第21参院選選挙結果の総評

 (最新見直し2007.8.1日)

 これより前は「第21回参院選

 (れんだいこのショートメッセージ)
 第21回参院選は、自公与党の歴史的大敗北なった。れんだいこは、「オウンゴール惨敗」と命名することにする。興味深いことは、民主の単独圧勝であることである。これを如何に評すべきか。論者の能力が問われている。以下、れんだいこが検証する。

 2007.7.30日 れんだいこ拝


【選挙結果】
 2007.7.29日、第2回参院選が行われ、総務省発表の投票率は選挙区が58.64%、比例区が58.63%となり、いずれも前回より約2ポイント上回った。

 自民党は改選の64議席から37議席に減らし、89年に宇野首相が退陣した過去最低の36議席に匹敵する歴史的大敗となった。公明党も選挙区で擁立した5人中3人が落選する惨敗で、改選12議席のところ9議席にとどまった。他方、野党の民主は改選32議席に対し60議席と躍進。共産3、社民2、国民2、日本1となった。非改選を含む与党の議席は過半数を割り込み、新勢力は野党側が134議席、与党側は105議席となった。

 安倍首相は同日夜、続投を表明した。一方、民主党は改選議席の32議席から60議席に躍進し、自民党が55年に結党してから参院で占めてきた第1党の座を奪取した。

【各党の新勢力一覧】
政党名 選挙前勢力 改選数 選挙区
改選数
選挙区
新議席
比例区
改選数
比例区
新議席
新議席 非改選数 選挙後勢力
自民党 110 64 43 23 21 13 36 46 83
公明党 23 12 11 20
無所属1
与党 133 76 48 27 28 19 45 57 96
民主党 81 32 21 40 11 19 59 49 109
無所属2
国民新党
新党大地
新党日本
社民党
9条ネット
無所属3
野共同1 95 37 22 50 15 30 68 55 134
共産党
野共同2 101 43 23 41 19 32 71 59 141
女性
維新新風
共生
諸派
合計 240 121 73 73 48 48 121 121 242

【各党の得票率一覧】

【過去4回の選挙区主要党派別議席数比較一覧】
政党名 1998
議席(選挙区、比例区)
2001
議席(選挙区、比例区)
2004
議席(選挙区、比例区)
2007
議席(選挙区、比例区)
自民党
公明党
民主党
共産党 15(7、8) 5(1,4) 4(0、4) 3(0、3)
社民党
合計

【比例区党派別得票数一覧】
   議席  得票 得票率 政党名得票数 個人名得票数
 自民党  14  16,544,696  28.08
 公明党 7,765,324 13.18
 民主党  20  23,256,242  39.48
 共産党  3  4,407,937  7,48
 社民党  2  2,634,716  4.47
国民新党 1,269,220 2.15
新党日本 1,770,697 3.01
9条ネット 273,755 0.46
 女性党  0  673,591  1.14
 新風  0  170,515  0.29
共生新党 146,986 0.25
合計 58,913,683 100.00

【過去3回の比例区党派別得票数比較一覧】
   (2001)得票数 得票率 (2004)得票数 得票率 (2007)得票数 得票率
 自民党 21,114,706 38.57 16,797,686 30.03 16,544,696 28.08
 公明党 8,187,827 14.96 8,621,265 15.41 7,765,324 13.18
 民主党 8,990,523 16.42 21,137,457 37.79 23,256,242 39.48
 共産党 4,329,148 7.91 4,362,573 7.80 4,407,937 7,48
 社民党 3,628,635 6.63 2,990,665 5.35 2,634,716 4.47
国民新党 1,269,220 2.15
新党日本 1,770,697 3.01
9条ネット 273,755 0.46
 女性党 377,013 0.69 989,882 1.77 673,591 1.14
 新風 59,385  0.11 170,515 0.29
共生新党 146,986 0.25
合計 58,913,683 100.00

