万葉集巻4-2

 (最新見直し2011.8.25日)

 (れんだいこのショートメッセージ)
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 2011.8.28日 れんだいこ拝


【巻4-2】
 第4巻は、484-792まで。484-540、552-626、627-695、710-792に分かれる。第4巻は相聞(そうもん)だけで構成されている。大伴家持(おおとものやかもち)と女性たちとの贈答歌が多く載せられている。ここでは、627-792を採り上げる。万葉集読解45、万葉集読解46、万葉集読解47、万葉集読解48、万葉集読解49、万葉集読解50、万葉集読解51、万葉集読解52、万葉集読解53、万葉集読解54、万葉集読解55を参照する。

【巻4(627)。】
 
題詞  娘子(をとめ)が佐伯宿祢赤麻呂(さへきのすくねあかまろ)に応えて贈った歌。赤麻呂の歌は見当たらない。この歌の内容から求愛の歌か?  
原文  吾手本  将巻跡念牟  大夫者  變水求  白髪生二有
和訳  我がたもと まかむと思はむ 大夫は 変若水求め 白髪生ひにたり
現代文  「私と共寝したいとおっしゃるなら月にあるという若返りの水を探しに行ってください。でももうあなた様は白髪が生えているじゃありませんか」。
文意解説
 「我がたもとまかむと思はむ」は「私と共寝したいとおっしゃるなら」である。「変若水(おちみず)求め」は「月にあるという若返りの水を探しに行きなさい」である。そして結句は厳しい一言。「白髪が生えているじゃありませんか」である。女性にぴしゃりと一発むち打たれた形である。
歴史解説

【巻4(628)。】
 
題詞  前歌に対し、佐伯宿祢赤麻呂が応えた歌。
原文  白髪生流  事者不念  變水者  鹿煮藻闕二毛  求而将行
和訳  白髪生ふる ことは思はず 変若水は かにもかくにも 求めて行かむ
現代文  「白髪が生えているとは思いませんでしたが若返りの水は探しにいくことにしましょう」。
文意解説
歴史解説

【巻4(629)。】
 
題詞  大伴四綱(おほとものよつな)が宴席で詠った歌。四綱は旅人が太宰府の長官だった頃の防人佑(さきもりのすけ)(次官)。本歌が詠われた頃もそうだったか否か不明。
原文  奈何鹿  使之来流  君乎社  左右裳  待難為礼
和訳  何すとか 使の来つる 君をこそ かにもかくにも 待ちかてにすれ
現代文  「何がどうなってるのでせう。とにもかくにも、あなた様がお越しになるのを待ちかねておりましたよ」。
文意解説
 「何すとか」は「何がどうなってるの」で、つまり、使いが来る前に本人が先にきてしまって驚いている光景。使いの内容は遅れるとか欠席とかという類だったのだろう。
歴史解説

【巻4(630)。】
 
題詞  前々歌(628番歌)の作者、佐伯宿祢赤麻呂(さへきのすくねあかまろ)の歌。
原文  初花之  可散物乎  人事乃  繁尓因而  止息比者鴨
和訳  初花の 散るべきものを 人言の 繁きによりて よどむころかも
現代文  「初めて咲く花はすぐに散るだろうから気が気でありませんが、人の口がうるさいので逢いに行くのをためらっています」。
文意解説  「初花の散るべきものを」は少女を花にたとえている。
歴史解説

【巻4(631)。】
 
題詞  湯原王(ゆはらのおほきみ)が娘子(をとめ)に贈った歌二首。細注に「王は志貴皇子之子也)とある。その志貴皇子は天智天皇の皇子である。つまり湯原王は天智天皇の孫に当たる。この先、しばらく(631~642番歌の12首)に渡って二人のやりとりが続く。
原文  宇波弊無  物可聞人者  然許  遠家路乎  令還念者
和訳  うはへなき ものかも人は しかばかり 遠き家路を 還す思へば
現代文 「せっかく会いに来たのに帰してしまうんですか」。
文意解説  初句の「うはへなき」は各書とも「愛想なし」と解している。しかし、表面的な「愛想なし」の意でないことが分かる。「冷たいお人ですな」という男女の丁々発止のやりとりの口火にしか過ぎないことが分かる。
歴史解説

【巻4(632)。】
 
題詞
原文  目二破見而  手二破不所取  月内之  楓如  妹乎奈何責
和訳  目には見て 手には取らえぬ 月の内の 桂のごとき 妹をいかにせむ
現代文  「」。
文意解説  桂(かつら)は街路樹に用いられる落葉高木だが、ここでは、中国で月中に生えているとされる想像上の樹木。広辞苑に「転じて月」とある。なので深く考える必要はなく、「月の内の桂のごとき」は「月のような」と取っておけばよかろう。「手には取らえぬ」はいうまでもなく、「手には捉えられない」という意味である。
歴史解説

【巻4(633)。】
 
題詞  湯原王の前二歌に応えた娘子(をとめ)の歌二首である。
原文  幾許  思異目鴨  敷細之  枕片去  夢所見来之
和訳  ここだくも 思ひけめかも 敷栲の 枕片さる 夢に見え来し
現代文  「一生懸命あなたのことを思っているせいか、枕の片方が空いてあなたが来る夢を見ますわ」。
文意解説  初句の「ここだくも」は耳慣れない言葉である。原文には「幾許」とある。「いくばくもない命」の幾許である。(時間が)多くない命の意味から、幾許は「多く」の意と分かる。「ここだくも」の例は2157番歌、2327番歌等にもある。「敷栲(しきたへ)の」は枕詞。「枕片さる」は枕の片側が空いた状態。
歴史解説

【巻4(634)。】
 
題詞
原文  家二四手  雖見不飽乎  草枕  客毛妻与  有之乏左
和訳  家にして 見れど飽かぬを 草枕 旅にも妻と あるが羨しさ
現代文  「家にいらっしゃる時にも愛していらしゃっるに相違ない奥様、その奥様を遠い旅先までお連れになっていらっしゃる。お羨ましいことですわ」。
文意解説  初句「家にして」を岩波大系本及び中西本は「我が家でお逢いしてても」と解している。伊藤本はわざわざ家に注をふって「女の家」としているので岩波大系本等と同様としてよい。が疑問である。この歌は、湯原王の621番歌及び623番歌に応えて贈った歌の筈である。「我が家でお逢いしてても」と解すると歌意が通じない。彼女は湯原王を追い返すことはあっても共寝に応じた気配はない。前歌にも「夢に見え来し」とあるだけで逢った様子はない。本歌の「家にして」は湯原王の家のこととしか解されない。少なくともそう解さないとこの歌、理解不能である。彼女が湯原王を皮肉っている歌である。
歴史解説

【巻4(635)。】
 
題詞
原文  草枕  客者嬬者  雖率有  匣内之  珠社所念
和訳  草枕 旅には妻は 率たれども 櫛笥のうちの 玉をこそ思へ
現代文  「確かに妻を連れてきてはいますが、大切に思っているのはあなたですよ」。
文意解説  これに対し、さらに湯原王が応えた歌二首。「櫛笥(くしげ)のうちの玉」とはむろん娘子のこと。櫛笥に納められた大切な人という意味である。
歴史解説

【巻4(636)。】
 
題詞
原文  余衣  形見尓奉  布細之  枕不離  巻而左宿座
和訳  我が衣 形見に奉る 敷栲の 枕を放けず まきてさ寝ませ
現代文  「この着物をさしあげますから私だと思って着て寝て下さいね」。
文意解説  「形見に」は「身代わりに」である。633番歌にも使われているが、「敷栲(しきたへ)の」は枕詞。「枕を放(さ)けず」は「枕から遠ざけない」、すなわち「枕元に置いておいて」である。「まきて」は「着て」である。
歴史解説

【巻4(637)。】
 
題詞  前二歌にさらに娘子が応えた歌。
原文  吾背子之  形見之衣  嬬問尓  <余>身者不離  事不問友
和訳  我が背子 が形見の衣 妻どひに 我が身は離けじ 言とはずとも
現代文  「」。
文意解説  「我が身は離(さ)けじ言(こと)とはずとも」は、「我が身から離したりしませんわ。たとえ物言わぬ着物であっても」だが、着物だけ送りつけてきた湯原王にちくりと一刺し皮肉の針を刺した歌である。
歴史解説

【巻4(638)。】
 
題詞  さらに湯原王から一首。
原文  直一夜  隔之可良尓  荒玉乃  月歟經去跡  心遮
和訳  ただ一夜 隔てしからに あらたまの 月か経ぬると 心惑ひぬ
現代文  「たった一夜逢えなかっただけですが、早く生理が終わってほしいと念じております。あなたが恋しくて心が乱れています」。
文意解説  「ただ一夜隔てしからに」は「たった一夜隔てられただけなのに」となる。つまり「たった一夜逢えなかっただけなのに」という意味に取れる。「たった一夜(一度)隔てられた(はねつけられた)だけなのに」という意味にもとれる。「あらたまの 月か経ぬると」は意味深である。「月が変わっても」は普通の解し方である。女性の生理を指しているとも受け取れる。結句の「心惑ひぬ」は「あなたが恋しくて心が乱れる」の意である。「あらたまの」は枕詞。
歴史解説

【巻4(639)。】
 
題詞  前歌に対し、さらに娘子が応えた歌。
原文  吾背子我  如是戀礼許曽  夜干玉能  夢所見管  寐不所宿家礼
和訳  我が背子が かく恋ふれこそ ぬばたまの 夢に見えつつ 寐ねらえずけれ
現代文  「あなたがそんなに思って下さるからか夢に出てきて寝られませんでした」。
文意解説  「ぬばたまの」は枕詞。
歴史解説

【巻4(640)。】
 
題詞  さらに湯原王が贈った歌。
原文  波之家也思  不遠里乎  雲<居>尓也  戀管将居  月毛不經國
和訳  はしけやし 間近き里を 雲居にや 恋ひつつ居らむ 月も経なくに
現代文  「間近き里に君がいるというのに、まるで雲の上にいる人のように隔たっている。まだひと月も経たないのに恋しくてならない」。
文意解説  「はしけやし」は「ああ、あわれ」。
歴史解説

【巻4(641)。】
 
題詞  さらに応えて娘子が贈った歌。
原文  絶常云者  和備染責跡  焼大刀乃  隔付經事者  幸也吾君
和訳  絶ゆと言はば わびしみせむと 焼大刀の へつかふことは 幸くや我が君
現代文  「これで終わりなんておっしゃいますが、そんな強がりみたいな言い方でいいんですか、あなた」。
文意解説  「絶ゆと言はばわびしみせむと」は、文字面上は「二人の仲を絶ったなら寂しがるだろうな、とおっしゃるんですか」である。が、前歌からもうかがえるように、この恋のやりとりは湯原王の一人芝居と考えるのが自然。ひと月前に一度だけ逢った可能性は残るが、逢ったとしてもその一回のみ。はなっから交際している様子はない。万葉集には登載されていないが、絶ゆという思いを内容とする歌が別途彼女に贈られてきていたのだろうか。でないと、いきなり「絶ゆと言はば」とうたいだされても唐突過ぎて、前歌の返歌にはならない。「焼大刀のへつかふことは」だが、「焼大刀(やけたち)の」は枕詞(?)。「へつかふ」は「身にまとう」で、要するに全体としては「付け刃のようにうわべをとりつくって」の意であろう。
歴史解説

【巻4(642)。】
 
題詞  湯原王の歌。
原文  吾妹兒尓  戀而乱者  久流部寸二  懸而縁与  余戀始
和訳  我妹子に 恋ひて乱れば くるべきに 懸けて寄せむと 我が恋ひそめし
現代文  「あなたにしかけた恋がうまくいかなければ糸車にかけた糸でたぐり寄せればいいと思った」。
文意解説  「くるべき」は糸車。以上、631番歌から12首にわたって続けられてきた湯原王と娘子の恋のやりとりは終焉を迎えた。全体の構図としては、妻に隠れて湯原王が娘子にモーションをかけ、あわよくばものにしようとした場面である。が、結局は娘子に手玉に取られるような形で終結したやりとりである。今も昔も女性はしたたかで簡単には男の手に落ちなかったようである。
歴史解説

【巻4(643)。】
 
題詞  紀女郎(きのいらつめ)の怨恨歌三首(643~645番歌)。紀女郎には細注がついていて、「鹿人大夫(かひとのまへつきみ)の女(むすめ)で名を小鹿(をが)といふ。安貴王(あきのおほきみ)の妻なり」とある。安貴王は天智天皇の皇子、志貴皇子の孫になるという。
原文  世間之  女尓思有者  吾渡  痛背乃河乎  渡金目八
和訳  世の中の 女にしあらば 我が渡る 痛背の川を 渡りかねめや
現代文  「私が世間一般の普通の女性だったら巻向川を渡りかねるなんてことがありましょうか」。
文意解説
 「痛背(あなせ)の川」は穴師川、すなわち今は奈良県桜井市を流れる巻向川(まきむくがわ)のことという。結句の「渡りかねめや」は反語表現。「渡りかねるなんてことがありましょうか」である。
歴史解説

【巻4(644)。】
 
題詞
原文  今者吾羽  和備曽四二結類  氣乃緒尓  念師君乎  縦左<久>思者
和訳  今は我は わびぞしにける 気の緒に 思ひし君を ゆるさく思へば
現代文  「あなたとの絆がほどけてあなたが離れていくと思うと」。
文意解説  「今は我は」は「今の私は」。「わびぞしにける」は「侘びしく心細い」。「気(いき)の緒(を)に」を、岩波大系本は「命の綱」、伊藤本も「命の綱」と解している。中西本は「生命、生きること」としている。こうした解が生ずるのは、これに続く「思ひし君を」を「頼みに思ひし」と「頼みに」を補って読むところから来るに相違ない。が、先ずは「思ひし君を」は文字通りすんなり「恋し続けてきた君を」と読んでみる必要があろう。つまり、「気の緒に」は「息長くずっと」で、第四句までは「今の私は侘びしく心細い思いで暮らしています。長らくずっとあなたのことを思ってきましたのに」となる。では、結句の「ゆるさく思へば」は何だろう。「緒が緩まる」ないし「緒がほどける」といった意味だとは分かるが、「ゆるさく」の「く」は何だろう。私は「うるさい」を副詞用法にすると「うるさく」となるように、ここは「ゆるむ」を副詞的に使用したものだと思う。「離れていくので、侘びしく心細い」という歌である。
歴史解説

