備中神楽スサノウの命譚

 (最新見直し2008.8.13日)

 (れんだいこのショートメッセージ)
  備中神楽の演目次第が「逸見芳春氏の神楽絵巻1」以下bP1までサイトアップされている。早速これを購入してみる事にした。購入先は、「備北民報社の出版物のページ」の「神楽絵巻改訂版」。その後、神崎宣武氏編の「備中神楽の研究」(美星町教育委員会、1984.3.12日初版)を手に入れ、これらを参照に推敲した。

 2008.8.1日、2008.8.13日再編集 れんだいこ拝


【「スサノウ譚」のあらすじ】
 長編「スサノウ譚」(西林神能その3)は別名、「八岐大蛇譚」(「大蛇退治譚」)、「八重垣の能」とも云われる。そのあらすじは、素戔嗚(スサノウ)の命奇稲田姫(くしいなだひめ)を救うため、八保(やまた)の大蛇を退治する神話である。須佐之男命の舞、両翁媼嘆きの舞、翁と素戔鳴命の語り、奇稲田姫、松尾明神、酒造り、大蛇の酒呑み、大蛇退治、祝い込みと続いて完結する。

 高天原(たかまがはら)を追放された素戔鳴(すさのう)の命は、根の国と云われる出雲の国に舞い降りる。簸川(ひのかわ)の上流で足名槌(あしなづち)、手名槌(てなづち)の嘆きに出合い、八岐太蛇(やまたのおろち)に多くの娘を奪われ、最後に残った末娘の奇稲田姫(くしなだひめ)がまもなく同じ運命に遭おうとしている云々の仔細を聞く。スサノウの命は、奇稲田姫を妻に所望し、両翁媼(りょうとんば)はスサノウの素性を聞き了承する。スサノウの命は松尾明神(まつおみょうじん)に依頼し、濁り酒を造って大蛇に飲ませ、酔った大蛇を退治、天叢雲剣を天照皇大神に奉納するという筋書きとなっている。全体が荘厳、厳粛、躍動感に満ちた舞である。

【スサノウ神楽その1、須佐之男命の舞、西出雲登場】
 素戔鳴命の舞

神歌  「真言(まこと)なるかや神追払(かみやらい)、底根の国に避(さこ)うらん」。
 素戔鳴命の一畳の舞
素戔鳴  「さって、このところに舞い出す神、いかなる神とや思うらん。我こそは奈岐、奈美二柱の御末、一に天照大神(てんしょうだいじん)、二に月読命(つきよみのみこと)、三男蛭子命(ひるこのみこと)、おとび子四男にあたる神武速素戔鳴(かんたけはやすさなお)の命とは御神がことなり。我このところに舞い出すこと、余の儀にあらず。高天原において日の神に対し数々の悪しきしわざなせるにより、日の神のお怒りに触れ、遠く根の国に神去り、遠島仰せつけられたり。これより遠く根の国さして急がばやと存じ候」。  
 素戔鳴命の地舞
神歌  「宮柱下津磐根(いわね)に敷きたてて 露も曇らぬ日の御影(みかげ)かな」。
 二畳の舞
素戔鳴  「さって、急ぐに、ほどなく根の国に着いたと心得たり。ここに一つの不思議あり。空に八色の雲が立ち、柱に血水を巻き上げ、棟には白羽の矢が立てり。かすかに翁の嘆きの声聞こえたり。しばらく、この地(ど)に留まり、嘆きの元たださばやと存じ候」。
(ト書き)  膝折り舞の後、床机(しょうぎ)へ腰を下ろす。

 「逸見芳春氏の神楽絵巻8」参照。
【スサノウ神楽その2、両翁媼嘆きの舞】
 両翁媼嘆きの舞

 翁(おきな)と媼(おうな)の両翁媼(りょうとんば)が舞い出る。
足名槌  「やれやれ、ばあさんや、ここまで参りましたが、それでは、いつものように、御ばさくさ様に祈願をかけて、帰るとしましょうかの」。
手名槌  「はいはい、じいさんや、そうしましょうかの」。
神歌  「世の中にあわれと思う神あらば、助け給えや、姫の命を」。
素戔鳴  「その声聞いて逃がさじ。そは嘆きの舞と見受けたり。その次第、詳しく語り申せやな」。
足名槌  「これ、ばあさんや、なにやら後ろのほうで、ゴジョリゴジョリ声が聞こえたようじゃが、ばあさんの耳へも、にえくりこんだかの」
手名槌  「はいはい、じいさん、私も年を寄せて耳が遠くなったが、なにやら声が聞こえたようじゃがの」。
足名槌  「そうか、ばあさんの耳にも聞こえたか。それでは、このじじが、うかごうてみるだで、ばあさんは、そこでおとなしく待ってござらっしゃれよ」。
手名槌  「はいはい。それではおとなしく待っておりますけえ、よろしくお願いしますで」。
足名槌  「これはこれは、いずこの御方様かは存じませぬが、お呼び止めなされしは、私たちのことでござりまするか」。
素戔鳴  「されば候。あたりに人なければ、そのほうたちであるぞよ」。
足名槌  「して、お呼び止めなされしは、いかなるご用件でござりましょうか」。
素戔鳴  「されば候。なんじらを呼び止めたるは余の儀にあらず。最前より見れば、嘆きの舞と見受けるが、さしつかえなくば、そのわけ詳しく語り申せ。それがし、身にかなうことあれば、かなえてつかわすぞな」。
足名槌  これはこれは、ようお尋ねくださりました。これには語るも涙の種、深い子細がございます。して、御神様はいずこいかなる神様にてましますかな」。
素戔鳴  「これは申し遅れたり。我こそは奈岐、奈美二柱の御末、おとび子四男、神武速素戔鳴命であるぞ」。
足名槌  「これはこれは、さような尊い御神様でございますか。それでは失礼を顧みず、嘆きの次第を一通り申し上げまするで、なにとぞ御前に楽座のほど、お許しくださりますれば、ありがたき幸せに存じます」。
素戔鳴  「楽座の儀許すによって、しからば詳しく語り申せ」。