【2007参議院選比例代表当選者一覧表】
【自由民主党】
舛添 要一 470.571 党参院政審会長
山田 俊男 449.182 〈元〉JA全中役員
中山 恭子 385.909 首相補佐官
丸山 和也 272347 弁護士
川口 順子 261.403 〈元〉外相
佐藤 正久 251.579 〈元〉陸上自衛官
尾辻 秀久 230.292 〈元〉厚労相
石井 みどり 228.165 日歯連参与
佐藤 信秋 227.091 〈元〉国交事務次官
義家 弘介 223.068 〈元〉私立高校教諭
橋本 聖子 221.361 〈元〉スケート選手
山東 昭子 203.323 〈元〉科技庁長官
衛藤 晟一 202.314 〈元〉衆院議員
有村 治子 201.294 〈元〉外食会社員
【公明党】
山本 香苗 〈元〉外務省職員 1,027,546
木庭 健太郎 党参院幹事長 706,993
山本 博司 〈元〉電算会社員 619,837
遠山 清彦 党青年局長 612,972
渡辺 孝男 脳神経外科医 558,197
加藤 修一 〈元〉環境副大臣 392,896
魚住 裕一郎 弁護士 231,50
【民主党】
相原 久美子 自治労中執委員 507,787
吉川 沙織 情報労連役員 306,575
青木 愛 〈元〉衆院議員 297,034
石井 一 〈元〉自治相 292,271
池口 修次 自動車総連顧問 255,453
ツルネン・マルテイ  〈元〉湯河原町議 242,742
神本 美恵子 〈元〉日教組役員 224,999
横峯 良郎 ゴルフ学校主宰 211,828
藤原 正司 〈元〉電力総連役員 194,074
川合 孝典 ゼンセン職員 171,084
風間 直樹 〈元〉新潟県議 169,723
轟木 利治 基幹労連役員 166,969
大島 九州男 〈元〉直方市議 153,779
西岡 武夫 〈元〉文相 151,376
今野 東 〈元〉衆院議員 111,453
藤原 良信 〈元〉岩手県議長 110,125
藤谷 光信 浄土真宗僧侶 79,656
室井 邦彦 〈元〉衆院議員 72,544
大江 康弘 〈元〉和歌山県議 68,973
山本 孝史 〈元〉衆院議員 67,612
【社会民主党】
又市 征治 党幹事長 218,850
山内 徳信 〈元〉沖縄県出納長 145,666
【日本共産党】
井上 哲士 〈元〉赤旗記者 189,456
紙 智子 党中央委員 76,877
山下 芳生 党中央委員 55,912
【国民新党】
自見 庄三郎 〈元〉郵政相 117,590
【新党日本】
田中 康夫 党代表 458,211

【自民党内派閥新勢力図】
派閥名 衆院 参院
町村派 61 21 82
津島派 46 16 62
古賀派 38 46
山崎派 32 35
伊吹派 19 25
高村派 14 16
麻生派 13 15
二階派 13 15
谷垣派 12 15
無派閥 58 21 79
306 84 390


Re:れんだいこのカンテラ時評315 れんだいこ 2007/08/01
 【2007参院選総括その1、議席動向】

2007.7.29日、第21回参院選が行われた。恒例によりこれを総括しておき後日の証とする。与党の安倍政権は改憲を正面から掲げて選挙戦に突入した。しかしながら実際には改憲論議に向かわず、年金失政、閣僚失言等々を廻る論戦に終始し、与野党いずれも改憲論争を避けたまま投票日を迎えた。自民党はオウンゴールを積み重ね、「自民の歴史的敗北、民主の大躍進、公明の初の敗北、共産の又もやジリ貧、社民のズル貧、国民新党の踏ん張り、新党日本の足がかり、9条ネット振るわず、女性党伸びず、新風、共生後塵拝す」という結果となった。以下、各党を総括する。

 自民党は、参院過半数維持の為に必要な自公両党64議席に対し、公明9となったことにより55議席が必要なところ36議席という結果になった。改選数の64を28減らすという記録的惨敗となった。森−小泉−安倍という旧岸−福田系の流れを汲む売国奴系政権が嫌悪されたことになる。

 自民党の敗因は次のところに現れている。18ある改選定数2以上の複数区で各選挙区の候補を1人に絞ったことにより全選挙区で1議席ずつ手堅く獲得した。しかし、埼玉、東京、神奈川、愛知という都市部4選挙区で民主党が2議席取ったのに比すれば防御的な戦いを余儀なくされていることになる。既にかっての自民党の磐石体制が崩れており、民主党がその地位につきつつあることが判明する。

 より深刻なことは1人区である。2001年で25勝2敗、2004年で14勝13敗、2007年で6勝22敗となった。このことは、1人区で自民党が民主党に勝てない時代に突入したことを告げている。従来、野党間分裂を尻目に自公候補が一人勝ちしていた構図が通用しなくなったという意味で深刻な事態を迎えることになった。

 比例区では13議席の確保にとどまった。2001年参院選20議席・2111万、2004年15議席・1679万、2007年13議席・1654万とジリ貧化しつつある。民主党に次第に差をつけられつつあり如何ともし難い流れにある。

