人の著作物の一部を自分の文章の中に埋め込むことです。これは、引用元の著作物の著作権者の許諾を得ないで行うことができます。一方、「転載」とは、自分の文章の内容とは関係なく、紹介等の目的で他人の文章等を自分の文章の中に複製することで、転載元の著作物の著作権者の許諾を得ないでこれを行うと著作権侵害となります。
よく本の巻末などに、「無断で引用または転載することを禁じます。」などという注意書きのあることがありますが(このような注意書き自体「引用」と「転載」を区別なく使っているように見えますが)、このような注意書きがあってもなくても、適正なルールに則った引用ならば著作権者に断りなく行うことができるし、転載ならば著作権者に無断で行うことはできません。
2-(1)-2 正しい引用のためのルール
著作権法においては、 1-(6)「引用について」で説明したような規定がなされています。過去の判例などを参考にして、もう少し具体的に書くと、著作権を侵害しない適正な引用とするためには、次の項目を全て満たしている必要があると言えます。
- (i)引用することが批評、研究、意見や感想の表明など自分の文章を書く上で必要不可欠であり、かつ、引用する範囲も自分の文章を書く上で必要最小限の範囲であること。
- (ii) あくまで引用する自分の文章が主、引用される部分が従の関係であること。
- (iii)引用する部分は自分の文章と明瞭に区別できるように「 」でくくるなどの表記上の工夫をすること。また、引用する部分を勝手に改変しないこと。傍点や下線を付ける場合には、傍点や下線は引用者が付したことを明記すること。
- (iv) 出所の明記をする(具体的には、引用元の本や論文のタイトルと論文などの場合掲載されている場所等及び著作者の氏名を明記する)こと。
2-(2) 編集著作物(リスト等)、データベースの利用
1-(2)-1「『著作物』の定義」で説明したように、著作権は「表現」を保護するものであって、著作物に含まれている 情報を保護するものではありません。この考え方を拡張すると、例えばリストやデータベース等情報を集大成したものについては、保護の対象とならないものを集めたもの、ということで、著作権法の保護の対象からはずれてしまうことになります。このため、著作権法では、「編集著作物」「データベースの著作物」という概念が規定されています。リストやデータベースの構成要素としては、単なる情報や構成要素自体が小さな著作物である場合などいろいろなものが考えられますが、編集著作物及びデータベースの著作物においては、個々の構成要素ではなく、素材の選択、配列や体系的な構成に創作性を有する場合に、その素材の選択の仕方や配列・構成の仕方を保護しようとするものです。例えば、職業別電話帳は、掲載されている電話番号自体は単なる情報で著作物性はありませんが、どういう職業分類を作るか、それぞれの店がどの職業分類に入れるか、という点で創意工夫が要りますから編集著作物として保護されます。しかし、五十音別電話帳は、単に電話番号をあいうえお順に並べただけで、誰が作っても同じ配列になり、創意工夫の余地はありませんから、編集著作物ということはできません(参考文献(1)「著作権法逐条講義(改訂新版)」(加戸守行著))p.101-p.102)。従って、著作権は情報を保護するものではないからと言って、他人の作ったリストやデータベースをそのままコピーして私的使用の範囲を越えて使ったりすることは、著作権侵害となります。ただし、リストやデータベースに載っていた要素が単なる情報で著作権の対象ではなかった場合には、その情報を単独で利用するだけでは著作権侵害とは言えないことになります。これについては、
有用情報それ自体を何らかの形で保護すべきだ、という主張がデータベース会社関係者などから聞かれます。
2-(3) 図面・絵画・写真の利用
一般的に言うと、「図面・絵画・写真」 「プログラム著作物」 「音楽著作物」 「映像著作物」については、著作物の利用に関して長い歴史や経緯を持つ文章の著作物とは異なり、容易に複製できるようになったのは技術進歩の進んだ最近になってからのことであるためか、著作権保護に関しては、文章の著作物と比べて著作権者側の主張が強い(利用者側にとっては利用しづらい)状況にあると言えます。
1-(6)「引用について」で説明した「引用」の原則は、文章だけでなく、その他の著作物についても当てはまるはずなのですが、実際は、図面・絵画・写真の利用については、自分の著作物の中に他人の著作物の一部を利用することについても、著作権者の許諾なしにはほとんど認められていないといって差し支えないのが実状です。有名な写真のパロディ事件では、他人の写真の一部を利用したパロディ写真について最高裁は著作権侵害との判断を示しています(
参考文献(2)「著作権判例百選(第二版)」p.140-p.141「写真の改変−パロディ事件第一次上告審判決」<最高裁昭和55年3月28日第三小法廷判決>解説:田村善之)。ネットワークでは非常に容易に図面・絵画・写真等のコピーができるので注意が必要です。
写真については、著作権というとプロの写真家が撮ったものだけと思われがちですが、素人カメラマンであっても、題材の選択やアングル、構図などには撮影者の個性と工夫が入りますから、撮影者が著作権を持つことになります。ですから、プロではない他人が撮った写真を勝手にWebページにアップしたりすることはできませんし、他人のWebページに掲載されている写真を勝手にコピーして自分のページに貼付けたりしてはいけません。それから著作権とはちょっと違った観点ですが、人の写真の場合は映っている人の肖像権の問題もからみますので注意が必要です。
なお、学術論文における図面やグラフについては、引用のルールに則れば著作権者に断りなく利用できるというのが慣習になっていると考えられます(というより、そういうふうに学術論文の成果を自由に利用できないと、科学技術の発展の観点から社会的に大きなマイナスになる)ので、引用できるかどうか、はケース・バイ・ケースで、その時々の状況に応じて判断する必要があると考えられます。
2-(4) コンピュータープログラムの利用
コンピュータープログラムはいとも簡単にコピーできる一方、プログラムのコピーはプログラム制作者の経済的基盤を根底から脅かしますから、プログラムに関する著作権保護の考え方は特にシビアです。多くの市販のプログラムでは、コピーできる範囲がバックアップ用など限定されたものに限られていますが、基本的にはそういった制限はきちんと守る、という態度が重要だと思います。
なお、市販のプログラムソフトを購入すると、「このパッケージを開けることによって、同封の使用契約書に同意したものとみなします。」という注意書きが入っていたりしますが、このような契約形態は「双方の合意」という契約の基本原則に反しており消費者保護の観点から問題ではないか、という議論が以前からあります(シュリンク・ラップ契約(開封契約)問題)。しかし、これだけコンピューターが日常生活に浸透した現在、シュリンク・ラップ契約という契約形態は、一つの社会慣習として定着してしまったようにも見えます。
2-(5) 音楽著作物の利用
コンピューター技術の発達により、音楽をサンプリングしたり加工したりすることが、コンピューター上で簡単にできるようになりました。しかし、音楽の場合は、著作者としての作曲者の他に演奏家、CDになった場合はCD制作会社など
著作隣接権を持つ人が複雑にからむので権利関係は複雑です。基本的には、音楽著作物をネットワーク上に掲載するに当たっては、これら著作者及び
著作隣接権を有する者の許諾が必要です。
なお、実演(歌唱や演奏)を伴わない例えば楽譜ベースでの曲の利用については、作曲者の許諾を得ればよいことになります。実質的には、個々の作曲者を探してその許諾を得るのは非常に困難ですが、日本の場合、大部分の作曲者が登録して著作権処理を委託している
(社)日本音楽著作権協会(JASRAC)に連絡すれば許諾を得ることができます。
また、歌曲の歌詞についても、基本的には文章等の他の文字による著作物と同様の取扱いになります。 歌詞についても、大部分の作詞家については、 (社)日本音楽著作権協会(JASRAC)において著作権処理が可能です。
2-(6) 映像著作物(映画・テレビ番組等)の利用
映像著作物(著作権法上は「映画の著作物」という語を使っています)については、製作会社の企画のもと監督、カメラマン、美術担当等の多くのスタッフが関与し、著作権関係が極めて複雑になるので、著作権法第16条により、著作者は監督、演出、撮影、美術等を担当してその映画の著作物の全体的形成に創作的に寄与した者であると規定され、第29条によりその著作者が映画会社にその映画の製作に参加することを約束しているときは映画会社が著作権を持つ旨が規定されています。(従って、映画の場合、著作者と著作権を持つ者(著作権者)は別の人になります)。テレビ番組の場合は、テレビ局の職員が業務として番組を作る場合(職務著作の場合)はテレビ局が著作者であり著作権者となりますが、テレビ局が外部のプロダクションに委託して番組を制作する場合には(契約にもよりますが)、著作権はプロダクション側が持っている場合があります。また、映画・テレビ番組いずれの場合も、ドラマ性のあるものなら原作となった小説などや脚本、使われた音楽等にはそれぞれ映画会社やテレビ局やプロダクションと別個に脚本家、作曲者等の著作権者が関係してきます。ネットワーク上で映像著作物を利用するのは、これらの著作権者の許諾を得る必要がありますが、実態的には全ての権利者の許諾を得ることは不可能であるといえましょう。
なお、映画やテレビ番組の一場面だけを静止画像として利用する場合には、そんなにシビアに考えなくてもいいのじゃないか、というのが多くの人の感覚かもしれませんが、過去の判例等を考慮すると、静止画像を使う場合だけでも映画会社やテレビ局の許可は必要であると考えられます。(さらに俳優が映っていたりする場合は、
