後編3章

更新日/2019(平成31→5.1栄和改元)年.10.30日

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 2005.3.22日、2006.7.10日再編集 れんだいこ拝


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第三章
 宮は既に富むとゆたかなるとに※(「厭/(餮-殄)」、第4水準2-92-73)きぬ。そもそも彼がこの家にとつぎしは、惑深まどひふかき娘気の一図に、栄耀えいよう栄華の欲するままなる身分を願ふを旨とするなりければ、始より夫の愛情の如きは、あるも善し、あらざるも更に善しと、ほとんど無用の物のやうにかろしめたりき。今やその願い足りて、しかも※(「厭/(餮-殄)」、第4水準2-92-73)きたる彼はいよい※(「夕/寅」、第4水準2-5-29)まつはらるる愛情のわづらはしきにへずして、むしろ影を追ふよりもはかなき昔の恋を思ひて、ひそかに楽むのあぢはひあるを覚ゆるなり。

 かくなりてより彼は
おのづから唯継の面前をいとひて、寂く垂籠たれこめては、随意に物思ふをよろこびたりしが、図らずも田鶴見たずみ邸内やしきうちに貫一を見しより、彼のさして昔に変らぬ一介の書生風なるを見しより、一度ひとたびは絶えし恋ながら、なほ冥々めいめいに行末望みあるが如く、さるは、彼が昔のままのかたちなるを、今もそのを守りて、時の到るを待つらんやうに思做おもひなさるるなりけり。

 その時は果して到るべきものなるか。宮は
みづからの心の底をたたきて、答を得るにはばみつつも、さすがに又おのれにも知れざる秘密の潜める心地ここちして、一面には覚束おぼつかなくも、又一面にはとにもかくにも信ぜらるるなり。便すなはち宮の夫の愛を受くるを難堪たへがたく苦しと思い知りたるは、彼の写真の鏡面レンズの前に悶絶もんぜつせし日よりにて、その恋しさに取迫とりつめては、いでや、この富めるに※(「厭/(餮-殄)」、第4水準2-92-73)き、ゆたかなるにめる家を棄つべきか、棄てよとならばためらはじと思へるも屡々しばしばなりき。唯敢ただあへてこれをざるは、ひそかに望はけながらも、行くべきかたうらみを解かざるをおそるるゆゑ のみ。

 
もとより宮は唯継を愛せざりしかど、決してこれを憎むとにはあらざりき。されど今はしも正にその念は起れるなり。自らおもへらく、吾夫わがをつとこそ当時恋と富とのあたひを知らざりし己を欺き、く輝ける富を示して、るべくもあらざりし恋を奪ひけるよ、と悔の余はかかる恨をもひとせて、彼は己をあやまりしをば、全く夫の罪とせり。

 この心なる宮はこの一月十七日に会ひて、この一月十七日の雪に会ひて、いとどしく貫一が事の
しのばるるにけてうたた悪人の夫を厭ふことはなはだしかり。無辜むこの唯継はかかる今宵のしみさづくるこの美くしき妻を拝するばかりに、有程あるほどの誠を捧げて、みつよりも甘きことばの数々を※(「口+耳」、第3水準1-14-94)ささやきて止まざれど、宮が耳には人の声は聞えずして、雪の音のみぞいとく響きたる。その雪は明け方になりてみぬ。乾坤けんこんの白きに漂ひて華麗はなやかに差し出でたる日影は、みなぎるばかりに暖き光をきて終日ひねもす輝きければ、七分の雪はその日に解けて、はや翌日は往来ゆきき妨碍さまたげもあらず、処々ところどころ泥濘ぬかるみは打ち続く快晴のそらさらされて、刻々にかわき行くなり。
 この雪の為に外出そとでを封ぜられし人は、この日和ひよりとこの道とを見て、皆な怺こらへかねて昨日きのふより出でしも多かるべし。まして今日となりては、手置のよろしからぬ横町、不性なる裏通、屋敷町の小路などの氷れる雪の九十九折つづらをりある捏返こねかへせし汁粉しるこの海の、差し掛りて難儀をきはむるとは知らず、見渡す町通まちとほり乾々干からからほしかたまれるにそそのかされて、控へたりし人の出でざるはあらざらんやうに、往来ゆききの常よりしきりなる午前十一時といふ頃、かがみ勝に疲れたる車夫は、泥の粉衣ころも掛けたる車輪を可悩なやましげにまろばして、黒綾くろあや吾妻あづまコオト着て、鉄色縮緬てついろちりめん頭巾づきんえりに巻きたる五十路いそぢに近きいやしからぬ婦人を載せたるが、南のかたより芝飯倉通しばいいぐらとおりに来かかりぬ。

 
唯有とある横町を西に切れて、なにがしの神社の石の玉垣たまがきに沿ひて、だらだらとのぼる道狭く、しげき木立に南をふさがれて、残れる雪の夥多おびただしきが泥交どろまじりに踏散されたるを、くだんの車は曳々えいえい挽上ひきあげて、取着とつき土塀どべい由々ゆゆしく構へて、かどには電燈を掲げたるかたにぞりける。
 こは富山唯継が住居すまひにて、その女客は宮が母なり。あるじとくに会社に出勤せし後にて、例刻にきたれる髪結の今方帰行かへりゆきて、まだその跡も掃かぬ程なり。紋羽二重もんはぶたへ肉色鹿子にくいろがのこを掛けたる大円髷おほまるわげより水はるばかりに、玉の如きのどを白絹のハンカチイフに巻きて、風邪気かぜけなどにや、しきり打咳うちしはぶきつつ、宮は奥より出迎えに見えぬ。そのとも覚えずしる面羸おもやつれは、唯一目に母が心をおどろかせり。