 公明党は、手堅い常勝戦略にも拘らず初めて一敗地にまみれた。選挙区は、2001年5議席、2004年3議席、2007年2議席と推移しており、こたびは特に埼玉、神奈川、愛知で民主の2議席目の候補に競り負けするという事態に遭遇した。比例区も2001年8議席・818万、2004年8議席・862万、2007年6議席・776万と推移している。このところ頭打ち傾向を見せていたが、はっきり失速したこと否むしろ後退局面に入ったことを示した。小泉政権以来のウルトラタカ派路線への深のめりこみが反発を買い始めたものと思われる。創価学会末端信者の公明党離れが加速しそうな局面を迎えている。

 民主党は、改選前の32を59へと大躍進した。民主−国民新党連合による無所属候補を含めると60議席を優に越している。2001年38、2004年50、2007年59議席と推移している。1人区で22(民主系では23)勝6敗、複数区でも圧勝した。かって保守王国と云われた東北、四国の1人区で完全勝利している。2人区は自民と民主が分け合ったものの、3人区以上では民主が定番に位置し、更には公明党を押えて2議席取るという勢いを見せている。比例区でも段違いの第一党となっており、2001年8議席・899万、2004年19議席・2113万、2007年20議席・2325万票と推移している。御用評論家はそろそろ乗り換えたほうが賢明だろう。

 他方で、旧社共の場合、治癒し難しの感がある。度々の捲土重来呼号にも拘らず相変わらず後退し続けており、かといって執行部は何の責任も取らない。相変わらずのおざなりの政権批判に耽っている。安部政権に敗北責任を迫るなら、手前達の責任はどうなんだと言い返したくなるのはれんだいこだけだろうか。旧社共の腐敗は底無しであり自力更生能力は無い。左派戦線はもはや新左派系党派の登場によってしか挽回できないことをはっきりさせた。

 共産党は、選挙区で議席0、比例区では2001年4議席・432万、2004年4議席・436万、2007年2議席・440万と推移している。選挙区での議席ゼロ、比例区でのジリ貧という構図が確定しつつある。党中央は得票数が増えていることを自慢しており、つける薬が無い。その他相変わらずの弁明に終始しており処置無しと云える。

 社民党も、選挙区で議席0、比例区では2001年3議席・362万、2004年2議席・299万、2007年2議席・263万と推移している。かっての自社二大政党時代の面影は微塵も無い。共産党にも及ばないテイタラクを痛恨と感じる気配も無く福島社民党の限界を示したと云えよう。

 左派戦線糾合的意義を持つ9条ネットへの期待が集まっていたが、天木代表の送り込みに失敗するという憂目を味わわせられた。この後9条ネットがどうなるのか行方に関心が寄せられる。大胆に6.15共闘との共闘を始めとする左派連合共同運動の創出が望まれるのではなかろうか。

 国民新党はもう少し伸びても良かったが、案外と振るわなかった。選挙区で島根で勝利したほかは全員討ち死にした。比例区は1議席・得票数126万。しかし、選挙区での民主党の大躍進を支える裏方の役割を果たしており高く評価されるべきだろう。

 新党日本は田中代表の送り込みに成功した。比例区得票数177万票で国民新党を上回った。新風、共生、女性党は泡沫の域を出ることができなかった。以上を総評として、各局面の指標分析に向かうことにする。

 2007.8.1日 れんだいこ拝

Re:れんだいこのカンテラ時評315 れんだいこ 2007/08/01
 【2007参院選総括その2、戦記】

 こたびの参院選を一言で評すれば、「ヒメのトラ退治」であろう。もう一つ挙げるとすれば、松岡農相の怨霊が乗り移ったのか、後任の赤城農相の「赤木の山もこれまでか珍芸」であろう。頬に張られたの絆創膏姿こそこたびの選挙の行方を暗示した。

 最大の見所は、島根の亀井−岡山の姫井−香川の植松と云う出雲−吉備−讃岐とまたがる姫御前トリオが、参議院自民党会長の青木、同幹事長の片山、同幹部の真鍋の膝元を払い、見事切って捨てた。後世に残る姫御前のなぎなた払いであった。その象徴が岡山の「ヒメのトラ退治」であり、トラはヒメイをあげた。片山は元々はハト派系であるが、小泉政権の悪政にのめりこみ、地元の有力首相候補・平沼を袖にしてきた傲慢さと驕りのツケを払わされることになった。一時の栄華に酔い、元も子もなくす見本だろう。

