日中両党関係正常化の合意について |
(最新見直し2014.06.18日)
長年の日中両党共産党の不正常化に終止符が打たれたのは1998.6.10日である。6.11日、不破哲三幹部会委員長が「日中両党共産党の正常化について」と題する記者会見で明らかにした。詳細資料については、猛獣文士氏のサイト「両党関係正常化の合意について 」、「中共与日共実現関係正常化」で公開されている。 それによると、1998年5月の下旬に中国共産党中央委員会から関係正常化についての両党会談を北京で開きたいという提案が為され、6.8―10日に会談を開催することにし、8日から、日本側は西口光国際部長を団長として山口富男幹部会委員・書記局員、平井潤一国際部嘱託ら、中国側は戴東国中央対外連絡部部長を団長として戴東国中央委員・中央対外連絡部長らとの会談が始まり、三日間にわたる協議の結果、10日に両党関係の正常化についての合意が成立したとのことである。 合意の内容は、次の通り。
不破幹部会委員長は、記者会見の席上で、概容次のように補足している(れんだいこが意訳すると次のようになる)。
不破は、「中共の歴史的自己批判」の歴史的位相について次のように述べている。
不破は、国際共産主義運動の兄弟党の関係がどうあるべきかに就いて次のように述べている。
「内部問題相互不干渉」について次のように補足している。
中共は、1998.6.12日付け「人民日報海外版」で次のように報じている。
但し、「歴史的自己批判」の内容に就いては触れていないもようである。 |
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「日中両党関係正常化の合意」における日中両共産党の交渉経緯と結果についてどう評すべきだろうか。文面を読む限り、中共が土下座式謝罪をし、日共が殿様ぶった態度でそれを良しとした構図が見えてくる。不破は、記者会見の場で、その「成果」を自慢げに饒舌している。 これを眺めるのに、次の点が解析されねばならないと考える。一つ、中共側の全面的敗北は何を意味するのか。一つ、日共側の交渉態度は兄弟党の問題解決手法として適正なものであったのか。一つ、国際共産主義運動における「内部問題不干渉」原則はそうあるべきだろうか。一つ、国際共産主義運動はどうあるべきだろうか。一つ、中共側の屈服式政治的妥協の背後にある真の意図は奈辺にありや。 その一、「中共側の全面的敗北は何を意味するのか」について。これにつき注目すべきは、不破が次のように述べている箇所である。
これを読み取れば、不破は的確にも「その後の中共内の政変」で文革時の毛沢東系主流派が更迭され、新執行部となった鄧小平系実権派が権力を掌握し、この系譜が今日の中共指導部となっていることを見抜いており、この実権派とは話し合いの余地があるとして、①・現中共指導部は毛沢東時代の指導部とは一線を画しており責任が免責される。②・「真摯な自己批判」さえあれば良い。③・「真摯な自己批判」は、(ア)反党グループとの決別、(イ)不破幹部会委員長の訪中招待で証される、という三段階論法で交渉に当たったことが見えてくる。 中共側はこれを全面的に受け入れた。このことは、日共現指導部と中共現指導部間には基本的な親疎性が存在し、友誼関係の構築がし易かったということになる。つまり、この両派は相互に与しやすい関係にあると云うことが判明する。しからば、両党指導部の親疎性とは何だろうか。れんだいこは、両指導部とも親シオニズム系であることに根拠を見出したい。これを論ずれば長くなるので割愛するが、こう読み取らないと解けない。 一つ、「日共側の交渉態度は兄弟党の問題解決手法として適正なものであったのか」について。こたびの「日中両党関係正常化の合意」は、明らかに中共側の土下座式謝罪であり、日共側の尊大な諾否態度で仲介されている。これが、兄弟党間の問題に対する公明正大な解決の仕方であるとは到底思えない。 一つ、「国際共産主義運動における『内部問題不干渉』原則はそうあるべきだろうか」について。