【法曹関係見解】



日弁連総第73号

 2003年1月20日 法務大臣・森山眞弓殿    日本弁護士連合会・会長・本林徹

 国連「越境組織犯罪条約」締結にともなう国内法整備に関する意見について

 標記条約と法務省要綱に関する当連合会の意見を別紙のとおりとりまとめましたので、提出いたします。

 国連「越境組織犯罪防止条約」締結にともなう国内法整備に関する意見書

 意見の趣旨

1 共謀罪の新設について
1)当連合会は、要綱案に示された共謀罪の新設に反対である。
2)条約第5条については留保又は「対象犯罪を組織犯罪集団の関与する、越境的な性質を有する犯罪に限定する。」との解釈宣言を行うべきである。
3)仮に国内法化をするとしても、対象犯罪を組織犯罪集団の関与する、越境的な性質を有する犯罪に限定すべきである。

2 証人買収等罪の新設について                                  
1)当連合会は、要綱案に示された証人買収等罪の新設に反対である。
2)条約第23条については留保又は「対象犯罪を組織犯罪集団の関与する、越境的な性質を有する犯罪に限定する。」及び「被疑者・被告人の防御活動に支障を及ぼすことのないよう留意する。」との解釈宣言を行うべきである。
3)仮に国内法化をするとしても、対象犯罪を組織犯罪集団の関与する、越境的な性質を有する犯罪に限定すべきである。

3 犯罪収益収受等の前提犯罪の適用範囲の拡大について                         
1)当連合会は、要綱案に示された犯罪収益収受等の前提犯罪の拡大はあまりに広範にすぎ、反対である。
2)条約第6条については留保又は「対象犯罪を組織犯罪集団の関与する、越境的な性質を有する犯罪に限定する。」との解釈宣言を行うべきである。
3)仮に国内法化をするとしても、対象犯罪を組織犯罪集団の関与する、越境的な性質を有する犯罪に限定すべきである。

 意見の理由

 はじめに
 今や、マフィア、暴力団などの麻薬・銃などの密輸などに代表される国境を越える組織犯罪対策はテロ対策と並ぶ、刑事司法分野における大きな国際的要請である。これらの組織犯罪の捜査・検挙のため、1999年8月、わが国においても組織犯罪・犯罪収益対策法が制定されている。この法案に対して、当連合会は、1998年2月3日付で意見書を公表している。当連合会はもちろんこれらの国境を越える組織犯罪に対する効果的対策を進めることに賛同するものである。

 しかし、これらの組織犯罪対策・テロ対策に急なあまり、国際的に確立された国際人権保障の原則や、刑法の人権保障機能を危うくするようなことがあっては本末転倒である。

 組織犯罪対策も、このような人権保障の原則と両立してこそ、真の市民の理解と協力が得られるものと信ずる。当連合会としては、このような立場に立ち、本条約と法務省の提案された要綱等を検討し、以下のとおり、意見を述べるものである。

第1 条約制定と国内法整備の背景
「越境組織犯罪防止条約」は、国連総会のもとに置かれた「越境組織犯罪防止条約起草のためのアド・ホック委員会」において、1999年1月から起草作業が継続されてきた。委員会は11回の審議の後に条約案をまとめ、2000年12月に国連総会で採択され、日本政府はパレルモで開催された署名式で、これに署名した。
この条約は40番目の国の批准によって発効する(条約第38条)。条約の署名国数は142に達しているが、締約国は2002年12月19日現在26か国であり、条約は発効していない。G8諸国ではカナダだけが批准しており、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、ロシアなどの諸国も批准していない。
法務大臣は、2002年9月、本条約の国内法化のための「共謀罪」(共謀だけで実行の着手がなくても可罰的とする)、「証人等買収罪」、「両新設罪の犯罪収益規制法の前提犯罪化」、「贈賄罪の国外犯処罰」などの規定の制定を法制審議会に諮問し、次期通常国会に法案を提出予定である。

