備中神楽演目次第

 (最新見直し2008.8.1日)

 (れんだいこのショートメッセージ)
 備中神楽の演目次第が「逸見芳春氏の神楽絵巻1」以下№11までサイトアップされている。早速これを購入してみる事にした。購入先は、「備北民報社の出版物のページ」の「神楽絵巻改訂版」。

 2008.8.1日 れんだいこ拝

「」参照。
【神迎え(打っ立て) 】
 

 四周に注連(しめ)をめぐらし、中央に四人の神楽太夫(かぐらだゆう)が着座し、真ん中に太鼓を置き、神前に向かって表(主)の太鼓打ちと、斜め向かいに裏(副)の太鼓打ちが座る。両側に、笛と手拍子(てびょうし)が座し、表太鼓の打ち始めに合わせて、裏太鼓が応じ、笛と手拍子が、はやしを受け持つ。

 「神の座す鳥居に入れば、この身より、ひつぎの宮と安らかに住む」。
 「天地(あめつち)を二場(ふたば)に分けし神心、天が下にて神を拝す」。
 太鼓二回連続打ち。
神歌  「サンヤ、神殿(こうどの)に参る心は山の端の、月待ちいたる心こそすれ」。
神歌  「サンヤ、この御座(みざ)を清むるものは山の端の、百山(もやま)のさかき葉、百浦(ももうら)の塩」。
神歌  「サンヤ、上(かみ)よりも注連(しめ)にて参る注連の主(ぬし)、注連貸せ給え、注連守(しめもり)の神」。
神歌  「サンヤ、下(しも)よりも呉座(ござ)にて参る呉座の主、呉座貸せ給え、呉座守(ござもり)の神」。
神歌  「注連御呉座(しめみござ)参る男子(おのこ)が借り受けて、今宵御神楽(みかぐら)奉るなり」。
 太鼓二回連続打ち。
四季の歌  「春来れば柳も芽立つ、たずの葉も、まだ幼きは槇(まき)の若ばえ」。
四季の歌  「夏山の森の梢は高けれど、空には蝉の歌声ぞする」。
四季の歌  「秋の田の穂の上照らす稲光り、光のままに舞いやくださん」。
四季の歌  「冬の野に凍(こお)らぬ里はなきものか、皆白妙(しらたえ)の御幣(ごへい)とはなる」。
神歌  「御幣立て、ここを高天原(たかまがはら)と見て、集まり給え、四方(よも)の神神(かみがみ)」。
神歌  「この空に千代経る神こそ舞い遊ぶ、諸楽を揃えて舞いやくださん」。
 太鼓二回連続打ち。
 「神観召(かみかんじょう=神勧請)、一天太平、五社頭光栄、万難消除の、そのおん為に、払い清めて、御呉座並べて、観召申すは、大空にまします、増加(造化)の三神、三柱の大神(おおかみ)、伊佐奈岐(いざなぎ)の大神、伊佐奈美(いざなみ)の大神、伊勢の国では、用田が原にと、鎮まりまします、天照大神(てんしょうだいじん)、五十鈴(いすず)の川上に、豊受(とようけ)の大神、伊勢の国では、大小神祇(じんぎ)が、百二十末社で、山には山神、川には水神、海には竜神、四方や四天の大小神祇や、当県県社に、護国の神社や、当郡郷社に、当国一の宮、当所に鎮まりまします産土(うぶすな)の大神、荒神(こうじん)神社に、大の当番、盛家をはじめて、十二氏子の、家の内にと、み祀(まつ)り申すは、大歳(おおとし)の大神、巳年(みどし)の大神、若歳の大神、倉にはお恵比須(えびす)、福の大神、門(かど)には門神(かどかみ)、三柱の大神、牛馬を守るは、受持ちの大神、お釜に両神、火ぶすの大神、一切金神(いっさいこんじん)、地神水神(ちじんすいじん)、五帝土公神(ごていどくうじん)、大社小社は、今この御座にと、観召申すに、なにがいる、榊(さかき)御鈴(みすず)に、御幣(ごへい)こそいる」。
 太鼓一回打ち。
神歌  「サンヤ、下(お)り給え下り給え、下りえの御座(みざ)に綾を張り、錦を並べて 御呉座(みござ)と定めん」。
神歌  「サンヤ、神州は静かなるらん、宮の内、なおも静かに神殿(こうどの)の内」。
神歌  「サンヤ、天(そら)へ天へと蒔く米は、毒地に下りて氏子守らん」。
 太鼓乱れ打ち。
 「天神地祇(てんしんちぎ)一切の神は、この注連(しめ)の内にと降臨(こうりん)ようごうあらしめ給え、畏(かしこ)み畏み曰(もう)す。天津御社 (あまつみやしろ)、国津(くにつ)御社」。

