豊文教会に対する天理教名称使用差止等請求事件考 |
更新日/2018(平成30).5.10日
(れんだいこのショートメッセージ) |
ネット検索で「豊文教会の天理教名称使用差止等請求事件 」(裁判所収録の全文PDFを見る)に出くわした。天理教本部が、天理教豊文教会に対し、「「天理教」を含む名称の使用の差止め及び名称の登記の抹消登記手続を求める裁判」を提訴し、最高裁まで争われた事件のようである。興味深いのでこれを検討する。 他に、久留米大学法学部特任教授・大家重夫(おおいえ・しげお)氏の「宗教法人天理教」は「宗教法人天理教豊文教会」の名称使用を差し止められないという事例」がサイトアップされており、これを参照する。 2007.12.2日 れんだいこ拝 |
【事件の概要】 |
原告は「宗教法人天理教」(代表者代表役員・飯降政彦)で、被告は「宗教法人天理教豊文教会」である。原告と被告間の経緯は次の通り。 被告は、80年にわたって天理教の傘下に属し、「天理教豊文分教会」(「豊文」は、被告所在地が諏訪市に合併されるまで「豊田村字文出」であったことに由来する)の名称で活動してきていたが、八島教学の影響を受け本部批判を始めた。 平成13.7.3日、宗教法人天理教が、同日付けの通知書でもって、原告に対し、被包括関係を廃止する旨の通知を行い(注1)、所轄庁(宗教法人法5条)である長野県知事に対し、被包括関係の廃止に係る規則変更認証申請を行なった。 宗教法人天理教豊文分教会は、宗教法人天理教に対し、同日付けの通知書で、被包括関係を廃止する旨の通知をし、次に長野県知事に被包括関係の廃止に係る規則変更認証申請を行い、変更後の規則で、名称を「天理教豊文教会」とした。 平成15年4月16日、長野県知事は、この規則の変更を認証した。認証された規則によれば、「天理教豊文分教会」は「宗教法人天理教豊文教会」(代表者代表役員・ 山田 博明)と改称し、教義、儀式も八島教学の影響を受けたものへと変更し、天理教活動を行っていた。 平成15年6月11日、「宗教法人天理教」は、長野県知事の行った規則の変更認証の決定は、宗教法人法第28条第1項第1号の規則変更認証要件を備えていない規則変更を認証する違法なものであるとして、その取消しを求めて、行政不服審査法に基づき、文部科学大臣へ審査請求をした。 平成15年10月8日、文部科学大臣は、「本件審査請求は、棄却する」とした。決定の理由中に「宗教法人の名称使用に関して、宗教法人法には宗教法人が他の宗教法人と同一又は類似の名称を使用することを禁止する規定はないから、他の法令における名称使用の禁止規定に触れない限り、その名称使用に対する特段の制限はないと考えられる」、「宗教法人について同一又は類似の名称の使用による人格権の侵害を問題とし又は不正競争防止法を適用する余地があるとしても、信教の自由の保障の趣旨からいって宗教法人がどのような名称を用いるかは原則として当該宗教法人の自由な決定に委ねられるべきものであり、同一の宗教を奉ずる宗教法人の間で被包括関係の廃止があった場合に、一方の宗教法人がその宗教を表示し又は標榜する名称を含む法人名に改めたとしても、そのことをもって直ちに他の宗教法人の人格権若しくはその営業上の利益を侵害し又は侵害するおそれがあると解することはできない」として、処分庁の判断を妥当としていた。 文部科学大臣は、宗教法人審議会の20名の委員に諮った。宗教法人審議会第26期委員(平成15年4月1日〜17年3月31日)は、[神社本庁]2名、[教派神道連合会]2名、[全日本仏教会]4名、[日本キリスト教連合会]2名、[新日本宗教団体連合会]3名、[学識経験者]10名で、法律関係者としては「全日本仏教会」4名の中に長谷川正浩弁護士、[学識経験者]10名の中に大石真京大教授、長谷部由起子学習院大学教授がいる。 「宗教法人天理教」は、「宗教法人天理教豊文教会」が「天理教」の名称を使用することは不正競争防止法(以下、「不競法」という)2条1項2号または1号所定の不正競争行為に該当し又は原告の宗教上の人格権侵害行為であるとし、その差止め及びその名称の抹消登記手続きを請求して訴えを起こした。 裁判では、1.本件訴えが「法律上の争訟」に該当するか、2.不競法は宗教法人間の競争にも適用されるか、3.被告の名称使用行為が、宗教団体の名称権に基づく原告の人格権侵害に当たるか、等が争われることになった。以下、第一審の東京地裁判決、二審の東京高裁判決、最終審の最高裁判決を検討する事にする。 |
