「田母神(たもがみ)俊雄・航空幕僚長の論文舌禍事件」考



 (最新見直し2008.11.13日)

 (れんだいこのショートメッセージ)
 2008.10.31日、現役の航空自衛隊トップの田母神(たもがみ)俊雄・航空幕僚長・空将の論文舌禍事件が発生し、直ちに解任された。これを仮に「田母神航空幕僚長論文舌禍事件」(略称「田母神論文舌禍事件」)と命名し、考察し、発表することにする。その後の流れを見てきたが、歴史負託に応えぬまま矮小化させられつつあり到底容認できないからである。

 2008.11.11日 れんだいこ拝


【事件の伏線】
 時期は判明しないが恐らく2008.4月頃、マンション・ホテル開発会社アパグループ(1971年創業、元谷外志雄社長)が、「報道されない近現代史」出版記念として、歴史論文顕彰制度を創設した。同社のホームページによると、懸賞論文は「日本が正しい歴史認識のもと真の独立国家として針路を示す提言を後押しする」目的で募集、審査委員として4名が当たり、最優秀賞に懸賞金300万円を与えるとしていた。

 グループ代表の元谷外志雄氏は、藤誠志(まさし)のペンネームで歴史認識に関する著作活動をしている。安倍元首相の有力な後援者としても知られており、出身地の石川県小松市で「小松基地金沢友人会」会長を務めている。田母神氏は1998年から1年余、司令として赴任しており、この時、元谷氏と旧知の間柄になったと云われている。同社は、2007.1月、チェーンホテル2棟の耐震偽装が発覚し、妻の謝罪会見が放映されたことでも知られている。

 現在明らかになったところによると、一般募集されたところ、全国から235の論文が寄せられた。田母神氏が「懸賞論文を教育課長に紹介した」(11.11日の参院外交防衛委員会の参考人招致時の発言)。5.20日、教育課長名のファックスが各部隊へ送られた。応募者が少なく、改めて航空幕僚監部の人事教育部長名で懸賞論文の存在が通知され、応募が奨励された。

 この結果、現役の航空自衛隊員による応募が百名近くに上ることになった。このうち62名が、田母神氏が過去に司令を務めた航空自衛隊小松基地(石川県)の第6航空団所属で、階級別内訳は、一佐3名、二佐3名、三佐4名、尉官64名、曹クラス4名。所属別は、空幕4名、航空総隊71名、航空教育集団1名、補給本部2名であった。応募は締め切りの8.31日に間に合わず、9月上旬に纏めて応募したという。内部部局(背広組)や陸海両幕僚監部、統合幕僚監部からの投稿者はなかった。

 後日、他3名が新たに判明した。3人はそれぞれ、空自小松基地(石川県)第6航空団、空自築城基地(福岡県)第8航空団、防衛研究所に所属。第6航空団では幹部隊員に懸賞論文と同じテーマを課し、62人分をまとめて応募したことも判明した。

 このうち30論文が最終選考に付され、無記名にした上で4名の審査委員に選考を委ねた。審査委員委員長は保守派論客の渡部昇一・上智大名誉教授、委員は中山泰秀自民党衆院議員、小松崎和夫報知新聞社長、花岡信昭ジャーナリストとのこと。

【事件勃発】
 2008.10.31日、現役の航空自衛隊トップの田母神(たもがみ)俊雄・航空幕僚長・空将(60歳)が、総合都市開発、ホテルチェーン経営「アパグループ」の懸賞論文「真の近現代史観」に「日本は侵略国家であったのか」と題する論文を応募していたところ最優秀賞を受賞し、2008.10.31日、同論文が、インターネット上などで英訳とともに公表された。

 論文は、日本の過去の戦争をめぐって、「我が国が侵略国家というのは濡れ衣(ぎぬ)だ」、「今なお大東亜戦争で我が国の侵略がアジア諸国に耐え難い苦しみを与えたと思っている人が多い。しかし、私たちは多くのアジア諸国が大東亜戦争を肯定的に評価していることを認識しておく必要がある」と主張しており、全体的に大東亜戦争聖戦論で書き連ねられている。(概要は「れんだいこの田母神論文批判」で確認する)