【役差しの舞(さし紙)】

 七座の神事は「神迎え」がその第一で、次が「役差(やくざ)しの舞」である。この舞は、今宵の神楽を行う太夫たちの、いわば役付けを行うもので、左手の紙がそれで、役付けを書いた名前の半紙をとじたものである。前半は、鈴を持ち、「サンヤ舞」という軽快な舞を舞い、後半は、扇子に持ちかえて、「曲舞(きょくまい)」という基礎舞でしめくくる。

 サンヤ拍子の舞
神歌  「サンヤ、上よりも注連(しめ)にて参る注連の主、注連貸せ給え、注連守(しめもり)の神」 。
神歌  「サンヤ、下よりも呉座にて参る呉座の主、呉座貸せ給え、呉座守の神」。
神歌  「サンヤ、注連御呉座参る、男子が借り受けて、今宵、御神楽奉るなり」。
 曲舞
神歌  「御幣串(ごへいぐし)、育ちはいずこ伊勢の国、用田が原の篠の若竹」。
神歌  「御幣紙、育ちはいずこ津の国の、江口が島のひごの若ばえ」。
神歌  「この紙を唯白紙と思うかや、今宵神楽の役割の紙」。

【呉座の舞】

 注連(しめ)と呉座(ござ)の二つは、神楽場では最も神聖なものである。注連と呉座が神の来賓席なのである。
 太夫は、呉座を巻いて左手に持ち、右手に鈴を持って「サンヤ舞」を舞う。後半は「曲舞」を行い、呉座を東・西・南・北・中央に敷き初め、呉座の両側をにぎって、跳び上がり、縮めた両足の下をくぐらせる。これを「呉座跳び」という。

 サンヤ拍子の舞
 神歌三首は「役差しの舞」 と同じ。
 曲舞。
神歌  「生い繁る小田に植えたる藺(い)を刈りて、藺を織り立てて呉座と作らん」。
神歌  「この呉座はたれ敷きそめし呉座なれや、高天原に敷きし神呉座」。
神歌  「この呉座の錦のひもを解く時は、諸神(もろがみ)たちは呉座に下りませ」。
太鼓詞  「敷こうや敷こうや、なんの呉座敷こうや、かより東方へ、東方と申さば、きのえきのとの大小神祇(じんぎ)の下(お)りえなされる神のな御前(みまえ)に打ちや向かいて、なに呉座敷こうや、錦の呉座敷く、ユラユラドンドと。 さてまた、かより南方へ、南方と申さば、ひのえひのとの大小神祇の(以下、東方と同じ)。 さてまた、かより西方へ、西方と申さば、かのえかのとの(以下、東方と同じ)。さてまた、かより北方へ、北方と申さば、みずのえみずのとの(以下、東方と同じ)。 さてまた、かより中央へ、中央と申さば、つちのえつちのとの(以下、東方と同じ)。 跳ぼうや跳ぼうや、なに呉座跳ぼうや、かより東方は大小神祇の下りえなされる神のな御前に打ちや向かいて、なに呉座跳ぼうや、錦の呉座跳ぶ、ユラユラドンドと。(以下は、南西北中央まで同じ。)」
神歌  「この呉座を打ち敷きままに眺むれば、諸神(もろがみ)たちは呉座にまします」。
 曲舞

【猿田彦の道引き】

 猿田彦(さるだひこ)が舞い出る前に、どうしても省略できない舞がある。猿田彦の華々しい舞を誘う前口上を述べる役である。たいてい座長がこの役を受け持つ。畳の上を行きつ戻りつしながら、猿田彦の説明をするのである。

曲舞
神歌  「猿田彦(さるだひこ)、諸神(もろがみ)たちの先払い、うれしく召され天地(あめつち)の神」。
 「さって猿田彦大神(だいじん)の由来根源あらあらしく尋ね奉れば、なかなか御大徳の神にましませば、詳しきことは略して申さん。そもそも地神三代、天津日高彦穂瓊々杵命(あまつひだかひこほににぎのみこと)、天孫降臨、この国に天下らせ給う時、鈿女(うずめ)、手力男(たぢからお)、児屋根(こやね)、太玉(ふとだま)、すべて三十二神をあい添え、天の相中へ立たせ給う時、霧と霞が交じりて道筋あい分からず、よって、い庭の稲穂をこぎ、東西に蒔き給えば、雲霧たちまちに伊豆の千分(ちわ)きに千分きたり。