 
ひまある身なれば、宮は月々生家さとなる両親を見舞ひ、母も同じほどひ音づるるをば、此上無こよなき隠居の保養と為るなり。まことに女親の心は、娘の身の定りて、その家栄え、その身安泰に、しかもいみじう出世したる姿を見るに増して楽まさるる事はあらざらん。彼は宮を見る毎になる手柄をも成したらんやうに吾がれるほどの親といふ親は、皆な才覚なく、仕合しあはせ薄くて、有様ありようは気の毒なる人達かな、とそぞろに己の誇らるるなりけり。されば月毎に彼が富山のかどを入るは、まさに人の母たる成功の凱旋門がいせんもんすぐる心地もすなるべし。
 可懐なつかしきと、嬉きと、なほ今一つとにて、母は得々いそいそと奥に導れぬ。久く垂籠たれこめて友欲き宮は、すくひを得たるやうに覚えて、あるまじき事ながら、或るいはひそかに貫一の報をもたらせるにはあらずやなど、げても念じつつ、せめてはうれひに閉ぢたる胸をしばらくもゆるうせんとするなり。母は語るべき事の日頃蓄へたる数々をきて、先づ宮が血色の気遣きづかはしく衰へたる故をなじりぬ。同じ事を夫にさへ問れしを思い合せて、彼はさまでに己のやつれたるをおそれつつも、「さう? でも、どこも悪い所なんぞありはしません。あんまり体をいごかさないから、その所為せゐかも知れません。けれども、この頃は時々気がふさいで鬱いでたまらない事があるの。あれは血の道とふんでせうね」。「ああ、それは血の道さ。私なんぞも持病にあるのだから、やつぱりさうだらうよ。それでも、それで痩せるやうぢや良くないのだから、お医者にてもらふ方がよいよ、放つてくから畢竟ひつきよう持病にもなるのさ」。宮は唯うなづきぬ。母は不図思い起してや、さも慌忙あわただしげに、「後ができたのぢやないかい」。宮は打笑うちゑみつ。されども例の可羞はづかしとにはあらで傍痛かたはらいたき余を微見ほのみせしやうなり。「そんな事はありはしませんわ」。「さう何日いつまでも沙汰さたがなくちや困るぢやないか。本当にだそんな様子はないのかえ」。「ありはしませんよ」。「ないのを手柄にでもしてゐるやうに、何だね、一人はもうなくてどうするのだらう、先へ寄つて御覧、後悔をするから。本当なら二人ぐらゐあつて好い時分なのに、あれきり後ができないところを見ると、やつぱり体が弱いのだね。今の内養生して、丈夫にならなくちやいけないよ。お前はさうして平気で、いつまでも若くて居る気なのだらうけれど、本宅の方なんぞでも後が後がつて、どんなに待兼ねておいでだか知れはしないのだよ。内ぢや又阿父おとつさんは、あれはどうしたと謂ふんだらう、情ない奴だ。子を生み得ないのは女の恥だつて、おこりきつてゐなさるくらゐだのに、当人のお前と云つたら、可厭いやに落着いてゐるから、憎らしくてなりはしない。さうして、お前はせんの内は子供が所好すきだつた癖に、自分の子は欲くないのかね」。
 宮もさすがに当惑しつつ、「欲くない事はありはしませんけれど、できないものは為方がないわ」。「だから、何でも養生して、体を丈夫にするのがせんだよ」。「体が弱いとお言ひだけれど、自分には別段ここが悪いと思ふところもないから、てもらふのも変だし……けれどもね、阿母おつかさん、私はとうから言はう言はうと思つてゐたのですけれど、実は気に懸る事があつてね、それで始終何だか心持がくないの。その所為せゐで自然と体も良くないのかしらんと思ふのよ」。母のその目は※(「目+登」、第3水準1-88-91)みはり、そのひざすすみ、その胸はつぶれたり。「どうしたのさ!」。宮はうつむきたりし顔を寂しげに起して、「ね、去年の秋、貫一かんいつさんに逢つてね……」。「さうかい!」。己だに聞くをはばかる秘密の如く、母はそのこたふる声をも潜めて、まして四辺あたりには油断もあらぬ気勢けはひなり。「どこで」。「内の方へも全然まるきり爾来あれからの様子は知れないの?」。「ああ」。「ちつとも?」。「ああ」。「どうしてゐると云ふやうな話も?」。「ああ」。かくわづかに応ふるのみにて、母は自らわかせる万感の渦のうちに陥りてぞゐたる。「さう? 阿父おとつさんは内証で知つておいでぢやなくて?」。「いいえ、そんな事はないよ。何処で逢つたのだえ」。

 宮はその梗概あらましを語れり。聴ゐる母は、彼の事なくその場をのがれ得てし始末をつまびらかにするをちて、始めて重荷を下したるやうに※(「口+孛」、第4水準2-3-90)と息をきぬ。に彼は熱海の梅園にて膩汗あぶらあせしぼられし次手ついで悪さを思い合せて、憂き目を重ねし宮が不幸を、不愍ふびんとも、いぢらしとも、今更に親心をいたむるなりけり。されども過ぎしその事よりは、為に宮が前途に一大障礙しようげるひきたるべきを案じて、母はなかなか心穏こころおだやかならず、「さうして貫一はどうしたえ」。「お互いに知らん顔をして別れて了つたけれど……」。「ああそれから?」。「それきりなのだけれど、私は気になつてね。それも出世して立派になつてゐるのなら、さうも思はないけれど、つまらない風采なりをして、何だか大変やつれて、私もきまりが悪かつたから、能くは見なかつたけれど、気の毒のやうに身窄みすぼらしい様子だつたわ。それに、聞けばね、番町の方の鰐淵わにぶちとかいふ、地面や家作なんぞの世話をしてゐる内に使はれて、やつぱり其処そこに居るらしいのだから、好い事はないのでせう、ああして子供の内から一処いつしよに居た人が、あんなになつてゐるかと思ふと、昔の事を考へ出して、私は何だか情なくなつて……」。

 彼は
襦袢じゆばんそではし※(「目+匡」、第3水準1-88-81)まぶた※(「沙/手」、第4水準2-13-11)りて、「好い心持はしないわ、ねえ」。「へええ、そんなになつてゐるのかね」。母の顔色もあやしき寒さにや襲はるると見えぬ。「それまでだつて、憶出おもひださない事はないけれど、去年逢つてからは、毎日のやうに気になつて、可厭いやな夢なんぞを度々たびたび見るの。阿父おとつさんや、阿母おつかさんに会ふ度に、今度は話さう、今度は話さうと思ひながら、私の口からは何となく話しにくいやうで、実は今まで言はずにゐたのだけれど、その事が初中終しよつちゆう苦になる所為せゐで気をいためるから体にもさはるのぢやないかと、さう想ふのです」。思凝おもひこらせるやうに母は或る方を見据ゑつつ、ことばはなくてうなづきゐたり。「それで、私は阿母さんに相談して、貫一さんをどうかして上げたいの――あの時にそんな話もあつたのでせう。さうして依旧やつぱり鴫沢しぎさわの跡は貫一さんにとらして下さいよ、それでなくては私の気が済まないから。今までは行方ゆきがたが知れなかつたから為方がないけれど、聞合せればぢきに分るのだから、それをはふつていちや此方こつちが悪いから、阿父さんにでも会つてもらつて、何とか話を付けるやうにして下さいな。さうして従来通これまでどほりに内で世話をして、どんなにもあの人の目的を達しさして、立派に吾家うちの跡を取して下さい。私はさうしたら兄弟のさかづきをして、何処までも生家さとの兄さんで、末始終力になつて欲いわ」。
 宮がこのことばは決して内に自ら欺き、又敢て外にひとを欺くにはあらざりき。影ともはかなへだての関の遠き恋人として余所よそに朽さんより、近き他人の前に己を殺さんぞ、同じく受くべき苦痛ならば、その忍び易きに就かんとこひねがへるなり。「それはさうでもあらうけれど、随分考へ物だよ。あのひとの事なら、内でも時々話が出て、何処にどうしてゐるかしらんつて、案じないぢやないけれど、阿父さんもくお言ひのさ、如何に何だつて、余り貫一の仕打ちが憎いつて。成る程それは、お前との約束ね、それを反古ほごにしたと云ふので、としの若いものの事だから腹も立たう、立たうけれど、お前自分の身の上もちつとは考へて見るがいいわね。子供の内からああして世話になつて、全く内のお蔭でともかくもあれだけにもなつたのぢやないか、その恩もあれば、義理もあるのだらう。そこどこちつと考へたら、あれぎり家出をして了ふなんて、あんなまあ面抵つらあてがましい仕打振をするつてがあるものかね。それぢやあの約束を反古にして、もうお前には用はないからどうでもで勝手にするがよい、と云ふやうな不人情なことを仮初かりそめにもしたのぢやなし、鴫沢の家は譲らうし、所望のぞみなら洋行もせやうとまで言ふのぢやないか。それは一時は腹も立たうけれど、好く了簡して前後を考へて見たら、万更訳の解らない話をしてゐるのぢやないのだもの、私達の顔を立ててくれたつて、そんなにばちも当りはしまいと思ふのさ。さうしておまけに、阿父さんから十分に訳を言つて、頭をげないばかりにして頼んだのぢやないかね。だからこつちには少しも無理はないはずだのに、貫一があんまり身の程を知らなすぎるよ。それはね、阿父さんが昔あの人の親の世話になつた事があるさうさ、その恩返おんがへしなら、行処ゆきどこのないからだを十五の時から引取つて、高等学校を卒業するまでに仕上げたから、それで十分だらうぢやないか。全く、お前、貫一の為方しかたは増長してゐるのだよ。それだから、阿父さんだつて、私だつて、ああされて見ると決して可愛かはゆくはないのだからね、今更こつちから捜し出して、とやかう言ふほどの事はありはしないよ。それぢや何ぼ何でも不見識とやらぢやないか」。