【スサノウ神楽その3、両翁媼の物語、両翁媼の頼み】

 翁は素戔鳴命に長い物語をはじめる。

 両翁媼の物語、両翁媼の頼み
足名槌  「はいはい。ばあさんも、ちんしゃれ、ちんしゃれ。我われと申しまするは、この簸(ひ)の川上に住まいつかまつる、足名槌(あしなづち)、手名槌(てなづち)と申す両翁媼(りょうとんば)にござりまする。後ろには千町の山を持ち、前には千町の田畑を持ち、子宝としては、女ばかりではござりまするが、八人までも持ち、一派長者鏡として世にうたわれ、なに不自由なく暮らしおりましてごわりまする」。
素戔鳴  「こは、めでたきことかな」。
足名槌  「はいはい。めでたいと申しまするかどうか。満つるは欠くる世のたとえ、ある年、大干魃(かんぱつ)日照りが続きまして、前の千町の田がカラリと干上がりましてごわりまする」。
素戔鳴  「こは、気の毒なることかや」。
足名槌  これでは稲を実取ることも出来ず、いかがいたしたがよろしいかと心配いたし、ある夜、じじとばばの寝話に、前の千町の田に水を潤いくださる神があるなれば、娘の一人ぐらいは差し上げてもよいのにと話しましたるところ、なに神様がお聞きになったのか、翌朝起きて見ると、前の千町の田に水がターップラと当たっておるではございませんか」。
素戔鳴  こは、不思議なることかや」。
足名槌  「やれ、ありがたや、いずこの神様が水を潤いくだされたのかと喜んでおりましたところ、出雲、石見の国、伯キの国の三カ国の境界にまたがる仙神山には鳥上川に大きな滝がござりましてな。そこには頭が八つ尾が八つ、目は鏡の如く照り輝き、背びれ尾ひれをたなびかせた八股(やちまた)の太蛇(おろち)めが住まい致してな。そのオロチめが姫欲しさに雨をくれたとみえ、乾(いぬい)の方角に当たる鳥がんが池の上空より、黒墨を流したような黒雲に打ち乗り、ニョロニョロと我が家をめざしてやって参りまして、アレヨアレヨと言ううちに、姉娘をカップリと、とち喰らいましてごわりまする」。
素戔鳴  「こは、恐ろしきことかや」。
足名槌  「はいはい。嘆き悲しんでおりましたところ、その翌年も、月も変わらず、日も変わらず、刻も変わらず、八岐(やまた)の太蛇がやって来て、次の姉娘を、またもやカップリと、とち喰らいましてごわります。それからというものは、翌年も翌年もと、月も変わらず、日も変わらず、六年間に六人までもとち喰らいましてごわります。途中で一人は病死するやら、六年の間に七人の娘を失いましてごわりまする」。
素戔鳴  「聞けば聞くほど、気の毒なることなり」。
足名槌  「後に一人残った奇稲田姫(くしいなだひめ)が、当年当月、取られ番に当たっておりますので、なんとかして姫の命を助けたく思い、こうして毎日毎日、御ばさくさ様に参詣為し、姫の命が長らえるようお願いいたしている次第でございます。今も今とて、御ばさくさ様にお参りしての帰り、御命様にお出会い申した次第でございます。お見受け申しますところ、御命様は勇気武々しい御神様と見受けます。なんとか姫の命をお助けくださる手段をお教えくださいますなら、はい、ありがたき幸せに存じまする」。
素戔鳴  「して、奇稲田姫は、未だ無事、堅固なるかや」。
足名槌  「はいはい。無事堅固と申しましょうか。時には思い出してシクシク泣いておりますが、また忘れたように、おしろいを付け、紅を付け、頭をなで、尻をなで、ピンコ、シャンコといたしておりまする」。
素戔鳴  「姫が無事堅固とあるならば、その姫を我にくれんかや」。
足名槌  「それは叉、神様(ののうさま)までが何のお恨みにてござりまするや」。
素戔鳴  「恨みにあらず。太蛇を退治することは、いと易きことなれども、大蛇と云えども生有るもの。罪なき殺生為し難し。姫を我にくれるとならば、大蛇は姉姉の仇(かたき)となる。敵の意を含めて謀事(はかりごと)を巡らし、太蛇を寸々に切り平らげ、姫もろとも、世を安穏に過ごさせ申さんぞな」。
足名槌  「はいはい。こはありがたきお言葉。早速差し上げると申し上げるのが本意ではございますが、ばばがおりまするで、このばばに相談する間、しばらくのご猶予を給わりとう存じまする」。
