「記者クラブ」考

 (最新見直し2009.9.19日)

 国会TVホームページ(http://kokkai.jctv.ne.jp/は次のように記している。
 1890(明治23).11.25日、東京・日比谷の仮議事堂で初の帝国議会が開かれ、日本に議会制民主主義が始まった時、時事新報記者らが組織した「議会出入記者団」が当局に対して議会の取材を要求した。これが我が国の記者クラブの始まりとされる。弱い立場にある新聞が団結して秘密主義の政府に取材を要求し、情報を得るために出来たのが記者クラブであった。

 「国会TVマガジン号外2/15 、メディアの裏側(第九回)第二章、記者クラブというギルド社会、警視庁記者クラブ(1)」を参照する。

 三つのクラブ

 警視庁記者クラブと書いたが、実は警視庁には記者クラブが三つ もある。朝日新聞、毎日新聞、読売新聞、東京新聞、日本経済新聞 と共同通信がメンバーの「七社会」、産経新聞、時事通信、NHK などが所属する「警視庁記者クラブ」、そして民放各社の「警視庁 ニュース記者会」である。最初に出来た「七社会」が、その名前の 故に八社目の加盟を認めなかったことから、クラブが一つにならな かった。戦後、民間放送がスタートした時、どちらのクラブにも加 入を認められず、三つ目のクラブが出来た。従って私が所属したの は正確には「警視庁ニュース記者会」である。  

 ちなみに我が国で記者クラブに入会する資格を得るためには、新聞百十社、通信四社、放送局三十三社が加盟する日本新聞協会のメンバーにならなければならない。雑誌や外国人の記者が記者クラブに加盟できないのは日本新聞協会のメンバーになれないからである。

 そして日本新聞協会のメンバーであっても、その中には差別的な扱いがあるのである。記者クラブが三つに分かれているため、広報の係官は同じ発表を 三カ所で別々にやらなければならなかった。警視総監は月に一度記者クラブと懇談をする事になっていたが、これも時間をズラして一 日に三度行われた。懇談にはお茶とお菓子が出されたが、最後となる我々民放各社との懇談では、「もうお茶もお菓子も私はいらない。 皆さんだけで召し上がれ」と警視総監は言うのであった。クブが分かれているため、実に無駄で馬鹿馬鹿しいことが行われていても、誰も馬鹿馬鹿しいとは言えない。それが記者クラブなのである。


【山岡俊介氏の記者クラブの腐敗性批判】
 山岡俊介氏は、「情報紙「ストレイ・ドッグ」(山岡俊介取材メモ)」の2005.7.12日付けブログ「警察庁内記者会見への出席妨害禁止を求め、フリーライター仲間の寺澤有氏等、仮処分申請」で、記者クラブの腐敗について次のように指摘している。
 ●疑惑が出ているにも拘わらず、宮城県知事を批判する警察庁長官

 フリーライター仲間の寺澤有氏(38歳)、それに講談社『週刊現代』副編集長の舩川輝樹氏(39歳)が、7月11日までに、警察庁の記者会見に出席させないのは報道の自由の侵害だとして、国と警察庁記者クラブ、さらに朝日新聞社等警察庁記者クラブ加盟15社に対し、記者会見への参加を妨害しないように求める仮処分を東京地裁に申請した。

 最近、全国の自治体警察において、犯罪捜査報償費が不正流用されている疑惑が次々と起きている。宮城県警でも同様の疑惑が起き、寺澤氏は『週刊現代』で記事にすべく、今年7月4日、宮城県の浅野史郎知事をインタビュー取材している。浅野知事は6月24日、不正流用の疑惑があるとして、7月からの配当分の報償費予算につき執行停止するという、過去例のない強い態度で臨んでいるからだ。

 ところが、これに対し、6月30日、警察庁の漆間巌長官は「警察活動への介入そのもの」、「何も問題ないのに、執行を止めるのは権限の乱用だ」等、批判的見解を述べたため、寺澤氏は漆間長官に取材申し込みをした。

 しかし、警察庁広報室は「個別案件についての長官へのインタビューは応じていない」として取材拒否した。そのため、寺澤氏等は警察庁内で記者クラブ加盟社相手に行われている記者会見の場で質問するしか方法はないと考え、警察庁広報室、記者クラブ、記者クラブ各加盟社に出席を認め、かつ、質問させるように申し入れを行ったが、広報室は「定期的な会見は行ってない」旨、的はずれな回答を寄こしただけだった。