不破は、この間頻りに「国際共産主義運動における内部問題相互不干渉原則」を説いてきた。しかし、こういう原則そのものがそもそも胡散臭い。国際共産主義運動において兄弟党の関係を「自主独立、対等平等」に位置づけるのは正しい。が、見解、組織論、規約論の齟齬については常に「内部問題相互検証原則」こそ確立すべきではないのか。国際共産主義運動は本来そうあるべきではないのか。「内部問題相互不干渉原則」は徒にそれぞれの現指導部の追認を呼び込む反動規定ではないのか。こういう観点から捉えなおすことこそ正しい。 日中両共産党の対立の背景を検証してみる。次のような経緯があった。1966.7月、中共の毛沢東指導部は、「四つの敵論」(アメリカ帝国主義とソ連の修正主義、日本の支配階級反動派、宮顕修正主義に牛耳られている日本共産党、 この四つが中日両国人民の共通の敵だという論)を指令し、これを「文革の対日版」として「日本への干渉の指導原理」とした。これにより日中両共産党間の非和解的対立抗争が始まった。 この過去の史実に対して、中共は、「日中両党関係正常化の合意」交渉過程で、「我をもって一線を画し、日本共産党を両国人民の敵と扱った」(「我をもって一線を画し」とは、中国の言葉で、自分たちが勝手に敵味方の境界線を引いて、勝手に両国人民の敵にしたということ)として誤りを認めた。 既述したが、中共の現指導部が、文革時の主流派と異種の関係にあることが「誤りを認めた」背景にあると思われる。しかし、この「歴史的自己批判」は果たして正しい対応であったか。日共側には何らの落ち度も反省もないかような一方的な「歴史的自己批判」が許されるべきであろうか。本来であれば、兄弟党間に重大な意見・見解・運動論の齟齬が発生した場合、両党は「内部問題相互検証原則」に基づいて共同テーブルを設け、喧々諤々の議論を為すことこそ望ましい。 両党はそう為すべきであったが、双方とも徒に批判応酬しただけの非国際共産主義運動的対応に終始したのではなかったか。してみれば、れんだいこの眼には、共同責任こそが相応しい。それを、かような一方的な自己批判を為す方も方ならそれを要請し過ぎる方も方であろう。この「ケジメ方」を得意がって饒舌するなどは愚劣の一言に尽きる。 一つ、「国際共産主義運動はどうあるべきだろうか」について。日中両党は、こたびの「日中両党関係正常化の合意」で、国際共産主義運動における「自主独立、対等平等、内部問題相互不干渉」の方針を、政党間の関係の原則として認めた。概要「中国側は、会談のなかで、『四原則のなかで、独立自主が基礎で、内部問題相互不干渉が核心だ』という表明をしました。三十数年来の歴史の教訓から、内部問題相互不干渉ということをはっきり踏まえて関係を結んだというのが、大事な点です」とあることからすれば、日共派の論理を是認したということになる。 しかし、「自主独立、対等平等」は良いとしても「内部問題相互不干渉」が国際共産主義運動の原則となるべきかどうか。不破は例によって例の如く玉虫色折衷論でお茶を濁す。次のように補足している。
これは苦しい言い訳である。この不破式論法に拠れば、「内部問題相互不干渉」とは、相手にはそれが厳格に要請され自身達にはフリーハンドが担保される素晴らしいものであることが分かる。いつもの話法であるから今更驚くに値しない。もっと率直に「内部問題相互検証原則」を確立すればよいだけのことであろうに。 最後に。「中共側の屈服式政治的妥協の背後にある真の意図は奈辺にありや」について。これは憶測の域を出ないが、中共が日共の論理に屈服する形で日中友好の国家的利益の障害除去を最優先するという方針で臨み、これを達成したということであろう。名を捨て実を取ったという現実主義外交の成果であったとみなされるであろう。それにしても、1998.6.12日付け「人民日報海外版」は、「日中両共産党の歴史的和解」を報じているものの、その屈辱的和解内容については伝えていないところを見ると、如何に苦しい選択であったかが分かる。どういう事情があったのか今も謎である。 それにしても、両党共にお粗末な事である。 2004.5.6日 れんだいこ拝 |
