その8、破戒第15章、第16章

 更新日/2020(平成31→5.1栄和改元/令和2)年.11.13日

 (れんだいこのショートメッセージ)
 ここで、「破戒第四章、第五章、第六章」を確認する。

 2005.3.22日、2006.7.10日再編集 れんだいこ拝


関連サイト 原書研究 衝撃の誤訳指摘
【サイトアップ協力者求む】 文意の歪曲改竄考

【破戒第拾五章】
 第拾五章(一)
 酷烈はげしい、犯し難い社会よのなか威力ちからは、次第に、丑松の身に迫つて来るやうに思はれた。学校から帰へつて、蓮華寺の二階へ上つた時も、風呂敷包をそこへ投出はふりだす、羽織袴を脱捨てる、直に丑松は畳の上に倒れて、放肆ほしいまゝな絶望に埋没うづもれるの外はなかつた。眠るでもなく、考へるでもなく、丁度無感覚な人のやうになつて、長いこと身動きもずに居たが、やがて起直つて部屋の内を眺め廻した。楽しさうな笑声が、蔵裏くりの下座敷の方から、とぎれ/\に聞えた。聞くともなしに聞耳を立てると、その日もた文平がやつて来て、人々を笑はせて居るらしい。あの邪気あどけない、おさへても制へきれないやうな笑声は、と聞くと、省吾は最早もう遊びに来て居るものと見える。時々若い女の声も混つた――あゝ、お志保だ。こう聞き澄まして、丑松は自分の部屋の内を歩いて見た。『先生』と声を掛けて、急に入つて来たのは省吾である。

 丁度、
階下したでは茶を入れたので、丑松にも話しに来ないか、と省吾は言付けられて来た。聞いて見ると、奥様やお志保は下座敷に集つて、そこへ庄馬鹿までやつて来て居る。可笑をかしい話が始つたので、人々は皆な笑ひ転げて、中にはもう泣いたものがあるとのこと。『あの、勝野先生も来て居なさりやすよ』と省吾は添付つけたして言つた。『左様さう? 勝野君も?』と丑松は徴笑みながら答へた。遽然にはかに、心の底から閃めいたやうに、憎悪にくしみの表情が丑松の顔に上つた。もつとも直にそれは消えて隠れて了つたのである。『さあ――わしと一緒に早く来なされ』。『今直に後から行きますよ』とは言つたものゝ、実は丑松は行きたくないのであつた。『早く』を言ひ捨てゝ、ぷいと省吾は出て行つて了つた。

 楽しさうな笑声が、
た、起つた。蔵裏の下座敷――それはもう目に見ないでも、こうして声を聞いたばかりで、人々の光景ありさまが手に取るやうに解る。何もかも丑松は想像することができた。定めし、奥様は何か心に苦にすることがあつて、それを忘れる為にわざ/\面白可笑をかしく取做とりなして、それで彼様あんな男のやうな声を出して笑ふのであらう。定めし、お志保は部屋を出たり入つたりして、茶の道具を持つて来たり、それを入れて人々にすゝめたり、又は奥様の側に倚添よりそひながら談話はなしを聞いて微笑ほゝゑんで居るのであらう。定めし、文平は婦人をんな子供こどもと見て思ひあなどつて、自分独りが男ででもあるかのやうに、可厭いや容子ようすを売つて居ることであらう。さぞ。そればかりではない、必定きつとまた人のことを何とかかんとか――あゝ、あゝ、素性うまれが素性なら、誰が彼様な男なぞの身の上を羨まう。

 現世の歓楽を慕ふ心は、今、丑松の胸を衝いてむら/\と湧き上つた。捨てられ、
いやしめられ、爪弾つまはじきせられ、同じ人間の仲間入すらできないやうな、つたない同族の運命を考へれば考へるほど、猶々なほ/\)この若い生命いのちが惜まるゝ。『何故、先生は来なさらないですか』。こう言ひながら、やがた迎へにやつて来たのは省吾である。あまり邪気あどけないことを言つて督促せきたてるので、丑松はこの少年を慫慂そゝのかして、いつそ本堂の方へ連れて行かうと考へた。部屋を出て、楼梯はしごだんを下りると、蔵裏から本堂へ通ふ廊下は二つに別れる。裏庭に近い方を行けば、是非とも下座敷の側を通らなければならない。そこには文平が話しこんで居るのだ。丑松は表側の廊下を通ることにした。
 (二)
 古い僧坊は廊下の右側に並んで、障子越しに話声なぞのれて聞えるは、下宿する人があると見える。この寺の広く複雑こみいつた構造たてかたといつたら、どこどういふ人が泊つて居るか、それすらくは解らない程。平素ふだんは何の役にも立ちさうもない、陰気な明間がいくつとなくある。こうして省吾と連立つて、細長い廊下を通る間にも、朽ち衰へた精舎しようじやの気は何となく丑松の胸に迫るのであつた。壁は暗く、柱は煤け、大きな板戸を彩色いろどつた古画の絵具も剥落ちて居た。この廊下が裏側の廊下につゞいて、丁度本堂へ曲らうとする角のところで、急に背後うしろの方から人の来る気勢けはひがした。思はず丑松は振返つた。省吾も。見ればお志保で、何か用事ありげに駈寄つて、まだ物を言はない先からもう顔を真紅まつかにしたのである。

 『あの――』とお志保は艶のある
すゞしいひとみを輝かした。『先程は、弟が結構なものを頂きましたさうで』。こう礼を述べながら、その口唇くちびるで嬉しさうに微笑ほゝゑんで見せた。その時奥様の呼ぶ声が聞えた。逸早いちはやくお志保は聞きつけて、一寸耳を澄まして居ると、『あれ、姉さん、呼んでやすよ』と省吾も姉の顔を見上げた。復た呼ぶ声が聞える。驚いたやうに引返して行くお志保の後姿を見送つて、やがて省吾を導いて、丑松は本堂のひらきを開けて入つた。

 あゝ、精舎の
静寂しづかさ――丁度それは古蹟の内を歩むと同じやうな心地こゝろもちがする。まるい塗柱に懸かる時計の針の刻々をきざむより外には、の高く暗い天井の下に、一つとして音のするものはなかつた。身に沁み入るやうな沈黙は、そこにも、こゝにも、隠れ潜んで居るかのやう。目に入るものは、何もかも――さびを帯びた金色こんじきの仏壇、生気のないはす造花つくりばな、人の空想を誘ふやうな天界てんがい女人によにんの壁にかれた形像かたち、すべてそれらのものは過去すぎさつた時代の光華ひかり衰頽おとろへとを語るのであつた。丑松は省吾と一緒に内陣迄も深く上つて、仏壇のかげにある昔の聖僧達の画像の前を歩いた。

 『省吾さん』と丑松は少年の横顔を
熟視まもりながら、『君はねえ、家眷うちの人の中で誰が一番好きなんですか。――父さんですか、母さんですか』。省吾は答へなかつた。『当てゝ見ませうか』と丑松は笑つて、『父さんでせう?』。『いゝえ』。『ホウ、父さんぢやないですか』。『だつて、父さんはお酒ばかり飲んでゝ――』。『そんなら君、誰が好きなんですか』。『まあ、わしは。――姉さんでごはす』。『姉さん? 左様かねえ、君は姉さんが一番好いかねえ』。『私は、姉さんには、何でも話しやすよ、へえ父さんや母さんには話さないやうなことでも』。う言つて、省吾は何の意味もなく笑つた。