【巻4(645)。】
 
題詞
原文  白<細乃>  袖可別  日乎近見  心尓咽飯  哭耳四所泣
和訳  白栲の 袖別るべき 日を近み 心にむせひ 音のみし泣かゆ
現代文  「別れの日が近いので胸がつかえ、むせび泣くばかりです」。
文意解説  紀女郎の置かれた状況がどのようなものか第三首目のこの歌によってはっきりする。「白栲(しろたへ)の」は、あまりにも有名な28番歌「春過ぎて夏来るらし白栲の衣干したり天の香具山」に出ているように、「真っ白な」という意味である。「袖(そで)別る」は現在でも「袂を分かつ」という言い方があるように、別れ、すなわち「男女間の別れ」を意味する。「音(ね)のみし」は515番歌や614番歌に出ているように、「おいおい声をあげて」の意である。二人の間には、前々歌の結句に「渡りかねめや」とあるように、添い遂げられない事情が何かあったらしいことが見て取れる。
歴史解説

【巻4(646)。】
 
題詞  大伴宿祢駿河麻呂(おほとものすくねするがまろ)の歌。
原文  大夫之  思和備乍  遍多  嘆久嘆乎  不負物可聞
和訳  ますらをの 思ひわびつつ たびまねく 嘆く嘆きを 負はぬものかも
現代文  「幾度も幾度も男を嘆き苦しませて平気なのですか」。
文意解説  「ますらをの」を「男子たる者」、「無骨者」、「この私め」等々色々に取れるため、歌の読解にニュアンスの差が生じるからである。「たびまねく」は「幾度も」の意。「負はぬものかも」は「負担に感じないのか」、いわゆる「罰が当たる」と迫るニュアンス。
歴史解説

【巻4(647)。】
 
題詞  大伴坂上郎女(おほとものさかのうへのいらつめ)の歌。駿河麻呂の歌に応えたような歌である。
原文  心者  忘日無久  雖念  人之事社  繁君尓阿礼
和訳  心には 忘るる日なく 思へども 人の言こそ 繁き君にあれ
現代文  「心にはずっと思い続けていますが、何しろあなたには女の噂が絶えませんわね」。
文意解説  皮肉たっぷりの歌。
歴史解説

【巻4(648)。】
 
題詞  駿河麻呂の歌。
原文  不相見而  氣長久成奴  比日者  奈何好去哉  言借吾妹
和訳  相見ずて 日長くなりぬ この頃は いかに幸くや いふかし我妹
現代文  「長くお逢いしてませんがいかがでしたか。気がかりでしたよ」。
文意解説  「相見ずて日(け)長くなりぬ」は「随分長くお逢いしてませんが」という意味である。「いかに幸(さき)くや」は「お元気でお過ごしでしたでしょうか」である。
歴史解説

【巻4(649)。】
 
題詞  坂上郎女の歌。左注にざっとこう記されている。「坂上郎女は大伴安麻呂(旅人の父)の娘。駿河麻呂は大伴御行の孫。御行(みゆき)と安麻呂は兄弟の家。つまり御行から見て二人は姪と孫の間柄で、大伴一族」。大伴一族の私家集ではないかと疑いたくなるような注記が付されている。
原文  夏葛之  不絶使乃  不通<有>者  言下有如  念鶴鴨
和訳  夏葛の 絶えぬ使の よどめれば 事しもあるごと 思ひつるかも
現代文  「あれほど繁々と使いがやってきていましたのに、最近見かけません。何事か起こったのかと心配してましたのよ」。
文意解説  葛(くず)は多年草の蔓草だが、その根は絡み合って頑丈である。つまり「うっとおしいくらいに絡みつく」という比喩に使われる。明らかに前歌に応えたような皮肉っぽい歌。
歴史解説

【巻4(650)。】
 
題詞  大伴宿祢三依(おほとものすくねみより)の歌。「離れて後再会を歡ぶ歌」という説明が付されている。誰のことを指しているのか記されていない。前後の流れから考えると坂上郎女に相違ない。三依は御行の息子。坂上郎女とは「いとこ同士」である。
原文  吾妹兒者  常世國尓  住家<良>思  昔見従  變若益尓家利
和訳  我妹子は 常世の国に 住みけらし 昔見しより 変若ましにけり
現代文  「あなたは不老不死の常世(とこよ)の国に住んでおられるようですね。昔お逢いした頃よりお若くなられましたね」。
文意解説  結句の「変若(をち)ましにけり」は「お若くなられましたね」という意味である。
歴史解説

【巻4(651)。】
 
題詞  この歌と次歌は坂上郎女の歌。
原文  久堅乃  天露霜  置二家里  宅有人毛  待戀奴濫
和訳  ひさかたの 天の露霜 置きにけり 家なる人も 待ち恋ひぬらむ
現代文  「ああ、夜も更けてきた。家で私の帰りを待っていることだろうに」。
文意解説
 「ひさかたの」は枕詞。「天(あま)の露霜置きにけり」は「外は露霜がおりる夜更けになりました」という意味である。第四句の「家なる人も」の「家」が誰の家のことかこの歌単独では分かりにくい。岩波大系本は作者の家と解しているが、伊藤本や中西本は相手の家と解している。主語省略の場合は作者本人とするのが歌作の常道なので、この歌も岩波大系本に従うのが自然。そもそも、この歌を相手と逢っている状況の歌とはきめつけられない。作者が宴会ないし会合等からの帰途に詠った歌と考えて差し支えない。
歴史解説

【巻4(652)。】
 
題詞
原文  玉主尓  珠者授而  勝且毛  枕与吾者  率二将宿
和訳  玉守に 玉は授けて かつがつも 枕と我れは いざふたり寝む
現代文  「娘は夫に任せて、私は枕と共にゆっくり寝るとしよう」。
文意解説  玉は貴重な人、ここでは坂上郎女の愛娘(次女、二穣か?)を指す。玉守はむろんその夫。この歌から彼女の家には別棟か否かは別にして娘夫婦も暮らしていたことが分かる。すなわち、前歌の解釈は岩波大系本が当を得ていることが裏付けられる。
歴史解説

【巻4(653)。】
 
題詞  653~655番歌の三首は大伴宿祢駿河麻呂(おほとものすくねすくなまろ)の歌。
原文  情者  不忘物乎  儻  不見日數多  月曽經去来
和訳  心には 忘れぬもの をたまさかに 見ぬ日さまねく 月ぞ経にける
現代文  「決して忘れることはありませんが、たまたまお逢いできない日々が続き、もう一ヶ月にもなりました」。
文意解説  「心には忘れぬものを」は「あなたのことは決して忘れることはありませんが」である。「たまさかに」は「知らぬ間に(たまたま)」の意。また、「さまねく」は「さ、まねく」で原文に「數多」とあるように「多く」である。
歴史解説

【巻4(654)。】
 
題詞
原文  相見者  月毛不經尓  戀云者乎 曽呂登吾乎  於毛保寒毳
和訳  相見ては 月も経なくに 恋ふと言はばを そろと我れを 思ほさむかも
現代文  「逢ってまだひと月も経っていないのに恋しいと申したら、粗忽者とお思いでしょうね」。
文意解説  第四句目の「そろ」は粗忽者、軽率者という意味である。
歴史解説

【巻4(655)。】
 
題詞
原文  不念乎  思常云者  天地之 神祇毛知寒  邑礼左變
和訳  思はぬを 思ふと言はば 天地の神も知らさむ 邑礼左変
現代文  「思ってもいないのに思っていると言っても、天地の神様は(その偽りを)お知りになっていらっしゃる」。
文意解説  この歌の結句「邑礼左変」は訓じ方不詳。意味も不詳。結句を欠いた状態でも歌意はとおる歌である。つまり「天地神明に誓って本当に愛しています」という歌だが、意味は分かっても結句は気になる。一案だが、「礼」は「札」で、「郷札(さとふだ)にさへ」ではなかろうか。「郷杜(神社)にも誓いの札を入れました」と解しておきたい。
歴史解説

【巻4(656)。】
 
題詞  656~661番歌の6首は大伴坂上郎女(おほとものさかのうへのいらつめ)の歌。
原文  吾耳曽  君尓者戀流  吾背子之  戀云事波  言乃名具左曽
和訳  我れのみぞ 君には恋ふる 我が背子が 恋ふといふことは 言のなぐさぞ
現代文
 「私の方はあなたに恋焦がれていますが、あなたがいう恋は口先だけの慰め」。
文意解説  結句の最後の「ぞ」は「に相違ない」という意味をこめている。
歴史解説

【巻4(657)。】
 
題詞
原文  不念常  日手師物乎  翼酢色之  變安寸  吾意可聞
和訳  思はじと 言ひてしものを はねず色 のうつろひやすき 我が心かも
現代文  「あなたのことはもう思わないことにしようと言いましたが、朱華のように移ろいやすくまたあなたのことを思ってしまいます」。
文意解説  「思はじと言ひてしものを」は「あなたのことはもう思わないことにしようと言いましたが」だが、第三句の「はねず色の」は耳慣れない。はねずは朱華で、1485番歌に「夏まけて咲きたるはねずひさかたの雨うち降らば移ろひなむか」とあるように、色変わりしやすい花のようだ。基本的には赤い花。したがって、下二句は「朱華のように移ろいやすくまたあなたのことを思ってしまいます」である。
歴史解説

【巻4(658)。】
 
題詞
原文  雖念  知僧裳無跡  知物乎  奈何幾許  吾戀渡
和訳  思へども 験もなしと 知るものを 何かここだく 我が恋ひわたる
現代文  「思っても甲斐がないとは分かってはいますが、どうしてもしきりに恋焦がれてしまいます」。
文意解説  「験(しるし)もなしと」とは「甲斐がないと」のことである。そして第四句目にある「ここだく」は、633番歌に「ここだくも思ひけめかも敷栲の枕片さる夢に見え来し」とあるように「一生懸命に」である。
歴史解説

【巻4(659)。】
 
題詞
原文  豫  人事繁  如是有者  四恵也吾背子  奥裳何如荒海藻
和訳  あらかじめ 人言繁し かくしあらば しゑや我が背子 奥もいかにあらめ
現代文  「今のうちからこんなに人の口がうるさいのでは、あなた、私たちの行く先はどうなるんでしょうね。全く」。
文意解説  第二句の「人言繁し(ひとことしげし)」は「人の口がうるさい」の意。第四句目の「しゑや」は、ええままよ、ああしゃくだ、まあ等々様々に訳されているが、要は間投詞。結句の「奥も」は「この先」である。
歴史解説

【巻4(660)。】
 
題詞
原文  汝乎与吾乎  人曽離奈流  乞吾君  人之中言  聞起名湯目
和訳  汝をと我を 人ぞ離くなる いで我が君 人の中言 聞きこすなゆめ
現代文  「ひとの中傷には決して耳を貸さないで下さいな」。
文意解説  「汝(な)をと我を人ぞ離(さ)くなる」は「あなたと私の仲を裂こうとしている人がいます」である。「いで我が君」は「ねえあなた」である。「中言(なかこと)」は中傷のこと。末尾の「ゆめ」は「ゆめゆめ」である。
歴史解説

【巻4(661)。】
 
題詞
原文  戀々而  相有時谷  愛寸  事盡手四  長常念者
和訳  恋ひ恋ひて 逢へる時だに うるはしき 言尽してよ 長くと思はば
現代文  「」。
文意解説  やっと逢えたその喜びや不安があふれ出ている。結句の「長くと思はば」に、願い、期待、不安こもごもの響きが入り交じっている。
歴史解説

【巻4(662)。】
 
題詞  市原王(いちはらのおほきみ)の歌。
原文  網兒之山  五百重隠有  佐堤乃埼  左手蝿師子之  夢二四所見
和訳  網児の山  五百重隠せる 佐堤の崎 小網延へし子が 夢にし見ゆる
現代文  「小網を張っていたあの子の姿が夢に出てきて忘れられない」。
文意解説  「網児(あご)の山」は三重県志摩半島の英虞湾岸(あごわんがん)の山々のことか。英虞湾内の間崎島は、複雑な地形を反映して周囲の山々は表現通り五百重(いほへ)なす山々である。「佐堤(さで)の崎」は湾岸のどこかの岸に相違ない。「小網(さで)延(は)へし子が」はその佐堤の崎で「小網を張っていたあの子が」である。
歴史解説

【巻4(663)。】
 
題詞  安都宿祢年足(あとのすくねとしたり)の歌。
原文  佐穂度  吾家之上二  鳴鳥之  音夏可思吉  愛妻之兒
和訳  佐保渡り 我家の上に 鳴く鳥の 声なつかしき 愛(は)しき妻の子
現代文  「佐保川を渡ってきました。我が家の上で鳥が鳴いています。その鳥の鳴き声ののように愛(いと)しき妻よ。(早く会いたい)」。
文意解説  「佐保渡り」は「渡り」とあるので「佐保川を渡ってきた」と解する。「その鳥の鳴き声ののように「愛(は)しき」(可愛らしい)妻」という歌。結句の「妻の子」は子供のことを言っているように見えるが、自分の子なら我が子という言い方をするので「妻であるあの子」と解する。
歴史解説

【巻4(664)。】
 
題詞  大伴宿祢像見(おおとものすくねかたみ)の歌。
原文  石上  零十方雨二  将關哉  妹似相武登  言義之鬼尾
和訳  石上 降るとも雨に つつまめや 妹に逢はむと 言ひてしものを
現代文  「雨など何のその。君に逢うと約束したんだもの」。
文意解説  「石上(いそのかみ」は枕詞。第三句「つつまめや」は岩波大系本に「障(さは)らめや」とある。現在でも「差し障りがある」と使われる。「雨など何のその」の意。
歴史解説

【巻4(665)。】
 
題詞  安倍朝臣蟲麻呂(あべのあそみむしまろ)の歌。
原文  向座而  雖見不飽  吾妹子二  立離徃六  田付不知毛
和訳  向ひ居て 見れども飽かぬ 我妹子に 立ち別れ行かむ たづき知らずも
現代文  「四六時中、一緒に居ても飽きない我が妻よ。出掛けることになるが、どうして別れられましょう。(別れがたくてしようがない)」。
文意解説  結句の「たづき」は手段。なので「たづき知らずも」は「どうして別れられましょう」の意になる。要するに「別れがたい」と詠っている歌である。
歴史解説

