◇川内康範さんVS森進一さん
歌手の森進一さん(59)が、代表曲「おふくろさん」を歌えない状態が続いている。森さんが歌詞を追加していたことに、作詞家の川内康範さん(87)が激怒したためだが、今ひとつ分からないことも多い。「おふくろさん」七つの疑問に迫ってみた。【太田阿利佐、高橋昌紀】
◇ものまねは?カラオケは?歌碑は?
まず“おふくろさん騒動”をざっと振り返ってみよう。「おふくろさん」は川内さん作詞、故・猪俣公章(いのまたこうしょう)さん作曲で、1971年に森さんが歌い、大ヒットした。川内さんは国産第1号のテレビドラマ「月光仮面」の原作者。「誰よりも君を愛す」「骨まで愛して」「花と蝶(ちょう)」などの名曲の作詞のほか、故・竹下登元首相ら政治家との交友でも知られ、84年にはグリコ・森永事件の犯人に犯行をやめるよう呼び掛け、返事が来たことでも話題になった。
今回の騒動は、その川内さんが2月20日に会見して表面化した。川内さんの説明では、森さんがオリジナル曲の冒頭に、保富康午(ほとみこうご)さん作詞、猪俣さん作曲の序奏を追加していることに10年ほど前に気付き、やめるように注意してきた。ところが森さんは昨年大みそかのNHK「紅白歌合戦」でも追加部分を歌い、その後の話し合いも欠席。「森にはもう自分の歌は歌わせない」と強く批判した。
森さんは30年ほど前からコンサートなどで追加部分を含めて歌ってきた。川内さんの“立腹会見”後、おわびのため川内さんを訪ねるが会えず、11日に福岡県飯塚市で開いたコンサートで「おふくろさん」を「しばらく封印する」と宣言している。
<1>森さんはもう「おふくろさん」は歌えないのか。
著作権法上は、改変部付きは歌えない。音楽著作権を管理する社団法人・日本音楽著作権協会(JASRAC)によると「著作者である川内氏から自分の意に反した改変だとの通知があった。これは同一性保持権(著作権法第20条)の侵害にあたる恐れがある」という。同一性保持権とは、自分の作品を他人に勝手に変えられない権利のこと。替え歌はダメ、ということだ。
では、オリジナルはどうか。JASRACによると森さん側から申し出があった時点で、著作権等管理事業法第16条に基づいて許諾の可否を判断する。同条は著作権管理事業者に「正当な理由なく、著作物等の利用の許諾を拒んではならない」という応諾義務を負わせている。基本的には著作権法を守っていれば誰でも好きな歌を歌うことが認められているのだ。ただ川内さん側が「森さんには歌わせない」と主張していることが、「正当な理由」に相当するとJASRACが判断すれば、森さんは歌えない。「現状では森さんからそのような(オリジナルを歌いたいという)お話はなく、仮定のケースでコメントはできない」(JASRAC広報部)
<2>では、なぜ嘉門達夫さんの替え歌は許されているのだろうか。
同一性保持権は「著作者の意に反して」改変されない権利で、著作者がOKなら問題はない。嘉門さんはヒット曲のサビの部分の替え歌が人気だが、ひとつひとつ許諾を得ている。しかも親告罪なので、著作権者から申し出があって問題化する。カラオケボックスで替え歌を歌っても、著作権者の先生方に「問題!」と認めてもらえなければ同法違反には問われない。
<3>基本的に誰もが自由に好きな歌を歌えるなら、なぜ吉幾三さんは勝手に「おふくろさん」を歌わないのだろうか。
吉さんはスポーツ紙の取材などに「『おふくろさん』は名曲。歌いたい」と発言している。音楽評論家の伊藤強さんは、勝手に歌わない理由について「歌謡界、特に演歌の世界では他人の『持ち歌』に遠慮があるから」と解説する。「歌謡曲の世界では、もともと歌手のイメージに合わせて作詞家が歌詞をつくり、作曲家が曲をつけた。それがヒットするといわゆる持ち歌になる。今は自分で作詞作曲して歌うシンガー・ソングライターが多いが、かつては作詞・作曲家が歌のレッスンまでして歌手を育てたものです」という。作詞家の発言力が強いわけである。
「持ち歌は歌手にとっては財産のようなもの。法的には誰が歌ってもいいのでコンサートなどでは他人の持ち歌もよく歌われる。しかし録音したりテレビで歌う時には、作詞家・作曲家に許しをもらうことが多く、基本的には断られない。ただレコード会社間や歌手同士の付き合いもあります。今回は吉さんが遠慮しているのでしょう」
<4>森進一さんのものまねを宴会芸にしている人も多いが、森さん本人が「おふくろさん」を封印しているのに、ものまねをやってもいいのだろうか。
JASRACによると「改変部付きはダメですが、オリジナル版であればものまねも問題ありません」と言う。
<5>では、カラオケはどうか。
当然、改変部付きの「おふくろさん」を提供すれば同一性保持権侵害の可能性があるからダメ。しかしオリジナルであれば歌っても大丈夫。たとえ「歌手名・森進一」から検索しても特に法的な問題は生じない。JASRACによると、現在、改変部付きの「おふくろさん」を提供しているカラオケは見つかっておらず、安心して歌って大丈夫そう。
<6>歌を録音で流す石碑はどうなるか。
森さんの亡き母、尚子さんのふるさと鹿児島県薩摩川内(さつませんだい)市(旧下甑(しもこしき)村)には「おふくろさん」の歌碑がある。99年に村民有志が「観光資源に」と建立。刻まれた歌詞は、川内さんが自ら筆をとった。石碑の前に立つと森さんの歌う「おふくろさん」が流れる仕組みだ。
同市下甑支所地域振興課職員の西手明一さん(46)は「歌碑も録音もオリジナル版なので問題ないと判断し、そのままにしてあります。除幕式でのお二人はほほえましい師弟という感じだったのに……。話題になって歌碑を見に来る人は増えていますが、早く元に戻って」と話す。
<7>だれもが一番気になる「おふくろさん」はこれからどうなるのか。
伊藤さんは「森さんの改変は、すべての母を歌った元歌を、森さんの母に置き換えてしまうもので、川内さんが腹を立てるのは理解できる。何か感情的な行き違いがあったのだと思うが、なぜ今問題化したのかよく分からない。『おふくろさん』ほど多くの人から愛された歌は、もはや川内さんのものでも森さんのものでもなく、大衆のものだと思います。川内さんにも大人の対応をしてほしい」と話す。ある関係者はこう語る。「二人とも業界の大物で、近寄りがたい雰囲気があるので、間に立つ人がなかなか現れない」
確かなのはただひとつ。歌われないのでは、名曲「おふくろさん」が泣く……ということだ。
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