石井紘基刺殺事件考その1 |
更新日/2022(平成31.5.1栄和元/栄和4).7.10日
(れんだいこのショートメッセージ) |
遅まきながら「石井紘基刺殺事件」を検証する。「日本よ滅ぶなかれ」の言を遺している。 2009.3.16日 れんだいこ拝 |
【石井紘基議員の履歴】 |
1940年11月6日生まれ。世田谷区出身。早稲田大大学院中退後、モスクワ大大学院修了。社会党書記局につとめる社会新報の記者になり、その後、社民連に参加し長らく事務局長をしていた。東海大講師、衆院議員秘書などを経て93年衆院選に旧日本新党から旧東京3区で出馬して初当選し、自由連合、新党さきがけを経て民主党入りした。衆院東京6区(世田谷区)選出で当選3回。旧日本新党常任幹事、総務政務次官、旧新党さきがけ政調副会長、民主党政調副会長などを歴任している。衆院災害対策特別委員長。
石井氏は特殊法人や公共事業の見直しなど、税金の無駄遣いを追及する民主党の第一人者。政治、経済、社会の各分野で将来の人材を育成するための「維新塾」を主宰している。「国民会計検査院国会議員の会」の代表も務め、天下り会社の整理と会計検査機能強化のための法案作成なども手がけた。「日本が自滅する日」「日本を喰い尽くす寄生虫」「利権列島」「官僚天国・日本破産」など、官僚主導の日本の経済体制を批判する著書が多数あり、論客として知られる。同党関係者によると、ヤミ金融問題に強い関心を示し、企業倒産や不良債権処理を巡って不正な貸金業者に対する調査をしていた。同僚議員によると、政治活動上でのトラブルを抱えていたという。 石井紘基氏の死に伴う補欠選挙で、選挙区の地盤は民主党の小宮山洋子に引き継がれた。小宮山洋子は菅内閣の厚生労働副大臣に抜擢された。 |
以下、長くなるので2003年10月13日衆議院法務委員会に於ける保坂展人氏の質問と政府答弁(議事録)は割愛します。(下記アドレスに載っています) http://blog.goo.ne.jp/hosakanobuto/e/b57bd555544f837f9b2caab70714949c |
【石井議員刺殺事件の概要】 |
2002.10.25日午前10時36分頃、石井紘基衆院議員(東京6区)が、迎えの公用車に乗り込もうと世田谷区の自宅玄関を出たところ、身長約170センチ、グレーのジャンパーを着て、坊主頭でバンダナを巻いた屈強な男の犯人が近づき、石井代議士が「誰だ!」と叫ぶも、駐車場付近で刃渡り約20センチの柳刃包丁による左胸の心臓部位を一突きにされた。石井議員の左胸には背中に貫通するほどの傷が残っていた。一見してプロの仕業であった。運転手が「石井さんが刺された」と110番し、目黒区内の病院に運ばれたが、心肺停止状態で午後零時5分、失血死した(享年61歳)。日本国憲法下において他殺された現職国会議員は浅沼稲次郎、山村新治郎に続いて三人目(丹羽兵助を他殺に含めると四人目)。 犯人の男は現場から京王井の頭線池ノ上駅方向に徒歩で逃走した。現場近くでは、犯行に使われたとみられる刃渡り約30センチの包丁が見つかった。警視庁捜査1課と公安部は殺人事件として北沢署に特捜本部を設置、捜査に乗り出した。不自然なことに、現場に残されていた石井氏が持っていたカバンが紛失している。「カバンの中身は空っぽだった」ともある。 10.26日朝、指定暴力団山口組系の右翼団体「守皇塾」代表の伊藤白水(48歳、在日朝鮮人で本名ユン・ペクス尹白水)が、東京・霞が関の警視庁本部に1人で出頭した。伊藤容疑者は、石井議員の世田谷区内の事務所や永田町の議員会館の部屋を頻繁に訪れ、秘書らに「(石井議員に)金を貸している。仕事を紹介しろ」などと執ように迫っていた。犯行動機として、概要「今年9月に転居先のあっせんを石井議員に依頼して断られたため、事務所で寝泊まりさせてほしいと頼んだが、石井議員から車で寝たらと言われた。ばかにされたのかと思った」と供述していることが分かった。石井暗殺は「狂った個人の蛮行」として早々と処理された。 伊藤被告は動機を「多額の資金提供をしたり、右翼の大物を紹介したのに、恩をあだで返された」と主張した。 2004.6.18日、東京地裁は、伊藤白水(はくすい)被告(50)に対し、求刑通り無期懲役を言い渡した。裁判官は、「被告の供述は荒唐無稽(むけい)で全く信用できない。遺憾ながら犯行動機の詳細について解明するのは困難だ」と述べている。 2005.11.15日、最高裁で無期懲役の判決が確定した。2009.2.11日、テレビ朝日の「スーパーJチャンネル」が、伊藤白水の獄中の独占告白として「本当は頼まれたから殺した」、「法廷での証言はでたらめだった」などの発言を報道した。 |
【石井議員が殺される半年前の様子】 | |||
石井紘基衆議院議員は、殺される半年前に友人へ宛てた手紙で次のように述べている。
「石井紘基氏に 見えていたもの」は「カルト宗教の暴走を許さぬ政治を 石井紘基氏」の中で次のように述べている。
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【石井議員が殺される数週間前の様子】 | |