【巻4(666)。】
 
題詞  本歌と次歌の2首は大伴坂上郎女(おほとものさかのうへのいらつめ)の歌。
原文  不相見者  幾久毛  不有國  幾許吾者  戀乍裳荒鹿
和訳  相見ぬは 幾久しくも(幾久さにも・・・通常説) あらなくに ここだく我れは 恋ひつつもあるか
現代文  「お逢いしてまだ日が浅いのになぜこんなにもあなたのことが恋しいのでしょう」。 
文意解説  第二句の原文は「幾久毛」。これを岩波大系本、伊藤本、中西本はそろって一様に「幾久さにも」と訓じている。「久さ」は「久々」の略だという。佐々木本は「ここだ久にも」と訓じている。各書が「幾久さにも」としているのは、おそらく岩波大系本が「幾久さ」とする根拠に、拾遺集744番歌に「あひ見てはいくひささにもあらねとも年月のことおもほゆるかも」とあるのを挙げていることによるのだろう。が、拾遺集の成立は万葉集成立よりも三百年近くも経ってからであり、加えて、もっと肝要な点は歌意の問題である。「幾久毛」を「幾久さにも」としたのでは「幾久々にも」となって奇妙だ。幾つもの久々では意味不明。久々はそれ自身独立用語。それどころか「久々にお逢いしましたね」という使用例からうかがわれるように、期間の長短よりも単に当該時点での過去を振り返って使用する、いわば挨拶用語。さらに肝心の万葉集に本歌のほかに「幾久さ」などという使用例は皆無なのだ。「久」の文字は「ひさし」ないし「ひさしく」と訓じられているのが通例である。たとえば768番歌「久しくなりぬ」(原文「久成」)、1214番歌「久しく見ねば」(原文「久不見者」)、3144番歌「久しくなれば」(原文「久成者」)等々。なのに本歌の「幾久毛」はなぜ「幾久さにも」などとしなければならないのだろう。ここは通例に従って「幾久しくも」と訓じるべきで「幾久さにも」は不可解。こう訓じてこそ歌意がすっきり通ると思う。「相見ぬは幾久しくもあらなくに」は「お逢いしてからさほど時を経たわけではないのに」という意味になる。「ここだく」は658番歌にもあったように「一生懸命に」である。
歴史解説

【巻4(667)。】
 
題詞  左注に大略次のように記されている。「坂上郎女の母石川内命婦(いしかはのないみやうぶ)と蟲麻呂の母安曇外命婦(あづみのげみやうぶ)は同じ家で育った姉妹で仲がよかった。で、坂上郎女と蟲麻呂はたびたび顔を合わせ、親密の仲だった。従って、この問答は戯れにやりとりしたものである」。この左注により、坂上郎女の666~667番歌は蟲麻呂の665番歌に応えて作られた歌と分かる。ただしなぜこのような詳細な左注が付されているのか不審である。これまでの相聞歌(問答歌)の例に従えば、666番歌の題詞に「蟲麻呂に応えた坂上郎女の歌二首」とでも記しておけば済む話に見えるからである。前節(第47節)で扱った649番歌の項で本歌と同様詳細な左注が付されていることに言及し、「万葉集も、一皮むけば大伴一族の私家集ではないかと疑いたくなるような注記だ」と記したが今回も相似した感想を抱く。
原文  戀々而  相有物乎  月四有者  夜波隠良武  須臾羽蟻待
和訳  恋ひ恋ひて 逢ひたるものを 月しあれば 夜は隠るらむ しましはあり待て
現代文  「まだ間があるではありませんか。今少し一緒にいて下さい。ずっと恋焦がれていて、やっとお逢いできたのですもの」。
文意解説  これは典型的な倒置表現法に従って詠まれた歌である。上二句が歌意の主体。つまり結句に来てよい内容の句である。「月しあれば夜は隠(かく)るらむ」はおもしろい表現。「まだ月がかかっていますが、それも沈んで深夜がやってくる」つまり「夜が隠れている」とは「まだ夜明けまでには間があるではありませんか」である。内容を倒置して詠い込んだ歌である。
歴史解説

【巻4(668)。】
 
題詞  厚見王(あつみのおほきみ)の歌。
原文  朝尓日尓  色付山乃  白雲之  可思過  君尓不有國
和訳  朝に日に 色づく山の 白雲の 思ひ過ぐべき 君にあらなくに
現代文  「白雲のように流れ去っていくような君ではありません」。
文意解説  「朝に日(け)に色づく山」は「秋の山」のことだが、澄んだ空気の中に色づいた山肌と白雲の対比が鮮やかで美しい。つまり「白雲の」までは比喩的序歌。その美しい白雲も流れ去っていくが、「思ひ過ぐべき君にあらなくに」である。
歴史解説

【巻4(669)。】
 
題詞  春日王(かすがのおほきみ)の歌。細字注が付いていて「志貴皇子の子で母は紀皇女(きのひめみこ)」とある。
原文  足引之  山橘乃色丹出<与>  語言継而  相事毛将有
和訳  あしひきの 山橘の色に出でよ 語らひ継ぎて 逢ふこともあらむ
現代文  「はっきり思いを出して下さいな。そうすればやりとりを重ねていくうちに直接お逢いすることになると思います」。
文意解説  「あしひきの」は枕詞。山橘(やまたちばな)はヤブコウジのことという。もしもそうならヤブコウジは冬に鮮やかな紅い実をつける。「その実のようにはっきり意思表示して下さいな」が「色に出でよ」である。分からないのが第四句の「語らひ継ぎて」。すでに逢っている間柄なら「逢ふこともあらむ」などと言う必要がない。さらにその「逢ふこともあらむ」だが、文字どおり「逢うこともあるでしょう」などと解したら、相手には「色に出でよ」と言っておきながら、「逢うこともあるでしょう」ではつっけんどん過ぎる。婉曲なラブレター歌である。
歴史解説

【巻4(670)。】
 
題詞  湯原王(ゆはらのおほきみ)の歌。
原文  月讀之  光二来益  足疾乃  山寸隔而  不遠國
和訳  月読の 光りに来ませ あしひきの 山きへなりて 遠からなくに
現代文  「月の光をたよりにおいでなさい。間に山がありますが遠いわけではありませんから」。
文意解説
 月読(つくよみ)は古事記では天照大御神(あまてらすおほみかみ)、須佐之男命(すさのをのみこと)と並ぶ三貴子として生誕した神で、月読命(つくよみのみこと)と表記されている。ここでは月自体のことを指している。したがって、「月読の光りに来ませ」は「月の光をたよりにおいでなさい」という意味になる。「あしひきの」は枕詞。第四句の「山きへなりて」は耳慣れない用語。「山き」ははっきりしないが「山を間において」という意味のようだ。「へなりて」は「隔りて」だが、「隔たっていること」を「へなりて」と読む例は3755番歌や3764番歌に「山川を中にへなりて」とあり、ちゃんと原文に「山川乎 奈可尓敝奈里弖」とある。むろん隔を使用した例もある。たとえば3187番歌に「青垣山のへなりなば」とあり、その原文は「青垣山之 隔者」である。ただし、「山きへなりて遠からなくに」を「山を隔てて遠くないから」と口語訳するのは若干問題である。山を隔ててとある場合は通常遠いことを示すために使われるからである。
歴史解説

【巻4(671)。】
 
題詞  前歌の湯原王歌に応えた一首だが、作者不詳とある。
原文  月讀之  光者清  雖照有  惑情  不堪念
和訳  月読の 光りは清く 照らせれど 惑へる心 思ひあへなくに
現代文  「月はこうこうとかがやいていますが、気持ちに迷いがあってなかなかふんぎりがつきません」。
文意解説  「思ひあへなくに」は「ふんぎりがつかないのです」という意味。
歴史解説

【巻4(672)。】
 
題詞  安倍朝臣蟲麻呂(あべのあそみむしまろ)の歌。
原文  倭文手纒  數二毛不有  壽持  奈何幾許  吾戀渡
和訳  しつたまき 数にもあらぬ 命もて 何かここだく 我が恋ひわたる
現代文  「不肖の私ごとき者がなにゆえ熱心に恋焦がれるのでしょう」。
文意解説  「しつたまき」は現代風にいえば安物の腕輪。なので「しつたまき数にもあらぬ」は「不肖の私ごとき」である。「ここだく」は633番歌や658番歌で見たように、「一生懸命に」である。
歴史解説

【巻4(673)。】
 
題詞  本歌と次歌の2首は大伴坂上郎女(おほとものさかのうへのいらつめ)の歌。
原文  真十鏡  磨師心乎  縦者  後尓雖云  驗将在八方
和訳  まそ鏡 磨ぎし心を ゆるしてば 後に言ふとも 験あらめやも
現代文  「滅多なことでは男の口車に乗せられまいと心を研ぎ澄ましているのに、ひとたび許してしまって後で後悔することになってはいたしかたない」。
文意解説  「まそ鏡」は枕詞。結句の「験(しるし)あらめやも」は410番歌の結句と全く同じ。「いたしかたない」という意味である。
歴史解説

【巻4(674)。】
 
題詞
原文  真玉付  彼此兼手  言齒五十戸<常>  相而後社  悔二破有跡五十戸
和訳  真玉つく をちこち兼ねて 言は言へど 逢ひて後こそ 悔にはありといへ
現代文  「男はこれから先もずっと面倒を見ると口ではいいますが、後悔先に立たずというではありませんか」。
文意解説  「真玉つく」は枕詞。「をちこち」は「彼方と此方」で「この先も今もずっと」の意。「兼ねて」は「たばねて」。結句の「悔にはありといへ」は「後悔するというではありませんか」である。
歴史解説

【巻4(675)。】
 
題詞  中臣女郎(なかとみのいらつめ)が大伴家持に贈った歌5首(675~679番歌)。
原文  娘子部四  咲澤二生流  花勝見  都毛不知  戀裳摺可聞
和訳  をみなへし 咲く沢に生ふる 花かつみ かつても知らぬ 恋もするかも
現代文  「ついぞこんな恋をしたことはありません」。
文意解説  「をみなへし」を枕詞とする説もあるが、花そのものとして詠っている例も多く枕詞(?)とせざるを得ない。また「花かつみ」も枕詞とする説もあるが、「花かつみ」はこの歌一例のみ。不詳語としておくのが穏当だろう。むろん枕詞(?)。いずれにしろ上三句は序歌なので歌意は下二句にある。「かっても」は「ついぞ」。
歴史解説

【巻4(676)。】
 
題詞
原文  海底  奥乎深目手  吾念有  君二波将相  年者經十方
和訳  海の底 奥を深めて 我が思へる 君には逢はむ 年は経ぬとも
現代文  「何年かかっても是非あなたにお逢いしたい」。
文意解説  「海(わた)の底奥(おき)を深めて」は文字通り「心中深く」である。
歴史解説

【巻4(677)。】
 
題詞
原文  春日山  朝居雲乃  欝  不知人尓毛  戀物香聞
和訳  春日山 朝居る雲の おほほし く知らぬ人にも 恋ふるものかも
現代文  「知らない人なのに恋に落ちてしまいました」。
文意解説  春日山は奈良県の山。その春日山上空にどんよりとかぶさっている鬱陶しい雲。その雲のように「おほほしく」、つまり「憂鬱(原文: 欝 )しくも」の意である。
歴史解説

【巻4(678)。】
 
題詞
原文  直相而  見而者耳社  霊剋  命向  吾戀止眼
和訳  直に逢ひて 見てばのみこそ たまきはる 命に向ふ 我が恋やまめ
現代文  「直接お逢いするまでこの恋決しておさまりません」。
文意解説  「直(ただ)に逢ひて」は直接逢うこと。「たまきはる」は枕詞。「命に向ふ」は「命がけ]の意味。
歴史解説

【巻4(679)。】
 
題詞
原文  不欲常云者  将強哉吾背  菅根之  念乱而  戀管母将有
和訳  いなと言はば 強ひめや我が背 菅の根の 思ひ乱れて 恋ひつつもあらむ
現代文  「否とおっしゃるなら強引に求めはいたしません。菅の根のように乱れた思いのまま恋続けています」。
文意解説  
歴史解説

【巻4(680)。】
 
題詞  大伴家持が交遊と別れる際の歌3首(680~682番歌)。ここにいう交遊が前6首の作者中臣女郎でないことははっきりしている。逢ってもいないのに交遊とは言うまい。女性なら妹(いも)ないし郎女(いらつめ)と記すだろうから相手は男性に相違ない。
原文  盖毛  人之中言  聞可毛  幾許雖待  君之不来益
和訳  「おそらく中傷を耳にしたのだろう、待てども待てども君はやってこない」。
現代文  けだしくも 人の中言 聞かせかも ここだく待てど 君が来まさぬ
文意解説  「けだしく」は現代でもときには使われるように、「おそらく」の意である。中言(なかごと)は中傷のことである。「ここだく」は672番歌にも出てきたように「一生懸命に」である。
歴史解説

【巻4(681)。】
 
題詞
原文  中々尓  絶年云者  如此許  氣緒尓四而  吾将戀八方
和訳  なかなかに 絶ゆとし言はば かくばかり 息の緒にして 我れ恋ひめやも
現代文  「いっそのこと交遊を絶つとおっしゃって下されば、こんなにも長くお慕い続けることもないでしょうものを」。
文意解説  「なかなかに」は「いっそのこと」である。
歴史解説

【巻4(682)。】
 
題詞
原文  将念  人尓有莫國  懃  情盡而  戀流吾毳
和訳  思ふらむ 人にあらなくに ねもころに 心尽して 恋ふる我れかも
現代文  「私のことを思っていて下さる風には見えないけれど、私の方では心尽してお慕い申し上げています」。
文意解説  「思ふらむ人にあらなくに」は「私のことを思っていて下さる風には見えないけれど」である。「ねもころに」はむろん「ねんごろに」のこと「心尽して」と同意なので強調と考えてよかろう。
歴史解説

【巻4(683)。】
 
題詞  683~689番歌の7首は大伴坂上郎女(おほとものさかのうへのいらつめ)の歌。
原文  謂言之  恐國曽 紅之  色莫出曽  念死友
和訳  言ふ言の 恐き国ぞ 紅の 色にな出でそ 思ひ死ぬとも
現代文  「噂(や中傷)の恐ろしい国柄ですよ。鮮やかな紅色のようにはっきり表に出してはいけませんよ。たとえ死ぬほど恋焦がれていようとも」。
文意解説  「言ふ言(こと)の恐(かしこ)き国ぞ」は「噂(や中傷)の恐ろしい国柄ですよ」という意味である。
歴史解説

【巻3(684)。】
 
題詞
原文  今者吾波  将死与吾背  生十方  吾二可縁跡  言跡云莫苦荷
和訳  今は我は 死なむよ我が 背生けりとも 我れに依るべしと 言ふといはなくに
現代文  「もう死んでしまいたい。あなた。生きていたって私に寄り添って下さる見込みはないのですもの」。
文意解説  恋の辛さや苦しさは今も昔も変わらぬとみえ、死にたいと思う心情を詠っている死にたいと思う心情を詠った歌はほかにもあって、たとえば2869番歌「今は我は死なむよ我妹逢はずして思ひわたれば安けくもなし」がそうである。
歴史解説

