棋理論7/敢えて石取らずの生かして十分の法 |
更新日/2020(平成31、5.1栄和改元/栄和2).9.21日
(囲碁吉のショートメッセージ) | ||
ここで、「棋理論7/敢えて石取らずの生かして十分の法」を書きつけておく。 2005.6.4日、2015.3.3日再編集 囲碁吉拝 |
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【攻防論/敢えて石取らずの生かして十分の法元年】 | |
「敢えて石取らずの法元年」。2020.9.1日、意識しての「敢えて石取らず」で圧倒した。よってこれを記念して「敢えて石取らずの法元年」と命名する。この法によると、「石を取って喜ぶようでは並みの六段止まり。天下六段ともなると取れる石を敢えて取らない。取る代わりの好点を先取する。その好点先取で勝勢なら取れる意思を取る必要がない。取る以外に方法がない場合のみ取る法に習熟せよ、と云うことになる。これを「上手(じょうず)の法」と云う。この法に熟達せよ。これを確認しておく。 序盤、中盤のやり取りで、隅や辺の相手の石が取れる状態になることがある。しかし、石を取るのは下策である。石が取れる状態になったとしても、その石を取る必要があるかどうかを検討せねばならなない。ここでゆっくり腰を落として小考し、敢えて取れる石を取らず、他の好点に向かうのも一法。あるいは取れる石を敢えて取らず大きくゆっくり攻め、「逃がす、泳がす、苛める」ながら勝勢いに持っていくのが賢い。これを俗に「イジメ」と云う。「イジメの利得」は存外と大きい。そもそも、石を取ったつもりで取らされた図になっていることがままある。あるいは取られた側が猛烈な攻めに転じ、その攻防で失着を打ち、結果的に負かされることがある。そういう意味で、「寝た子を起こさぬよう真綿の首絞め」の方が良い。 別局面で、いつでも取れる状態にして中原睥睨の手、傷ぐちを塞ぐ手、相手の囲い地荒らしの手を打つのが賢い。相手が取られることを嫌って手を入れればそれも良し。そこは相手に手を入れさせるところと心得るからである。これにより二手打ちしていることになる。この「二手打ちの効」に習熟せねばならない。相手が手を入れない場合、いつでも取れる状態にある。これが上手な石の攻め方である。これが芸達者の打ち方である。あちこちがこのような展開になれば自ずと局勢が有利となり、後は相手が自滅するのを待つだけとなる。これを俗に「棚から牡丹餅法」と云う。こういう打ち方がよい。 「中原睥睨(ちゅうげんへ-ゲル)」の争いで、相手の石を攻める側に回った局面で、既に数十目になっており、取りきれば相手の投了となる局面に於いて、この場合でも無理に取りに行く必要はない。攻め石を利き石にして相手の辺の地に上手に雪崩れ込むのが良い場合が多い。無理に取りに行って、その間に相手が辺に手を入れて補強し、その中央の石を取れなかった場合、形勢逆転になる。何をしたか分からなくなる。そういう場合も含め、「敢えて取らざる法」を身に着けるのが良い。 本因坊算砂が次のように述べている。(高野圭介「武将と碁」)
2018.3.4日 囲碁吉拝 |
【攻防論/毒饅頭を食わされるな】 |
「石を取らされて碁に負ける。これを毒饅頭食わされると云う」。これは、「敢えて極力石取らず、ゆっくり攻める法を熟達せよ」に反しており、これほど屈辱侮辱はない。しかし案外と良くあることであり、石を取ったようで取らされている場合が多い。取ると締め付けを食らうような取り方はしないのが賢い。取らずに勢力の要点に回る、あるいは地を荒らす方が良い。数十目の大石を取った場合も然りで、毒饅頭食わされている場合が多い。これを思えば、毒饅頭は当たり前のこと、よしんば饅頭であっても「敢えて石取らず、極力石取らずの法に熟達」し、取らずに勝つ方法を尋ね、止むを得ない場合にのみ取るぐらいの感覚で丁度良い。 これに関連して、相手が取られた石の救出の手を繰り出したときがチャンスである。この時こそ、相手の石の背中側に潜り込むチャンスである。成り行きによっては切り結ぶことになる。相手が取られた石の救出に成功した時、こちらはそれ以上の利を挙げれば辻褄が合っている。よって、この絶好のチャンス時機を的確に活用してものにせねばならない。 2016.2.15日 囲碁吉拝 |
【攻防論/石を取らされて碁に負けるほど後で悔しいことはない】 |
「石を取らされて碁に負けるほど後で悔しいことはない」。尻尾をちぎって捨石の方を取らされて喜ぶのは初心者である。中級者は大石を狙い取って喝采する。上級者は大石でさえ極力取らないようにして勝負に勝つ。 |
【攻防論/石取らずの法の裏版として上手に石を取らせろの法】 |
「石取らずの法の裏版として上手に石を取らせろの法」。これが「上手な石の攻められ方(食べられ方)」であり、「上手(じょうず)の法」である。これを確認しておく。 序盤、中盤のやり取りで、隅や辺の石の生き死に問題が発生する。この時、隅の石の場合、よしんば攻め合い手数で生きがあっても、敢えて取らせて外勢を得る方が賢い場合がある。生きがあればなんでもかんでも生きようとするのは下策である。外勢を得る方が賢い場合には石は上手に捨てて締めつけに回るのが良い。即ち、石を敢えて生きず取らせる方が利が大きい場合には捨てにかからねばならない。これもフリ代わりの一種だと思う。 2019.2.28日 囲碁吉拝 |
【攻防論/殺し打ちより手を入れさせ、その代わりの絶好点打ちが賢い】 |
囲碁は将棋の玉詰めのように相手の大石を詰め殺すのが目的ではない。追い込みながら得をし、手を入れなければ死にますよと告知し、相手に手を入れさせ、その代わりに絶好点に先着して行くのが賢い。 |
(私論.私見)