事件の数週間前、記者が民主党議員の秘書から、「石井先生のところに政界を震撼させるすごいネタが入ったみたいだ。当たってみるとおもしろいかも・・・」と聞かされている。記者が石井氏に当たったところ、「まあまあ、そう焦りなさんな。いま証拠固めの最中だから。いずれ時期を見て国会で質問する。そのときは連絡するよ。これが表ざたになったら、与党の連中がひっくり返るような大ネタだよ」と言って、たばこをぷーっとふかした、と伝えられている。 10.23日、石井議員は、議員会館ですれ違った「週刊朝日」記者に、「いい話があるんだ。書いてよ。これは間違いなくでかくなる話だから・・・」と耳打ちしてくれた。その話、でかいけどまたヤバイ話じゃないですか」と冗談で返すと、「まあな。俺、ヤバイことばっかやってるからな」と笑って答えた、と伝えられている。 以上は、http://hayawasa.tripod.com/isiikoki11.htmより 石井は数日前からおびえて過していたという。死ぬXX日前に暴漢にも襲われている。 石井紘基が握っていた情報は、ある潰れそうな銀行、その銀行系の不動産会社、そしてRCC(整理回収機構)を結ぶ疑惑である。 |
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国会Gメンの隊長石井代議士は次のように証言している。
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【石井議員が殺される前日前後の様子】 |
石井紘基議員はK氏に相談した翌朝に刺殺され、その際に抱えていた資料は行方不明のまま。元大阪高検公安部長の三井環氏は検察裏金疑惑を同じK氏に相談した翌日に逮捕された。そして、その「K氏」は今、この国の首相なのだ… http://rocolo.exblog.jp/11497492/ 石井紘基議員は当時「政界を震撼させるすごいネタが入った」ことは記者たちも知っていた。江田五月氏は「時の権力の中枢に大変な打撃を受けるということ」と表現。時の政権、小泉純一郎総理時代は、変な事件や死体が出る事件が多かった。 https://twitter.com/#!/arths2009/status/29166903090 |
【石井議員殺害直前の様子】 |
事件後、運転手が、倒れている石井議員の後ろにしゃがんで、自分の携帯電話でどこかへ電話していた。本人は自動車電話から車両部にかけたと言っている。ちなみに石井議員の運転手は事件の一週間前に着任。石井議員の遺族は事件後一度も運転手に面会したことはない。
http://bit.ly/d7O2zy 日々坦々 https://twitter.com/#!/arths2009/status/29166951996 当日「国会質問の最終準備を予定」特殊法人をめぐる税金の流れなど国の不正を追求し続けた民主党の故石井紘基議員(当時61)が刺殺されてから、3年以上が経過した。事件現場である自宅玄関前で石井氏が持っていたカバンの中身は空っぽだった。今回、筆者はカバンに「入っていたはず」の書類の作成に携わった金融専門家のA氏と接触した。A氏は、その書類内容とは、国策会社「整理回収機構(RCC)をめぐる不正を示すものだった」と証言した。(佐々木敬一) ★山本尚利氏 '08,03,16 2001年、郵政民営化実現のために生まれた小泉政権誕生の直前、大蔵省は財務省に名称変更を余儀なくされました。これは米国ジャパンハンドラーが、 日本攻略の難攻不落の砦であった大蔵省の分割・弱体化に成功した歴史的瞬間でした。 米国覇権主義者の常套手段は、攻略ターゲット・サイドの目ぼしい人材の懐柔とエージェント化です。 |
【石井議員刺殺事件の背後考】 | |
石井議員刺殺事件の背後に、国策会社「整理回収機構(RCC)」を廻る不正事件追及が絡んでいる ことは間違いない。これに絡んでいろんな勢力がいろんな手口で嫌がらせしていたことが考えられる。 richardkoshimizu氏の「石井紘基議員が、トー○凶会に暗殺されたワケが判るとオウム事件の本質 が見えてくる」を転載しておく。TOTAL INDEX PAGE
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「★阿修羅♪ > 政治・選挙・NHK104」の氏の2011.1.12日付け「<石井紘基事件の犯人追及を><民主党の責任><菅直人・江田五月の責任><小宮山洋子の責任><石井事件真相解明を>本澤二郎」を転載する。
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【石井議員の国会質問の様子】 | |
「国会会議録154-衆-財務金融委員会-21号 2002(平成14)年06月12日〔147〕」を転載しておく。
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【石井議員の著作「日本が自滅する日」の内容】 | |
「★阿修羅♪ > 政治・選挙・NHK68」の「日本が自滅する日 殺された石井 紘基 (著) 全文 目次」を転載する。
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日本が自滅する日 殺された石井 紘基 (著) 全文 序章
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「★阿修羅♪ > 政治・選挙・NHK197」の赤かぶ 氏の2015 年 12 月 07 日付投稿「「石井紘基は死なない」~権力の闇と戦った国会議員、石井紘基氏の命日に東大・安冨歩教授が講演、「知的探求の継続が、彼を復活」を転載する。
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(私論.私見)