【巻4(685)。】
 
題詞
原文  人事  繁哉君<之>  二鞘之  家乎隔而  戀乍将座
和訳  人言を 繁みか君が 二鞘の 家を隔てて 恋ひつつまさむ
現代文  「他人の噂を気になさってか並んで建つ家にいながら逢おうとなさらないのですね」。
文意解説  「二鞘(ふたさや)の家」は、「刀の鞘のように並んでいる家」である。
歴史解説

【巻4(686)。】
 
題詞
原文  比者  千歳八徃裳  過与  吾哉然念  欲見鴨
和訳  このころは 千年や行きも 過ぎぬる と我れやしか思ふ 見まく欲りかも
現代文  「」。
文意解説
 第四句「我れやしか思ふ」は「我れや しか思ふ」と切って解し、「お逢いしないまま千年も経ったのかと思える私」で、結句は「ああお逢いしたい」という意味である。「欲りかも」のカモを岩波大系本は「疑問を表す」としているが詠嘆と解するべきであろう。「~かもね」などという軽い内容ではない。千年が死んでしまう。
歴史解説

【巻4(687)。】
 
題詞
原文  愛常  吾念情  速河之  雖塞々友  猶哉将崩
和訳  うるはしと 我が思ふ心 速川の 塞(せ)きに塞くとも なほや崩えなむ
現代文  「いとしいお方よ。私の心はあなたを激しく思っております。塞(せ)きとめられようとも、おしとどめようがありません」。
文意解説
 「うるはしと」は「いとしいお方と」、「思ふ心速川の」は「急流のように激しく思う心」の意である。「塞(せ)きに塞(せ)くとも」は「塞きで塞きとめようとしても」。「崩(く)えなむ」は「おしとどめようがない」。つまり奔流のような激しい恋情を詠った歌である。
歴史解説

【巻4(688)。】
 
題詞
原文  青山乎  横殺雲之  灼然  吾共咲為而  人二所知名
和訳  青山を 横ぎる雲の いちしろく 我れと笑まして 人に知らゆな
現代文  「私とはっきり微笑み交わしても人には気づかれないように」。
文意解説
 「青山を横ぎる雲のいちしろく」は序歌。「青い山にたなびく真っ白な雲のようにはっきりと」である。「知らゆな」は「気づかれないように」である。
歴史解説

【巻4(689)。】
 
題詞
原文  海山毛 隔莫國  奈何鴨  目言乎谷裳  幾許乏寸
和訳  海山も 隔たらなくに 何しかも 目言をだにも ここだ乏しき
現代文  「すぐそばに住んでいるのになぜ目くばせさえもこんなに出来ないのかしら」。
文意解説  「海山も隔たらなくに」は685番歌の「二鞘の家」(すぐ近くの家)のこと。「何しかも」は「どうして」、「目言(めごと)をだにも」は「目くばせさえも」である。
歴史解説

【巻4(690)。】
 
題詞  大伴宿祢三依(おほとものすくねみより)の悲別の歌。
原文  照日乎  闇尓見成而  哭涙  衣<沾>津  干人無二
和訳  照らす日を 闇に見なして 泣く涙 衣濡らしつ 干す人なしに
現代文  「日は照っていますが、涙で曇り、それも闇になるほど涙を流しております。いくら涙を流してもその涙を拭ってくれる人はいません」。
文意解説
 発句の原文は「照日乎」であるので「照らす日を」と訓じるのが普通である。佐々木本、岩波大系本、中西本はみなそう訓じている。が、伊藤本は日は月の誤写とみて「照る月の」としている。「闇夜に月」とはいうが「闇夜に太陽」はあり得ないとしている。「照る月を闇に見なして」と解すると、「月はこうこうと輝いているが、私の心は月のない闇」という意味になる。しかし、日と月とを間違うことは考えにくいので、「日は照っているが、涙で曇り、それも闇になるほど涙を流しております」と解するべきだろう。
歴史解説
【巻4(691)。】
 
題詞  本歌と次歌は大伴家持が娘子(をとめ)に贈った歌。
原文  百礒城之  大宮人者  雖多有  情尓乗而  所念妹
和訳  ももしきの 大宮人は 多かれど 心に乗りて 思ほゆる妹
現代文  「大宮に仕える女官は数々あれど心惹かれる女性は君だけだよ」。
文意解説  「ももしきの」は枕詞。
歴史解説

【巻4(692)。】
 
題詞
原文  得羽重無  妹二毛有鴨  如此許  人情乎  令盡念者
和訳  うはへなき 妹にもあるかも かくばかり 人の心を 尽さく思へば
現代文  「冷たいひとだね、君は。私がこんなに気持を尽くしているのに」。
文意解説  「うはへなき」は631番歌にも使われている。その際、私は、「愛想がない」という意味でいいが、一歩進めて「冷たい」とした方がいいという意味のことを述べた。本歌の場合はどうだろう。やはり冷たいが適切と思われる。
歴史解説

【巻4(693)。】
 
題詞  大伴宿祢千室(おほとものすくねちむろ)の歌。細注に「未詳」とある。
原文  如此耳  戀哉将度  秋津野尓  多奈引雲能  過跡者無二
和訳  かくのみし 恋ひやわたらむ 秋津野に たなびく雲の 過ぐとはなしに
現代文  「秋津野にたなびく雲ならやがて消えてゆくのに、私の恋心はこのままずっと続いていくしかないのだろうか」。
文意解説  「かくのみし」は「こんなふうにして」、つまり「このままずっと」である。やや頭を回転させないと分かりにくいのが結句の「過ぐとはなしに」である。一見「雲が過ぎることがないように」という意味に見える。が、雲が過ぎ去らない筈はないので、ここは反語的表現と分かる。
歴史解説

【巻4(694)。】
 
題詞  廣河女王(ひろかはのおほきみ)の歌二首。細注に「穂積皇子(ほづみのみこ)の孫娘、すなわち上道王(かみつみちのおほきみ)の娘である」と記されている。穂積皇子は天武天皇の皇子。
原文  戀草呼  力車二  七車  積而戀良苦  吾心柄
和訳  恋草を 力車に 七車 積みて恋ふらく 我が心から
現代文  「恋という草を力車にいっぱい、七台も積むほど恋しくてならない心から」。
文意解説  力車(ちからくるま)は文字通り「力のいる車」、大きな車のことである。
歴史解説

【巻4(695)。】
 
題詞
原文  戀者今葉  不有常吾羽  念乎  何處戀其  附見繋有
和訳  恋は今は あらじと我れは 思へるを いづくの恋ぞ つかみかかれる
現代文  「恋をする時期は過ぎてもう恋愛沙汰はないだろうと思っていたのに、どこから恋がつかみかかってきたのかしら」。
文意解説  「恋は今はあらじと」は「恋をする時期は過ぎてもう恋愛沙汰はないだろうと」である。「そう思っていたのに、どこから恋がつかみかかってきたのかしら」という歌。前歌の「七車積みて」といい、この歌の「つかみかかれる」といい、比喩が一風変わっている。万葉集の多くの相聞歌が直接恋情を述べたり雲、月、花等自然の風物にこと寄せて詠われている。
歴史解説

【巻4(696)。】
 
題詞  石川朝臣廣成(いしかはのあそみひろなり)の歌。この歌の題詞にも細注が付いていて、「後に高圓朝臣(たかまどのあそみ)という姓を賜わる」とある。
原文  家人尓  戀過目八方  川津鳴  泉之里尓  年之歴去者
和訳  家人に 恋過ぎめやも かはづ鳴く 泉の里に 年の経ぬれば
現代文
文意解説  「家人(いへひと)」は都に残してきた妻等家族。「恋過ぎめやも」は「恋しい(なつかしい)時期は過ぎたというのか、いえ決してそんなことはない」という反語表現。「泉の里」は京都の木津川の近くの里だという。この歌は倒置表現になっている。なので後半からはじめて前半に続けて読むと分かりやすい。すなわち、「泉の里に赴任してから年月が経つので家人をなつかしむ時期は過ぎたかというと、決してそんなことはあるものか。ますます恋しさがつのる」という歌である。
歴史解説

【巻4(697)。】
 
題詞  大伴宿祢像見(おほとものすくねかたみ)の歌3首(697~699番歌)。
原文  吾聞尓  繋莫言  苅薦之  乱而念  君之直香曽
和訳  我が聞きに 懸けてな言ひそ 刈り薦の 乱れて思ふ 君が直香ぞ
現代文  「あの方と分かるような話を聞こえよがしに言いなさんな。平静でなくなるじゃありませんか」。
文意解説  「我が聞きに懸けてな言ひそ」は「私が聞いているというのにおっしゃいますな」つまり「聞こえよがしにいいなさんな」という意味である。「刈り薦(こも)の」は256番歌にも出ていたが、枕詞。また、薦は真薦(マコモ)のことで、ムシロの材料に使用されている。「君が直香(ただか)ぞ」の意味がはっきりしないが、「あの方を彷彿させる」という意味だと解する。なお、伊藤本や中西本は、女性を装った歌としているが、果たしてどうか。「君が直香ぞ」の「君」を捉えての解釈かと思われるが、女性歌は通常相手のことを「我が背」と詠っているので、ここは単純に題詞にしたがって大伴宿祢像見本人の心情を詠った歌としてよかろう。君は友人、目上の人等々ケースによって色々に使われているので「我が背」と断定し難い。
歴史解説

【巻4(698)。】
 
題詞
原文  春日野尓  朝居雲之  敷布二  吾者戀益  月二日二異二
和訳  春日野に 朝居る雲の しくしくに 我れは恋ひ増す月に日に異に
現代文  「恋しさは日毎に増すばかりである」。
文意解説  「春日野に朝居る雲のしくしくに」は「春日野(奈良県)に雲がたちこめてくるようにしきりに」である。結句の「日(ひ)に異(け)に」は595番歌にも詠われているように、「日ごとに増す」である。
歴史解説

【巻4(699)。】
 
題詞
原文  一瀬二波  千遍障良比  逝水之  後毛将相  今尓不有十方
和訳  一瀬には 千たび障らひ 行く水の 後にも逢はむ 今にあらずとも
現代文  「瀬の水も結局先には合流します。いつか一緒になる日を楽しみにしましょう」。
文意解説  「一瀬には千(ち)たび障(さわ)らひ行く水の」は「各瀬ごとに岩や岸辺に幾度も妨げられながら流れていく川の水」のことである。
歴史解説

【巻4(700)。】
 
題詞  大伴家持が娘子(をとめ)の家の門前にやってきて詠った歌。
原文  如此為而哉  猶八将退  不近  道之間乎  煩参来而
和訳  かくしてや なほや罷らむ 近からぬ 道の間を なづみ参ゐ来て
現代文  「結局、すごすごと引き返さねばならないのでせうか。難儀しながらやってきたのに」。
文意解説  「かくしてや」は「結局」、「罷(まか)らむ」は「引き返す」、「なづみ」は「難儀」である。
歴史解説

【巻4(701)。】
 
題詞  本歌と次歌は河内百枝娘子(かふちにももえをとめ)が大伴家持に贈った歌。
原文  波都波都尓 人乎相見而  何将有  何日二箇  又外二将見
和訳  はつはつに 人を相見て いかにあらむ いづれの日にか また外に見む
現代文  「」。
文意解説
 「はつはつに人を相見て」は「ちらりとお見かけしましたが」であるが、これに続く「いかにあらむ」は何であろう。各書とも何の解説も施していない。「どうしたのでしょう」という意味なんだろうか。それとも「どんな方なんでしょう」という意味だろうか。はっきりしないが、ここでは、「ちらりと見かけただけで気にかかる、恋に落ちたのでしょうか」と解しておきたい。後半部は「いつかまたお見かけすることがありましょうか」という意味である。
歴史解説

【巻4(702)。】
 
題詞
原文  夜干玉之  其夜乃月夜  至于今日  吾者不忘  無間苦思念者
和訳  ぬばたまの その夜の月夜 今日までに 我れは忘れず 間なくし思へば
現代文  「その日のことがいつも頭から離れず思い続けています」。
文意解説  「ぬばたまの」は80例にもわたって使用されているおなじみの枕詞。この歌を単独歌としてとらえようとすると「その夜の月夜」が不明確。前歌と併せてとらえれば、「ちらりと見かけたその日の月夜」を指していること明瞭である。これが分かれば後半部の意味は簡明である。「ちらりと見かけた」だけの相手なので、恋慕というよりは「憧れ」と解しておくのがいいだろう。
歴史解説

【巻4(703)。】
 
題詞  本歌と次歌は巫部麻蘇娘子(かむなぎべのまそをとめ)の歌。
原文  吾背子乎  相見之其日  至于今日  吾衣手者  乾時毛奈志
和訳  我が背子を 相見しその日 今日までに 我が衣手は 干る時もなし
現代文  「以来今日までずっとあなたが忘れられず、涙で着物の袖が乾く間がありません」。
文意解説  「我が背子」と詠っているので、恋人である。なので「相見し」は単に逢ったにとどまらず、共寝したと解してよかろう。
歴史解説

【巻4(704)。】
 
題詞
原文  栲縄之  永命乎  欲苦波  不絶而人乎  欲見社
和訳  栲縄の 長き命を 欲りしくは 絶えずて人を 見まく欲りこそ
現代文  「長く生きていたいと思うのはいつまでもあの方を見ていたいからです」。
文意解説  「栲縄(たくなは)の」を伊藤本のように枕詞とする説もあるが実例はこの歌とあとは217番長歌一例のみ。枕詞(?)としてよかろう。「栲縄のように」で十分意が通じる。なお栲縄の栲は高名な28番歌「春過ぎて夏来るらし白栲の衣干したり天の香具山」に出てくる白栲(しろたえ)の栲。栲で作られた白い縄のことであろう。
歴史解説

【巻4(705)。】
 
題詞  大伴家持が童女(をとめ)に贈った歌。
原文  葉根蘰  今為妹乎  夢見而  情内二  戀<渡>鴨
和訳  はねかづら 今する妹を 夢に見て 心のうちに 恋ひわたるかも
現代文  「はねかづらを付けた女の子を夢に見てずっと恋しています」。
文意解説
 「はねかづら」は髪にさす飾りだが、具体的にはどんなかづらか知らない。はねを鳥の羽のこととすれば羽根飾り状の髪飾りということになるが・・・。
歴史解説

【巻4(706)。】
 
題詞  前歌に応えた童女の歌。
原文  葉根蘰  今為妹者  無四呼  何妹其  幾許戀多類
和訳  はねかづら 今する妹は なかりしを いづれの妹ぞ ここだ恋ひたる
現代文  「はねかづらを付けた子なんていませんわ。どこのどの子に一生懸命に恋していらっしゃるのかしらね」。
文意解説  結句の「ここだ(幾許)は、633番歌や658番歌に「ここだく」(一生懸命に)という形で出てくるが、ここの「ここだ」も同様とみてよかろう。
歴史解説