 天の八千又(やちまた)に一つの神あり。この神の姿を見れば、鼻の長さは七尺(はた)余り、おひろはまさに七尋(ひろ)余りとも言うべし。また口かくれ、あかりてらり、眼は八咫(やた)の鏡のごとく、照り輝くこと赤酸醤(あかがち) に似たり。あまりすさまじき神にましませば、具奉(ぐぶ)三十二神のうち誰問う神とて更になし。

 鈿女の神は女人にましませば、神気はなはだしく、胸乳をあらわし、も紐早ほとの下におしたれたり。えらえらとあざ笑い、立ち向かいて問うことを言う。それなる神はいかなる神にてましますか。翁答えて曰く。我は太田猿田彦大神(おおたさるだひこだいじん)なり。天孫降臨しますによって、このところに迎え奉り、我が国に道引き申さん。常盤片葉(ときわかたは)に栄えまさん。しかるに瓊々杵命には妻なく、妻なくしてはおさまらず。よって伊予の国越智郡、大山祇命(おおやまずみのみこと)の息女、木花咲耶姫(このはなさくやひめ)を天孫の峰に仲介申さん。これ夫婦婚姻の初めなり。

 この時、賽(さい)の神といつき奉るも本体は猿田彦の神を祀(まつ)るなり。彦火火出見命(ひこほほでみのみこと)、天の釣り針を失い給いし時、荒芽のかぶたを取り、竜宮界に落とし、これ南海に船の初めなり。この時、船玉明神(ふなだまみょうじん)と祝い納めるも、本体は猿田彦の神を祀るなり。また、しゅうきくの庭に立ち、千日の毬(まり)を蹴らし給う摩利支天(まりしてん)、摩利の明神といつき祀るも猿田彦の神を祀るなり。庚申(かのえさる)の日は、農家にとり、いたって悪日なれば、これを善日になさんがため、庚申(こうしん)と祝い納めるも、猿田彦の神を祀るなり。また商人にとりては利徳幸いの神なり。身体不自由なる者には杖道引きの神なり。この神は悪魔降伏の神にましませば、神歌に曰く」。
神歌  「八つの御名、八つの勲しあればこそ、罪咎(つみとが)払う白ひげの神」。
 「さって、この神は悪魔降伏の神にましませば、世の人々いろいろ尊敬し奉るなり。三災七難消除、呪詛(じゅそ)悪魔降伏、怨敵退散(おんてきたいさん)、疾病消除、別して皇国(すめらみくに)は御世(みよ)長久、家内安全、組中安全のその為に、にわかに神前を作り固め、御柵には白幣を立ち並べ、産土 (うぶすな)の大神をはじめ八百万(やおよろず)の神を観召なし、四方にも七五三の注連縄を張りめぐらし、上に白蓋(びゃっかい)白(びゃく)ろく、八つの千道(ちみち)を切り飾り、下に万畳八重の錦の御呉座を敷きつらね、これを神楽の道場と拝場し奉るなり。ただいま、この神前に太田猿田彦大神の貌影 (びょうえい)を舞い出さばやと存じ候間、音楽におかれては大胴小胴、羯鼓(かっこ)笙(しょう)篳篥(ひちりき)の諸楽をとりそろえ、岩戸がしら切拍子の一曲願うにて候」。
太鼓  「承って候」。
神歌  「面白や、笛や太鼓にはやされて、今舞い出す猿田彦の神」。
 半畳の舞

【猿田彦の舞】

 七座の神事の締めくくりをする舞であって、いわゆる「神まつり」は、ここまでである。軽快なリズムに乗り、太鼓の早いテンポに合わせて、千道(ちみち)という紙の綱飾りを ずたずたに切り払う。詞は、猿田彦と太鼓の掛け合いで行われる。