 その不見識とやらをきらふよりは、別に嫌ふべく、おそるべく、いましむべき事あらずや、と母はひそかおもひはかれるなり。「阿父おとつさんや阿母おつかさんの身になつたら、さう思ふのは無理もないけれど、どうもこのままぢや私が気が済まないんですもの。今になつて考へて見ると、貫一さんが悪いのでなし、阿父さん阿母さんが悪いのでなし、全く私一人が悪かつたばかりに、貫一さんには阿父さん阿母さんを恨ませるし、阿父さん阿母さんには貫一さんを悪く思はせたのだから、やつぱり私が仲へ入つて、元々通りにしなければ済まないと思ふんですから、貫一さんの悪いのは、どうぞ私に免じて、今までの事は水に流して了つて、改めて貫一さんを内の養子にして下さいな。もしさうなれば、私もそれで苦労がなくなるのだから、きつと体も丈夫になるに違いないから、是非さう云ふ事に阿父さんにも頼んで下さいな、ねえ、阿母さん。さうして下さらないと、私は段々体を悪くするわ」。

 かく言い出でし宮が胸は、ここにことごとくその罪を懺悔ざんげしたらんやうに、多少の涼きを覚ゆるなりき。「そんなに言ふのなら、かへつて阿父さんに話をして見やうけれど、何もその所為せゐで体が弱くなると云ふ訳もなかりさうなものぢやないか」。「いいえ、全くその所為よ。始終そればかり苦になつて、時々考込むと、実にたまらない心持になることがあるんですもの、この間逢ふ前まではそんなでもなかつたのだけれど、あれから急に――さうね、何とつたらよいのだらう――私があんなに不仕合ふしあはせな身分にしてしまつたとさう思つて、さぞ恨んでゐるだらうと、気の毒のやうな、可恐おそろしいやうな、さうして、何となく私は悲くてね。ほかには何も望はないから、どうかあの人だけは元のやうにして、あの優しい気立で、末始終阿父さんや阿母さんの世話をして貰つたら、どんなにうれしからうと、そんな事ばかり考へてはふさいでゐるのです。いづれ私からも阿父さんに話をしますけれど、差し当阿母さんから好くこの訳をさう言つて、本当に頼んで下さいな。私二三日の内に行きますから」。

 されども母は
投首なげくびして、「私の考量かんがへぢや、どうも今更ねえ……」。「阿母さんは! 何もそんなに貫一さんを悪く思はなくたつてよいわ。折角話をして貰はうと思ふ阿母さんがさう云ふ気ぢや、とても阿父さんだつて承知をしては下さるまいから……」。「お前がそれまでに言ふものだから、私は不承知とは言はないけれど……」。「いいの、不承知なのよ。阿父さんもやつぱり貫一さんが憎くて、大方不承知なんでせうから、私は※(「馮/几」、第4水準2-3-20)あてにはしないから、不承知なら不承知でもいいの」。涙含なみだぐみつつ宮が焦心せきごころになれるを、母は打ち惑ひて、「まあ、お聞きよ。それは、ね、……」。「阿母さん、いいわ――私、いいの」。「かないよ」。「よかなくつてもいいわ」。「あれ、まあ、……何だね」。「どうせいいわ。私の事はかまつてはおくれでないのだから……」。我にもあらでほとばしる泣声を、つと袖におさへても、宮は急来せきくる涙をとどめかねたり。「何もお前、泣くことはないぢやないか。可笑をかしな人だよ、だからお前の言ふことは解つてゐるから、内へ帰つて、善く話をした上で……」。「よいわ。そんなら、さうで私にも了簡りようけんがあるから、どうとも私は自分でするわ」。「自分でそんな事をするなんて、それはよくないよ。かう云ふ事は決してお前が自分ですることぢやないのだから、それはいけませんよ」。「…………」。「帰つたら阿父おとつさんに善く話をしやうから、……泣くほどの事はないぢやないかね」。「だから、阿母おつかさんは私の心を知らないのだから、頼効たのみがひがない、とふのよ」。「多度たんとお言ひな」。「言ふわ」。真顔作れる母は火鉢ひばちふちとん煙管きせるはたけば、他行持よそゆきもちしばらからされてゆるみし雁首がんくびはほつくり脱けて灰の中に舞い込みぬ。

【第四章】
 頭部に受けし貫一が挫傷ざしようは、あやふくも脳膜炎を続発せしむべかりしを、肢体したい数個所すかしよの傷部とともに、その免るべからざる若干そくばくの疾患を得たりしのみにて、今や日増に康復こうふくの歩をひて、可艱なやましげにも自ら起居たちゐたすけ得る身となりければ、一日一夜をす事もなく、ベッドの上に静養をつとめざるべからざる病院の無聊ぶりようをば、ほとんど生きながら葬られたらんやうにこうじつつ、彼は更にこの病と相関する如く、関せざる如く併発したる別様の苦悩の為に侵さるるなりき。

 主治医も、助手も、看護婦も、
附添婆つきそひばばも、受附も、小使も、乃至ないし患者の幾人も、皆な目をそばめて彼と最も密なる関係あるべきを疑はざるまでに、満枝の頻繁しげしげやまひを訪ひ来るなり。三月にわたる久しきをかの美くしき姿の絶えず出入しゆつにゆうするなれば、うはさおのづから院内にひろまりて、博士のぼうさへつひそそのかされて、垣間見かいまみの歩をここにげられしとぞ伝へはべる。始めの程は何者の美形びけいとも得知れざりしを、医員の中に例のくるしめられしがありて、名著なうて美人びじクリイムともらせしより、いとど人の耳を驚かし、目をよろこばす種とはなりて、貫一が浮名もこれに伴ひて唱はれけり。

 さりとは彼の
さとるべき由なけれど、何のかどもあらむに足近く訪はるるを心憂く思ふ余りに、一度ならず満枝に向ひて言ひし事もありけれど、見舞といふをおもてにして訪ひ来るなれば、理として好意を拒絶すべきにあらず。さはへ、こはなさけ掛※かけわな[#「(箆-竹-比)/民」、233-15]と知れば、又甘んじて受くべきにもあらず、しかのみならで、彼は素より満枝の為人ひととなりにくみて、そのかたちの美くしきを見ず、その思切おもひせつなるを汲まんともせざるに、なほかつぬしある身のあやまりて仇名あだなもや立たばなど気遣きづかはるるに就けて、貫一は彼の入来いりくるに会へば、冷き汗の湧出わきいづるとともに、創所きずしよにはかうづき立ちて、唯異ただあやしくもおのれなる者の全くしびらさるるに似たるを、吾ながら心弱しととがむれどもかひ)なかりけり。に彼は日頃このわづらひを逃れん為に、努めてこの敵を避けてぞ過せし。今彼の身は第二医院の一室に密封せられて、しかも隠るる所なきベッドの上によこたはれれば、宛然さながら爼板まないたに上れるうをの如く、く他の為すにまかするのみなる仕合しあはせを、※(「てへん+劣」、第3水準1-84-77)かきむしらんとばかりにもだゆるなり。
 かかる枕頭まくらもとに彼は又驚くべき事実を見出みいだしつつ、ひるがへつて己を顧れば、測らざる累の既におよべる迷惑は、その藁蒲団わらぶとんの内にはりの包れたる心地して、今なほ彼の病むと謂はば、恐くは外に三分さんぶわづらひて、内にかへつて七分しちぶを憂ふるにあらざらんや。貫一もそれをこそ懸念けねんせしが、果して鰐淵わにぶちは彼と満枝との間を疑ひ初めき。彼は又鰐淵の疑へるに由りて、その人と満枝との間をもほぼすいし得たるなり。