素戔鳴  「これはしたり。夫婦談合は世の習い。とくと相談為し申せよ」。
足名槌  「これこれ、ばあさんや。お前も聞いたであろうが、ここにおられるのは、素戔鳴ののーのー様云うて、勇気武々しい神様じゃ。姫の話をしたところ、稲田姫を我にくれんか、我にくれたなら、姉姉六人の仇として太蛇は退治してやろうと、かようにおっしゃるが、姫を差し上げて、太蛇を退治してもらったらどうだろうかのう」。
手名槌  「おじいさん。いい(奇稲田姫の愛称)を差し上げるのは、いと易いことではございますが、差し上げてしまえば、じいとばばあの二人となり、さみしゅうなりますでのう」。
足名槌  「そうだとも。二人きりになれば、さみしゅうなるが、と言うて、差し上げずにおけば、またもや太蛇が来て呑んでしまえば、我々二人が歯のない歯ぐきをへの字なりに噛みしめてみたところで、太蛇はご馳走様ともなんとも言やあせん。いっそ差し上げておけば、姫の命は助かり、あの世へ行ってからでも盆や正月に供え物を持ってきてくれ叉会えると云うものじゃ。差し上げたほうが利口というものではなかろうかのう」。
手名槌  「そうですな、おじいさん。どうせ、二人きりになるくらいなら、差し上げたほうが、利口な手ではないでしょうかのー」。
足名槌  「それでは姫は御命様に差し上げるだで、後からぐずぐず言うてはいけんぞな」。
手名槌  「なんで後から文句を言いましょうに。私からも宜しく言ったと申してください。だが、おじいさん、差し上げるからには、ひと目、婿の顔を拝ましてもらうことは出来んでしょうかの」。
足名槌  それもそうだ。ばあさんの言うとおり、婿さんの顔を知らんようでは不都合じゃ。それではご無礼にならんように、こっそり見させてもらいなさい」。
手名槌  「はいはい。……。まあまあ、りりしい、いい男だこと。おじいさんの若いころにそっくりだ。娘がいやと言えば、このばばが嫁(い)っていいような婿さんだこと」。
足名槌  「これこれ。いい年をして、何を言い出すやら」。
手名槌  おじいさん。鼻の大きい神様だが、鼻の大きいのは、あそこが大きいと言うが、いいは始めてだで、結構扱うだろうかの」。
足名槌  「なにを言う、ばあさん。姫も年頃だ。ああいうものは自然に覚えるとしたもの。心配することはないわい」。
 足名槌、素戔鳴命に向かう。
足名槌  「これはこれは、長らくお待たせいたしました。ばばとよく相談いたしましたところ、姫は差し上げると申しますので、よしなにお願い申し上げます。ばばからも宜しくお願いしますと申しております」。
素戔鳴  「それはめでたきことかな。しからば、太蛇はやすやすと退治し、姫の命は助け申さんぞな」。
足名槌  「はいはい。失礼ながら、太蛇の退治ようをお教えくださいますならば、ありがたき幸せに存じまする」。
素戔鳴  「しからば、太蛇の退治ようを教え申さん。両翁媼はすみやかに立ち帰り、出雲の国は神戸(かんど)の郡(こうり)小境村に鎮座まします松尾明神をほぎ出だし、にわかに酒林を立て、八千石の神変危毒酒(しんぺんきどくしゅ)は八塩折(やしおおり)の酒をかもし、八つの瓶(かめ)に盛り、乗せ置くなり。姫の姿、八つの瓶に写るなり。太蛇来たりて、姫を呑まんとして八つの瓶の酒を飲み干すなり。酒は毒酒のことなれば、太蛇が酔いつぶれたるところ、それがし、腰にたばさむ十束(とつか)の宝剣をもって太蛇は寸々に切り捨て、姫の命は助け申さん」。
足名槌  「こは良き御手段でごわりますぞや。しからば、国津神は酒造家の主人となり、八千石の神変危毒酒八塩折の酒をかもし、酒醸造の暁は、姫もろとも差し出し申さんぞな。しからば、一首の神歌をもって、しばらくのお別れにて候」。
神歌  「親と子が袖に涙をせきとめて、君に捧げし奇稲田姫」。  
神歌  「朝起きて夕べに顔は変わらねど いつの間にやら皺は寄るなり」。  

【スサノウ神楽その4、奇稲田姫の舞】

 奇稲田姫の舞

 両翁媼(りょうとんば)は喜んで夫婦談合をなし、素戔鳴命(すさなおのみこと)に姫を差し上げる約束をし、素戔鳴命から太蛇を退治する秘策を聞き、安心してお別れをする。 このあと、奇稲田姫の舞が始まる。

