貝原篤信(貝原益軒)編録「養生訓」その2 |
原文『養生訓』全巻 貝原篤信(=貝原益軒)編録 |
(巻第三)
飲食上
【飲食は元気のもと、まず脾胃を調る】(301)
人の身は元気を天地にうけて生ずれ共、飲食の養なければ、元気うゑて命をたもちがたし。元気は生命の本也。飲食は生命の養也。この故に、飲食の養は人生日用専一の補にて、半日もかきがたし。然れ共、飲食は人の大欲にして、口腹の好む処也。そのこのめるにまかせ、ほしゐまゝにすれば、節に過て必ず脾胃をやぶり、諸病を生じ、命を失なふ。五臓の初(はじめ)て生ずるは、腎を以て本とす。
生じて後は脾胃を以て五臓の本とす。飲食すれば、脾胃まづこれをうけて消化し、その精液を臓腑におくる。臓腑の脾胃の養をうくること、草木の土気によりて生長するが如し。これを以て養生の道は先ず脾胃を調るを要とす。脾胃を調るは人身第一の保養也。古人も飲食を節にして、その身を養ふといへり。
【禍は口より出で、病は口より入る】(302)
人生日々に飲食せざることなし。常につゝしみて欲をこらへざれば、過やすくして病を生ず。古人「禍は口よりいで、病は口より入」といへり。口の出しいれ常に慎むべし。
【聖人の飲食の法】(303)
『論語』郷党篇に記せし聖人の飲食の法、これ養生の要なり。聖人の疾を慎み給ふことかくの如し。法とすべし。
【飯・羮・酒は熱くして飲食する】(304)
飯はよく熱して、中心まで和らかなるべし。こはくねばきをいむ。煖なるに宜し。羮(あつもの)は熱きに宜し。酒は夏月も温なるべし。冷飲は脾胃をやぶる。冬月も熱飲すべからず。気を上せ、血液をへらす。
【飯を炊く方法】(305)
飯を炊く法多し。たきぼしは壮実なる人に宜し。*(ふたたびいい)は積聚気滞(しゃくじゅきたい)ある人に宜し。湯取飯(ゆとりいい)は脾胃虚弱の人に宜し。粘りて糊の如くなるは滞塞す。硬(こわ)きは消化しがたし。新穀の飯は性つよくして虚人はあしゝ。殊に早稲は気を動かす。病人にいむ。晩稲は性かろくしてよし。
【濃厚なものより淡泊なもの、肉は控え目】(306)
凡(すべて)の食、淡薄なる物を好むべし。肥濃・油膩の物多く食ふべからず。生冷・堅硬なる物を禁ずべし。あつ物、只一によろし。肉も一品なるべし。*(さい)は一二品に止まるべし。肉を二かさぬべからず。また、肉多くくらふべからず。生肉をつゞけて食ふべからず。滞りやすし。羹に肉あらば、*(さい)には肉なきが宜し。
【飲食欲を押さえる】(307)
飲食は飢渇をやめんためなれば、飢渇だにやみなばその上にむさぼらず、ほしゐままにすべからず。飲食の欲を恣にする人は義理をわする。これを口腹の人と云(いい)いやしむべし。食過たるとて、薬を用ひて消化すれば、胃気、薬力のつよきにうたれて、生発の和気をそこなふ。おしむべし。食飲する時、思案し、こらへて節にすべし。心に好み、口に快き物にあはゞ、先ず心に戒めて、節に過んことをおそれて、恣にすべからず。
心のちからを用ひざれば、欲にかちがたし。欲にかつには剛を以てすべし。病を畏るゝには怯(つたな)かるべし。つたなきとは臆病なるをいへり。
【腹八分にすべし、満腹は禍あり】(308)
珍美の食に対すとも、八九分にてやむべし。十分に飽き満るは後の禍あり。少しの間、欲をこらゆれば後の禍なし。少のみくひて味のよきをしれば、多くのみくひてあきみちたるにその楽同じく、且後の災なし。万のむくひて味のよきをしれば、多くのみくひて、あきみちたるにその楽同じく、且後の災なし。万に事十分にいたれば、必ずわざはひとなる。飲食尤満意をいむべし。また、初に慎めば必ず後の禍なし。
【偏った食事の五味偏勝を避けよ】(309)
五味偏勝とは一味を多く食過すを云。甘き物多ければ、腹はりいたむ。辛き物過れば、気上りて気へり、瘡(かさ)を生じ、眼あしゝ。鹹(しおはゆ)き物多ければ血かはき、のんどかはき、湯水多くのめば湿を生じ、脾胃をやぶる。苦き物多ければ脾胃の生気を損ず。酸き物多ければ気ちゞまる。五味をそなへて、少づゝ食へば病生ぜず。諸肉も諸菜も同じ物をつゞけて食すれば、滞りて害あり。
【メリットのある物を選んで食べよ】(310)
食は身をやしなふ物なり。身を養ふ物を以て、かへつて身をそこなふべからず。故に、凡そ食物は性よくして、身をやしなふに益ある物をつねにゑらんで食ふべし。益なくして損ある物、味よしとてもくらふべからず。温補して気をふさがざる物は益あり。生冷にして瀉(はき)下し、気をふさぎ、腹はる物、辛くし(て)熱ある物、皆損あり。
【飯を食べ過ぎないように】(311)
飯はよく人をやしなひ、またよく人を害す。故に飯はことに多食すべからず。常に食して宜しき分量を定むべし。飯を多くくらへば、脾胃をやぶり、元気をふさぐ。他の食の過たるより、飯の過たるは消化しがたくして大いに害あり。客となりて、あるじ心を用ひてまうけたる品味を、箸を下さゞれば、主人の盛意を空しくするも快からずと思はゞ、飯を常の時より半減して*(さい)の品味を少づゝ食すべし。この如くすればさい多けれど食にやぶられず。
飯を常の如く食して、また魚鳥などの、*(さい)数品多くくらへば必ずやぶらる。飯後にまた茶菓子と*(もち)・餌(だんご)などくらひ、或後段とて麪類など食すれば、飽満して気をふさぎ、食にやぶらる。これ常の分量に過れば也。茶菓子・後段は分外の食なり。少食して可也。過すべからず。もし食後に小食せんとおもはゞ、かねて飯を減ずべし。
【口腹の欲に引かれて、道理を忘れる】(312)
飲食の人は、人これをいやしむ。その小を養つて大をわするゝがためなりと、孟子ののたまへるごとく、口腹の欲にひかれて道理をわすれ、只のみくひ、あきみちんことをこのみて、腹はりいたみ、病となり、酒にゑひて乱に及ぶは、むけにいやしむべし。
【夜食・夜酒に関する注意】(313)
夜食する人は、暮て後、早く食すべし。深更にいたりて食すべからず。酒食の気よくめぐり、消化して後ふすべし。消化せざる内に早くふせば病となる。夜食せざる人も、晩食の後、早くふすべからず。早くふせば食気とゞこをり、病となる。凡そ夜は身をうごかす時にあらず。飲食の養を用ひず、少うゑても害なし。もしやむことを得ずして夜食すとも、早くして少きに宜し。夜酒はのむべからず。若(もし)のむとも、早くして少のむべし。
【少々食をひかえても、栄養不足にはなららい】(314)
俗のことばに、食をひかへすごせば、養たらずして、やせおとろふと云。これ養生知不人の言也。欲多きは人のむまれ付なれば、ひかえ過すと思ふがよきほどなるべし。
【多く食べるのはよくない】(315)
すけ(好)る物にあひ、うゑたる時にあたり、味すぐれて珍味なる食にあひ、その品おほく前につらなるとも、よきほどのかぎりの外は、かたくつゝしみてその節にすぐすべからず。*(さい)多く食ふべからず。魚鳥などの味の濃く、あぶら有て重き物、夕食にあしし。菜類も薯蕷(やまのいも)・胡蘿蔔(にんじん)・菘菜(うきな)・芋根(いも)・慈姑(くわい)などの如き、滞りやすく、気をふさぐ物、晩食に多く食ふべからず。食はざるは尤よし。
【常に控え目にする】(316)
飲食ものにむかへば、むさぼりの心すすみて、多きにすぐることをおぼえざるは、つねの人のならひ也。酒・食・茶・湯、ともによきほどと思ふよりも、ひかえて七八分にて猶も不足と思ふ時、早くやむべし。飲食して後には必ず十分にみつるもの也。食する時、十分と思へば、必ずあきみちて分に過て病となる。
【酒食を過ごしたときは?】(317)
酒食を過し、たたりをなすに、酒食を消すつよき薬を用ひざれば、酒食を消化しがたし。たとへば、敵わが領内に乱入し、あだをなして、城郭を攻破らんとす。こなたよりも強兵を出して防戦せしめ、わが士卒多く打死にせざれば敵にかちがたし。薬を用て食を消化するは、これわが腹中を以て敵・身方の戦場とする也。