 ●報道する寺澤氏を無視し、結果的に警察庁側につく記者クラブ加盟各社

 7  しかも、漆間長官自身、愛知県警本部長時代(96年3月)、「本部長激励慰労」として、15万円分の報償費を使っていたとする警察内部資料を、寺澤氏は情報公開法により入手している。その点については、捜査費用で自らの宴会を催すのもとんでもないが、15万円というその切りのいい額からしてカラ宴会を開いて裏ガネを作った可能性もあるとして、なおさら寺澤氏は漆間長官に取材したかったという。

 ところが、記者クラブと加盟各社の対応はどうだったか。寺澤氏の警察庁記者クラブでの会見での取材申し込みに対し、クラブも、そしてどの社も無視したのだった。そこで取材する術を失った寺澤氏等は、本件仮処分申立を行ったという。

 上掲記事は漆間長官の前述したような発言、対応を報じた『週刊現代』(7月23日号)の寺澤氏署名記事(4頁)。そこには、15万円の宴会費の証拠資料も掲載されている。

 それにしても、警察庁広報室はともかく、本来、報道仲間であるはずの記者クラブ加盟社15社すべてが、寺澤氏等の申し入れに対し無視、拒絶したというのは情けない。捜査報償費は我々国民の税金で賄われている。だから、疑惑が生じたら、知事が配分の執行停止をするのは当然のこと。それを批判することに対し、浅野知事が寺澤氏等のインタビューに「そういう前に、漆間長官は宮城県警本部長に対し、早く疑惑を晴らせと指示するのが本来の立場でしょう」と答えたというが、この方が筋が通っている。

 ならば、漆間長官の見解を質すのが報道機関のあり方ではないのか。それをせず、そうしようとする寺澤氏等の取材申し入れを無視する報道機関とはいったい何なのか? まさに記者クラブの存在が問われている申し立てで、地裁がどう判断するか注目される。


Re::れんだいこのカンテラ時評607 れんだいこ 2009/09/20
 【鳩山政権の第一関門、記者クラブ制考】

 2009.9.16日の鳩山民主連合政権の登場と共に、記者クラブ制問題が浮上してきた。民主党は、政権奪取前の公約で、「記者クラブ制を開放し、他のメディアにも参加させる」方針を打ち出していた。ところが、平野官房長官が就任直後、記者クラブ開放について消極的姿勢を見せ始めたという。政権奪取後、いきなり「記者クラブ開放公約」を反古(ほご)するようでは、他の公約も同じ運命を辿ることが予見されるという意味で、この問題の持つ意味は大きい。

 他方、岡田克也外相は9.18日の記者会見で、概要「閣議後の首相官邸や国会でのぶらさがり取材は、記者クラブ所属以外のメディアが参加できておらず、これでは十分な情報発信はできない。今後は定例会見を原則週2回とし、同省記者クラブ所属の報道機関に限らず全メディアに開放する。但し、会見への参加は、危機管理上の配慮から、事前登録を前提とする」と発表し、記者クラブに所属する報道機関以外にも参列の道を開く方針を明らかにした。これにより、日本新聞協会、日本民間放送連盟、日本雑誌協会、日本インターネット報道協会、日本外国特派員協会の会員のほか、外国記者登録証保持者やフリーランスの記者が対象となり、従来の記者クラブ以外にも スポーツ紙、週刊誌、月刊誌、外国人向けメディアなどが参加できるようになる。

 鳩山政権は、記者クラブ開放を廻って早くも平野官房長官と岡田外相との間に齟齬を見せ始めていることになる。この問題を愚考する。れんだいこの解析するところ、この問題は、記者クラブ制そのものの在り方と、著作権問題の二面が絡んでいる。

 記者クラブ制とは、政府の記者会見の際、閉鎖的に選別された有力マスコミ各社の会員に絞って参席が許されている取材体制を云う。この特権的な地位をpreferred access(優先的アクセス)とかprivileged access(特権的アクセス)と呼ぶ。これにより、「政治の第一次情報が、記者クラブというフィルターを通してからでないと、国民へ到達しない」ことになっている。この制度の由来には歴史的経緯があり、それを無視しては是非判断できないにせよ、記者クラブ制が情報公開という時代の流れに反していることは間違いない。

 物事には是非があるとして、この観点から記者クラブ制を評すると、この制度には、参席する記者の身元素性が知れており、要人の警備上安全という利点がある。デメリットは、質疑が慣れ合いに流れ易く、ジャーナル的に急所を突く質問が排除される傾向を生む。時には格好の政府広報や単なるセレモニーの場に変質したりする。この両面の功罪を踏まえて政治的にどう打開すべきか、これが問われていることになる。

