れんだいこのマスコミ寸評 |
(最新見直し2005.12.29日)
(れんだいこのショートメッセージ) |
「早く、正しく、面白く」がニュース三要素とされている。その中にあって、新聞各社はそれなりの持ち味をだしてきた。今はかってのさほどでもない質をますます落とし、さっぱり面白くない紙面になっている。彼らが言論オピニオンする力はもう無い。ひたすら利権に群がり体制を提灯し続けている。近時最大の誤りは、小ネズミを有能首相と見立て、その構造改革路線にエールを贈り続けたことである。まもなく、そのアホさ加減がはっきりするであろうが、この言論人にはペンの責任というものがないので、その時はその時でまた上手に世渡りするのだろう。羨ましい生態ぶりではある。 2005.12.29日 れんだいこ拝 |
【マスコミ寸評その1、新聞各社の記事末尾考】 | れんだいこ | 2004/05/23 |
手前達は記者クラブ制で情報の独占を図りながら、その記事に対して著作権壁を張り巡らし権益化するという現代マスコミ界の得手勝手性は政界のそれをも上回る守旧的利権猛者集団であることを証左している。そういう手合いが自称インテリ兼正義面して世のあれこれを批判するのであるからろくなものになりゃしない。 その中でも次のような特徴が認められる。2004.5.23日現在のインターネット上の気づきであるが、毎日新聞社が記事の末尾に「社名、記者名、配信日、時刻」を付記しており、転載し易い。れんだいこが同社記事を専ら転載する理由の一つでもある。 れんだいこの利用は、著作権法違反として責められるべきではなく、むしろ毎日新聞社の拡販に協力しているとの気概によって為されているので、叱責される覚えはない。実際、毎日新聞社は、「1997.11月付け日本新聞協会編集委員会のネットワーク上の著作権に関する協会見解」に対して冷ややかな目線を保持しており、「公序良俗に反しない限り転載やむなし」としているのではなかろうか。あるいは単に体裁上こうあるべしとしているのかもしれない。 仮に、毎日新聞社が「公序良俗に反しない限り転載やむなし」としているとするならば、逆の例は読売新聞社である。記事の末尾に「配信日、時刻、社名、無断転載禁止」を付記し、「無断転載お断り」を強調している。こうあからさまに記しているところを見れば、「1997.11月付け日本新聞協会編集委員会のネットワーク上の著作権に関する協会見解」の仕掛け人は読売筋かも知れない。同社の提灯記事、ヤラセ記事、ヤラセ視聴率稼ぎ、白痴誘導、違法なサブミナル効果の導入ぶりは突出しており、悪劣化の震源地になっている気がする。 朝日のそれは高慢な臭いがする。記事の末尾の付記は単に「配信日、時刻」しか記さない。これは、日経も同様である。産経のそれは信じがたいが一切何も明記しない記事オンリーである。れんだいこは極力転載しない。なぜなら、情報元を明記する手間がかかりそのたびに不快な気分に取り付かれるからである。 それにしても、毎日、読売は社名を記し、毎日の場合には記者名も付け加えられており、その方が望ましいと思われるのに、朝日、日経、産経はなぜ記さないのだろう。親切心の欠片もない。れんだいこが「朝日高慢」と云う所以である。 更に云えば、朝日の社説は読むに読めない。ホームページ上のことであるが何ゆえに隠されるのだろう。社説と云えば新聞社の顔であり、積極的に打ち出せばよいと思われるのに捜すのに苦労する。変なビョーキに罹っているとしか思えない。 大政翼賛会的新聞マスコミにも以上のような微妙な違いが認められる。ついでに述べれば、週間ポストと週刊現代、週間文春と週刊新潮の違いも面白い。喫茶店で暇つぶしに読むぐらいのものであるが、新聞情報では掴めない報道もあり時に目を通す。これらを述べればきりがないので割愛する。 2004.5.23日 れんだいこ拝 |
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2005.5.10日現在の「新聞各社のウェブサイト上の社説の取扱い」を確認すると、上記論評では朝日の社説が捜しにくいことを指摘していたが、現在ではトップページの最初の行辺りに「社説・コラム欄」のリンク表示しており改善されていることが判明した。日経も同様である。ところが今度は、毎日新聞の社説が見当たらずという格好になっている。同社のウェブサイトは最近リニューアルしており、改良ならともかく改悪されている。 読売はトップページ末尾に「社説・コラム欄」のリンク表示している。産経はトップページの政治欄に「社説」のリンク表示している。各社様々であるが、新聞の社会的使命からすれば、トップページ冒頭に表示するのが賢明であろう。姑息なことはするな、れんだいこはそう思う。 2005.5.10日 れんだいこ拝 |
