御城碁考 |
更新日/2022(平成31.5.1栄和改元/栄和4).4.18日
(囲碁吉のショートメッセージ) |
ここで「御城碁考」をものしておく。 2022.4.18日 囲碁吉拝 |
【御城碁考】 |
御城碁は、1826(寛永3)年、二条城で、算砂を継いで名人となった中村道碩と安井算哲による徳川秀忠御前対局(算哲先番3目勝)を御城碁の始めとしている。1855(安政2)年、安政大地震により中止。1862(文久2)年は下打ちのみ行われ、江戸城火災を理由に御城碁は沙汰止み。1864(元治元)年に中止となり歴史を閉じた。「この間230年余、536局対局、出仕した棋士67名」とカウントされている。 「御城碁」初版は、1951(昭和26)年に瀬越憲作、渡邊英夫、八幡恭助らの御城碁譜整理配布委員会により発行されている。1978(昭和53)年、「御城碁」(誠文堂)が復刊されている。これを以下仮に「御城碁原書」としておく。思うに大変な労作であり、日本囲碁界の至宝の書である。しかるに何ゆえかは定かではないが容易には手にできない環境下にある。 私事でいえば、インタ-ネットで¥13,700円前払いで求めたところ届かない。振込先は追跡不能の個人だった。要するに振込詐欺にあった。この憂き目に遭って囲碁吉の闘志がメラメラと沸いた。よし!「御城碁」公開を手掛けよう。そこで図書館で求め棋譜確認した。これを整理し、誰でもが親しめるよう、囲碁吉が分かる範囲内でサイトアップしておくことにした。但し、困ったことに、囲碁吉の整理では棋譜が573局(最後の1局は下打ちのみ)になる。流布されている「536局対局」説と整合しない。どこがどう違うのか分からない。 「原書」は棋譜ナンバ―が記されていない。その為、推定で確認する労務が必要となる。そうすると他書他情報を参照する必要が生まれる。それでも局数ナンバ―が符号しない所がある。思うに、「御城碁原書」は棋譜ナンバ―が確定できなかった為に敢えて記していないのかもしれない。あるいは打ち手の白黒が逆転している所がある。あるいは勝敗目数差にズレがある所がある。あるいは「原書」以外に棋譜があるように思われる。あるいは「御城碁」ではない棋譜が「原書」に取り込まれている可能性もある等々。 インタ-ネット時代になって、日本の御城碁時代の棋譜の公開と研究に熱心なのは、判明するところ中国である。これに対し、日本はと云えば丁度その頃から西欧風の著作権を振りかざし始め、棋譜を秘匿する傾向に向かい今日に至っている。新聞棋戦のタイトル戦なぞは会員には棋譜を見せるが、非会員の者には開示しない悪風に染まっており、これを非とする見識がない。2023年現在、中国、韓国が世界のトップの座に居り、日本は3位の地位を台湾に脅かされつつある。その原因は、棋譜著作権囲いに執心する日本に対し、中国、韓国では過去の棋譜も最新の棋譜も速攻で集団討議する姿勢の違いにあるように思われる。 かくなるうえは、処方箋として棋譜著作権解毒剤を煎じて飲み、手始めに日本囲碁の至宝である「御城碁」から情報公開を始めるべきと思う。日本囲碁界が総力を挙げて、この至宝を精査し磨かねばならないと思う。かくて「まず隗(かい)より始めよ」となった。本サイトがその一助、きっかけになればと思う。 |
(私論.私見)