肖像権の関係から、その俳優の所属事務所の許諾も必要になります)。
2-(7)キャラクターの利用
「ドラえもん」や「ウルトラマン」や「ピカチュウ」といったマンガなどに登場するキャラクターは、親しみがあって、個人が作るWebページなどに使いたくなりますが、これらのキャラクターについても自由に使えるわけではありません。マンガなどからコピーしたものをそのまま使った場合は、明らかな複製ですから、無断でできないのは当然ですが、自分の手でまねて描くなど、キャラクターをそのまま複写したわけではない場合であっても、他人が見てすぐそのキャラクターだとわかるような場合には、著作権侵害となります。判例としては、バス会社が作者に無断で「サザエさん」の登場人物を観光バスの車体に描いて著作権侵害と判断された例(参考文献(2)「著作権判例百選(第二版)」)p.40-p.41「漫画のキャラクター(2)−サザエさん事件」<東京地裁昭和51年5月26日判決>解説:尾中普子)があります。
なお、よく街で見掛けるポスターのマネをして (C)マークと作者の名前を書けば自分のWebページにキャラクターを描いても大丈夫だ、と考えている人がいますが、これは間違いです。この種のポスターなどは、きちんとキャラクターの著作権を持っている人(会社)の許可を得ているのです。ポスターなどで
(C)マークがついているものが多いのは、キャラクターの著作権者がポスター制作会社にキャラクターの使用を許可するに際して、著作権は自分たちが保持していることを明示するために、ポスター内に
(C)マークとともに自分たちの名前を書くように条件を付けているためと思われます。
2-(8) 「私的使用」の範囲について
著作権法第30条には「私的使用のための複製」というタイトルで以下のような規定がなされています。
- 「(第1項)著作権の目的となつている著作物(以下この款において単に「著作物」という。)は、個人的に又は家庭内その他これに準ずる限られた範囲内において使用すること(以下「私的使用」という。)を目的とするときは、次に掲げる場合を除き、その使用する者が複製することができる。(以下略)」
基本的に著作物は著作権者に無断で複製(コピー)することはできませんが、家庭内等で個人的に使用するためにコピーする場合には、複製されるコピーの数も少ないことから、著作権者の経済的な利益を害する度合いはそれほど大きくないだろう、という考え方から、使用する者が自分で複製するときには、著作権者に断らないでよい、という規定が設けられたのです。現行の著作権法が制定された昭和45年当時は、業務用のコピー機のようなものはあったものの、コピーを作る家庭用機器としてはテープレコーダーくらいしか普及していませんでしたから、この規定はあまり問題とはなりませんでした。しかし、その後、家庭用機器として、高音質のテープデッキやビデオテープレコーダー、更には複製によって品質が劣化しないデジタル録音、録画機器が登場し、レコード会社等の音楽をビジネスとして扱っている業界等は、その経済的な利益を侵害される、と危機感を強めてきたのでした。そのような動きの中で、いわゆる貸しレコード屋問題に端を発して自動複製機器による複製が著作権者に断りなくできる複製の範囲から除外されたのに続いて、デジタル録音・録画機器の登場により、同条第2項にデジタル録音・録画に関する補償金制度に関する規定が盛り込まれることになったのです。また、平成11年の改正では、いわゆる「コピー・ガード・キャンセラー」を使ってコピー・ガードされたものを複製する場合は、使用目的が私的なものであって著作権侵害とする旨の規定が追加されました。
このように「私的使用のための複製」については、各種複製用機器の技術的進歩に伴って、著作権者側からの要求が強まり、その法律の規定振りが徐々に変ってきています。一方、著作物の利用者側の立場に立ってみると、個人的な私的使用についていろいろ枠をはめられるのはわずらわしいし不便だ、という気持ちがあります。そのため、利用する側は「私的使用」の範囲をできるだけ広くとらえたいという気持ちが強いのですが、上記のように著作権者側の危機意識が高まっている今日、安易に勝手に自分の判断で「私的使用」の範囲を拡大解釈することは、権利者側から著作権侵害と訴えられる危険性を秘めています。
本来は、日本の著作権法第30条は、ベルヌ条約(正式名称は「文学的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約パリ改正条約」)第9条第2項に述べられている「著作物の通常の利用を妨げず、かつ、その著作者の正当な利益を不当に害しないこと」という条件を踏まえて規定されていると考えられます(参考文献(7)「ジュリスト」(1993年6月1日号)p.35「(座談会)私的録音・録画と報酬請求権」)が、この条約の規定自体、いろいろなケースをすぱっと判断できる基準ではありませんし、日本の著作権法の条文も上に掲げたように抽象的な表現なので、判断に迷うことがよくあります。即ち、「個人的に」「家庭内」「その他これに準ずる限られた範囲内」が具体的にどのようなケースに当てはまるか、すぐにはわかりにくいのです。
これらの語句が示す範囲については、明確に判断を示した判例などはないのですが、一般的に次のように考えれば大きな間違いはないと思われます。
- 「個人的に」:
- 一人の人間が自分で使うためのものであれば、使用する場所が別の場合であっても、「私的使用」の範囲内であると考えて差し支えないと思われます。例えば、購入したCDを家とマイカーと両方で聞きたいのでカセットテープにダビングする、などというのは「私的使用のための複製」と考えて差し支えないと思われます。また、研究者が自分で使うためだけのために文献等の一部をコピーすることも(その研究者が営利企業の研究所の研究者が業務で、仕事で行っている研究に使うために複製する場合であったとしても)、研究者個人で使うためであるかぎり、個人的な複製ですから、「私的使用のための複製」の範囲内として考えて差し支えないと考えられます。
- 「家庭内」:
- 同一家屋内で居住する家族または血縁はないけれども同一家屋内で家計を一つにしている同居人などの範囲内であれば、「私的使用の範囲内」と考えて差し支えないと考えられます。例えば、母親が同居している息子のためにテレビ番組を録画してやる、といった行為は、複製する者と使用する者が別人ですが、同一家屋内の家族ですから、常識的に判断して、著作権法第30条の規定は逸脱していないと考えられます。ただし、「家族」とは言っても、単身赴任で遠くに住んでいる夫のために妻が複製を作って夫に送る、とか、都会の大学で独り暮らしをしている息子のために地方に住む母親が複製を作って息子に送る、などの場合は、話はそう簡単ではありません。通常の著作物の場合、このような複製も「私的使用目的」と考えて差し支えない場合も多いと思いますが、例えば、テレビ番組など、流通範囲が限られているものについて、その流通範囲を越えて複製物のやりとりが行われると、著作権者の利益を不当に害するおそれがあります。実際、船員や海外駐在員のためにテレビ局の許可等正当な著作権法上の手続をした上で録画されたテレビ番組をレンタルする業者が存在していることから、放映地域を越えた範囲で録画ビデオのやり取りが行われた場合、例えやり取りの当事者が極めて親密な間柄であったとしても、著作権的に問題となる可能性があります。
- 「これに準ずる限られた範囲内」:
- 著作権法第30条のこの表現は、極めて抽象的ですが、これについては、一般的には、複製をする者の属するグループが規模の小さいものであり、そののメンバーが強い個人的結合関係にあって、複製する部数が限定されている場合には、「これに準ずる限られた範囲内」であって、著作権者の許諾なしに複製ができるとされています。「グループの規模が小さい」とか「限られた部数」というのは具体的にいうと例えば10人程度であろうと考えられています(参考文献(1)「著作権法逐条講義(改訂新版)」(加戸守行著)p.182)。
この場合「個人的結合関係がある」というのが重要なポイントで、例えば、会社等のメンバーに配布するとか、町内会に配布する、というのは認められません。学校のクラスメートにコピーを渡す、というのも難しいところで、親友とよべるような数人の友達に渡すのなら認められるとしても、30人のクラスメート全員に配るとなると「私的使用のための複製」の範囲は逸脱しているといわざるを得ないでしょう。(なお、学校で、教師が授業で使う目的で複製をする場合には、特別に著作権者の許諾なしに行えることが、別途著作権法35条に規定されています)。会社・団体等で業務目的で他人の著作物をコピーして配付することは(その団体が非営利団体であったとしても)、「私的使用目的」とは言えませんから、著作権侵害となります。
インターネット上の掲示板などで、「持っている人はコピーを下さい」「ダビングさせてください」などという呼び掛けをたまに見掛けますが、こういうのは、見知らぬ人同士で複製物のやり取りが行われますから、到底「私的使用のための複製」とは言えず、著作権侵害に当たると考えられます。
一般的な著作物の場合は、上記のとおりですが、著作物の種類によっては、ごく親しい10人以下の人を対象にしている場合であっても、著作権上問題となる可能性のある場合があります。「家庭内」の項で例に上げたテレビ番組を録画したビデオを放映地域を越えてやり取りする場合もその一つです。更に、CATV・有料衛星放送の録画ビデオなどは、それぞれの著作物が極めて限定した相手(CATV・有料衛星放送の場合は世帯単位)に提供されるため、これらの著作物の複製物をやりとりすることは、これらの事業者の利益を不当に害するおそれがあります。このような場合は、個人的にごく親しい間柄であっても、複製物のやりとりは著作権侵害ととらえられる可能性は否定できません(特にテレビ番組録画ビデオの貸し借りについては、@ニフティのテレビフォーラムのホームページ上の「録画ビデオの貸し借り等について」参照(現在、掲載準備中)。