宗教法人天理教は、 |
(注1)包括、被包括制度とは、宗教法人法26条1項に規定されており、双方の宗教団体が、意思表示の合致によって成立し、通常は被包括宗教団体の代表役員の選任、財産処分等について、包括宗教団体の承認又は同意にかからしめるという制約がなされ、双方の規則にこれが記載される(法12条1項12号)。その廃止については、被包括宗教法人から、包括宗教法人へ廃止の通知を要する(法26条3項)。 包括・被包括関係の制度は、憲法の信教の自由に立脚する。信教の自由を理由とする場合のみ、廃止しうるとする説(井上恵行「改訂宗教法人法の基礎的研究」471頁)もあるが、信教の自由に該当非該当の判断を所轄庁等に任せるのは問題であるとし、政教分離原則もあり、非限定説が通説判例である(中根孝司「新宗教法人法」253頁)。 |
【東京地裁判決】 | ||||||||||||||||
2004(平成16).3.30日、東京地裁は、概要次のように判決した(東京高等裁判所知的財産第1部、平成15(ワ)第23164号、名称使用差止等請求控訴事件)(判夕1162号276頁、判時1859号135頁)。
裁判長裁判官・青柳馨、裁判官・清水節、裁判官・上田卓哉。 「争点1.法律上の争訟性」について次のように判示した。
「争点2.不競法の適用の可否」について、1.不競法にいう「事業者」及び「営業」について次のように判示した。
2.不競法2条1項2号該当性について次のように判示した。
営業上の利益の侵害について次のように判示した。
4.不競法2条1項1号該当性について次のように判示した。
5.3被告の名称使用の正当性について次のように判示した。
|
||||||||||||||||
東京地裁は、全面的に原告の言い分を認める判決を出した。被告は控訴した。 | ||||||||||||||||
1審判決は、最高裁昭和55年4月10日第一小法廷判決判時973号85頁(本門寺事件、宗教法人の機関である代表役員等の地位の存否を判決で確定する前提として原告(被上告人)が住職の地位を取得したかにつき、裁判所は審理判断する権限を有するとした判決)を引用、本判決は、最高裁昭和56年4月7日第三小法廷判決判時1001号9頁(板まんだら事件、錯誤による贈与の無効を原因とする訴訟で、要素の錯誤の成否の判断のためには、信仰の対象についての宗教上の価値ないし教義に関する判断を必要とするとし、裁判所の審判の対象外とした。)を引用)した。 | ||||||||||||||||
![]() |
||||||||||||||||
れんだいこが思うに、天理教本部と豊文教会の対立は、政治上の分派活動に匹敵するものである。これが裁判に持ち込まれるのも異例であり、当然司法判断も異例である。東京地裁は、分派的側面を一切見ずに形式主義的に法文解釈し判決した事になる。当然、被告は控訴し、更に争われる事になった。 |
【東京高裁判決】 | ||||||||||||||||||||||||||||||
2004(平成16).12.16日、東京高裁は、概要次のように判決した(知財一部判決、平成16(ネ)第2393号、名称使用差止等請求控訴事件)(判時1900号142頁)。主文として、「1.原判決を取り消す。2.被控訴人の請求をいずれも棄却する。3.訴訟費用は第1、2審を通じて被控訴人の負担とする」とした。 「争点1.法律上の争訟性」について次のように判示した。