【巻4(707)。】
 
題詞  細注に「この歌は土垸の中に記されていた」とある。
原文  思遣  為便乃不知者  片垸之  底曽吾者  戀成尓家類
和訳  思ひ遣る すべの知らねば 片垸の 底にぞ我れは 恋ひ成りにける
現代文  「思いを取り払う術を知らない私、器の底に沈んで片思いのままでいます」。
文意解説
 本歌と次歌は粟田女娘子(あはたのをとめ)が大伴家持に贈った歌。「思ひ遣(や)る」は思いを「遣る」つまり「取り払う」こと。「片垸(かたもひ)」は片方だけの器、つまり蓋のない器。飲料用。「片思い」に懸ける。
歴史解説

【巻4(708)。】
 
題詞
原文  復毛将相  因毛有奴可  白細之  我衣手二  齊留目六
和訳  またも逢はむ よしもあらぬか 白栲の 我が衣手に 斉ひ留めむ
現代文  「再会の機会があったら今度こそ真っ白な着物の袖にあなたを祀りとどめよう」。
文意解説  「またも逢はむよしも」の「よし」は原文に「因」とあるように機会のこと。「再会する機会がもしあれば」が上二句の意である。結句の「斉(いは)ひ留めむ」は「祀りとどめよう」の意である。
歴史解説

【巻4(709)。】
 
題詞  豊前國の娘子(おとめ)大宅女(おほやめ)の歌。
原文  夕闇者  路多豆多頭四  待月而  行吾背子  其間尓母将見
和訳  夕闇は 道たづたづし 月待ちて 行ませ我が背子 その間にも見む
現代文  「月の出を待ってからいらして下さい。お相手になりましょう」。
文意解説  「たづたづし」は「おぼつかない」の意。少し分からないのが結句の「その間にも見む」である。「お相手しましょう」なのか「お世話しましょう」という意味なのか。いずれにしろ「見む」は「あなたを見ていましょう」などというぼやけた意味ではあるまい。
歴史解説

【巻4(710)。】
 
題詞  安都扉娘子(あとのとびらをとめ)の歌。
原文  三空去  月之光二  直一目  相三師人<之> 夢 西所見
和訳  み空行く 月の光に ただ一目 相見し人の 夢にし見ゆる
現代文  「月明かりの下でひと目見かけただけの方なのに夢に出てきました」。
文意解説  そのまま分かる素朴な歌である。
歴史解説

【巻4(711)。】
 
題詞  711~713番歌の3首は丹波大女娘子(たにはのおほめをとめ)歌。丹波(たんば)の国の女性か。
原文  鴨鳥之  遊此池尓  木葉落而  浮心  吾不念國
和訳  鴨鳥の 遊ぶこの池に 木の葉落ちて 浮きたる心 我が思はなくに
現代文  「そんな浮わついた心でお慕いしているわけではありません」。
文意解説  上三句は「この池に」とあるように実景から浮かんだ比喩。
歴史解説

【巻4(712)。】
 
題詞
原文  味酒呼  三輪之祝我  忌杉  手觸之罪歟  君二遇難寸
和訳  味酒を 三輪の祝が いはふ杉 手触れし罪か 君に逢ひかたき
現代文  「神木に触れてしまったたたりなのでしょうか、なかなかあの方に逢えません」。
文意解説  「味酒(うまさけ)を」は枕詞(?)。「三輪の祝(はふり)がいはふ杉」は三輪神社があがめる神木の杉」のこと。
歴史解説

【巻4(713)。】
 
題詞
原文  垣穂成  人辞聞而  吾背子之  情多由多比  不合頃者
和訳  垣ほなす 人言聞きて 我が背子が 心たゆたひ 逢はぬこのころ
現代文  「高くのぼった噂のせいでためらっているのかこのごろ逢ってくださいませんね」。
文意解説  「垣ほなす」は「垣根のように高くめぐらされた」という意味である。人言(ひとごと)はむろん噂のことである。「心たゆたひ」は「動揺して」である。
歴史解説

【巻4(714)。】
 
題詞  714~720番歌の7首は大伴家持が娘子(をとめ)に贈った歌。
原文  情尓者  思渡跡  縁乎無三  外耳為而  嘆曽吾為
和訳  心には 思ひわたれど 縁を無み 外のみにして 嘆きぞ我がする
現代文  「心では思っているのですがきっかけがないまま嘆き暮らしています」。
文意解説  第三句の「縁(よし)を無(な)み」は縁の文字から推測できるように「きっかけがない」ことである。
歴史解説

【巻4(715)。】
 
題詞
原文  千鳥鳴  佐保乃河門之  清瀬乎  馬打和多思  何時将通
和訳  千鳥鳴く 佐保の川門の 清き瀬を 馬うち渡し いつか通はむ
現代文  「馬に鞭打ち川を渡っていつか通いたい」。
文意解説  上三句は「千鳥が鳴く佐保川の渡し場を」のことである。
歴史解説

【巻4(716)。】
 
題詞
原文  夜晝云別不知  吾戀情盖夢所見寸八
和訳  夜昼といふ別知らず 我が恋ふる心はけだし夢に見えきや
現代文  「昼となく夜となく恋焦がれていますが、もしかしてその私の心、夢に通じませんでしたか」。
文意解説  「夜昼といふ別(わき)知らず」は「昼も夜も」の意。「けだし」は「もしかして」である。
歴史解説

【巻4(717)。】
 
題詞
原文  都礼毛無  将有人乎  獨念尓  吾念者  惑毛安流香
和訳  つれもなく あるらむ人を 片思に 我れは思へば わびしくもあるか
現代文  「冷たい人を片思いしている私はわびしくてなりません」。
文意解説  「つれもなく」の「つれ」は「つれない素振り」の「つれ」で、「冷たい」の意。
歴史解説

【巻4(718)。】
 
題詞
原文  不念尓  妹之咲儛乎  夢見而  心中二  燎管曽呼留
和訳  思はぬに 妹が笑ひを 夢に見て 心のうちに 燃えつつぞ居る
現代文  「うれしくなってあなたを恋焦がれています」。
文意解説  「思はぬに妹が笑(ゑま)ひを夢に見て」は「思いがけず君の笑顔を夢に見て」である。
歴史解説

【巻4(719)。】
 
題詞
原文  大夫跡  念流吾乎  如此許  三礼二見津礼  片<念>男責
和訳  ますらをと 思へる我れを かくばかり みつれにみつれ 片思をせむ
現代文  「ひとかどの男と思っていたその私が、こんなにまでやつれ果てて片思いに墜ちることになるとは」。
文意解説  「ますらをと思へる我れを」は「ひとかどの男と思っているのに」である。「みつれにみつれ」は「やつれ果てて」である。
歴史解説

【巻4(720)。】
 
題詞
原文  村肝之  情揣而  如此許  余戀良<苦>乎  不知香安類良武
和訳  むらきもの 心砕けて かくばかり 我が恋ふらくを 知らずかあるらむ
現代文  「こころが砕けんばかりにこんなにも恋焦がれているのに彼女は知らずにいるのだろうか」。
文意解説  「むらきもの」は枕詞。
歴史解説

【巻4(721)。】
 
題詞  大伴坂上郎女(おほとものさかのうえのいらつめ)が天皇(聖武天皇)に獻(たてまつ)った歌。題詞には細注が付いていて「佐保宅での作」とある。
原文  足引乃  山二四居者  風流無三  吾為類和射乎  害目賜名
和訳  あしひきの 山にしをれば 風流なみ 我がするわざを とがめたまふな
現代文  「山住みの田舎者が献る歌でございます。田舎者のすることゆえおとがめなさいませんように」。
文意解説  「あしひきの」は枕詞。「風流(みやび)なみ」は田舎者の意。第四句の「我がするわざを」はむろん歌を献る行為。彼女の住む大伴本家の佐保から平城京までせいぜい1キロ。「山にしをれば風流なみ」などという場所ではなく、都のまさに中心部。献上歌ゆえの謙遜表現。
歴史解説

【巻4(722)。】
 
題詞  大伴家持の歌。
原文  如是許  戀乍不有者  石木二毛  成益物乎  物不思四手
和訳  かくばかり 恋ひつつあらずは 石木にも ならましものを 物思はずして
現代文  「いっそ石なり木なりになってしまいたい。こんなに恋に苦しまなくて済むだろうから」。
文意解説  本歌も720番歌と同様の平明な歌。
歴史解説

【巻4(723)。】
 
題詞  「大伴坂上郎女従跡見庄賜留宅女子大嬢歌一首 并短歌」(「大伴坂上郎女が跡見庄(とみのたどころ)から家(佐保)に留まる娘の大嬢(おほいらつめ)に贈った歌と短歌」)。跡見庄は大伴家の農地。佐保から10キロほど南下した現桜井市内の地と考えられている。長歌から、娘から離れたことと跡見庄が故郷である旨の内容がうかがわれる。その内容から娘の大嬢が佐保の家の主婦「刀自」になったことがうかがわれる。大嬢は大伴家持の妻なので、二人が結婚したため、大伴坂上郎女は家を出て故郷の地に移り住むことになったのだろうか。
原文 常呼二跡  吾行莫國    小金門尓  物悲良尓    念有之   吾兒乃刀自緒  野干玉之  夜晝跡不言    念二思   吾身者痩奴   嘆丹師   袖左倍沾奴   如是許   本名四戀者   古郷尓   此月期呂毛   有勝益士
和訳 つねをにと わがゆかなくに をかなとに ものがなしらに おもへりし あがこのとじを ぬばたまの よるひるといはず おもふにし あがみはやせぬ なげくにし そでさへぬれぬ かくばかり もとなしこひば ふるさとに このつきごろも ありかつましじ
現代文  「」。
文意解説
 長歌。「昼も夜も大嬢が心配で身がやせ細り、嘆き悲しんでいる」旨が詠い込まれている。長歌の末尾に「何ヶ月も跡見庄にいられない」とある。ほどなくして彼女は佐保の地に戻ったのだろうか。 
歴史解説

【巻4(724)。】
 
題詞  左注に「大嬢が送ってきた歌に応えた歌」とある。その大嬢の歌は見えないので子細は不明だが「母恋し、母恋し」の心情を吐露した歌であったに相違ない。
原文  朝髪之  念乱而  如是許  名姉之戀曽  夢尓所見家留
和訳  朝髪の 思ひ乱れて かくばかり 汝姉が恋ふれぞ 夢に見えける
現代文  「朝起きの髪の毛のように心が乱れるからなのか、お前(大嬢)がしきりに恋しがるからか、お前が夢に出てくる」。
文意解説  この歌は単独ではわかりづらい。が、同時に坂上郎女自身も娘を恋求めている。
歴史解説

【巻4(725)。】
 
題詞  本歌と次歌は、大伴坂上郎女が天皇(聖武天皇)に獻(たてまつ)った歌。この題詞には春日の里での作という細注が付されている。
原文  二寶鳥乃  潜池水  情有者  君尓吾戀  情示左祢
和訳  にほ鳥の 潜く池水 心あらば 君に我が恋 ふる心示さね
現代文  「私の思いは水中深く潜ったカイツブリのように胸に秘めている。どうかカイツブリよその思いを水面に出て伝えておくれ」。
文意解説  にほ鳥はカイツブリのこと。水中に潜ったり出たりする鳥。自宅の池と皇居の池を重ね合わせ、カイツブリに託して詠った歌とみられる。
歴史解説

【巻4(726)。】
 
題詞
原文  外居而  戀乍不有者  君之家乃 池 尓住云  鴨二有益雄
和訳  外に居て 恋ひつつあらずは 君が家の 池に住むといふ 鴨にあらましを
現代文  「いっそあなた様の居宅の池に住む鴨になりたい」。
文意解説  「外(よそ)に居て恋ひつつあらずは」は「離れ住んでいて恋焦がれていないで」という意味である。
歴史解説

【巻4(727)。】
 
題詞  本歌と次歌は、大伴家持が坂上大嬢(さかのうえのおおいらつめ)に贈った歌である。この題詞には細注が付いていて「二人は途絶して数年、再会して相聞をやりとりするようになった」旨の記載がある。
原文  萱草  吾下紐尓  著有跡  鬼乃志許草  事二思安利家理
和訳  忘れ草 我が下紐に 付けたれど 醜の醜草 言にしありけり
現代文  「その草を着物の紐につけたけれど苦しみを忘れることが出来なかった」。
文意解説  「忘れ草」は334番歌にもある。「忘れ草は萱草だが、萱草を身に付けていると憂さも忘れると思われていたようである」()。この歌も同様と考えていい。「醜(しこ)の醜草」は「役立たずの草め」である。「言(こと)にしありけり」は「評判倒れ」の意である。
歴史解説

【巻4(728)。】
 
題詞
原文  人毛無  國母有粳  吾妹子与  携行而  副而将座
和訳  人もなき 国もあらぬか 我妹子と 携ひ行きて 副ひて居らむ
現代文  「噂をまき散らす人などいない国はないものか。かわいい彼女を連れて行って二人一緒にいたいものだ」。
文意解説  結句の「副ひて」は「たぐひて」と読む由である。
歴史解説

【巻4(729)。】
 
題詞
原文  玉有者  手二母将巻乎  欝瞻乃  世人有者  手二巻難石
和訳  玉ならば 手にも巻かむを うつせみの 世の人なれば 手に巻きかたし
現代文  「あなたは玉ではなく生身の人故腕に巻くわけにいかない」。
文意解説
 729~731番歌は、坂上大嬢(さかのうえのおほいらつめ)が大伴家持に贈った歌。玉は腕輪でありう。「うつせみの」は「この世に生きている人」の意である。
歴史解説

【巻4(730)。】
 
題詞
原文  将相夜者  何時将有乎  何如為常香  彼夕相而  事之繁裳
和訳  逢はむ夜は いつもあらむを 何すとか その宵逢ひて 言の繁きも
現代文  「よりによって噂の立つあの夜にお逢いしてしまったのでしょう」。
文意解説  「逢はむ夜は」は「逢おうとすれば逢える夜は」である。なので上二句は「お逢いしようとすればいつの夜でもできたのに」である。
歴史解説

【巻4(731)。】
 
題詞
原文  吾名者毛  千名之五百名尓  雖立  君之名立者  惜社泣
和訳  我が名はも 千名の五百名に 立ちぬとも 君が名立たば 惜しみこそ泣け
現代文  「私の浮き名はいくら激しく立とうとも、あなたの浮き名が立たなければ泣きはいたしません。あなたの浮き名が立つと悔しくて泣けてきます」。
文意解説  「千名の五百名に」(ちなのいほなに)は「千度でも五百度でも」で、要するに、噂が激しいこと。結句の「泣け」は命令ではなく「泣けますが」の省略形。
歴史解説

