般若心経関連考

 更新日/2022(平成31.5.1栄和改元/栄和4)年.6.11日

 (れんだいこのショートメッセージ)
 ここで般若心経関連事項を考察する。れんだいこの判ずるところ、仏教教説に於ける般若心経の地位は、いわばこの世をどう見るのかと云う「WHAT、WHY」的な問いかけの理論編であり、「HOW」的な実践編は叉別の経文に拠る。まず、このことを認識しておきたい。

 2008.5.29日 れんだいこ拝


【総合解説】
 般若心経(はんにゃしんぎょう、サンスクリット:でPrajñā-pāramitā-hṛdaya प्रज्ञापारमिताहृदयसूत्र)は、原典は梵語(サンスクリット)で書かれており、それが漢字で音訳転写されたものが般若心経で、正しくは「般若波羅蜜多心経」と云う。般若心経原典の現存する漢訳は8種類あるとされている。インドのサンスクリット語の原典にはタイトルはなく、中国で、結びの言葉に「経」を付加してタイトルにしている。般若波羅蜜多(プラジュニャーパーラミター)」は「智慧の完成」、「完全なる智慧」という意味で、サンスクリット語の「プラジュニャー(パンニャー)パーラミター」を「般若波羅蜜多」と音訳している。

 「インド仏教の大乗仏教系譜の空・般若思想を説いた経典の1つである」とされている。大乗仏教では修めるべき六つの修行、徳目を「六波羅蜜多」と云うが、その中の最後の最も重要なものが「般若波羅蜜多」である。般若心経は、600巻に及ぶ「大般若波羅蜜多経」のエッセンスを僅か300字足らず266文字の本文に凝縮して大乗仏教の心髄を説かれているところに特徴がある。大変密度の濃い功徳のあるお経となっている。般若経典群のテーマを「空」の一字に集約して、その重要性を説いて悟りの成就を讃える体裁をとっている。呪術的な側面もある。

 日本仏教は、一部の宗派を除き僧侶・在家を問わず読誦経典の1つとして永く依用している。宗派によって呼び方は様々あり、この他に仏説摩訶般若波羅蜜多心経、摩訶般若波羅蜜多心経、般若波羅蜜多心経、略称として単に心経とも云う。

 但し、日本仏教がこれを受容した際、元々の梵語を踏まえず音訳漢字の音響を重視した為に、正確な意味が不明のまま読経されることになった。為に、文節をどこで切るのかがはっきりしないまま愛唱され今日に至っている。そういう事情であるから、れんだいこ訳では、意味に応じて9文節の区切りを創った。今後は、れんだいこ訳的仕切りを基準に読経すべきではなかろうか。

【漢訳経緯考】

 西暦2~3世紀、インドの龍樹が般若経典の注釈書である「大智度論」を著したとされ、般若心経もこの頃に成立したものと推定する説がある。しかしながら、龍樹直筆本は存在せず、現存する最古のサンスクリット(梵字)本は法隆寺所蔵の8世紀後半(伝承では609年請来)の写本とされる貝葉本であり、漢訳経典より時代を下る。現在チベットやネパール等に伝わる写本も、それ以降の時代のものであり原形については不明である。

 般若心経の中国訳の完成時期も定かでは無い。「摩訶般若波羅蜜神咒一巻」及び「般若波羅蜜神咒一巻 異本」は、後世の文献では前者は3世紀頃の中央アジア出身の支謙、後者は鳩摩羅什の訳とされているが、「綜理衆経目録」には訳者不明(失訳)とされており、この二人に帰することは信憑性にとぼしい。

 前者は現存せず、後者は大蔵経収録の羅什訳「『摩訶般若波羅蜜大明咒經」とされるが、羅什の訳経開始が402年であるため、釈道安の没年385年には未訳出である。またそのテキストの主要部は宋・元・明大蔵経版の鳩摩羅什訳「摩訶般若波羅蜜経」のテキストと一致するが、宋版大蔵経の刊行は12世紀後半であるため、このテキストが羅什訳であるということも疑われている。

 649年、インドより帰還した玄奘(西遊記の三蔵法師のモデル)の般若心経訳が流布されている。玄奘は西暦628年に唐の都の長安を出発してインドに入り、中インドのナーランダー寺院で戒賢(かいけん)らについて学んだとされる。また、インド各地を訪ねて膨大な梵字仏教経典を集め、645年に帰国した。そして没するまでの18年ほどの間に般若心経の漢語訳に勤めたとされる。

  しかし、文献学的にはテキストの主要部分が高麗大蔵経版(13世紀前半)の鳩摩羅什訳「摩訶般若波羅蜜経」からの抽出文そのものであり、玄奘が翻訳した「大般若波羅蜜多経」の該当部分とは異なるため、これも羅什訳と同様に真正に玄奘訳であるかどうか疑われている。

 玄奘が訳した般若心経は「小本」と呼ばれる版であるが、これよりやや長い完全版の「大本」という版もある。 「小本」には観自在菩薩の説法だけが抜き出されているが、「大本」には経典の物語の基本設定に当たる部分が書かれている。


【般若心経が日本仏教に占める地位考】

 日本仏教では、特に法相宗、天台宗、真言宗、禅宗が般若心経を使用し、それぞれが宗派独特の解釈を行っている。これを確認する。

宗派 開祖  般若心経の位置づけ
法相宗
天台宗 最澄  「根本法華」として重視している。開祖の最澄作とされる般若心経の注釈がある。
真言宗 空海  開祖・空海が般若心経を重視したため日々の読誦、観誦の対象としている空海の持ち帰ったサンスクリット原典に従い、「仏説」を付ける。真言宗で最も教学研究が進んでおり、特に戦後の日本における高神覚昇、宮坂宥洪などの著作が知られている。高神の「般若心経講義」は戦前、NHKラジオ放送で行われたものであり、当時好評を博した。現代日本語で書かれた解釈書としては非常に評価の高いものであり、異なる宗派の僧侶や仏教学者からも評価されている。
浄土宗 法然  食事等の際に唱える。
時宗  神社参拝及び本山での朝の勤行の後に熊野大社の御霊を祀る神棚に向かい三唱することが必須となっている
臨済宗 栄西  禅宗。日用経典の1つとしている。また、一休盤珪、白隠が解釈を行っている。
曹洞宗 道元  禅宗。日用経典の1つとしている。開祖の道元が解釈しているほか、天桂の「観自在菩薩とは汝自身である」という解釈が有名である。
その他  良寛、種田山頭火など般若心経の実践に取り組んだ僧も多い。良寛は般若心経の大量の写経を残しており、種田は般若心経を俳句に読み込んでいる。
修験道  修験者が「行」を行う際に唱える。
神道  神道でも唱えるところがあり、神社(神前)で読誦の際は、冒頭の「仏説」を読まずに、「摩訶」から読む。

 但し、浄土真宗は「浄土三部経」を、日蓮宗法華宗は「妙法蓮華経(法華経)」を根本経典としているため、般若心経の位置づけが弱い。







(私論.私見)