マルクス主義の歴史論、「足で立つ学問論」、「理論と実践の弁証法的関係論」考

 (最新見直し2006.10.28日)

 (れんだいこのショートメッセージ)


【14、マルクス主義の歴史性】
 マルクス主義的哲学観は、完成されたものではない。当然の時代の制約を受けており、まだまだ吟味されあるいは創造的に発展されねばならないものである。
 広松渉氏は、著書「マルクス主義の地平」において、「これら二、三の問題を問い直してみるまでもなく、マルクス主義の創始者達は、いわば『覚書』の形でしか論点を措定し得ていない。マルクス・エンゲルスの立言を教条化し、拳々服庸を専らとする一部の風潮に抗して、我々は敢えてこう云わねばならない」と云う。更に「哲学的世界観の次元(この意味での思想史的な次元)では、マルクス主義と『空想的社会主義』との間に次元の差がなくなることである。すなわち、マルクス主義は、社会思想の点では格段に偉大であるにしても、哲学的世界観の次元では近世ブルジョアイデオロギーの地平―即ち人間主義と科学主義のwechselspielの地平―を越えておらず、『今日における乗り越え不可能な哲学』ではない、と判定さるべきことになってしまう」とも云い為している。

 氏の著書一般に云える事だが、わざわざ表現が難しいので学ぶに至難では有るが、要するに、一見精緻に形成されているマルクス主義哲学では有るが、まだまだ吟味を要することが多いのも事実である、というようなことが云いたいのだろうと思われる。それは、マルクス・エンゲルスの望むところの学的姿勢ではなかろうか。問題は、マルクス主義が切り開いたこの地平からどのように学的発展させるのかにあり、その道は変質でも無く後退でも無いまさに止揚されるべき学的遺産であるということではなかろうか。

【15、「足で立つ学問」考】
 マルクス主義の始発は「足で立とうとする学問」に特質がある。それは、世上の学問に対する痛打となっている。しかし、この理論で足腰を鍛えた訳ではない。それはこれからだ。
 「足で立つ学問」の意味とは、それまでの学問が「人があたかも頭で立っているかのような倒錯理論系に拠っている」との認識を前提にしている。マルクス主義においては専ら、ヘーゲルの哲学に対して被せられてきたが、従前の理解は正しくなかろう。ヘーゲルもまたそのように認識したが故に、学的体系の中に弁証法を持ち込み呻吟しつつ事象の精確な分析を志向した。マルクスのヘーゲル批判はその功績を認めつつ、そのヘーゲルが超えられなかった観念論的枠組みとしての学的体系をダメ押し的に破壊したことにある、のではなかろうか。マルクスはこの時、新しい自前の学問的手法を確立していた故に破壊を為す事ができた。この観点がヘーゲル学問に対しても、マルクス主義に対しても我々が理解すべき態度となるべきでは無かろうか。

 してみれば、マルクス主義の精髄とは、「足で立つ学問」の全分野における構築にこそあると云うべきではなかろうか。実践と掛け合いで意味を持つにしても、学的探求は非実践的と云い為されるよりはそれ自身実践でもあるとして認識すべきなのではなかろうか。なぜこの観点が肝要なのか。マルクス主義を誹謗する近頃の学問が再び、「人が頭で立っている」かのような現実離れしたところで蠢(うごめ)いているような気がするからである。主として文系に対していいたいが、いくら接ぎ木していっても小難しくなるだけで、大衆を学問から遠ざけるばかりで、それでいて専門家が何人寄せ集まっても小田原評定しか為しえない。それは人類が獲得した観点からの後退現象の為せる技であろう。

 もうひとつ。とはいえマルクス主義理論の功績は従来の学問の虚構を撃ち、「人が足で立っていることを踏まえての学問の再構築」という観点の打ったてに意義があり、だがしかしこの観点により実際に足腰を鍛えるところまでは行っていない。それはその後の学徒に課せられた課題ではなかろうか。しかるにこれが首尾よく出来ているとは思わない。俗流マルクス主義派が、かく意義を持つマルクス主義を再び「人が頭で立っているかのような学問」にしてしまった観がある。この辺りに対する厳しい認識から再出発せねばならないのではなかろうか。