 しかしながら、れんだいこには、こうしたレベルでの評論にとどまるならば表層的であり、真の問題に踏み込んでいないように思われる。記者クラブ制問題がクローズアップされつつある裏事情には、次のような問題が宿されているのではなかろうか。即ち、現下の有力報道機関、総じてマスコミは、現代世界を牛耳る国際金融資本(以下、ネエシオニズムと仮称する)の支配下にあり、厳しく情報統制されている。彼らのメディアリテラシーに監視され、スルーした情報のみが伝達されている。逆は逆である。それは同時に長期的な愚民化政策に基づいており、世界一識字率の高い日本人民大衆の軽薄化、野番衝動化を画策している。このことを踏まえなければ事の真相の深層に迫れないのではなかろうか。

 これについて詳しく知りたければ、「シオン長老の議定書の言論機関、マスコミに関する記述一覧」で考察しているので参照されたい。れんだいこは、あらゆる兆候から、この問題を真実とみなしている。
(ttp://www.marino.ne.jp/~rendaico/judea/neozionismco/zionnogiteisyoco/theemabetuco/theemabetuco10.htm)

 このクビキの下で、日本マスコミ界は本来のジャーナル精神を歪められ、ネオシオニズムのエージェントとして彼らを利するプロパガンダを一方的に垂れ流したり、その意を汲む政府の御用聞きに勤め、その意を汲まない政府、政治家に対する当てこすり、針少棒大批判に耽っている。しかも、近年、こういう姿勢をますます強め次第に顕在化させつつある。かのロッキード事件における稀代の有能政治家・田中角栄失脚訴追キャンペーンなど最たる例であった。ここ十年で見れば、自公政権、これを背後で操る国際金融資本のメディア戦略は、マスコミを駆使して世論誘導し、新自由主義政策という名のハゲタカ利権擁護のペンを思う存分ふるってきた。小泉政治を称揚し、狂人小泉を名宰相としてもてはやした。これに一定の距離を保とうとした安倍、福田、麻生の各政権に対しては批判の舌鋒を鋭くしてきた。ペンの正義を云うには恥ずかしい政治主義ぶりを発揮してきた。

 この間、新聞紙面が活力を失い、新聞各社が系列支配しているテレビメディアは、日常的にこれでもかというほどバカ番組を粗製乱造し、1億総白痴化を画策している。そういう事情によって、多少なりともまともな者のテレビ離れを促しつつある。他にも、中近東に於けるイスラエルの蛮行が国際的批判に遭っている時には決まって北朝鮮のテポドン、拉致問題を採り上げ、関心をそらせるという新たな機能をも露骨化させつつある。直近の例でいえば、2009総選挙、これに引き続く鳩山政権誕生前後に合わせて報道され続けた酒井法子大麻事件の執拗さは、その好例である。同事件が総選挙過程で発生し、逮捕、釈放が政局の重要な節目に合わせて演出されたのは決して偶然ではなかろう。かく共認したい。

 日本マスコミ界がネオシオニズムにコントロールされる度合いに応じて、記者クラブ制の弊害が目立ち始めた。これには以上のような相当の根拠があるとみなすべきであろう。既存メディアは役に立たないばかりか今や腐り抜いている。この認識が元になって、記者クラブ制という大手メディアのプレス特権からの開放が迫られつつあると認識すべきではなかろうか。もはや大手メディアは当てにならないのであり、彼らに代わるあるべきメディアの創出こそが真に望まれている。記者クラブ制問題をこの座標で位置づけて解く必要があろう。

 鳩山民主連合政権が、かく腐敗堕落しきっているマスコミ、その表出権力体としての五大新聞による報道管制システムと闘わず、逆にその圧力に迎合するようなことでは先行きが暗かろう。世間では、鳩山政権に於ける小沢幹事長との二重権力問題に講釈を垂れる手合いが多い。しかしながら、れんだいこの見るところ、それを咎めるならメディア権力問題の方が本ボシであり、これを切開することこそが真の政治評論であるように思われる。誰か、かく共認せんか。

 ところで、記者クラブ制には、もう一つ著作権問題が絡んでいる。現代マスコミは業界上げて著作権狂いしている。その酷さは、著作権法が開放しているところの時事報道ニュース、死亡記事に対しても、利用規制網を仕掛けているところにある。「要事前通知、要事前承諾、要対価制」という檻を設け、著作権利権に囲い込み、その圧力をますます強めつつある。「1997.11月付け日本新聞協会編集委員会のネットワーク上の著作権に関する協会見解」がその申し合わせであり、以来猛威をふるいつつある。