なお、著作権侵害は、殺人や盗みと違って親告罪(著作権を侵害された者が訴え出なければ事件にならない)ですので、世の中に不問に付されているケースが多々あります。個々のケースについて告訴しても、著作権を侵害された者にとって、それほど経済的にプラスにならないケースが多いからだと思われます。例えば、ほとんどの企業がコピー機やVTRを持っていますが、これらが全て自社作成の書類のコピーや自社作成のビデオの複製・市販ビデオの再生にのみ用いられているとは考えられません。しかしながら、不問に付されていることがイコール著作権侵害ではない、というわけではないことに留意する必要があります。ネットワークが日常的に使われるようになった今日、ネットワーク上で著作権侵害に当たる行為を求めたり(例えば、上記の「ダビングさせて」という依頼をするなど)、自らの著作権侵害行為をネットワーク上で大々的に認めるような行為(自分のWebページで「ゲームソフトをクラスみんなでコピーして楽しんでます」と書く等)は、著作権者をして、一罰百戒の意味で告訴に踏み切る決断をさせるきっかけになる可能性も否定できません。ネットワークに携わる者は、利用者側の論理だけで「私的使用のための複製」の範囲を拡大解釈するのでなく、常に著作権者側の目が光っていることを認識した上で行動すべきである、と考えられます。
2-(9) 「営利を目的としない上演等」について
著作権法第38条第1項では以下の通り規定されています。
- 「公表された著作物は、営利を目的とせず、かつ、聴衆又は観衆から料金(いずれの名義をもってするかを問わず、著作物の提供又は提示につき受ける対価をいう。以下この条において同じ。)を受けない場合には、公に上演し、演奏し、口述し、又は上映することができる。ただし、当該上演、演奏、口述又は上映について実演家又は口述を行う者に対し報酬が支払われる場合は、この限りではない。」
営利を伴わない上映会、演奏会などの文化的活動は、いちいち著作権者の許諾を得ないでもできる、とした規定ですが、ここに列記された中には「送信可能化」は入っていません。従って、営利目的ではない場合でも、他人の著作物を著作権者に無断で自分のWebページに載せたりすることはできません。このように著作物の種類によって、できるものとできないものがありますので、要注意です。一般にネットワークでの利用は印刷物等の著作物に比べて厳しい規定になっていると考えておいた方が無難です。なお、上記の規定により、著作権者に断ることなく営利目的ではない映画の上映会はできます。学園祭などでの大型プロジェクション装置を使った映画の無料上映は、この条文を根拠として可能であるとの考え方がありますが、一方、映画のセル・ビデオ、DVD制作会社は、あくまで家庭内などでの使用を前提としてビデオやDVDを販売しているのであり、学園祭などでの上映は、販売目的に反する、とクレームを付ける可能性があります。無料映画会によって客寄せをし、それによって模擬店などの売り上げを伸ばそうと意図している場合などは、「営利を伴わない」とは言えない場合もありますので、注意が必要です。なお、テレビ番組の場合は、放送をそのまま大型画面に映すこと自体、放送局の許可なしにはできません(著作権法第100条及び第102条第1項)。また、テレビ番組の録画ビデオを学園祭などで大型スクリーンに映すことは、私的使用目的を逸脱しますので、複製権の侵害に当たると考えられます。
3-(1)肖像権について
人の顔は、その人の人格を代表するものとして、勝手に自分の知らないところで利用されたりしないようにする権利を各人が持っている、と考えられています。これが「肖像権」という概念で、法律上、どこの法律にも出てきませんが、写真等のコピー等において問題になることが多いので、著作権法上の問題として議論されることが多いのです。
基本は上に書いたように、各個人は、人格的権利の一貫として、自分の顔写真や肖像画(似顔絵も含む)は、自分の知らないところで勝手に使われないようにする権利を持っているということです。従って、他人を映した写真等をWebページ等に掲載する場合には、映っている本人の許諾が必要です。
ただし、政治家や芸能人、スポーツ選手等は、職業上、顔を広く知ってもらうことが自分の職業の一貫ですから、これらの人々については、この肖像権はある程度制限される、と考えられています。そうでなければ、ニュース写真等をとる時にいちいち本人の許可が必要になり、これでは円滑な社会の運営上支障を来すことになってしまうからです。一方、芸能人等については、人格的権利の一貫としてではなく、肖像権を財産権の一つとして考える、という考え方があります。芸能人等にとって、自分の顔は商売道具で、勝手に第三者に使われるのは財産権の侵害に当たる、という考え方です。
肖像権については、日本では、次のような判例があります。
- ・マーク・レスター事件
菓子製作会社が映画「小さな目撃者」の上映権を持つ映画会社とタイアップして、出演していた俳優マーク・レスターが映っている映画の一場面を使ったテレビCMを製作し放映したところ、マーク・レスター側からクレームがつき、裁判の結果、人格権及び財産権の観点で侵害があったとしてマーク・レスター側が勝訴した事件(参考資料(2)(「著作権判例百選(第二版)」p.186-p.187:「俳優の氏名・肖像−マーク・レスター事件」<東京地裁昭和51年6月29日判決>解説:阿部浩二)
- おニャン子クラブ事件
カレンダー業者がタレント「おニャン子クラブ」の写真を使ったカレンダーを作成・販売し、おニャン子クラブ側が提訴した事件。一審判決(東京地裁平成2年12月21日判決)では、人格的権利としての肖像権の観点からカレンダーの販売を差し止めできる、と判断された。これに対しカレンダー業者側が控訴した控訴審の判決では、肖像権について、人格的権利については侵害に当たらないが財産権としての権利については侵害に当たるとして、カレンダー業者に損害賠償を命じた。(参考資料(2)(「著作権判例百選(第二版)」)p.188-p.189:「芸能人の肖像−おニャン子クラブ事件」<東京高裁平成3年9月26日判決>解説:大家重夫)
有名人ではなく、一般人を対象とした判例としては、
- 株主総会で行われた社内記録用のビデオ撮影が株主の肖像権を侵害するかどうかで争われ、ビデオ撮影は違法な行為ではないとして株主側の損害賠償請求が退けられた事件(大阪地裁平成2年12月17日判決。事件番号:平元(ワ)3860号)
- 警察が道路に設置している自動速度測定機(オービス3)による写真撮影が肖像権、プライバシーの侵害にあたるとして撮影された側が訴えたが、裁判所は肖像権、プライバシーの侵害には当たらないと判断した事件(大阪地裁昭和58年3月16日判決。事件番号:昭55(わ)6186号)
があります。
人格権としての肖像権、財産権としての肖像権は、芸能人だけでなく一般人にもあると考えられますが、現在までの判例を見ると、現時点では、肖像権が一般的な物権と同じように、絶対排他的な権利として成熟しているとは必ずしも言えず、明らかに人格侵害に当たるようなもの(その人を侮辱するようなもの。例えば、公開のWebページなどでヌード写真の顔をその人の写真に置き換えたようなもの。)や他人の肖像を使ってビジネスをしようというようなものでなければ、裁判になっても損害賠償を取れないかもしれません。実際、例えば、テレビ局が街ゆく人やスポーツ観戦する観客をカメラにとらえる場合、被写体の了解をいちいち取っているとは思えません。ただ、良識的にネットワーク社会に参加しようと思うならば、写真、肖像画の類をWebページ等に掲載する時には、例えそれが親しい友人であっても、本人の了解をとるのがエチケットである、と心得るべきだと思います。
3-(2)ネットワーク上における誹謗・中傷について
従来、著作物が出版や放送等を通してのみ多数の人々に伝達されていた時代には、いかに言論の自由があるとは言え、聞くに堪えない誹謗や中傷については、編集者や出版社や放送局が実質的なチェック機能を果たしていました。しかし、ネットワーク社会が個人のレベルにまで浸透した現代においては、個人レベルで作成した文章が、そのままチェックなしに公開の場にさらされることになりました。個人レベルで社会全体へ向けた情報発信が可能になったという点では、すばらしいことなのですが、反面、他人を傷つけたりする発言や聞くに堪えない誹謗・中傷が公の場に出る可能性も生じたわけです。何が誹謗・中傷に当たるかは、それを受け止める人によって違いますから、ネットワークで公の場に文章等をアップする人は、変なことを書いたら他人から誹謗・中傷などのそしりを受けるかもしれない、という認識を常にもっておく必要があります。もし、誹謗・中傷が行われた場合は、誹謗・中傷された側が名誉棄損等の観点から裁判を起すこともありうるわけですが、その際、誹謗・中傷をした本人だけでなく、そのような発言の掲載を許したネットワーク管理者も裁判の場に引きずり出されることがあります。
日本での判例はまだ多くはありませんが、有名なものとしては、ニフティサーブ事件があります(第一審:東京地裁平成9年5月26日判決、控訴審:東京高等裁判所平成13年9月5日判決=下記参考「ニフティサーブ事件裁判について」参照)。一般常識に従っていれば問題を起こすことはないとは思いますが、キーボードに向かっているとつい自分の世界、自分の狭い考え方だけで判断をしがちです。ネットワークに参加する人は、常に公の場で、多くの人の批判的視線にもさらされているのだ、ということを認識する必要があります。
3-(3)商標の利用について
