1862年 文久2年 65才 教祖のお助け運び始まる

 更新日/2021(平成31.5.1栄和改元/栄和3)年.12.15日

 (れんだいこのショートメッセージ)
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 2007.11.30日 れんだいこ拝


【教祖のお助け運び始まる】
 1862(文久2)年、教祖65歳の時、求めに応じて安堵村へ産後の患いを助けに赴いている。これが積極的に布教に出た最初のケースとなる。これにつき、「稿本教祖伝」は次のように記している。
 「やがて、先に緒口(いとぐち)を開かれたをびや許しの珍しい守護を頂く者が次々と現われ、(中略)不思議な助けを願うて寄り集うたばかりでなく、重病人があって頼みに来ると、教祖は、いつもいと快くいそいそとお出掛けになった」(42頁)。
 「文久2年、教祖65歳の時、先方の願いにより、わざわざ安堵村へ足を運ばれ、産後の患いで危篤に陥っている病人をお助けになった」(43頁)。

【祈祷師側からの苦情発生】
 1862(文久2)年の頃、並松村に稲荷下げを事として人を集めていた者が、仲間入りせよとて難題を言い掛け、教祖のもとから金二両二分をゆすりとっ ている事が記録されている。このことから推測されるように、既に教祖の許へは珍しい助けを求めて相当数の人たちが寄り集まる様になっていたのであろう。同時に、このお助けが既存の祈祷師及びこれに連なる者たちに とって、相当な脅威と思わせる勢いで信仰の途が付き始めていたのであろう。こうして長年の間、嘲笑や冷笑を浴びせるばかりで、誰一人教祖のお言葉に耳を傾けようとする者もない暗がりにも等しい道が続いたが、この文久年間には珍しい助けと生き神様のうわさが急速に広まって、すがすがしい道の黎明が訪れることとなった。

 (道人の教勢、動勢)
 「最初期の信者たち」は次の通りである。
 鈴木清蔵-平井伊平
 1862(文久2)年、安堵村(庄屋敷村から約2里)の農業/平井伊平()が入信。妻女が、産後の肥立ちが悪くて危篤に陥った由のお助けの願いが為され、教祖は先方に乞われるまま早速に安堵村へ足を運ばれた結果、3日目には不思議なご守護を頂くこととなった。この場合、教祖のうわさは平井家の親族に当る鈴木清蔵が庄屋敷村の人であったので、この親族を通して伝えられているのであって、この時鈴木清蔵はみきの供をして、安堵村の親族までは案内している。
 村田幸右衛門、その妻イエ、息子長平
 1862(文久2)年、前栽村の村田幸右衛門(42歳)が胃の病を助けられ妻イエと共に入信。西田伊三郎の線での繋がりであった。1821(文政4)年、大和国山辺郡前栽村(現・奈良県天理市前栽町)生まれ。御幣・肥・扇のさづけを頂いている。幸右衛門と妻イエは、暇を見つけてはお屋敷に参上し、教祖の御用や風呂たきなどの役を引き受けていた。この人も道のよふぼくとして終生信仰を続けることとなった。

 息子長平()も、目の病のご守護をきっかけに熱心な道人となった。中山家に住み込みし、後に官憲の取締りが厳しくなりお屋敷の出入り差し止めの際にも、村田家の面々の出入りは止められなかったと伝えられている。

【この頃の逸話】

 (当時の国内社会事情)
  1862(文久2)年、1.15日、坂下門外の変。老中・安藤信正、坂下門外で襲撃され負傷。3月、薩摩藩主の島津久光が上京し、朝廷に工作して幕政改革の命令を乞い、その為の勅使・大原重徳(しげとみ)を江戸に派遣した。江戸城に入った勅使は、前福井藩主・松平慶永(よしなが・春嶽しゅんがく)を政事総裁職に、慶喜を将軍後見職につけることを要求した。幕政人事へのあからさまな介入であったが、幕府にはこの介入を拒否するだけの力が失われており、勅命とあらば従うほかなしとし、容れられた。武知瑞山らが中心となり、土佐勤王党を結成。龍馬も加盟する。3.24日、龍馬脱藩し、九州に向かうが薩摩に入国できず。4月8日、土佐藩参政・吉田東洋が暗殺される。4.11日、老中・安藤信正、解任。4月23日、寺田屋事件。6.10日、勅使・大原重徳、島津久光に護衛され江戸に到着。7.6日、徳川慶喜、将軍後見職となる。閏8.1日、会津藩主・松平容保、京都守護職となる。閏8.22日、参勤交代を緩和。10月、龍馬、赤坂の勝海舟邸を訪れ、勝の思想に共鳴し弟子入りする。11.2日、攘夷実行の遵守を決定。天誅組挙兵。幕府、西周・津田真道らをオランダ留学。文久の改革。森鴎外(‐1922)出生。  

 (宗教界の動き)
 1862(文久2)年、禁制の禊教に所払いの判決 

 (当時の対外事情)
 1862(文久2)年、8.15日、イギリス外交官・アーネスト=サトー、来日。12.12日、高杉晋作ら、イギリス公使館を放火。8月21日、島津久光の家臣が、武蔵生麦でイギリス人殺傷。生麦事件がおこる。

 (当時の海外事情)





(私論.私見)