 こうなると、侵略と植民地支配を謝罪した1995年の「村山談話」などの政府見解と齟齬せざるを得ない。ちなみに、「村山談話」とは、1995.8.15日の戦後50年の終戦記念日に当時の村山富市首相が発表した談話で、「わが国は遠くない過去の一時期、国策を誤り、国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によってアジア諸国の人々に多大の損害と苦痛を与えた。痛切な反省の意を表し、心からのおわびの気持ちを表明する」としている。「村山談話」は、首相談話として閣議決定事項にされた為、その後の首相、内閣をも拘束し今日に至っている。

 戦後60年に当たる2005.8.15日に小泉純一郎首相が「小泉談話」を発表しているが、「村山談話は自虐的すぎる」との自民党内の指摘に配慮して「国策を誤り」などの表現は引き継がなかったが、基本的に「村山談話」を踏襲している。

 こうした経緯がある中で、現役の航空自衛隊トップの田母神航空幕僚長が、「異色の見解」を打ち出したからして大変な騒ぎとなったのも止むを得ない。

【麻生政権の果断な措置】
 同夜、浜田靖一防衛相は防衛省で記者会見し、次のように述べた。
 概要「先の大戦の評価など不適切なものを含む。政府見解と明らかに異なる意見を公表しており、航空幕僚長としてふさわしくない。航空自衛隊のトップであるものが国の見解と全く異なる意見を示すのは立場上不適切である」。

 後任として岩崎茂・航空幕僚副長を空幕長の職務代理を務めることにさせた。

 前防衛相で現農林水産相の石破茂氏は次のように批判している。

 概要「政治家が自衛隊のトップになっているのは、選挙によって国民の負託を受けた政治家が、責任を負っているからです。自衛官が自らの思想信条で政治をただそうというのは、憲法の精神に真っ向から反しています。政治が何もしてないかのように言うなら旧陸軍将校によるクーデター2・26事件』と何も変わらない」。

 麻生政権は、自衛隊法46条の「隊員としてふさわしくない行為」に当たる可能性があると判断し、懲戒免職を検討したが田母神は辞職を拒否し懲戒調査にも応じる姿勢を見せなかった。この為、同深夜、事態を重視した麻生政権は、持ち回り閣議で、航空自衛隊トップの田母神航空幕僚長(60)を更迭し、航空幕僚監部付とする人事を了承した。

 麻生首相は記者会見に応じ、次のようにコメントした。

 「オレ、それ読んでないから知らないけど、それは、何?、その田母神、なに、あれ、空幕、今空幕長かありゃ、あれが、出した論文は、防衛庁(省)のあのあれを受けずに出したってことですか?」、「受けてたとしたら、そりゃ適切じゃないですな。個人的に出したとしても、そら今、立場が立場だから、適切じゃないね」、「辞任か、辞任かそりゃ私の決めることじゃない、それは防衛庁長官の人事権だから」。

【田母神氏の居直り】
 11.3日、田母神氏は、航空幕僚長たる空将でなくなったことにより一般の将と同様の60歳定年制が適用され、定年退官させられた。約六千万円の退職金が支給された。論文発覚からわずか3日後の異例の退職人事となり、早期の「幕引き」となった。次のように説明されている。空幕長の定年は満62歳だが、空将としての定年は満60歳。田母神空将は更迭された時点で定年を過ぎている。このため同省は当初、自衛隊法45条に基づき11月末まで田母神空将の定年を延長。本人から辞職の意思確認や、論文について懲戒処分の対象になるかどうかを調べる方針だったが、空将が調査に応じなかったため、定年延長を打ち切る異例の形を取った。

 同日夜、スーツ姿で現れた田母神氏は東京都内で記者会見し、「国家国民のために信念に従って書いたことで断腸の思い。日本は決して侵略国家ではない」と改めて持論を展開した。また、「むしろこれを契機に活発な論議を願う」とも述べ、国会への参考人招致にも応じる考えを明らかにした。現職の空幕長として論文を投稿した理由について、「これほど大騒ぎになるとは正直予想していなかった。日本もそろそろ自由に発言ができる、という私の判断が間違っていたかもしれない」と弁明した。

 「今回のことが政治に利用され、自衛隊全体の名誉が汚されることは本意ではない」と複雑な心境を明かした。他の複数の自衛官が論文に応募していたことについては、「紹介はしたが、『書きなさい』とは言っていない」と釈明した。更迭理由となった政府見解との食い違いについては、「政府見解は検証されるべきだ。一言も反論できないようでは、北朝鮮と同じ」と反論した。さらに「戦後教育による『侵略国家』の呪縛が、国民の自信を喪失させ、自衛隊の士気を低下させ、安全保障体制を損ねている」などと、約30分間にわたって信念を披瀝した。