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れんだいこの「日中両党関係正常化の合意評 」に対し、疲労蓄積研究者さんから「左往来人生学院」掲示板で次のような指摘を受けた。
これに対し、れんだいこは次のようなレスを付けた。
飽き足らずさんより次のレスが為された。
これに対し、れんだいこが次のようなレスを為した。
以上を受けて、「兄弟党的共産党間の関係規定をブルジョア政党間的関係規定にすり替えて論じ合意する愚劣考」をしてみる。 「世界各国の共産党間の関係規定論」なぞ何の問題にもならなくなった今日の情況が寂しい。この問題を論ずる意義は、民族問題、宗教問題の対処の仕方にも通低しており、且つそれぞれの国の左派党派間の関係規定論にも横滑りし得るものであるからしてなおざりには出来ない。ということは、「世界各国の共産党間の関係規定論」に何の興味も持たぬ姿勢は、「それぞれの国の左派党派間の関係規定論」にも民族問題、宗教問題にも同様であり、併せて左派運動の現在と将来に対する無責任ないし冒涜精神を見せていることになるであろう。 残念なことであるが、事実、これらの問題の考察は歴史的にそれほど為されておらず、それはとりもなおさず史実としての国際共産主義運動が無責任無能力野郎の烏合の衆運動であったことを物語っていると云えよう。 れんだいこが思うに、国際共産主義運動は理論的考察も立ち遅れており、史実として理想通りに立ち現れたことは一度もない。ロシア10月革命の成果を引っさげて結成された第三インターナショナル(コミンテルン)は、帝国主義列強による革命政権転覆干渉に遭遇したこともあって「革命祖国ソ連の防衛運動」に捻じ曲げられざるを得なかった。この対応は一過性的に処せられるべきところ、レーニンの後を継いだスターリンは本質的にロシア大国主義、スラブ民族主義に立ちつつ国際共産主義運動を操つるという背徳を専らにした。 かくして、ソ共を司令塔とするコミンテルン運動として展開されるようになった。戦前の日共運動の限界はここに内在していた。国際共産主義運動の司令塔は必要であったにせよ、実際にはロシア大国主義、スラブ民族主義に拝跪するものでしかなく、それを内部的に検証する手段を持たなかった。この「負の伝統」が今日まで体質的に続いている。それはともかく、第二次世界大戦後の民族解放闘争の高まりの中で中国革命が成功するや中共がたちまち国際共産主義運動の№2の地位に座った。が、その中共のそれも本質的には中国大国主義、中華民族主義を登場させただけであった。やがて、そのソ共と中共が覇権抗争し始め、以来国際共産主義運動の「団結」は絵空事になった。こうした否定的事象に遭遇して、第三極の西欧及び日共は次第に自主独立路線を強めた。が、それは、国際共産主義運動の「団結」をますます空疎にさせていき、今日の完全なる破産状態を招いている。 この史実は、国際共産主義運動の検証を要請している。「世界各国の共産党間の関係規定論」の理論的解明を要請している。本来であれば、①・国際共産主義運動のあるべき姿の理論的解明、②・各国での自主独立路線、③・各国共産党の兄弟党関係論、④・各国での左派運動党派の共同戦線論等々の理論的解明に向けて国際会議が開かれて然るべきであろう。これに向かわず単なるブルジョア政党間的友誼関係の構築に向けての「正常化運動」はそれほど自慢されることではなかろう。 自主独立路線検は、ソ共、中共の二大司令塔からの支配関係を溶解させるという意味ではひとたびは史的意義があったが、ほとぼりが醒めれば、国際共産主義運動の検証及び再構築に向かうというのが本来の道筋ではなかろうか。この観点に照らす時、こたびの「日中両党関係正常化の合意 」は何と背徳的だろうか。「兄弟党的共産党間の関係規定」を彼岸化させ、単に「ブルジョア政党間的関係規定」にすり替えて論じ合意している。それは、時代が、運動が要請している理論的課題に対して何らの貢献を為さず、むしろ混迷を深める方向に拍車しているだけのことだろう。あまりに愚劣ではなかろうか。 それにしても、かっての毛沢東時代の指導を知る者からすれば中共の変質落差の感慨が深い。「革命の輸出路線」からの転換は「正の解」であろうが、ブルジョア大国主義、民族主義への公然転換は「負の解」のように思えてならない。あるいは、こたびの土下座合意からすれば、中共の理論的貧困が甚だしく日共不破の詭弁に討ち取られるほど単に堕しているのだろうか。 2004.5.9日 れんだいこ拝 |
