応神天皇には三人の息子がいた。上からオホヤマモリの命、オホサザキの命、ウヂノワキイツラコである。或る時、応神天皇は、オホヤマモリとオホサザキに、「お前たちは年上の子と年下の子ではどちらがかわいいと思う?」と尋ねた。長兄のオホヤマモリは、「年上の子がかわいいと思います」と答えた。オホヤマモリが答える姿を見たオホサザキは、父上はウヂノワキイツラコを後継者にしたいのではないか?と推量し、天皇の意向に逆らわないように「年上の子はすでに大人になっているのでそれほど気がかりもありません。しかし、年下の子はまだ大人になっていないので、こちらのほうがかわいいと思います」と答えた。応神天皇は、「オホサザキよ。そなたが行ったことはわしの思っている通りだ」と褒めた。この発言を踏まえて三人の子の任務を与えた。「オホヤマモリよ、そなたは山と海の部を管理しなさい。オホサザキは私の統治する国の政治を執行して報告しなさい。ウヂノワキイツラコは皇位を継承するように」。こうして、次男オホサザキは応神天皇の意に背くことはなかった。
或る時、応神天皇は日向の国のモロガタの君の娘、カミナガ姫の容貌がみめ麗しいと聞き、側に仕えさせようと呼び寄せようとした。オホサザキは少女を乗せた船が難波津に着いたと聞いて見に行った。少女のあまりの美しさに感動したオホサザキは結婚したくなり、タケウチノスクネのところに相談に行った。タケウチノスクネはオホサザキの願いを聞き入れ、天皇にその旨伝えた。まだ、姫を見ていない天皇は皇子の願いを快く認めた。新嘗祭の当日、天皇はヒメにお酒を受ける柏を持たせ、皇太子にお与えになった。そのとき天皇は歌を歌った。
いざ子ども 野蒜(ひる)摘みに 蒜摘みに わが行く道の 香ぐはし 花橘は 上枝(はつえ)は 鳥居枯らし 下枝(しづえ)は 人取り枯らし 三つ栗は 中つ枝の ほつもり 赤ら嬢子(をとめ)を いざさらば 宜らしな |
(さぁ、皆の者よ、野蒜を摘みに行こう。野蒜を摘みに行く道の、香りのよい花橘は、上の枝は鳥が止まって枯らし、下の枝は人が折り取って枯らし、中ほどの枝に蕾(つぼみ)のまま残っているその蕾のような、赤くつややかな少女を、さぁ、お前の妻にしたらよかろう) |
その後に、天皇はもう一首歌を歌った。
水溜る 依網(よさみの)池の 堰(ゐ)くい打ちが さしける知らに ぬなはくり 延(は)へけく知らに 我が心しぞ いや愚(をこ)にして 今ぞ悔しき |
(依網(よさみ)の池の堰(い)の杭を打つ人が、杭を打っていたのも知らないで、じゅんさいを取る人が手を伸ばしているのも知らないで、私の心はなんと愚かであったことか、今になってみると悔しいことだ) |
こう歌ってカミナガヒメをお与えになった。その少女を賜った皇太子はこう歌った。
道の後(しり) 古波陀(こはだ)嬢子(をとめ)を 雷(かみ)のごと 聞こえしかども 相枕まく |
(遠い国の古波陀の少女よ、雷のようにやかましく噂されていたが、今では手枕をして一緒に寝ていることよ)
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道の後 古波陀嬢子は 争はず 寝しくをしぞも うるはしみ思ふ |
(遠い国の古波陀の少女は、拒むことなく素直に私と寝てくれたことをすばらしいと思う) |
と歌った。
応神天皇が崩御した。父の命で山と海を管理していたオホヤマモリは、末弟のウヂノワキイツラコが皇位を継承するのに内心不満であった。オホヤマモリはひそかに兵を集め、弟を殺害しようと考えた。以前より兄の不満に気付いていた次兄オホサザキは、兄の謀反をいち早く察知した。オホサザキ様の使者から知らされたウヂノワキイツラコは、身代わりを立て備えた。自身は、賤しい身分の姿に変装し、舵をとって船の上に立っていた。そこへ、オホヤマモリがにたどり着き、船に乗ろうとした。ウヂノワキイツラツコは山の上にいるものと思い込んだオホヤマモリは、目の前の船頭がイツラツコだと全く気付かず、話しかけてきた。四方山話しているうちに宇治川の中ほどまで渡ってきた。細工されていた船が一気に傾き、オホヤマモリはあっという間に河に投げ出された。水面に浮かび上がったときに歌った歌は、
ちはやぶる 宇治の渡に 棹執りに 速けむ人し わがもこに来む
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(宇治川の渡し場に、棹を操るのに敏捷な人よ、私の味方に来ておくれ)
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オホヤマモリが死んだ後、オホサザキとワキイラツコは皇位を譲り合った。ところが、ウヂノワキイラツコが早く世を去ったので、オホサザキが第16代の仁徳天皇となって天下を治めることになった。
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