商標は、商標法により保護されていますから、権利者に無断でこれを使用することはできません。ネットワークを使用するに当たっては、例えばWebページを作成する際には、文章の中に普通のやり方で商品名が書かれている分には問題にはなりませんが、表題や目立つところに商品名が書かれたりしていると、あたかもそのWebページがその商品名に関して権利を持つ会社等が作成したものであるかのような印象を読者に与え、トラブルの原因となる可能性があります。特に特徴的にデザインされた文字やマークは、一見してその商品を連想させるので、見ている人に不要な誤解を与えないようにする必要があります。商標については、それぞれの会社のビジネスに直結していますので、誤解を与えるようなWebページを作成したりすると、即、トラブルとなる危険性を持っていますので、取扱いには慎重を要します。
3-(4)リンクについて
他人が作成したページに自由にリンクできるのは、ネットワークの大きな特徴の一つです。自分の気に入らないページに勝手にリンクされるのを好まない人もいますが、現時点では、「勝手にリンクを張らせない権利」というのは、確立されていません。著作権法の観点に限って言えば、他人のWebページに先方に無断でリンクさせることは、何の問題ともなりません。自由なリンクがネットワークの特徴である以上、今後とも「勝手にリンクを張らせない権利」がネットワーク社会に浸透する可能性はあまりないと考えられます。ただ、リンクして開かれたウィンドウをコントロールすることにより、リンク先のページがあたかも自分のページの一部であるかのように表示させることが技術的には可能ですが、こういう機能を利用して、アメリカで、広告をとって自社のL型の枠の中にCNN等のマスコミのページにリンクさせるWebページを設置した会社がリンクされたマスコミ各社から抗議を受けるという事件があったとのことです(参考文献(3)「Q&Aで解くマルチメディアの著作権入門」(宮下研一著)p.159-p.159)。現状では、リンクの問題は法的問題というよりはエチケットの問題だと思います。Webページを作る際には、自分のページに自由にリンクを張っていいかどうか、リンクを張る場合には事前許可あるいは事後連絡を必要とするか、など自分の希望ページの中に書いておくのが親切だと思います。また自分が他の人の個人Webページにリンクを張る時は、そのページに書いてあるリンクに関する製作者の希望を尊重し、ページにリンクについての指示が何もない場合には、相手と連絡をとっておいた方がトラブルを防ぐために有効だと思われます。
3-(5)企業秘密や個人情報のネットワーク上での暴露について
誰でも気軽にネットワークに参加できるようになって気をつけるべき点は、企業秘密に当たる事項をネットワーク上の公開の場に書いてしまうことです。今までも企業秘密を他社に漏えいした場合には、就業規則に基づいて何らかの処分の対象になりえた点では、ネットワーク時代になる前と現在とで事情が異るわけではありませんが、喫茶店でおしゃべりをしている気分でネットワークに書き込みを行ったりすると、「企業秘密漏えい」で手痛い処罰を受ける可能性があることには留意する必要があります。特に各企業はネットワーク時代を迎えるに従って企業秘密の保護に神経質になってきており、法律的にも平成2年の不正競争防止法の改正において営業秘密(トレード・シークレット)に関する規定が明記され、社会全体として、秘密情報の管理についてはシビアな環境となってきていることは認識すべきです。また、個人の氏名、住所、年齢(生年月日)、電話番号、メールアドレス、職業などの個人情報も悪用される可能性がありますから、他人のものはもちろん、自分のものもネットワーク上に載せる際には細心の注意が必要です。
3-(6)ネットワーク管理者としての責任
文章やWebページを作成する人は、作った人に著作権という権利が与えられる反面、一方では、他人に対する誹謗・中傷や企業秘密・個人情報の漏えいの観点で問題がないかどうか、などについて自ら責任を持たなければなりません。成熟したネットワーク社会においては、ネットワークに参加する全ての人が個々人のレベルでこのような責任を全うしなければならないのですが、ネットワークに関する権利と責任の意識が十分に浸透するまでの間は、例えば会社がネットワークの運営を管理し、社員にネットワークに参加させている場合には、ネットワークの管理者が参加しているメンバーが起した問題の責任を問われる可能性を否定できません。控訴審では否定されましたが、ニフティサーブ事件では、平成9年5月に出された第一審判決では、ネットワーク管理責任者の責任も追及されました。特に業務命令によって社員にネットワークに参加させている場合には、会社側が社員の起こしたネットワーク上でのトラブルの責任も問われる可能性は多分にあります。ネットワーク管理者としては、ネットワーク参加者に対して、必要に応じて研修を行うこと等によって著作権をはじめとする諸問題に対する問題意識を醸成するとともに、ネットワーク参加者が作成した発言やWebページを管理者が集中的にチェック・管理したりして、問題が生じないようにする必要があると思われます。
(以上)
(参考)
<ニフティサーブ事件裁判について>
「ニフティサーブ事件」とは、平成5年に、パソコン通信時代のニフティサーブのフォーラムで起きた以下のような事件です(下記の概要は、この文章の筆者が判決文を読んで簡潔にまとめたものです。正確なところは、判決文をお読み下さい)。
- ある人(仮にAさんとします)が書いた発言に対して、別の人(Bさんとします)が発言したところ、AさんはBさんの発言がAさんに対する誹謗・中傷だとして、シスオペ(フォーラムの管理者)のCさんにBさんの発言を削除するようよう要請しました。
- シスオペのCさんは、言論には言論で反論するのが適切であるとの考え方に基づき、このフォーラムでは極力発言削除はしない方針を取っていたことから、その旨、Aさんに説明した。
- Aさんは、ニフティ社に発言削除などの措置を取るよう要請した。ニフティ社は、フォーラムの問題はシスオペの判断に従うようAさんに言うとともに、シスオペCさんに適切に処置するよう依頼した。
- AさんとシスオペCさんは、具体的にどの発言を削除対象とすべきか話し合っていたが、問題の発言は、削除されずにそのまま掲示され続けていた。
- Aさんは、Bさん、シスオペCさん及びニフティ社に対し損害賠償(慰謝料)を払うよう求める裁判を起こした。
【第一審判決(東京地方裁判所平成9年5月26日)のポイント】
Bさん、シスオペCさん及びニフティ社に慰謝料の支払いを命ずる。
【第二審判決(東京高等裁判所平成13年9月5日)のポイント】
Bさんへの慰謝料の支払いを命じた部分については第一審判決を支持。
シスオペCさん及びニフティ社については慰謝料を支払う必要はないと判断。
(参考)第一審判決については、下記に掲載されています。
- 「判例タイムズ」第947号(1997年10月15日号)<判例タイムズ社:1910円>
- 「判例時報」No.1610(平成9年10月11日号)<判例時報社:800円>
第二審判決については、裁判所のホームページの「判例情報」の中の「下級審主要判決情報」の中に掲載されていますので、検索して見ることができます
<トピックス:「著作権と特許権」>
歴史的に、著作権制度は文章、絵画等の文化的な創作物を対象に始まっていることから、著作権制度で保護されるのは、創作物の「表現」であって、表現された「内容」について保護されるものではない、という点について留意する必要があります。これに対して、著作権と並んで知的財産権の一つである特許権については、歴史的に産業の発展のための発明の保護というところから出発しているために、発明家によって考え出された中身(アイデアそのもの)を保護する、という特徴があります。著作権と特許権の明確な違いは、日本を含む多くの国では著作権が何の手続きも必要とせずに製作された時点で発生するのに対し、特許権は申請に基づいて当局(日本の場合は特許庁)が審査して過去のものと同じではない等の条件があることが認められてから登録され権利が発生する、という点です。
著作権の場合は、審査がありませんから、創作活動の結果、偶然に過去に存在する著作物と似たようなものができても、著作権は発生します(過去の著作物のマネによって作られたものは、もちろん著作権侵害になります)(偶然の一致が発生した場合についての考え方は、参考文献(2)(「著作権判例百選(第二版)」p.8-9「偶然の暗号−ワン・レイニー・ナイト・イン・トーキョー事件」<最高裁昭和53年9月7日第一小法廷判決>解説:内田晋)参照)。これに対し、特許権の場合は、過去に同様のアイデアがあれば、過去の事例を知らずに偶然に同様の発明をした場合であっても特許は認められません。
なお、コンピュータープログラムは現在著作権法で保護されていますが、「プログラム自体は人間には意味をなさない0101という数字の羅列に過ぎないわけだから、保護の対象となっているのはその『表現』でなく、プログラムの中に示されている処理の手順(アルゴリズム)であり、これは一種のアイデアと考えられるから、プログラムは著作権法ではなく、特許法(あるいは別の工業所有権として)保護すべきだ。」という議論が以前からあります。(これについては、<トピックス:「なぜプログラムが著作権で保護されることになったか」>参照)。
<トピックス:「事実の伝達にすぎない雑報及び時事の報道」>