 扇舞
 刀舞
猿田彦  「さって、このところに舞い出したる神は、いかなる神とや思うらん。我こそは天孫降臨、先払いに天下ったる太田猿田彦大神(おおたさるだひこだいじん)なり。神事真先き、悪魔が目入りなすとも、抜いたる真剣をもって東西南北に切り払い、大当番をはじめ集まる氏子、安全に守護なさばやと存じ候」。
(この神剣をもって東西南北に追い払い、武運長久を祈らばやと存じ候。五穀豊穣、氏子安全)
猿田彦  「東方、南方、西方、北方、中央、おうりゅう、けんそう神に向かって罪咎(つみとが)あるか」。
太鼓  「罪咎なし」。
猿田彦  「御崎(みさき)あるか」。
太鼓  「御崎なし」。
猿田彦  「なんにも無ければ一得(いっとく)二危(にき)」。
太鼓  「三妖(さんよう)四殺(しさつ)」。
猿田彦  「五鬼(ごっき)六害(ろくがい)」。
太鼓  「七曜(しちよう)八難(はちなん)」。
猿田彦  「九曜(くよう)の星まで」。
太鼓  「年月日時、災禍消除と舞いや納めん」。
 この遣り取りが猿田彦と太鼓の掛け合いで行われる。狭い八畳間で長剣を水車のように使うが、これはよほどの習練を要する。

逸見芳春氏の神楽絵巻2」参照。
【こけら払い 】

 新築の家で、特別に、頼まれて舞うのがこの、こけら払いである。八船命(やふねのみこと)と、その手下の手置方負(ておきほおい)、彦佐知(ひこさち)の三名が、木の香のにおいのする家の、こけら(木くず)を掃除するために、登場する。手置方負と彦佐知が八船の命と請け負う金額を決めるため、なんども交渉をする。