 面と衣裳

 奇稲田姫(くしなだひめ)の面は、能面の「若女」が原型になっている。引き目、かぎ鼻、お多福が美女とされた室町時代からの伝統が、この神楽面に受け継がれている。姫の衣裳が、神代ならぬ、江戸後期のものであるのはおかしいが、民俗芸能だから、そうやかましい時代考証はいらない。

神歌  「となせをたずねて行く先は、都の方へ、我は急がん」。
 奇稲田姫のサンヤ拍子舞
奇稲田姫  「さって、このところに舞い出す自(みずか)らを、いかなる者とやおぼしめす。舞い出でし自らは、この矢田がさこに住まいつかまつる足名槌、手名槌の息女、奇稲田姫にて候」。
神歌  「日は暮るる、佐草野(さぐさ)の月ははや西に、恋路の闇に我身迷わす」。
 やんさ唄

 やんさ場というのは、縁側で、頬かむりをした若者達が、やんさ唄を歌う場所を言い、「やんさ」とは、促す、せきたてる、という意味がある。

 合 舞

 サンヤ舞の次に「幣舞(へいまい)」という後半がある。ここでは、奇稲田姫(くしなだひめ)は打ち掛けという花嫁衣裳を着る。
 奇稲田姫の二畳幣舞。
奇稲田姫  さって、このあたりに、我が夫(つま)、素戔鳴命(すさなおのみこと)様はおわしまさんかな。おわしますなら、はやばやおん立ち給えやな」。
素戔鳴  「紅の花は園生(そのう)に植えて、野に隠せども、色良き花は隠すに隠れ無し。汝こそは名乗らぬ先に奇稲田姫と見受けたり。近く寄って、その名語り給えやな」。
奇稲田姫  「ああら、恥ずかしの御事や。君と我とが契りして、例え荒天の野に捨てられ、春夏秋冬の年月を経て、たとえ屍(かばね)は野にさらすとも、魂は再び御君に添い奉らん。妹背の契り結ばんがため、はるばる尋ね来たりしが、我が夫様には、八雲立つ三十一文字の御歌、詠じ聞かせ給えやな」。
素戔鳴  「おおさ、汝の云いも理(ことわり)なり、承って候。しからば、八雲立つ三十一文字の歌、詠じ聞かせるによって、姫はこの場に直り給えやな」。
奇稲田姫  「こはありがたきことにて候」。
素戔鳴  「八雲立つ 出雲八重垣 夫妻(つま)隠(ご)みに 八重垣つくる その八重垣を」。
奇稲田姫  こは面白き御歌かな。自らも御返歌つかまつらん」。
奇稲田姫  ああら雲州の空晴れて候」。
素戔鳴  「かぞいろは袖に涙をせきとめて」。
奇稲田姫  「君に捧げし我が身なりけり」。
神歌  「日を送り月を重ねて尋ね来て、変わらぬ君に逢うてうれしや」。
素戔鳴  姫、よく聞け。なんじは当年当月、太蛇に取られ番に当たるを、それがし、妻として請い受けたり。これより、ともども、船通山、鳥がんが池の麓を指して、急がばやと存じ候」。
奇稲田姫  「かしこまって候」。
(ト書き)  奇稲田姫が幕内に入る。
素戔鳴  「急ぐに、ほどなく、鳥がんが池の麓に着いたと心得たり。これより奥は神風強く、連れ行くことあいかなわず。姫はしばらくこの地(ど)に身を隠し、我奥に踏み込み、太蛇退治しうえは、都において祇園牛頭(ごず)天皇と改名なし、八坂の神社と花の一社築くにて候」。

  素戔鳴命、一人残る。
素戔鳴  「このあたりに、松尾明神はおわしまさんかな。おわしますならば、はやばやおん立ち給えやな」。

 花の御礼

 神楽場には「花」と呼ばれる祝儀、つまり寄付金が受付を通して差し出され、それが会場に次々と張り出される。半紙に金額や清酒何升などと書き、祝儀をした人の名を書く。神楽ではこれを「花を打つ」と言う。

【スサノウ神楽その6、松尾明神の舞】
 松尾明神の登場

 素戔鳴命(すさなおのみこと)の命(めい)を受けて、八千石の毒酒を造るために舞い出たこの神を、俗称「まつのおさん」と呼ぶ。  
神歌  「ひょいと出て、小餅(子持ち)と知らず手を出して、手は焼き餅で、恥はかき餅」。
 「世の中にいらざるものが三つある。馬鹿に借銭ほうろくのめげ」。
 「皆様よ 親しき仲にも礼儀あり 有ると云う字も角(かど)があるなり」。
 松尾明神の舞
(ト書き)  松尾明神は、太鼓叩きを相手に漫談宜しく、立板に水を流す如く喋りまくる。あるいは面白おかしく詠う。
松尾  「さって、このところへ舞い出だす、私めは出雲国の楯縫(たてぬい)の郡(こおり)、小阪井村の岩屋に鎮座まします者にて、木の芽、木の実を採り集め、毒酒八千石の酒造り元で御座います。製法為すのに三万年かかり苦学に研究、夜もろくろく寝ずに昼寝して研究の甲斐あり、今はちったあ世間に名の知れた松尾の明神にて候