著作権法第10条第2項には「事実の伝達にすぎない雑報及び時事の報道は、前項第一号に掲げる著作物に該当しない。」と規程されています。著作物とは、そもそも人間の判断力や感性等を使った知的活動によって生み出されるものですから、誰が書いても同じような文章になると思われる例えば「A日B時C分、D市E街X丁目Y番地で火事があり、3人が焼死した。」というような単なる事実関係を伝えるだけの新聞記事は著作物に該当しないと考えられています。新聞の下の方に毎日のように載る有名人の死亡記事も同じように著作物とは考えられないものも多いですが、記事の中に、死亡した人の人となりを紹介する文章があったりする場合は、この記事を書いた記者の個性が現れることが多いですから、そういう場合は著作物に該当することになります。著作物であるかないかの境目は非常に微妙で明確に分けることは困難ですが、最近の著作権に関する権利意識の高まりの中で、例えば、新聞社は、新聞に掲載された記事は、単純な事実の伝達に近いものも含めて、自社の著作権を主張する傾向が次第に強くなってきているようです。
なお、新聞のニュース写真やテレビ局のニュース番組は、新聞写真の場合は構図やシャッターチャンスなどカメラマン個人の個性が入りますし、テレビ番組の場合もカメラワークや番組全体の構成の点で放送局のオリジナリティが入りますので、著作物性はあると考えられます。
<トピックス:「題名、スローガン、キャッチフレーズの著作物性」>
一般に小説や歌曲の題名やスローガン(例:「正しく明るく美しく」)やキャッチフレーズ(例:「トリスを飲んでハワイへ行こう」)などは文化的所産というに足る創作性を備えたものというのは無理がある、ということで著作物ではない(著作物性がない)と考えられています(参考文献(1)「著作権法逐条講義(改訂新版)」(加戸守行著)P.19参照)。
ただし、これについては、最近の著作権に関する権利意識の高まりにより、題名やキャッチフレーズについても著作権を認めるべきだ、という主張もあります。題名については「『西部戦線異状なし』のような特異性のあるタイトルならば独創性を認めて著作物ないし著作物と一体になるものとして保護すべしとする見解があり(中略)、フランス著作権法第5条は『著作物の題号はそれが独創性を提示するときは、著作物そのものとして保護される』(文化庁訳)と規程」されている旨が参考文献(2)(「著作権判例百選(第二版)」P.38-39「漫画のキャラクター(I)-ポパイ表示事件」<最高裁平成2年7月20日第二小法廷判決>解説:菊池武)で紹介されています。
このように題名等には著作物性がない、とする考え方が現在の通説ですが、最近の著作権意識の高まりにより、いくつかの案件が起きています。多くの人に知れ渡った例としては、平成6年7月〜9月にTBS系列のテレビで放映されたドラマ「人間・失格」(脚本:野島伸司)があります。放送局側は当初このドラマを「人間失格」というタイトルで放映しようと計画していましたが、これを聞いた大宰治の遺族からクレームが付き、結局「人間・失格」とドラマのタイトルに「・」を入れることで合意しました。この件は裁判に至らずに合意されましたが、もし裁判になったら題名に関する新しい判例が示されたかもしれません。裁判になった例としては、ルポ「父よ!母よ!」という本を出した元共同通信記者の斎藤茂男氏が、「一行詩 父よ母よ」を出版した出版社と編著者を相手に慰謝料を請求し東京地裁に訴えた訴訟がありました。この裁判は平成9年1月に和解が成立し、判決にはいたりませんでしたが、この時東京地裁は和解勧告の中で「同一題号の書籍の出版が、場合によっては著作者の人格的利益の侵害となる場合がある」と述べている、とのことです(参考文献(3)「Q&Aで解くマルチメディアの著作権入門」(宮下研一著)p.95)。これ以前にも昭和59年に作家の大岡昇平氏が自らの作品「武蔵野夫人」と同名のポルノ小説が出版された時、出版社に抗議し、出版社が謝罪し改題したことがあるとのことです(朝日新聞:平成9年1月31日夕刊記事)。
<トピックス:「著作者人格権について」>
著作者は、自らが生み出した著作物に対して、それを公表したくないのに公表されたりしないようにする権利(公表権)、公表に際して自分の名前を付けて公表して欲しい場合に自分の名前を付けさせる権利(氏名表示権)、他人が自分の著作物を勝手に変えさせないようにする権利(同一性保持権)を有しています。これらの権利は、著作者の名誉を維持するなど著作者の人格に係る権利なので、著作者人格権と呼ばれています。法律上は、財産権としての著作権とは独立の権利として規程されており、著作者にお金を払って使用を認めてもらっている場合や営利を目的としない上演等の著作権法上は認められている場合であっても、これらの著作者人格権は尊重しなければなりません。
なお、ネットワーク上においては、よく「著作権フリー」であるとか「著作権を放棄する」という宣言が行われたりしますが、この場合は財産権としての著作権を放棄した、ということですが、この場合、著作者人格権まで放棄したとは考えにくい(著作者人格権は人格に関する権利なので、著作物に最後までついて回るので、著作者人格権は放棄することはできない、とする考え方があります(下記注参照)ので、放棄した、しない、といっても事情は単純ではありません。このあたりの事情については、「著作権の放棄『著作権フリー』について」の項目で説明します。
- (注)日本の著作権法は、財産権としての著作権と著作者人格権を分けて規定していますが、そもそも著作権と著作者人格権とは簡単には分離できないのではないか、との考え方もあり、著作者人格権については、法学的もいろいろな議論があります。著作者人格権については、例えば、参考文献(4)「転機にさしかかった著作権制度」(半田正夫著)に過去の判例を参考とした詳細な分析がなされています。
<トピックス:「著作権法における『送信可能化』の定義」>
著作権法第2条第1項9の5号には、次のように定義されています。
「送信可能化 次のいずれかに掲げる行為により自動公衆送信し得るようにすることをいう。
イ.公衆の用に供されている電気通信回線に接続している自動公衆送信装置(公衆の用に供する電気通信回線に接続することにより、その記録媒体のうち自動公衆送信の用に供する部分(以下この号において「公衆送信用記録媒体」という。)に記録され、又は当該装置に入力される情報を自動公衆送信する機能を有する装置をいう。以下同じ。)の公衆送信用記録媒体に情報を記録し、情報が記録された記録媒体を当該自動公衆送信装置の公衆送信用記録媒体として加え、若しくは情報が記録された記録媒体を当該自動公衆送信装置の公衆送信用記録媒体に変換し、又は当該自動公衆送信装置に情報を入力すること。
ロ.その公衆送信用記録媒体に情報が記録され、又は当該自動公衆送信装置に情報が入力されている自動公衆送信装置について、公衆の用に供されている電気通信回線への接続(配線、自動公衆送信装置の始動、送受信用プログラムの起動その他の一連の行為により行われる場合には、当該一連の行為のうち最後のものをいう。)を行うこと。
アップロードとかWebページへの掲載とかいう行為を法律用語を駆使して定義している苦心の作だと思いますが、法律用語に慣れていない一般の人にとっては判りにくい文章であることは否めませんね。
<トピックス:「著作権の放棄(『著作権フリー』)について>
全ての著作物については、著作権が設定され、これを私的使用の範囲を越えて利用するためには、原則として著作権者の許諾が必要です。ところが、実際には、利用しようと思っている著作物の著作権者を探し出してその許諾を得ようとする作業は相当にやっかいです。いい素材だと思ってもネットワークの構築等に利用するのを断念せざるを得ないことがよくあります。こういう事情を踏まえて、ネットワーク社会の発展を願う人々が自分がボランティア的に作成したソフトを誰でも使っていいようにネットワーク上に公開するフリーソフトが登場しました。1970年代後半頃からアメリカにおいて発生したPDS(PublicDomain
Software)がその最初でした。これは、この当時、アメリカでは著作権を主張するためには(C)マークを付す等の措置が必要でしたが、情報の共有化を目指すために、あえてこの措置をしないことによって自らの著作権を主張せず、複製・配布が自由かつ無償であることを宣言し、内容の改変についても自由であることを宣言したものでした。しかし、(1)日本などの著作権法においては、著作権と著作者人格権が別個に存在し、そのうち著作権(財産権としての著作権)は放棄できるとしても、著作者人格権については著作者と本来的に不可分のものであって放棄はできない、という考え方があること、(2)ソフトの商業目的への利用、ソフトの犯罪への利用や悪意の改変(ソフトウェアや作者の評判を落としめるためにわざとウィルスを混入することなど)があった場合には原作者が抗議し使用を停止させる権利を保持すべきである、との考え方に基づいて、著作権を放棄することはしないようになりました。そこで、ネットワーク上に無償で提供されるソフトでは、「著作権は私が保持するが、商業目的でない限り、複製・頒布は自由」などと宣言するケースが多くなりました。このようなソフトはフリーソフトと呼ばれるようになりました。
その後、パソコンの基本ソフトの高度化に応じて、ソフトウェアの構造も次第に複雑になり、一人のプログラム作者がボランティア的にプログラムを作成することに限界を感じることが多くなると、継続的なバージョンアップと必要なサポートを維持するために、ダウンロードするのは自由だが継続的に使用する際には作者に送金する必要があるいわゆる「シェアウェア」が登場するようになりました。一方、ネットワークのブラウザ(文書閲覧ソフト)などの分野では、営利企業が自らの仕様を広めることが経営戦略上有利だと判断して、そのソフトの自由なダウンロードと使用を許容するようになりました。しかしこれらのフリー・ダウンロード・ソフトウェアは、ダウンロード後の改変は認めないこと、そもそもの目的が自社仕様利用者の拡大にあること、という点で、ネットワーク社会の発展のためにボランティア精神に則って登場したかつてのフリーソフトとは、その性質をかなり異にしているといわざるを得ません(最近はフリーソフトでも改変は認めないものが多いですが)。ただ、著作権を放棄していない、という点では、ボランティア的なフリーソフトと営利企業によるフリー・ダウンロード・ソフトウェアとでは、同じである、ということができます。