神歌  「都の空を後にして、○○国○○市を指して急ぐらん」。
 一畳の舞
八船  「さって、このところに舞い出す神をいかなる神とや思うらん。我こそは家造り八船命(やふねのみこと)なり」。
手置  「さって、これに控えたるいい男の、の―の―さんをいかなる者とや思うらん。我こそは手置方負(ておきほおい)の、の―の―さんなり」。
彦左   「まった、これに控えしの、の―の―さんは、八船命の一の子分、ひ、ひ、ひ、彦左知命(ひこさちのみこと)なり」。
八船  「我々三人の者、このところに舞い出すこと、余の儀にあらず。今度○○の○○様方において新築落成あいなり、我々に、こけら払いをなせよとの命(めい)なり。よってこれより○○様宅指して急がばやと存じ候」。
 二畳の舞
八船  「急ぐにほどなく○○様宅に着いたと心得たり。アイヤ、両名の者、当家には新築落成あいなり、我々にこけら払いをばせよとの命(めい)なるが、両名の者、こけら払いをやってはくれぬかの。なにぶん当家は金もあり、人望もあり、立派な普請であるによって、隅から隅までくまなく綺麗にいたしくれよ。最前にも申したごとく、金はいくらでもあるから、そのほうたちの望み通り出してやるによって、綺麗になし申せよ。それで、いくらぐらいで出来るか見積もりを立ててみてくれぬかの」。
手置  「ハイハイ、それではゆっくり見させてもらって見積もりを立てますれば、しばらくお待ちくださりませ」。
八船  「早く見積もりを立ててみよ」。
手置  「オ―イ、相棒、御大将がな、この家のこけら払いをせよと言われるがどうだろうか。金はいくらでも出してやるから、いくらぐらいするか見積もりを立てて見よ、とおっしゃるが、なんと見積もりを立ててみようではないか」。
彦左  「オオ、こけら払いをせ―と言われるんか。そりゃあ、ありがたい。このごろ、いい仕事がなくて困っていたところだ。まあ久しぶりにしっかりもうけて、一杯飲み代稼ぎをするかな。しかし、相棒、このごろはあらゆる物価が値上がりだで、安うちゃあ請け合えんぞ」。
手置  「そうだな。しっかりもうかるような見積もりを立ててみよう。オイオイ、大きな家だで、だいぶんコケラやカンナクズがたくさんあるぞ」。
彦左  「オイオイ、この大工は荒つかな大工だふうで、えらいほどコッパやカンナクズが出とるわい。とってもトラックへ二杯や三杯では取り切れんぞ。このごろ燃料も高いし、日当も高いけぇ―。安うては出来んぞ。どうだ、五万円ぐらいひっかけてみるか」。
手置  「そいつぁ―よかろう。ほんなら、お前、行って交渉してみぃ―」。
彦左  「これはこれは、御命(おんみこと)様、相棒とよく話し合い、見積もりを立ててみましたが、なかなか大きな家でもあるし、大工も荒つかにして、コケラもカンナクズもたくさんあるんで、なかなか安いことでは出来んと言います。どうでしょうか、五万円ぐらいでいかでしょう」。
八船  「これはしたり。五万円ぐらいで出来ると申すか。それは結構であるぞ。五万円出してつかわすほどに、隅から隅まで綺麗になし申せよ」。
彦左  「それでは五万円出してつかあさるかな。でもな、御命様、相棒はなかなかねじくれもんだて、後でとやかく言うてはいけませんので、もう一ぺん得心させますから、すこし待ってください」。
八船  「早く相談なし申せよ」。
彦左  「オイ、やったやった、五万円ふっかけたら、すぐ出す言うた。ありゃあ、まだなんぼうでも出すらしいようだったぞ」。
手置  「オ―イ、やったのう。まだなんぼうでも出すようにあったかや。ほんなら、わしが行って、ず―っとすり上げて来るけえなあ」。
彦左  「オオ、行ってみい。なんぼうでも出すらしいぞ」。
手置  「コレハコレハ、御大将様。最前来ました相棒は、算用(さんにょう)もなにも出来んやつで、なんぼうなら出来るんやら、なんぼうなら損をするんやら、ちっとも分からんやつです。とてもじゃあないが、五万円や六万円じゃあ出来る仕事ではござんせん。ず―っと勉強しても一万円より下では出来ませんので、ひとつ一万円にしてください」。
八船  「これはしたり。五万円では出来ぬによって一万円にせよと申するか。それは大変結構であるぞ。それでは一万円出してつかわすほどに、きれいになし申せよ」。
手置  「これはこれは一万円に上げてくださるかな。ありがとうござんす。でも相棒は、さんにょうは分からんでも理屈ほどは言いますので、いっぺん得心さしちゃらにゃあいけません。ちょっと相談するまで待ってください」。
八船  「早く相談なし申せ」。
手置  「オ―イ、やったやった。とうとう一万円にすり上げたぞ」。