 北海道2議席で、民主と自民が分けたが、新党大地の多原が今一歩及ばなかった。東北は民主が圧勝した。特に岩手での民主の磐石の圧勝は小沢の底力を見せ付けた。関東は、群馬で自民の山本が圧勝した以外は民主王国であることを示した。埼玉−東京−神奈川で、民主は2議席を確保しており、公明党が東京を除いて弾き飛ばされた。

 中部は、民主優勢の形で自民と分かち合い、愛知では民主が2議席取り公明党を退けた。北陸は、新潟で自民と民主が分けたが、民主は田中真紀子が応援した森が当選し、本命の黒岩が次点に泣いた。真紀子の底力を見せ付けた。1人区では森元首相の地元福井で自民が取った。それ以外は民主が抑えた。関西では民主と自民が分かち合い、大阪で公明党が食い込んだ。一人区では自民が和歌山を得た以外は民主が抑えた。

 中国では、広島で分け、自民は安倍首相の地元山口を押えたが、それ以外では民主が競り勝った。四国は、4県とも民主が押えるという快挙を記録した。かっての保守王国の面影は微塵も無い。九州は、福岡で分け、1人区では自民が大分と鹿児島を押さえ、それ以外を民主が取った。大分では野党乱立が自民党にトンビの油揚げを許しており、今後の教訓を残した。それに比べて、沖縄では全野党共闘が成立し、糸数が自民をなぎ倒した。これも教訓的であろう。

 以上から云えることは次のことである。民主−国民新党−社民党連合が、自公を相手に堂々と立ち回り否むしろ圧勝しつつあるということである。共産党の「確かな野党」戦略による野党分断をものともせず、民主−国民新党−社民党連合票が自民−公明−共産連合票を上回り始めたことを示した。これこそ、こたびの参院選の特徴であろう。恐らくこの流れは不可逆的で、これを押しとどめる如何なる手立ても無い。

 次に、公明党が選挙区で勝利できるのは東京、大阪以外には無くなったということである。この流れも不可逆的で、公明党は今後大きな頭打ち試練を迎えたことになる。それにしても70年代の花形であった共産党と公明党が揃いも揃って失速し始めており、新しい時代を予感させることになった。

 民主の勢いがどこまで続くか、これが時代のテーマとなった。護憲派と改憲派の党内論議が深まり、自民党よりも能力の高い党であることを示すことが期待されている。ハト派系民主としての自力発展こそが望まれているのではなかろうか。

 2007.8.1日 れんだいこ拝

Re:れんだいこのカンテラ時評315 れんだいこ 2007/08/01
 【2007参院選総括その3、自民党凋落の要因解析】

 自民党は何ゆえにかくも無残な敗北に追い込まれたのか。これを説明できる者がいないと思われるので、れんだいこが解析しておく。

 自民党は、1955年の自由党と民主党との大同団結以来、旧自由党と旧民主党、ハト派とタカ派、内治派と外治派、党人派と官僚派、帝大派と私大派、土着派と洋航派等々という様々な対立抗争軸を派閥化で調整し、共同して政局を乗り切り、政権与党の座を維持してきた。それは、類い稀なバランスの上に成り立つ高度な政治手法であった。

 この時代の自民党こそ世界史上稀な在地型社会主義性を持つ政治権力であり、その組織原則はこれこそ手本となる民主集中制であり、党内に異論異端を許容し、喧々諤々の議論の果てに大同団結するという理想的なものであった。

 日共が、自民党、民主党の雑居性を揶揄し、派閥を批判し、党内純化、一枚岩を自慢し、満場一致を誇り、分派禁止網を張り巡らす姿こそ極右的なネオ・シオニズム組織であることを示している。不幸なことに、この種の日共理論が持ち上げられ、自民党、民主党の雑居性が批判されているが、真実は逆だろう。

 そういう自民党の組織リズムが、ロッキード事件による一撃で狂わされた。当時のハト派の総帥田中角栄元首相が国策金縛り刑に遭わされ、その盟友大平派が孤軍奮闘するも及ばず、以降次第に現代世界を牛耳る国際金融資本帝国主義に好んで身売りすることにより権力を得た売国派勢力が伸張し始めた。1980年代初頭の中曽根政権が、1960年安保闘争により打倒させられた岸政権以来の売国タカ派系の雌伏20年ぶりの復権となった。