 北の小座敷には古い
涅槃ねはんの図が掛けてあつた。普通の寺によくあるこの宗教画は大抵模倣うつしの模倣で、戯曲しばゐがゝりの配置くみあはせとか、無意味な彩色いろどりとか、又は熱帯の自然と何の関係もないやうな背景とか、そんなことよりほかこれぞと言つて特色とりえのあるものは鮮少すくない。の寺のも矢張同じ型ではあつたが、多少創意のある画家ゑかきの筆になつたものと見えて、ありふれた図に比べると余程活々いき/\して居た。まあ、宗教をしへの方の情熱が籠るとは見えない迄も、何となく人の心を※(「女+無」、第4水準2-5-80)ひきつける樸実まじめなところがあつた。流石さすが、省吾はまだ子供のことで、その禽獣とりけもの悲嘆なげき光景さまを見ても、丁度お伽話とぎばなしを絵で眺めるやうに、別に不思議がるでもなく、驚くでもない。無邪気な少年はたゞ釈迦しやかの死を見て笑つた。

 『あゝ』と丑松は深い溜息を
いて、『省吾さんなぞはまだ死ぬといふことを考へたことがありますまいねえ』。『わしがでごはすか』と省吾は丑松の顔を見上げる。『さうさ。――君がサ』。『はゝゝゝゝ。ごはせんなあ、其様そんなことは』。『左様だらうねえ。君らの時代に其様なことを考へるやうなものはありますまいねえ』。『ふゝ』と省吾は思出したやうに笑つて、『お志保姉さんもく其様なことを言ひやすよ』。『姉さんも?』と丑松は熱心な眸を注いだ。『はあ、あの姉さんは妙なことを言ふ人で、へえもう死んで了ひたいの、だあれも居ないやうな処へ行つて大きな声を出して泣いて見たいのツて――まあ、どうして其様な気になるだらず』。こう言つて、省吾は小首をかしげて、一寸口笛吹く真似をした。

 間もなく省吾は出て行つた。丑松は唯
単独ひとりになつた。急に本堂の内部なか※(「門<貝」、第4水準2-91-57)しんとして、種々さま/″\の意味ありげな装飾が一層無言のなかに沈んだやうに見える。深い天井の下に、いつまでも変らずにある真鍮しんちゆうの香炉、花立、燈明皿――そんな性命いのちのない道具まで、何となくこう寂寞じやくまく瞑想めいさうに耽つて居るやうで、仏壇に立つ観音くわんおんの彫像は慈悲といふよりはむしろ沈黙の化身けしんのやうに輝いた。こういふ静寂しづかな、世離れたところに立つて、その人のことをおもひ浮べて見ると、丁度古蹟を飾る花草のやうな気がする。丑松は、血の湧く思を抱きながら、円い柱と柱との間を往つたり来たりした。『お志保さん、お志保さん』。あてどもなく口の中で呼んで見たのである。

 いつの間には
四壁そこいらは暗くなつて来た。青白い黄昏時たそがれどきの光は薄明く障子に映つて、本堂の正面の方から射しこんだので、柱と柱との影は長く畳の上へ引いた。み、くるしみ、疲れた冬の一日ひとひは次第に暮れて行くのである。その時白衣びやくえを着けた二人の僧が入つて来た。一人は住職、一人は寺内の若僧であつた。あかしは奥深くいて、あそこにも、こゝにも、と見て居るうちに、六挺ばかりの蝋燭らふそくが順序よく並んでとぼる。仏壇を斜に、内陣の角のところに座を占めて、金泥きんでいの柱の側にを合はせたは、住職。一段低い外陣に引下つて、反対の側にかしこまつたは、若僧。やがてかねの音が荘厳おごそかに響き渡る。合唱の声は起つた。『なむからかんのう、とらやあ、やあ――』。よひ勤行おつとめが始つたのである。

 あゝ、寂しい夕暮もあればあるもの。丑松は北の間の柱に
倚凭よりかゝりながら、目をつぶり、頭をつけて、深く/\思ひ沈んで居た。『し自分の素性がお志保の耳に入つたら――』。それを考へると、つく/″\穢多の生命いのちの味気なさを感ずる。漠然とした死滅の思想は、人懐しさの情に混つて、烈しく胸中を往来し始めた。熾盛さかんな青春の時代ときよに逢ひながら、今迄経験であつたこともなければ翹望のぞんだこともない世の苦といふものを覚えるやうになつたか、と考へると、そういふ思想かんがへを起したことすら既にもう切なく可傷いたましく思はれるのであつた。つめたい空気に交る香の煙のにほひは、この夕暮に一層のあはれを添へて、かなしいとも、堪へがたいとも、名のつけやうがない。遽然にはかに、二人の僧の声が絶えたので、心づいて眺めた時は、丁度読経どきやうを終つて仏の名をとなへるところ。間もなく住職は珠数ずゝを手にして柱の側を離れた。若僧はだ同じ場処に留つた。丑松は眺め入つた――高らかに節つけて読む高祖の遺訓の終るまでも――その文章を押頂いて、やがて若僧の立上る迄も――しまひには、蝋燭の灯が一つ/\吹消されて、仏前の燈明ばかりほのかに残り照らす迄も。
 (三)
 夕飯の後、蓮華寺では説教の準備したくを為るので多忙いそがしかつた。昔からの習慣ならはしとして、定紋つけた大提灯おほぢやうちんがいくつとなく取出された。寺内の若僧、庄馬鹿、子坊主までつてたかつて、火をともして、それを本堂へと持運ぶ。三人はその為に長い廊下を往つたり来たりした。

 説教聞きにとこゝろざす人々は次第に本堂へ集つて来た。この寺に附く
檀家だんかのものは言ふもさらなり、それと聞伝へたかぎりは誘ひ合せて詰掛ける。既にもう一生の行程つとめを終つた爺さん婆さんの群ばかりでなく、随分種々さま/″\繁忙せはしい職業に従ふ人々まで、それを聴かうとして熱心に集ふのを見ても、いかにこの飯山の町が昔風の宗教と信仰との土地であるかを想像させる。聖経おきやうの中にある有名な文句、比喩たとへなぞが、普通の人の会話に交るのは珍しくもない。娘の連はいづれも美しい珠数の袋を懐にして、蓮華寺へと先を争ふのであつた。

 それは丑松の身に取つて、最も楽しい、又最も哀しい
寺住てらずみの一夜であつた。どんなに丑松は胸を踊らせて、お志保と一緒に説教聞く歓楽たのしみを想像したらう。あゝ、こういふ晩にあたつて、自分が穢多であるといふことを考へたほど、切ない思をしたためしはない。奥様を始め、お志保、省吾なぞは既に本堂へ上つて、北の間の隅のところに集つて居た。見れば中の間から南の間へかけて、男女をとこをんなの信徒、あそこに一団ひとかたまり、こゝにも一団、思ひ/\に挨拶したり話したりする声は、忍んではするものゝ、何となく賑に面白く聞える。庄馬鹿が、自慢の羽織を折目正しく着飾つて、これ見よがしに人々のなかを分けて歩くのも、をかしかつた。その取澄ました様子を見て、奥様も笑へば、お志保も笑つた。丁度丑松の座つたところは、永代読経として寄附の金高と姓名とを張出してある古壁の側、お志保も近くて、髪の香が心地よくかをりかゝる。提灯の影は花やかに本堂の夜の空気を照らして、一層その横顔を若々しくして見せた。何といふ親しげな有様だらう、あの省吾を背後うしろから抱いて、すこし微笑ほゝゑんで居る姉らしい姿は。こう考へて、丑松はお志保の方を熟視みまもたびに、言ふに言はれぬ楽しさを覚えるのであつた。