「争点2.不競法の適用の可否」について、1.不競法にいう「事業者」及び「営業」について次のように判示した。
「本件は、不競法の適用があるべきである」との主張について次のように判示した。
「争点3.被控訴人の名称権に基づく差止請求について次のように判示した。
「控訴人の名称決定の自由と制約」について次のように判示した。
「控訴人の「天理教豊文教会」の名称の適法性」について次のように判示した。
「控訴人が「天理教」をその名称に冠することの相当性について」次のように判示した。
控訴人が「天理教」を含む名称を使用することにより控訴人と被控訴人の宗教活動を識別することが不可能ないし著しく困難となるか否かについて次のように判示した。
結論。控訴人の名称の採択使用は宗教団体の名称決定の自由の範囲を超えた違法なものとは認められず、被控訴人の名称権を違法に侵害するということはできない。「不競法違反ないし人格権の侵害を理由として控訴人の名称の使用の差止め等を求める被控訴人の請求は、いずれも理由がなく、棄却すべきものである」。 |
||||||||||||||||||||||||||||||
原告・被控訴人は上告した。 |
【最高裁判決】 | ||||||||||||||||||||||
2006(平成18).1.20日、最高裁は、概要次のように判決した(最高裁判所第二小法廷判決、平成17(受)第575号)(判時1925号150頁、判夕1205号108頁)。
|
||||||||||||||||||||||
最高裁は、原審の判断を取り入れ、上告を棄却した。
|
【評 釈】 |
一般に次のように解釈されている。 既存の法人名と同一か同視しうる名称を後行の法人が称する場合、先行法人が、後行のそれに対し、1・不競法によって、使用差止めを求めるか、2・民法の氏名権(名称権)ないし私法上の原則から使用差止めを求めることができる(注3)。 営利事業を行う法人の場合、1の不競法が適用されることに異論はない。非営利法人の場合、判例において「営業」の意義を広く捉え、1の不競法を適用ないし準用し、学校事業、予備校事業、病院事業、家元制度による文化事業について、不競法が適用又は準用された事例は多く、2.また氏名権等によって名称使用差止めが認められた事例も少なからずあった。 この事件は、宗教法人の名称をめぐる事件で、一審は、不競法を適用し(氏名権についての判断はない)、先行者を勝訴させたが、二審・三審は、宗教法人は、不競法の対象外として、氏名権によって審理し、後行の名称使用は、その名称決定の自由の範囲を超えていないとして、原告である先行者の使用差止請求を棄却した。 同じ非営利法人といっても、宗教法人の場合、憲法の信教の自由、政教分離の原則から、他の非営利法人と異なる特殊性がある。特に、宗教法人の名称が「信仰対象の価値又は教義」に関係することが多く、その場合は、「法律上の争訟」に当たらない、として訴えを却下しなければならない(注4)。 |
この事件での最高裁判決の意義は、1.宗教法人の宗教活動について不競法の適用対象外としたこと、2.宗教法人の氏名権(名称権)として、「宗教法人の名称を他の宗教法人等に冒用されない権利」及びこの権利に基づく侵害行為差止請求権を認め、3.その基準を定めた上で、差止請求を棄却したことにある。 一審では、被告が何故、原告から離脱したか、被告の「中山みきの教えに復元する」ということについて触れなかった。不競法を適用する場合でも、被告が何故に包括法人である原告天理教から離脱したか、何故に「天理教」を使用しなければならないか、原告と被告の奉ずる宗教は同一かどうか等を判断し、これは、「法律上の争訟」に該当しないとして却下するという判断もあり得る。 しかし、裁判権の外に置くことは好ましくない。氏名権(名称権)でも事情は同じである。最高裁判決は、「法律上の争訟」の範囲内として、この理論付けに取り組んだ。原告被告間の歴史的由来などを説くことにより、従来の不競法理論に新たに肉付けに成功したと考える。氏名権(名称権)については、最高裁昭和63年2月16日判決(NHK日本語読み事件)を更に発展充実させた判決として、評価したい。 |