第2 「共謀罪」(条約第5条関連)の新設について
1 要綱に定める共謀罪は、長期4年以上の刑を定める犯罪について、団体の活動として、当該行為を実行するための組織により行われるものの遂行を共謀した者を懲役3年以下の刑に処すものとし、死刑又は無期若しくは短期1年以上の刑を定める犯罪について、同様に共謀した者を懲役5年以下の刑とする、との加重規定も置いている。
我が国においては、判例理論によって共謀共同正犯理論がとられ、共謀者の一部が犯罪を実行に着手した場合、他の共謀者も罪を負うこととなっている。しかし、今回の要綱は犯罪の実行着手前の共謀それ自体を処罰の対象としている。いわば、刑法典を全面的に改定して、未遂犯の処罰から、長期4年以上の刑を定めるすべての重大犯罪について、共謀罪を新設したものとなっているのである。しかも、要綱は、条約が要請している「組織犯罪集団が関与したもの」という限定を取り外し、また、条約がその精神において求めている犯罪の「越境性」も必要でないものとしており、共謀罪の適用範囲を、国内の一般犯罪であり、組織犯罪集団が関与しないものにまで拡大して、「一般的共謀罪」の新設を提案しているものと評価できる。

2 条約の適用範囲
(1)条約第3条には、条約の適用範囲として、「性質上越境的なものであり、かつ、組織的な犯罪集団が関与するもの」と明記されている。
「性質上越境的なもの」とは、「二以上の国において行われる場合と一の国において行われるものであるが、その準備、計画、指示又は統制の実質的な部分が他の国において行われる場合、二以上の国において犯罪活動を行う組織的な犯罪集団が関与する場合、一の国において行われるものであるが、他の国に実質的な影響を及ぼす場合」を意味するとされている(条約第3条2項)。
「組織的な犯罪集団」とは、「三人以上の者から成る組織された集団であって、直接又は間接に金銭的利益その他の物質的利益を得るため、一定の期間継続して存在し、かつ、一又は二以上の重大な犯罪又はこの条約に従って定められる犯罪を行うことを目的として協力して行動するものをいう。」を意味するとされている(条約第1条(a))。
(2)しかし、今回の「共謀罪」の新設にあたっては、上記の「性質上越境的なもの」との要件は、全く前提とされておらず、すべての純粋な国内犯罪に適用が可能な一般的規定として提案されている。
また、今回の国内法整備は、「組織的な犯罪集団が関与する犯罪」を超えて犯罪化されてもいる。要綱に定める共謀罪の構成要件は、「団体の活動として、当該行為を実行するための組織により行われるものの遂行を共謀したもの」とされている。しかし、条約上に規定されている「金銭的、物質的な利益を得る目的」「重大犯罪や条約に規定された犯罪を行うことを目的として、協力して行動する」ものであるという限定が要綱案には全く見られない。
要綱上要件とされているのは、犯罪を実行するものの「団体性」と「組織性」だけである。この団体が犯罪目的のものであることも「当該行為を実行するための組織により」という表現では、一時的に犯罪目的を帯びた通常の団体が含まれる可能性があり、明確となっているとはいえない。さらに、「金銭的、物質的な利益を得る目的」の点も政治・宗教目的の行為などを規制対象から除外する上で重要であるが、要綱では完全に無視されている。これでは、適用範囲は団体性のある共犯事件のすべてに拡大してしまう危険性がある。
(3)条約第34条について
a) 法務省見解
条約第34条2項は、「第5条、第6条、第8条及び第23条の規定に基づいて定められる犯罪については、各締約国の国内法において、第3条1に定める越境的な性質又は組織的な犯罪集団の関与とは関係なく定める。ただし、第5条の規定により組織的犯罪集団の関与が要求される場合はこの限りでない。」と規定している。
従って、条約第34条2項を援用して、条約第5条の国内法化の段階では、「越境的」という性質は必要がないという見解がありうる。事実、法務省は、34条によると各国の国内法化にあたっては、共謀罪(5条)については越境性、マネーロンダリング(6条)と司法妨害(23条)については、越境性と組織犯罪の関与の点と無関係に立法しなければならないのだ、条約を批准する以上他の選択肢はないという解釈意見を述べている。このような見解が妥当なものかどうかを以下に検討する。
b) 34条2項の立案経過
この条項は、条約審議の際の最大の難関であった、条約の適用範囲に関する議論の中で提案されたものである。
34条はもともと23条ter(23条の3)として審議されていた。9回までの審議に提案されていた、1項は現在の1項と同様、「各国の国内法制度の基本原則と従って」対策をとるというもの、2項は最終的な3項と同様、条約よりもいっそう厳格又は厳重な措置をとることができる。」というもので、現在の2項に相当する規定はなかった。