 説教の始まるには未だ
少許すこし間があつた。その時文平もやつて来て、先づ奥様に挨拶し、お志保に挨拶し、省吾に挨拶し、それから丑松に挨拶した。あゝ、嫌な奴が来た、と心に思ふばかりでも、丑松の空想は忽ち掻乱かきみだされて、ぞつとするやうな現実の世界へ帰るさへあるに、加之おまけに、文平が忸々なれ/\)しい調子で奥様に話しかけたり、お志保や省吾を笑はせたりするのを見ると、丑松はもう腹立たしくなる。こうした女子供のなかで談話はなしをさせると、実に文平は調子づいて来る男で、一寸したことをいかにももつともらしく言ひこなして聞かせる。それに、この男の巧者なことには、妙に人懐ひとなつこい、女の心を※(「女+無」、第4水準2-5-80)ひきつけるやうなところがあつて、正味自分の価値ねうちよりはそれを二倍にも三倍にもして見せた。万事深くつゝんで居るやうな丑松に比べると、親切はかへつて文平の方にあるかと思はせる位。丑松は別に誰の機嫌を取るでもなかつた――いや、省吾の方にはやさしくしても、お志保に対する素振を見るといつ冷淡つれないとしか受取れなかつたのである。

 『瀬川君、
どうです、今日の長野新聞は』と文平は低声こごゑかまをかけるやうに言出した。『長野新聞?』と丑松は考深い目付をして、『今日はまだ読んで見ません』。『そいつは不思議だ――君が読まないといふのは不思議だ』。『何故なぜ?』。『だつて、君のやうに猪子先生を崇拝して居ながら、あの演説の筆記を読まないといふのは不思議だからサ。まあ、是非読んで見たまへ。それに、あの新聞の評が面白い。猪子先生のことを、「新平民中の獅子」だなんて――巧いことを言ふ記者が居るぢやあないか』。こう口では言ふものゝ、文平の腹の中では何を考へて居るか、と丑松は深く先方さきの様子を疑つた。お志保はまた熱心に耳を傾けて、二人の顔を見比べて居たのである。『猪子先生の議論はかく、あの意気には感服するよ』と文平は言葉を継いで、『あの演説の筆記を見たら、猪子先生の書いたものを読んで見たくなつた。まあ君はくはしいと思ふから、それで聞くんだが、あの先生の著述では何が一番傑作と言はれるのかね』。『どうも僕には解らないねえ』。こう丑松は答へた。『いや、戯語じようだんぢやないよ――実際、君、僕は穢多といふものに興味を持つて来た。あの先生のやうな人物が出るんだから、確に研究して見る価値ねうちはあるに相違ない。まあ、君だつても、それで「懴悔録」なぞを読む気になつたんだらう』と文平はあざけるやうな語気で言つた。

 丑松は笑つて答へなかつた。
流石さすがにお志保の居る側で、穢多といふ言葉が繰返された時は、丑松はもう顔色を変へて、自分で自分を制へることができなかつたのである。怒気いかり畏怖おそれとはかはる/″\丑松の口唇くちびるに浮んだ。文平は又、鋭い目付をして、その微細な表情までも見泄みもらすまいとする。『御気の毒だが。――そう君のやうに隠したつても無駄だよ』とこう文平の目が言ふやうにも見えた。『瀬川君、何か君のところには彼の先生のものがあるだらう。何でも好いから僕に一冊貸してくれ給へな』。『ないよ――何にも僕のところにはないよ』。『ない? ないツてことがあるものか。君のところにないツてことがあるものか。なにもそう隠さないで、一冊位貸してくれたつて好ささうなものぢやないか』。『いや、僕は隠しやしない。ないからないと言ふんさ』。遽然にはかに、蓮華寺の住職が説教の座へ上つたので、二人はそれぎり口を噤んで了つた。人々はいづれもすわり直したり、かたちを改めたりした。
 (四)
 住職は奥様と同年おないどしといふ。男のことであるから割合に若々しく、墨染すみぞめ法衣ころも金襴きんらん袈裟けさを掛け、外陣の講座の上に顕はれたところは、佐久小県辺さくちひさがたあたりに多い世間的な僧侶に比べると、はるかに高尚な宗教生活を送つて来た人らしい。額広く、鼻隆く、眉すこし迫つて、容貌おもばせもなか/\立派な上に、温和な、善良な、且つ才智のある性質を好く表して居る。法話の第一部は猿の比喩たとへで始まつた。智識のある猿は世に知らないといふことがない。よく学び、よく覚え、殊に多くの経文を暗誦して、万人の師匠ともなるべき程の学問を蓄はへた。畜生の悲しさには、唯だ一つ信ずる力を欠いた。人は、よしこれ猿ほどの智識がないにもせよ、信ずる力あつて、はじめて凡夫も仏の境には到り得る。なんと各々位おの/\がた、合点か。人間と生れた宿世すくせのありがたさを考へて、朝夕念仏を怠り給ふな。う住職は説出したのである。『なむあみだぶ、なむあみだぶ』と人々の唱へる声は本堂の広間に満ち溢れた。男も、女も、懐中ふところから紙入を取出して、思ひ/\に賽銭さいせんを畳の上へ置くのであつた。

 法話の第二部は、昔の飯山の城主、松平遠江守の事蹟を
たねに取つた。そも/\飯山が仏教の地となつたは、この先祖の時代からである。火のやうなかみの宗教心はまだ年若な頃からして燃えた。丁度江戸表へ参勤の時のこと、日頃欝積むすぼれて解けない胸中の疑問を人々に尋ね試みたことがある。『人は死んで、畢竟つまりどうなる』。侍臣も、儒者も、この問とひには答へることができなかつた。林大学だいがくかみに尋ねた。大学の頭ですらも。それから守は宗教に志し、渋谷の僧について道を聞き、領地をばをひに譲り、六年目の暁に出家して、飯山にある仏教の先祖おやとなつたといふ。なんとこの発心ほつしんの歴史はあぢはひのある話ではないか。世の多くの学者が答へることのできない、その難問に答へ得るものは、信心あるものより外にない。こう住職は説き進んだのである。『なむあみだぶ、なむあみだぶ』。

 一斉に唱へる声は風のやうに起つた。人々は
た賽銭を取出して並べた。こういふ説教の間にも、時々丑松は我を忘れて、熱心なひとみをお志保の横顔に注いだ。流石さすがに人目をはゞかつて見まい/\と思ひながらも、つい見ると、仏壇の方を眺め入つたお志保の目付の若々しさ。不思議なことには、熱い涙が人知れずその顔を流れるといふ様子で、時々すゝり上げたり、そつと鼻をんだりした。尚よく見ると、言ふに言はれぬ恐怖おそれ悲愁うれひとが女らしい愛らしさに交つて、陰影かげのやうにあらはれたり、隠れたりする。何をお志保は考へたのだらう。何を感じたのだらう。何を思出したのだらう。う丑松は推量した。今夜の法話が左様さう若い人の心を動かすとも受取れない。有体ありていに言へば、住職の説教はもうふるい、旧い遣方で、明治生れの人間の耳にはいつそ異様に響くのである。型に入つた仮白せりふのやうな言廻し、秩序のない断片的な思想、金色に光り輝く仏壇の背景――丁度それは時代なしばゐでも観て居るかのやうな感想かんじを与へる。若いものが彼様あゝいふ話を聴いて、それ程胸を打たれようとは、どうしても思はれなかつたのである。