飲食する所の酒食、敵となりて、わが腹中をせめやぶるのみならず、吾が用る所のつよき薬も、皆病を攻れば元気もへる。敵兵も身方の兵も、わが腹中に入乱れ戦って、元気を損じやぶること甚し。敵をわが領内に引入て戦はんより、外にふせぎて内に入らざらしめんにはしかじ。
酒食を過さずしてひかへば、敵とはなるべからず。つよき薬を用てわが腹中を敵・身方の合戦場とするは、胃の気をそこなひて、うらめし。
【五思とは何か?】(318)
食する時、五思あり。一には、この食の来る所を思ひやるべし。幼くしては父の養をうけ、年長じては君恩によれり。これを思て忘るべからず。或君父ならずして、兄弟・親族・他人の養をうくることあり。これまたその食の来る所を思ひて、そのめぐみ忘るべからず。農工商のわがちからにはむ者も、その国恩を思ふべし。
二には、この食もと農夫勤労して作り出せし苦みを思ひやるべし。わするべからず。みづから耕さず、安楽にて居ながら、その養をうく。その楽を楽しむべし。
三には、われ才徳・行儀なく、君を助け、民を治むる功なくして、この美味の養をうくること、幸甚し。
四には、世にわれより貧しき人多し。糟糠の食にもあくことなし。或はうえて死する者あり。われは嘉穀をあくまでくらひ、飢餓の憂なし。これ大なる幸にあらずや。
五には上古の時を思ふべし。上古には五穀なくして、草木の実と根葉を食して飢をまねがる。その後、五穀出来ても、いまだ火食をしらず。釜・甑(こしき)なくして煮食せず、生にてかみ食はば、味なく腸胃をそこなふべし。今白飯をやはらかに煮て、ほしゐままに食し、またあつものあり、さいありて朝夕食にあけり。且酒醴ありて心を楽しましめ、気血を助く。
されば朝夕食するごとに、この五思の内、一二なりとも、かはるがはる思ひめぐらし忘るべからず。然らば日々に楽も、またその中に有べし。これ愚が臆説なり。妄(みだり)にここに記す。僧家には食時の五観あり。これに同じからず。
【夕食は軽く】(319)
夕食は朝食より滞やすく消化しがたし。晩食は少きがよし。かろく淡き物をくらふべし。晩食にさいの数多きは宜しからず。さい多く食ふべからず。魚鳥などの味の濃く、あぶら有て重き物、夕食にあしし。
菜類も薯蕷(やまのいも)、胡蘿蔔(にんじん)、菘菜(うきな)、芋根(いも)、慈姑(くわい)などの如き、滞りやすく、気をふさぐ物、晩食に多く食ふべからず。食はざるは尤よし。
【食べたらいけない物】(320)
飯のすゑり、魚のあざれ、肉のやぶれたる、色の悪しき物、臭(か)の悪しき物、*(にえばな)をうしなへる物くらはず。朝夕の食事にあらずんばくらふべからず。また、早くしていまだ熟せず、或いまだ生ぜざる物根をほりとりてめだちをくらふの類、また、時過ぎてさかりを失へる物、皆、時ならざる物也。くらふべからず。これ『論語』にのする処、聖人の食し給はざる物なり。聖人身を慎み給ふ、養生の一事なり。法とすべし。
また、肉は多けれども、飯の気にかたしめずといへり。肉を多く食ふべからず。食は飯を本とす。何の食も飯より多かるべからず。
【飯はたくさん食べる。肉は少しでもよい】(321)
飲食の内、飯は飽ざれば飢を助けず。あつものは飯を和せんためなり。肉はあかずしても不足なし。少なくらって食をすゝめ、気を養ふべし。菜は穀肉の足らざるを助けて消化しやすし。皆その食すべき理あり。然共多かるべからず。
【穀物は肉に勝る】(322)
人身は元気を本とす。穀の養によりて、元気生々してやまず。穀肉を以て元気を助くべし。穀肉を過して元気をそこなふべからず。元気穀肉にかてば寿(いのちなが)し。穀肉元気に勝てば夭(みじか)し。また古人の言に「穀はかつべし。肉は穀にかたしむべからず」といへり。
【内臓の弱い人は我慢をしなさい】(323)
脾胃虚弱の人、殊(ことに)老人は飲食にやぶられやすし。味よき飲食にむかはゞ忍ぶべし。節に過べからず。心よはきは慾にかちがたし。心つよくして慾にかつべし。
【友と一緒のときは食べ過ぎ、飲み過ぎに注意!】(324)
交友と同じく食する時、美饌にむかえば食過やすし。飲食十分に満足するは禍の基なり。花は半開に見、酒は微酔にのむといへるが如くすべし。興に乗じて戒を忘るべからず。慾を恣にすれば禍となる。楽の極まれるは悲の基なり。
【持病に悪い物はメモしておいて食べない】(325)
一切の宿疾を発する物をば、しるして置きてくらふべからず。宿疾とは持病也。即時に害ある物あり。時をへて害ある物あり。即時に傷なしとて食ふべからず。
【食い過ぎのときは飲食をやめる】(326)
傷食の病あらば、飲食をたつべし。或食をつねの半減し、三分の二減ずべし。食傷の時はやく温湯に浴すべし。魚鳥の肉、魚鳥のひしほ、生菜、油膩の物、ねばき物、こわき物、もちだんご、つくり菓子、生菓子などくらふべからず。
【まだ消化をしていないときは、次の食を抜く】(327)
朝食いまだ消化せずんば、昼食すべからず。点心などくらふべからず。昼食いまだ消化せずんば、夜食すべからず。前夜の宿食、猶滞らば、翌朝食すべからず。或半減し、酒肉をたつべし。およそ食傷を治すること、飲食をせざるにしくはなし。飲食をたてば、軽症は薬を用ずしていゆ。
養生の道しらぬ人、殊に婦人は智なくして食滞の病にも早く食をすゝむる故、病おもくたる。ねばき米湯など殊に害となる。みだりにすゝむべからず。病症により、殊に食傷の病人は、一両日食せずしても害なし。邪気とゞこほりて腹みつる故なり。
【煮物に関する注意】(328)
煮過して*(にえばな)を失なへる物と、いまだ煮熟せざる物くらふべからず。魚を煮るにに煮ゑざるはあしゝ。煮過してにえばなを失なへるは味なく、つかへやすし。よき程の節あり。魚を蒸たるは久しくむしても、にえばなを失なはず。魚をにるに水おおきは味なし。この事、李笠翁が『閑情寓寄』にいへり。
【調味料には毒消しの意味もある】(329)
聖人その醤(あえしお)を得ざればくひ給わず。これ養生の道也。醤とはひしほにあらず、その物にくはふべきあはせ物なり。今こゝにていはゞ、塩酒、醤油、酢、蓼、生薑、わさび、胡椒、芥子、山椒など、各その食物に宜しき加へ物あり。これをくはふるはその毒を制する也。只その味のそなはりてよからんことをこのむにあらず。
【老いて色欲はなくなっても、食欲はやまない】(330)
飲食の慾は朝夕におこる故、貧賤なる人もあやまり多し。況富貴の人は美味多き故、やぶられやすし。殊に慎むべし。中年以後、元気へりて、男女の色欲はやうやく衰ふれども、飲食の慾はやまず。老人は脾気よはし。故に飲食にやぶられやすし。老人のにはかに病をうけて死するは、多くは食傷也。つゝしむべし。
【新鮮なものを食べる】(331)
諸(もろもろ)の食物、皆あたらしき生気る物をくらふべし。ふるくして臭(か)あしく、色も味もかはりたる物、皆気をふさぎて、とゞこほりやすし。くらふべからず。
【好きなものばかりを食べてはいけない】(332)
すける物は脾胃のこのむ所なれば補となる。李笠翁も本姓甚すける物は、薬にあつべしといへり。尤この理あり。されどすけるまゝに多食すれば、必ずやぶられ、好まざる物を少なくらふにおとる。好む物を少食はゞ益あるべし。
【食べるべき五つの物】(333)
清き物、かうばしき物、もろく和かなる物、味かろき物、性よき物、この五の物をこのんで食ふべし。益ありて損なし。これに反する物食ふべからず。この事もろこしの食にも見えたり。
【弱っている人には、魚・鳥の肉を少量】(334)
衰弱虚弱の人は、つねに魚鳥の肉を味よくして、少づゝ食ふべし。参*(じんぎ)の補にまされり。性よき生魚を烹炙よくすべし。塩つけて一両日過たる尤よし。久しければ味よからず。且滞りやすし。生魚の肉*(にくみそ)につけたるを炙煮て食ふもよし。夏月は久しくたもたず。