10回セッションの際に提案されていた条約案においても、条約本文は変わらず、ただその注120,121において、この条文について9回セッション中のインフォーマルミーティングで修正がなされたと書かれているが、その具体的な内容は明らかにされていない。注121には、わずかに次のように書かれている。
 「第9回アド・ホック委員会会期中のインフォーマルミーティングでは、連邦国家の懸念を調整するため、この条項にに関する討議を再開する必要があるということを示している。」しかし、これ以上の内容は不明である。
そして、10回で確定された条約34条3項の条項自体は「第5条、第6条、第8条及び第23条の規定に基づいて定められる犯罪については、各締約国の国内法において、第3条1に定める越境的な性質又は組織的な犯罪集団の関与とは関係なく定める。ただし、第5条の規定により組織的犯罪集団の関与が要求される場合はこの限りでない。」と規定している。
c) 警察学論集の見解
この点について重要な資料は警察学論集53巻9号に掲載された今井勝典「国連国際組織犯罪条約の実質採択」である。この57−58ページに、「国際性」「組織性」の位置づけの問題として説明されている。
「(2)「国際性」、「組織性」の位置づけの問題
審議に当たって、最も各国で困難な調整を強いられることになったのが、条約の適用対象とする犯罪に関して、「国際性」や「組織性」をどのような形で求めるかの問題であったと思われる。
各国の立場を単純化すると二つの極があり、一方は、この条約の対処する犯罪が「国際組織犯罪」であることを根拠にして、各種処罰規定の整備、逃亡犯罪人引渡し、法律上の相互援助、コントロールド・デリバリー等の捜査協力、技術援助等様々な手段の適用は、すべからく「国際性」と「組織性」とを明確に兼ね備えたものに限定すべきとの考え方であり、G77諸国の支持を集めた。
そしてもう一方は、条約の実際の適用場面を考えると、そうした厳格な限定的アプローチは望ましくなく、何らかの限定が必要になる場合であっても・もっと緩やかなものにしておくべきであるとするもの(柔軟かつ広範アプローチ(nexibleandbroadapproach))であった。
双方の立場の対立は、第三読終了時になっても埋まることはなく、幾度とない審議の末、第10回会合になって、ようやく現在の形の成案を得たものである。
基本的な枠組みとしては、「国際性」、「組織性」を掲げつつも・各種犯罪化・犯罪人引渡し、法律上の相互援助といった実務的に重要な分野で「柔軟かつ広範アプローチ」に基づく特則が採用されるという形の決着となった。」
とされている。
また、同論文の注19)において、さらに、その理由の詳細が各種処罰規定に「国際性」、「組織性」を必要とするという見解と、「柔軟かつ広範アプローチ」の考え方が対立していたことを具体的に説明している。
d) 法務省解釈に明らかに反する「公的記録のための解釈的注」
法務省は法制審議会において、条約の解釈として、34条によると各国の国内法化にあたっては、共謀罪(5条)については越境性、マネーロンダリング(6条)と司法妨害(23条)については、越境性と組織犯罪の関与の点と無関係に立法しなければならないのだ、条約を批准する以上他の選択肢はないという意見を述べている。しかし、この点は、以上のような条約の立案経過を全く無視するものであり、条約の解釈としても誤っている。
そもそも条約は越境性のある組織犯罪を防止するための条約であり、越境性については3条に、組織犯罪集団に関しては2条に定義がある。条約の審議を通じてこの定義は大きな問題となった。条約の適用範囲を画するはずの越境性と組織犯罪の関与と無関係に共謀罪(組織犯罪の関与は除く)やマネーロンダリング、司法妨害の規定をする義務がある等と言うことはあり得ない解釈である。
このことは、条約の「公的記録のための解釈的注(travaux prepatoires)」の第34条2項の解釈をみても裏付けられる。この条項は「条約の適用範囲を変更したものではなく、越境性と組織犯罪の関与が国内法化の本質的な要素ではないことを明確化したものである」とし、この条項は、各国は国内法化の際に越境性と組織犯罪の関与とを要素とする必要はないことを示しているとされている。したがって、国内法化をする際に、第6条、第8条、第23条については「越境性」と「組織犯罪の関与」を、条約第5条については「越境性」の要素を、国内法に含む「必要はない」ことを示しているだけなのである。この条項は、1項では、国内法の原則に照らして国内法化をすればよいことを定めているのであり、第34条の精神からすれば、国内法化に当たって、慎重な姿勢をとり、越境性と組織犯罪への関与を規定することには何の条約上の問題もないし、むしろ望ましいものであり、さらには国内法の諸原則への違背を理由に留保を行う根拠ともなりうる規定なのである。条約34条を根拠として、これ以外の国内法化のオプションがないかのようにいう法務省の説明は明らかに勝埼約の正確な解釈に違背する。