 省吾はそろ/\眠くなつたと見え、姉に
倚凭よりかゝつたまゝ、首を垂れてしまつた。お志保はいろ/\に取賺とりすかして、ゆすつて見たり、私語さゝやいて見たりしたが、一向に感覚がないらしい。『これ――もうすこし起きておいでなさいよ。他様ひとさまが見て笑ふぢやありませんか。』と叱るやうに言つた。奥様は引取つて、『そこへ寝かしておくがいゝやね。ナニ、子供のことだもの』。『真実ほんと児童ねんねえで仕方がありません』。こう言つて、お志保は省吾を抱直した。殆んど省吾は何にも知らないらしい。その時丑松が顔を差出したので、お志保も是方こちらを振向いた。お志保は文平を見て、奥様を見て、それから丑松を見て、あかくなつた。
 (五)
 法話の第三部は白隠に関する伝説を主にしたものであつた。昔、飯山の正受菴しやうじゆあんに恵端禅師といふ高僧が住んだ。白隠がこの人を尋ねて、飯山へやつて来たのは、まだ道を求めて居る頃。参禅して教を聴く積りで、来て見ると、掻集めた木葉このはを背負ひながらとぼ/\と谷間たにあひを帰つて来る人がある。散切頭ざんぎりあたまに、ひげ茫々ばう/\。それと見た白隠は切込んで行つた。『そもさん』。ういふ熱心は、やうやく三回目に、恵端の為に認められたといふ。それから朝夕師としてかしづいて居たが、さてしまひには、白隠も問答に究してしまつた。究するといふよりは、絶望して了つた。あゝ、彼様あんな問を出すのは狂人きちがひだ、とこう師匠のことを考へるやうになつて、苦しさのあまりにそこを飛出したのである。思案に暮れながら、白隠は飯山の町はづれを辿つた。丁度収穫とりいれの頃で、堆高うづだかく積上げた穀物の傍にたふれて居ると、農夫の打つつちは誤つての求道者を絶息させた。夜露が口に入る、目が覚める、蘇生いきかへると同時に、白隠は悟つた。一説に、彼は町はづれで油売に衝当つきあたつて、その油に滑つて、悟つたともいふ。静観庵じやうくわんあんとして今日迄残つて居るのは、この白隠の大悟した場処を記念する為に建てられたものである。

 この伝説は
かく若いものゝ知らないことであつた。それから自分の意見を述べて、いよ/\結末くゝりといふ段になると、毎時いつも住職は同じやうな説教の型に陥る。自力で道に入るといふことは、白隠のやうな人物ですら容易でない。吾他力宗は単純ひとへに頼むのだ。信ずるのだ。導かれるのだ。凡夫の身をもつて達するのだ。呉々も自己おのれを捨てゝ、阿弥陀如来あみだによらいを頼み奉るの外はない。こう住職は説き終つた。『なむあみだぶ、なむあみだぶ』と人々の唱へる声は暫時しばらく止まなかつた。多くの賽銭はまた畳の上に集つた。お志保も殊勝らしくを合せて、奥様と一緒に唱へて居たが、涙はその若い頬を伝つて絶間とめどもなく流れ落ちたのである。

 やがて聴衆は珠数を
げて帰つて行つた。奥様も、お志保も、今は座を離れて、円柱の側に佇立たゝずみながら、人々に挨拶したり見送つたりした。雪がまた降つて来たといふので、本堂の入口はひどく雑踏する。女連は多く後になつた。殊に思ひ/\の風俗して、時の流行はやりに後れまいとする町の娘の有様は、深く/\お志保の注意を引くのであつた。お志保はじつと眺め入りながら、寺住の身と思比べて居たらしいのである。『や、どうも今晩の御説教には驚きましたねえ』と文平は住職に近いて言つた。『実に彼の白隠の歴史には感服して了ひました。まあ、始めてです、彼様あゝいふ御話を伺つたことは。あの白隠が恵端禅師のところへ尋ねて行く。あそこのところが私は気に入りました。こう向ふの方から、掻集めた木葉を背負ひながら、散切頭に髯茫々といふ姿で、とぼ/\と谷間を帰つて来る人がある。そこへ白隠が切込んで行つた。「そもさん」。――彼様あゝいかなければ不可いけませんねえ』と身振手真似を加へて喋舌しやべりたてたので、住職はもとより、それを聞く人々は笑はずに居られなかつた。さうかうする中に、聴衆は最早もう悉皆すつかり帰つて了ふ。急に本堂の内は寂しくなる。若僧や子坊主は多忙いそがしさうに後片付。庄馬鹿は腰をこゞめながら、畳の上の賽銭を掻集めて歩いた。その時は最早もう丑松の姿が本堂の内に見えなかつた。丑松は省吾を連れて、蔵裏の方へ見送つて行つてやつた。丁度文平が奥様やお志保の側で盛んに火花を散らして居る間に、丑松は黙つて省吾を慰撫いたはつたり、人の知らない面倒を見て遣つたりして居たのである。
 第拾六章(一)
 次第に丑松は学校へ出勤するのが苦しくなつて来た。ある日、あまりの堪へがたさに、欠席の届を差出した。その朝は遅くまで寝て居た。八時打ち、九時打ち、やがて十時打つても、まだ丑松は寝て居た。窓の障子しやうじは冬の日をうけて、その光が部屋の内へ射しこんで来たのに、丑松は枕頭まくらもとを照らされても、まだそれでも起きることができなかつた。下女の袈裟治は部屋々々の掃除をまして、最早もうとつくに雑巾掛ざふきんがけまでしまつた。幾度か二階へも上つて来て見た。来て見ると、丑松は疲れて、あをざめて、丁度酣酔たべすごした人のやうに、寝床の上に倒れて居る。枕頭は取散らしたまゝ。あちらの隅に書物、こちらの隅に風呂敷包、すべてこの部屋の内に在る道具といへば、各自めい/\勝手に乗出して踊つたり跳ねたりした後のやうで、その乱雑な光景ありさまは部屋の主人の心の内部なかく想像させる。やがてまた袈裟治が湯沸ゆわかしを提げて入つて来た時、やうやく丑松は起上つて、茫然ぼんやりと寝床の上に座つて居た。寝過ぎと衰弱おとろへとから、恐しい苦痛の色を顔に表して、半分は未だ眠りながらそこに座つて居るかのやう。『御飯を持つて来ませうか』。こう袈裟治が聞いて見ても、丑松は食ふ気にならなかつたのである。『あゝ、気分が悪くて居なさると見える』と独語ひとりごとのやうに言ひながら、袈裟治は出て行つた。

 それは北国の冬らしい、寂しい日であつた。ちひさな冬の蠅はこの部屋の内に残つて、窓の障子をめがけては、あちこち/\と天井の下を飛びちがつて居た。丑松がまだこの寺へ引越して来ないで、あの鷹匠町の下宿に居た頃は、
うるさいほど沢山蠅の群が集つて、何処どこから塵埃ほこりと一緒に舞込んで来たかと思はれるやうに、鴨居だけばかりのところをんづほぐれつしたのであつた。思へば秋風を知つて、短い生命いのちを急いだのであらう。今は僅かに生残つたのがこうして目につく程の季節となつた。丑松は眺め入つた。眺め入りながら、十二月の近いたことを思ひ浮べたのである。