 以来、タカ派系が自民党内の支配権を握り、かってのハト派はタカ派の後塵を拝する政権巾着としてのみ延命していくことになった。これを仮に「ねじれハト派」と命名する。1980年代から2001年までの約20年に亙る時代は、タカ派と「ねじれハト派」の政権たらい回し時代となった。とはいえ、タカ派は無論「ねじれハト派」の誰が首相になろうとも、現代世界を牛耳る国際金融資本帝国主義の下僕としての御用聞き政治でしかなかった。この時代は政治史上、「失われた20年」と形容されるに相応しい。

 2001年、小泉政権が誕生した。この政権は、タカ派の小泉系と「ねじれハト派」とハト派の本家争いを演じてきた角栄の娘・田中真紀子の同盟により樹立された。小泉首相は田中真紀子を外相に起用し、同時に打ち出した様々な構造改革路線への期待も有り、政権発足当初は大いに支持された。しかし、小泉首相の出身派閥である旧福田派と旧田中派の歴史的怨念の根は深く、田中外相は様々に執拗にいたぶられた挙句遂に放逐させられた。

 タカ派系一色に純化した小泉政権は以降、云うこと為すこと国際金融資本帝国主義の言いなり下僕路線へとなりふり構わず突っ走って行くことになった。ところで、小泉政治にはある種の代わった作風があった。一言で言えば暴力レイプ型である。小泉政権は政権を長期化させるに従い、暴力レイプ型政治に染まっていった。小泉政治の特徴は、1・国際金融資本帝国主義の言いなり下僕路線、2・ハト派系利権官僚機構のタカ派系への改組、3・ハト派は無論「ねじれハト派」をも組み敷くことにあった。これを暴力レイプ型の恐怖政治で押し進めたところから、党内秩序は大混乱した。

 郵政民営化騒動がその大乱闘の場となった。これにより、我慢に我慢を重ねてきた「ねじれハト派」と土着系タカ派が除名追放され、刺客を送り込まれ、造反派の多くが葬られた。しかし、しこりが深く残ることになった。一部は民主党に接近し、一部は自民党へ舞い戻り、あるいは無所属に居残り、いずれにせよ自民党内を陰に陽に揺さぶっている。こうした状態のまま2007参院選を迎え、大惨敗を喫した。

 小泉後継として登場してきた安倍首相の思考は硬直化している。占領下のマッカーサー式押し付けであるという理由で憲法改正を狙うが、今現在の憲法改正も又ハゲタカ占領下の押し付け的要請であることに口を閉ざしている。れんだいこは、キリスト教愛国主義的なマッカーサー路線の方が、ユダヤ教パリサイ派的なハゲタカファンド路線よりも「よりまし」ではないかと思っている。安倍は、ユダヤ教パリサイ派的なハゲタカファンド路線の方が国益にかなっていることを論証しなければならない。この論証抜きの憲法改正は許されまい。

 もとへ。この自民党に再生能力はあるだろうか。あるとすれば、かってのハト派の復権、そのハト派とタカ派のかってのような同居であろうが、れんだいこの見るところ、党内に残っているのは「ねじれハト派」であり、この連中は右顧左眄する能力以外の能力が無い。よって復権能力を持たない。党内は、小泉治世下でタカ派に純化されており、その度合いをますます深めつつある。皮肉なことに、そうなればなるほど自民党の魅力を減ずるという関係になっており、こたびの選挙はそのことを実証した。このもつれをほぐすことは容易ではなく、あるとすれば唯一小泉新党を立ち上げさせ、ネオ・シオニズム派を体よく追い出すことであろう。

 しかしながら、小泉新党はできない。なぜなら党を立ち上げたり運営する能力が無いからである。ネオ・シオニズム奥の院はそのことを承知している。故に、彼らは自民党に寄生し続け、生き血を吸っていき、ひたすら党中央の座いすを占拠し続けようとする。しかし、それは亡びの道である。哀れなのは公明党である。よりによって、こういう連中と一蓮托生したとは。自業自得と云うべきだろう。

 それにしても、小泉−飯島派を持ち上げ、名宰相として喧伝してきた自称インテリ評論家どもよ、手前達の言説は既に克明に記録されている。今後、君たちの言説の責任が問われることになる。自己批判抜きに間抜け顔を晒せるとは思うなよ。人様に自己責任を説教してきた以上、覚悟しておけ。