3 条約審議における日本政府の対応
なお、条約審議の冒頭に日本政府が提出したペーパーには、共謀罪の新設は日本の法制度の基本原則から見て不可能と日本政府が考えていたことが下記のとおり明確に記されていたことにも留意すべきである。

「5.(前略)このように、すべての重大犯罪の共謀と準備の行為を犯罪化することは我々の法原則と両立しない。さらに、我々の法制度は具体的な犯罪への関与と無関係に、一定の犯罪集団への参加そのものを犯罪化する如何なる規定も持っていない。」
  
このような立場に立って、日本政府は「重大犯罪」を「組織的な犯罪集団に関する重大犯罪」とすること、「その者の参加が犯罪の成就に貢献するであろうことを知って、重大犯罪を犯すことを目的とした組織的犯罪集団に参加すること」の犯罪化を提案していたのである。
  
4 また、多くの国々では共謀罪が存在していても、犯罪の合意だけで犯罪成立としている例は少なく、何らかの「顕示行為」が必要としている例が多い。合意成立後の打ち合わせや、電話での連絡、犯行手段や逃走手段の準備などの行為が必要とされているのである。アメリカ模範刑法典(5.03条5項)も、「合意の目的を達するための顕示行為が自己または他の合意者によって行われたことの立法と立証」が必要としている。
条約自体の5条1項(a)(i)も「国内法により、必要とされるときは、そのような合意であって、その参加者の一人による当該合意を促進する行為を伴いまたは組織的な犯罪集団が関与するもの」という要件を付け加えることを認めている。
この条約を批准したラトビア政府は、批准にあたって、この条項にしたがって「国内法は条約5条1(a)(i)に定められた犯罪に関する目的の合意については助長(furtherance)が必要である。」との解釈宣言を行っている。
当連合会は、共謀罪の制定そのものに反対であるが、少なくとも、何らの顕示・助長の行為もなく、合意の成立だけで犯罪の成立を認める要綱の立場は、あまりにも犯罪構成要件が広汎かつ不明確であって、刑法の人権保障機能を破壊しかねない。