 うして、働けば働ける身をもつて、
なんにずに考へて居るといふことは、決して楽ではない。官費の教育をけたかはりに、長い義務年限が纏綿つきまとつて、否でも応でもその間厳重な規則に服従したがはなければならぬ、といふことは――無論、丑松も承知して居る。承知して居ながら、働く気がなくなつて了つた。あゝ、朝寝の床は絶望した人を葬る墓のやうなものであらう。丑松は復たそこへ倒れて、深い睡眠ねむり陥入おちいつた。
 (二)
 『瀬川先生、御客様でやすよ』と喚起よびおこす袈裟治の声に驚かされて、丑松は銀之助が来たことを知つた。銀之助ばかりではない、例の準教員も勤務つとめの儘の服装みなりでやつて来た。その日は、地方を巡回して歩く休職の大尉とやらが軍事思想の普及を計る為、学校の生徒一同に談話はなしをして聞かせるとかで、午後の課業が休みとなつたから、一寸暇を見て尋ねて来たといふ。丑松は寝床の上に起直つて、半ば夢のやうに友達の顔を眺めた。『君――寝て居たまへな』。こう銀之助は無造作な調子で言つた。真実丑松をいたはるといふ心がこの友達の顔色に表れる。丑松は掛蒲団の上にある白い毛布を取つて、丁度褞袍どてらを着たやうな具合に、それを身にまとひながら、『失敬するよ、僕は斯様こんなものを着て居るから。ナニ、君、其様そんなひど不良わるくもないんだから』。『風邪かぜですか』と準教員は丑松の顔を熟視みまもる。『まあ、風邪だらうと思ふんです。昨夜から非常に頭が重くて、どうしても今朝は起きることができませんでした』と丑松は準教員の方へ向いて言つた。『道理で、顔色が悪い』と銀之助は引取つて、『インフルヱンザが流行はやるといふから、気をつけ給へ。何か君、飲んで見たらどうだい。焼味噌のすこし黒焦くろこげになつたやつを茶漬茶椀かなんかに入れて、そこへ熱湯にえゆ注込つぎこんで、二三杯もやつて見給へ。大抵の風邪はなほつてしまふよ』と言つて、すこし気を変へて、『や、好い物を持つて来て、出すのを忘れた――それ、御土産おみやげだ』。こう言つて、風呂敷包の中から取出したのは、十一月分の月給。『今日は君が出て来ないから、代理に受取つておいた』と銀之助は言葉を続けた。『く改めて見てくれ給へ――まあある積りだがね』。『それは難有う』と丑松は袋入りの銀貨取混ぜて受取つて、『確に。して見ると今日は二十八日かねえ。僕はまた二十七日だとばかり思つて居た』。『はゝゝゝゝ、月給取が日を忘れるやうぢやあ仕様がない』と銀之助は反返そりかへつて笑つた。『全く、僕は茫然ぼんやりして居た』と丑松は自分で自分を励ますやうにして、『今月は君、小だらう。二十九、三十と、十一月も最早もう二日しかないね。あゝ今年も僅かになつたなあ。考へて見ると、うか/\して一年暮して了つた――まあ、僕なぞはなんにも為なかつた』。『誰だつてそうさ』と銀之助も熱心に。『君は好いよ。君はこれから農科大学の方へ行つて、自分の好きな研究が自由にやれるんだから』。『時に、僕の送別会もね、生徒の方から明日にしたいと言出したが――』。『明日に?』。『しかし、君もこうして寝て居るやうぢやあ――』。『なあに、最早なほつたんだよ。明日は是非出掛ける』。『はゝゝゝゝ、瀬川君の病気は不良わるくなるのも早いし、くなるのも早い。まあ大病人のやうに呻吟うなつてるかと思ふと、また虚言うそを言つたやうになほるから不思議さ――そりやあ、もう、毎時いつも御極りだ。それはさうと、こうして一緒に馬鹿を言ふのも僅かになつて来た。その内に御別れだ』。『左様かねえ、君はもう行つて了ふかねえ』。こういふ言葉を取交して、二人は互に感慨に堪へないといふ様子であつた。その時迄、黙つて二人の談話はなしを聞いて、巻煙草ばかりふかして居た準教員は、唐突だしぬけ斯様こんなことを言出した。『今日僕は妙なことを聞いて来た。学校の職員の中に一人新平民が隠れて居るなんて、其様そんなことを町の方でうはさするものがあるさうだ』。
 (三)
 『誰が其様なことを言出したんだらう』と銀之助は準教員の方へ向いて言つた。『誰が言出したか、それは僕も知らないがね』と準教員はすこし困却こまつたやうな調子で、『要するに、人の噂に過ぎないんだらうと思ふんだ』。『噂にもよりけりさ。其様なことを言はれちやあ、大に吾儕われ/\が迷惑するねえ。く町の人は種々いろ/\なことを言触らす。やれ、女の教員がどうしたの、男の教員が斯様かうしたのツて。何故なぜ左様さう人の噂がしたいんだらう。そんなら、君、まあ学校の職員を数へて見給へ。穢多らしいやうな顔付のものが吾儕の中にあるかい。実に怪しからんことを言ふぢやないか――ねえ、瀬川君』。こう言つて、銀之助は丑松の方を見た。丑松は無言で、白い毛布に身を包んだまゝ。『はゝゝゝゝ』と銀之助は笑ひ出した。『校長先生は随分几帳面きちやうめんな方だが、なんぼなんでも新平民とは思はれないし、と言つて、教員仲間に其様なものは見当りさうもない。左様さなあ――いやに気取つてるのは勝野君だ――まあ、其様な嫌疑のかゝるのは勝野君位のものだ』。『まさか』と準教員も一緒になつて笑つた。『そんなら、君、誰だと思ふ』と銀之助は戯れるやうに、『さしづめ、君ぢやないか』。『馬鹿なことを言ひ給へ』と準教員はすこし憤然むつとする。『はゝゝゝゝ、君は直に左様さうおこるから不可いかん。なにも君だと言つた訳ではないよ。真箇ほんたうに、君のやうな人には戯語じようだんも言へない』。『しかし』と準教員は真面目まじめになつて、『これがもし事実だと仮定すれば――』。『事実? 到底たうてい其様なことはあり得べからざる事実だ』と銀之助は聞入れなかつた。『何故と言つて見給へ。学校の職員は大抵出処でどこきまつて居る。君らのやうに講習を済まして来た人か、勝野君のやうに検定試験から入つて来た人か、または吾儕われ/\のやうに師範出か――これより外にはない。し吾儕の中に其様そんな人があるとすれば、師範校時代にもう知れて了ふね。卒業する迄もそれが知れずに居るなんてことは、寄宿舎生活が許さないさ。検定試験を受けるやうな人は、いづれ長く学校に関係した連中だから、これも知れずに居る筈がなし、君らの方はまた猶更なほさらだらう。それ見給へ。今になつて、突然其様なことを言触らすといふは、すこし可笑をかしいぢやないか』。『だから――』と準教員は言葉に力を入れて、『僕だつても事実だと言つた訳ではないサ。もし事実だと仮定すれば、と言つたんサ』。『もしかね。はゝゝゝゝ。君の言ふ若は仮定する必要のない若だ』。『左様さう言へばまあそれ迄だが、しかし万一其様そんなことがあるとすれば、どういふ結果になつて行くものだらう――僕は考へたばかりでも恐しいやうな気がする』。銀之助は答へなかつた。二人の客はもうそれぎり斯様こんな話をしなかつた。やがて二人が言葉を残して出て行かうとした時は、丑松は喪心した人のやうで、その顔色は白い毛布に映つて、一層蒼ざめて見えたのである。『あゝ、瀬川君はまだくないんだらう』。こう銀之助は自分で自分に言ひながら、準教員と一緒に楼梯はしごだんを下りて行つた。