 そーもそも、この神殿の八畳の間の真ん中に、ふんばり、つっぱり、股がって、向こうの別賓(べっぴん)さんの鼻の頭をじろじろっと眺める色男、いずこいかなる神か、砂糖ねぶらん。我こそは雲州小境村の八千八百八十八番地、半こげ屋敷に、ようよう大方相続しかけるという松尾明神、酒造りの守護神なるぞ。

 女房も妻も現妻も二号もない。生まれてこのかた、女の肌に一ぺんも添うたことがないという、それでも色男とは、拙者、それがしなり。へたくしがことにて、せーろーで餅も団子もうむすものかな。さって、それがしを尊信する者は、どぶろく、粕とり、やけ酒、その他酒なら何でもたるほど呑んでも酔狂せんとのご誓言なり。よって、神変危毒酒八千石を造らんため、小境村を出て、急ぐほどに、当地において天の御神楽あると聞き及び、よって、びんしょうびんしょう、おいといも無く、ひゅうがひゅうがと、○○指して、急がばやと存じ候
」。

【スサノウ神楽その7、松尾明神の口土産】
 松尾明神、口中の土産

 この段も、国譲り神楽の稲脊脛の命の掛け合い時の漫談と同じで現代バージョン化させられている。伝承原文は分からないので社中文より使えそうなものを採録し、れんだいこ文を加えて「れんだいこ推定文」とする。
神歌  松尾が小境村を立つ時にゃ、泣いて見送る山の子烏」。
 「こたびはスサノウの命様の依頼を受けまして、八千石の酒造りに出たような始末。こうして皆様方のお顔を見るというと、仕込みの準備の間をちょぃと借り受けまして、ゆるゆる長々皆様と漫談でもやらせていただこうと思います。そのうち段取りできるでしょう。暫くの間お付き合いのほど宜しくお頼み申します」。
松尾  「なんと、音楽さん。おはやしもご苦労さん。かくもにぎにぎしき席は一体いかなる席場でございますか」。
太鼓  「この席は、○○宅の御神楽の席場でございます」。
松尾  「さようですか。それでは、拙者、それがしも呼ばれてもよろしゅうございましょうか」。
太鼓  「どうぞ」。
松尾  「なんと、そんなら遠慮なしに入らせてもらいましょう」。
太鼓  「ちょっと待ってください。入ってもよろしいが、なにかお土産をお忘れではございませんか」。
松尾  「なんと、音楽さん。土産物を請求されたのは当家が始めてでございます。拙者、それがし、金品を費やしての土産物は持参いたさんかなれども、口中の土産ならなんなりと持参いたしております。音楽さんは聞くのがお好きでございますか」。
太鼓  「はい。そりゃあ、聞くのは大好きでございます」。
松尾  「音楽さんは聞くのが好き、それがしはしゃべるのが好き。こうぴったり合ったということはもってこい。モグラの祝言、打つには鍬、しゃべるにかばち、渡るに船、倒れ徳利は口からタラタラ出放題。さて、それがしの話は上の話、中の話、下の話と分けまして、上の話は俳諧話、中の話は飲み気食い気の話、下の話は大きな声では言われんけれども帯紐といて腰から下の話で、音楽さんはどんな話が好きでございますか」。
神歌  毛を分けて、ぐっと差し込む二、三寸、娘よろこぶ銀のかんざし」。
松尾  「面白え話を致しましょう。うちの隣に犬が居る。これが足の方が真っ黒、腹は赤、背筋から尾にかけてが白い。これが尾も白い話しじゃ」。
太鼓  「あまり受けませんなぁ」。
松尾  「何、ちっとも面白うねぇだと。それでは、小さい話を致しましょう。ケシの実の中をくり抜き、堂を建て、八十八間に間を仕切り、その一間にて、蚊の眉毛をよる」。
太鼓  「そりゃあまた小さい話ですなあ」。
松尾  まだまだありますぞ。ウサギとカメの替え歌をやらせてもらいましょう。もしもし、しらみよ、しらみさん。世界の内であなたほど、歩みののろいものはない。どうしてそんなにのろいのか。なんとおっしゃる、のみさんよ。そんならおまえと駆け比べ。むこうのオヘソのふもとまで、どちらが先に駆けつくか。のみはお腹を跳んで行く。しらみは背中をはって行く……」。
太鼓  「今ひとつですなぁ」。
松尾  「小さい話はやめにして、俳諧話に戻しましょう。見れば、お嬢ちゃんお坊ちゃん、目をこすり欠伸(あくび)をし始めた子供も居るし、そろそろ出番で宜しいでしょうか。さぁてそれ。それがしが小境村を出で立って、着いたところが女子(おなご)の駅」。
太鼓  「おなごの駅はないでしょう」。
松尾  「それでも、それがしが聞きょうたら、おなご、おなごー、さかり線乗り換えー、と言ようたぞな」。
太鼓  「そりゃあ、米子の駅で、境線でしょうが」。
松尾  孝行尽くしで、ちょっとやりますならば、あの子にこの子に団子の粉、とこ三つの鼻たれ子、二階におるのが芸者に舞い奴で、勝手におるのが千代子に花子に、庭にあるのがおけこに漬けこ、中にあるのがつけ菜にこうこ、にわとりゃあコケコで、生んだら卵で、返ったらひよこで、それを入れるがふせこに、とめこじゃ。スッカラカコカコカコ、スッカラカコカコカコ。