5 結論
以上の次第であり、当連合会は、条約の批准にあたり、条約第5条は留保又は「対象犯罪を組織犯罪集団の関与する、越境的な性質を有する犯罪に限定する。また、合意については顕示・助長の行為が必要である。」との解釈宣言を行うべきであると考える。また、国内法化に際しては、この規定の適用範囲を、条約に規定された「金銭・物質的利益を目的とし」、「重大犯罪、条約犯罪の実行を目的とした」「組織的犯罪集団による越境的な性質を有する」行為に限定し、また、合意については顕示・助長の行為が必要であることとすべきであると考える。

第3 証人等買収罪(条約第23条関連)の新設について
1 要綱は、「長期4年以上の刑の定められた犯罪に関して、自己又は他人の刑事事件に関し、証言をしないこと、若しくは虚偽の証言をすること、若しくは偽造若しくは変造すること、若しくは偽造若しくは変造の証拠を使用することの報酬として、金銭その他の利益を供与し、又はその申し込み若しくは約束をした者」を懲役1年以下の刑に処するとしている。また、前記の罪が「団体の活動として、当該行為を実行するための組織により行われた場合」「団体に不正権益を得させ、若しくは団体の不正権益を維持し、若しくは拡大する目的で行われた場合」の法定刑は懲役3年に加重されている。

2 危惧される刑事弁護に対する萎縮効果と当事者主義に反する条約規定
刑事事件について証人を威迫したり、故意に虚偽の証言をさせることは、証人威迫の罪や、偽証罪・罪証隠滅罪の教唆犯などとして取締りが可能である。これに加えて刑事事件に関して、証人等を買収すること自体を犯罪化することはその必要性が明確でなく、その適用の仕方によっては刑事弁護の実務に萎縮効果をもたらすことが必至である。
刑事事件において、被告人が無罪を主張し、検察官の提出する調書の内容を争って、証人が申請された場合、開示された調書の真実性を証人本人に面談して厳しくその証言をチェックすることは、弁護人としての責務である。そして、このような打ち合わせが、証人の自宅を避けて喫茶店や飲食店で行われた場合、証言のチェックのため時間をとってもらった証人のために、交通費や日当、飲食の費用を弁護士が支払うのは、むしろ社会的な常識の範囲であると考えられてきた。しかし、このような処罰規定が新設されれば、このような弁護活動のやり方そのものを犯罪視するような傾向が捜査機関内に出てくることは避けられないであろう。
翻って考えれば、捜査機関と被告人・弁護人・被告人の支援者が対等の当事者の立場で活動する中で真実を見い出すという刑事訴訟の当事者主義の原則に照らせば、訴訟の一方当事者である検察官が、自らの意に添わない弁護側の証人への働きかけを「虚偽」の証言を得るための証人等の買収と評価してこれに刑事罰を加えると言うことは明らかに行き過ぎである。

3 条約の適用範囲
条約第23条も、条約第3条(適用範囲)に規定された「性質上越境的なもの」及び「組織的な犯罪集団が関与するもの」との規制を受けており、条約第23条の立法化に際しても、「越境的な性質」及び「組織的な犯罪集団が関与するもの」という要件を規定すべきである。
「要綱第二,一項に列記された犯罪は、条約第3条1項に列記された犯罪に対応するものであるが、要綱第二、一項には、「組織的な犯罪集団が関与するもの」との限定も「性質上越境的」という限定もなく、証人買収と証拠隠滅の対価の支払い等の一般犯罪を規定したものとなっており、その法定刑は懲役1年以下とされている。
要綱第二、二項では、「団体の活動として、当該行為を実行するための組織により行われた場合」「団体に不正権益を得させ、若しくは団体の不正権益を維持し、若しくは拡大する目的で行われた場合」の法定刑が懲役3年に加重されている。しかし、「団体の活動として、当該行為を実行するための組織により行われた場合」が条約の定める「組織的犯罪集団の行為」に適合しているかどうかは大いに疑問があり、少なくとも要綱の一項は、条約の要請とは全く無関係な立法である。