 例のわづらしき人は今日もつ、しかもあだならずこころめたりとおぼしき見舞物など持ちて。はや一時間余を過せども、彼は枕頭に起ちつ、居つして、なかなか帰り行くべくも見えず。貫一は寄付よせつけじとやうに彼方あなたを向きて、覚めながら目をふさぎていと静にしたり。附添婆つきそひばばの折から出行いでゆきしをうかがひて、満枝は椅子をにじり寄せつつ、「はざまさん、間さん。貴方あなた、あなた」と枕のはしを指もて音なへど、眠れるにもあらぬ貫一は何の答をも与へず、満枝は起ちてベッドの彼方あなたへ廻り行きて、彼の寐顔ねがほ差覗さしのぞきつ。「間さん」。猶答へざりけるを、軽く肩のあたりうごかせば、貫一はさるをも知らざるまねはしかねて、始めて目を開きぬ。彼はかく覚めたれど、満枝はなほ覚めざりし先の可懐なつかしげに差寄りたるかたちを改めずして、その手を彼の肩に置き、その顔を彼の枕に近けたるまま、「、あなたちよつとお話をしておかなければならない事があるのでございますから、お聞き下さいまし」。「あ、まだゐらしつたのですか」。「いつも長居を致して、さぞ御迷惑でございませう」。「…………」。「外でもございませんが……」。彼のへだてく身近にるるを可忌うとましと思へば、貫一はわざと寐返ねがへりて、椅子を置きたるかたに向直り、「どうぞこちらへ」。

 この心をさとれる満枝は、飽くまで憎き事為るよと、持てるハンカチイフにベッドを打ちて、かくまでにあつかはれながら、なほこの人を慕はではまぬ我身かと、かひなくも余に軽くもてあそばるるを可愧はづかしうてたたずみたり。されども貫一はすぐに席を移さざる満枝の為に、再びことばを費さんともざりけり。気嵩きがさなる彼は胸に余して、聞えよがしに、「※(「口+矣」、第4水準2-3-94)ああ、貴方には軽蔑けいべつされてゐる事を知りながら、何為なぜ腹を立てることができないのでせう。実に貴方は!」。満枝は彼の枕をとらへてふるひしが、貫一の寂然せきぜんとしてまなこを閉ぢたるにますますいらだちて、「あんまひどうございますよ。間さん、何とか有仰おつしやつて下さいましな」。彼は堪へざらんやうににがりたる口元を引歪ひきゆがめて、「別に言ふ事はありません。第一貴方のお見舞下さるのは難有ありがた迷惑で……」。「何と有仰おつしやいます!」。「以来はお見舞にお出で下さるのを御辞退します」。「貴方、何と……※(感嘆符二つ、1-8-75)」。満枝はまゆげて詰寄せたり。貫一は仰ぎてまなこふたぎぬ。

 
もとより彼の無愛相なるを満枝は知れり。彼の無愛相のおのれに対しては更にはなはだしきを加ふるをも善く知れり。満枝が手管てくだは、今そのおもてあらはせるやうにして内にこらへかねたるにはあらず、かくしてその人といさかふも、また※(「りっしんべん+(匚<夾)」、第3水準1-84-56)かなはざる恋の内にいささか楽む道なるを思へるなり。涙微紅ほのあかめたる※(「目+匡」、第3水準1-88-81)まぶた耀かがやきて、いつか宿せるあかつきはなびらに露の津々しとどなる。「お内にも御病人の在るのに、早く帰つて上げたがよいぢやありませんか。も貴方に度々たびたび来て戴くのははなはだ迷惑なのですから」。「御迷惑は始めから存じてをります」。「いいや、まだ外にこの頃のがあるのです」。「ああ! 鰐淵さんの事ではございませんか」。「まあ、さうです」。「それだから、私お話があると申したのではございませんか。それを貴方は、私と謂ふと何でも鬱陶うつとしがつて、如何に何でもそんなになさるものぢやございませんよ。その事ならば、貴方が御迷惑遊ばしてゐらつしやるばかりぢやございません。私だつてどんなにこまつてをるか知れは致しません。この間も鰐淵さんが可厭いやなことを有仰おつしやつたのです。私ちつともかまひは致しませんけれど、さうでもない、貴方がこの先御迷惑あそばすやうな事があつてはと存じて、私それを心配致してをるくらゐなのでございます」。
 聴ゐざるにはあらねど、貫一は絶えて応答うけこたへだにざるなり。「実はとうからお話を申さうとは存じたのでございますけれど、そんな可厭いやな事を自分の口から吹聴らしく、かへつて何も御存じない方が可からうと存じて、何も申上げずにをつたのでございますが、鰐淵さんのかれこれ有仰おつしやるのは今に始つた事ではないので、もう私実にこまつてをるのでございます。始終好い加減なことを申してはげてをるのですけれど、鰐淵さんは私が貴方をこんなに……と云ふ事は御存じなかつたのですから、それで済んでをりましたけれど、貴方が御入院あそばしてから、私かうして始終お訪ね申しますし、鰐淵さんも頻繁しげしげいらつしやるので、度々たびたびお目に懸るところから、何とかお想ひなすつたのでございませう。それで、この間は到頭それを有仰おつしやつて、訳があるならあるで、隠さずに話をしろと有仰るのぢやございませんか。私為方がありませんから、お約束をしたと申してしまひました」。「え!」と貫一は繃帯ほうたいしたる頭をもたげて、彼の有為顔したりがほゆるし難く打目戍うちまもれり。満枝はさすがあやまちを悔いたる風情ふぜいにて、やをら左のたもとひざ掻載かきのせ、牡丹ぼたんつぼみの如くそろへる紅絹裏もみうらふりまさぐりつつ、彼のとがめおそるる目遣めづかひしてゐたり。

 「実に
しからん!※(「言+荒」の「亡」に代えて「氓のへん」、第4水準2-88-68)ばかなことを有仰おつしやつたものです」。しをるる満枝を尻目に掛けて、「もういいから、早くお還り下さい」。彼をかつせしいかりに任せて、起したりしたいを投倒せば、腰部ようぶ創所きずしよを強くてて、得堪えたへずうめき苦むを、不意なりければ満枝はことまどひて、「どう遊ばして? どこぞお痛みですか」。手早く夜着よぎを揚げんとすれば、払退はらひのけて、「もうお還り下さい」。言い放ちて貫一は例のそびらを差向けて、にはか打鎮うちしづまりゐたり。「わたくし還りません! 貴方がさう酷く有仰おつしやれば、以上還りません。いつまでも居られるからだではないのでございますから、おとなしく還るやうにして還して下さいまし」。いとはしたなくて立てる満枝はドアくに驚かされぬ。入来いりきたれるは、附添婆つきそひばばか、あらず。看護婦か、あらず。国手ドクトルの回診か、あらず。小使か、あらず。あらず!