 2007.8.1日 れんだいこ拝

【日共の総括】

 2007.7.29日、日共の志位委員長が記者会見を開き次のようにコメントした。「参院選の開票受けて 志位委員長が記者会見」を転載しておく。

 日本共産党の志位和夫委員長は二十九日午後十一時四十分すぎ、参院選の開票状況について記者団に問われ、次のようにのべました。

 一、今度の選挙でわが党を支持していただいた国民のみなさん、奮闘していただいた支持者、党員のみなさんに心から感謝を申し上げます。

 一、まず、選挙結果の全体についてですが、今度の結果は、自民、公明の枠組みでは日本の前途はもはや立ち行かないということを、国民のみなさんが判断した結果だと思います。その点では、大きな前向きのプロセスが始まった、新しい時代が始まったといえる結果だと思います。

 ただ、同時に、自民、公明の政治はノーだということははっきりしたが、それにかわる新しい政治がどのようなものであるべきか、その中身についてはまだ答えは出ていないと思います。その答えを出すのは、これからの大仕事になってくるわけですが、国民が新しい政治の枠組み、中身を探求する新しい時代が始まったというのが、大きくいって今度の選挙の結果だと思います。

 一、日本共産党は今度の選挙において、政治論戦で、自民、公明政治を追いつめる上で、非常に重要な役割を果たしたと思っています。

 年金の問題、庶民大増税の問題、「政治とカネ」の問題、憲法の問題、あらゆる問題で自公政権を追いつめる上で、わが党が果たした役割は大きなものがあったと考えています。

 新しい時代において、日本共産党が果たす役割はいよいよ大事なものになってくると心得て、選挙でかかげた公約の実現のために、しっかり頑張りたいと思います。

 一、わが党の選挙結果自体については、現有議席を確保することは、かなわないという状況です。わが党の奮闘が今回の選挙での議席には結びつかなかったのは残念ですが、次の機会には、政治の本当の改革、変革の党として、前進、躍進を期したいと決意しているところです。

 一、(安倍首相が続投を表明したことについて)これだけの審判が国民によって下されたわけですから、当然、安倍内閣は退陣すべきだと考えます。その結果を重く受け止めるべきです。(首相の発言を)うかがっていますと、憲法の問題、教育の問題で、これまでの方針と変わりないんだということをおっしゃっていました。消費税の問題でも変わりなく増税を検討するんだということを既定路線のようにおっしゃっていましたが、やはり今度の結果を受けて、自民党は厳しい反省をして、これらの問題について、ごり押しをすることは絶対あってはならないと強くいいたいと思います。

 →日本共産党の当選者

(私論.私見)

 日共の志位委員長の記者会見発言は、相変わらずの弁明に終始しており既に食傷済みと云うより醜悪でしかない。「確かな野党論」の功罪に触れず、ひたすら「わが党が果たした役割は大きなものがあった」と抽象的な言辞で済ましている。卑怯姑息と云うべきだろう。「次の機会には、政治の本当の改革、変革の党として、前進、躍進を期したいと決意している」も、このところいつも聞かされる捲土重来論でしかない。

 その癖、「これだけの審判が国民によって下されたわけですから、当然、安倍内閣は退陣すべきだと考えます」とも云う。そして、「今度の結果を受けて、自民党は厳しい反省をして、これらの問題について、ごり押しをすることは絶対あってはならないと強くいいたいと思います」で結んでいる。

 そっくり返してやりたい文句ではなかろうか。れんだいこが返歌しておく。「我が党に対しても、これだけの審判が国民によって下されたわけですから、当然、我が執行部も退陣すべきだと考えます」、「今度の結果を受けて、共産党は厳しい反省を致します。これまでの方針の根本的再検討を行い、従来路線をごり押しをすることは絶対あってはならないと肝に銘じます」。

 こういうことを云う訳がないが、こういう風に述べるなら、国民の共産党に対する目線も変化するであろう。

 2007.8.1日 れんだいこ拝

 2007.7.30日、日共は、「参議院選挙の結果について」の日本共産党中央委員会常任幹部会声明を発表した。これを転載しておく。

 一、二十九日に投・開票がおこなわれた参議院議員選挙で、日本共産党は、比例代表選挙で三議席を獲得しました。これは、一議席減の結果ですが、得票数では、前回および前々回の得票を上回る四百四十万票(7・48%)という地歩を維持することができました。選挙区選挙では、議席を獲得することはできませんでしたが、東京、大阪、京都などで得票を増やしました。

 日本共産党に支持をお寄せいただいた有権者のみなさん、風雨や炎天のもと昼夜を分かたず奮闘された後援会員・支持者のみなさん、党員のみなさんに、心から感謝します。

 一、参院選の結果全体をみると、自民党が改選議席を二十七減らし、「常勝」を誇ってきた公明党が四人の現職議員を落選させるなど、安倍内閣、自民・公明与党にきわめてきびしい審判が下されたことがきわだった特徴です。