3.最高裁判決は、不競法の対象外を「宗教法人」に限るのか (1)最高裁判決は、宗教法人の宗教活動については、不競法の対象外であるとした。 従来、宗教法人にも不競法を適用する解釈が採用されたのは、 ア.「営業とは、単に営利を目的とする場合のみならず、広く経済上その収支計算の上に立って行われるべき事業を含む」との解釈でも読めること。 イ.不競法は成文法であり、いわば「表示」という外観のみで判断でき、民法の通則的な規定とも考えられた。 ウ.一方、氏名権(名称権)による解釈は、条文になく、いくつかの下級審判例はあるが、不競法に比べれば、精緻さを欠き、その解釈は恣意的な感じを否めなかった。しかし、アについて宗教法人については無理があり、イについても平成5年改正で、不競法1条が確認的に書かれて、通則的規定とはいえなくなった。 (2)最高裁判決は「取引社会における事業活動と評価することができないようなものについてまで」不競法の規律が及ばないとした。その上で、「これを宗教法人の活動についてみるに、宗教儀礼の執行や教義の普及伝道活動等の本来的な宗教活動に関しては、営業の自由の保障の下での自由競争が行われる取引社会を前提とするものではなく、不競法の対象とする競争秩序の維持を観念することはできないものである」「取引社会における事業活動と評価することはできず、同法の適用の対象外であると解する」とする。賛成したい。 問題は、ア.修養団、実践倫理宏正会、日本弘道会といった宗教、道徳に関係の深い社会教育関係の社団法人、財団法人、あるいは、イ.学校、ウ.家元の事業、エ.福祉関係の事業は、どうかである。 「取引会社における事業活動と評価することができない」と評価されて、宗教法人の宗教活動と同じく不競法の適用外とされる事例がでてくる可能性がある。 (3)宗教法人にのみ限定するのであれば、「宗教法人の名称は、『教義』と関係する可能性が高い」という理由を挙げて不競法の適用除外とするのも一案であった。 (4)宗教法人の名称が「信仰対象の価値又は教義」に関係することが多く、その場合は、「法律上の争訟」に当たらない、として訴えを却下しなければならない。宗教法人法は、「宗教法人が他の宗教法人と同一又は類似の名称を使用することを禁止する規定はない」が、宗教法人に対し、宗教法人法をはじめとして、法は宗教・宗教団体に対し謙抑的であらねばならないというのが憲法の態度で、本最高裁判決もその流れにある。 4.最高裁判決の名称権の基準等について (1)この事件の控訴審判決は、次の場合には、名称決定の自由の制約があるとする。 ア.後行の宗教団体が、先行宗教団体等の成果の不当利用など不正の目的による場合 イ.後行団体等の設立の経緯及び宗教活動の実態等に照らし同一又は類似の名称を採択使用することに相当な事由がない場合 ウ.相当な事由があっても、同一又は類似の名称の使用が先行団体等との識別を不可能又は著しく困難とする事態をもたらす場合、である。 最高裁は、法人が名称選定の自由を有するが、宗教法人特有の問題として、一方の名称権による差止めの場合、「両者の名称の同一性又は類似性」だけでなく、「甲宗教法人の名称の周知性の有無、程度、双方の名称の識別可能性、乙宗教法人において当該名称を使用するに至った経緯、その使用態様等の諸事情を総合考慮して判断」すべきであるとする。具体的には、 (1)被上告人は約50年「天理教豊文分教会」の名称で「天理教豊文宣教所」等の名称を使用時期も含めれば80年その教義を示す「天理教」の語を使用している。(注5)。 (2)被上告人が、従前の名称と連続性を有し、かつ、その教義も明らかにする名称を選定するとすれば、「現在の名称と大同小異のものとなる」と解されること。 (3)被上告人は、上告人と一線を画することになったが「中山みきを教祖と仰ぎ、教典に基づいて宗教活動を行う宗教団体で」「その信奉する教義は、社会一般の認識においては『天理教』」と解されること。 (4)被上告人において、上告人の名称の周知性を殊更に利用しようとするような不正の目的を窺わせる事情もないこと。以上を挙げる。この最高裁判決は、戦前の「天理教豊文宣教所」時代からの歴史を重視しているが、1年や3年はどうか。本事件と類似する後述の「浄土真宗東本願寺派」事件の場合、血縁を重視し、突如、離脱しても、この最高裁判決の理論によって、結論は変わるのか変わらぬのであろうか。今後の判例の集積によって、説得力ある基準が完成することを期待したい。 (5)宗教法人法6条は、宗教法人が公益事業を行うことができ、目的に違反しない限り「公益事業以外の事業」を行うことができると定める。公益事業は、営利を目的としないものであるが、「公益事業以外の事業」は、本来の宗教活動や公益事業の費用に充てるため行われるもので、「規則」に記載が必要である。この事業は、事業の種類によっては、それぞれ監督官庁の許認可が必要なものもあろう。宗教法人は、公益法人等として、収益事業から生じた所得以外の所得については法人税は課せられない(法人税法7条)。この「収益事業」(同法2条13号)の範囲は、法人税法施行令5条に規定されているが、物品販売業、不動産販売業、金銭貸付業、製造業等とともに、出版業も列挙されている。最高裁判決は「それ自体を取り上げれば収益事業と認められるものであっても、教義の普及伝道のために行われる出版、講演等本来的な宗教活動と密接不可分の関係にあると認められる事業についても、本来的な宗教活動と切り離してこれと別異に取り扱うことは適切でないから、同法の対象外であると解するのが相当である。」とし、「宗教法人が行う収益事業(宗教法人法6条2項参照)としての駐車場業のように、取引社会における競争関係という観点からみた場合に他の主体が行う事業と変わりないものについては、不競法の適用となり得る」という。最高裁判決によれば、「天理教新聞」「天理教豊文雑誌」といった出版物については、不競法の適用はなく、「天理教駐車場」「天理教豊文駐車場」にはある。しかし、規則に記載し、法人税の課せられる「収益事業」である「出版業」については、不競法の適用を認めるべきではなかろうか。 7.むすび 1.この最高裁判決が、氏名権(名称権)について、権利の存在とその制限されるべき場合の規準を設定したことは、成文法がない現在、大いに評価される。 2.不競法は、「取引会社における事業活動」を指すとして、宗教法人の宗教活動は適用外としたことも大方の納得がいくものである。ただ、今後、家元の事業等非営利法人の事業活動についても同様の判断がなされる道を拓くもので、今後の展開が注目される。 |
【名称使用の差止めを求めた事件】 |
「財団法人研数学館」が「東京研数学館」の名称使用の差止めを求めた事件で、東京地裁昭和36年7月15日判決下民集12巻7号1707頁は、(先使用者の差止請求は)「それが成法上いわゆる氏名権として一の権利と認められるかどうかはしばらく別として」「法律上保護せられる利益である」とし、「一定の事業を営む者がその事業に用いる名称についても、同様の条件の下にその名称使用の自由は制限せられる」「それは窮極において社会生活において各人の享受する私的自由は他の主体のすでに法律上保護せられている権利ないし利益を害しない範囲に規整せられるという私法上の原則に帰せられる」、「商法ないし不競法の直接関係しない分野においては、法はかかる名称使用の自由を保障していると解すべきものではない」とした。 |
板まんだら事件(最高裁昭和56年4月7日判決判時1001号9頁)は、ご本尊(板まんだら)安置の正本堂建立費用に充てるため寄附金を拠出した原告(被上告人)が、本尊が偽物であるとして、寄付金の返還請求をした事件で「信仰対象の価値又は宗教上の教義」に関する判断が必要不可欠であるとし、結局、法令の適用による終局的な解決は不可能とし、訴え却下とした一審判決を正当とした最高裁判決である。 |