【胃腸の弱い人の食べ物】(335)
脾虚の人は生魚をあぶりて食するに宜し。煮たるよりつかえず。小魚は煮て食するに宜し。大なる生魚はあぶりて食ひ、或煎酒を熱くして、生薑わさびなどを加え、浸し食すれば害なし。
【大きな魚は油が多いので、薄く切る】(336)
大魚は小魚より油多くつかえやすし。脾虚の人は多食すべからず。薄く切て食へばつかえず。大なる鯉・鮒大に切、或全身を煮たるは、気をふさぐ。うすく切べし。蘿蔔(だいこん)、胡蘿蔔(にんじん)、南瓜、菘菜(うきな)なども、大に厚く切て煮たるは、つかえやすく、薄く切て煮るべし。
【生魚もよいものである】(337)
生魚、味をよく調へて食すれば、生気ある故、早く消化しやすくしえつかえず。煮過し、または、ほして油多き肉、或塩につけて久しき肉は、皆生気なき隠物なり。滞やすし。この理をしらで生魚より塩蔵をよしとすべからず。
【生臭くて脂の多い魚は食べちゃダメ】(338)
甚腥(なまぐさ)く脂多き魚食ふべからず。魚のわたは油多し。食べからず。**(なしもの)ことにつかえやすし。痰を生ず。
【刺身、膾などには気を付ける】(339)
さし身、鱠(なます)は人により斟酌すべし。酢過たるをいむ。虚冷の人はあたゝめ食ふべし。鮓は老人・病人食ふべからず、消化しがたし。殊に未熟の時、また熟し過て日をへたる、食ふべからず。ゑびの鮓毒あり。うなぎの鮓消化しがたし。皆食ふべからず。大なる鳥の皮、魚の皮のあつきは、かたくして油多し。食ふべからず。消しがたし。
【肉・いか・たこなどを多く食べてはいけない】(340)
諸獣の肉は、日本の人、腸胃薄弱なる故に宜しからず。多く食ふべからず。烏賊・章魚など多く食ふべからず。消化しがたし。鶏子・鴨子、丸ながら煮たるは気をふさぐ。ふはふはと俗の称するはよし。肉も菜も大に切たる物、また、丸ながら煮たるは、皆気をふさぎてつかえやすし。
【生魚は塩にうすく漬けてから食べる】(341)
生魚あざらけきに塩を淡くつけ、日にほし、一両日過て少あぶり、うすく切て酒にひたし食ふ。脾に妨なし。久しきは滞りやすし。
【味噌・醤油・酢に関する注意】(342)
味噌、性和(やわらか)にして脾胃を補なふ。たまりと醤油はみそより性するどなり。泄瀉する人に宜しからず。酢は多く食ふべからず。脾胃に宜しからず。然れども積聚(しゃくじゅ)ある人は小食してよし。*醋(げんそ)を多く食ふべからず。
【生野菜がダメな人は干してから煮て食べるとよい】(343)
脾胃虚して生菜をいむ人は、乾菜を煮食ふべし。冬月蘿蔔(らふく)をうすく切りて生ながら日に乾す。蓮根、牛蒡、薯蕷(やまのいも)、うどの根、いづれもうすく切りてほす。椎蕈、松露、石茸(いわたけ)、もほしたるがよし。松蕈塩漬よし。壷廬(ゆうがお)切て塩に一夜つけ、おしをかけ置てほしたるがよし。瓠畜(かんぴょう)もよし。白芋の茎熱湯をかけ日にほす。これ皆虚人の食するに宜し。
枸杞(くこ)、五加(うこぎ)、*(ひゆ)、菊、蘿摩(らも)、鼓子花(ひるがお)葉など、わか葉をむし、煮てほしたるをあつ物とし、味噌にてあへ物とす。菊花は生にてほす。皆虚人に宜し。老葉はこはし。海菜(みる)は冷性也。老人・虚人に宜しからず。昆布多く食へば気をふさぐ。
【自分の気に入らない味のものは養分にならない】(344)
食物の気味、わが心にかなはざる物は、養とならず。かへつて害となる。たとひ我がために、むつかしくこしらへたる食なりとも、心にかなはずして、害となるべき物は食ふべからず。また、その味は心にかなへり共、前食いまだ消化せずして、食ふことを好まずば食すべからず。
わざととゝのへて出来たる物をくらはざるも、快からずとて食ふはあしゝ。別に使令する家僕などにあたへて食はしむれば、我が食せずしても快し。他人の饗席にありても、心かなはざる物くらふべからず。また、味心にかなへりとて、多く食ふは尤あしゝ。
【少々の我慢をして過食をしない】(345)
凡そ食飲をひかへこらゆること久き間にあらず。飲食する時須臾の間、欲を忍ぶにあり。また、分量は多きにあらず。飯は只二三口、*(さい)は只一二片、少の欲をこらゑて食せざれば害なし。酒もまたしかり。多飲の人も少こらえて、酔過さゞれば害なし。
【胃に好ましい物を食べ、胃が嫌う物は食べない】(346)
脾胃のこのむと、きらふ物をしりて、好む物を食し、きらふ物を食すべからず。脾胃の好む物は何ぞや。あたたかなる物、やはらかなる物、よく熟したる物、ねばりなき物、味淡くかろき物、にえばなの新に熟したる物、きよき物、新しき物、香よき物、性平和なる物、五味の偏ならざる物、これ皆、脾胃の好む物なり。これ、脾胃の養となる。くらふべし。
【胃が嫌う物は、……。】(347)
脾胃のきらふ物は生しき物、こはき物、ねばる物、けがらはしく清からざる物、くさき物、煮ていまだ熟せざる物、煮過して*(にえばな)を失へる物、煮て久しくなるもの、菓(このみ)のいまだ熟せざる物、ふるくして正味を失なへる物、五味の偏なる物、あぶら多くして味おもきもの、これ皆、脾胃のきらふ物也。これをくらへば脾胃を損ず。食ふべからず。
【下痢を続けると短命になっちゃう】(348)
酒食を過し、或は時ならずして飲食し、生冷の物、性あしく病をおこす物をくひて、しばしば泄瀉すれば、必ず胃の気へる。久しくかさなりては、元気衰へて短命なり。つゝしむべし。
【塩・酢・辛いものは食べちゃいけない】(349)
塩と酢と辛き物と、この三味を多く食ふべからず。この三味を多くくらひ、渇きて湯を多くのめば、湿を生じ、脾をやぶる。湯・茶・羹多くのむべからず。右の三味をくらつて大にかはかば葛の粉か天花粉を熱湯にたてゝ、のんで渇をとゞむべし。多く湯をのむことをやめんがためなり。葛などのねば湯は気をふさぐ。
【腹がいっぱいになったら、げっぷをするのもよい】(350)
酒食の後、酔飽せば、天を仰で酒食の気をはくべし。手を以て面及腹・腰をなで、食気をめぐらすべし。
【食後には軽い運動、そしてじっとしていない】(351)
わかき人は食後に弓を射、鎗、太刀を習ひ、身をうごかし、歩行すべし。労動を過すべからず。老人もその気体に応じ、少労動すべし。案(おしまずき)によりかゝり、一処に久しく安坐すべからず。気血を滞らしめ、飲食消化しがたし。
【胃腸の弱い人や老人は、餅・団子・饅頭などはダメ】(352)
脾胃虚弱の人、老人などは、*(もち)・*(だんご)・饅頭(まんじゅう)などの類、堅くして冷たる物くらふべからず。消化しがたし。つくりたる菓子、生菓子の類くらふこと斟酌すべし。おりにより、人によりて甚害あり。晩食の後、殊にいむべし。
【寒いときに薬酒などはどうであろう】(353)
古人、寒月朝ごとに、性平和なる薬酒を少のむべし。立春以後はやむべしといへり。人により宜かるべし。焼酒(しょうちゅう)にてかもしたる薬酒は用ゆべからず。
【肉や果物は少なめに!】(354)
肉は一臠を食し、菓(くだもの)は一顆(ひとつぶ)を食しても、味をしることは肉十臠を食し、菓百顆を食したると同じ。多くくひて胃をやぶらんより、少なくひてその味をしり、身に害なきがまされり。
【水は清潔で甘いのがよい】(355)
水は清く甘きを好むべし。清からざると味悪しきとは用ゆべからず。郷土の水の味によって、人の性(うまれつき)かはる理なれば、水は尤ゑらぶべし。また悪水のもり入たる水、のむべからず。薬と茶を煎ずる水、尤よきをゑらぶべし。
【雨水や雪水はよく、屋根漏れ水やたまり水はダメ】(356)
天よりすぐに下る雨水は性よし、毒なし。器にうけて薬と茶を煎ずるによし。雪水は尤よし。屋漏(あまだり)の水、大毒あり。たまり水はのむべからず。たまり水の地をもり来る水ものむべからず。井のあたりに、汚濁のたまり水あらしむべからず。地をもり通りて井に入る甚いむべし。