【麻生政権のその後の対応】
 11.6日、浜田靖一防衛相は参院防衛委員会で、田母神氏の論文について、「自分の立場を理解してもらえなかったのは憤りを感じる。今回の件を許すまじという思いでしっかりと対処する」と強調した。田母神氏に対し、退職金の自主返納を求める考えを明らかにした。また、自衛隊幹部の歴史教育について、「(植民地支配と侵略を謝罪した)村山談話を踏まえて適切な幹部教育に努めていきたい」と述べた。

 11.11日午前、河村建夫官房長官は記者会見で、田母神前航空幕僚長が公表した論文について「極めて不適切だ。意見開陳の場所、立場をわきまえないものだった」と改めて批判した。また、「田母神氏の論文は歴史認識などがいろいろ言われているが、これまで踏襲してきた政府の見解は何ら変わるものではない」とも述べ、先の大戦の要因を「植民地支配と侵略」と断ずる「村山談話」を引き続き継承する考えを改めて示した。

【参考人招致】
 11.11日、田母神氏は、参議院外交防衛委員会に参考人として招致された。中曽根弘文外相、浜田靖一防衛相、河村建夫官房長官も出席した。麻生首相は出席せず、テレビ中継も見送られた。

 民主党の浅尾慶一郎氏との遣り取りは次の通り。
浅尾  「論文応募を組織的に薦めたか」
田母神  「指示したのではないかと言われるが、私が指示すれば1000を超える数が集まる」。
浅尾  「論文を募集した「アパグループ」から資金や便宜を受けたことはないか」。
田母神  「一切受けていない」。
浅尾  「昨年5月に「鵬友」(空自の隊内誌)に同じ意見を発表している。内局から注意はあったか」。
田母神  「ない」。
浜田防衛相  「チェックしていなかったのは事実。多くの隊員に影響を及ぼした可能性も否定しない。ダブルスタンダードのないようにしていきたい」。
浅尾  「政府解釈を変えたほうがいい、憲法改正したほうがいいと世論喚起しようと思ったのか」。
田母神  「一般に話されていることを書いただけだ。これほど意見が割れるようなものは直したほうがいいと思う」。
浅尾  「更迭された感想を」。
田母神  「防衛相が「村山談話」と見解の相違があると判断して解任するのは政治的に当然だが、書いたものはいささかも間違っているとは思わないし、日本が正しい方向に行くために必要なことだと思っている」。「村山談話自身具体的にどこの場面が侵略とか、まったく言っていない。私は村山談話の見解と違ったものを書いたとは思っていない」。「自衛官の言論を政府見解に沿って統制するのはおかしい」
 論文が集団的自衛権が行使できない現状に触れていることについて
田母神  「特にそこ(憲法改正)までは訴えていない」、「(自衛官を退官した)今はもう(憲法を)改正すべきだと思っている。国を守ることについて、これほど意見が割れるようなものは直した方がいい」。
 昨年5月に同趣旨の論文を隊内誌に寄稿していたことについて
田母神  「内局から注意はなかった。(今回の懸賞論文はマスコミなどに)騒がれたから話題になったと思う」。と
 浜田靖一防衛相はその時点で注意などを行わなかったことについて
田母神  「雑誌の性格が部内誌ということもあり、そこまで目が及んでなかった」、「(防衛省内部で)チェックしていなかったのは問題だ。内規で上司の判断を得るとなっているので官房長に責任がある」。