【巻4(732)。】
 
題詞  732~734番歌は、大嬢に家持が応えた歌。
原文  今時者四  名之惜雲  吾者無  妹丹因者  千遍立十方
和訳  今しはし 名の惜しけくも 我れはなし 妹によりては 千たび立つとも
現代文  「私の浮き名などどうでもいい。あなたとの浮き名なら千度立とうとも」。
文意解説  「今しはし」は今の強調、「今はもう」の意である。
歴史解説

【巻4(733)。】
 
題詞
原文  空蝉乃  代也毛二行  何為跡鹿  妹尓不相而  吾獨将宿
和訳  うつせみの 世やも二行く 何すとか 妹に逢はずて 我がひとり寝む
現代文  「またとないこの好機に、きみに逢わずにひとり寝られましょうか」。
文意解説  729番歌にも使われている「うつせみの」は枕詞と解する論者もある。第二句の「二行(ふたゆ)く」が少々分かりづらい。「この世が二度あるわけじゃなく」、つまり「二度と訪れるとは限らないこの機会」である。「何すとか」は「どうして」である。
歴史解説

【巻3(734)。】
 
題詞
原文  吾念  如此而不有者  玉二毛我  真毛妹之  手二所纒<乎>
和訳  我が思ひ かくてあらずは 玉にもが まことも妹が 手に巻かれなむ
現代文  「いっそ玉にでもなってあなたの手に巻かれたい」。
文意解説  「我が思ひかくてあらずは」は「こんな思いをしないで」で、つまり「こんな苦しい思いをするくらいなら」である。
歴史解説

【巻4(735)。】
 
題詞  大嬢が家持に贈った歌。
原文  春日山  霞多奈引  情具久  照月夜尓  獨鴨念
和訳  春日山 霞たなびき 心ぐく 照れる月夜に ひとりかも寝む
現代文  「春日山に霞がたなびいているように私の気分は晴れやらぬのに、鮮やかに月が輝く夜に私は独り寝るのでしょうか」。
文意解説  「心ぐく」は他に類例がなく、必ずしも意味が明確でない。二様に解釈できる。ひとつは「春日山霞たなびき」を承け「その霞のように気分が晴れやらぬ」とする解釈。二つ目は「心ぐく」は「照れる月夜」にかかるとする解釈。この場合は「月の光もぼんやりとしている」様を形容していることになる。いずれとも決めかねるが前者の立場に立ちたい。理由は原文の「照月夜尓」である。ぼんやりした月なら「照月」などと明確に表現しないだろうと思うからである。「霞のように晴れやらぬ心情」と「明るく照り輝く月」の対比が鮮やかで、かえって大嬢の恋の悩みが際だって浮かび上がる。
歴史解説

【巻4(736)。】
 
題詞  さらに大嬢に応えて家持が詠った歌。
原文  月夜尓波  門尓出立  夕占問  足卜乎曽為之  行乎欲焉
和訳  月夜には 門に出で立ち 夕占問ひ 足卜をぞせし 行かまくを欲り
現代文  「月夜には門の外に出て吉凶を占っています。あなたに逢いたいと思って」。
文意解説  第三句と四句に「夕占(ゆふけ)問ひ足卜(あうら)をぞせし」とあり、岩波大系本等には辻に立って吉凶を占う行為とあり占いの解説も付いている。歌の核心は占いの内容ではなく、女性に逢いに行くためになぜそんなことをしなければならないのかにある。なのにその理由は歌には見えない。人に見とがめられるとまずいという配慮からの占いなのだろうか。
歴史解説

【巻4(737)。】
 
題詞  本歌と次歌は大嬢が家持に贈った歌。
原文  云々  人者雖云  若狭道乃  後瀬山之  後毛将<會>君
和訳  かにかくに 人は言ふとも 若狭道の 後瀬の山の 後も逢はむ君
現代文  「人の口はうるさいけれど後にはお逢いしたいものです」。
文意解説  「若狭道(わかさぢ)の後瀬(のちせ)の山」とあるが、若狭道が唐突で理解に苦しむ。若狭道の後瀬山は福井県小浜市の山だという。結句の「後も逢はむ君」を導くための序歌といって言えなくもないが、奈良の都住まいの女性が持ち出す山ではない。少なくともその山が若狭道にあるとを知っていなければ、後瀬山が浮かぶ筈がない。笠女郎(かさのいらつめ)と家持とのつながり(第44節)で述べたように、家持は若狹国の隣国、越中国(富山県)に越中守(長官)として赴任(746~751年)していたことがある。30歳前後のことである。大嬢は赴任後の家持と消息を交わしていたことがこの歌でうかがわれる。
歴史解説

【巻4(738)。】
 
題詞
原文  世間之  苦物尓  有家良之  戀尓不勝而  可死念者
和訳  世の中の 苦しきものに ありけらし 恋にあへずて 死ぬべき思へば
現代文  「恋が死ぬほど苦しいものだとは思いませんでした」。
文意解説  「ありけらし」は「なのですね」である。「恋にあへずて」は原文に「戀尓不勝而」とあるように「恋の苦しみに耐えきれずに」である。
歴史解説

【巻4(739)。】
 
題詞  本歌と次歌は家持が大嬢に応えた歌。本歌は737番歌に応えた形の歌。
原文  後湍山  後毛将相常  念社  可死物乎  至今日<毛>生有
和訳  後瀬山 後も逢はむと 思へこそ 死ぬべきものを 今日までも生けれ
現代文  「後に逢おうと思っているからこそ死にもしないでこうして生きているのです」。
文意解説  
歴史解説

【巻4(740)。】
 
題詞
原文  事耳乎  後毛相跡  懃  吾乎令憑而  不相可聞
和訳  言のみを 後も逢はむと ねもころに 我れを頼めて 逢はざらむかも
現代文  「口先では私を頼って逢おうと丁重におっしゃるが、本意は逢って下さらないつもりなのでは」。
文意解説  「言のみを」は「口先では」である。「我れを頼(たの)めて」は「私を安心させて」で、その前に付いている「ねもころに」は580番歌に「あしひきの山に生ひたる菅の根のねもころ見まく欲しき君かも」とあるように「菅の根の細かさ」からくる用語で、「細やかに」とか「丁重に」といった意味の用語。
歴史解説

【巻4(741)。】
 
題詞  本歌から十五首(741~755番歌)は、さらに家持が大嬢に贈った歌。
原文  夢之相者  苦有家里  覺而  掻探友  手二毛不所觸者
和訳  夢の逢ひは 苦しかりけり おどろきて 掻き探れども 手にも触れねば
現代文  「」。
文意解説
 「夢の逢ひは」で彼女が夢に現れて逢いにきてくれたことを示している。「驚いて彼女を掻き抱こうとしたが手さえ触れることができなかった」というわけだが、「夢の逢ひは苦しかりけり」、すなわち「むなしいですね」で、結句に来るべき句を第二句に据えた、いわゆる倒置表現で締めくくった歌である。
歴史解説

【巻4(742)。】
 
題詞
原文  一重耳  妹之将結  帶乎尚  三重可結  吾身者成
和訳  一重のみ 妹が結ばむ 帯をすら 三重結ぶべく 我が身はなりぬ
現代文  「一回りして結んでくれればちょうどよかった帯も、今では三まわりも巻くことが出来るほどやせ細ってしまいました」。
文意解説
歴史解説

【巻4(743)。】
 
題詞  大伴家持の作。
原文  吾戀者  千引乃石乎  七許  頚二将繋母  神之諸伏
和訳  我が恋は 千引の石を 七ばかり 首に懸けむも 神のまにまに
現代文  「」。
文意解説  結句の原文「神之諸伏」を佐々木本と岩波大系本は「神の諸伏(もろふし)」と訓じている。そして岩波大系本はその意義「未詳」としている。これに対し伊藤本や中西本は「神のまにまに」と訓じ、「神の思し召しのままに」という意だとしている。「千引(ちびき)の石」は千人引きの巨岩。「それを七つも首にかけているほど我が恋は苦しく重い」が結句までの歌意。「しかしそれも神の思し召しとあればその試練には耐えなければならない」というのが結句の意だろうから「神のまにまに」の訓じでいいかと思われる。
歴史解説

【巻4(744)。】
 
題詞  大伴家持の作。坂上大嬢(さかのうえのおおいらつめ)に贈った歌のひとつ。
原文  暮去者  屋戸開設而  吾将待  夢尓相見二  将来云比登乎
和訳  暮さらば 屋戸開け設けて 我れ待たむ 夢に相見に 来むといふ人を
現代文  「夕暮れになったらも家の戸を開いて待っていましょう。夢でもいい、逢いに来てくれる人のために」。
文意解説  「暮(ゆふ)さらば」は「日が暮れたら」の意。「屋戸(やど)開け設(ま)けて」は「家の戸をあらかじめ開けて」である。741番歌に「夢の逢ひは苦しかりけり」とある夢を承けて下二句が詠われている。
歴史解説

【巻4(745)。】
 
題詞  大伴家持の作。
原文  朝夕二  将見時左倍也  吾妹之  雖見如不見  由戀四家武
和訳  朝夕に 見む時さへや 我妹子が 見れど見ぬごと なほ恋しけむ
現代文  「朝夕見る日が来てあなたと暮らすようになったとしても、それでも逢っていないような気がするほど恋しい」。
文意解説  不審なのが「我妹子が」と訓じられている点である。意は通じるので誤りとまでは断定しないが、ここは「我妹子の」ないし「我妹子を」と訓じるべきではなかろうか。なぜなら主体は作者の家持であり、我妹子は客体だからである。
歴史解説

【巻4(746)。】
 
題詞
原文  生有代尓  吾者未見  事絶而  如是A怜  縫流嚢者
和訳  生ける世に 我はいまだ見ず 言絶えて かくおもしろく 縫へる袋は
現代文  「言葉にならないほどこんな見事な袋はこれまで見たことがありません」。
文意解説  この歌は結句の「袋」が分からないとよく分からない。次歌に「我妹子が形見の衣」(あなたが贈ってくれた着物)とあるので、おそらく一緒に贈ってきた袋に相違ない。典型的な倒置表現歌。
歴史解説

【巻4(747)。】
 
題詞  737番歌ともども家持は越中国に赴任中だったとうかがい知れる歌である。
原文  吾妹兒之  形見乃服  下著而  直相左右者  吾将脱八方
和訳  我妹子が 形見の衣 下に着て 直に逢ふまでは 我れ脱かめやも
現代文  「直接お逢い出来る日がくるまで肌身離さず着ています」。
文意解説  「我妹子が形見の衣」は「あなたが贈ってくれた着物」である。
歴史解説

【巻4(748)。】
 
題詞  741番歌から続く家持歌15首の後半部である。731番歌で大嬢(おほいらつめ)は人の噂を恐れ家持の名が傷つくことを心配する歌を作り贈ってきた。これに対し家持は732番歌で「私の浮き名などどうでもいい。あなたとの浮き名なら千度立とうとも」という歌を贈っている。その決意をあらためて表明しているのがこの歌である。
原文  戀死六  其毛同曽  奈何為二  人目他言  辞痛吾将為
和訳  恋ひ死なむ そこも同じぞ 何せむに 人目人言 言痛み我がせむ
現代文  「恋焦がれて死なんばかりに苦しむのだから、人の噂や中傷の苦しみなど何でもありません」。
文意解説
 第三句目の「何せむに」がキーワード。
歴史解説

【巻4(749)。】
 
題詞
原文  夢二谷  所見者社有  如此許  不所見有者  戀而死跡香
和訳  夢にだに 見えばこそあらめ かくばかり 見えずしあるは 恋ひて死ねとか
現代文  「こんなに長く逢えないままなら死ねと言われているようなものです」。
文意解説  「夢にだに」は「せめて夢にでも」である。「見えばこそあらめ」は「立ち現れて逢えるならまだしも」である。
歴史解説

【巻4(750)。】
 
題詞  本歌から755番歌までの6首の内容はまるで家持が都にいて直接大嬢に逢っているような歌である。ところが、741番歌の冒頭に記したように、741~755番歌の15首は、題詞に「さらに家持が大嬢に贈った歌」と明記されている。「さらに」の原文は「更」である。「さらに」の意味はその前歌までに家持と大嬢の歌のやりとりが続いていて、「また」の意味である。そしてここまでのやりとりの歌の内容は、家持が遠い任地(越中)にいて都の彼女になかなか逢えない苦しみを示すものになっている。なのにどうして突如として直接逢っているかのような内容の歌が現れるのだろう。
原文  念絶  和備西物尾  中々<荷>  奈何辛苦  相見始兼
和訳  思ひ絶え わびにしものを なかなかに 何か苦しく 相見そめけむ
現代文
文意解説  「思ひ絶えわびにしものを」は「いったんは思いを断ち切ってわびしい気持に耐えていたのに」という意味である。「なかなかに」は612番歌や681番歌にもあったように「かえって」とか「いっそのこと」という意味である。なので「なかなかに何か苦しく」は「何でまたいっそう苦しさの増す」という意味になる。結句の「相見そめけむ」を「じかに逢い始める」と解するととまどう。大嬢が送ってきた袋や形見の着物についての歌があったが、それらと本歌はどうつながるのだろう。
歴史解説

【巻4(751)。】
 
題詞
原文  相見而者  幾日毛不經乎  幾許久毛  久流比尓久流必  所念鴨
和訳  相見ては 幾日も経ぬを ここだくも くるひにくるひ 思ほゆるかも
現代文  「逢って幾日も経たないのに恋しくて恋しくてたまらない」。
文意解説  「ここだく」は658番歌などにあったように「一生懸命に」である。
歴史解説

【巻4(752)。】
 
題詞
原文  如是許  面影耳  所念者  何如将為  人目繁而
和訳  かくばかり 面影にのみ 思ほえば いかにかも せむ人目繁くて
現代文  「こんなにもあなたの面影にばかり思いがつのるのをどうしたらいいのでしょう」。
文意解説  結句の「人目繁(しげ)くて」は「人目もあるというのに」である。
歴史解説

【巻4(753)。】
 
題詞
原文  相見者  須臾戀者  奈木六香登  雖念弥  戀益来
和訳  相見ては しましく恋は なぎむかと 思へどいよよ 恋ひまさりけり
現代文  「お逢いしてしばらくは心が和みましたが、その後はかえって恋しさが募りました」。
文意解説  「しましく」は「しばらく」、「なぎむ」は「なごむ」。両語とも意味はすぐ分かるのだが、当時はこんな言い方をしていたのだろうか。とくに「なぎむ}は耳慣れなく聞こえるのだが、他の古典に「なぎむ」の用例ありやなしや。歌意は明快。
歴史解説