【体温くらいの湯冷ましがよい】(357)
湯は熱きをさまして、よきころの時のむはよし。半沸きの湯をのめば腹はる。
【胃腸の中がいっぱいにならないほうが元気が巡る】(358)
食すくなければ、脾胃の中に空処ありて、元気めぐりやすく、食消化しやすくして、飲食する物、皆身の養となる。これを以て病少なくして身つよくなる。もし食多くして腹中にみつれば、元気のめぐるべき道をふさぎ、すき間なくして食消せず。これを以てのみくふ物、身の養とならず、滞りて元気の道をふさぎ、めぐらずして病となる。甚しければもだえて死す。これ食過て腹にみち、気ふさがりて、めぐらざる故也。食後に病おこり、或頓死するはこの故也。
凡そ大酒・大食する人は、必ず短命なり。早くやむべし。かへすがへす老人は腸胃よはき故に、飲食にやぶられやすし。多く飲食すべからず。おそるべし。
【過食で死ぬこともある】(359)
およそ人の食後に俄にわづらひて死ぬるは、多くは飲食の過て、飽満し、気をふさげばなり。初まづ生薑に塩を少加えてせんじ、多く飲しめて多く吐しむべし。その後食滞を消し、気をめぐらす薬を与ふべし。卒中風として、蘇合円・延齢丹など与ふべからず。あしゝ。
また少にても食物を早く与ふべからず。殊ねばき米湯など、与ふべからず。気弥(いよいよ)塞りて死す。一両日は食をあたへずしてよし。この病は食傷なり。世人多くはあやまりて卒中風とす。その治応ぜず。
【腹が減ったり喉が渇いても、いっぺんに大食い・大飲みはダメ】(360)
うえて食し、かはきて飲むに、飢渇にまかせて、一時に多く飲食すれば、飽満して脾胃をやぶり、元気をそこなふ。飢渇の時慎むべし。また飲食いまだ消化せざるに、またいやかさねに早く飲食すれば、滞りて害となる。よく消化して後、飲食を好む時のみ食ふべし。この如くすれば、飲食皆養となる。
【老人や子供は、いつも温かいものを食べるのがよい】(361)
四時老幼ともに、あたたかなる物くらふべし。殊に夏月は伏陰内にあり。わかく盛なる人も、あたたかなる物くらふべし。生冷を食すべからず。滞やすく泄瀉しやすし。冷水多く飲むべからず。
【夏に瓜などや冷たい麺類を多く食べると、秋になってから患う】(362)
夏月、瓜菓・生菜多く食ひ、冷麪をしばしば食し、冷水を多く飲めば、秋必瘧痢を病む。凡そ病は故なくしてはおこらず。かねてつゝしむべし。
【食後には湯茶で口を漱ぐ】(363)
食後に湯茶を以て口を数度すゝぐべし。口中清く、牙歯にはさまれる物脱し去る。牙杖にてさすことを用ひず。夜は温なる塩茶を以て口をすゝぐべし。牙歯堅固になる。口をすゝぐには中下の茶を用ゆべし。これ、東坡が説なり。
【よその土地に行ったとき】(364)
人、他郷にゆきて、水土かはりて、水土に服せず、わづらふことあり。先ず豆腐を食すれば脾胃調(ととのい)やすし。これ、時珍が『食物本草』の注に見えたり。
【肉食をしない人は長命、魚肉を多く食べると短命】(365)
山中の人、肉食ともしくて、病少なく命長し。海辺、魚肉多き里にすむ人は、病多くして命短し、と『千金方』にいへり。
【温かい朝粥を食べれば唾が出てよい】(366)
朝早く、粥を温に、やはらかにして食へば、腸胃をやしなひ、身をあたため、津液を生ず。寒月尤よし。これ、張来が説也。
【香りを付け、悪臭を消し、毒を去って、食欲を増すものがある】(367)
生薑、胡椒、山椒、蓼、紫蘇、生蘿蔔(だいこん)、生葱(ひともじ)など、食の香気を助け、悪臭を去り、魚毒を去り、食気をめぐらすために、その食品に相宜しからき物を、少づゝ加へて毒を殺すべし。多く食すべからず。辛き物多ければ気をへらし、上升し、血液をかはかす。
【食事のときには、最初おかずを食べないほうがよい】(368)
朝夕飯を食するごとに、初一椀は羹ばかり食して、*(さい)を食せざれば、飯の正味をよく知りて、飯の味よし。後に五味の*(さい)を食して、気を養なふべし。初より*(さい)をまじえて食へば、飯の正味を失なふ。後に*(さい)を食へば、*(さい)多からずしてたりやすし。これ身を養ふによろしくて、また貧に処(す)るによろし。
魚鳥・蔬菜の*(さい)を多く食はずして、飯の味のよきことを知るべし。菜肉多くくらへば、飯のよき味はしらず。貧民は*(さい)肉ともしくして、飯と羹ばかり食ふ故に、飯の味よく食滞の害なし。
【寝るときに食べ物が消化できていないと痰が出るので注意!】(369)
臥にのぞんで食滞り、痰ふさがらば、少(すこし)消導の薬をのむべし。夜臥して痰のんどにふさがるはおそるべし。
【昼間は間食をしないほうがよろしい】(370)
日短き時、昼の間、点心(てんじん)食ふべからず。日永き時も、昼は多食はざるが宜し。
【晩食は朝食より少なめに】(371)
晩食は朝食より少なくすべし。*(さい)肉も少きに宜し。
【煮た物は柔らかくして食べる】(372)
一切の煮たる物、よく熱して柔なるを食ふべし。こはき物、未熟物、煮過して*(にえばな)を失へる物、心にかなはざる物、食ふべからず。
【客になったときのゴージャスな食卓に注意!】(373)
我が家にては、飲食の節慎みやすし、他の饗席にありては烹調・生熱の節我心にかなはず。*(さい)品多く過やすし。客となりては殊に飲食の節つつしむべし。
【食後には激しい運動をしてはいけない】(374)
飯後に力わざすべからず。急に道を行べからず。また、馬をはせ、高きにのぼり、険路に上るべからず。
(巻第四)
飲食下
【蘇東坡の意見】(401)
東坡(とうば)日(く)、「早晩の飲食一爵一肉に過す。尊客あれば之を三にす。へらすべくして、ますべからず。我をよぶ者あればこれを以てつぐ。一に日(く)、分を安すんじて以て福を養なふ。二に日(く)、胃を寛(ゆる)くして以て気を養なふ。三に日(く)、費(ついえ)をはぶきて以て財を養なふ」。東坡がこの法、倹約養生のため、ともにしかるべし。
【朝夕とも副品は一つでよいという意見】(402)
朝夕一*(さい)を用ゆべし。その上に醤(ひしお)か肉醢(ししびしお)か或(あるいは)*(つけもの)か一品を加ふるもよし。あつものは、富める人も常に只一なるべし。客に饗するに二用るは、本汁、もし心に叶はずば、二の汁を用させん為也。常には無用の物也。
唐の高侍郎と云し人、兄弟あつものと肉を二にせず、朝夕一品のみ用ゆ。晩食には只蔔匏(ふくほう)をくらふ。大根と夕がほとを云。范忠宣と云し富貴の人、平生肉をかさねず。その倹約養生二ながら則とすべし。
【味の優れた野菜は他の物と一緒に煮ない】(403)
松蕈、竹筍、豆腐など味すぐれたる野菜は、只一種煮食すべし。他物と両種合わせ煮れば、味おとる。李笠翁が『閑情萬寄』にかくいへり。「味あしければ腸胃に相応せずして養とならず」。
【餅と団子の食べ方】(404)
*(もち)・餌(だんご)の新に成て、再び煮ずあぶらずして、即食するは消化しがたし。むしたるより、煮たるがやはらかにして、消化しやすし。'もち'は数日の後、焼煮て食ふに宣し。
【朝夕の食事、何れかを淡泊に】(405)
朝食、肥濃の物ならば、晩食は必ず淡薄に宣し。晩食豊腴(ほうゆ)ならば、明朝の食はかろくすべし。
【新鮮なものを食べるのがよい】(406)
諸の食物、陽気の生理ある新きを食ふべし。毒なし。日久しく歴(へ)たる陰気欝滞(うったい)せる物、食ふべからず。害あり。煮過して*(にえばな)を失へるも同じ。
【陽気を失って陰気になったものは食べてはいけない】(407)
一切の食、陰気の欝滞せる物は毒あり。くらふべからず。(『論語』)郷党篇(きょうとうへん)にいへる、聖人の食し給はざる物、皆、陽気を失て陰物となれるなり。穀肉などふたをして時をへるは、陰鬱の気にて味を変ず。魚鳥の肉など久しく時をへたる、また、塩につけて久しくして、色臭(か)味変ず。これ皆陽気を失へる也。菜蔬(さいそ)など久しければ、生気を失ひて味変ず。この如くなるは皆陰物なり。腸胃に害あり。また、害なきも補養をなさず。