 2002.11.4日 れんだいこ拝

【16、「理論と実践の弁証法的関係その1、表論」考】
 マルクス主義に於いては、理論と実践は相乗的に関わっている。理論が実践を鍛え、実践が理論を磨くという関係にある。これを仮に「理論と実践の弁証法的関係その1、表論」と命名する。これに関連して、部落解放運動の指導者・朝田善之助氏は、「差別と闘いつづけて」の中で次のように述べている。生涯を部落解放運動の只中に身を置き闘い抜いた経歴故に、自ずから含蓄がある。
 「一般的に云って、社会運動と云うものは、理論が無くてはやはり生活を掴(つか)むことができないし、運動を正確に盛り上げて行く事はなおさら出来ない。経験と理論が一致しないと、正しい運動を発展させることはできない」。
 「一般的に云って、大衆団体の指導者は自己の社会的立場と責任を自覚する時、はじめて理論と実践が要求され統一されるのである。しかし、本を読むだけではそれを理解したと主観的に考えていても、それは単なる物知りになっているに過ぎない。理論は実践に裏打ちされて初めて完成され、自己のものとなる。要は、自己の責任だけが自己を育て、自己を発展させ、一人前の指導者になることが出来るのである。責任が伴わないと、社会運動に入っても少しも発展しない。『その他大勢』でついて行ったのではダメだ。やはり能動的に自己の責任を先行させなければならない」。

 「理論と実践」の相関関係の解明は重要である。これは何もマルクス主義に関してだけでなく、世情一般に共通するものである。これを理論から見れば次のように云える。理論が幾ら立派でも宝の持ち腐れにならないようにしなければならない。つまり、実践有っての立派な理論であるということを弁えればよい。これを実践から見れば次のように云える。日共系の者は、理論が革命的でないビラをいくら革命的に個別配布しても何の役にも立たないということを弁えればよい。新左翼系の者は、理論が革命的でない街頭デモをいくら革命的に貫徹してもさほど役に立たないということを弁えればよい。要するに、理論と実践は、相乗馬乗り関係にあると思えば良い。

 次に、その担い手問題を考えねばならない。「私考える人、あなた行う人」と云う風に理論と実践はその担い手を分離すべきであろうか。これは指導者論に関係してくるのでそちらで考察することにする。

 2006.10.28日 れんだいこ拝

【17、「理論と実践の弁証法的関係その2、裏論」考】
 理論と実践の相関関係は、上述の表論考察だけでは済まされない。もう一つの裏関係を見て取らねばならない。どういうことかというと、実際には「云う事とやる事の落差」をみてとらねばならない、ということである。日本左派運動の場合、特にこの考察が肝心であるように思われる。

 「云う事とやる事の落差」とは、「云う事とやる事が表見的に一致」していても、その実、裏で「云う事を抑止するようなことをしている」場合が多いと云うことである。つまり、左派的言辞で左派としての位置を得ていたり指導者として登場していても、実際には敵方から送り込まれた間者である場合があるということである。更に云えば、間者でなくても同様の逆対応している場合が有ると云うことである。これは逆にも云えて、右派的言辞で右派としての位置を得ていたり指導者として登場していても、実際には左派とシンパシーしている場合があるということでもある。

 例えば、れんだいこの分析するところ、野坂、宮顕、不破は日本共産党の最高指導者として君臨してきたが、日本共産党の解体を請け負う撲滅人であった可能性が強い。これとは逆に、田中角栄、大平正芳は、政府自民党の最高指導者として首相を務めてきたが、日本左派運動を裏から愛育していた可能性が強い。こういうことが起こるということを、理論と実践の関係考の中で踏まえておきたい。

 もう一つの考察もしておかねばならない。いわゆる腹に一物持つ面従腹背的対応の事例もある。これは差は世界に於けるそれもあるし、右派世界に於けるそれもある。つまり、事はそう単純ではないと云うことになる。「理論と実践の弁証法的関係」は、これらを多義多面的に考察せねばならない。これに堪え得る考察こそが生きた学問であると云える。これを思えば、従来の「理論と実践の弁証法的関係考」は薄っぺら過ぎる。 

 2009.2.6日 れんだいこ拝




(私論.私見)