【マスコミ寸評その2、マスコミの政治批評のお粗末さ考】 |
れんだいこは、マスコミの政治批評のお粗末さに口アングリさせられている。情報の資料性により読み続けざるを得ないが、批評的なところは教えられるよりもたまげることが多い。そんなに優秀なら己が政治家になっていることもできる筈なので、考えてみれば不思議でも何でもない。ならば分際を知ればよいのに自称インテリ面が甚だしい。それでもって御用記事ばかり書かされているのだろう。 ところが、御用記事に反発して批判記事もたまに目にする。ところが、この反発記事がお粗末極まりない。その例証を挙げ他山の石としたい。 1972.9.25日、田中首相一行が北京に向かった。9.27日夜、毛沢東と会見。角栄は、この時毛沢東主席と会談した際に、自筆の墨書き4行詩で「国交途絶 幾星霜、修好再開 秋将到、隣人眼温吾 人迎、北京空晴 秋気深」(国交が絶えて久しかったが今国交回復の機が到来した。中国人民の眼は温かく、北京の空は晴れ秋の香りがする)としたためた漢詩調の詩文を毛主席に手渡している。毛主席がそのお返しにくれたのが「楚辞」(「屈原詩註・4冊」)であった。 これをとある新聞社の記者はどう読み解いたか。毛主席が角栄に「楚辞」を渡した意図について、「漢字を連ねただけでは詩にならない。少し漢詩の作り方を勉強しなさい」という毛主席の皮肉を込めた返礼である、と論評した者がいる。まさに軽薄不明の極みであろう。そういう風にしか受け止められなかった凡俗インテリ記者は、いくら勉強を重ねても事の機微が分からない輩でしかないことを自己暴露している。 れんだいこは次のように受け取る。角栄の漢詩は、毛沢東政権による新中国に対する親愛の情を込めているそれなりの名文である。それに対して、毛沢東は、角栄の傑出した能力を見抜いており、だがしかし角栄の本質的に人民主義的な左派性が災い今は日本国首相であるけれどもいつの日か失脚させられるだろう、ことをも予知していた。 そこで手渡したのが「楚辞」である。「楚辞」は詩経とならぶ中国の詩文の古典であるが、「楚辞」は屈原伝記でもある。その「屈原というのは中国楚の時代の辺境県に頭角を著していた詩人であるが、君主に経綸を奏上して容れられず、讒言によって官位を追われ、その不遇を訴えるかの如くに入水して果てた人物」である。 これをもう少し詳しく見れば、「屈原は正直で神経質な性格であり、国を憂いて度々、懐王に進言を行ったが、聞き入れられないばかりか、かえって疎んぜられるようになってしまった。後に懐王は秦の張儀に騙され虜囚となり、新しく頃襄王が立ったが、屈原はこの王にも疎んじられ、追放されてしまう。屈原は放浪の旅を続けた後、国家を将来を案じながら、汨羅江の淵に身を投げたと伝えられている。これらは司馬遷の史記・屈原賈生列伝に伝えられるものであるが、このように屈原の生涯は党人といわれる君側の小人たちの嫉妬や讒言と君主の不明によって、追放の悲運に会い、山野水辺を放浪し、憂愁と憤懣のうちに入水自殺するという不遇なものであった。5月5日の端午の節句にちまきを食べる風習があるが、5月5日は屈原を偲んでの事始めとなっていると云われている。つまり、屈原が当時の民衆から支持されていたからこそこうした伝承が生まれたものと思われる」。 毛沢東が観た角栄とはこの屈原像であり、その予感は奇しくも当たることになる。その後のロッキード事件に翻弄されていく角栄は屈原そのものだったのではなかろうか。毛沢東の慧眼を恐るべし、角栄の悲哀を知るべしではなかろうか。 かく理解すべきでは無かろうか。それを思えば、「漢字を連ねただけでは詩にならない。少し漢詩の作り方を勉強しなさい、という毛主席の皮肉を込めた返礼である」などと評論する者の愚かさよ。こういう御仁はいくら知識を集積しても役立たない俗物でしかなかろう。こういう連中による政治論評が如何に詰まらぬ駄作分にしかならないか明らかだろう。 2004.7.10日 れんだいこ拝 |
【天木直人氏のメディア批判】 | |
2005.5.9日付の「天木直人・メディアを創る ( 5/9) 隠し続ける政府」を転載しておく。
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【新聞社及び現役新聞人寸評】 |