水など新に汲むは陽気さかんにて、生気あり。久しきを歴(ふ)れば陰物となり、生気を失なふ。一切の飲食、生気を失ひて、味と臭(か)と色と少にても、かはりたるは食ふべからず。ほして色かはりたると、塩に浸して不損とは、陰物にあらず食ふに害なし。然共、乾物の気のぬけたると、塩蔵の久して、色臭(か)味変じたるも皆陰物也。食ふべからず。
【夏に蓋をしておいたもの、冬に霜に当たった野菜はダメ】(408)
夏月、暑中にふたをして、久しくありて、熱気に蒸欝(むしうつ)し、気味悪しくなりたる物、食ふべからず。冬月、霜に打れたる菜、また、のきの下に生じたる菜、皆くらべからず。これ皆陰物なり。
【瓜は暑いときだけ食べるべし】(409)
瓜は風涼の日、及秋月清涼の日、食ふべからず。極暑の時食ふべし。
【あぶり餅・あぶり肉は熱湯に漬けてから食べる】(410)
炙*(あぶりもち)・炙肉すでに炙りて、また、熱湯に少ひたし、火毒を去りて食ふべし。然れずは津液(しんえき)をかはかす。また、能喉痺(よくこうひ)を発す。
【茄子に関する注意】(411)
茄子、本草等の書に、性好まずと云。生なるは毒あり、食ふべからず。煮たるも瘧痢(ぎゃくり)傷寒(しょうかん)などには、誠に忌むべし。他病には、皮を去切(さりきり)て米*(しろみず)に浸し、一夜か半日を歴(へ)てやはらかに煮て食す。害なし。葛粉、水に溲(こね)て、切て線条(せんじょう)とし、水にて煮、また、*汁(みそしる)に鰹魚(かつお)の末(まつ)を加へ、再び煮て食す。瀉を止め、胃を補ふ。保護に益あり。
【胃弱の人はダイコン・ニンジン・イモ・ゴボウなどがよい】(412)
胃虚弱の人は、蘿蔔(だいこん)、胡蘿蔔(にんじん)、芋、薯蕷(やまのいも)、牛蒡(ごぼう)などうすく切てよく煮たる、食ふべし。大にあつくきりたると、煮ていまだ熟せざると、皆、脾胃(ひい)をやぶる。一度うすみそか、うすじょうゆにて煮、その汁にひたし置、半日か、一夜か間置て、再び前の汁にて煮れば、大に切りたるも害なし、味よし。鶏肉、野猪(やちょ)肉などもこの如くすべし。
【ダイコンは野菜の王様】(413)
蘿蔔は菜中の上品也。つねにに食ふべし。葉のこはきをさり、やはらかなる葉と根と、豆*(二文字で「みそ」)にて煮熟して食ふ。脾を補ひ痰(たん)を去り、気をめぐらす。大根の生しく辛きを食すれば、気へる。然ども食滞ある時、少食して害なし。
【菜についての誤り】(414)
菘(な)は京都のはたけ菜水菜、いなかの京菜也。蕪(かぶ)の類也。世俗あやまりて、ほりいりなと訓ず。味よけれども性よからず。仲景曰く、「薬中に甘草ありて、菘を食へば病除かず。根は九十月のころ食へば、味淡くして可也。うすく切てくらふべし、あつく切たるは気をふさぐ。十一月以後、胃虚の人くらへば滞塞(たいそく)す」。
【あぶったり熱湯にとおして食べたほうがよいもの】(415)
諸菓、寒具(ひがし)など、炙(あぶり)食へば害なし。味も可也。甜瓜(あまうり)は核(さね)を去て蒸食す。味よくして胃をやぶらず。熟柿も木練も皮共に、熱湯にてあたヽめ食すべし。乾柿(ほしがき)はあぶり食ふべし。皆、脾胃虚の人に害なし。梨子(なし)は大寒なり。蒸煮て食すれば、性やはらぐ。胃虚寒の人は、食ふべからず。
【病気によって食べて悪いものがある。妊娠中は注意!】(416)
人は病症によりて禁宣(きんぎ)の食物各(おのおの)かはれり。よくその物の性を考がへ、その病に随ひて精(くわ)しく禁宣を定むべし。また、婦人懐胎(かいたい)の間、禁物多し。かたく守らしむべし。
【豆腐に関する注意】(417)
豆腐には毒あり。気をふさぐ。されども新しきをにて、*(にえばな)を失はざる時、早く取あげ、生**(なまだいこん)のおろしたるを加へ食すれば害なし。
【前の食事が未消化のまま後の食事をしてはいけない】(418)
前食未だ消化せんば、後食相つぐべからず。
【薬や補薬を飲むときは、甘い物や脂っこい物などを避ける】(419)
薬を服す時、あまき物、油膩(ゆに)の物、獣の肉、諸菓、*(もち)、餌(だんご)、生冷の物、一切気を塞ぐ物、食うべからず。服薬の時多食へば薬力とヾこほりて力なし。酒は只一盞(さん)に止るべし。補薬を服する日、ことさらこの類いむべし。凡そ薬を服する日は、淡き物を食して薬力をたすくすべし、味こき物を食して薬力を損ずべからず。
【ダイコン・ニンジン・カボチャなど甘い野菜は小さく切る】(420)
**(だいこん)、菘、薯蕷(やまのいも)、芋、慈姑(くわい)、胡蘿蔔(にんじん)、南瓜(ぼぶら)、大葱白(ひともじのしろね)等の甘き菜は、大に切て煮食すれば、つかへて気をふさぎ、腹痛す。薄く切べし。或(あるいは)辛き物をくはへ、また、物により酢を少(すこし)加るもよし。再び煮ることを右に記せり。
また、この如きの物、一時に二三品くらふべからず。また、甘き菜の類、およそつかえやすき物、つヾけ食ふべからず。生魚、肥肉、厚味の物つづけ食ふべからず。
【ショウガに関する風聞】(421)
薑(はじかみ)を八九月食へば、来春眼をうれふ。
【豆腐・蒟蒻など醤油で似たものを冷えてから食べてはダメ】(422)
豆腐、菎蒻(こんにゃく)、薯蕷(やまのいも)、芋、慈姑(くわい)、蓮根などの類、豆油(しょうゆ)にて煮たるもの、既に冷へて温ならざるは食ふべからず。
【明け方に腹の具合が悪いときは朝食を減らす。酒はダメ】(423)
暁のころ、腹中鳴動し、食つかへて腹中不快ば、朝食を減ずべし。気をふさぐ物、肉、菓など食ふべからず。酒を飲べからず。
【酒気が残っているときは、餅・団子などを食べてはいけない】(424)
飲酒の後、酒気残らば、*(もち)、餌(だんご)、諸穀食、寒具(ひがし)、諸菓、醴(あまざけ)、*(にごりざけ)、油膩(ゆに)の物、甘き物、気をふさぐ物、飲食すべからず。酒気めぐりつきて後、飲食すべし。
【固い肉やダイコンは煮ておいて、そのまま煮直すとよい】(425)
鳥獣のこはき肉、前日より豆油(しょうゆ)及び*汁(みそしる)を以て煮て、その汁を用ひて翌日再び煮れば、大に切たるも、やはらかになりて味よし。つかえず。蘿蔔(だいこん)もまた同じ。
【鶻突羹は病人にもよい】(426)
鶻突羹(こつとつこう)は鮒魚(ふな)をうすく切て、山椒などくはへ、味噌にて久しく煮たるを云。脾胃(ひい)を補ふ。脾虚(ひきょ)の人、下血(げけつ)する病人などに宣し。大に切たるは気をふさぐ、あしヽ。
【果物の種で未成熟なものには毒がある】(427)
凡そ諸菓の核(さね)いまだ成ざるをくらふべからず、菓(このみ)に双仁(そうじん)ある物、毒あり。山椒、口をとぢて開かざるは、毒あり。
【怒ったり心配をして食事をしてはいけない】(428)
怒(いかり)の後、早すべからず。食後、怒るべからず。憂ひて食すべからず。食して憂ふべからず。
【腹が空になってから食事をする】(429)
腹中の食いまだ消化せざるに、また食すれば、性よき物も毒となる。腹中、空虚になりて食すべし。
【夜長の寒いときは飲食の量を減らす】(430)
永夜、寒甚(はなはだし)き時、もし夜飲食して寒を防ぐに宣しくば、晩饌(ばんせん)の酒飯を、数口減ずべし。また、やむことを得ずして、人の招に応じ、夜話に、人の許(もと)にゆきて食客とならば、晩*(ばんせん)の酒食をかさねて減ずべし。この如くにして、夜少飲食すればやぶれなし。夜食は、朝晩より進みやすし。心に任せて恣(ほしいまま)にすべからず。
【塩分を減らすと水分を多く飲まず、胃の調子がよい】(431)