4 条約第34条について
条約34条に基づいてこのような広範な犯罪化を正当化することができないことは、第2,2,(3)に記載したとおりである。

5 結論
現行刑法の証拠隠滅の罪の範囲で、なぜ法規制が不足なのかを法務当局は具体事例に則して説明すべきである。それができていない以上、当連合会としては、条約批准にあたり、条約第23条に関しても留保又は「対象犯罪を組織犯罪集団の関与する、越境的な性質を有する犯罪に限定する。」及び「被疑者・被告人の防御活動に支障を及ぼすことのないよう留意する。」との解釈宣言を行うべきであると考える。
また、国内法化に際しては、この規定の適用範囲を、条約に規定された「組織犯罪集団による越境的性質を有する」行為に限定するべきであると考える。

第4 要綱のその他の規定に関する意見
1 犯罪収益規制の長期4年の刑を定める全ての犯罪への拡大(条約第6条関連)
(1)要綱は、犯罪収益収受や隠匿の罪の前提犯罪を長期4年以上の刑を定めるあらゆる犯罪に拡大している。また、要綱は、共謀罪と証言等買収の罪なども、前提犯罪に加えている。
(2)組織的犯罪の処罰と犯罪収益の規制に関する法律(1999年)
我が国は、1999年に組織的犯罪の処罰と犯罪収益の規制に関する法律を制定した。この法律についても、当連合会では、通信傍受の罪だけでなく、犯罪収益の規制に関する部分(同法の別表、2条2項、10条、11条等)について反対の意見を表明している。
すなわち、上記法律では、麻薬や銃器など典型的な組織犯罪とされる罪だけでなく、傷害、窃盗、詐欺、横領などの刑法上の主要犯罪だけで50以上、その他にも商標法、著作権法など極めて多数の特別法上の罪が前提犯罪とされ、その範囲が著しく拡大された。犯罪によって得られた利得を全て没収することが目的とされ、犯罪による収益をそれと知って受け取った者を全て犯罪者にしていくのがマネーロンダリング、犯罪収益収受の罪となっている。
「犯罪収益等」という概念も広範なものである。ここには、文字通りの犯罪収益だけでなく、犯罪由来収益すなわち、犯罪収益の対価として得た財産、利息等を含むものである。さらに、これらの混和した財産も含まれることとなっている。どの程度の犯罪収益が入っていれば犯罪収益と見なされる混和財産に当たるのか、その基準も法律には示されていない。「犯罪収益等」がなくならない限り犯罪収益収受等の罪は時効が成立しない。あらゆる、金銭的利益に関連した前提犯罪については、これを移転するたびに新しい犯罪が成立し、時効のない特殊な新しい犯罪類型ができるのである。
(3)条約の適用範囲
条約第6条は従来、世界的に麻薬犯罪や銃器犯罪に限定されていたマネーロンダリング犯罪を「すべての重大犯罪」に拡大している。しかし、条約第6条はあまりに広範で、マネーロンダリングと無縁と思われる犯罪が前提犯罪とされている。
そして、今回の国内法整備は、極めて機械的に、長期4年以上の自由刑を定めているあらゆる犯罪を前提犯罪としている。そこには、条約第3条(適用範囲)の「性質上越境的なもの」及び「組織的な犯罪集団が関与するもの」との要件は、前提犯罪に付加されていない。
(4)条約審議における日本政府の対応
我が国の刑罰法規の法定刑は極めて幅が広い。長期4年の刑期が定められている犯罪が重大犯罪に限定されていないことは、法務省が法制審議会に提出している犯罪リストから明らかである。実際には、このような犯罪の多くは、罰金か短期の自由刑の対象としかされていない。わずか3年前に立法化する際に、犯罪収益に関連性があると考えられる重要な犯罪を網羅して前提犯罪が決定された。これを見直さなければならないような、国内的な必要性や立法事実はない。
日本政府は、このような事情から、条約の審議過程においても、重大犯罪を長期4年の刑期をメルクマールに決めることに強く反対し、同じような反対は多くの国からも寄せられた。
(5)結論
以上の次第であり、当連合会は、条約の批准にあたり、条約第5条は留保又は「対象犯罪を組織犯罪集団の関与する、越境的な性質を有する犯罪に限定する。」との解釈宣言を行うべきであると考える。また、国内法化に際しては、この規定の適用範囲を、条約に規定された「組織的犯罪集団による越境的な性質を有する」行為に限定すべきであると考える。
 
