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著作物等一般に対する頒布権について |
(1) WIPO新条約について |
「WIPO著作権条約」第6条並びに「WIPO実演・レコード条約」第8条及び第12条は、著作物並びに音に関する実演及びレコードに関し、
「Authors of literary and artistic works (Performers, Producers of phonograms)
shall enjoy the exclusive right of authorizing the making available to
the public of the original and copies of their works (performances fixed
in phonograms, phonograms) through sale or other transfer of ownership
(文学的及び美術的著作物の著作者(実演家、レコード製作者)は、販売又はその他の所有権の移転により、その著作物(レコードに固定されたその実演、レコード)の原作品又は複製物を公衆に利用可能にすることを許諾する排他的権利を享有する)(仮訳)」として一般的頒布権の規定を置くとともに、
「Nothing in this Treaty shall affect the freedom of Contracting Parties
to determine the conditions, if any, under which the exhaustion of the
right in paragraph (1) applies after the first sale or other transfer of
ownership of the original or a copy of the work (fixed performance, phonogram)
with the authorization of the author (performer, producer of the phonogram)
(この条約のいかなる規定も、著作物(固定された実演、レコード)の原作品又はその複製物について、著作者(実演家、レコード製作者)の許諾を得て最初に販売又はその他の所有権の移転が行われた後に(1)の権利(頒布権)が消尽する条件を締約国が定める自由に、影響を与えるものではない)(仮訳)」と規定し、各締約国がこの権利の消尽に関する条件を定めることができることとしている。 |
(2) 現行著作権法における取扱い |
現行著作権法(以下「法」という。)では、「頒布」は、「有償であるか無償であるかを問わず、複製物を公衆に譲渡し、又は貸与すること」(法第2条第1項第19号)と定義されている。頒布権は、複製物の頒布について第三者に対抗できる物権的な効力を有し、この権利によって複製物の流通をコントロールすることも可能となるものである。
法では、頒布権は映画の著作物、映画の著作物において複製されている著作物及び映画の著作物において翻案されている著作物についてのみ認められており、それ以外の著作物については、頒布行為のうち貸与に関する権利(貸与権)は認められているが、譲渡に関する権利(以下この「まとめ」においては、これを「頒布権」という。)は認められていない。
複製物の頒布行為は、著作者等の経済的利益に結びつくものであり、また、無断複製物の頒布は権利侵害を顕在化するものであって、著作権等の保護に大きな影響を有する行為である。しかし他方で、複製物は一旦市場に出た後は当該複製物の流通ルートにおいて譲渡されることが予測されるものであり、複製物の流通の各段階に対して権利が行使されることは、円滑な流通を妨げる可能性がある。また、通常の場合、頒布を目的として複製が行われ、複製者と頒布者とが同一であることが多いことから、複製許諾の際の条件として頒布も契約によりコントロールすることができること、違法複製物の頒布についてはみなし侵害規定(法第113条第1項)を設けたことにより権利者の保護が図られていることから、これまで我が国においては著作物一般に対して頒布権は認められていなかった。
これに対し、映画の著作物については、 |
(1) |
映画の製作には多額の資本が投下されており、複製物1本あたりの経済的価値が高いため、その流通・利用を効果的にコントロールして効率的な資本回収を図る必要があること、 |
(2) |
配給制度により複製物の流通がコントロールされている実態があること、 |
(3) |
上映権だけでは、意図しない上映を事前に押さえることが困難であることから、その前段階である頒布行為を押さえて上映権の実効性を確保する必要があること、 |
(4) |
ベルヌ条約では映画の著作物に関してのみ頒布権が認められていること、 |
などを理由として、頒布権が認められているものと考えられている。 |
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(3) 著作物等一般に頒布権を認める意 |
WIPO新条約においては、各締約国が消尽の条件を定めることができることとされているものの、著作物、実演、レコードの原作品又は複製物(以下「著作物等」という。)の頒布について著作者、実演家、レコード製作者(以下「著作者等」という。)の権利を認めることが求められている。
また、ドイツ、フランス、イギリス、アメリカ等先進諸国においても、著作者等の権利として頒布権が認められているところであり、このような国際的な動向に鑑みれば、著作権・著作隣接権制度の国際的ハーモナイゼーションの観点から、著作者等の基本的権利としてわが国でも著作物等一般に頒布権を認める必要がある。