彦左  「なに、一万円にすり上げた? えらいことをしたなあ。で、まだ出すようだったか?」。
手置  「オオ、まだなんぼうでも出すらしい。いかほどでも出してやるほどに、きれいになし申せ、とかなんとか言うとったから、なんぼうでも出すぞ」。
彦左  「そうか、それではわしがもういっぺん行ってず―っとすり上げて来るだ。コレハコレハ、御命様、先には、ぬけさくの相棒をこさせまして、ありゃあ、まぬけで、あれの言うことは信用出来ません。もう少しすり上げてもらわねば、とってもやれません」。
八船  「それでは、いくらぐらいで出来ると申するか」。
彦左  「ハイ、とっても一万円どもでは出来そうもございません。これが最後だと思うて、ずっとすり上げたところで、千円ではどうでしょうか」。
八船  「これはしたり、一万円では出来ぬによって千円にしてくれと申すか。それは結構であるぞ。しからば千円に上げてつかわすほどに、隅から隅まで早くなし申せよ」。
彦左  「オイ、相棒、びっくりすんなよ。とうとう千円にすり上げた」。
手置  「オ―イ、千円出すいうたか。えらいことをしたなあ。上出来だ。それではな、最後の本契約をして来るからな。ちょっと待ちょうてくれえ。コレハコレハ、御大将様、最前は千円まで上げてつかあさって、まことにありがとうございました。いつまでもご無理ばかり言うては申し訳ありませんので、ここらで手を打とうと思います。千円では安すぎますんで、ただでやってあげましょう。そうして出来上がった暁には酒を二升持ってまいりますので、それでやらしてもらえんでしょうか」。
八船  「これはしたり、千円ではまだ安すぎるので、ただでして、竣工の暁には、酒二升買うて来ると申するか。それは結構であるぞ。しからば念には念を入れ、隅から隅まで、きれいになし申せよ」。
手置  「ハイ、ありがとうございました。それでは御大将様には奥に控えて、しばらくご休息くださいませ。オ―イ、とうとうやったぞ。千円ではまだ安いので、ただでやることにした。そうして最後に出来上がった時には、酒二升持って行くことにしたぞ」。
彦左  「そりゃあ、いいことをした。ただまですり上げたか。そりゃあ、大もうけだ。まだその上に酒二升買うて行くようにし たとは上出来だのう。それでは元気を出してやらにゃあいけんわい。早う片づけて、しっかりもうけてやろう」。
 二人が箒と熊手で掃除。
手置  「オ―イ、出来たぞ。大したゴミだなあ。オイ、これをどこへ捨てりゃあ」。
彦左  「そうだな、どこぞ前のほうで焼き捨てるか」。
手置  「そりゃあいけん、いけん。これに火を付けりゃあ、えらい煙が出る。そうすりゃあ、消防署がすぐ飛んで来てしかられる。焼くことはいけんいけん」。
彦左  「ほんなら、前の川へ捨てるか」。
手置  「それもいけんいけん。前の川へ捨てりゃあ、このごろ市長さんが川をきれいにせえ、きれいにせえ、と言うとるけえ、このへんの婦人会の人がすぐ怒って来るけえ、川へは捨てられん」。
彦左  「ほんなら、どうすりゃあ。焼いてもいけん、川へ捨ててもいけん。困ったなあ。オイ、いいことがある。太鼓の川(皮)へ捨てよう」。
手置  「そいつぁあ、いいところに気がついた。ほんなら、この川に捨てよう」。
彦左  「だが、なにに入れて捨てりゃあ」。
手置  「そうだなあ。どこかに、サゲモッコウがあるかなあ」。
彦左  「そうだ。○○のおっさんは、古い物を持っとるけえ、あるかも知れん。ちょっと借りてこうか」。
 二人のモッコウかつぎの所作。太鼓の 川へ捨てる。
手置  「このところに御大将はおわしまさんかな。おわしますなら、はやばや、おん立ち給えやな」。
八船  「これはこれは、両名には大変ご苦労であった。しからば、これにて退場つかまつろう。」
 三畳の舞
 祝詞
八船  「かけまくも畏(かし)こき三柱の大神、八船の大神、手置方負の大神、彦左知の大神、当所に鎮まります産土(うぶすな)の大神たちの御前に畏こみ畏こみ曰(もう)さく、今日の生日(いくひ)の足日(たるひ)に当所産土の大神、十二玉の氏子○○氏、新しく建て築きたる家宅の木片(こけら)払いの御祭り仕え奉り、幣帛(へいはく)捧げ持ちて御饌(ごせん)、御神酒、種々品置き、高なし、天の岩戸神楽奉納し、こい曰さく、この屋宅内外諸々の罪咎(つみとが) あらむをば、朝風夕風の吹き払うことのごとく、大海原に吹き払い給いて、礎ゆらぐことなく崩るることなく、下津磐根(いたついわね)堅く、火の災い、雨風の災いなく、棟門(むねかど)高く栄えしめ給い、親族(うから)家族(やから)、諸々心あい睦み和み、子孫の八十(やそ)続きに至るまで家門(いえかど) 高く立ち栄えしめ給えと、畏こみ畏こみ曰す」。