 こんなことでは文句にならない。そこで文句を切り替えまして、とまるづくしで、ちょっとやりますならば、あぁそれ。竹に雀はチュンチュでとまるし、梅に鶯(うぐいす)ホケキョでとまるし、汽車の泊まりは停車場で、人が行くのは呼んだらとまるし、赤子が泣くのはお乳でとまるし、かあちゃんの月経は七日でとまるし、沖の大船いかりでとまるよ。スッカラカコカコカコ、スッカラカコカコカコ。

 もう一つ行くよ。私めが当家を指して行くうちに、川ばたで大の男が青い顔をして川上へ川上へ上がりょうりました。それがしが聞いてみると、かかあが川に流されたので探しているんだと。それがしは言いました。流されたんなら川下を探すのが当たり前でしょう。そしたら男が言うことに、『うちのかかあは、普段から逆らうことばかりするんで、この大水でも逆ろうて、上のほうへ行っとりゃあせんかと思うて』だとふふふ。

 さてこのところ、塀(へい)の長い家がある。そこの主人がなにやら不思議がりょうる。尋ねてみると、松茸とかいては消し、かいては消しているうちに段々大きくなりょうる。どうしてかきゃあかくほど大きくなるのか。そりゃあ、決まっとるがな、松茸は、かきゃあかくほど大きゅうなりますがな。

 富士山談義を致しましょう。その昔、茶店でお国自慢が始まった。富士山をどちら側から見るのが絶景かを廻って、甲斐(かい、山梨県)の国の人と駿河(するが、静岡県)の国の人の言い争いになりました。互い譲らずで決着つかず茶店を巻き込む大騒動。そこへ通リがかりの雲水が何事ならんと聞き及び、云うたことには、『絶景なり富士よ、いとしそなたを嗅い(甲斐)で見るより、するが(駿河)良い』だとふふふ。

 神主さんと遊女の話をいたしましょう。或る日のこと、神主さんが遊女と一夜の契りを結びました。しっとりと事を終え、遊女は気遣い云いました。『少しお待ちください。ちり紙を持って参ります』。これに神主云う事に、『それには及ばない、自分の着物の裾でぬぐうから』。遊女は云う、『それはいけません』。それに答えて神主曰く、『私はこのような目的にカミを使うことはできない』だとふふふ。

 こんな話もありますよ。『うちは代々足軽の子やかるかるぅ。鉄砲持たせりゃ重たがる。飯を食わせりゃ食いたがる。仕事をさせればせんたがる。女に会わせりゃやりたがる。わしらは元々足軽のかるかるやぁ』。足軽はええですなぁ。

 芸者の長談義もしときましょう。『長と名がつきや、偉いのかぁ。部長に課長に社長さぁん。私もあります御座います。胃腸に盲腸にお開帳ぅ。サノヨイヨイッ』。


 ここらで一つ、世の中甚句をしときましょう。一つとせ、人を見て我が身を払え裾払え。二つとせ、踏まれた草にも花が咲く。喧嘩口論負けが勝ち。三つとせ、見て気持ちの良いもの。兄弟仲良い家も良い。四つとせ、欲には目が無いキリが無い。押えて堪(こら)えて世を流れ。五つとせ、いつでも人に呼ばれたら、ハイと答えていそいそと。六つとせ、向こう三軒両隣り、仲良く暮らせ世は情け。七つとせ、泣き虫毛虫は困り虫、恵比寿様にこにこ鯛を釣る。八つとせ、やさしい人形は誰も好く。情けに歯向かう者は無い。九つとせ、心と心を結び合い、家族はお国の宝なり。十(とお)とせ、遠い神代の昔から、真(まこと)一つが世の光り。
 

  ― 中略 ―
(ト書き)  以下、浪曲調で語る。
松尾  歌は世につれ世は歌につれ。歌ってしゃべっているうちに時間もたちました。歌に送られ歌につれ、歌えばもはや音声もままならず。終わりになれば、皆様よ、夜更けのころも回りて、ようこそご辛抱ありがとう。またのご縁があったなら、どうぞよろしゅう頼みます。松の尾は高座におるなれど、心は下座にへり下り、七重の膝を八重に折り、今日九重に手をついて、熱きお礼を申し述べ、次第に寒さも加われば、どうか体に気を付けて、ほんにお風邪を召さぬよう、お暮らしください、皆様よ」。
  ― 中略 ―
松尾  「さって、このあたりに素戔鳴命様はおわしまさんかな。おわしますなら、はやばやおん立ち給えやな」。
太鼓  「さって、当人は急ぎ給えやな」。