 これの音頭取りしたのがナベツネ派である。ナベツネ派の生息する読売新聞が記事と云う記事の末尾に「無断転載禁止」を但し書きし顰蹙を買っているのは偶然ではない。読売系は、見出しにおいても著作権を主張し、いくつかの訴訟に持ち込んで得意然としている。バカさ加減も極まれりというべきではなかろうか。いずれにせよ、ナベツネ派が画策し読売系が水先案内した結果、この風潮が全マスコミ界を汚染し、今や自縄自縛に陥っているという滑稽さを見せつつある。にも拘わらず、更に著作権狂いせんとしつつある。こうなると不治の病に陥っていると見立てるべきであろう。

 この問題は、著作権棒を振り回しながら、その実狙いは報道管制にある。この報道管制は、愚民化政策と一体となって推進されつつある。ここを見てとらねば、著作権問題の深刻さに至らない。著作権棒をもっとも強引に振り回す読売-日テレ系が殊のほかバカ番組に執心し垂れ流し続けているのは偶然ではないということになる。

 かく判ずれば、我々は、その対抗策として、既存メディアとは違う別系の政治情報に於ける人民大衆的利用を良しとするメディアを創出せねばならないことになろう。記者クラブ制は、この問題を見据えて議論していかなければ十全な解決にはならない。つまり、プレス特権による優待つきの著作権棒を振り回すような輩に特権は与えられないとする立場から、どちらかを選択させねば解決しない。特権まみれにしがみつくのか、特権を離すのか、はっきりさせねばならない。手前が特権まみれに居りながら官僚特権の舌鋒を振り回すのを茶番劇という。

 鳩山政権は、記者クラブ制にとどまらず現代メディアが陥っている奇形化、著作権狂いに対して踏み込む力があるだろうか。否逆に、これを更に推し進める恐れはないのだろうか。こういうところが関心にならざるをえない。れんだいこ的には、著作権、プレス特権からの楽市楽座的開放政策こそが望まれており、この方向に針路を執らなければ、初手から危ういと見立てる。旧政権のウミをださせるとは、こういう問題にも及ぶべきだと考える。

 2009.9.20日 れんだいこ拝

 「★阿修羅♪ > マスコミ・電通批評10」の gataro氏の2010.7.5日付け投稿「運動部へ左遷させられた道新デスクが「記者はポチ」と痛烈批判 (THE INCIDENTS インシデンツ 正式オープン準)」を転載しておく。

 http://www.incidents.jp/news/index.php?option=com_content&view=article&id=84:2010-07-03-19-07-25&catid=1:2010-05-12-10-05-34

 運動部へ左遷させられた道新デスクが「記者はポチ」と痛烈批判THE INCIDENTS インシデンツ 正式オープン準備版
 筆者 - 寺澤有
 2010年 7月 04日(日曜日) 04:10

 2004年度の新聞協会賞を受賞した北海道新聞(以下、道新)取材班による北海道警察本部(以下、道警)の裏ガネづくりの報道を覚えている国民は多いだろう。新聞は最大のネタ元の警察を批判しないという暗黙の了解を破り、1年間で1000本の記事を掲載し、当初、全面否定していた道警に組織的な裏ガネづくりを認めさせた。

 その取材班を率いていたのが高田昌幸デスク。しょせん会社員で自分の意見を外部へ表明したがらない新聞記者にしては珍しく、『追及・北海道警「裏金」疑惑』(講談社)、『日本警察と裏金』(同)、『警察幹部を逮捕せよ!』(旬報社)という書籍を世に出したり、講演やシンポジウムで発言したりしてきた。筆者も、記者クラブ問題を考えるパネルディスカッションで同席したことがあり、当時から記者会見や記者室をフリーランスにも開放するよう訴えていた。

 一方、道警は道新に屈服したわけではなかった。2004年9月、元道新室蘭支社営業部次長を業務上横領容疑で逮捕したのをキッカケに、捜査の対象を元道新東京支社営業部長や道新役員らへ広げていく。また、道警が道新だけに情報提供しないために、道新だけが重要なニュースを報道できないという、いわゆる「特オチ」(特ダネの反対の意味)の状態も続いた。