朝夕の食、塩味をくらふことすくなければ、のんどかはかず、湯茶を多くのまず。脾に湿を生ぜずして、胃気発生しやすし。
【中華・朝鮮の人よりも日本人は胃が弱い】(432)
中華、朝鮮の人は、脾胃つよし。飯多く食し、六蓄の肉を多く食つても害なし。日本の人はこれにことなり、多く穀肉を食すれば、やぶられやすし。これ日本人の異国の人より体気(たいき)よはき故也。
【空腹のとき生の果物はダメ】(433)
空腹に、生菓食ふべからず。つくり菓子、多く食ふべからず。脾胃の陽気を損ず。
【疲れたときに多く食べると眠くなり、食気がふさがってしまう】(434)
労倦(ろうけん)して多く食すれば、必ず眠り臥すことをこのむ。食して即臥(そくが)し、ねむれば、食気塞りてめぐらず、消化しがたくして病となる。故に労倦したる時は、くらふべからず。労をやめて後、食ふべし。食してねむらざるがため也。
【百病の早死には飲食によることが多い】(435)
『古今医統』(ここんいとう)に、「百病の横夭(おうよう)は多く飲食による。飲食の患(うれい)は色欲に過たり」といへり。色慾は楢も絶べし。飲食は半日もたつべからず。故飲食のためにやぶらるヽこと多し。食多ければ積聚(しゃくじゅ)となり、飲多ければ痰癖(たんぺき)となる。
【病人の欲しがるものについての注意】(436)
病人の甚食せんことをねがふ物あり。くらひて害に成食物、また、冷水などは願に任せがたし。然共(しかれども)病人のきはめてねがふ物を、のんどにのみ入ずして、口舌に味はヽしめてその願を達するも、志を養ふ養生の一術也。およそ飲食を味はひてしるは舌なり。のんどにあらず。口中にかみて、しばしふくみ、舌に味はひて後は、のんどにのみこむも、口に吐出すも味をしることは同じ。穀、肉、酒、羹、酒は、腹に入て臓腑(ぞうふ)を養なふ。
この外の食は、養のためにあらず。のんどにのまず、腹に入らずとも有なん。食して身に害ある食物といへど、のんどに入(いら)ずして口に吐出せば害なし。冷水も同じ。久しく口にふくみて舌にこヽろみ、吐出せば害なし。水をふくめば口中の熱を去り、牙歯(がし)を堅くす。然共、むさぼり多くしてつヽしまざる人には、この法は用がたし。
【多く食べてはいけないもの】(437)
多く食べてはいけない物。諸の*(もち)、餌(だんご)、*(ちまき)、寒具(ひがし)、冷麪、麪類、饅頭、河濡(そばきり)、砂糖、醴(あまざけ)、焼酒、赤小豆(あずき)、酢、豆油(しょうゆ)、*魚(ふな)、泥鰌(どじょう)、蛤蜊(はまぐり)、鰻*魚(うなぎ)、鰕(えび)、章魚(たこ)、烏賊(いか)、鯖(さば)、鰤魚(ぶり)、**(しおから)、海鰌(くじら)、生**(なまだいこん)、胡蘿蔔(にんじん)、薯蕷(やまのいも)、菘根(な)、蕪菁(かぶら)、油膩(ゆに)の物、肥濃(ひのう)の物。
【老人や体の弱い人が食べてはいけないもの】(438)
老人、虚人、物、一切生冷の物、堅硬の物、稠黏(ちゅうねん)の物、油膩(ゆに)の物、冷麪、冷てこはき*(もち)、餌(だんご)、粽(ちまき)、冷饅頭、并(ならびに)皮、糯飯(こわいい)、生味噌、醴(あまざけ)の製法好(よ)からざると、冷なると。海鰌(くじら)、海鰮(いわし)、鮪(しび)、梭魚(かます)、諸生菓、皆脾胃(ひい)発生の気をそこなふ。
【誰もが食べてはいけないもの】(439)
凡(すべて)の人、食ふべからざる物、生冷の物、堅硬の物、未だ熟せぬ物、ねばき物、ふるくして気味の変じたる物、製法心に叶はざる物、塩からき物、酢の過たる物、*(にえばな)を失へる物、臭(か)悪き物、色悪き物、味変じたる物、魚餒(あざれ)、肉敗たる、豆腐の日をへたると、味悪しきと、*(にえばな)を失へると、冷たると、索麪(そうめん)に油あると、諸品煮て未だ熟せずと、灰(あく)有る酒、酸味ある酒、いまだ時ならずして熟せざる物、すでに時過たる物、食ふべからず。
夏月、雉(きじ)食ふべからず。魚鳥の皮こはき物、脂(あぶら)多き物、甚なまぐさき物、諸魚二目同じからざる物、腹下に丹の字ある物、諸鳥みづから死して足伸ざる物、諸獣毒箭(どくや)にあたりたる物、諸鳥毒をくらつて死したる物、肉の脯(ほじし)、屋濡水(あまだりみず)にぬれたる物、米器の内に入置たる肉、肉汁を器に入置て、気をとじたる物、皆毒あり。肉の脯(ほじし)、並塩につけたる肉、夏をへて臭味(しゅうみ)悪しき、皆食ふべからず。
【中国には食医という役職があった】(440)
いにしへ、もろこしに食医の官あり。食養によつて百病を治すと云。今とても食養なくんばあるべからず。殊(ことに)老人は脾胃よはし、尤(もつとも)食養宣しかるべし。薬を用(もちう)るは、やむことを得ざる時の事也。
【食い合わせの具体例】(441)
同食(くいあわせ)の禁忌多し、その要(おも)なるをこヽに記す○猪(ぶた)肉に、生薑(しょうが)、蕎麦(そば)、こすい(胡すい)(4410)、炊豆(いりまめ)、梅、牛肉、鹿(ろく)肉、鼈(すっぽん)、鶴、鶉(うずら)をいむ○牛肉に黍(きび)、韮(にら)、生薑、栗子をいむ○兎肉に生薑、橘皮、芥子(からし)、鶏、鹿(しし)、獺(かわうそ)○鹿に生菜、鶏、雉(きじ)、鰕(えび)をいむ○鶏肉と鶏子(たまご)とに芥子(からし)、蒜(にんにく)、生葱、糯米(もちごめ)、李子(すもも)、魚汁、鯉(こい)魚、兎、獺、鼈、雉を忌(いむ)○雉肉に蕎麦、木耳(きくらげ)、胡桃(くるみ)、鮒、鮎魚(なまず)、をいむ○野鴨(かも)に胡桃(くるみ)、木耳(きくらげ)をいむ○鴨子(あひるのたまご)に、李子、鼈肉○雀肉(すずめ)に李子、醤(ひしお)○鮒に芥子、蒜(にら)、*(あめ)、鹿、芹(せり)、鶏、雉○魚酢(うおのすし)に麦醤(むぎひしお)、蒜(にんにく)、緑豆(ぶんどう)○鼈(すっぽん)肉に*(ひゆ)菜、芥子(からし)菜、桃子(もも)鴨(あひる)肉○蟹に柿、橘、棗(なつめ)○李子に蜜を忌(いむ)○橙、橘に獺(かわうそ)肉○棗に葱(ひともじ)○枇杷(びわ)に熱麪○楊梅(やまもも)に生葱(ねぎ)○銀杏(ぎんなん)に鰻*(うなぎ)○諸瓜に油餅○黍(きび)米に蜜○緑豆(ぶんどう)に榧子(かや)を食し合すれば人を殺す○*(ひゆ)に蕨(わらび)○乾筍(かんじゅん)に砂糖○紫蘇茎葉と鯉魚(こい)○草石蠶(ちょうろぎ)と諸魚○魚鱠(なます)と瓜、冷水○菜瓜と魚鱠と一にすべからず○鮓(すし)肉に髪有るは人を害す○麦醤、蜂蜜と同食すべからず○越瓜(しろうり)と鮓肉○酒後に茶を飲べからず腎をやぶる○酒後芥子及辛き物を食へば筋骨を緩くす○茶と榧(かや)と同時に食へば、身重し○和俗の云、蕨粉(わらびこ)を餅とし緑豆を'あん'にして食へば、人殺す。
また曰う、*魚(このしろ)を、木棉子(わたざね)の火にて、やきて食すれば人を殺す。また曰う、胡椒(こしょう)と沙菰米(さごべ)と同食すれば人を殺す。また胡椒と桃、李、楊梅(やまもも)同食すべからず。また曰う、松簟(まつたけ)を米を貯(たくわえ)る器中に入おけるを食ふべからず。また曰う、南瓜(ぼぶら)を、魚膾(なます)に合せ食すべからず。
【薬とマッチしない食べ物】(442)
黄*(おうぎ)を服する人は、酒を多くのむべからず。甘草(かんぞう)を服する人は、菘菜(な)を食ふべからず。地黄(ぢおう)を服するには、蘿蔔(だいこん)、蒜(にんにく)、葱(ひともじ)の三白をいむ。菘(な)は忌(いま)ず。荊芥(けいがい)を服するには生魚をいむ。土茯苓(さんきらい)を服するには茶をいむ。凡そ、この如き類はかたく忌むべし。薬と食物とのおそれいむは、自然の理なり。番木*(まちん)の鳥を殺し、磁石の針を吸の類も、皆天然の性也。この理疑ふべからず。
【穢らわしい食べ物?】(443)