 胡麻塩羅紗ごましほらしやの地厚なる二重外套にじゆうまわしまとへる魁肥かいひの老紳士は悠然ゆうぜんとして入来いりきたりしが、内の光景ありさまを見るとひとしく胸悪き色はつとそのおもてでぬ。満枝は心にすこあわてたれど、さしもあらはさで、しとやかに小腰をかがめて、「おや、おいであそばしまし」。「ほほ、これは、毎度お見舞下さつて」。同じく慇懃いんぎんに会釈はすれど、疑もなく反対の意を示せる金壺眼かなつぼまなこは光をたくましう女の横顔を瞥見べつけんせり。静にしたる貫一は発作パロキシマきたれる如き苦悩を感じつつ、身を起して直行ただゆきを迎ふれば、「どうぢやな。え方がお見舞に来てをつて下さるで、えの」。打付うちつけに過ぎしことばを二人ともに快からず思へば、とみいらへはなくて、その場のしらけたるを、さこそとはんやうに直行のり笑ふなりき。如何に答ふべきか。如何に言釈いひとくべきか、如何に処すべきかを思煩おもひわづらへる貫一はむづかしげなる顔をやや内向けたるに、今はなかなか悪怯わるびれもせで満枝は椅子の前なる手炉てあぶりに寄りぬ。「しかしお宅の御都合もあるぢやらうし、又おせはしいところを度々お見舞下されては痛入いたみいります。それにこれの病気も最早うなるばかりじやで御心配には及ばんで、以来おで下さるのは何分お断り申しまする」。

 言黒いひくろめたる邪魔立を満枝は面憎つらにくがりて、「いいえ、もうどう致しまして、この御近辺まで毎々次手ついでがありますのでございますから、その御心配には及びません」。直行のまなこは再び輝けり。貫一はなまじひに彼をくるしめじと、かたはらよりことばを添へぬ。「毎度お訪ね下さるので、かへつては迷惑致すのですから、どうか貴方から可然しかるべく御断り下さるやうに」。「当人もお気の毒に思うてあの様に申すで、折角ではありますけど、決して御心配下さらんやうに、のう」。「お見舞に上りましてはお邪魔になりまする事ならば、差し控へませう」。満枝は色をして直行を打見遣うちみやりつつ、そのおもて引廻ひきめぐらして、やがてあらかた目戍まもりたり。「いや、いや、な、して、そんな訳ぢや……」。「あんまりな御挨拶で! 女だと思召おぼしめして有仰おつしやるのかは存じませんが、それまでのお指図さしづは受けませんでよろしうございます」。「いや、そんなに悪う取られてははなはだ困る、畢竟ひつきよう貴方あんたの為を思ひますじやにつて……」。「何と有仰います。お見舞に出ますのが、何で不為ふためになるのでございませう」。「それにお心着こころづきがない?」。その能く用ゐる微笑をろうして、直行はたくみに温顔を作れるなり。満枝はやや急立せきたちぬ。「ございません」。「それは、お若いでさうあらう。甚だ失敬ながら、すいぢや申して見やう。な。貴方もお若けりや間も若い。若い男の所へ若い女子をなごが度々出入でいりしたら、そんな事はのうても、人がかれこれ言ひやすい、えですか、そしたら、間はとにかくじや、赤樫様あかがしさんと云ふ者のある貴方のからだきずが付く。そりや、不為ぢやありますまいか、ああ」。

 陰にはおのれ自ら更にはなはだしき不為をひながら、人の口といふもののかくまでに重宝なるが可笑をかし、と満枝は思ひつつも、「それは御深切に難有ありがたう存じます。私はとにかく、間さんはこれからおうつくしい御妻君をお持ち遊ばす大事のおからだでゐらつしやるのを、私のやうな者の為に御迷惑遊ばすやうな事が御座いましては何とも済みませんですから、私自今これからつつしみますでございます」。「これはえらい失敬なことを申しましたに、早速お用ゐなさつて難有い。しかし、間も貴方のやうな方とうそにもかれこれいはるるんぢやから、どんなにもうれしいぢやらう、わしのやうな老人ぢやつたら、死ぬほどの病気したて、赤樫さんは訪ねても下さりやまいにな」。貫一は苦々しさに聞かざるまねしてゐたり。「そんな事があるものでございますか、お見舞に上りますとも」。「さやうかな。しかし、こんなに度々来ては下さりやすまい」。「それこそ、御妻君がゐらつしやるのですから、余り頻繁しげしげ上りますと……」。後は得言はで打笑める目元のこび、ハンカチイフを口蔽くちおほひにしたる羞含はぢがましさなど、直行はふと目を奪はれて、飽かず覚ゆるなりき。「はッ、はッ、はッ、すぢや細君がないで、ここへは安心しておいでかな。わしは赤樫さんの処へ行つて言ひますぞ」。「はい、有仰おつしやつて下さいまし。此方こなたへ度々お見舞に出ますことは、宅でも存じてをるのでございますから、唯今も貴方あなたから御注意を受けたのでございますが、私も用を抱へてをる体でかうして上りますのは、お見舞に出なければ済まないと考へまする訳がございますからで、その実、上りますれば、間さんはかへつて私の伺ふのを懊悩うるさ思召おぼしめしてゐらつしやるのですから、それは私のやうな者が余り参つてはお目障めざはりか知れませんけれど、外の事ではなし、お見舞に上るのでございますから、そんなになさらなくてもよろしいではございませんか。しかし、それでも私気に懸つて、かうして上るのは、でございます、たくへおいでになつた御帰途おかへりみちにこの御怪我おけがなんでございませう。それに、だ私済みません事は、あの時大通りの方をお帰りあそばすと有仰つたのを、津守坂つのかみざかへおいでなさる方がお近いとさう申してお勧め申すと、そのみちでこの御災難でございませう。で私考へるほど申訳がなくて、宅でも大相気に致して、勉めてお見舞に出なければ済まないと申すので、その心持で毎度上るのでございますから、唯今のやうな御忠告を伺ひますと、私実に心外なのでございます。そんなにして上れば、間さんは間さんでおよろこびがないのでございませう」。
 彼はいとつらしとやうに、うらめしとやうに、さては悲しとやうにも直行をるなりけり。直行は又その辛し、恨し、悲しとやうの情に堪へざらんとする満枝が顔をば、ひそか金壺眼かなつぼまなこの一角をとろかしつつ眺入ながめいるにぞありける。「さやうかな。如何いかさま、それで善う解りましたじや。えらい御深切な事で、間もさぞ満足ぢやらうと思ひまする。又わしからも、そりや厚うお礼を申しまするじや、で、な、お礼はお礼、今の御忠告は御忠告じや、悪う取つて下さつては困る。貴方がそんなにおもうて、毎々お訪ね下さると思や、私も実に嬉いで、折角の御好意をな、どうかしりぞくるやうな、失敬なことは決して言ひたうはないんじや、言ふのはお為を念ふからで、これもやつぱり年寄役なんぢやから、捨ててけんで。年寄と云ふ者は、これでとかくきらはるるじや。貴方もやつぱり年寄はお嫌ひぢやらう。ああ、どうですか、ああ」。赤髭あかひげひねり拈りて、直行は女の気色けしき偸視ぬすみみつ。「さやうでございます。お年寄は勿論もちろん結構でございますけれど、どう致しても若いものは若い同士の方が気が合ひまして宜いやうでございますね」。「すぢやて、お宅の赤樫さんも年寄でせうが」。「それでございますから、もうもう口喧くちやかましくてなりませんのです」。「ぢや、口喧うも、気難きむづかしうもなうたら、どうありますか」。「それでも私好きませんでございますね」。「それでも好かん? えらう嫌うたもんですな」。「もつとも年寄だから嫌ふ、若いから一概に好くと申す訳には参りませんでございます。いくらこつちから好きましても、さきで嫌はれましては、何のかひもございませんわ」。「さやう、な。けど、貴方あんたのやうな方が此方こつちから好いたと言うたら、どんな者でも可厭いや言ふ者は、そりやない」。「あんな事を有仰おつしやつて! 如何いかがでございますか、私そんな覚はございませんから、一向存じませんでございます」。「さやうかな。はッはッ。さやうかな。はッはッはッ」。