 とうとう道新も音をあげて、2005年7月、高田デスクを東京支社国際部へ異動させるなど、道警にすり寄る姿勢を見せはじめた。2006年1月には、道警の要求に応じ、一部の記事に関して、「記事の書き方や見出し、裏付け要素に不十分な点があり、全体として誤った印象を与える不適切な記事と判断しました。関係者と読者の皆さまにご迷惑をおかけしたことをおわびします」という社告を第1面に掲載した。これが原因で高田デスクはけん責処分を受けている。

 同年5月31日、佐々木友善・元北海道警総務部長は、前出の『追及・北海道警「裏金」疑惑』『警察幹部を逮捕せよ!』の2冊に関し、「捏造記事を掲載されたことにより著しく名誉を毀損された」として、道新と高田デスク、出版社らに、謝罪記事の掲載と損害賠償600万円を求める訴訟を札幌地方裁判所に起こした。

 この訴訟の過程で、実に不可解なことがあった。2008年7月14日の第10回口頭弁論で、佐々木元部長は提訴前に行われた道新との交渉が録音されたカセットテープ14本とそれらを文字に起こした「面談記録」「電話録取書」を提出したが、そこには、道新の新蔵博雅・編集局長(当時)と早坂実・編集局次長(同)が裏取引を持ちかけているとしか思えない内容が記録されていた。佐々木元部長に対して、道新の「公式顧問」就任を要請したり、「裁判は、形の上では主張するけど、基本的には和解しかないわけです」「提訴して、一定の時期が来たら和解するという事を今日中にお互いが合意する」「限定的な一定のルールの下でのこれは出来レース」などと発言したりしているのだ。

 このような会社の動きを知らなかった高田デスクの驚きや怒り、あきれは察するに余りある。

 2009年4月20日、札幌地裁(竹田光広裁判長)は高田デスクらに損害賠償72万円を支払うよう命じる判決を言い渡した。現在、札幌高等裁判所で控訴審が継続している。

 今年4月、筆者も呼びかけ人の1人の「記者会見・記者室の完全開放を求める会」(以下、会見開放を求める会)が活動を開始したが、同会の設立に奔走したのが高田デスクだ。70人を超える呼びかけ人の社会的立場や主義主張は様々で(もっといえば、1対1にすると、即ケンカを始める組み合わせがいくつもある)、これを「記者会見・記者室の完全開放」という1点でまとめあげた熱意と手腕はすばらしい。

 とはいえ、呼びかけ人で現役新聞記者は高田デスク、ただ1人。高田デスクは会社の垣根を越えて、見込みがありそうな現役新聞記者らを誘ったが、「最後は、みんな逃げていった」という。

 先に《いまだに記者会見と記者室の開放に抵抗する記者クラブメディア》の記事でお伝えしたとおり、会見開放を求める会は全国231社の記者クラブメディアに対し、記者会見と記者室をフリーランスなどにも開放するよう申し入れ、その回答を求めた。しかし、回答率は23・8%と低く、いまだに記者会見や記者室を独占したいという記者クラブメディアの暗黙の意思が感じられた。道新は無回答だった。

 会見開放を求める会の活動が呼び水となったのか、7月1日付けで高田デスクは道新札幌本社運動部へ異動させられた。本人が「駆け出し時代も含め、高校野球の予選すら取材したことのない、まったくのスポーツ音痴。原稿のてにをはを直すことぐらいしかできない」と言うほどだから、あからさまな左遷人事である。

 高田デスクは東京から札幌へ引っ越す直前、ジャーナリストの岩上安身さんの2時間半を超えるインタビューに答え、それがインターネットでノーカット動画配信されている。

 高田昌幸インタビュー(聞き手:岩上安身)

 この中で高田デスクは「(新聞)記者はポチ。飼い主様のポチですから。会社の幹部、取材先のポチになろうとする」と刺激的な発言をしたうえで、「(新聞と権力は)いつも二人三脚で、いつもベタベタで、それを『記者クラブ』という名で囲って、外向きには、『権力の監視だ』なんてカッコいいこと言いながら、ウソばっかり」などと痛烈な記者クラブメディア批判を展開した。本記事で取り上げた道警裏ガネ問題の顛末も、自らの口で説明している。

 記者クラブメディアの惨状が生々しく語られた貴重なインタビューである。ぜひとも視聴を勧めたい。

04. 2010年7月05日 23:37:45: VoHQXX9kmw
大マスゴミの腐敗振りが示された記事だが、こういうことすら大マスゴミや赤旗、聖教新聞は報じないのであろう。





(私論.私見)