 
暫時しばらく丑松は茫然として部屋の内を眺め廻して居たが、急に寝床を片づけて、着物を着更へて見た。ふと思ひついたやうに、押入の隅のところに隠して置いた書物を取出した。それはいづれも蓮太郎を思出させるもので、彼の先輩が心血と精力とを注ぎ尽したといふ『現代の思潮と下層社会』、小冊子には『平凡なる人』、『労働』、『貧しきものゝ慰め』、それから『懴悔録』なぞ。丑松は一々内部なかを好く改めて見て、蔵書の印がはりにして置いた自分の認印みとめを消して了つた。ほかに、床の間に置並べた語学の参考書の中から、五六冊不要なのを抜取つて、塵埃ほこりを払つて、一緒にして風呂敷に包んで居ると、丁度そこへ袈裟治が入つて来た。『御出掛?』。こう声を掛ける。丑松はすこし周章あわてたといふ様子して、別に返事もしないのであつた。『この寒いのに御出掛なさるんですか』と袈裟治はあきれて、あをざめた丑松の顔を眺めた。『気分が悪くて寝て居なさる人が――まあ』。『いや、もう悉皆すつかり快くなつた』。『ほゝゝゝゝ。それはさうと、御腹おなかが空きやしたらう。何か食べて行きなすつたら――まあ、貴方あんたは今朝からなんにも食べなさらないぢやごはせんか』。

 丑松は首を振つて、すこしも腹は空かないと言つた。壁に懸けてある
外套ぐわいたうはづして着たのも、帽子を冠つたのも、着る積りもなく着、冠る積りもなく冠つたので、丁度感覚のない器械が動くやうに、自分で自分のることを知らない位であつた。丑松はまた、友達が持つて来てくれた月給を机の抽匣ひきだしの中へ入れて、その内を紙の袋のまゝ袂へも入れた。尤も幾許いくら置いて、幾許自分の身に着けたか、それすら好くは覚えて居ない。こうして書物の包を提げて、なるべく外套の袖で隠すやうにして、やがてぶらりと蓮華寺の門を出た。
 (四)
 雪は往来にも、屋根の上にもあつた。『みの帽子』を冠り、がま脛穿はゞきを着け、爪掛つまかけを掛けた多くの労働者、または毛布を頭から冠つて深く身を包んで居る旅人の群――其様そんな手合が眼前めのまへを往つたり来たりする。人や馬の曳く雪橇ゆきぞり幾台いくつか丑松の側を通り過ぎた。長い廻廊のやうな雪除ゆきよけの『がんぎ』(軒廂のきびさし)も最早もう役に立つやうになつた。往来の真中に堆高うづだかく掻集めた白い小山の連接つゞきを見ると、今に家々の軒丈よりも高く降り積つて、これが飯山名物の『雪山』とうたはれるかと、冬期の生活なりはひ苦痛くるしみを今更のやうに堪へがたく思出させる。空の模様はまた雪にでもなるか。薄い日のひかりを眺めたばかりでも、丑松は歩きながらふるへたのである。

 
上町かみまちの古本屋にはかつて雑誌の古を引取つて貰つた縁故もあつた。丁度その店頭みせさきに客の居なかつたのをさいはひ、ついと丑松は帽子を脱いで入つて、例の風呂敷包を何気なく取出した。『すこしばかり書籍ほんを持つて来ました――どうでせう、これを引取つて頂きたいのですが』とそれを言へば、亭主は直に丑松の顔色を読んで、商人あきんどらしく笑つて、やがて膝を進めながら風呂敷包を手前へ引寄せた。『ナニ、幾許いくらでも好いんですから。――』と丑松は添加つけたして言つた。亭主は風呂敷包をほどいて、一冊々々書物の表紙を調べた揚句、それを二通りに分けて見た。語学の本は本で一通り。ともかくもそれだけは丁寧に内部なかみを開けて見て、それから蓮太郎の著したものは無造作に一方へ積重ねた。『何程いかほどばかりでこれは御譲りになる御積りなんですか』と亭主は丑松の顔を眺めて、さも持余したやうに笑つた。『まあ、貴方の方で思つたところを附けて見て下さい』。『どうもこの節は不景気でして、一向にこういふものがけやせん。御引取り申しても好うごはすが、しかし金高があまり些少いさゝかで。実は申上げるにしやしても、是方こちらの英語の方だけの御直段おねだんで、新刊物の方はほんの御愛嬌ごあいけう――』と言つて、亭主は考へて、『こりや御持帰りになりやした方が御為かも知れやせん』。『折角せつかく持つて来たものです――まあ、左様言はずに、引取れるものなら引取つて下さい』。『あまり些少いさゝかですが、好うごはすか。そんなら、別々に申上げやせうか。それともめて申上げやせうか』。『籠めて言つて見て下さい』。『いかゞでせう、精一杯なところを申上げて、五十五銭。へゝゝゝゝ。それでよろしかつたら御引取り申しておきやす』。『五十五銭?』と丑松は寂しさうに笑つた。

 もとより
何程いくらでも好いから引取つて貰ふ気。直に話はまとまつた。あゝ書物ばかりは売るものでないと、かねて丑松も思はないではないが、しかしこゝへ持つて来たのは特別の事情がある。やがて自分の宿処と姓名とを先方さきの帳面へしたゝめてやつて、五十五銭を受取つた。念の為、蓮太郎の著したものだけを開けて見て、消して持つて来た瀬川といふ認印みとめのところを確めた。中に一冊、忘れて消してないのがあつた。『あ――ちよつと、筆を貸してくれませんか』。こう言つて、借りて、赤々と鮮明あざやかに読まれる自分の認印の上へ、右からも左からも墨黒々と引いた。『こうしておきさへすれば大丈夫』。――丑松の積りはこうであつた。彼の心は暗かつたのである。思ひ迷ふばかりで、実はどうしていゝか解らなかつたのである。古本屋を出て、自分のたことを考へながら歩いた時は、もうきたい程の思に帰つた。『先生、先生――許して下さい』と幾度か口の中で繰返した。その時、あの高柳に蓮太郎と自分とは何の関係もないと言つたことを思出した。鋭い良心の詰責とがめは、身をまもる余儀なさの弁解いひわけと闘つて、胸には刺されるやうな深い/\悲痛いたみを感ずる。丑松はぢたり、おそれたりしながら、何処へ行くといふ目的めあてもなしに歩いた。
 (五)
 一ぜんめし、御酒肴おんさけさかな、笹屋、としてあるは、かねて敬之進と一緒に飲んだところ。丑松の足は自然とそちらの方へ向いた。表の障子を開けて入ると、そここゝに二三の客もあつて、飲食のみくひして居る様子。主婦かみさん流許ながしもとへ行つたり、かまどの前に立つたりして、多忙いそがしさうに尻端折しりはしをりで働いて居た。『主婦かみさん、何かありますか』。こう丑松は声を掛けた。主婦はすゝけた柱の傍に立つて、手をながら、『生憎あいにく今日こんちなんにもなくて御気の毒だいなあ。川魚のいたのに、豆腐のつゆならごはす』。『そんなら両方貰ひませう。それで一杯飲まして下さい』。その時、一人の行商が腰掛けて居たたるを離れて、浅黄の手拭で頭を包みながら、丑松の方を振返つて見た。雪靴のまゝで柱に倚凭よりかゝつて居た百姓も、一寸盗むやうに丑松を見た。主婦かみさんかしげた大徳利の口を玻璃杯コップに受けて、茶色にいきの立つ酒をなみ/\と注いで貰ひ、立つて飲みながら、上目で丑松を眺める橇曳そりひきらしい下等な労働者もあつた。こういふ風に、人々の視線が集まつたのは、かく毛色のかはつた客が入つて来た為、放肆ほしいまゝな雑談をさまたげられたからで。もつとの物見高い沈黙は僅かの間であつた。やがてた盛んな笑声が起つた。の火も燃え上つた。丑松は炉辺ろばたに満ちあふれる『ぼや』の烟のにほひをながら、そこへ主婦が持出した胡桃足くるみあしの膳を引寄せて、黙つて飲んだり食つたりして居ると、丁度出て行く行商と摺違ひに釣の道具を持つて入つて来た男がある。『よう、めづらしい御客様が来てますね』と言ひながら、釣竿を柱にたてかけたのは敬之進であつた。『風間さん、釣ですか』。う丑松は声を掛ける。『いや、どうも、寒いの寒くないのツて』と敬之進は丑松と相対さしむかひに座を占めて、『到底とても川端で辛棒ができないから、めて帰つて来た』。『ちつたあ釣れましたかね』と聞いて見る。『獲物えもの)なしサ』と敬之進は舌を出して見せて、『朝から寒い思をして、一匹も釣れないでは君、遣切やりきれないぢやないか』。その調子がいかにも可笑をかしかつた。盛んな笑声が百姓や橇曳そりひきの間に起つた。