(私論.私見)

備中神楽演目次第

 (最新見直し2008.8.1日)

 (れんだいこのショートメッセージ)
 備中神楽の演目次第が「逸見芳春氏の神楽絵巻1」以下№11までサイトアップされている。早速これを購入してみる事にした。購入先は、「備北民報社の出版物のページ」の「神楽絵巻改訂版」。

 2008.8.1日 れんだいこ拝

「」参照。


【神迎え(打っ立て) 】
 

 四周に注連(しめ)をめぐらし、中央に四人の神楽太夫(かぐらだゆう)が着座し、真ん中に太鼓を置き、神前に向かって表(主)の太鼓打ちと、斜め向かいに裏(副)の太鼓打ちが座る。両側に、笛と手拍子(てびょうし)が座し、表太鼓の打ち始めに合わせて、裏太鼓が応じ、笛と手拍子が、はやしを受け持つ。

 「神の座す鳥居に入れば、この身より、ひつぎの宮と安らかに住む」。
 「天地(あめつち)を二場(ふたば)に分けし神心、天が下にて神を拝す」。
 太鼓二回連続打ち。
神歌  「サンヤ、神殿(こうどの)に参る心は山の端の、月待ちいたる心こそすれ」。
神歌  「サンヤ、この御座(みざ)を清むるものは山の端の、百山(もやま)のさかき葉、百浦(ももうら)の塩」。
神歌  「サンヤ、上(かみ)よりも注連(しめ)にて参る注連の主(ぬし)、注連貸せ給え、注連守(しめもり)の神」。
神歌  「サンヤ、下(しも)よりも呉座(ござ)にて参る呉座の主、呉座貸せ給え、呉座守(ござもり)の神」。
神歌  「注連御呉座(しめみござ)参る男子(おのこ)が借り受けて、今宵御神楽(みかぐら)奉るなり」。
 太鼓二回連続打ち。
四季の歌  「春来れば柳も芽立つ、たずの葉も、まだ幼きは槇(まき)の若ばえ」。
四季の歌  「夏山の森の梢は高けれど、空には蝉の歌声ぞする」。
四季の歌  「秋の田の穂の上照らす稲光り、光のままに舞いやくださん」。
四季の歌  「冬の野に凍(こお)らぬ里はなきものか、皆白妙(しらたえ)の御幣(ごへい)とはなる」。
神歌  「御幣立て、ここを高天原(たかまがはら)と見て、集まり給え、四方(よも)の神神(かみがみ)」。
神歌  「この空に千代経る神こそ舞い遊ぶ、諸楽を揃えて舞いやくださん」。
 太鼓二回連続打ち。
 「神観召(かみかんじょう=神勧請)、一天太平、五社頭光栄、万難消除の、そのおん為に、払い清めて、御呉座並べて、観召申すは、大空にまします、増加(造化)の三神、三柱の大神(おおかみ)、伊佐奈岐(いざなぎ)の大神、伊佐奈美(いざなみ)の大神、伊勢の国では、用田が原にと、鎮まりまします、天照大神(てんしょうだいじん)、五十鈴(いすず)の川上に、豊受(とようけ)の大神、伊勢の国では、大小神祇(じんぎ)が、百二十末社で、山には山神、川には水神、海には竜神、四方や四天の大小神祇や、当県県社に、護国の神社や、当郡郷社に、当国一の宮、当所に鎮まりまします産土(うぶすな)の大神、荒神(こうじん)神社に、大の当番、盛家をはじめて、十二氏子の、家の内にと、み祀(まつ)り申すは、大歳(おおとし)の大神、巳年(みどし)の大神、若歳の大神、倉にはお恵比須(えびす)、福の大神、門(かど)には門神(かどかみ)、三柱の大神、牛馬を守るは、受持ちの大神、お釜に両神、火ぶすの大神、一切金神(いっさいこんじん)、地神水神(ちじんすいじん)、五帝土公神(ごていどくうじん)、大社小社は、今この御座にと、観召申すに、なにがいる、榊(さかき)御鈴(みすず)に、御幣(ごへい)こそいる」。
 太鼓一回打ち。
神歌  「サンヤ、下(お)り給え下り給え、下りえの御座(みざ)に綾を張り、錦を並べて 御呉座(みござ)と定めん」。
神歌  「サンヤ、神州は静かなるらん、宮の内、なおも静かに神殿(こうどの)の内」。
神歌  「サンヤ、天(そら)へ天へと蒔く米は、毒地に下りて氏子守らん」。
 太鼓乱れ打ち。
 「天神地祇(てんしんちぎ)一切の神は、この注連(しめ)の内にと降臨(こうりん)ようごうあらしめ給え、畏(かしこ)み畏み曰(もう)す。天津御社 (あまつみやしろ)、国津(くにつ)御社」。

【役差しの舞(さし紙)】

 七座の神事は「神迎え」がその第一で、次が「役差(やくざ)しの舞」である。この舞は、今宵の神楽を行う太夫たちの、いわば役付けを行うもので、左手の紙がそれで、役付けを書いた名前の半紙をとじたものである。前半は、鈴を持ち、「サンヤ舞」という軽快な舞を舞い、後半は、扇子に持ちかえて、「曲舞(きょくまい)」という基礎舞でしめくくる。

 サンヤ拍子の舞
神歌  「サンヤ、上よりも注連(しめ)にて参る注連の主、注連貸せ給え、注連守(しめもり)の神」 。
神歌  「サンヤ、下よりも呉座にて参る呉座の主、呉座貸せ給え、呉座守の神」。
神歌  「サンヤ、注連御呉座参る、男子が借り受けて、今宵、御神楽奉るなり」。
 曲舞
神歌  「御幣串(ごへいぐし)、育ちはいずこ伊勢の国、用田が原の篠の若竹」。
神歌  「御幣紙、育ちはいずこ津の国の、江口が島のひごの若ばえ」。
神歌  「この紙を唯白紙と思うかや、今宵神楽の役割の紙」。