 浜田靖一防衛相が約6000万円の退職金の自主返納を求めていることについて「その意思はない」と拒否する考えを示した。また、論文投稿を事前に届け出なかったことについて「別に自衛官の職務をやっていなくても書ける内容で、職務に関係していないので通知していなかった」と説明した。
 民主党の犬塚直史氏との遣り取りは次の通り。
犬塚  「政府の受け止めが軽すぎる。麻生太郎首相の答弁も非常に軽い」
防衛相  「大変憤慨している。方法論はいろいろあったが、一番早い形で辞めてもらうのが重要だと思ったので退職してもらった」。
犬塚  「あいまいで、きちっとした対応をしていない。どうして懲戒手続きの対象としなかったのか」。
防衛相  「来年1月に定年が確定すれば審理が終わる。徹底抗戦すれば時間がかかり、尻切れとんぼの可能性があると判断した。最善の判断と思っている」。
防衛相  「幕僚長を解いたという時点で、本人に自覚してほしかった。政府見解と異なる主張が表に出て自衛隊員の士気が落ちることは避けたかった」。
犬塚  「逃げているという印象を持たれて当然だ」
防衛相  「そうは思っていない」。
田母神  「私は「どこが悪かったのかを審理してもらったほうが問題の所在がはっきりする」と言った」。
犬塚  「審理に入ったら、政治的な意見を述べたか」。
田母神  「我々にも表現、言論の自由は許されている」と主張するつもりだった。
犬塚  「統合幕僚学校長という経歴を持ち純真な自衛隊員には雲の上のような存在だ」。
田母神  「統幕学校の学生は1佐で40歳過ぎで、とても純真とは言えない。議論するのは学校の中だけ。それもできない日本は本当に民主主義国家か。どこかの国と同じになってしまう」。

 自民党の小池正勝氏との遣り取りは次の通り。
小池  「04年9月15日の「日本を語るワインの会」に「アパグループ」の元谷外志雄代表夫妻、民主党の鳩山由紀夫幹事長夫妻とともに出席したか」。
田母神  「はい」。
小池  「文民統制をどう考えるか」
防衛相  「軍事力は使い方を誤ると国民への脅威にもなりうる。憲法で首相と閣僚は文民と定められているなど、さまざまなレベルで文民統制が制度的に担保されている」。
小池  「懲戒手続きをしたかったが、時間がかかり、その間ずっと給料を払うことが国民の理解を得られない」と考えたのか。
防衛相  「その通り。空将という身分を保有したまま政府見解と異なる意見を主張するようなら、自衛隊内外に与える影響が大きい」。
小池  「一般公務員なら処分に時間がかからない。自衛隊員は審理手続きを取らなければ処分できず、時間がかかる。処分したくてもできないことをどう考えるか」。
防衛相  「できない」ではなく「審理の途中で定年となってできなくなる」。

 公明党の浜田昌良氏との遣り取りは次の通り。
浜田  「教育課にどのような意図で論文応募の紹介をしたのか」。
田母神  「日本が悪かったという論が多すぎる。「日本の国は良い国だった」と言ったら、解任されてびっくりした」。
浜田  「国民にはシビリアンコントロールに関する不安がある」。
官房長官  「十分な担保があるが、さらに政府として文民統制確保に努力する」。
浜田  「良心の痛みはないか」。
田母神  「日本ほど文民統制が徹底した軍隊はない。論文を出すのに大臣の許可を得ている先進国はない。言論統制が徹底した軍には自衛隊をすべきではない。政府見解で言論を統制することになるのはおかしい」。
浜田  「他省庁や民間との人事交流も必要ではないか」。
防衛相  「幹部自衛官は他省庁への出向や民間企業での研修も行っている。広い視野に立った人材育成のための研修も行っている」。
浜田  「退職金を返還しないのか」。
田母神  「その意思はない。今朝9時時点で(インターネットの)ヤフーで、58%が私を支持している」。

 共産党の井上哲士氏との遣り取りは次の通り。
井上  「アパグループの元谷代表は小松基地でF15に搭乗している」。
防衛相  「部外者の体験搭乗は06年度に3回実施、08年度は3回。訓令に基づき、幕僚長または権限を委任された部隊等の長が承認している」。
田母神  「元谷代表は98年から小松基地金沢友の会の会長として強力に支援してもらった。10年間の功績に対して、部隊の要請に基づいて許可をした」。
井上  「自衛隊員のアパホテル利用に特別な契約はあるか」。
防衛相 、防衛相「防衛省共済組合の契約施設の一つにアパホテルが含まれている。結果として宿泊割引を受ける」。
井上  「田母神氏は統幕学校で一般課程に国家観、歴史観という項目を設け、講義の計画を主導した」。
田母神  「日本をいい国だと思わなければ、きちっとした国家観、歴史観を持たせなければ、国は守れないと思った」。