一切の食物の内、園菜(そののな)、極めて穢(けがら)はし。その根葉に久しくそみ入たる糞汚(ふんお)、にはかに去がたし、水桶を定め置、水を多く入て菜をひたし、上におもりをおき、一夜か一日か、つけ置取出し、印子(はけ)を以てその根葉茎をすり洗ひ、清くして食すべし。
この事、近年、李笠翁(りりゅうおう)が書に見えたり。もろこしには、神を祭るに園菜を用ひずして、山菜水菜を用ゆ。園菜も、瓜、茄子(なすび)、壺盧(ゆうがお)、冬瓜(とうが)などはけがれなし。
飲酒
【酒は少し飲めば美禄、多く飲めば短命】(444)
酒は天の美禄なり。少のめば陽気を助け、血気をやはらげ、食気をめぐらし、愁(うれい)を去り、興を発して、甚人に益あり。多くのめば、またよく人を害すること、酒に過たる物なし。水火の人をたすけて、またよく人に災あるが如し。邵尭夫(しょうぎょうふ)の詩に、「美酒を飲て微酔せしめて後」、といへるは、酒を飲の妙を得たりと、時珍(じちん)いへり。少のみ、少酔へるは、酒の禍なく、酒中の趣を得て楽多し。
人の病、酒によって得るもの多し。酒を多くのんで、飯を少なく食ふ人は、命短し。かくのごとく多くのめば、天の美禄を以て、却て身をほろぼす也。かなしむべし。
【酒は少し飲めば益多く、多く飲めば損多し】(445)
酒を飲には、各(おのおの)人によつてよき程の節あり。少のめば益多く、多くのめば損多し。性謹厚なる人も、多飲を好めば、むさぼりてみぐるしく、平生の心を失ひ、乱に及ぶ。言行ともに狂せるがごとし。その平生とは似ず、身をかへり見慎むべし。若き時より早くかへり見て、みずから戒しめ、父兄もはやく子弟を戒(いまし)むべし。久しくならへば性となる。癖になりては一生改まりがたし。
生れ付て飲量すくなき人は、一二盞(さん)のめば、酔て気快く楽(たのしみ)あり。多く飲む人とその楽同じ。多飲するは害多し。白楽天が詩に、「一飲一石の者。徒に多を以て貴しと為す。その酩酊の時に及て。我与また異ること無し。笑て謝す多飲の者。酒銭徒に自ら費す」といへるはむべ也。
【食後の酒がよく、空きっ腹の酒は害がある】(446)
凡そ、酒はただ朝夕の飯後にのむべし。昼と夜と空腹に飲べからず。皆害あり。朝間空腹にのむは、殊更脾胃をやぶる。
【温かい酒がよく、冷やしたり熱するのはダメ】(447)
凡そ酒は夏冬ともに、冷飲熱飲に宣しからず。温酒をのむべし。熱飲は気升(のぼ)る。冷飲は痰をあつめ、胃をそこなふ。丹渓は、酒は冷飲に宣しといへり。然れ共多くのむ人、冷飲すれば脾胃を損ず。少飲む人も、冷飲すれば、食気を滞らしむ。凡そ酒をのむは、その温気をかりて、陽気を助け、食滞をめぐらさんがため也。冷飲すれば二の益なし。温酒の陽を助け、気をめぐらすにしかず。
【燗冷ましの酒を飲んではいけない】(448)
酒をあたヽめ過して じん を失へると、或温めて時過、冷たると、二たびあたヽめて味の変じたると、皆脾胃をそこなふ。のむべからず。
【酒を勧めるときの作法】(449)
酒を人にすヽむるに、すぐれて多く飲む人も、よき程の節をすぐせばくるしむ。若(もし)その人の酒量をしらずんば、すこししひて飲しむべし。その人辞してのまずんば、その人にまかせて、みだりにしひずして早くやむべし。量にみたず、少なくて無興(ぶきょう)なるは害なし。すぎては必ず人に害あり。客に美饌を饗しても、みだりに酒をしひて苦ましむるは情なし。大に酔しむべからず。
客は、主人しひずとも、つねよりは少多くのんで酔べし。主人は酒を妄(みだり)にしひず。客は、酒を辞せず。よき程にのみ酔て、よろこびを合せて楽しめるこそ、これ宣しかるべけれ。
【どぶろくと甘酒はダメ】(450)
市にかふ酒に、灰を入たるは毒あり。酸味あるも飲べからず。酒久しくなりて味変じたるは毒あり。のむべからず。濁酒のこきは脾胃に滞り、気をふさぐ。のむべからず。醇酒の美なるを、朝夕飯後に少のんで、微酔すべし。醴酒(れいしゅ)は製法精(くわし)きを少熱飲すれば、胃を厚くす、悪しきを冷飲すべからず。
【酒を多く飲む人は短命】(451)
『五湖漫聞』(ごこまんぶん)といへる書に、多く長寿の人の姓名と年数を載て、「その人皆老に至て衰ず。之問ふ皆酒を飲まず」といへり。今わが里の人を試みるに、すぐれて長寿の十人に九人は皆酒を飲ず人なり。酒を多く飲む人の長寿なるはまれなり。酒は半酔にのめば長生の薬となる。
【酒を飲むときに甘いものはいけない……】(452)
酒をのむに、甘き物をいむ。また、酒後辛き物をいむ。人の筋骨をゆるくす。酒後焼酒をのむべからず。或一時に合のめば、筋骨をゆるくし煩悶す。
【焼酎は大毒。熱湯を飲むのもいけない】(453)
焼酒(しょうちゅう)は大毒あり、多く飲べからず。火を付てもえやすきを見て、大熱なることを知るべし。夏月は、伏陰内にあり、また、表ひらきて酒毒肌に早くもれやすき故、少のんでは害なし。他月はのむべからず。焼酒にて造れる薬酒多く呑べからず、毒にあてらる。薩摩のあはもり、肥前の火の酒、猶、辛熱甚し。異国より来る酒、のむべからず、性しれず、いぶかし。焼酒をのむ時も、のんで後にも熱物を食すべからず。辛き物焼味噌など食ふべからず。
熱湯のむべからず。大寒の時も焼酒をあたヽめ飲べからず。大に害あり。京都の南蛮酒も焼酒にて作る。焼酒の禁(いましめ)と同じ。焼酒の毒にあたらば、緑豆(ぶんどう)粉、砂糖、葛粉、塩、紫雪など、皆冷水にてのむべし。温湯をいむ。
飲茶 烟草附
【茶について】(454)
茶、上代は なし。中世もろこしよりわたる。その後、玩賞して日用かくべからざる物とす。性冷にして気を下し、眠をさます。陳臓器は、久しくのめば痩てあぶらをもらすといへり。母*(ぼけい)、東坡(とうば)、李時珍など、その性よからざることをそしれり。然ども今の世、朝より夕まで、日々茶を多くのむ人多し。のみ習へばやぶれなきにや。冷物なれば一時に多くのむべからず。
抹茶は用る時にのぞんでは、炊(い)らず煮ず、故につよし。煎茶は、用る時炒て煮る故、やはらかなり。故につねには、煎茶を服すべし。飯後に熱茶少のんで食を消し、渇をやむべし。塩を入てのむべからず。腎をやぶる。空腹に茶を飲べからず。脾胃を損ず。濃茶は多く呑べからず。発生の気を損ず。唐茶は性つよし。製する時煮ざればなり。虚人病人は、当年の新茶、のむべからず。眼病、上気、下血、泄瀉(せつしゃ)などの患(うれい)あり。正月よりのむべし。
人により、当年九十月よりのむも害なし。新茶の毒にあたらば、香蘇散、不換金、正気散、症によりて用ゆ。或白梅、甘草、砂糖、黒豆、生薑(しょうが)など用ゆべし。
【茶と酒は反対の作用】(455)
茶は冷也。酒は温也。酒は気をのぼせ、茶は気を下す。酒に酔へばねむり、茶をのめばねむりさむ。その性うらおもて也。
【吸い物も茶も多く飲んではいけない】(456)
あつものも、湯茶も、多くのむべからず。多くのめば脾胃に湿を生ず。脾胃は湿をきらふ。湯茶、あつものを飲むことすくなければ、脾胃の陽気さかんに生発して、面色光りうるはし。
【薬や茶を煎じるときは水を選ぶ】(457)
薬と茶を煎ずるに、水をえらぶべし。清く味甘きをよしとす。雨水を用るも味よし。雨中に浄器を庭に置てとる。地水にまさる。然共これは久しくたもたず。雪水を尤(もっとも)よしとす。
【茶を煎じる方法】(458)
茶を煎ずる法、よはき火にて炊り、つよき火にて煎ず。煎ずるに、堅き炭のよくもゆるを、さかんにたきて煎ず。たぎりあがる時、冷水をさす。この如くすれば、茶の味よし。つよき火にて炊るべからず。ぬるくやはらかなる火にて煎ずべからず。右は皆もろこしの書に出たり。湯わく時、**(よくい)の生葉を加へて煎ずれば、香味尤よし。性よし。『本草』に、「暑月煎じのめば、胃を暖め気血をます」。
【奈良の茶】(459)
大和国中は、すべて奈良茶を毎日食す。飯に煎茶をそヽぎたる也。赤豆(あずき)、*豆(ささげ)、蚕豆(そらまめ)、緑豆、陳皮、栗子(くり)、零余子(むかご)など加へ、点じ用ゆ。食を進め、むねを開く。