2 国外犯処罰(条約第8条関連)について
(1)法務省の説明によると、これは、国民の贈賄罪について国外犯を処罰するための立法化とのことである。これは、条約第8条2項に対応するものであるが、同項では「必要な立法その他の措置を取ることを考慮する。」となっており、条約上の絶対的な義務ではない。
(2)外国公務員に対する贈賄については、不正競争防止法第11条に規定があるが、これには、「国際的な商取引に関して営業上の不正な利益を得るため」との限定がある。仮に、日本国民の贈賄罪の国外犯処罰を立法化するのであれば、不正競争防止法第11条との調整をする必要がある。
(3)上記(2)に関連して、条約第3条(適用範囲)に規定される「組織的な犯罪集団が関与するもの」との要件がこの国外犯処罰規定にどのように関わってくるかを検討する必要もある。

第6 結論
今後の法制審議会、国会における議論においては、まず、条約の適用範囲を超えた立法がなされていないかどうかを厳密に審査し、また我が国の法原則に照らして容認しがたい条項については、その条項を金科玉条とするのではなく、我が国の刑事司法の原則とさらには国際的に確立した刑事司法の諸原則、ウィーン条約などに照らして慎重な検討を行う必要がある。そして、共謀罪と団体参加罪を定める条約第5条、司法妨害の処罰を義務化する条約第23条、犯罪収益収受等の前提犯罪の適用範囲を拡大する条約第6条の国内法化に当たっては、意見の趣旨記載のとおりの対応をすべきである。

参考資料

<付録1>
 国連 越境組織犯罪防止条約の起草の経緯

1997年12月12日国連総会は1997年4月にパレルモで、フォンダジオネ・ジョバンニ・イ・フランチェスカ・ファルコーネ(1992年にイタリア・マフィアによって暗殺されたファルコーネ予審判事に因んだ財団)によって組織された越境的な組織犯罪防止のための条約起草に関する非公式会合の報告書に注目する(took note)ことを表明した。
専門家による政府間会議が1998年2月にワルシャワで開催され、条約内容とオプションを犯罪防止・刑事司法委員会に提出した。
1998年3月マニラで開催された組織的越犯罪と腐敗についてのアジア地域閣僚級ワークショップは、犯罪防止刑事司法委員会に対して、早期に条約案を採択するように求める「越境犯罪の防止とコントロールに関するマニラ宣言」を採択した。
1998年4月に開催された犯罪防止刑事司法委員会第7回セッションは、ナポリ政治宣言と組織的越境犯罪に反対するグローバル・アクション・プランの実施に関して会期内のワーキンググループを組織した。このセッションの決議に基づいて、「議長の友人」と呼ばれる専門家の非公式グループが結成され、この第1回の会合は1998年7月にローマで開催され、8−9月にブエノスアイレスで開催された第2回の非公式の準備会合において、条約作成のタイムテープルが定められ、2000年末までに条約案を採択することが承認された。第3回の非公式会合は1998年11月にウィーンで開催され、この場で起草特別委員会の第1回会合の議題の整理が行われた。
国連総会は1998年12月9日、犯罪防止刑事司法委員会と社会経済理事会の勧告を受けて、国際的な組織犯罪防止のための包括的な条約を起草するための開放型の政府間特別委員会の設立を決定した。
国連総会のもとに置かれた「越境組織犯罪防止条約起草のためのアド・ホック委員会」において、1999年1月から起草作業が継続されてきた。委員会は11回の審議の後に条約案をまとめ、「越境組織犯罪防止条約」は2000年12月に国連総会で採択され、日本政府はパレルモで開催された署名式で、これに署名した。日弁連は、この起草委員会のほぼすべての会合に代表を派遣し、その起草過程をつぶさにモニターしてきた。

