私は、フランシスコ・ザビエル(1506〜1552)が1549年に日本に来て以降、一貫してイルミナティの日本に対する戦争は継続していると考えています。フランシスコ・ザビエルはイエズス会の創立メンバーの一人で、イグナチオ・ロヨラ(1491〜1556)に次ぐナンバー・ツーです。ザビエルとロヨラが二人で相談して、ヨーロッパとアフリカと新大陸はロヨラが、インドから向こう東アジアはザビエルが布教するというように協定したのです。日本人はいまだに、ザビエルという人物の正体だけでなく、彼が目的としていたことについてまったく知りません。ザビエルはインドからマラッカ経由で日本に来ており、ザビエルの役割は、単なるキリスト教の伝道師ということだけではなかったのです。彼らはイルミナティの世界支配の将校、あるいは斥候(せっこう)か将軍くらいの役割を帯びて日本に来たのです。日本に来て4年くらいの間に信者を作っていきましたが、彼の目的はそんなことではなく、日本の値踏みというか、日本を徹底的に調べてどのように処分するかという戦略を立て、日本に彼らの根拠地を作ることにありました。ザビエルは1年半後くらいに、イエズス会の本部に報告書を出しています。それによると、「日本はヨーロッパと対等か、もしかするとはるかに優れた水準の文明のようだ。しかもまったく付けこむ隙のないような強力な軍隊を持っている。民族として団結している」、と報告しています。つまり彼らにとって、日本は危険な存在であると見抜いたのです。そこで日本人全部をキリスト教に改宗させることで、彼らの精神的な奴隷にするか、それができなければ殺すしかないと考えました。同じことが南米やアフリカでも行なわれ、キリスト教に改宗させるために武力でもって部族を征服し、キリスト教を強要し、集団洗脳しました。しかし日本人の多くは読書する能力もあったことから、南米やアフリカのようなことはできなかったのです。
そこで彼らは日本人には、文章による教育や布教が必要だと認識したのです。そのために宣教師は日本語を勉強して、洋書のポルトガル語辞典を作ったりし、早い時期からさまざまな日本語を翻訳したりしています。このような文章による布教により、日本人を精神的に洗脳するという戦略を行使したのでした。中国に対しては、日本よりはるかに大きな世界最大の国家なので、これをどのように処分するかについても、ザビエルはしばらく中国に滞在して方針を立て、その報告書をローマ本部に送っています。その時以降、彼らの日本に対する方針は一貫しています。つまりそれは、日本に住む人々の精神を日本人でないようにするための方針であり、アジアに対して武力による侵略を行使するという方針を立てました。それで最終的に、米軍が日本を占領して原爆を投下し、恐怖に陥れるわけですが、それによってアメリカの西洋文化を押し付け、日本の歴史を否定し、日本人の頭脳を精神的に変えてしまったのです。そして今でも、その方針は続けられています。日本人は精神的に心理的に、習慣や風俗、食べ物に至るまで、すべてにわたって日本的なものを全部変えてしまいました。そして抵抗するものは排除されます。このようにして日本に対する一貫した工作が今も行なわれているということを、日本人は知らなければならないと思います。
ユダヤ教やキリスト教や、さらに後に出てきたイスラム教などの世界宗教は、何となく自然に生まれて出てきたように思われており、彼らは「神の啓示」などと言っています。しかしそれらの世界宗教は超古代のシュメールやエジプトの時代から、地球を支配しているイルミナティによって、人類を支配する道具として作られたものなのです。つまり、人類を完全に奴隷化することが、超太古の時代から一貫して、イルミナティという秘密結社の基本的な考えであったのです。そのために作られたのが宗教というシステムであり、何かを盲目的に信じさせることによって人間の精神を監獄に閉じ込め、効率的に人間を奴隷にするために考えられたものなのです。ですから世界宗教の基礎となるものは、超古代のエジプトとシュメールで作られ、形こそ違いますが、基本的には現代に至るまで一貫しているのです。そのことについて日本人はまったく教えられたこともなければ、ほとんど知りません。時代は下がりますが、「ヴェネチア」についても日本人はほとんど知らず、しかも非常に間違った形式的な歴史を教えられています。ヴェネチアというのは、西暦480年頃に西ローマ帝国が滅びた後、イタリア半島の東の奥のほうに位置するヴェネチアに、ローマ帝国の貴族の一部が、自分たちの基地として、また避難場所としてそこに移動したわけです。そしてそこが、イルミナティの世界首都として成長するように計画されました。後に彼らはヴェネチアの「黒い貴族」と呼ばれるようになり、彼らの持つ統治システムは「寡頭(かとう)権力」(オリガルキー)という金融寡頭権力体制を築くようになりました、それは100あるいは200存在すると言われる、ある世襲された世界権力の家系から成っています。彼らは莫大な富や資産、金融を持っており、それによって国家権力を独占し、貿易によってヨーロッパ半島や地中海沿岸地域、そして黒海を通ってロシアへ浸透して行きました。後にイスラムが登場するとイスラム世界にも浸透していきました。ですから事実上、イスラム教とキリスト教の両方における世界的な金融と貿易、それに武力を持つ権力体制をヴェネチアは作ったのです。