 社民党の山内徳信氏との遣り取りは次の通り。

山内  「戦前の軍隊が暴走した状況に立ち至っているという危機感を感じている」。
防衛相  「指摘の思いをしっかりと対処していきたい」。
山内  「侵略戦争が問われ、平和憲法が生まれた。現職の自衛隊員もそういう視点に立たなければならないのではないか」。
田母神  「日本だけがそんなに悪いと言われる筋合いもない」。
山内  「集団的自衛権も行使し、武器を堂々と持とうというのがあなたの本音か」。
田母神  「そうすべきだと思う」。

 日刊ゲンダイの2008.11.12日日掲載の「田母神ごときにトドメを刺せない民主党の弱腰」を転載しておく。 


 社民党の福島瑞穂党首は11日、参院外交防衛委員会で行われた田母神俊雄前航空幕僚長への参考人質疑を受けてコメントを発表、「公務員の憲法尊重擁護義務を否定する人物が軍事組織のトップにあったことが鮮明になった」として、政府が田母神氏を任命した責任を明確にしない限り、同委で審議中の新テロ対策特別措置法改正案の採決に反対する考えを示した。福島氏は同改正案採決の条件として、任命責任明確化のほか、(1)田母神氏の懲戒免職(2)懸賞論文を募集した民間企業「アパグループ」と同氏の関係解明-も求めた。

【集中審議】
 11日に行われた田母神氏の参考人質疑を踏まえ、野党側が集中審議を要求し、麻生政権がこれを引き受けた。

 11.13日午前、参院外交防衛委員会が開催され、麻生首相と関係閣僚が出席し、自衛隊のシビリアンコントロール(文民統制)などに関する集中審議を行った。麻生首相は、藤田幸久氏(民主)の質問に対し、「現役の航空幕僚長(の立場)というのが一番問題なんだろうと思う。現役の幕僚長の立場にありながらの発言としては極めて不適切だ」と指摘。「侵略がないというなら(過去の侵略を謝罪した村山談話と)まったく正反対ということなので、(空幕長を)解任されたと理解している」と答弁した。

 山本一太氏(自民)の質問に対し、「日本は自衛隊員に限らず、発言、言論はかなりの部分自由な国で、ありがたい国に生まれた。ただ、自分が監督している公の場で、政府見解と違っている発言はおのずと制限されざるを得ない。どうしても嫌ならその任に就くべきでない」と答弁した。

 井上哲士氏(共産)の質問に対し、「国家観、歴史観という科目があるのがおかしいという話には賛成できない。大切なのはその内容だ。偏向した歴史教育に偏ることなく、客観的に理解できるように、バランスの取れた内容に努めることが大事だ」と答弁した。

 山内徳信氏(社民)の「専守防衛が否定されたことについての見解を」の質問に対し、「一般論として、専守防衛はずっと日本が取ってきた基本的な方針で、今後とも徹する」と答弁した。 

 首相はまた、田母神氏が空幕長就任以前にも同趣旨の論文を隊内誌に出していたことについて、「論文が空幕長になる前、しかるべき立場にいるときから出ていたということも極めて不適切だ」との認識を示した。その上で、首相は「防衛省に対し、隊員の監督、教育のあり方について再発防止、再教育に万全を期すよう言っている」と述べた。

 藤田氏の「2004年7月にも部内誌で専守防衛を逸脱した主張をしている」に対し、浜田防衛相は「チェックできていなかった」。首相は「長年そのような状況を見過ごしていた点については問題だ。しかし、文民統制がきちんとしていたから、直ちに解任ということになった」。

 藤田氏の「懲戒免職にしなかったのは精査したくなかったのではないか」に対し、防衛相は「本人から迅速な手続きに協力が得られず、定年期限までに手続きが終わらないと判断した」。藤田氏の「懲戒処分にしないのは問題だ」に対し、防衛相は「田母神氏は大変うぬぼれの強い人だ。こういう人が長くいるのは問題だという怒りをもって退職を求めた」。

 藤田氏の「文民統制が利いていないのでは」に対し、首相は「部外に発表する際の届け出、内容について、万全を期すよう防衛省に検討させている」。山本氏の「民間人との交流を増やすべきだ」に対し、防衛相は「文民統制の徹底を図るため、文官と自衛官の相互補完的な共同関係を強化し、一体感を醸成するのは極めて重要だ」。

 ただ、田母神氏の過去の言動と文民統制との関係について首相は「そのような状況を見過ごしていたのは問題だが、それが直ちにクーデターというのは少々話が飛躍しすぎではないか」と反論。浜田靖一防衛相は過去の論文での追加処分について「今回退職という処分をしたので、新たに処分ということは考えられない」と明言した。

