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二十六日に決行したる理由如何。 |
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私達には判りません。 |
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誰が之の統制を執り計画を為したりや。 |
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詳しいことは全然知りません、私は前述の如く部隊には居らず 部下も無し。又 学校に居ったのでそんな余裕はありませんでした、只此の信念と何時かは之を実行せねばならんことの考は常に持って居り、同志も其れを知って居ったから、誰かが計画したその一部分的のものを割当てられたので、それを実行したのであります。 |
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高橋蔵相が私邸に居られることを如何にして知りしや。 |
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知りません。私邸に居られなければ官邸に居ること故私邸にて目的を達せざる時は直ちに官邸に行く決心で居りました。此の事件を決行するに 他より嗾かされたることは絶対に恥辱と考へます。従って軍人以外より此の信念を増強されたり、嗾かされたりしたことは全くありません。 |
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資金等に就いて如何。 |
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今度は全く軍人関係の仕事でありますので金を使ひません。従って金は要りませんでした。私は安田少尉に二十円を渡した他に殆んど金は使って居りません。俸給を貰った許りであるし 前に兄貴より写真機を貰ったのがありましたが、持って居っても致し方が無いので二十五日夕方頃 売ったのと合計五十円ありました。其の写真機を売った内から二十円丈郷里の父母に其の時送ってやりました。 |
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奉勅命令に対して如何。 |
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正式に奉達されませんし、他より聞きも致しませんでした。然るに二十九日 朝 「 ラヂオ 」 で始めて変なことだと知り、之は下士官兵を解散させる餌にでも使ったものと知り、非常に嫌悪の念を以て聞きました。正式の命令とは部隊内であるから 軍隊の命令一系統に基き下達さるべきものと信じます。即ち私は小藤部隊に臨時編入されて居ったのでありますから、順序に基き奉勅命令の奉達さるべきにあるに、不拘何の書物にも 口達にも そんなものが無くて突然 「 ラヂオ 」 にて下士官兵に対し「 お前達を指揮して居る上官に達してあるから・・・・」とか 放送されたのでは全く心外に堪へぬことと思ひます。他の陸相官邸に集った同志将校は誰も知りませんでした。勿論 奉勅命令とあれば絶対に服従すべきものと信じます。正式奉達でなくとも 「 ラヂオ 」 放送の結果 下士官兵が逆賊の汚名を蒙ることは可哀想に思ひ、涙を呑んで下士官兵を帰したのです。然れに 之に対して居る部隊は誠に武士の情を知らぬ態度をとり、非常に憤慨しました。 |
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現在の信念を抱持するに至りし理由。 |
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私の生立と 私の見て来た事象 其れから読んだ書籍等より自分の信念をたたいて行って揚句、現在の心境に達したのであります。爾後種々国体に照し不満なる事象に遭遇する毎に此の信念が増強されたのであります。他から宣伝 乃至は感化等に基き 斯くの如くなったのではありません。然るに其後 国体に照して他のふまんとする事象 例へば ロンドン条約の統帥権干犯、五・一五事件、近くは真崎大将に対する統帥権干犯、其れに伴ふ 相沢中佐事件 等に対しても君側に仕へまつる重臣は毫も反省する色を見ず、斯くては直接行動に出てかかる君側の奸は絶滅を期するの他手段が無いと考へて、斯くの事を行ったのであります。 |
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実行着手当時の心境と現在の心境如何。 |
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心境の変化全くありません、少しも自分のやったことに就いて やり過ぎたとは考へて居りませぬ。現在の心境は未だ未だ此の信念に向って御奉公したいと思ふのであります。 |
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他の関係者の状況如何。 |
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真崎大将閣下は同郷の先輩として時々御話を承って居り、又 県の会辺りで御目に掛ったこともありますから真崎閣下は崇拝して居る人と云ふことが出来ます。荒木閣下とは話したことは有りませんが偉い人には相違ないが実行力の人とは思はれません。林閣下の如き方は少なくとも現職に居て貰ひ度くない方と思ひます、要すれば除去せねばならぬ方と思ひます。私達は全部の軍人か私達の信念実行に就いて共鳴し相共に行くべきと考へて居ったのに、不拘陸軍首脳部は案外冷淡曖昧にして余りにも悠長の様に考へられます。之に反し 海軍の軍事参議官は同情があった様に聞き、有難く思って居ります。 |
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皇軍の本質並に威信上に及ぼしたる影響如何。 |
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大御心を悩ましたもうた様に拝察せられて恐懼の次第なるも、之が大御心に副はなかった場合に於て此の非常時に際し、之を打破する為には 或点迄真の大決心の御発揚を仰がねばならぬと確信して居るので、大眼目より見て 皇軍本質上より見て 何等影響を及ぼさぬと信じて居ります。即ち私達信念の実現の為に皇軍が共に行動することが皇軍の本質と信じますが故に、区々たる形式上のことは問題ではないのであります。皇軍の威信も毫も失墜するときで無く、反って発揚して居ると考へます。 |
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国内的に及ぼしたる影響如何。 |
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国内的には大に影響を及ぼしたと考へられます。即ち日本人として行くべき道をはっきりさせたと思ひますし、又 はっきりしなければ嘘だと考へるのであります。 |
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国際的に及ぼしたる影響如何。 |
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外国に対しても皇軍が事実強くなるのでありますから、皇軍の本質を益々発揚させて日本人として有利なる進展に資したるものと認めます。 |
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皇室の敬虔上に及ぼしたる影響如何。 |
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少しも敬虔上に悪影響を及ぼしたるものとは信じられませぬ。陛下の大御心を辱うして居るものがそれを裏切り奉りたる奸臣を除去したのでありますから、敬虔上の度か益々表れたものと信じます。 |
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将来に対する覚悟。 |
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最後迄信念に向って御奉公するのであります、それ丈自分としては最後迄希望に充て居るものであります。 |
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何か他に云ふべきことありや。 |
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他に何も云ふことはありませんが、唯々自分達の信念及之に伴ひ行ひし行動に就いて、はっきり解かって貰ひ度ひと思ひます。之れを歪められて解せらるるとせば非常に遺憾と思ひます。今迄斯ることに付て真当の精神を察せられず歪められて解釈されたることがあった様に考へられます。申し添えて置き度いと思ひます。 |
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陳述人 中島莞爾 昭和十一年三月二日 |