そのヴェネチアが起こした重要な事件はたくさんありますが、そのうちの一つが11世紀から13世紀にかけて起きた「十字軍戦争」です。「十字軍戦争」とは、カトリックのローマ法王庁が音頭をとり、イスラムからエルサレムを取り戻すと称して、4回くらいの大戦争を起こしたものです。しかしローマカトリックを煽動し十字軍戦争を起こさせるためには、西ヨーロッパからエルサレレムまで軍隊が大遠征をしなければならず、そのために途方もない多額の軍資金が必要になりましたが、その資金はすべてヴェネチアの「黒い貴族」が用意しました。用意したといっても、タダでくれるわけではありません。十字軍にはイタリアだけでなく、フランスやイギリス、スペイン、ドイツから兵士が集められ、当然それらの国々の王侯貴族に軍資金が貸し付けられて「利子」が取られました。ヴェネチアはイスラムに目をつけ、その後ビザンチン、東ローマ帝国の後継者としての「東方ギリシャ正教」をも支配下に入れ、この三つの地域に目をつけました。そのような勢力を利用してカトリックとイスラムを戦わせ、次にカトリックと東方ギリシャ正教を戦わせました。そのようにしてそれぞれの地域に自分たちが軍隊を動員し、十字軍戦争を大規模なものにしていったのです。戦争が大規模になるほど、ヴェネチアの黒い貴族は多くのお金を貸し付けては利子を生み出していきました。ですから十字軍戦争というのは最初から最後まで、ヴェネチアの「黒い貴族」によるシナリオであったのです。
その次は、当時、100万人から200万人程度の、非常にわずかな人口の遊牧民族であったはずのモンゴルが、13世紀にユーラシア大陸全体の半分ほどの面積を領土にして、あっという間に世界的な大帝国になってしまった理由についてです。それはモンゴルを、世界的な大帝国につくりあげる決定的な指令があったからなのです。それもヴェネチアであり、ヴェネチアがモンゴルの宮廷にエージェントを送り、モンゴルの軍隊に対して、「ヨーロッパやイスラムへの攻撃の仕方」の情報を与えたのでした。そうやってヴェネチアの黒い貴族は、彼らの世界権力を推し進めるために、モンゴルの世界帝国をつくることを必要として推進したのでした。『東方見聞録』で有名なマルコ・ポーロも、ヴェネチアの黒い貴族が送り出したエージェントだったのです。そして15世紀の大航海時代に、ポルトガルがマゼランを、スペインがコロンブスを派遣してアメリカ大陸到達のために艦隊を送りました。そのために必要な莫大な資金も、ヴェネチアの勢力である北イタリアの商業・貿易・金融都市の勢力により準備されました。大航海時代の背景とはポルトガルやスペイン、イギリスといったそれぞれの国家ではなく、ヴェネチアに浸透する金融寡頭勢力でした。このようにして彼らは、世界支配を進めていったのです。そして1517年、マルチン・ルターによる宗教改革の結果、カトリック教会は二つに分裂し、カトリックとそれに反対するプロテスタントという勢力が起こりました。それから10年〜20年後、ヴェネチアの黒い貴族は、カトリック教会を脅かすプロテスタントと戦うために「イエズス会」という新しい修道会を組織しました。そしてイグナチオ・ロヨラとフランシスコ・ザビエルを選抜して任務を与え、資金を提供して強固な組織にしたのはヴェネチアの「黒い貴族」だったのです。またヴェネチアの「黒い貴族」は、カトリックとプロテスタントの両方に資金を与えてけしかけ、分裂と激しい対立による殺し合いを背後で操作しました。その争いがもっとも激烈に発展したのがドイツであり、そこでは両派による宗教戦争によって人口が半分になってしまった地域さえありました。このようにして、増長して膨れ上がったカトリック教会の権威に壊滅的な打撃を与えることによって、ヴェネチアの黒い貴族は彼らの世界支配を次の段階に推し進めようとしました。この辺りから西洋の近代史が、日本とも関連してきます。しかし日本人はこのような西洋史の裏の真相について、何も情報を与えられてはいないのです。