大手新聞各社の中で、相対的に最近倒産の危機を迎え、以来他社よりも低給料(れんだいこには、それでも十分過ぎるように見えるが)に甘んじている毎日新聞社は、下の気持ちが分かるからかも知れないが時に良い報道もする。さすがに一番の老舗だけあってジャーナリズムの一片の良心は持ち合わせているように見える。現在同社の言論をリードしているのは、「岩見隆夫特別顧問、岸井成格特別編集委員、松田喬和論説委員」のようである。れんだいこは、これを三馬鹿トリオとみなしている。しかしまぁ、あまり責めても酷だからもう少しは良い言論せよとエールしておこう。 問題は朝日新聞である。同社は長年アカ呼ばわりされてきた。それには根拠がある場合もあった。しかし、れんだいこの見るところ、その当時於いても批判は半分当っている程度のものでしかなかった。むしろ、ジャーナリズムの本質的喧騒性からすれば歓迎すべきことであった。その朝日は、神戸支局テロ事件の頃を境に急右展開させられたような気がしてならない。以来、朝日の左派性は本多系サヨに乗っ取られ、それと同時に紙面が余計に面白くなくなってしまった。 今日、朝日を以前同様にアカ呼ばわりし続ける山師達がいる。れんだいこは吐き気を催す。お前らはどこまでパカなのだ。まっ意図的にやっているのだろうからカエルの面にションベンではあるが、こういう手合いが飼われて続けているという体制事情は見つめておかねばならないと思う。 日経も朝日同様である。その昔の円城寺会長時代の日経は良い仕事をしていた。言論人としての弁えを持ちつつ高度経済成長時代をリードしていた。中曽根の頃からおべんちゃら派が登用され始め、今はもうダメになってしまった。 読売は哀しい新聞である。伝統的に庶民風の感性を持つが、正力ーナベツネにより御用新聞化させられてしまっており、戦前は軍部に、戦後はネオ・シオニストのエージェントになっている。 サンケイも読売同様の御用性を示して余りある。但し、読売と違うところは、内部でネィティブ系保守とネオ・シオニスト系体制派とが奪権闘争してきた経緯があり、今やネオ・シオニスト系が制圧したという経緯を見せている。 2005.12.27日 れんだいこ拝 |
Re:新聞の在り方考 | れんだいこ | 2005/12/29 |
お笑い日本共産党さんちわぁ。いつもユニークな視点から発信有難うね。今回のご意見に対しては、大事な指摘だと思うことは一致しておりますが、結論が違います。それがいいたくてレスしております。 れんだいこ思うに、ある範囲の弁えさえするならば、つまり私的利用の限度さえ心得るならば、マスコミ人は社も人ももっと政治色を出すべきだと考えております。それが無いので却って詰まらないと考えております。その昔の自民党の派閥番記者はそれぞれがその派閥を応援しております。それで良いのではないでせうか。 日共がそういうところまでキレイ潔癖を云うのは衛生思想で、それを守れば却って本音を隠し陰でコソコソすることになり、その方がウソっぽいと考えます。朝日新聞社がつまらなくなったのは、ウヨとサヨの理屈に負けて、中立ぽくした挙句体制提灯派になりさがったからだと考えます。 読売、サンケイの独特の提灯ぶりも、考えてみればあれも一種の政治色で、それで良いのではないでせうか。毎日は毎日なりの、朝日は朝日なりの、日経は日経なりの論調をつくりだせば良いのです。この系譜が読売、サンケイの後追いをしているところが大いに不満です。 従いまして、お笑い日本共産党さんと立場の違うところで不満を見出していることになります。外国の新聞の論調がどうなのかまでは分かりませんが、政治色党派色出してもお咎め無しの新聞が世に存在するなら、その社会はよほど健全だと考えております。それに応じて購読するだろうと思います。 テレビは見ないのですが、何かの拍子でコメンテーターの分析を聞くことがあります。だいたいにおいて当たり障りの無いコメントを上手にしております。その分つまらないです。政治はやはり興奮すべき内容で語るのが愛だと思います。いろんな人がいろんな角度から熱く語って欲しい。判断は銘々がするその方が良いと思います。 > ちなみに、共産党は自民党に同調し、喚問に賛成をしていました。まあ、共産党は別の思惑があったのだと思いますが、共産党のとった行動は素直にいいことだと認めます。 従いまして、れんだいこは、逆に考えます。サヨのいやらしさを感じます。日共の云うことの反対がほとんどすべて正解でせう。根限り詰めていけば全てそうなります。マスコミがジャーナリズム精神を喪失したまま第4権力を行使していることは問題です。無内容なのに権力持つところが危険です。これは三権分立論の現代バージョンで構成し直さなければならないと考えております。 |
(私論.私見)