 藤田氏は、田母神氏が以前から自衛隊の内部誌で政府見解と異なる意見を示していたことを指摘し、防衛省のチェック体制の不備をただした。これに対し、首相は「長年そのような状況を見過ごしていた点については問題だ」と表明。「部外に意見発表する際の影響を考え、再発防止、再教育に万全を期すよう防衛省に検討させている」と述べた。自衛隊の幹部教育に関し、首相は「偏向した歴史教育に偏ることなく、バランスの取れた内容に務めることが大事だ」と語った。井上哲士氏(共産)への答弁。首相出席の集中審議は、外交防衛委で審議中の新テロ対策特別措置法改正案を採決する前提として民主党が要求、自民党も受け入れた。両党は、同改正案を18日に同委で採決することで合意している。

【田母神氏の概略履歴】
 田母神氏の概略履歴は次の通り。1948(昭和23)年、福島県郡山市生まれ。防衛大学校15期生で、1971年に航空自衛隊に入隊。職種は高射運用を務めた。第6航空団司令を経て統合幕僚学校長に就任。

 2003年、統合幕僚学校長だった時に「幹部カリキュラム」として「国家観・歴史観」コースの設置を主導し、 憲法・教育基本法の問題点、大東亜戦争史観、東京裁判史観などを課題にした。2006年の講師として「新しい歴史教科書をつくる会」の福地惇・大正大教授を外部講師として招いている。同氏は講義で、「『自存自衛』のための止むを得ない受身の戦争だった」か、「現憲法体制は論理的に廃絶しなくてはならない虚偽の体制」と主張している。「国家観・歴史観」コースの受講者は四百人に及んでいる。このカリキュラムの講師の名前や内容は、防衛省提出資料では墨塗りになっている。

 田母神氏は、「鵬友発行委員会」と航空自衛隊幹部学校幹部会発行の隊内誌「鵬友」(隔月刊)に、2003.7月より2004.9月号まで4回連載で「航空自衛隊を元気にする10の提言」を発表していた。「東京裁判は誤りであった」、「南京大虐殺があったと思い込まされている」、扶桑社の『新しい歴史教科書』を「歓迎」し、「自衛隊にも国の機関として国民が正しい歴史観を持つためにやれることがあるのではないか」、「総理大臣の八月十五日における靖国参拝も可能になるであろうことを期待している」等々主張している。「鵬友」7月号に、「自衛隊の中にも、相手国への攻撃について考える人たちが必要だ」などと、専守防衛の政府方針に反するような論文を発表。幕僚長着任後の2007.5月号には「日本人としての誇りを持とう」などを発表している。

 2004.9.15日、アパグループの元谷外志雄代表と親交があり、政界や言論人が集う「日本を語るワインの会」に参加している。同席者には、民主党の鳩山由紀夫衆院議員(現幹事長)と幸夫人が確認されている。航空総隊司令官(当時)の田母神は、「中国に対抗する勢力を作り、それを中国に認めさせるためには、日本が自立した国となり核武装を行うことが必要なのかもしれない」、「最初から『日本は核武装を絶対しない』と宣言するのは馬鹿げたことだ」など核武装を容認するかのような発言をしたことが明らかになっている。

 田母神氏は当時、航空自衛隊ナンバー2で空自の実戦部隊を指揮する航空総隊司令官。「会」での議論が紹介されている文章をみると、「中国に対抗する勢力を作り、それを中国に認めさせるためには、日本が自立した国となり核武装を行うことが必要なのかもしれない」、「最初から『日本は核武装を絶対しない』と宣言するのは馬鹿げたことだ」などの議論が交わされている。

 航空総隊司令官の要職を経て、2007.3.28日、安倍晋三内閣の時代に久間章生防衛相が任命し空幕長に就任した。以来、福田康夫内閣、麻生太郎内閣でも空幕長を続けることになる。

 「鵬友」2007.5月号に、「日本人としての誇りを持とう」という論文を寄稿。この中で「日本は朝鮮半島や中国を侵略し残虐の限りを尽くした」ことについて「ウソ、捏造(ねつぞう)の類(たぐい)」と、事実を全面否定。「コミンテルン(共産主義インタナショナル)に動かされているアメリカ」によって「日本は日米戦争に追い込まれていく」と述べている。