 『
不取敢とりあへず、一つ差上げませう』と丑松はさかづきの酒を飲乾してすゝめる。『へえ、我輩にくれるのかね』と敬之進は目をまるくして、『こりやあ驚いた。君から盃を貰はうとは思はなかつた――道理で今日は釣れない訳だよ』と思はず流れ落ちるよだれを拭つたのである。間もなく酒瓶てうしの熱いのが来た。敬之進は寒さと酒慾とで身を震はせながら、さも/\うまさうに地酒の香を嗅いで見て、『しばらく君にははなかつたやうな気がするねえ。我輩も君、学校をめてから別にこれといふ用がないもんだから、斯様こんな釣なぞを始めて――しかも、よんどころなしに』。『何ですか、この雪の中で釣れるんですか』と丑松は箸をめて対手の顔を眺めた。『素人しろうとはそれだから困る。尤も我輩だつて素人だがね。はゝゝゝゝ。まあ商売人に言はせると、冬はまた冬で、人の知らないところに面白味がある。ナニ、君、風さへなけりや、そう思つた程でもないよ』と言つて、敬之進は一口飲んで、『しかし、瀬川君、考へて見てくれ給へ。何が辛いと言つたつて、用がなくて生きて居るほど世の中に辛いことはないね。家内やなんかが※(「足へん+昔」、第4水準2-89-36)せつせと働いて居る側で、自分ばかり懐手ふところでして見ても居られずサ。まだそれでも、こうして釣に出られるやうな日は好いが、屋外そとへも出られないやうな日と来ては、実に我輩はる事がなくて困る。そういふ日には、君、他に仕方がないから、まあ昼寝をすることにめてね』。至極真面目で、斯様こんなことを言出した。この『昼寝を為ることに極めてね』がひどく丑松の心を動かしたのである。

 『時に、瀬川君』と敬之進は
酒徒さけのみらしい手付をして、盃を取上げながら、『省吾の奴も長々君の御世話になつたが、種々いろ/\家の事情を考へると、どうも我輩の思ふやうにばかりもいかないことがあるんで――まあ、その、学校を退かせようかと思ふのだが、君、どうだらう』。
 (六)
 『そりやあもう我輩だつて退校させたくはないさ』と敬之進は言葉を続けた。『せめて普通教育位は完全に受けさせたいのが親の情さ。来年の四月には卒業のできるものを、今こゝめさせて、小僧奉公なぞに出してしまふのは可愛さうだ、とは思ふんだが、実際止むを得んから情ない。彼様あん茫然ぼんやりしたやつだが、万更まんざら学問が嫌ひでもないと見えて、学校から帰ると直に机に向つては、何か独りでやつてますよ。どうも数学ができなくて困る。そのかはり作文は得意だと見えて、君から「優」なんて字を貰つて帰つて来ると、それは大悦おほよろこびさ。此頃こなひだも君に帳面を頂いた時なぞは、先生が作文を書けツて下すつたと言つてね、まあ君どんなに喜びましたらう。その嬉しがりやうと言つたら、大切に本箱の中へ入れて仕舞つておいて、何度出して見るか解らない位さ。の晩は寝言にまで言つたよ。それ、そういふ風だから、かくやる気では居るんだねえ。それを思ふと廃して了へと言ふのは実際可愛さうでもある。しかし、君、我輩のやうに子供が多勢ではどうにもかうにも仕様がない。一概に子供と言ふけれど、その子供がなか/\馬鹿にならん。悪戯いたづらなくせに、大飯食おほめしぐらひばかり揃つて居て――はゝゝゝゝ、まあ君だから斯様こんなことまでも御話するんだが、まさか親の身として、其様そんなに食ふな、三杯位にしてひかへておけ、なんて過多あんまり吝嗇けち/\したことも言へないぢやないか』。

 こういふ述懐は丑松を笑はせた。敬之進も
た寂しさうに笑つて、『ナニ、それもね、継母まゝはゝででもなけりや、またそこにもある。省吾の奴を奉公にでも出して了つたら、と我輩が思ふのは、実は今の家内との折合がつかないから。我輩はお志保や省吾のことを考へる度に、どの位あの二人の不幸ふしあはせを泣いてやるか知れない。どうして継母といふものは彼様あんな邪推深いだらう。此頃こなひだも此頃で、ホラ君の御寺に説教がありましたらう。彼晩あのばん、遅くなつて省吾が帰つて来た。さあ、家内は火のやうになつて怒つて、其様そんなに姉さんのところへ行きたくば最早もううちなんぞへ帰らなくてもいゝ。出て行つて了へ。必定きつとまた御寺へ行つて余計なことをべら/\喋舌しやべつたらう。必定また姉さんに悪い智慧を付けられたらう。だから私の言ふことなぞは聞かないんだ。こう言つて、家内が責める。すると彼奴あいつは気が弱いもんだから、黙つて寝床の内へ潜り込んで、しく/\やつて居ましたつけ。その時、我輩も考へた。いつそこりや省吾を出した方がいゝ。そうすれば、口は減るし、喧嘩の種はなくなるし、あるひは家庭うち一層もつと面白くやつて行かれるかも知れない。いや――どうかすると、我輩はの省吾を連れて、二人でうちを出て了はうか知らん、といふやうな気にもなるのさ。あゝ。我輩の家庭うちなぞは離散するよりほか最早もう方法がなくなつて了つた』。