最近、画面構成の素材や写真、音楽等に関して「著作権フリー」と表明された情報パッケージが販売されるようになりました。上に述べたように、本来的に著作者人格権は放棄できないこと、商業利用されたり悪用されたりした際にその使用を停止させる権利を著作者は持つべきであること、との点から、「著作権フリー」とは銘打っていたとしても、完全に著作権からフリーになっている著作物は有りえない、と考えるべきでしょう。現在のところ「著作権フリー」と銘打って売られたりネットワーク上に掲載されたりしている画面素材や写真、音楽等について、表立ったトラブル等は起きていないようですが、例えば「著作権フリー」と銘打って販売されていた写真や音楽等が実は他人の著作物の不法コピーによるものである可能性も有りうるわけですから、「著作権フリー」のものを使っているから著作権のことは何も心配しなくてよい、と思い込むのは少々お気楽にすぎると言えるかもしれません。よくありそうなケースとして、あるアイドルのファンが自分の撮影したアイドルの生写真を自分のWebページに「著作権フリーですよ」という宣言とともに掲載した場合、写真自体については撮影者に著作権がありその撮影者が「著作権フリーだ」と宣言しているのだから問題ないとしても、被写体のアイドルには肖像権があり、自分の写真を他人のWebページに勝手に載せさせない権利を持っていますから、この場合の「著作権フリー」と称されたアイドル生写真を利用することは問題あり、ということになります。また、画像やデザインのソフトの場合、「著作権フリー」と銘打ってはいても「非営利目的に限って」その使用を認めているケースも考えられ、その場合、企業が自分の宣伝目的のWebページ等に使うことは画像やデザインの著作者が当初想定していた使用目的から外れることになり、著作者とそれをWebページに載せた企業との間でトラブルになる可能性も否定できません。「著作権フリー」と称される商品は、本当の意味での「著作権フリー」ではなく、その商品の販売者が一定の範囲内で(非営利目的に限り、とか、悪意に利用しない、とかいう限定付きで)その利用を利用のつど許諾を求めなくともよい、というふうに包括同意している商品にすぎない、と認識すべきだと思います。従って、その使用に当たっては、使用条件などをよく読んで、自分の使い方が著作者の意図をはずれていないかどうかを確かめることが必要だと思われます。また、特に無名の者がネットワーク上に掲載している「著作権フリー」のものについては、それ自体が第三者の著作権等を侵害しているかもしれない、というリスクがある点は認識しておく必要があります。もちろん第三者の著作権等を侵害していることを知らずに利用した場合は、利用した者が著作権侵害の罪に問われることはないと考えられますが、著作権侵害の事実を知った後は、その部分を例えばWebページの中から削除しなければなりませんから(著作権侵害の事実を知った後に引続きしようしていたら、今度は自分が著作権侵害者として追及されますから)、Webページ全体を再構成せざるを得なくなり、結局は膨大なコスト負担を強いられることになりますから、「著作権フリー」と銘打っているものを利用するに当たっては最初からそれなりの神経を使うべきだと言えるでしょう。
<トピックス:「(C)マークについて」>
よく本の巻末などに(C)マーク(正確には○の中にcが書かれるマーク)を見掛けますが、日本の著作権法は無法式主義(著作権の発生のためには届け出その他の手続きをとる必要が全くない)をとっていますので、この(C)マークがあってもなくても、日本では著作者がその著作物を創作した時点で著作権が発生します。ところが、この仕組みは世界中共通のものではなく、一定の手続を経ないと著作権が発生しない国もあります。国際的に流通する著作物がある国では保護されなくなっては困るので、1952年に万国著作権条約が締結されました(日本は1956年に加入)。この条約では(C)マークを著作権者の名前と最初に発行された年とともに記してあれば、著作権発生のために一定の手続を要求している国においても自動的に著作権が保護されるように規定されています。従って、(C)マークと著作権者名と最初の発行年さえ書いておけば、この万国著作権条約の加入国であれば、どこでも著作権が保護されるわけです。特にアメリカはつい最近(1989年)まで方式主義をとっており、それまでは著作権を主張するには(C)マークを付けることが必須だったために、米国の書物や、米国で販売される可能性のある本については、巻末に(C)マークがついていました。今は、方式主義をとる国はほとんどなくなっていますので、実体的には(C)マークをつける意義は薄れつつあります。
上に述べたように、法律的には最近は日本やアメリカを含めたほとんどの国において(C)マークをつける意味はなくなりましたが、慣習的には「この著作物の著作権はオレにあるんだぞ」と主張するための道具として、この(C)マークは利用されているようです。上記のように国際条約にも登場しますので、(C)マークの意味するところは世界的にポピュラーですので、例えば、Webページを作成した際等に(C)マークと著作権者名と作成年を英語で書いておくことにより、世界に向けて著作権の所在を明記することができるので、有益だと考えられます。
<トピックス:「著作隣接権について」>
広義の著作権には、著作者(=原則として著作物を創作した本人)が持つ権利としての狭義の著作権及び著作者人格権と著作物を創作したわけではないが著作物を公に伝達するために重要な役割を果たした実演家(歌手や演奏家など)や放送局、レコード(CD)製作会社などが持っている著作隣接権があります。著作隣接権は、その種類などによって権利の程度が細かく規定されており、権利の強さの程度も、排他的権利(許諾がないと第三者は利用できない)ものや使用料請求権(第三者が利用するのを拒否することはできないが、第三者が利用した場合には相応の使用料を請求できる権利)などがあります。著作隣接権は、技術や著作物の態様の多様化の変化と、権利者側の要求の強さや社会的なパワーの度合い等によって、その強さの程度には差があります。一般的にいうと、放送局(特にテレビ局)やレコード会社の権利は早くから認められ、実演家などの権利は、国際的な流れなどを受けながら徐々に強化されてきている、というのが現状と言って差し支えないと思います。
<トピックス:「貸しレコード屋問題と私的使用のための複製について」>
従来から、著作権法においては、個人が自分のために私的使用目的で複製する限りにおいては、著作権者の許可が要らない、という規定になっています。この点に目を付けて、昭和55年東京に貸しレコード屋さんが出現しました。レコードを消費者に例えば1泊いくらで貸し付ける、という商売です。この頃、家庭用のテープレコーダーは普通の電化製品として十分に普及していましたから、レコードを借りた人のほとんどは自分用のテープに録音したものと思われます。そういう利用者の便宜を図るため、貸しレコード屋の店頭に自動のダビング装置をおいて、客にレコードからテープにダビングをさせるところも現れました。このため、レコード小売り店の売り上げが30〜50%減少したと言われています(参考文献(13)「著作物の利用形態と権利保護」(半田正夫著)p.60)。貸しレコード業者に言わせれば、世の中にレンタル業者は多々あり、著作物に関しても昔から貸本業があるのだから、レンタル業自体何の違法性もない、利用者がテープにダビングする行為は利用者の私的利用目的のものであって著作権法には違反しないし、利用者がダビングするかどうかは貸しレコード店はあずかり知らぬことだ、ということなのです。
一方、レコード会社側は、現実に売り上げが減少しているという危機的状況を背景として、客観的に考えて利用者がダビングすることがることがミエミエの状況で貸し出すことは、著作権法上複製に該当する、として、貸しレコード業者を裁判に訴えるとともに、貸しレコード業を制限するような立法化の働き掛けを行いました。この結果、昭和58年11月、議員立法による「商業用レコードの公衆への貸与に関する著作権者等の権利に関する暫定措置法」が成立し、引き続いて昭和59年5月、著作権法の一部が改正され、新たに「貸与権」という権利が著作権法上新設されて、著作権者の許可なく著作物の複製物を貸与により公衆に提供することはできなくなりました。また、貸しレコード屋さんの店頭で行われていたような自動ダビング装置による複製は、私的使用目的であってもダメ、ということがこの時の著作権法改正で規定されました(著作権法第30条)。
現在、レンタルCD、レンタルビデオ屋さんがたくさんありますが、これらは著作権者の許可を得た上で正当に営業しているものです(中には違法レンタル店もあるかもしれませんが)。著作権者がレンタルを許可する際に、借りた人にコピーさせないようにすること、という条件を付している場合が多いようで、多くのレンタルCD屋さん、レンタルビデオ屋さんでは、借りる人に会員になってもらい、その会員規約の中でコピーしないこと、と決めている場合が多いようです。著作権法上は私的使用目的のコピーは認められていますが、こういう正規のレンタル屋さんから借りた場合で、レンタル屋さんの会員規約に「コピーしないこと」という項目がある場合には、借りたものを家で自分用にダビングすることは、著作権法違反にはなりませんが、レンタル屋さんとの賃貸契約違反になりますから、注意が必要です。