【スサノウ神楽その8、黄玉明神、酒造り】
 黄玉明神

 松尾明神(まつのおみょうじん)の呼び出しにこたえて登場するのが黄玉明神(きなだまみょうじん)である。

 酒造り

 松尾(まつのお)明神と黄玉(きなだま)明神による米搗(つ)きから酒造りは始まる。
(ト書き)  松尾明神が黄玉明神を呼び出す。
松尾  「オイ」。
黄玉  「オイ。誰なら」。
松尾  「わしゃあ、わしじゃ」。
黄玉  「わしゃあ、きの字じゃ」。
松尾  「せえなら、きな粉か、気狂いか」。
黄玉  「オオ、松っつあんか。久しぶりじゃが、大きゅうなったのう」。
松尾  「どこがや」。
黄玉  「口もとばあ。会わにゃあ物も言えもせず、顔を見ても言わにゃあ声も見えもせず」。
松尾  「なんと先日は、君のところのおばあさんが台所の隅からはしり先へ落ちて、豆腐の角で頭を打って、まあまあ、たびたび打ちゃあ、よろしゅうござんすがな」。
黄玉  「まあまあ、なんたる、かばちゅう煮やしやんすか。その節は、君方のおばあさんがわざわざ見舞いに来てくださって、こんな大きな重箱に、いしぬか団子をたった一つくださって、どうもどうも」。
松尾  「ところで、きなしゅう。久しゅう会わなんだが」。
黄玉  「実は炭焼きをしょうたんじゃ」。
松尾  「きなしゅう。あんたはなにしに来たんなら」。
黄玉  「出たことは出たが、出た拍子に忘れたがな。アッ、思い出した。一つに天照、二ににっこり、かん徳利に頼まれた」。
松尾  「そんな ことじゃあ、分からんがな」。
黄玉  「一に天照大神、二には月読命、三に蛭子命、四男に当たる神武速素戔鳴命さんに頼まれた用を思い出した」。
 扇子を足で挟んで出す。
松尾  「そりゃあ、なんなら」。
黄玉  「手でのうて、足で出すから足紙じゃ。こりゃあ読めんのう。本字があって仮名があって、仮名があって本字があって、本字本字、仮名仮名……」。
松尾  「それじゃあ、素戔鳴命の書状とあるなれば、いざ、手に取りて拝見つかまつらん。『出雲の国の簸(ひ)の川上に住む足名槌、手名槌という両翁媼(りょうとんば)あり。その両翁媼には七人の娘あり候ところ、六人まで八岐太蛇に取りさらわれ候。残るは娘、奇稲田姫をそれがしの妻に請い受け、姉君六人の仇を討ち取りたく、八千石の濁酒を醸造いたされたく、その手間として、頭ののっぺらぼうの、目のカギな、顎のない男を差し向けるじゃによって、言うことを聞かない時は、青竹をもって西へ、東へ、どうづき回しても苦しからず。賃金先払い無用のこと。早々頓首』」。
黄玉  「やめた」。
松尾  「まあ、そう言わずに、機嫌を直してくれえ。それじゃあ、米つきといくか。あ、どっこら、どっこら、どっこらな。とことんまの前ひろげ、とこ芸者のすそひろげ、天井の間(ま)あでも梁(はり)までも、切ったる電気が落ちようと、隣のばあさん聞こうとも、寝ている子どもが起きようと、やあなかやんさでやったげな。来たか黄の助、松の助。おいらのようじゃが、じゃら助で、富士屋にあるのが福助で、一心太助という人は、忠義に厚い人ではないかいな。どっこい、どっこい、どっこいな。

 正月とや、正気で親もさせたがる。させたがる。娘もしたがるカルタ取り。カルタ取り。
 二月とや、逃げる娘をとっつかまえて、無理矢理するのが二十日やいとう。二十日やいとう。
 三月とや、さあさあ、おいでと前ひろげ、前ひろげ、お乳を飲ませる乳のみ子に。乳のみ子に。
 四月とや、しかけたところに人が来て、人が来て、いやいやさすのが、へぼ将棋。へぼ将棋。
 五月とや、後家さんさいさいするがよい。するがよい。夫の命日墓参り。墓参り。
 六月とや、ろくろく夜も眠らずに、眠らずに、あわててやりだす試験勉。試験勉。(以下省略)」
松尾  「おえたか、むげたか、見ておくれ」。
黄玉   「さて、計算に入ろうか。たっころ鉢に小便をひっかけて、バリバリ。一人来た。二人来た。みっともない子が寄って来た。いつ来ても無理を言う。なんがあってもやりゃあせん。こんだ来たら、戸をしめちゃる。オイ、三合残った。割り切れん。松っつあん、やってみい」。
松尾  「よしよし。一に天合がいたちを取って、九ちんのいん十。よそう加算という隣りのかかさんを無理矢理借りて来て、長屋の隅でごしごしやりょうたら、親父が戻って来て、割り木で、頭を九ちんのいん十。割り切れた」。
黄玉  「オイ、それから、米をとごう。どこから水を引きゃあ」。
松尾  「太鼓の皮(川)から取ろう」。 
黄玉  「どうどうどう」。
松尾  「火をたくぞ」。 ― 中略 ― 
黄玉  「これで酒は出来た。ほんなら、帰らしてもらいましょう」。