 これは、有権者が、自民・公明の枠組みでは日本の前途はない、と判断した結果といえます。首相や閣僚の個々の失敗や不祥事、年金対応ミスにとどまらず、安倍内閣の十カ月が、内政では貧困と格差の拡大、外交では過去の侵略戦争の正当化をはじめとする自分たちの一方的主張の外交的おしつけなど、悪政を加速させてきたことにたいする審判にほかなりません。憲法改定を第一の争点に掲げた安倍内閣の挫折は、「戦後レジームからの脱却」をめざす「靖国」派の反動的な野望への痛打となりました。

 日本共産党は、自民・公明政治にたいするこの国民的審判のうえで、自公政治に正面から対決する「たしかな野党」として、とくに政治論戦で一定の役割をはたしえたことを確信しています。年金・福祉、住民税と消費税、貧困とその不安、「政治とカネ」、憲法改定など、すべての問題にわたって、鋭い暴露と追及という点でも、道理ある対案の提示という点でも、日本共産党の論戦は、悪政を追いつめる少なからぬ役割を果たしました。

 一、今回の選挙での自公政治にたいする国民の審判は、それにかわる新しい政治の方向と中身を探求する新しい時代、新しい政治的プロセスが始まったことを意味するものです。この選挙の結果は、自民・公明の政治にかわる新しい政治はなにか、という問題について、国民の選択が明らかになった、ということではありません。国会論戦でも、国政選挙でも、国民の声にこたえる新しい政治とはなにかという問題が、ますますその比重を大きくしてゆくだろうことは、疑いありません。

 新たに迎える政治的激動の時期において、日本共産党の役割はいよいよ重要なものになるでしょう。そうした自覚のもと、日本共産党は、この選挙で掲げた党の公約を実現するために、国会の内外で力をつくします。また、激動する政治に主導的に対応できるよう、政治と理論のうえでも、また組織のうえでも、より強く大きな党をつくるために全力をあげて努力するものです。

 そして、新たな国政選挙を迎える次の機会には、政治の本当の改革者の党、新しい政治の建設者の党として、かならず前進・躍進を期す決意です。

(私論.私見)

 日本共産党中央委員会常任幹部会声明は何と、前日の志位委員長声明の反省弁「わが党の奮闘が今回の選挙での議席には結びつかなかったのは残念です」をいきなり覆して、「一議席減の結果ですが、得票数では、前回および前々回の得票を上回る四百四十万票(7・48%)という地歩を維持することができました。選挙区選挙では、議席を獲得することはできませんでしたが、東京、大阪、京都などで得票を増やしました」という健闘総括に切り替えている。恐らく、不破の悪智恵が入ったものと思われる。

 次に、「日本共産党は、自民・公明政治にたいするこの国民的審判のうえで、自公政治に正面から対決する『たしかな野党』として、とくに政治論戦で一定の役割をはたしえたことを確信しています」と述べ、引き続き「確かな野党論」を堅持することを明らかにしている。これも不破の悪智恵によるものと思われる。

 そして、「そして、新たな国政選挙を迎える次の機会には、政治の本当の改革者の党、新しい政治の建設者の党として、かならず前進・躍進を期す決意です」という捲土重来の蒸し返しで結んでいる。これも不破の悪智恵が働いているように思われる。

 日共志位執行部よ、日本共産党中央委員会常任幹部会声明とあるが、誰が文責なのか明らかにしてみよ。ついでに常任幹部会でどういう議論が為されたのか公開してみよ。恐らく、不破の文案を読み聞かせ、唯々諾々しただけのことではないのか。

 この声明の基本的欠陥は、「自民党の大敗北、民主党の大躍進、公明党の敗北、その他諸党派の頭打ちないしジリ貧」について何の要因分析もせず、ひたすら「我こう思う、故に我有り」式の先見的テーゼを弄んでいるに過ぎない。自称科学的社会主義のお里が知れる無味無内容な口舌でしかない。

 選挙データの詳細な分析は、恒例の宮地健一氏の「共産党の参院選結果8回分データ分析」(http://www2s.biglobe.ne.jp/~mike/sanin.htm)を参照されたし。それによると、「得票数で上回った」も子供騙しの詭弁であることを明らかにしている。問題は、こうなると、我々はいつまでこういう党中央を許すべきかと云うことになろう。真っ当な党員なら怒らねばならないだろうが。