 椅子も傾くばかりに身をそらして、彼はわざとらしく揺上ゆりあげ揺上げて笑ひたりしが、「間、どうぢやらう。赤樫さんはああ言うてをらるるが、さうかの」。「如何ですか、さう云ふ事は」。からす雌雄しゆうを知らんとやうに、貫一は冷然としてうそぶけり。「お前も知らんかな、はッはッはッはッ」。「私が自分にさへ存じませんものを、間さんが御承知あらうはずはございませんわ。ほほほほほほほほ」。そのわざとらしさは彼にもゆづらじとばかり、満枝は笑ひはやせり。直行がまなこは誰を見るとしもなくて耀かがやけり。「それでは私もうおいとまを致します」。「ほう、もう、お帰去かへりかな。わしもはや行かん成らんで、そこまで御一処に」。「いえ、私ちよつと、あの、西黒門町にしくろもんちようへ寄りますでございますから、はなはだ失礼でございますが……」。「まあ、よろしい。そこまで」。「いえ、本当に今日こんにちは……」。「まあ、宜いが、実は、何じや、あの旭座あさひざの株式一件な、あれがついまとまりさうぢやで、この際お打合うちあはせをして置かんと、『琴吹ことぶき』の収債とりたてが面白うない。お目に掛つたのがさいはひぢやから、ちよつとそのお話を」。「では、明日みようにちにでも又、今日はと急ぎますでございますから」。「そんなに急にお急ぎにならんでも宜いがな。商売上には年寄も若い者もない、さう嫌はれてはどうもならん」。しばらおし問答の末彼はつひに満枝をらつし去れり。あとに貫一は悪夢の覚めたる如くしきり太息ためいき※(「口+句」、第3水準1-14-90)いたりしが、やがてん方なげにに就きてよりは、見るべき物もあらぬかたに、果無はてしなく目を奪れゐたり。


【第五章】
 檜葉ひばもみなどの古葉貧しげなるを望むべき窓の外に、庭ともあらず打荒れたる広場は、唯うららかなる日影のみぞゆたか置余おきあまして、そこらの梅の点々ぼちぼちと咲初めたるも、おのづから怠り勝に風情ふぜい作らずと見ゆれど、春の色香いろかでたるはあはれむべく、打霞うちかすめる空に来馴きなるるひよのいとどしく鳴頻なきしきりて、午後二時を過ぎぬる院内の寂々せきせきたるに、たまたま響くは患者の廊下をゆるう行くなり。

 枕の上の徒然つれづれは、この時人を圧してほとんど重きを覚えしめんとす。書見せると見えし貫一はからうじて夢を結びゐたり。彼はに夢ならではあり得べからざるあやしき夢にもてあそばれて、みづからも夢と知り、夢と覚さんとしつつ、なほねむりの中にとらはれしを、端無はしなく人の呼ぶにおどろかされて、やうやものうき枕をそばだてつ。愕然がくぜんとして彼はひとみこらせり。ベッドのかたはらに立てるは、その怪き夢の中にあらはれて、終始相離あひはなれざりし主人公その人ならずや。打返し打返しれども訪来とひきたれる満枝にまぎれあらざりき。とはへ、彼は夢か、あらぬかを疑ひて止まず。さるはその真ならんよりなほ夢のうちなるべきを信ずるの当れるを思へるなり、美しさも常に増して、夢に見るべき姿などのやうに四辺あたり可輝かがやかしく、五六歳いつつむつばかりもわかやぎて、その人の妹なりやとも見えぬ。まして、六十路むそぢに余れる夫有つまもてる身とかは想ふべき。

 髪を
台湾銀杏たいわんいちようといふに結びて、かざりとてはわざと本甲蒔絵ほんこうまきゑくしのみをしたり。黒縮緬くろちりめんの羽織に夢想裏むそううら光琳風こうりんふうの春の野を色入いろいりに染めて、納戸縞なんどじまの御召の下に濃小豆こいあづき更紗縮緬さらさちりめん紫根七糸しこんしちん楽器尽がつきつくしの昼夜帯して、半襟はんえりは色糸のぬひある肉色なるが、えりの白きをにほはすやうにて、化粧などもやや濃く、例の腕環のみは燦爛きらきらうるさし。今日はことして来にけるを、得堪えたへず心のとがむらん風情ふぜいにてたたずめる姿すがた限りなまめきて見ゆ。「おやすみのところを飛んだ失礼を致しました。あがはずではないのでございますけれど、是非申上げなければなりません事がございますので、ちよつと伺ひましたのでございますから、今日こんにちのところはどうか御堪忍ごかんにんあそばして」。彼のゆるしを得んまでは席に着くをだにはばかる如く、満枝はただよはしげになほ立てるなり。「はあ、さやうですか。一昨々日あれ程申上げたのに……」。内に燃ゆるいかりおさふるとともに貫一のことばは絶えぬ。

 「鰐淵さんの事なのでございますの。私困りまして、どういたしたら
よろしいのでございませう……間さん、かうなのでございますよ」。「いや、その事なら伺ふ必要はないのです」。「あら、そんなことを有仰おつしやらずに……」。「失礼します。今日こんにちは腰の傷部きずが又痛みますので」。「おや、それは、おきついことはおあんなさらないのでございますか」。「いえ、なに」。「どうぞお楽にゐらしつて」。
 貫一は無雑作に郡内縞ぐんないじま掻巻かいまき引被ひきかけてしけるを、疎略あらせじと満枝は勤篤まめやかかしづきて、やがておのれも始めて椅子にれり。「あなたの前でこんな事は私申上げにくいのでございますけれど、実は、あの一昨々日でございますね、ああ云ふ訳で鰐淵さんと御一処に参りましたところが、御飯を食べるから何でも附合へと有仰おつしやるので、湯島ゆしまの天神の茶屋へ寄りましたのでございます。さう致すと、案の定可厭いやらしい事をもうもう執濃しつこく有仰るのでございます。さうして飽くまで貴方の事をうたぐつて、始終それを有仰るので、私一番それには困りました。あの方もお年効としがひのない、物の道理がお解りにならないにも程の有つたもので、一体私を何と思召おぼしめしてゐらつしやるのか存じませんが、客商売でもしてをる者にたはむれるやうな事を、それも一度や二度ではないのでございますから、私残念で、一昨々日なども泣いたのでございます。で、この後二度とそんな事の有仰れないやうに、私その場で十分に申したことは申しましたけれど、変に気を廻してゐらつしやる方の事でございますから、んだ八当やつあたりで貴方へ御迷惑が懸りますやうでは、何とも私申し訳がございませんから、どうぞそれだけお含み置き下さいまして、あしからず……。今度お会ひあそばしたら、鰐淵さんが何とか有仰るかも知れません。さぞ御迷惑でゐらつしやいませうけれど、そこはよろしいやうに有仰つて置いて下さいまし。それも貴方が何とかちよつとでも思召してゐらつしやる方とならば、そんな事を有仰られるのもまた何でございませうけれど、嫌抜きらひぬいておいであそばすのやうな者と訳でもあるやうに有仰おつしやられるのは、さぞお辛くてゐらつしやいませうけれど、私のやうな者に見込れたのが因果とおあきらめ遊ばしまし。貴方も因果なれば、私も……私はなほ因果なのでございますよ。かう云ふのが実に因果とふのでございませうね」。