なお、この貸与権の新設に当たっては、公共の図書館における本の貸出し等については、著作権者の利益を損ねる程度が小さいと考えられることから、営利を目的とせず賃貸料を徴収しない限りにおいては、著作権者の許可を得なくても貸出しできる、という例外規定がつきました。一方、映画の著作物については、例外の例外、ということで、特別の条件(政令で決まっている)を満たさないと、非営利目的かつ無料であっても公衆への貸出しはできない、ということになりました。
一方、貸本業が昔から存在しているという歴史的現状を踏まえて、書籍・雑誌については、当面の間、営利目的かつ有料でも、レンタル業ができるという規定がされてきました(平成16年改正前の著作権法附則第4条の二)。この附則では、楽譜はまたまた例外となっており、貸本業の対象にはできないことになっていました。この貸本業の規定については、平成16年6月に成立した改正著作権法で削除されました。この改正著作権法の施行により、平成17年1月1日以降は、貸本業はできなくなりました(ただし、従来の貸本業者が平成16年8月1日に貸本用に所持していた書籍等については、引き続き貸本業を続けることが認められています)。
このように、例外、例外の例外、当面の例外とその例外、というふうに、著作物の種類によって、非常に複雑になっているので、貸与権に関する問題は、著作権に詳しくない人には非常にわかりにくくなっています。簡単に表にまとめると以下の通りです。
著作権者の許可を得ないで公衆に貸与できるかどうかの表
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|
営利目的・有料
=レンタル業 |
非営利目的・無料 |
原則(下記のもの以外) |
× |
○ |
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映画の著作物(注1) |
× |
政令で定められた
特別の施設の場合
| ○(注2) |
それ以外の場合
| × |
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書籍・雑誌
(楽譜以外) |
平成16年8月1日現在で貸本用に所持していたもののみ○、それ以外は× |
○ |
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楽譜 |
× |
○ |
(注1)映画の著作物については、貸与権より強い頒布権(映画をいつ上映するか、などについても権利者側が指定できる)が設定されている。
(注2)著作権者の許可なく公衆に貸与できるが、貸与する側は著作権者に相当な額の補償金を支払う必要がある(著作権法第38条の5)。
(注3)映画の著作物以外の著作物の営利を目的としない無料の公衆への貸与(公共の図書館のようなもの)については著作権者の許諾を要しないことについては、著作権法第38条第4項に規定されている。
なお、蛇足ですが、著作権法でいう「貸与権」は、あくまで「公衆に提供すること」、即ち多数を相手として反復継続的に貸出しを行っているレンタル業者や図書館のようなものを念頭においていますので、個人的に貸し借りしている分にはあまり気にすることはないでしょう。例えば、自分が買ったCDを友達に貸したとしても、友達がそれをただ聞いただけ、というのであれば、著作権侵害とは言えないと考えられます。貸した友達がテープにダビングした場合はどうか、というと、友達が私的使用目的でダビングしている以上、著作権侵害であるとするのは難しいと考えられます。何人かのグループがいくつかのCDなどを買って、お互いにコピーしあった場合に著作権侵害に当たるか、という問題は、そのグループが著作権法において私的使用の範囲として想定している「家庭内その他これに準ずる限られた範囲内」であるかどうかで判断することになると考えられます。「家庭内その他のこれに準ずる限られた範囲内」とは、同居家族は日常生活上緊密にしている親友など、かなり限られた概念であり、「ネットワーク上の友達」というのは、通常「家庭内その他これに準ずる限られた範囲」を越えていると考えられます。従って、ネットワーク上で、CDデータを交換したりすることは、著作権侵害とみなされる可能性が大きいと言えます。
コンピュータープログラムの場合は、それぞれの使用許諾契約書の中で、例えばコンピューター1台に1ソフト、などという決めがありますから、それを越えてコピーを行った場合は、著作権法違反というよりは、使用許諾契約違反ということになります。ただし、これについては、「私はソフトを買ったのであって、使用許諾契約など結んだつもりはない。」と主張する人もあると思います。この辺は、著作権法の問題ではなく、ソフト購入などに際しての使用許諾契約の有効性(2-(4)
コンピュータープログラムの利用参照)の問題となります。
レコード会社の中には「CDのパッケージに『複製を禁じます』と書いてあって、それを承知で購入したのだから、コピーしたら著作権侵害だ。」と主張する向きもあるようですが、パッケージに書いてある一言でコピーしていいかどうかの契約関係が成立している、と考えるのは無理なのではないかと思われます。また、映画製作会社の中には、「映像の著作物については、他の著作物と違って『頒布権』という権利が認められており、複製を作ったり、第3者に貸したり譲渡したりするにも著作権者の許可が必要だ。」と主張する向きもありますが、映画製作会社自身、ビデオソフトについては、購入した人のところに留まらずに転々流通していく可能性があることを前提として販売価格を設定しているはずですから、映像著作物については、個人的な譲渡や貸与もできない、と主張するのは、ちょっと無理があると思われます。
いずれにしても、貸与の問題は、普通、貸すだけでは問題にならず、借りた人が複製を作って自分の手元に置いたり、貸す人がコピーを作ってそのコピーを他人に貸したり、という「複製」と組みになったときに問題が生ずると言えます。技術が発達していなかった昔は、貸すことと複製とは全く別の行為でしたが、すぐに元のものとほとんど(デジタルの場合は全く)性質の劣らないコピーを作ることができる現代の技術の下では、貸し借りは常に複製との関連で考える必要があります。そして結局は、その複製が著作権法第30条で認められている私的使用の範囲内であるのかどうか、もう少しさかのぼると、その複製が著作権者の利益を不当に害することがないかどうか、が判断の基準になると思います。
なお、別のところにも書きましたが、平成11年の著作権法改正では、コピー・ガードされた著作物について、技術的にコピー・ガードをはずして複製する場合は、例え使用目的が私的なものであってとしても著作権侵害とみなす旨の規定が追加されました。
<トピックス:「デジタル録音・録画問題について」>
以前は、テープレコーダーなどの性能があまり高くありませんでしたから、レコードをテープにダビングしたりすると音質が落ちるので、音楽好きの人にとっては、レコードの価値というのは、それなりに高いものでした。しかし、技術が進歩し、コピーしたものの性能が元のものとほとんど変らないようになると、多くの人々は複製品で十分満足するようになりました。特に1980年代後半からCD(コンパクトディスク)が一般に普及したり、コンピューターで画像処理が簡単にできるなど、デジタル技術が家庭用電化製品の中で広く使われるようになると、一般の人が簡単に性能を全く落とさずにコピーできるデジタル複製ができるようになりました。性能が全く落ちないとなると、孫コピー、ひ孫コピーなど、一つの製品から無数の同じ性能を持つコピーを大量に簡単に作れるようになるので、著作権法で認められている私的使用のための複製についてもCD製作会社などは著作権ビジネス業界にとっては大きな脅威と感じるようになりました。一方、私的使用の複製を法律で規制することは、個人のプライベートな活動を規制することになりかねませんし、だいたい全ての人の個人的な活動を監視し取り締まることなど不可能です。そのため、性能の落ちないデジタル録音・録画については、複製機器(テープレコーダーやVTR)と複製媒体(テープなど)の販売価格の中に私的録音録画補償金に一定の割合(現状では1〜2%程度)で含ませることにし、集まった補償金については、法令に基づいて文化庁長官が指定する指定管理団体が権利者への分配や著作権の保護等に関する公共的事業のために支出することになっています。現在のところ指定管理団体としては、デジタル録音については(社)私的録音補償金管理協会が、デジタル録画については(社)私的録画補償金管理協会が設立されています。
<トピックス:「テレビ番組の家庭内での録画は違法?」>
現在、日本では多くの家庭に家庭用VTRが普及し、日常的に家庭でテレビ番組の録画が行われています。日本の著作権法では、私的使用目的の複製は著作権者の許可なしにできることが明記されていることもあるせいか、日本では家庭でのテレビ番組の録画が著作権法上の問題となったことはありませんでした。しかし、米国では、家庭用ビデオが登場した当初、そもそも家庭での録画は著作権侵害である、という裁判が起されました。これが「ベータマックス裁判」と呼ばれるものです。
1970年代半ば、家庭用ビデオの世界でも、他の多くの家電製品と同じように日本のメーカーが新しい製品を作って米国内で売り込みを始めました。そのトップに立っていたのはソニーで、販売されていたビデオはベータマックスという名前でした。ところが、1976年11月、米国の映画会社は、「映画を放映したテレビ番組を家庭で録画することは、映画会社の持つ著作権(複製権)の侵害であり、家庭ビデオの製造メーカーとその販売会社は、かかる侵害行為の発生に寄与した責任がある。」として、ソニーと販売会社を相手取って、ビデオの製造と販売の差し止め、損害賠償等を請求する裁判を起こしたのでした。この裁判の背景としては、私的使用目的の複製は著作権者の許可なく行えることが明示的に示されている日本の著作権法と違って、いわゆる『fair