 2007.8.21日、アパグループの元谷外志雄代表は航空自衛隊小松基地(石川県)でF15戦闘機に四十八分間の体験搭乗した。元谷氏の搭乗を承認したのが当時空幕長の田母神氏だった。「2007.8.13日付け電報起案紙」は、「平成十年(一九九八年)から「小松基地金沢友の会」の会長として強力に支援していただいた。その十年間の功績に対して、体験搭乗の希望者はいっぱいいるわけだが、元谷代表を許可した」と記している。

 2008.1.30日、田母神氏の熊谷基地で行った講話は、政府の防衛政策の原則である「専守防衛」を「検討されなければいけない」、戦前の海外派兵を「侵略のためではない」と述べている。空自隊員の教育指導にあたる准曹士先任九十人にも、「東京裁判やいわゆる南京大虐殺にも触れながら戦後教育の危うさや自虐史観を指摘」(「朝雲」四月三日付)し、持論を教え込んでいる。

 2008.4.16日の名古屋高裁の自衛隊イラク派遣を憲法違反とする判断(傍論)に対して、4.18日の定例会見で、現地で活動する隊員に与える影響を問われ、「純真な隊員には心を傷つけられた人もいるかもしれないが、私が心境を代弁すれば大多数は『そんなの関係ねえ』という状況だ」とタレント・小島よしおのギャグを交えて発言した。この発言が報道で取り上げられたことに対し、後日「表現が不適切であり、判決自体には異論を述べる趣旨ではなかった」と釈明した。 

 判決自体については「非常に残念。与えられた任務をこなすのがわれわれ自衛隊の役割なので、今後も整斉と活動したい」と述べ、判決がイラクでの活動に影響しないことを強調した。判決でバグダッドが「戦闘地域」とされたことについては、「現地は日本のように安全ではないが、戦いに巻き込まれる危険はないと思っている」と話した。

 2008.5.24日、現職自衛官として初めて、東京大学五月祭にて安田講堂で、「極東の軍事情勢と21世紀における我が国の針路」というテーマの講演を行い、「将来リーダーとなる東大の学生の皆さんは高い志を持って燃えて欲しい。上が燃えないと組織は不燃物集積所になる」などの発言をした。この講演に先立ち、講演が行われることを知った当時の防衛大臣石破茂は、「そんなの関係ねえ」発言を受け、「いいですか。あなたは一個人、田母神俊雄ではありません。私の幕僚です。政府見解や大臣見解と異なることを言ってはいけません。いいですね」と釘を刺した。

Re::れんだいこのカンテラ時評496 れんだいこ 2008/11/18
 【「田母神論文舌禍事件」考補足、新聞各社の社説比べ】

 2008.11.17日付産経新聞9面の「(論説委員室から)社説検証」が興味深い記事になっているので、これを確認する。記事は、「田母神論文舌禍事件」に対する各紙の論調を比較検討している。それによると、「産経と他紙の論調は大きく分かれた」と前置きした上で、事件発覚直後の11.2日の社説を次のように紹介している。

 産経論調は次の通り。「歴史観封じてはならない」の見出しで「第一線で国の防衛の指揮に当たる空自トップを一編の論文やその歴史観を理由に、何の弁明の機会を与えぬまま更迭した政府の姿勢も極めて異常である。疑問だと言わざるを得ない」、「談話は政府の歴史への『見解』であつて『政策』ではない。しかも、侵略か否かなどをめぐってさまざまな対立意見がある中で、綿密な史実の検証や論議を経たものではなく、近隣諸国への配慮を優先した極めて政治的なものであった」。

 (れんだいこコメント)産経は規制批判派として登場していることになる。

 朝日論調は次の通り。「ぞっとする自衛官の暴走」の見出しで「こんなゆがんだ考えの持ち主が、こともあろうに自衛隊組織のトップにいたとは。驚き、あきれ、そして心胆が寒くなるような事件である」。

 (れんだいこコメント)朝日は守旧派として登場していることになる。

 毎日論調は次の通り。「トップがゆがんだ歴史観とは」の見出しで「航空自衛隊のトップがゆがんだ歴史認識を堂々と発表する風潮に、驚くばかりだ」。

 (れんだいこコメント)毎日は規制派として登場していることになる。

 読売論調は次の通り。「立場忘れた軽率な論文発表」の見出しで「田母神氏は自衛隊の最高幹部という要職にあった。政府見解と相いれない論文を発表すれば重大な事態を招く、という認識がなかったのなら、その資質にも大いに疑問がある」。