さらに、著作物等の頒布が著作物等の利用による経済的利益を獲得する主要な手段の一つであることを考えれば、頒布について著作者等の意思を反映させることは権利者の保護という観点から見ても重要な点である。
著作物等一般に対して頒布権を認めることにより、違法複製物が頒布される場合や頒布権者の許諾を得ずに複製物が頒布される場合には、頒布権侵害として差止請求(法第112条)の対象となりうることになるなど、著作者等の保護に資するものと考えられる。 |
(4) 頒布権の認められる範囲(「消尽」)について |
(消尽について)
著作者等に対し、頒布について一定の権利を認めることが、著作権・著作隣接権制度の国際的ハーモナイゼーションや著作者等の権利の保護のために必要であるとしても、著作物等が一旦頒布された後は当該複製物の流通ルートにおいて譲渡されることが予想されるものであることを考えれば、その後の頒布全てに著作者等の許諾を要することとすれば、流通に混乱を招き、取引の安全を害するおそれがある。
従って、新たに著作物等一般を対象として設定する頒布権に関しては、消尽の考え方(頒布権者又はその許諾を得た者が著作物等を譲渡した場合等について、当該著作物等については頒布権はその目的を達成したものとして消尽し、もはや頒布権の効力は、以後の譲渡には及ばないとする考え方)を導入し、頒布権の及ぶ範囲を限定する必要がある。このことは、法第1条に規定する「文化的な所産の公正な利用に留意しつつ」との法の趣旨にも沿うものであり、また(1)で述べたとおり、WIPO新条約もこれを認めているところである。 |
(消尽の段階について)
頒布のどの段階で頒布権を消尽させるかについては、取引の安全に配慮する必要性が高いこと、頒布権を認めている諸外国ではいわゆるファースト・セール・ドクトリンを採用していること等を踏まえ、頒布権者又はその許諾を得た者が著作物等を譲渡した場合に頒布権は消尽し、当該著作物等の以後の公衆への譲渡については権利は及ばないこととすることが適当である。この場合、有体物の所有という外形を信頼して取引が行われている実態に鑑み、一次頒布(公衆に対する譲渡)ではなく、一次譲渡(公衆以外の者に譲渡した場合を含む)が頒布権者の許諾を得る等して行われたときに頒布権が消尽するものとすることが適当である。
なお、頒布権者の許諾を得ずに著作物等が譲渡された場合には頒布権は消尽せず、二次的な頒布に対して頒布権を主張できることとなるが、取引の安全の確保の見地から、善意取得者による二次的な頒布については頒布権侵害とはしない特例措置が必要である。 |
(映画の著作物の頒布権について)
法は、頒布権(ここでは譲渡及び貸与に関する権利をいう。)を映画の著作物についてのみ認めており、その頒布権は消尽しないものと解されている。
しかし、近年では、映画の著作物に消尽しない頒布権が認められているのは劇場用映画の配給という実態を踏まえたものであること等から、ビデオソフトや音楽と映像が融合したいわゆるマルチメディアソフトについては、その円滑な流通を図るため、頒布権は消尽するとすべきであるとの意見がある。
他方、映画の著作物がビデオ化された場合についても、消尽しない頒布権を前提とした流通秩序が存在することから、ビデオソフトについても消尽しない頒布権を引き続き認める必要性は高いという意見もある。
また、いわゆるゲームソフトについては、近年映画以上の多額の資本を投下して製作されている実態もあり、もっぱら販売を通じて利益を確保している現状からは新品ソフト販売直後からの中古ソフト販売によって著作権者等の経済的利益に多大の影響が生じており、著作権者の正当な利益を確保するためには消尽しない頒布権を与えるべきであるとの意見もある。
さらに最近のデジタル化の進展によりゲームソフト以外にも多くのデジタル化された著作物等が存在し、これらは使用による劣化がなく、中古品でも新品同様の価値を有するものもあることから、デジタル形式の著作物等全般に消尽しない頒布権を認めるべきであるとの意見もある。
頒布権の消尽の有無は取引秩序に重大な影響を与えるものであり、現時点では映画の著作物の頒布権について従来の取扱いを変更すべき決定的な理由も見いだしがたいところから、消尽の規定を置かず、現行の規定を維持することとするのが適当である。なお、ゲームソフトの映像については、映画の効果に類似した視覚的又は視聴覚的効果を有するものが増加する傾向にあり、これを映画の著作物に該当するとの判断を示した裁判例も存在することから、その解釈に委ねることとし、現時点では、ゲームソフトについて特段の対応をする必要がないものと考える。
なお、この問題は、いわゆるマルチメディアを含む視聴覚著作物やデジタル化された著作物等の問題とも関連することから、今後のデジタル化・ネットワーク化の進展の状況等も踏まえながら、適切に検討を行っていく必要がある。 |
(国外で譲渡された場合の消尽について)
経済のグローバル化にあわせて、著作物等の流通は国境を越えて広範かつ大量に行われており、円滑な流通及び取引の安全の確保の必要性は、国際取引においても国内取引同様に妥当する。したがって、国外において適法に譲渡された著作物等がその後わが国で譲渡される場合についても頒布権は及ばないこと(消尽)とするのが適当である。
なお、権利者が安心してその著作物等を国外で流通に置くことができるよう、国外で既に譲渡された著作物等のわが国への輸入又は輸入後の譲渡について頒布権の行使を認めるべきとする意見もあり、これについては、他の知的所有権制度とのバランスや諸外国の動向等を踏まえ、さらに検討していくべき課題であると考える。/TD> |