 2007.8.1日 れんだいこ拝


【社民党の総括】

 2007.7.30日、社民党は、「第21回参議院議員選挙の結果について(声明)」を発表した。これを転載しておく。

  1. 昨日、第21回参議院議員選挙が施行された。社民党は、今回の選挙を10ヵ月に及ぶ安倍政権に不信任を突きつける選挙と位置づけて、「9条と年金があぶない 今回は社民党へ」と全国各地で訴えた。あらゆる地域で安倍政権への激しい批判と不信が噴出した選挙となったが、その批判票は民主党に集中した。わが党は比例代表で2名の当選に留まった。選挙区での推薦候補は5名当選したが、全体としてはたいへん厳しい結果となった。社民党の政策を支持し投票していただいた方には、心から感謝を申し上げるとともに、ご期待に十分に沿えなかったことをお詫びしたい。

  2. 安倍政権は批判に耳を貸すことなく、早々と続投すると公言している。しかし、国民から厳しい批判が突きつけられた以上は、早期に退陣をすべきである。「政治とカネ」をめぐる問題も何らけじめをつけることなく、このまま居直って、国民生活を脅かす労働関係法の改悪や消費税率の引き上げをはかることは絶対に許されない。

  3. 秋からは憲法審査会で改憲発議に向けての論議が、本格的に開始される。参議院選挙では重要な争点とはならなかったが、平和憲法をなくそうという動きに警戒しなければならない。国会内での攻防は大変厳しいものになることが予測されるが、社民党は現在の状況に危機感を持っている人々とともに、国民生活の擁護と改憲阻止のために、全力で奮闘する決意である。以上

(私論.私見)

 社民党の総括は、日共の詭弁と比較して清々しい。「選挙区での推薦候補は5名当選したが、全体としてはたいへん厳しい結果となった。社民党の政策を支持し投票していただいた方には、心から感謝を申し上げるとともに、ご期待に十分に沿えなかったことをお詫びしたい」と素直に敗北を認めている。

 しかしながら、安部政権に対し「早期に退陣をすべきである」と云う。その癖、手前達は執行部の責任に言及せぬまま「国民生活の擁護と改憲阻止のために、全力で奮闘する決意である」と声明している。日共ほどの嫌らしさは無いが、社民らしい万年野党批判に耽っている。

 2007.8.1日 れんだいこ拝

【 新社会党中央本部の総括】
 2007年7月30日 新社会党中央本部 の「声明:参院選挙の結果について」。
 7月29日投開票された参院選の結果、年金問題、政治とカネ、閣僚発言などで国民の怒りをかった安倍内閣と自公与党が惨敗し、参院で与野党が逆転した。それにもかかわらず安倍首相は居座り続け、改憲に向けての動きを強めようとしている。「勝利」した民主党も改憲について自民党と共通の基盤に立っている。私たちは、今回の参院での与野党逆転が、平和と暮らしを守る方向での政治の本質的転換をもたらすものではないことに留意しなければならない。とりわけ、貧富の差が拡大するなかで増税の動きが顕著になりつつあることに怒りを持たなければならない。

 新社会党は、9条ネットの一員として、5月28日に10名の候補者の体制を発表してから2ヶ月間のたたかいに全力をあげたが、27万余の獲得にとどまり、議席獲得には届かなかった。新社会党は、9条ネットでともに闘った多くの支持・声援の声に感謝しつつ、同時に、自らの主体的たたかいについて全党的な総括活動を進め、次のたたかいに備える。共同候補擁立が遅れ短期間での浸透ができなかったこと、9条ネットの賛同人が中期目標の3万人を達成できなかったこと、取り組みに都道府県格差が大きいこと、労働運動との結合が弱かったこと、そして最も重要な党自体の主体的活動量の不足など、総括すべき事項は多い。全国的な総括活動を真剣に進め、護憲の共同闘争の中軸を担い得る組織強化に全力をあげたい。短期間の選挙運動期間中でも「戦争より平和」「戦争より暮らし」をアピールする9条ネットに寄せられた期待と支持の声の広がりは、今後も組織を存続し、改憲阻止の広範な共同戦線の実現を追求するという9条ネットの方針の正しさを示している。新社会党は引き続き9条ネットの発展に全面的に協力し、次期参院選と総選挙にむけて護憲共同を前進させ、2010年にも予定される改憲発議を阻止するために全力を尽くして闘う。








(私論.私見)