松尾  「サンヤサンヤのサンヤじょうごで、お神酒(みき)の献上参らせ候。今般大祖(おおみや)は当所に鎮まりまします産土(うぶすな)荒(こう)神社を始めと致し、八百万(やおよろず)の神にお神酒(みき)の御初穂、献上参らせんと存ずるぞな」。
神歌  「古(いにしえ)の神の真似して鬼も蛇も 切り平らげて産子栄ゆる」。
松尾  それ、酒は目出度い景気もの。サンヤサンヤで、お神酒のかいさん奉る。一に天照皇大神、二にはにっこりお恵比寿さんにも、三で讃州琴平神社に、四には信州の御岳神明、五つ出雲の大社さんにも、六つ村村荒神さんにも、七つ浪華の天神さんにも、八つ八幡(やはた)の八幡(はちまん)さんにも、九つ熊野の十二神明、十で当所の氏神様にも、お神酒の献上奉るなり。上がる神はそれでよし。上がらぬ神は、ご損分、ご損分」。
神歌  「先の世で、鬼の餌食に誰がなる。嫁をいびった姑がなる」。
神歌  「庭に松、雄(おん)松、雌(めん)松、五葉の松、松っつあんと黄なしゅうの口はよう松」。
松尾  「さって、このところに素戔鳴命おわしまさんかな。八千石神変危毒酒出来上がって候」。
素戔鳴  「松尾明神には大いにご苦労なことであった。酒場酒場において三尺より六尺高きところ、御棚を作り、中の社が松尾明神、左の社が室生(むろのお)明神、右の社が黄玉明神、三社建て、酢、酒、醤油の守護神として世に仰がれ給え」。 

【スサノウ神楽その9、大蛇の酒呑み、大蛇退治】
 大蛇の酒呑み

 松尾明神の呼び出しに答えて、素戔鳴命(すさなおのみこと)が大蛇退治の衣装で現れる。素戔鳴命の幕掛かりの舞の終わりに、幣を幕内に投げ込むと、鎌首をもたげた八岐(やまた)の大蛇(おろち)が現れる。
神歌  「風荒く、音も激しく、芝立たば、今こそ太蛇が気負いなすかな」。
太鼓  「とーろとーろ、太蛇が出たぞや、とーろとーろ、太蛇がとーろとーろ、太蛇が毒酒を呑んだぞ、とーろとーろ、太蛇が酒に酔ったぞ、とーろとーろ」。
 大蛇の頭と胴
 大蛇退治
(ト書き)  息を飲む合戦の末、素戔鳴命は、大蛇の首をバッサリと切り落とす。スサノウが、大蛇の腹の中から一刀を取り出し、めでたく大蛇退治を成し遂げる。胴体は、まだ命のあるごとくもだえながら、幕内に消える。
素戔鳴  「太蛇を寸々に切り捨て見れば、尾より一刀の剣を得たり。これは姉君、日の神に献じ申さん」。
(解説)  天(あめ)の叢雲(むらくも)の剣(つるぎ)というのがこれで、中国山地の豊富な砂鉄による製鉄の起こりを暗示しているのであろう。
太鼓  「お手柄のことにて候」。
神歌  「稲田姫、太蛇の口を逃れたり。その謀略(たばかり)か、酒ぞかしこし」。

 これで、八重垣の能は終了する。神話では、素戔鳴命は姫を妻とし、出雲の国を開いたと云われている。

【スサノウ神楽その10、大蛇の霊魂舞】

 大蛇の霊魂舞

 その後、大蛇の霊魂が現れ大立ち回りを演じるが負けて、八重垣の能は終了する。
 太蛇の霊魂の舞
素戔鳴  「そのところに悪鬼現す者は、いかなる者か、答えて参れ」。
霊魂  「おお、我がことを尋ぬるかや。我こそは天の宝剣を取り返さんと再び現れたる太蛇の霊魂なり。すんなりと返せばよし、返さぬとあるならば、刀にかけても取り返して見せようか」。
素戔鳴  しからば、真剣勝負つかまつろうか」。
霊魂  望むところは戦場なり。しからば、いざ」。
素戔鳴  「しからば、いざ」。
 素戔鳴命と太蛇の霊魂の仕合。
霊魂  「御命には、あいかない申さん。従うとあるならば、なんと祀(まつ)りごとなし給うか」。
素戔鳴  「神妙なることを申するかや。しからば、都において、左の社が奇稲田姫、右の社が素戔鳴命、中を一間下げて、蛇徳鬼神、祇園三社と祝い納める。立ち上がって、宮入りなし申せ」。
祝い込み  「やれ、ありがたの御事や。都においては、左の社が奇稲田姫、右の社が素戔鳴命、中を一間下げて、蛇徳鬼神と祝い納める。祇園三社と仰がれ申せば、我が敷き島は常盤(ときわ)、堅盤(かたわ)に、松の葉色の変わらぬ御世と、栄えゆくこそ、めでたかりけり。天下は泰平、国家は安全、当所は繁栄、治まる御代こそ、めでたかりける」。




(私論.私見)