 
金煙管きんぎせるたばこ杳眇ほのぼのくゆるを手にせるまま、満枝ははかなさの遣方無やるかたなげにしをれゐたり。さるをも見向かず、いらへず、がんとして石の如くよこたはれる貫一。「貴方もお諦め下さいまし、全く因果なのでございますから、せめてさうと諦めてでもゐて下されば、それだけでも私幾分か思がとほつたやうな気が致すのでございます。間さん。貴方は過日いつぞや私がこんなに思つてゐることを何日いつまでもお忘れないやうにと申上げたら、お志は決して忘れんと有仰いましたね。お覚えあそばしてゐらつしやいませう。ねえ、貴方、よもやお忘れはないでせう。如何いかがなのでございますよ」。勢ひて問詰むれば、きはめて事もなげに、「忘れません」。

 満枝は彼のおもてしたたか怨視うらみみまたたきず、その時人声してドアしづかきぬ。案内せる附添のばばは戸口の外に立ちて請じ入れんとすれば、客はその老に似気なく、今更内の様子を心惑こころまどひせらるるていにて、彼にさへ可慎つつましう小声に言付けつつ名刺を渡せり。満枝は如何なる人かとちらと見るに、白髪交しらがまじりのひげは長く胸のあたりに垂れて、篤実の面貌痩おもざしやせたれどもいやしからず、たけは高しとにあらねど、もとより※(「月+溲のつくり」、第4水準2-85-45)ゆたかにもあらざりし肉のおのづかよはひおとろへに削れたれば、冬枯の峰にけるやうにそびえても見ゆ。衣服などさるべく、程を守りたるが奥幽おくゆかしくて、誰とも知らねどさすがにおろそかならず覚えて、彼は早くもこのまらうどの席を設けて待てるなりき。
 貫一は婆の示せる名刺を取りて、何心なく打見れば、鴫沢隆三しぎさわりゆうぞうしるしたり。色を失へる貫一はその堪へかぬる驚愕おどろきに駆れて、たちまち身をひるがへして其方そなたを見向かんとせしが、ほとんど同時に又枕して、つひに動かず。狂ひ出でんずる息をきびしく閉ぢて、もゆるばかりにいかれるまなこは放たず名刺を見入りたりしが、さしも内なる千万無量の思をつつめる一点の涙は不覚にまろでぬ。こは怪しと思ひつつも婆は、「こちらへお通し申しませうで……」。「知らん!」。「はい?」。「こんな人は知らん」。

 人目あらずば引裂き棄つべき名刺よ、
けがらはしと投返せば床の上に落ちぬ。彼はひて目をふさぎ、身のふるふをば吾と吾手に抱窘だきすくめて、恨は忘れずともいかりは忍ぶべしと、むちうたんやうにも己を制すれば、髪は逆竪さかだうごめきて、頭脳のうち沸騰わきのぼる血はその欲するままに注ぐところを求めて、心も狂へと乱螫みだれさすなり。彼はこれと争ひてなほも抑へぬ。面色はやうやく変じて灰の如し。婆はおそれたる目色めざしを客の方へ忍ばせて、「御存じないお方なので?」。「一向知らん。人違だらうから、ことわつて返すがよい」。「さやうでございますか。それでも、貴方様のお名前を有仰おつしやつてお尋ね……」。「ああ、何でもよいから早く断つて」。「さやうでございますか、それではお断り申しませうかね」。
【第五章の二】
 婆は鴫沢しぎさわの前にその趣を述べて、投棄てられし名刺を返さんとすれば、手を後様うしろさまつかねたるままに受取らで、ひておもてやはらぐるも苦しげに見えぬ。「ああ、さやうかね、御承知のない訳はないのだ。ははは、大分だいぶ久しい前の事だから、お忘れになつたのか知れん、それではよろしい。わしぢかにお目に掛らう。この部屋は間貫一さんだね、ああ、それでは間違ない」。と思案せる鴫沢の椅子あるかたに進み寄れば、満枝は座を起ち、会釈して、席をすすめぬ。「貫一さん、わしだよ。久しう会はんので忘れられたかのう」。室のすみに婆が茶の支度せんとするを、満枝は自ら行きて手を下し、るひは指図もし、又自ら持来もちきたりて薦むるなど尋常の見舞客にはあらじと、鴫沢は始めてこの女に注目せるなり。貫一は知らざる如く、彼方あなたを向きて答へず。仔細しさいこそあれとは覚ゆれど、例のこの人の無愛想よ、と満枝はよそに見つつもあはれ可笑をかしかりき。「貫一さんや、わしだ。とうにも訪ねたいのであつたが、何にしろ居所が全然さつぱり知れんので。一昨日おとつひふと聞出したから不取敢とりあへずかうして出向いたのだが、病気はどうかのう。何か、大怪我おほけがださうではないか」。

 なほも答のあらざるを腹立はらだたしくは思へど、満枝の居るをさいはひに、「てをりますですかな」。「はい、如何でございますか」。彼はこの長者のくるしめるをよそに見かねて、貫一が枕に近く差寄りてうかがへば、涙の顔をしとね擦付すりつけて、急上せきあげ急上げ肩息かたいきしてゐたり。何事とも覚えずおどろかされしを、色にも見せず、怪まるるをもことばいださず、ちとの心着さへあらぬやうにもてなして、「お客様がいらつしやいましたよ」。「今も言ひました通り、一向らん方なのですから、お還し申して下さい」。彼はおもてを伏せて又言はず、満枝は早くもその意をすいして、また多くは問はず席にかへりて、「お人違いではございませんでせうか、どうも御覚がないと有仰おつしやるのでございます」。長きひげ推揉おしもみつつ鴫沢は為方無せんかたなさに苦笑にがわらひして、「人違いとは如何なことでも! 五年や七年会はんでもわしだそれほど老耄ろうもうはせんのだ。しかし覚えがないと言へばそれまでの話、覚えもあらうし、人違いでもなからうと思へばこそ、かうして折角会ひにも来たらうと謂ふもの。老人の私がわざわざかうして出向いて来たのでのう、そこに免じて、ちよつとでも会うて貰ひませう」。