 次第に敬之進は愚痴な本性を顕した。酒気が身体へ廻つたと見えて、頬も、耳も、手までも
あかくなつた。丑松は又、一向顔色が変らない。飲めば飲む程、かへつて頬は蒼白あをじろくなる。『しかし、風間さん、左様さう貴方のやうに失望したものでもないでせう』と丑松は言ひ慰めて、『及ばずながら私も力になつて上げる気で居るんです。まあ、その盃を乾したらどうですか。――一つ頂きませう』。『え?』と敬之進はちら/\した眼付で、不思議さうに対手あひての顔を眺めた。『これは驚いた。盃をくれろと仰るんですか。へえ、君はこの方もなか/\いけるんだね。我輩は又、飲めない人かとばかり思つて居た』と言つて盃をさす。丑松はそれを受取つて、一息にぐいと飲乾のみほして了つた。『烈しいねえ』と敬之進はあきれて、『君は今日はどうかしやしないか。そう君のやうに飲んでもいゝのか。まあ、好加減にした方が好からう。我輩が飲むのは不思議でも何でもないが、君が飲むのは何だか心配で仕様がない』。『何故なぜ?』。『何故ツて、君、そうぢやないか。君と我輩とは違ふぢやないか』。『はゝゝゝゝ』と丑松は絶望した人のやうに笑つた。
 (七)
 何か敬之進は言ひたいことがあつて、それを言ひ得ないで、深い溜息を吐くといふ様子。その時はもう百姓も、橇曳そりひきも出て行つて了つた。余念もなく流許ながしもとなべを鳴らして居る主婦かみさん、裏口の木戸のところに佇立たゝずんで居る子供、この人達より外に二人の談話はなしさまたげるものはなかつた。高い天井の下に在るものは、何もかも暗くすゝけた色を帯びて、昔の街道の名残なごりあらはして居る。あちらの柱に草鞋わらぢ、こちらの柱に干瓢かんぺう、壁によせて黄な南瓜かぼちやいくつか並べてあるは、いかにも町はづれの古い茶屋らしい。土間も広くて、日あたりに眠る小猫もあつた。寒さの為に身をすくめながら目を瞑つて居る鶏もあつた。

 薄い日の光は
明窓あかりまどから射して、軒から外へれる煙の渦を青白く照した。丑松は茫然と思ひ沈んで、に燃え上る『ぼや』のほのほ熟視みつめて居た。赤々とした火の色は奈何どんなに人の苦痛を慰めるものであらう。のみならず、強ひて飲んだ地酒の酔心地から、やたらに丑松は身をふるはせて、時には人目も関はず泣きたい程の思に帰つた。あゝ声を揚げて放肆ほしいまゝに泣いたなら、と思ふ心は幾度起るか知れない。しかし涙は頬をうるほさなかつた――丑松は嗚咽すゝりなくかはりに、大きく口を開いて笑つたのである。『あゝ』と敬之進は嘆息して、『世の中には、十年も交際つきあつて居て、それで毎時いつでも初対面のやうな気のする人もあるし、又、君のやうに、其様そんなに深い懇意な仲でなくても、こうして何もかも打明けて話したい人がある。我輩が斯様こんな話をするのは、実際、君より外にない。まあ、是非君に聞いて貰ひたいと思ふことがあるんでね』とすこし言淀んで、『実は――此頃こなひだ久し振で娘に逢ひました』。『お志保さんに?』。丑松の胸は何となく踊るのであつた。『といふのは、君、あのの方から逢つてくれろといふ言伝ことづけがあつて――もつとも、我輩もね、君の知つてる通り蓮華寺とは彼様あゝいふ訳だし、それに家内は家内だし、するからして、なるべく彼の娘には逢はないやうにして居る。ところが何か相談したいことがあると言ふもんだから、まあ、その、久し振で逢つて見た。どうも若いものがずん/\大きくなるのには驚いて了ふねえ。まるで見違へる位。それで君、何の相談かと思ふと、最早々々もう/\どうしても蓮華寺には居られない、一日も早くうちへ帰るやうにしてくれ、頼む、と言ふ。事情を聞いて見ると無理もない。その時我輩も始めて彼の住職の性質を知つたやうな訳サ』と言つて、敬之進は一寸徳利を振つて見た。生憎あいにく酒はさかづきに満たなかつた。やがて一口飲んで、両手で口のはたで廻して、『うです。まあ、君、聞いてくれ給へ。よく世間には立派な人物だと言はれて居ながら、唯女性をんなといふものにかけて、非常に弱い性質たちの男があるものだね。蓮華寺の住職も矢張やはりそれだらうと思ふよ。彼程あれほど学問もあり、弁才もあり、何一つ備はらないところのない好い人で、こと宗教をしへの方の修行もして居ながら、それでまだ迷が出るといふのは、君、どういふ訳だらう。我輩は娘からの住職のことを聞いた時、どうしてもそれが信じられなかつた。いや、嘘だとしか思はれなかつた。実に人は見かけによらないものさね。ホラ、彼の住職も長いこと西京へ出張して居ましたよ。丁度帰つて来たのは、君が郷里の方へ行つて留守だつた時さ。それからといふものは、まあ娘に言はせると、どうしても養父おとつさんの態度しむけとは思はれないと言ふ。かりそめにも仏の御弟子ではないか。袈裟けさつけて教を説く身分ではないか。自分の職業に対しても、もうすこし考へさうなものだと思ふんだ。あまり浅猿あさましい、馬鹿馬鹿しいことで、ひとに話もできないやね。奥様はまた奥様で、彼様あゝいふ性質の女だから、人並勝れて嫉妬深しつとぶかいと来て居る。娘はもう悲いやら恐しいやらで、夜も碌々眠られないと言ふ。あきれたねえ、我輩もこの話を聞いた時は。だから、君、娘がうちへ帰りたいと言ふのは、実際無理もない。我輩だつて、其様なところへ娘をつて置きたくはない。そりやあもう一日も早く引取りたい。そこがそれ情ないことには、今の家内がもうすこし解つて居てくれると、どうにでもして親子でやつて行かれないこともあるまいと思ふけれど、現に省吾一人にすら持余して居るところへ、またお志保の奴が飛込んで来て見給へ――到底とても今の家内と一緒に居られるもんぢやない。第一、八人の親子がどうして食へよう。それやこれやを考へると、我輩の口から娘に帰れとは言はれないぢやないか。あゝ、辛抱、辛抱――できることを辛抱するのは辛抱でも何でもない、できないところを辛抱するのが真実ほんたうの辛抱だ。行け、行け、心を毅然しつかり持て。奥様といふものも附いて居る。その人の傍に居て離れないやうにしたら、よもや無理なことを言懸けられもしまい。たとへ先方さきが親らしい行為をしないまでも、これまで育てゝ貰つた恩義もある。一旦蓮華寺の娘となつた以上は、どんな辛いことがあらうと決してうちへ帰るな。そこを勤め抜くのが孝行といふものだ。とまあ、すかしたりはげましたりして、無理やりに娘を追立てゝやつたよ。思へば可愛さうなものさ。あゝ、あゝ、こういふ時に先の家内が生きて居たならば――』。

 敬之進の顔には真実と苦痛とが表れて、眼は涙の為に
れ輝いた。成る程、左様言はれて見ると、丑松も思ひ当ることがないでもない。あの蓮華寺の内部なか光景ありさまを考へると、何かこう暗い雲が隅のところにわだかまつて、絶えずそれが家庭のわづらひを引起す原因もとで、住職と奥様とは無言の間に闘つて居るかのやう――たとへば一方で日があたつて、楽しい笑声の聞える時でも、必ず一方には暴風雨あらしちかづいて居る。こういふ感想かんじは毎日のやうにあつた。唯それは何処の家庭うちにもくある角突合つのづきあひ――まあ、住職と奥様とは互ひに仏弟子のことだから、言はゞ高尚な夫婦喧嘩、と丑松も想像して居たので、よもやその雲のわだかまりがお志保の上にあらうとは思ひ設けなかつたのである。奥様がわざ/\磊落らいらくらしくよそほつて、剽軽へうきんなことを言つて、男のやうな声を出して笑ふのも、その為だらう。紅涙なんだくお志保の顔を流れるのも、その為だらう。どうもをかしい/\と思つて居たことは、この敬之進の話で悉皆すつかり読めたのである。長いこと二人は悄然しよんぼりとして、互ひに無言のまゝ相対さしむかひになつて居た。




(私論.私見)