【巻4(754)。】
 
題詞
原文  夜之穂杼呂  吾出而来者  吾妹子之  念有四九四  面影二三湯
和訳  夜のほどろ 我が出でて来れば 我妹子が 思へりしくし 面影に見ゆ
現代文  「夜が白み始めた頃あなたのところから出てくるとき、名残惜しそうにしていたあなたの様子が思い出されてなりません」。
文意解説  「夜のほどろ」の「ほどろ」については岩波大系本は補注を儲けて詳細に解説を施している。その補注の概略を紹介すると「ホドは、ホドク、ホドコス、ホドコルの共通の語幹。その概念は「広がり散ずるの意」としている。これに従えば「夜が散ずる」すなわち「明け方」ということになる。「思へりしくし」の末尾の「し」は強調の「し」。したがって「思へりしく」は「思っていた様子」という意味になる。
歴史解説

【巻4(755)。】
 
題詞
原文  夜之穂杼呂  出都追来良久  遍多數  成者吾胸  截焼如
和訳  夜のほどろ 出でつつ来らく たび数多く なれば我が胸 断ち焼くごとし
現代文  「夜明けにお別れすることが度重なるにつれあなた恋しさに胸が張り裂けそうです」。
文意解説  以上、749番歌までの歌と750番歌以降の6首ではその内容に明らかに断絶がある。749番歌までは逢いたくとも逢えない心情を述べているのに対し、750番歌以降は逢えば逢うほど恋しさが募る心情を歌にしている。いったいこの断絶をどう解したらよいのだろう。家持の任地(越中富山)と奈良の都とは超遠距離というほどではない。馬なら数日、徒歩でも一週間は要しなかっただろう。赴任期間中に大嬢が家持を訪ねて越中への旅を敢行したのだろうか。逆に、家持が一定期間里帰りを行ったのだろうか。詠い方の激しく切羽詰まった心情の吐露の仕方から考えて、赴任前のずっとずっと以前の心情を思い出して歌作したとは考えられない。再会して燃え上がった心情を歌にして贈ったに相違ない。
歴史解説

【巻4(756)。】
 
題詞  大伴の田村家の大嬢が妹の坂上大嬢に贈った歌四首。756~759番歌がその四首だが、姉も妹も大嬢と表記されている。
原文  外居而  戀者苦  吾妹子乎  次相見六  事計為与
和訳  外に居て 恋ふれば苦し 我妹子を 継ぎて相見む 事計りせよ
現代文  「いつもあなたと一緒にいたいのに、離れて住んでいるから逢えなくて苦しい。あなた何とかしてよ」。
文意解説  「外(よそ)に居て恋ふれば苦し」は「離れて住んでいるので逢えないのが苦しい」という意味である。「継ぎて相見む」は「いつも一緒にいたい」という意味。「事計(ことはか)りせよ」は「なんとかしてよ」である。
歴史解説

【巻4(757)。】
 
題詞
原文  遠有者  和備而毛有乎  里近  有常聞乍  不見之為便奈沙
和訳  遠くあらば わびてもあらむを 里近く ありと聞きつつ 見ぬがすべなさ
現代文  「こことあなたの住む里とは近いと聞いているのに逢えないのではどうしようもないわ」。
文意解説  「遠くあらばわびてもあらむを」は「いっそ遠く離れて住んでいるのなら寂しくてもあきらめがつくものを」である。
歴史解説

【巻4(758)。】
 
題詞
原文  白雲之  多奈引山之  高々二  吾念妹乎  将見因毛我母
和訳  白雲の たなびく山の 高々に 我が思ふ妹を 見むよしもがも
現代文  「高々とそびえ立つ山のように仰ぎ見ているばかりのあなたではなく、直接逢えるすべはないものか」。
文意解説  「白雲のたなびく山の高々に」は序歌。「よしもがも」は「なすすべがないものか」である。
歴史解説

【巻4(759)。】
 
題詞  左注に「田村大嬢と坂上大嬢は共に右大辨大伴宿奈麻呂卿(うだいべんおほとものすくなまろまへつきみ)の娘である。父方の田村の里に住む娘を田村大嬢という。他方、妹は母方の坂上の里に住んでいて、坂上大嬢という。姉妹は歌の贈答をもって消息を交わしあう」と記されている。姉妹の父の宿奈麻呂は家持の父旅人の弟に当たる。その娘が坂上大嬢である。つまり家持と坂上大嬢はいとこ同士になるわけである。二人は激しい恋情を交わす間柄であることは先に見たとおりだが、やがて二人は結婚する。さて、田村大嬢と坂上大嬢は同じ父の姉妹には相違ないが、母が異なる。これが姉妹でありながら別の里に別々に住んでいた理由である。田村大嬢の母の名は不明なのでかりに田村の母と呼んでおく。他方、坂上大嬢の母は大伴家本家の娘で、刀自と尊称された、あの坂上郎女(さかのうえのいらつめ)。つまり田村の母と坂上郎女とでは格が一段と異なる。これが姉でありながら妹を一段と高みに置いた物言いを行っている理由と思われる。
原文  何時尓加妹乎  牟具良布能  穢屋戸尓  入将座
和訳  いかならむ時にか妹を  葎生の 汚なきやどに 入りいませてむ
現代文  「いつになったら庭にムグラが生い茂る、このむさ苦しい家に来てもらえるのかしら」。
文意解説  「いかならむ時にか」は「いつになったら」、「葎生(むぐらふ)の」は「雑草ムグラが生い茂る」の意である。姉でありながら妹を一段と高みに置いた物言いが続いている四首だが、その理由の一端はこの歌に付されている左注から読み取れる。
歴史解説

【巻4(760)。】
 
題詞  本歌と次歌の二首は坂上郎女が竹田庄から娘の大嬢に贈った歌。
原文  打渡  竹田之原尓  鳴鶴之  間無時無  吾戀良久波
和訳  うち渡す 竹田の原に 鳴く鶴の 間なく時なし 我が恋ふらくは
現代文  「見渡す限りの竹田の原に鶴がひっきりなしに鳴いている。その鶴のようにいつも私はあなたのことを気に懸けている」。
文意解説  竹田庄は奈良県橿原市東竹田のことという。
歴史解説

【巻4(761)。】
 
題詞
原文  早河之  湍尓居鳥之  縁乎奈弥  念而有師  吾兒羽裳(忄+可)怜
和訳  早川の 瀬に居る鳥の よしをなみ 思ひてありし 我が子はもあはれ
現代文  「」。
文意解説  「早川の瀬に居る鳥のよしをなみ」は「急流の川で暮らす鳥には止まるところ(よりどころ)がなく」という意味である。結句の「我が子はもあはれ」は文字通りなら「よりどころがない我が子があわれ」ということだが、ここでいう「よりどころ」とは何であろう。後ろ盾?、男?、それとも母である歌の作者(坂上郎女)?。いずれにしろ母から離れて暮らす娘を気遣う歌に相違ない。
歴史解説

【巻4(762)。】
 
題詞  紀女郎(きのいらつめ)が大伴家持に贈った歌二首。細注に「女郎の名は小鹿という」とある。紀小鹿(きののをが)と明記しないでわざわざ紀女郎などと表記してあるのかは分からない。名を記すのは高貴な女性の場合に限られていたのだろうか。
原文  神左夫跡  不欲者不有  八也八多  如是為而後二  佐夫之家牟可聞
和訳  神さぶと いなにはあらず はたやはた かくして後に 寂しけむかも
現代文  「もうお婆さんだからって受け入れたくないわけじゃあません。後で後悔して寂しく思うかも」。
文意解説
 「神さぶと」は「古めいたという次第で」、すなわち「お婆さんになったので」という意味である。第二句の「いなにはあらず」は各書とも「拒否する」と解している。佐々木本は「不欲(いな)にはあらず」と「不欲」を置いて訓じている。岩波大系本も「不欲」を生かしているがその解では「拒否する」としている。各書とも「拒否する」で一致しているので、表題は伊藤本に従って「いなにはあらず」としたが、「否にはあらず」と解するとどこかしっくりしない。ここは原文の「不欲者不有」を尊重した佐々木本の訓に従いたい。つまり「お婆さんだから欲しないわけではありません」と解したい。「はたやはた」は「他方」である。
歴史解説

【巻4(763)。】
 
題詞
原文  玉緒乎  沫緒二搓而  結有者  在手後二毛  不相在目八方
和訳  玉の緒を 沫緒に搓りて 結べらば ありて後にも 逢はざらめやも
現代文  「着物の緒(紐)をいつでもほどけるようにゆるく結んでおけば、いつか逢う日があるかもしれないではありませんか」。
文意解説  「玉の緒」は一般的には「魂の緒」すなわち「生命」のことだが、「着物の緒」とも取れる。作者は両様にかけていると解したい。「沫緒(あわを)に搓(よ)りて」は「ゆるく」、「結べらば」は「結んでおけば」である。前歌も本歌も相手の家持に気を持たせる配慮を見せている。両歌とも婉曲な断り表現である。
歴史解説

【巻4(764)。】
 
題詞  紀女郎に大伴家持が応えた歌。
原文  百年尓  老舌出而  与余牟友  吾者不Q  戀者益友
和訳  百年に 老舌出でて よよむとも 我れはいとはじ 恋は増すとも
現代文  「百歳になって半開きの口から舌をのぞかせ、よぼよぼになっても、恋しさが増すことはあっても嫌になったりはしません」。
文意解説  耳慣れない用語は「よよむとも」のみ。「よぼよぼになっても」の意である。
歴史解説

【巻4(765)。】
 
題詞   大伴家持の作。「家持が久邇京(くにのみやこ)にあって寧樂宅(ならのいへ)に留まっている坂上大嬢をしのんで作った歌」。一般に奈良時代と呼ばれるように平城京(奈良市)に都が置かれた710年から平安遷都が行われた794年までの84年間はずっと平城京に都が置かれていたように考えられている。が、実際には途中で一時的に、久邇京=恭仁京(京都府木津川市、740~743年)、紫香楽宮(しがらきのみや)(滋賀県甲賀市、744~745年)、難波京(なにわきょう)(大阪市、744年)と短期間にめまぐるしく遷都が行われ、745年には平城京に遷る。その久邇京に家持は勤務していたことがあったわけだ。
原文  一隔山 重成物乎  月夜好見  門尓出立  妹可将待
和訳  一重山 へなれるものを 月夜よみ 門に出で立ち 妹か待つらむ
現代文  「彼女も同じ月を眺めて私を待っているのだろうか」。
文意解説  「一重山へなれるものを」は「間にひと山あるけれど」である。「月夜よみ」は原文に「好見」とあるように「絶好の月夜」のこと。門を出て絶好の月を仰ぎ見ているのは主語省略は作者という常道から見てむろん家持。
歴史解説

【巻4(766)。】
 
題詞  これを聞いて藤原郎女(ふぢはらのいらつめ)が応えた歌。
原文  路遠  不来常波知有  物可良尓  然曽将待  君之目乎保利
和訳  道遠み 来じとは知れる ものからに しかぞ待つらむ 君が目を欲り
現代文  「道が遠いので来られないと分かっていながら、それでもあなた様にお逢いになりたくてお待ちになっていらっしゃるでしょう」。
文意解説  藤原郎女が突然出てきて、かつ、彼女は伝未詳という。歌の内容からすると、家持の付き人のように思われるがどうか。これは、逆に大嬢の側の心情を思いやっての歌とみられる。
歴史解説

【巻4(767)。】
 
題詞  大伴家持の作。「大伴家持が更に大嬢に贈った歌二首」。
原文  都路乎  遠哉妹之  比来者  得飼飯而雖宿  夢尓不所見来
和訳  都路を 遠みか妹が このころは うけひて寝れど 夢に見え来ぬ
現代文  「ここは家から遠く離れているせいか神様にお願いして寝てもあなたは夢にも出てきません」。
文意解説  「都路を遠みか」は「ここ久邇京が奈良の家から遠く離れているせいか」という意味である。「うけひて」は「神様に願をかけて」である。
歴史解説

【巻4(768)。】
 
題詞  大伴家持の作。「妻の坂上大嬢(さかのうえのおおいらつめ)に贈った歌」。
原文  今所知  久邇乃京尓  妹二不相  久成  行而早見奈
和訳  今知らす 久迩の都に 妹に逢はず 久しくなりぬ 行きて早見な
現代文  「久迩(くに)の都にやってきて君に逢わなくなってから長くなった。家に帰って早く君の顔が見たい」。
文意解説  「今知らす」の「知らす」は記紀を読んだ方ならおなじみの表現で、「天皇がお治めになっておられる」という意味である。この時の天皇は四十五代聖武天皇。
歴史解説

【巻4(769)。】
 
題詞  大伴家持の作。「久邇京(くにのきょう)に居た大伴家持が紀女郎に応えて贈った歌」。
原文  久堅之  雨之落日乎  直獨  山邊尓居者  欝有来
和訳  ひさかたの 雨の降る日を ただ独り 山辺に居れば いぶせかりけり
現代文  「雨の日にただ一人っきりで山辺にいるとやりきれません」。
文意解説  「ひさかたの」は枕詞。
歴史解説

【巻4(770)。】
 
題詞  大伴家持の作。「770~774番歌の五首は大伴家持が久邇京から坂上大嬢に贈った歌」。
原文  人眼多見  不相耳曽  情左倍  妹乎忘而  吾念莫國
和訳  人目多み 逢はなくのみぞ 心さへ 妹を忘れて 我が思はなくに
現代文  「人目があるから逢わないだけで、あなたから心が離れたわけではありませんよ」。
文意解説  「人目多み」は通常「さは」と読んでいる。万葉集でもたとえば、「草深みこほろぎさはに(原文「蟋多」)」(2271番歌)、「人さはに(原文「人多」)国には満ちて」(485番歌長歌)とある。ただ、ここは「多み」となっているので「おほみ」と読むのだろう。が、くどいようだが「人眼多見」は「人目さはみ」と読めなくもない。細部に拘りすぎたが、「おほみ」ならちゃんとそうルビを振ってほしいと思ったのでひとこと。
歴史解説

【巻4(771)。】
 
題詞  大伴家持の作。
原文  偽毛  似付而曽為流  打布裳  真吾妹兒  吾尓戀目八
和訳  偽りも 似つきてぞする うつしくも まこと我妹子 我れに恋ひめや
現代文  「私の彼女よ、君は本当に私に恋焦がれているのかい」。
文意解説
 「偽りも似つきてぞする」は「嘘でも本当らしく聞こえます」という意味である。「うつしくも」は「顕しくも」で、「実際」の意。
歴史解説