<付録2>
2002年12月19日現在の批准国リスト

批准国は以下の通り。アルバニア、アンティグア・バルバダ、ボスニア・ヘルツェゴビナ、ボツワナ、ブルガリア、ブルキナファソ、エクアドル、フランス、カナダ、ラトビア、リトアニア、マリ、モナコ、モロッコ、ナミビア、ニュージーランド、ニカラグア、ナイジェリア、ペルー、フィリピン、ポーランド、ルーマニア、スペイン、タジキスタン、ベネズエラ、ユーゴスラビア

<付録3>
本条約の概要と付属議定書について 

1 本条約の概要
条約本文はマネーロンダリングの対策が中心の条約であるが、この部分については、「組織的犯罪の処罰と犯罪収益の規制に関する法律」(1999年)で既に国内法が制定済みである。これに組織犯罪集団に係わる組織・共謀の規制の規定と司法妨害の規定が国内法化の義務的条項として規定されており、これが今回の政府案の根拠とされている。
条約本文中には、盗聴を含む新たな捜査方法、泳がせ捜査の典型であるコントロールドデリバリーや刑事免責などの導入の促進、贈収賄など腐敗防止規定なども規定されているが、それらは批准国に受け入れの選択の余地がある任意的条項であり、今回の国内法化の対象からは原則として除外されている(一部例外あり。第4で後述する)。しかし、今後このような点に関しても国内法化のための立法が提案される可能性はあり、当連合会としても、慎重に検討を重ねることが必要である。
2 3つの議定書
なお、本条約には「女性・子どもを中心とした人身売買の防止に関する議定書」「移住労働者の密輸防止に関する議定書」「銃器と部品、構成物、弾薬の製造と輸送に関する議定書」の3つの議定書が付加されている。しかし、今回日本政府が批准を計画しているのは条約本体だけであり、他の議定書は対象とされていない。

<付録4>
本件条約と対比される拷問禁止条約選択議定書の起草の経緯
 
2002年7月24日ニューヨークで開催されていた国連経済社会理事会は拷問等禁止条約の第一選択議定書案を採択した。この選択議定書はコスタリカ政府の1991年の提案に基づいて、1992年に設立された国連人権委員会内の起草委員会で検討が重ねられていたものである。議定書の内容の核となる部分は、この議定書に基づいて設立される拷問等禁止委員会内の拷問等防止小委員会が、締約国内の公私の身柄拘禁施設を訪問し、その施設の状況について改善の勧告などを行うこと、各国の国内にも同様の一つ以上の拘禁施設に対する訪問機能を持った委員会を設置することを義務づけるものである。
しかし、アメリカ政府は経済社会理事会でのこの議定書案の採択に反対し、条約案の継続討議を求めた。アメリカ国内の刑務所の人権状況には国際人権団体は極めて厳しい見方を示している。アメリカの反対はこのような自国の拘禁制度に対する国際的な批判を避けるための内向きの態度という批判を受けた。日本は、他の13ヶ国とともにアメリカ政府の意見に賛同したが、この提案は賛成15対反対29(欠席4)の大差で否決された。議定書本文は賛成35対反対8(欠席5)の大差で可決された。日本政府はオーストラリア、中国、キューバ、エジプト、リビア、ナイジェリア、スーダンとともに議定書本文にも反対した。アメリカは議定書本文の採択には欠席した。人権委員会における採決には反対していた韓国の政府代表は、この議定書の重要性を指摘し、自ら政府としての対応を再検討して採択に賛成することを議場で明らかにしている。
この選択議定書に対して、アメリカ政府は2002年12月の総会での採択の場でも反対したが、日本政府は棄権した。






(私論.私見)