《1》宗教団体、宗教法人を律する法律は、宗教団体法(昭和14年4月8日法律第77号)、宗教法人令(昭和20年12月28日勅令第719号)、宗教法人法(昭和26年4月3日法律第126号)で、それまでは通達行政であった。《2》明治維新後、明治元年、「神祇官」、2年、「宣教使」、明治5年、「教部省」設置。明治10年、教部省廃止、内務省社寺局が宗教事務所管となった。明治33年4月、神社局、宗教局に分離、大正2年4月宗教局を文部省に移管。昭和15年内務省神社局を廃止し、神祇院に移管。《3》キリスト教等の関係について。明治32年7月27日、内務省令第41号「神仏道以外ノ宗教ノ宣布者及堂宇説教所講義所ノ設立、移転、廃止等ニ関スル届出規程」「第2条 宗教の用に供するため堂宇会堂説教所又は講義所の類を設立せんとする者は・・・地方長官の許可を受くべし」。この規定に従い、大正14年4月、川上沓次郎が天理教豊文宣教所の設置願い提出した(高裁判決第四、四控訴人履歴)。なお、各県でも無許可で社寺仏堂礼拝所説教所講義所を設置し宗教の用に供することを禁止し、違反者に拘留又は科料を科していた(文化庁「明治以降宗教制度百年史」130頁、井上恵行前掲126頁)。《4》天理教は明治41年11月、天理教として一派独立を許された(内務省告示123号)。天理教は、いわゆる教派神道十三派(黒住教、金光教、神理教、御嶽教など)の一つである。文化庁・前掲149頁、井上恵行・前掲20頁、119頁参照。 |
紋谷暢男・ジュリスト1984年4月1日号106頁。 |
中島弘雅・判時1358号221頁(判評381号59頁)、小野昌延、三山峻司「流派名称の保護」工業所有権法研究103号1頁。 |
土肥一史・判時1576号215頁(判評453号61頁。 |
昭和52年7月19日52地文宗3宗務課長回答「他の宗教法人と同一名称について」(「宗教関係法令集I」815頁・第一法規)。大家重夫「家元の名前と宗教法人の名前」法苑50号(昭和58年1月)8頁(新日本法規出版)参照。 |
この決定については、五十嵐清「人格権法概説」155頁は支持、大家重夫「類似名称使用の可否」宗教判例百選(第二版)84頁、大家重夫「氏名権について」久留米大学法学16・17号は、不競法によって、債権者を勝訴させるべきであったとした。 |
【不競法が非営利法人にも適用された従来の判例】 |
(1)不競法1条は、「この法律は事業者間の公正な競争及びこれに関する国際約束の的確な実施を確保するため不正競争の防止及び不正競争に係る損害賠償に関する措置等を講じ、もって国民経済の健全な発展に寄与することを目的とする。」とある(この目的規定は、平成5年改正法で創設された。)。また、2条1項1号2号の「商品等表示」は、「商品」とともに「営業」の表示を問題とするため、この「営業」の意味ないし範囲の確定が必要であった。問題は、非営利法人の行う事業についてである。 不競法(昭和9年3月27日公布法律第14号)は、平成5年5月19日公布法律第14号による改正まで、現行第1条の目的規定がなかった。第1条は、確認的な条項で、改正後は、事業者や営業について、厳しく解釈するようになったとは思えない。しかし、この条項があったため、最高裁判決を出しやすくなったことは否めない。 (2)日本提灯輸出協会からJOC(日本オリンピック委員会)に対する仮処分申請事件で、JOCが不競法1条2号(当時)による専用権の主張をしたのに対し、東京地裁昭和39年9月25日決定下民集15巻9号2293頁は、「JOCが営業をなすものでなく」「営業上の利益を有するもの」でないとして、不競法の適用を否定した。 (3)しかし、今日まで、一般の非営利法人についても不競法が適用されるというのが、漠然としてではあったが、大勢を占めていたと思われる。 