 (れんだいこコメント)読売は、政府見解擁護派として登場していることになる。

 11.11日の参考人質疑を受けての11.12日の社説論調は次の通り。

 産経の論調は次の通り。「本質議論聞きたかった」の見出しで「本質を避ける政治の態度が、憲法論や安保政策のひずみを生んできたのではないか」、「政府は田母神氏を更迭する際にも本人に弁明の機会を与えなかった。政府見解や村山談話を議論することなく、異なる意見を封じようというのは立法府のとるべき対応ではない」。

 (れんだいこコメント)規制するより盛んに議論せよと述べていることになる。

 朝日の論調は次の通り。「『言論の自由』のはき違え」の見出しで「航空自衛隊を率い、統幕学校の校長も務めた人物が、政府方針、基本的な対外姿勢と矛盾する歴史認識を公然と発表し、内部の隊員教育までゆがめる『自由』があろうはずがない」。

 (れんだいこコメント)村山見解政府方針を遵守せよと述べていることになる。

 毎日の論調は次の通り。「隊内幹部教育の実態解明を」の見出しで「文民統制の問題も隊内教育の疑惑も解明されたとは言い難い。麻生太郎首相が出席した審議は必須である。田母神氏再招致も検討してしかるべきだ」。

 (れんだいこコメント)不祥事を解明せよと述べていることになる。

 読売の論調は次の通り。「『言論の自由』をはき違えるな」の見出しで「空自トップが政府見解に公然と反旗を翻すのでは、政府も、自衛隊も、組織として成り立たなくなってしまう。政治による文民統制(シビリアンコントロール)の精神にも反している」。

 (れんだいこコメント)文民統制に従えと述べていることになる。

 執筆者の津田俊樹氏は次のように結んでいる。「文民統制の確保はもちろん、空幕長だった田母神氏が部外への意見発表の手続きを完璧に踏まなかったことの責を負うのは当然である。その一方で、安全保障政策や歴史認識に対する自由闊達な議論が求められている事も忘れてはならない」。

 (れんだいこコメント)文民統制は大事、さりながら議論を尽す事も大事とのべていることになる。

 なお、日経は、11.3日「田母神空幕長の解任は当然」、11.12日「田母神氏だけなのか心配だ」を発表している。

 以上の総評として、各社が各社らしい論調で各様の見解を披瀝しているところが興味深い。こういう「新聞各社の社説比べ」はもっと適宜にされるのが面白いとも思う。いわゆる内部啓発になろう。テレビの「訴えてやる」もそうで、同じ議案を廻っての弁護士同士の見解の相違が知らされるのが面白い。結局、我々の思案が深まる方向の試みは有益で、逆は有害と考えれば良かろう。

 それはそれとして、これに関連して「新聞各社の社説比べと著作権問題」に言及しておきたい。新聞協会の著作権論によると、こういう記事比較する際の引用転載は「要事前通知、要承諾制」になっているはずである。この記事の執筆者は、これを踏まえているのだろうか。それとも仲間内の場合には無条件で許されているのだろうか。仮に後者の場合、一般の我々が同じようなことをしてはなぜイケナイのだろう。れんだいこは、この記事の執筆者に、どう思うか聞いてみたい。

 なぜ彼に質したいのか。それは、執筆者の津田氏が末尾で「空幕長だった田母神氏が部外への意見発表の手続きを完璧に踏まなかったことの責を負うのは当然である」とべているからである。津田氏が仮に新聞協会著作権論による引用転載に際しての「要事前通知、要承諾制」を踏まえてないとしたら、どうなるのか。自分もまた同じ不首尾の側なのではないのかと気づいて欲しい。

 れんだいこは、それを批判しようと云うのではない。逆に、そういう在り方の方を是認して手続き簡素説の方に向かうべきだと思っている。今日び流行りのエセ智恵浅智恵に加担して貰いたくないと思っている。故に、彼は、本当は次のように述べるべきではなかったか。

 「そろそろ我々は、空幕長トップの田母神氏が部外への意見発表できる為の要件作りに向かうべきではなかろうか。安全保障政策や歴史認識に対する自由闊達な議論が求められているのではなかろうか」。

 2008.11.18日 れんだいこ拝













(私論.私見)