【巻4(772)。】
 
題詞  大伴家持の作。
原文  夢尓谷  将所見常吾者  保杼毛友  不相志思  諾不所見武
和訳  夢にだに 見えむと我れは ほどけども 相し思はねば うべ見えずあらむ
現代文  「夢にでも君が見えないかと思って寝たけれど私ほどに君は思っていてくれないせいか夢に現れません」。
文意解説  「夢にだに見えむと」は「夢でもいいから見ようと」の意。「我れはほどけども」は「着物の紐をほどいて寝てみたけれど」である。「相(あひ)し思はねば」の「相し」は「私が恋焦がれるようにあなたも」という意味である。「うべ見えず」の「うべ」は「当然」。「夢に見えなくても仕方ありません」という意味である。
歴史解説

【巻4(773)。】
 
題詞  大伴家持の作。
原文  事不問  木尚味狭藍  諸弟等之  練乃村戸二  所詐来
和訳  言とはぬ 木すらあじさゐ 諸弟らが 練りのむらとに あざむかえけり
現代文  「物言わぬ木、紫陽花、諸弟等も巧みな言辞にはだまされるに相違ない」。
文意解説  この歌で分からないのが第三句の「諸弟(もろと)」。人名説、植物名説等諸説あってはっきりしない。ただ「あじさゐと並べて併記され、諸弟らがとなっている点に着目すると植物名と解するのが穏当であろう。問題は「練りのむらとに」。むらとは心と解されているが、次歌も併せて考えるとここは「群言」の縮まった言葉と考えざるを得ない。
歴史解説

【巻4(774)。】
 
題詞  大伴家持の作。
原文  百千遍  戀跡云友  諸弟等之  練乃言羽者  吾波不信
和訳  百千たび 恋ふと言ふとも 諸弟らが 練りのことばは 我れは頼まじ
現代文  「あなたが恋焦がれていると、いくたび繰り返そうとも諸弟らがだまされた言辞には乗りませんよ」。
文意解説  前歌で諸弟は植物名と解さないと不自然としたが、本歌では逆に人名と解さないと歌意が不明瞭になるように見える。が、前歌からして人名とは解しがたい。第一、何の題詞も注もなくいきなり人名が出てきては相手の大嬢はもとより読者の私たちもとまどうばかりである。で、私はこの歌の「諸弟ら」も前歌と同じ「諸弟ら」に相違ないとみる。すなわち「物言わぬ木、紫陽花、諸弟等」が「諸弟ら」である。
歴史解説

【巻4(775)。】
 
題詞  大伴家持が紀女郎に贈った歌。
原文  鶉鳴  故郷従  念友  何如裳妹尓  相縁毛無寸
和訳  鶉鳴く 古りにし郷ゆ 思へども 何ぞも妹に 逢ふよしもなき
現代文  「それなのになぜ逢う機会がなかったのでしょう」。
文意解説  二人のやりとりはすでにみた762~764番歌に見られる。「鶉(うづら)鳴く古りにし郷(さと)ゆ思へども」は「鶉が鳴くようなうらさびた郷にいた頃からあなたに恋焦がれていたのに」という意味。うらさびた郷がどこの地のことかこの歌からでは分からない。
歴史解説

【巻4(776)。】
 
題詞  紀女郎が家持に応えて贈った歌。
原文  事出之者  誰言尓有鹿  小山田之  苗代水乃  中与杼尓四手
和訳  言出しは 誰が言にあるか 小山田の 苗代水の 中淀にして
現代文  「小さな山の田の苗代水(なはしろみず)のようにとどこおらせているではありませんか」。
文意解説
 「言出(ことで)しは誰(た)が言(こと)にあるか」は文字通りなら「言い出したのは誰の言葉だったかしら」となるが、換言すれば「言い寄ったのはどこのどなたでしたかしら」である。そして下三句は「なのに」の内容である。
歴史解説

【巻4(777)。】
 
題詞  大伴家持の作。「777~781番歌は大伴宿祢家持(おほとものすくねやかもち)が更に紀女郎(きのいらつめ)に贈った歌」。
原文  吾妹子之  屋戸乃籬乎  見尓徃者  盖従門  将返却可聞
和訳  我妹子が やどの籬を 見に行かば けだし門より 帰してむかも
現代文  「あなたの家の垣根を見に行ったら門の所で追い返されるでしょうね」。
文意解説
 「やどの籬(まがき)」だが、「やど」はこれまでもたびたび登場したように庭のこと。庭に張り巡らされた垣根のことを言っている。いわば敷居が高いというのを皮肉っぽく詠った歌である。
歴史解説

【巻4(778)。】
 
題詞  大伴家持の作。
原文  打妙尓  前垣乃酢堅  欲見  将行常云哉  君乎見尓許曽
和訳  うつたへに 籬の姿 見まく欲り 行かむと言へや 君を見にこそ
現代文  「決して垣根が見たくて行こうと言ったのではありませんよ。あなたに逢いたくて申し上げたのですよ」。
文意解説  「うつたへに~行かむと」は、「決して~行こうと~ではない」という用法の言葉である。
歴史解説

【巻4(779)。】
 
題詞  大伴家持の作。
原文  板盖之  黒木乃屋根者  山近之  明日取而  持将参来
和訳  板葺の 黒木の屋根は 山近し 明日の日取りて 持ちて参ゐ来む
現代文  「黒木の屋根が必要でしょうから木を伐採するには事欠かない。山も近いことですし、明日にでも持参いたしましょうか」。
文意解説  「板葺(いたぶき)の黒木の屋根」は皮付きの材木で造った黒木の屋根」の意ということだが、「黒木の屋根」が何を意味するのかどの書にも何の解説もない。おそらく高貴な女性の住む家を意味しているのであろう。精一杯の皮肉をこめていることが分かる。
歴史解説

【巻4(780)。】
 
題詞  大伴家持の作。
原文  黒樹取  草毛苅乍  仕目利  勤和氣登  将譽十方不有 [一云仕登母]
和訳  黒木取り 草も刈りつつ 仕へめど いそしきわけと ほめむともあらず [一云仕ふとも]
現代文  「黒木を伐採し、草を刈り取って懸命にお仕えしても勤勉な小僧だとほめて下さいませんよね」。
文意解説  「いそしきわけ」は原文に「勤和氣」とあるように「勤勉な小僧」の意。この和気は、552番歌に「我が君はわけをば死ねと思へかも~」と使われている。この歌もお高くとまっている相手への皮肉である。なお「一に云う、仕えたとしても」と異伝句が掲げられているが、歌意に相違が出るわけではない。
歴史解説

【巻4(781)。】
 
題詞  大伴家持の作。
原文  野干玉能  昨夜者令還  今夜左倍  吾乎還莫  路之長手<呼>
和訳  ぬばたまの 昨夜は帰しつ 今夜さへ 我れを帰すな 道の長手を
現代文  「」。
文意解説  「ぬばたまの」は枕詞。「昨夜(きぞ)は帰しつ」は「昨夜は私を帰しましたね」、つまり「逢ってくださいませんでしたね」という意味である。後半部は「今宵もまた拒否なさいませんように。遠い道のりを通ってお訪ねするのですから」という歌である。以上、五首が五首とも精一杯の皮肉をこめながら執拗に紀女郎の気を引こうとした歌である。
歴史解説

【巻4(782)。】
 
題詞  紀女郎が包んだ物を友に贈った歌。「女郎の名は小鹿(をが)という」という細注が付されている。同様な細注が643番歌、762番歌にも付いていて、いやでも名の小鹿が印象付けられる。彼女が安貴王(あきのおほきみ)の妻という高貴な女性だからであろうか。
原文  風高  邊者雖吹  為妹  袖左倍所<沾>而  苅流玉藻焉
和訳  風高く 辺には吹けども 妹がため 袖さへ濡れて 刈れる玉藻ぞ
現代文  「(この袋に入っているのは)あなたのために着物の袖さえ濡らして刈り取った玉藻ですよ」。
文意解説  第三句目に「妹がため」とあるが妹(いもうと)をさしているわけではない。恋人はもとより親しい女性をしばしば妹(いも)と呼んでいたので、この場合は女友達を意味している。題詞にも「友」と明記されている。「風高く辺(へ)には吹けども」は「頭上高く風吹きすさぶ日でしたが」である。「風吹きすさぶ海岸に入って高貴な彼女が玉藻を刈る」、まるで絵に描かれたように美しい風景である。印象的な一首といっていい。
歴史解説

【巻4(783)。】
 
題詞  783~785番歌は大伴家持が娘子(をとめ)に贈った歌三首。
原文  前年之  先年従  至今年  戀跡奈何毛  妹尓相難
和訳  をととしの 先つ年より 今年まで 恋ふれどなぞも 妹に逢ひかたき
現代文  「一昨年以前から今年までずっとあなたを恋し続けていますが、どうしてなかなか逢えないのでしょう」。
文意解説  「」。
歴史解説

【巻4(784)。】
 
題詞
原文  打乍二波  更毛不得言  夢谷  妹之<手>本乎  纒宿常思見者
和訳  うつつには さらにもえ言は ず夢にだに 妹が手本を 卷き寝とし見ば
現代文  「夢でもいいからあなたの手枕で共寝できたらなあ」。
文意解説  「うつつには」は「現実に」である。「さらにもえ言はず」は「このうえ言うことはありませんが(せめて)」という心情である。
歴史解説

【巻4(785)。】
 
題詞
原文  吾屋戸之  草上白久  置露乃  壽母不有惜  妹尓不相有者
和訳  我がやどの 草の上白く 置く露の 身も惜しからず 妹に逢はずあれば
現代文  「我が庭の草の上に置く白露のように、露と消えても惜しい命ではありません」。
文意解説
 結句の「妹に逢はずあれば」は反語でかつ倒置表現である。「あなたに逢えないくらいなら」という意味である。以上、三首が三首とも表現は激しいが、それでいて恋愛ごっこを楽しんでいるような趣がある。
歴史解説

【巻4(786)。】
 
題詞  786~788番歌は大伴家持が藤原朝臣久須麻呂(ふぢはらのあそみくすまろ)に応えて贈った歌三首。
原文  春之雨者  弥布落尓  梅花  未咲久  伊等若美可聞
和訳  春の雨は いやしき降るに 梅の花 いまだ咲かなく いと若みかも
現代文  「」。
文意解説  「いやしき降るに」はひらがな表記だとわかりにくいが「いや、頻りに降りますが」という意味である。つまり「春の雨はしきりに降り注ぎますが」で、求婚の寓意である。「梅の花」は家持の娘のことという。後はいわずもがな。「まだ幼すぎます」という歌である。
歴史解説

【巻4(787)。】
 
題詞
原文  如夢  所念鴨  愛八師  君之使乃  麻祢久通者
和訳  夢のごと 思ほゆるかも 愛しきやし 君が使の 数多く通へば
現代文  「あなた様のような方の使いが幾度もいらしゃるので夢のようです」。
文意解説  第三句の「愛(は)しきやし」は、454番歌に「愛しきやし栄えし君のいましせば」とあったように、「慕わしい、いとしい」といった意味の用語である。ここでは使の者が「数多(まね)く通へば」(幾度も訪れてくるので)とあるので、その使いの者を差していう。藤原久須麻呂に対する外交辞令。
歴史解説

【巻4(788)。】
 
題詞  大伴家持の作。
原文  浦若見  花咲難寸  梅乎殖而  人之事重三  念曽吾為類
和訳  うら若み 花咲きかたき 梅を植ゑて 人の言繁み 思ひぞ我がする
現代文  「植えてまだ間もない梅の木ゆえまだ簡単に花が咲く筈もない。なのに幾度も求婚なさるので気にかかります。人の噂(うわさ)もあり、どうしたものかと困っています」。
文意解説  「うら若み」は「末(うら)若み」で「枝先がまだ小さくて」の意味である。
歴史解説  大伴家持が藤原久須麻呂(ふじわらのくすまろ)に贈った歌です。藤原久須麻呂(ふじわらのくすまろ)から大伴家持(おおとものやかもち)の娘さんを、藤原久須麻呂(ふじわらのくすまろ)の息子さんの嫁に欲しいと言われて、困っていた、と解されている。

【巻4(789)。】
 
題詞  家持がさらに久須麻呂に贈った歌二首。
原文  情八十一  所念可聞 春霞  軽引時二  事之通者
和訳  心ぐく 思ほゆるかも春霞 たなびく時に 言の通へば
現代文  「幾度も求婚なさるので春霞のように晴れやらぬ気分です」。
文意解説  「心ぐく」は春霞のように「晴れやらぬ気分」を言っている。
歴史解説

【巻4(790)。】
 
題詞  大伴家持の作。
原文  春風之  聲尓四出名者  有去而  不有今友  君之随意
和訳  春風の 音にし出なば ありさりて 今ならずとも 君がまにまに
現代文  「娘が成長するまでこのまま様子を見させて下さい。やがて春風が訪れるでせう。その時のあなたの気持にお任せいたしましょう」。
文意解説  「春風の音にし出なば」は「春風がはっきり音を立てて吹くようになったら」、つまり「成長したら」の意味である。「ありさりて」は「このままにしておいて」である。
歴史解説  大伴家持が藤原久須麻呂(ふじわらのくすまろ)に贈った歌である。

【巻4(791)。】
 
題詞  藤原久須麻呂が応えた歌二首。
原文  奥山之  磐影尓生流  菅根乃  懃吾毛  不相念有哉
和訳  奥山の 岩蔭に生ふる 菅の根の ねもころ我れも 相思はざれや
現代文  「お父上(家持様)と同様私もまたお嬢様に慎重に心尽くして対処しないことがありましょうか」。 
文意解説  「ねもころ」がキーワード。この用語は580番歌や682番歌に使用されている。「菅の根の細かさ」からくる用語で、「細やかに」とか「丁重に」といった意味の用語。ここでは682番歌の「心尽くして」の意と同様である。歌意の中核は結句の「相思はざれや」にある。
歴史解説

【巻4(792)。】
 
題詞
原文  春雨乎  待<常>二師有四  吾屋戸之  若木乃梅毛  未含有
和訳  春雨を 待つとにしあらし 我がやどの 若木の梅も いまだふふめり
現代文  「梅の木(お嬢様)は春雨が降り注ぐのを待っておいでのようですね。我が家の庭の梅の若木もまだ蕾のままです。(決して性急にお嬢さんに迫っているわけではありません)」。
文意解説  本歌の歌意を理解した上で前歌に接すればいっそうその歌意が胸に響く。以上で、全巻これ相聞歌たる巻四の終了である。一部、友人等親しい相手に当てた歌が入っているが大部分は恋愛歌である。とりわけ大伴家持、及び彼を取り巻く女性たちが織りなす歌が数も多く色彩豊かである。が、不思議に大伴家持のドンファン的要素は少ない。むしろ大嬢とのやりとりの真剣みが際立っている。どう解釈しようと、読者たる我々各自の自由だが、男女間の丁々発止のやりとりをも含んだ色彩豊かな巻となっている。
歴史解説





(私論.私見)