 挨拶あいさつ如何にと待てども、貫一は音だに立てざるなり。「それぢや、何かい、こんなに言うても不承してはくれんのかの。ああ、さやうか、是非がない。しかし、貫一さん、う考へて御覧、まあ、私たちの事をどう思うてゐらるるか知らんが、お前さんの爾来これまで為方しかた、又今日のこの始末は、ちと妥当おだやかならんではあるまいか。とにかく鴫沢のをぢに対してかう為たものではなからうと思ふがどうであらうの。成る程お前さんの方にも言分はあらう、それも聞きに来た。私の方にもく言分のないではない。それも聞かせたい。しかし、かうしてわざわざ尋ねて来たものであるから、こちらでは既に折れて出てゐるのだ。さうしてお前さんに会うて話と謂ふは、して身勝手な事を言ひに来たぢやない、やはりそちらの身の上に就いて善かれと計ひたい老婆心切ろうばしんせつ。私の方ではその当時にあつてもお前さんを棄てた覚えはなし、又今日こんにちも五年前も同じ考量かんがへで居るのだ。それを、まあ、若い人の血気と謂ふのであらう。唯一図に思ひ込んで誤解されたのか、私は如何にも残念でならん。今日こんにちまでも誤解されてゐるのはいよいよ心外だで、お前さんの住所の知れ次第早速出掛けて来たのだ。こちら了簡りようけんを誤解されてゐるほど心苦い事はない。人の為にはかつて、さうしてわづか行違ゆきちがひから恨まれる、恩にせうとて謀つたではないが、恨まれやうとはにしても思はん。で、ああしてむつましう一家族で居つて、私たちも死水を取つて貰ふつもりであつたものを、僅の行違から音信不通いんしんふつうなかになつて了ふと謂ふは、何ともはや浅ましい次第で、わしも誠に寐覚ねざめが悪からうと謂ふもの、実にをばとも言暮してゐるのだ。私の方ではどこまでも旧通もとどほりになつて貰うて、早く隠居でもしたいのだ。それもしかしお前さんの了簡がけんでは話ができん。その話は二の次としても、差当り誤解されてゐる一条だ。会うて篤と話をしたらぢきに訳は分らうと思ふで、是非一通りは聞いて貰ひたい。その上でも心が釈けん事なら、どうもそれまで。私はお前さんの親御の墓へまゐつて、のう、そもそもお前さんを引取つてから今日こんにちまでの来歴を在様陳ありようのべて、鴫沢はこれこれの事を為、かうかう思ひまする、けれども成行でかう云ふ始末になりましたのは、残念ながら致方がない、とちやんとお分疏ことわりを言うて、そして私は私の一分いちぶんを立ててから立派に縁を切りたいのだ。のう。はや五年も便んのだから、お前さんは縁を切つた気であらうが、私の方では未だ縁は切らんのだ。
 私は考へる、たとへばこの鴫沢のをぢの為た事が不都合であらうか知れん、けれども間貫一たる者は唯一度の不都合ぐらゐは如何にも我慢をしてくれんければ成るまいかと思ふのだ。又その我慢が成らんならば、も少し妥当おだやかに事を為てもらひたかつた。私の方に言分のあると謂ふのは其処そこだ。言はせればその通り私にも言分はある。しかし、そんな事を言ひに来たではない、私の方にも如何様いかさま手落があつたで、そのわびも言はうし、又昔も今も此方こちらには心持に異変かはりはないのだから、それが第一に知らせたい。翁が久しぶりで来たのだ、のう、貫一さん、今日こんにちは何も言はずに清う会うてくれ」。

 かつて聞かざりし恋人が身の上の秘密よ、と満枝はあやしき興を覚えて耳を傾けぬ。我強がづよくも貫一のなほものいはんとはせざるに、やうやこらへかねたる鴫沢の翁はやにはに椅子を起ちて、ひてもその顔見んと歩み寄れり。事の由は知るべきやうなけれど、この客のことばを尽せるにもことわり聞えて、無下むげうちも棄てられず、されども貫一が唯涙を流して一語をいださず、いと善く識るらん人をば覚えなしと言へる、これにもなかなか所謂いはれはあらんと推測おしはからるれば、一も二もなく満枝は恋人にくみしてこの場の急をすくはんと思へるなり。枕頭まくらもとうかがひつつ危む如く眉をあつめて、鴫沢のいまだ言出でざる時、「看病に参つてをります者でございますが、何方様どなたさまでゐらつしやいますか存じませんが、この一両日いちりようにち病人は熱の気味で始終昏々うとうといたして、時々譫語うはごとのやうな事を申して、泣いたり、おこつたり致すのでございますが、……」。頭を捻向ねぢむけて満枝に対せる鴫沢の顔の色は、この時ことさらに解きたりと見えぬ。「はあ、は、さやうですかな」。「先程から伺ひますれば、年来御懇意でゐらつしやるのを人違いだとか申して、大相失礼を致してをるやうでございますが、やつぱり熱の加減で前後が解りませんのでございますから、どうぞお気にお懸け遊ばしませんやうに。この熱もぢきれまするさうでございますから、又改めておいでを願ひたう存じます。今日こんにちは私御名刺をいただいて置きまして、お軽快こころよくなり次第私からくはしくお話を致しますでございます」。「はあ、それはそれは」。「実は、何でございました。昨日もお見舞にお出で下すつたお方に変な事を申掛けまして、何も病気の事で為方しかたもございませんけれど、私弱りきりましたのでございます。今日こんにちは又如何致したのでございますか、昨日とはまるで反対であの通り黙りきつてをりますのですが、却つて無闇むやみなことを申されるよりは始末がよろしいでございます」。

 かくても始末は善しと謂ふかと、をぢ打蹙うちひそむべきをひてへたるやうのゑみもらせば、満枝はその言了いひをはせしを喜べるやうに笑ひぬ。彼は婆を呼びて湯を易へ、更に熱き茶をすすめて、再び客を席に着かしめぬ。「さう云ふ訳では話も解りかねる。では又上る事に致しませう。手前は鴫沢隆三と申して――名刺を差上げて置きまする、これに住所もしるしてあります――貴方は失礼ながらやはり鰐淵わにぶちさんの御親戚ででも?」。「はい、親戚ではございませんが、鰐淵さんとは父が極御懇意に致してをりますので、それに宅がこの近所でございますもので、ちよくちよくお見舞に上つてはお手伝を致してをります」。「はは、さやうで。手前は五年ほど掛違うて間とは会ひませんので、どうか去年あたり嫁をもらうたと聞きましたが、如何いかがいたしましたな」。彼はこの美くしき看病人の素性知らまほしさに、あらぬ問をも設けたるなり。「さやうな事はついに存じませんですが」。「はて、さうとばかり思うてをりましたに」。
 容儀かたち人の娘とは見えず、妻とも見えず、しかも絢粲きらきらしう装飾よそほひかざれる様は色を売るたぐひにやと疑はれざるにはあらねど、言辞ものごし行儀の端々はしはしおのづからさにもあらざる、畢竟ひつきようこれ何者と、鴫沢は容易にその一斑いつぱんをもすいし得ざるなりけり。されども、懇意と謂ふも、手伝と謂ふも、皆ないつはりならんとは想ひぬ。き筋の知辺しるべにはあらで、人の娘にもあらず、又貫一が妻と謂ふにもあらずして、深き訳ある内証者なるべし。しさもあらば、貫一はその身の境遇とともに堕落して性根も腐れ、身持もくづれたるを想ふべし、とかくは好みて昔の縁をつなぐべきものにあらず。かくのやから出入でいりせしむる鴫沢の家は、つひに不慮のわざはひを招くに至らんも知るべからざるを、と彼は心中にはかおそれを生じて、さては彼の恨深くことばれざるをさいはひに、今日こんにち一先ひとまづ立還たちかへりて、ほ一層の探索と一番の熟考とをげて後、きたくは再び来らんもおそからず、と失望のうち別に幾分の得るところあるをひそかに喜べり。「いや、これはどうも図らずお世話様に成りました。いづれ又近日改めてお目に掛りまするで、失礼ながらお名前を伺つて置きたうござりまするが」。「はい、は」と紫根塩瀬しこんしほぜの手提のうちより小形の名刺を取出だして、「はなはだ失礼でございますが」。「はい、これは。赤樫満枝あかがしみつえさまと有仰おつしやいますか」。

 この女の素性にける彼の疑はますます暗くなりぬ。夫有つまもてる身の我は顔に名刺を用意せるも似気無にげなし、まして裏面うらに横文字を入れたるは、猶可慎なほつつましからず。応対のしとやかにして人馴ひとなれたる、服装みなりなどの当世風に貴族的なる、るひ欧羅巴ヨウロッパ的女子職業に自営せる人などならずや。但しその色美いろよきが、又さるきはには相応ふさはしからずも覚えて、こはつひに一題のうるはしなぞを彼に与ふるに過ぎざりき。鴫沢の翁は貫一の冷遇ぶあしらひいきどほるをも忘れて、このなぞの為に苦められつつ病院を辞し去れり。客を送り出でて満枝の内に入来いりきたれば、ベッドの上に貫一の居丈高ゐたけだかに起直りて、痩尽やせすがれたるこぶしを握りつつ、咄々とつとつ、言はで忍びし無念に堪へずして、疾視しつしひとみこらすに会へり。




(私論.私見)