use』(公正な使用)ならば認める、という精神論的な規定振りとなっている米国の著作権法の考え方が根本にあると思われます。つまり、この裁判は、家庭での録画が「フェア」であるか「フェアでない」か、が争われた裁判だと言えます。日本の感覚だと「家庭での録画が著作権侵害なんて思いもよらない。」という感じですが、この裁判では、第1審は原告(映画会社側)が敗訴したものの、第2審では、映画会社側の主張が認められて、原告勝訴となりました。その後、この裁判は、連邦最高裁判所に上告され、連邦最高裁判所は最終的に1984年1月17日に判決を下し、「録画機器によるテレビジョン番組の録画は、一般的に、放送されているときに視聴できない番組を録画し後で見るといういわゆる『タイムシフティング』のために行われており、実質的に著作権者の利益を侵害していないので『fair
use』に当たる。」として原告敗訴(ソニーと販売会社には著作権侵害の寄与責任はない)という判断を示したのでした(参考文献(11)「著作権審議会第10小委員会(私的録音・録画関係)報告書」)。こうして米国でも、家庭でのテレビ番組の録画は著作権侵害に当たらない、として、大々的に家庭用ビデオの販売ができるようになったのでした。この裁判は、日本と米国との著作権に対する感覚の違いをよく示していると言えます。ネットワークは世界につながっていますから、日本の感覚で「このくらいまぁいいだろう。」と思っていても、米国の感覚だと認められない場合がある、ということは常に念頭に置いておく必要があります。
なお、この米国連邦最高裁の「家庭での録画は『タイムシフティング』だから著作権法上問題ない。」としている考え方を踏まえているものと思われますが、参考文献(1)「著作権法逐条講義」p.181で著者の加戸守行氏は「個人的使用のためであるからといって家庭にビデオ・ライブラリーを作りテレビ番組等を録画して多数の映像パッケージを備える行為が認められるかといいますと、ベルヌ条約上許容されるケースとしての『著作物の通常の利用を妨げず、かつ、著作権の正当な利用を不当に害しないこと』という条件を充足しているとは到底いえないという問題が出てまいりましょう。」と述べて、家庭内ビデオライブラリーの作成に否定的な考えを示しておられます。この点については、例えば、テレビドラマの総集編を著作権者たるテレビ局自身が「完全保存版!」などと銘打って放映している現状を踏まえると、もう少し柔軟に考えても差し支えないように思えます。
<トピックス:「著作権を巡る国際的ハーモナイゼーションについて」>
基本的に著作物は世界を流通するものですから、ある国では保護されるものが、別の国では保護されない、ということでは困りますから、著作権に関しては国際的なハーモナイゼーション(調和)が非常に重要となります。特にネットワークが発達した現代においては、瞬時に文章や写真等の著作物が世界を駆け巡りますから、トラブルを防ぐためには国際的な協調と権利保護に対する認識と統一が重要になります。この問題は19世紀から議論されており、著作権の保護に関するベルヌ条約は1886(明治19年)に作成されています。また、各国における著作権の発効要件の違い等を調整するための万国著作権条約は1952年に作成されています((C)マークを表示する方式はこの万国著作権条約によって規定されています)。その他にも、著作隣接権に関する条約があり、輸入レコードにおけるレコード会社や実演家(歌手、演奏家など)の権利についての国際的な取決めがなされています。
経済の国際化が進む中で、著作権をはじめとする知的財産権の各国における違いは、国際的な貿易交渉の中でも議論されるようになり、1986年から始まったウルグアイラウンド交渉の結果1995年1月1日に設立されたWTO(世界貿易機関)の設立協定には、著作権・著作隣接権に関する取決めを含んだ「知的所有権の貿易関連の側面に関する協定(TRIPS=Trade-Related
Aspects of International Property Rights)」が付属書として添付されています。また、ベルヌ条約に関する事務は世界知的所有権機関(World
Intellectual Property Organization=WIPO)が担当していますが、ここで情報技術の発達等に対応するための新しい枠組みの話し合いが行われ、ベルヌ条約の付属条約であるWIPO著作権条約が1996年12月に採択されました。これらの国際的な約束では、時代の状況に応じて様々な規定が盛り込まれていますが、このような国際的な動きに合せて、日本の著作権法も毎年のように改正が行われています。
<トピックス:「なぜプログラムが著作権で保護されることになったか」>>
<トピックス:「著作権と特許権」>のところで著作権と特許権の違いについて説明しましたが、そこでも触れたように、コンピュータープログラムに関する権利については著作権法で規定するのは不自然ではないか、という議論が以前からあります。1980年代前半には、通産省において、コンピュータープログラムについて特許権と似たような「プログラム権」という新しい概念を工業所有権の一つとして創設するための法案の検討が行われたと伝えられています。しかし、世界的な流れとしては、プログラムは著作権法で保護する、という考え方が、主流を占めるようになりました。米国では、様々な議論の末、1980年の著作権法改正でコンピュータープログラムの著作物性を規定することになりました。日本においても、昭和57年(1982年)、「スペース・インベーダー・パートII事件」に対する東京地裁の判決で、アセンブリ言語によって書かれたプログラム(機械語プログラム)について著作物性を認め、これを複製した者に対して著作物の複製権侵害に当たる、との判断が示されました(参考文献(2)「著作権判例百選(第二版)」p.62-63)「スペース・インベーダー・パートII事件」<東京地裁昭和57年12月6日判決>解説:松田政行)。このような動きの中で、日本でも著作権法の中にコンピュータープログラムについての規定を盛り込むべきだ、との議論がなされ、昭和60年(1985年)の著作権法改正において「プログラムの著作物」が著作権法の中に明記されることになったのです。
工業所有権的色彩の強いコンピュータープログラムの保護が著作権法によって行われることになった背景には、コンピューター先進国である米国の動きに引っ張られたという面もあろうかと思いますが、特許権のように申請・審査・登録という手続きを経ずに作成した瞬間から権利が保護されるという著作権の持つスピード性が、発展の速度がべらぼうに速いコンピュータープログラムに適していたのだ、という見方もできるかもしれません。
(1)「著作権法逐条講義」(改訂新版)(ISBN4-88526-001-9)
加戸守行著 著作権情報センター(1994年)
(2)「著作権判例百選(第二版)」
別冊「ジュリスト」No.128(1994年6月号)(T1065284292403)
有斐閣
(3)「Q&Aで解くマルチメディアの著作権入門」(ISBN4-569-55970-0)
宮下研一著 前田哲男監修 PHP研究所(1998年)
(4)「転機にさしかかった著作権制度」(ISBN4-7527-0241-X)
半田正夫著 一粒社(1994年)
(5)「法律のひろば」Vol.50 No.10(1997年10月号)(T1108029100004)
p.42-p.47
「著作権法の一部を改正する法律」
濱口太久未(文化庁文化部著作権課法規係長) ぎょうせい
(6)「(座談会)私的録音・録画と報酬請求権」
「ジュリスト」No.1023(1993年6月1日号)(T1020791061201) 有斐閣
(7)
@ニフティのテレビフォーラムのホームページ上の「録画ビデオの貸し借り等について」(現在、掲載準備中)
(8)「著作権法入門」(平成10年度版)(ISBN4-88526-018-3)
(社)著作権情報センター
(9)「最前線−インターネット法律問題Q&A集」(ISBN4-7952-3083-8
C3055)
山下 幸夫 著 (株)情報管理
(10)「著作物の利用形態と権利保護」(ISBN4-7527-0190-1) 半田 正夫 著 一粒社
(11)「著作権審議会第10小委員会(私的録音・録画関係)報告書」(1991年12月)
文化庁
(12)「社会教育関係者のためのマルチメディア時代の著作権」(ISBN4-7937-0103-5)
文化庁国際著作権課長岡本薫著 (財)全日本社会教育連合会
(13)「マルチメディア社会の著作権」(ISBN4-7664-0652)
苗村憲司・小宮山宏之 編著 慶應義塾大学出版会
(参考URLリスト)
文化庁:http://www.bunka.go.jp/
(社)著作権情報センター:http://www.cric.or.jp/
(社)著作権情報センター著作権データベース:http://www.cric.or.jp/db/dbfront.html
著作権法、著作権法施行令(制令)、関係告示、関係条約など
(社)日本音楽著作権協会(JASRAC):http://www.jasrac.or.jp/
(社)私的録音補償金管理協会:http://www.sarah.or.jp/
(社)私的録画補償金管理協会:http://www.sarvh.or.jp/
@ニフティのテレビフォーラム:http://forum.nifty.com/ftv/
(テレビ番組録画の貸し借り等についての解説あり(掲載準備中))
※過去の裁判所の判例については、裁判所のホームページ
http://www.courts.go.jp
の「判例情報」の「知的財産権判例集」「下級審主要判決情報」で検索して見ることができます。
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