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日共不破の、反日共党グループに対する執拗な排除策動の是非も考察せねばなるまい。日共は、中共の自己批判に対して更なる「真剣な総括と是正」を求めた結果、「(今後)干渉当時につくられた反日本共産党の組織、いわゆる反党グルーブと関係をもたない」ことを確約させ、「(この問題で、)中国側はそれに同意し、そのことが『真剣な総括と是正』の中に含まれているということを、確認した」とあるが、ソ共との折衝においても親ソ派志賀グループを同じように排除していった経緯も併せて考える必要がある。あるいは新左翼系諸派に対してもトロツキスト批判で権力当局に取締りを要請しそれを公然と当然論で合理化していった経緯も併せて考える必要がある。この種の例は大衆団体に対する干渉も含めれば限りがない。宮顕-不破系党運動は何ゆえにかくまで頑なな「排除の論理」を専らにするのか。それが少しでも日本左派運動の前進に寄与したのならともかくも事実は逆ではないのか。ここで想起すべきは、1847年世界に向けて発表された「共産主義者の宣言」の文言であろう。れんだいこ訳でこれを示すと次のようにある。 「本文二 プロレタリアと共産主義者(proletarians and Communists)」には、共産主義者の採るべき態度として、「共産主義者は、他の労働者階級の諸党派に対立するような別個の党派を組織するものではない。共産主義者は、全体としてプロレタリアートの人々と分離したりその一部でしかないような諸利益を持たない。共産主義者は、どのようなものであれ特殊(セクト的)な諸原則を提起しない。セクト的な諸原則は、プロレタリア運動をその型にはめこもうとするものである」と示している。 「本文四、種々の抵抗党に対する共産主義者の立場」には、「共産主義者は、労働階級が直面している利害を擁護せんとして目下緊急の目的を達成するために闘う。しかし当面の運動の中にあっても、運動の未来を気にかけている」、「手短に言うと、共産主義者はどこでも、現存する社会的、政治的秩序に対するあらゆる革命的運動を支持する。こういう運動のすべてで、共産主義者は所有問題を、その時それがどんな発展度合にあろうとも、それぞれの運動の主要問題として、前面に立てる。最後に、共産主義者はどこでも、あらゆる国の民主主義諸政党との同盟と合意に向けて骨折り労を為す」とある。 これらを素直に読み取れば、党派のセクト的行動や「排除の論理」を厳しく戒めていることが分かる。理論及び実践において党派間の闘争が生じるのは、「運動の現在と未来に対する非和解的責任問題」が発生する限りにおいてであろう。平時においては「共に別個に進んで」何がおかしかろう。実践で競り合い、理論で闘争し合い、共同戦線化することこそ望まれているのではないのか。 それらこれらに思いやれば、宮顕-不破系党運動による日共党中央の座椅子からの変調運動は左派運動に対する幻滅を与えることのみに効が有り、そういう誤解を意図的に生ぜしめている観さえある。れんだいこが一刻も早く打倒せねばならないと指摘する所以である。宮顕-不破系党運動は逆からの攻撃においてかなり「暴力的」である。ならば、我々も又この連中を追い出すのに何の遠慮がいろうぞ。但し、付言しておくが、これらは大衆的に為されねばならないということだ。直接的な暴力主義は邪道であり、却って宮顕-不破系党運動に乗ぜさせる隙を与えよう。 2004.5.10日 れんだいこ拝 |
(私論.私見)