【煙草は毒・損】(460)
たばこは、近年、天正、慶長のころ、異国よりわたる。淡婆姑(たんばこ)は和語にあらず。蛮語也。近世の中華の書に多くのせたり。また、烟草と云。朝鮮にては南草と云。和俗これを莨*(ろうとう)とするは誤れり。莨*は別物なり。烟草は性毒あり。煙をふくみて眩ひ倒るヽことあり。習へば大なる害なく、少は益ありといへ共、損多し。病をなすことあり。また、火災のうれひあり。習へば癖になり、むさぼりて後には止めがたし。事多くなり、いたつがはしく家僕を労す。初よりふくまざるにしかず。貧民は費(ついえ)多し。
慎色慾
【飲食・男女は人の大欲、慎むべし】(461)
『素問』に、「腎者五臓の本」、といへり。然らば養生の道、腎を養ふことをおもんずべし。腎を養なふこと、薬補をたのむべからず。只精気を保つてへらさず、腎気をおさめて動かすべからず。論語に曰く、わかきときは血気方(まさに)壮なり。「之を戒むること、色にあり」。聖人の戒守るべし。血気さかんなるにまかせ、色欲をほしいまゝにすれば、必ず先ず礼法をそむき、法外を行ひ、恥辱を取て面目をうしなふことあり。時過て後悔すれどもかひなし。
かねて、後悔なからんことを思ひ、礼法をかたく慎むべし。況(いわんや)精気をついやし、元気をへらすは、寿命を短くする本なり。おそるべし。年若き時より、男女の慾ふかくして、精気を多くへらしたる人は、生れ付さかんなれ共、下部の元気少なくなり、五臓の根本よはくして、必ず短命なり。つゝしむべし。飲食・男女は人の大慾なり。恣になりやすき故、この二事、尤かたく慎むべし。これをつつしまざれば、脾腎の真気へりて、薬補・食補のしるしなし。老人は、ことに脾腎の真気を保養すべし。補薬のちからをたのむべからず。
【セックスの回数】(462)
男女交接の期(ご)は、孫思*(そんしばく)が『千金方』曰く。「人、年二十者は四日に一たび泄す。三十者は八日に一たび泄す。四十者は十六日に一拙す。五十者は二十日に一泄す。六十者は精をとぢてもらさず。もし体力さかんならば、一月に一たび泄す。気力すぐれて盛なる人、慾念をおさへ、こらへて、久しく泄さざれば、腫物を生ず。六十を過て慾念おこらずば、とぢてもらすべからず。
わかくさかんなる人も、もしよく忍んで、一月に二度もらして、慾念おこらずば長生なるべし」今案ずるに、『千金方』にいへるは、平人の大法なり。もし性虚弱の人、食少なく力よはき人は、この期にかかはらず、精気をおしみて交接まれなるべし。色慾の方に心うつれば、悪しきこと癖になりてやまず。法外のありさま、はづべし。つひに身を失ふにいたる。つつしむべし。右、『千金方』に、二十歳以前をいはざるに意あるべし。二十以前血気生発して、いまだ堅固ならず、この時しばしばもらせば、発生の気を損じて、一生の根本よはくなる。
【若くて盛んでも慎む。興奮剤などはダメ】(463)
わかく盛なる人は、殊に男女の情慾、かたく慎しんで、過すくなかるべし。慾念をおこさずして、腎気をうごかすべからず。房事を快くせんために、烏頭付子等の熱薬のむべからず。
【成人前は慎みなさい】(464)
『達生録』曰く、「男子、年二十ならざる者、精気いまだたらずして慾火うごきやすし」。たしかに交接を慎むべし。
【四十歳以後はいわゆる「接して漏らさず」】(465)
孫真人が『千金方』に、房中補益説あり。「年四十に至らば、房中の術を行ふべし」とて、その説、頗(すこぶる)詳(つまびらか)なり。その大意は、四十以後、血気やうやく衰ふる故、精気をもらさずして、只しばしば交接すべし。この如くすれば、元気へらず、血気めぐりて、補益となるといへる意(こころ)なり。ひそかに、孫思*(そんしばく)がいへる意をおもんみるに、四十以上の人、血気いまだ大に衰へずして、槁木死灰の如くならず、情慾、忍びがたし。
然るに、精気をしばしばもらせば、大に元気をついやす故、老年の人に宜しからず。ここを以て、四十以上の人は、交接のみしばしばにして、精気をば泄すべからず。四十以後は、腎気やうやく衰る故、泄さざれども、壮年のごとく、精気動かずして滞らず。この法行ひやすし。この法を行へば、泄さずして情慾はとげやすし。然れば、これ気をめぐらし、精気をたもつ良法なるべし。四十歳以上、猶血気甚衰へざれば、情慾をたつことは、忍びがたかるべし。忍べば却て害あり。
もし年老てしばしばもらせば、大に害あり。故に時にしたがって、この法を行なひて、情慾をやめ、精気をたむつべし、とや。これによって精気をついやさずんば、しばしば交接すとも、精も気も少ももれずして、当時の情欲はやみぬべし。これ古人の教、情欲のたちがたきをおさへずして、精気を保つ良法なるべし。人身は脾胃の養を本とすれども、腎気堅固にしてさかんなれば、丹田の火蒸上げて、脾土の気もまた温和にして、盛になる故、古人の曰く、「脾を補ふは、腎を補なふにしかず」。
若年より精気ををしみ、四十以後、弥(いよいよ)精気をたもちてもらさず、これ命の根源を養なふ道也。この法、孫思*(そんしばく)後世に教へし秘訣にて、明らかに『千金方』にあらはせ共、後人、その術の保養に益ありて、害なきことをしらず。丹溪が如き大医すら、偏見にして孫真人が教を立し本意を失ひて信ぜず。この良術をそしりて曰く、「聖賢の心、神仙の骨(こつ)なくんば、未易為。もし房中を以て補とせば、人を殺すこと多からん」と、『各致余論』にいへり。
聖賢・神仙は世に難有ければ、丹溪が説の如くば、この法は行ひがたし。丹溪が説うたがふべきこと猶多し。才学高博にして、識見、偏僻なりと云うべし。
【腎気を鎮める方法】(466)
情慾をおこさずして、腎気動かざれば害なし。若(し)情慾をおこし、腎気うごきて、精気を忍んでもらさざれば、下部に気滞りて、瘡*(そうせつ)を生ず。はやく温湯に浴し、下部をよくあたたむれば、滞れる気めぐりて、鬱滞なく、腫物などのうれひなし。この術、また知るべし。
【房室における禁止事項】(467)
房室の戒多し。殊に天変の時をおそれいましむべし。日蝕、月蝕、雷電、大風(たいふう)、大雨、大暑、大寒、虹*(こうげい)、地震、この時房事をいましむべし。春月、雷初て声を発する時、夫婦の事をいむ。また、土地につきては、凡そ神明の前をおそるべし。日・月・星の下、神祠の前、わが父祖の神主の前、聖賢の像の前、これ皆おそるべし。且我が身の上につきて、時の禁あり。
病中・病後、元気いまだ本復せざる時、殊(ことに)傷寒、時疫、瘧疾(おこり)の後、腫物、癰疽いまだいえざる時、気虚、労損の後、飢渇の時、大酔・大飽の時、身労動し、遠路行歩につかれたる時、忿(いかり)・悲、うれひ、驚きたる時、交接をいむ。冬至の前五日、冬至の後十日、静養して精気を泄すべからず。また女子の経水、いまだ尽ざる時、皆交合を禁ず。これ天地・地祇に対して、おそれつつしむと、わが身において、病を慎しむ也。
若これを慎しまざれば、神祇のとがめ、おそるべし。男女共に病を生じ、寿を損ず。生るる子もまた、形も心も正しからず、或かたはとなる。禍ありて福なし。古人は胎教とて、婦人懐妊の時より、慎しめる法あり。房室の戒は胎教の前にあり。これ天地神明の照臨し給ふ所、尤おそるべし。わが身及妻子の禍も、またおそるべし。胎教の前、この戒なくんばあるべからず。
【オシッコを我慢してセックスしてはいけない】(468)
小便を忍んで房事を行なふべからず。龍脳・麝香を服して房に入べからず。
【妊娠中にセックスしてはダメ】(469)
『入門』曰く、「婦人懐胎の後、交合して慾火を動かすべからず」。
【脾腎は大切に】(470)
腎は五臓の本、脾は滋養の源也。ここを以て、人身は脾腎を本源とす。草木の根本あるが如し。保ち養つて堅固にすべし。本固ければ身安し。
(私論.私見)