【この道は、どういう事に思うかな。この世を治める真実の道】 |
この道は どういう事に 思うかな
この世を治める 真実の道 |
六号4 |
松本滋・氏の「人間の元なるもの」が次のように記している。
「『これまで人間には、知恵も仕込み、学問も仕込み、よろづのことを段々と教えてきて、十のものなら九つまで教えたで。このたびは残り一つの理を教えるで。それで『十目(とめ)の教え』や、だめの教えやで。人間は、これまでに、九つまで教えていただいているから、世上では何不自由なく、便利で結構な生活をさせていただいている。なれど、たつた一つの不足がある。それは、めいめい思うことが思うようにならん。しようと思う事が成らずして、しようまいと思う事が成ってくる。それで嘆いている。そこで、このたび、思い通り思惑通りに叶うようになる理、『自由自在』(じゆうようじざい)という理を教える。この一つの理教えたさに天降りたのや』、とお話されたと伝えられている」。 |
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次のようにも説かれている。
「これまでのいろんな宗教の開祖・宗祖、偉人・哲人・先人の教えはいったい何だったのでしょう。それは人間の成人に応じてお教え下さった修理肥であるとお聞かせいただくのであります。今までのそうした先人君子・宗祖開祖の教えは、十のものなら九つまで教えてきたその九つの中の一部であります。では本当の、本真実の教えとは何か。親神様が中山みきという教祖に入り込んで、そして私たちの目で見える姿、耳に聞こえる声として五十年の人間生活の中で教祖がお教え下さいましたのが、その後(あと)の一つの最後(だめ)の教え、最後(だめ)の一点であります。その最後の一点とはなんぞやと言えば、これは、人間の元なる親を知らせて下さったということであります。即ち、天理王命様が人間の親である。それが故に人間は親神様の子供である。だから、世界には黒い人・白い人・黄色い人、様々な人々がおられますが、人類は皆な等しくこの親から創られたのでありますから『一列兄弟である』と教えて下さったのであります。そして、
月日にわ にんけんはじめ かけたのわ
よふきゆさんが みたいゆへから |
一四号25 |
と、人間生活の目標(めどう)が『陽気ぐらしの世への立て替え』であることを、私たちははじめて教えていただいたのであります」。 |
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