京橋病院が新開設の京橋中央病院に対し、その名称使用差止を請求した事件で、東京地裁昭和37年11月28日判決下民集13巻11号2395頁は、不競法を適用し、差止めを認め「営業とは、単に営利を目的とする場合のみならず、広く経済上その収支計算の上に立って行われるべき事業を含むと解」し、以後、家元制度のもとの「流名」や「芸名」、「学校名」の争いに不競法が適用されていった。 ア.都山流尺八事件 財団法人都山流尺八楽会が都山流尺八協会の名称使用禁止を求めた事件で、一審京都地裁昭和52年2月24日決定判夕364号294頁は、不競法の適用を認めた上で、混同のおそれなしとし、仮処分申請を却下、二審大阪高裁昭和54年8月29日決定判夕396号138頁は不競法の適用を認めた上で、混同のおそれあり、として名称使用を禁止した。 イ.少林寺拳法事件 大阪地裁昭和55年3月18日判決無体集12巻1号65頁、大阪高裁昭和59年3月23日判決無体集16巻1号164頁、最高裁昭和60年11月14日判決特企205号10頁。不競法を適用し、一審は「道院」の使用を認めず、「少林寺拳法」については被告の善意先使用に当たるとし、二審は「少林寺拳法道院」の文字を含む表示の使用を禁止し「少林寺拳法」の使用は善意先使用とした。最高裁は高裁判決を支持。 ウ.花柳流名取事件 大阪地裁昭和56年3月30日決定無体集13巻1号507頁、大阪高裁昭和56年6月26日決定無体集13巻1号503頁(注6)。宗家の親戚、門弟が独立して一派を興し、芸名として「花柳」姓を使用したため、家元が門弟に「花柳」の使用の禁止を求め仮処分を申請し、一審は、「花柳」姓を冠した名取名は、不競法の事業表示に当たるが、善意の使用であるとして仮処分申請を却下し、二審も、一審決定を是認、抗告を棄却した〈なお、「若柳」姓使用差止事件(大阪地裁平成元年4月12日判決判時1306号105頁)(注7)は、日本舞踊の若柳流を退流処分になった被告が依然として「若柳」姓を使用したので、原告が、その使用差止めを求めたが、大阪地裁は、不競法によらず、規約(契約)により、退流処分の相当性及び「若柳」姓を被告が名乗ることを規約に基づいて差止めを認め、権利濫用に当たらず、とし根拠を規約に求めた。〉。 エ.清派音羽流事件 大阪地裁平成7年9月28日判決判時1557号124頁(注8)、大阪高裁平成9年3月25日判決知裁集29巻1号348頁は、日本舞踊の家元の行う事業を不競法の「営業」とした。 オ.呉青山学院中学校事件 東京地裁平成13年7月19日判決判時1815号148頁も、「営業とは」「広く経済上その収支計算の上に立って行われる事業をも含む」とし私立学校の経営も含まれるとした。 カ.なお、本事件控訴審判決を批評された青山紘一教授によれば、大阪地裁平成10年2月26日判決(ひまわり園事件)、京都地裁平成14年4月26日判決(本願寺西山別院事件)も不正競争防止法2条1項1号ないし2号を適用している(判例評論565号215頁、判時1915号215頁)。 |
【宗教法人の名称についての従来の事例】 |
宗教法人法(昭和26年4月3日法律第126号)には、宗教法人が同一又は類似の名称を使用することを禁止する条文を置いていない。 ア.行政実例 奈良に華厳宗の宗教法人「元興寺」があり(昭和28年認証)、近接の場所に真言律宗の「極楽院」という寺院があった(昭和28年認証)。昭和30年「極楽院」は「元興寺極楽坊」と名称変更し、奈良県は認証した。昭和52年、「元興寺極楽坊」は「元興寺」に変更になっている。文化庁宗務課長は規則変更書類に不備がなければ差し支えないと県に回答した(注9)。 イ.関係判例 (1)原告X(世界救世教)の元代表役員であった被告Yが、Xから離れ、宗教法人「みろく神教」を設立し、宗教活動を始めた。Xは、「みろく神教」は原告の設立に関する経緯から原告の名称と類似性(まぎらわしさ)をもち、原告の宗教活動を妨害する意図で使用している等の理由で、名称使用の差止め等を求めたが、原告と「宗教法人日本五六七教会」及び「宗教法人日本五六七教」と法的連続性はない、として請求を棄却(松江地裁昭和51年7月20日判決判時847号81頁)。 (2)原告Xは、訴外宗教法人A(宗教法人尺間社、尺間神社ともいう)の崇敬者で、被告Y1は、Aの宮司でかつ代表役員であるとともに、被告宗教法人Y2(宗教法人尺間総本宮元宮霊峰尺間大社、尺間大社ともいう)の代表役員でもある。Xは、Y1が、「実行教尺間根本協会」をY2(尺間総本宮元宮霊峰尺間大社)に変更し、Y2が総本宮で、訴外A(尺間社)より高い権威と由来を有すると宣伝したことから、Y1は、Aの運営を行う責務に違反し、XのAに対する崇敬感情を傷つけたとして、 1.主位的に、Y1に対し、債務不履行(XとY1間は委任ないし準委任)による損害賠償、Y2に対し、名称使用の差止めを、 2.予備的に、不法行為に基づき同様の請求をした。大分地裁は、 1.原告XらとY1間の委任ないし準委任の法律関係を認めなかった。 2.被告らの本件名称使用などが、原告らの尺間神社に対する崇敬心を侵害するか否かの判断は、「本件名称に対する宗教上の評価、被告尺間大社及び尺間神社の教義、由来に対する判断が不可欠である」「それは事柄の性質上法令を適用して解決することのできない問題で」「本件名称使用などという侵害行為の違法性判断が窮極的に右判断に左右されるもので」「本件不法行為に基づく損害賠償請求及び本件名称使用の差止請求にかかる訴えは、その実質において法令の適用による終局的な解決の不可能なもので」「裁判所法3条にいう法律上の争訟にあたらない」とした(大分地裁昭和61年12月24日判決判時1238号125頁)。 (3)浄土真宗東本願寺派事件は、不競法ではなく氏名権によって、真宗大谷派を離脱した者に名称使用差止めの仮処分を求めた事件である。債務者(債権者の門主の長男、大谷光紹)は、債権者(宗教法人真宗大谷派)が包括する宗教法人東京本願寺の住職・代表役員に就任していたが、東京本願寺と債権者との包括、被包括関係の廃止の通知をし、昭和56年、宗教法人東京本願寺は単立の宗教法人となった。債務者は、昭和63年、東京本願寺を本山とする新宗派「浄土真宗東本願寺派」を結成、自らを「東本願寺第二十五世法主」と宣言をした。債権者は、「東本願寺派」の名称を新宗派に使用する行為は、債権者の人格権である名称権(氏名権)侵害であるとして、この名称権を被保全権利として、「東本願寺派」の名称と「東本願寺第二十五世法主」の称号の使用禁止の仮処分を申請した。 東京地裁昭和63年11月11日決定判時1297号81頁は、「宗教団体の場合の名称決定の自由については、先行する宗教団体と同一又は類似の名称を採択する後行の宗教団体が社会的に見て識別が不可能又は著しく困難であるような同一又は類似の名称を採択する自由は、法的にも否定されるべきだが、「それ以外は、後行の宗教団体が先行する宗教団体の宗教上の成果を不当に利用しようとの意図を有していたり、同一又は類似の名称を採択することになんら相当な事由がないなどの特段の事情がないかぎり、基本的には自由」とし、「同一の名称又は著しく類似した名称であっても、宗派、所在地、代表者などが異なることのよって、識別が可能であるか又はそれほど困難でない場合には、特段の事情がない限り、同一又は類似の名称を採択使用することは違法でない」とした。債務者の「浄土真宗東本願寺派」の名称使用について、一般人からすれば識別はかなり困難であるが、債務者と債権者は明確に異なり識別が不可能でないこと、債権者及びそれに吸収された本願寺(東本願寺)で内紛状態にあることは、宗教問題に多少関心があれば一般人も両者の識別は著しく困難でないとして、債権者の申請は理由がないとした。 債務者の「東本願寺第二十五世法主」の称号の使用について、「法主の制度が債権者になく、債務者が債権者の内紛状態で離脱したことは、公知の事実で」「関係者で」「この点で誤解を生じる虞はほとんどない」とし、これも債権者の申請は理由がないとした。東京高裁平成2年5月11日決定は、この東京地裁決定を支持し抗告を棄却した(注10)。 |
(私論.私見)