【呉座の舞】

 注連(しめ)と呉座(ござ)の二つは、神楽場では最も神聖なものである。注連と呉座が神の来賓席なのである。
 太夫は、呉座を巻いて左手に持ち、右手に鈴を持って「サンヤ舞」を舞う。後半は「曲舞」を行い、呉座を東・西・南・北・中央に敷き初め、呉座の両側をにぎって、跳び上がり、縮めた両足の下をくぐらせる。これを「呉座跳び」という。

 サンヤ拍子の舞
 神歌三首は「役差しの舞」 と同じ。
 曲舞。
神歌  「生い繁る小田に植えたる藺(い)を刈りて、藺を織り立てて呉座と作らん」。
神歌  「この呉座はたれ敷きそめし呉座なれや、高天原に敷きし神呉座」。
神歌  「この呉座の錦のひもを解く時は、諸神(もろがみ)たちは呉座に下りませ」。
太鼓詞  「敷こうや敷こうや、なんの呉座敷こうや、かより東方へ、東方と申さば、きのえきのとの大小神祇(じんぎ)の下(お)りえなされる神のな御前(みまえ)に打ちや向かいて、なに呉座敷こうや、錦の呉座敷く、ユラユラドンドと。 さてまた、かより南方へ、南方と申さば、ひのえひのとの大小神祇の(以下、東方と同じ)。 さてまた、かより西方へ、西方と申さば、かのえかのとの(以下、東方と同じ)。さてまた、かより北方へ、北方と申さば、みずのえみずのとの(以下、東方と同じ)。 さてまた、かより中央へ、中央と申さば、つちのえつちのとの(以下、東方と同じ)。 跳ぼうや跳ぼうや、なに呉座跳ぼうや、かより東方は大小神祇の下りえなされる神のな御前に打ちや向かいて、なに呉座跳ぼうや、錦の呉座跳ぶ、ユラユラドンドと。(以下は、南西北中央まで同じ。)」
神歌  「この呉座を打ち敷きままに眺むれば、諸神(もろがみ)たちは呉座にまします」。
 曲舞

【猿田彦の道引き】

 猿田彦(さるだひこ)が舞い出る前に、どうしても省略できない舞がある。猿田彦の華々しい舞を誘う前口上を述べる役である。たいてい座長がこの役を受け持つ。畳の上を行きつ戻りつしながら、猿田彦の説明をするのである。

曲舞
神歌  「猿田彦(さるだひこ)、諸神(もろがみ)たちの先払い、うれしく召され天地(あめつち)の神」。
 「さって猿田彦大神(だいじん)の由来根源あらあらしく尋ね奉れば、なかなか御大徳の神にましませば、詳しきことは略して申さん。そもそも地神三代、天津日高彦穂瓊々杵命(あまつひだかひこほににぎのみこと)、天孫降臨、この国に天下らせ給う時、鈿女(うずめ)、手力男(たぢからお)、児屋根(こやね)、太玉(ふとだま)、すべて三十二神をあい添え、天の相中へ立たせ給う時、霧と霞が交じりて道筋あい分からず、よって、い庭の稲穂をこぎ、東西に蒔き給えば、雲霧たちまちに伊豆の千分(ちわ)きに千分きたり。

 天の八千又(やちまた)に一つの神あり。この神の姿を見れば、鼻の長さは七尺(はた)余り、おひろはまさに七尋(ひろ)余りとも言うべし。また口かくれ、あかりてらり、眼は八咫(やた)の鏡のごとく、照り輝くこと赤酸醤(あかがち) に似たり。あまりすさまじき神にましませば、具奉(ぐぶ)三十二神のうち誰問う神とて更になし。

 鈿女の神は女人にましませば、神気はなはだしく、胸乳をあらわし、も紐早ほとの下におしたれたり。えらえらとあざ笑い、立ち向かいて問うことを言う。それなる神はいかなる神にてましますか。翁答えて曰く。我は太田猿田彦大神(おおたさるだひこだいじん)なり。天孫降臨しますによって、このところに迎え奉り、我が国に道引き申さん。常盤片葉(ときわかたは)に栄えまさん。しかるに瓊々杵命には妻なく、妻なくしてはおさまらず。よって伊予の国越智郡、大山祇命(おおやまずみのみこと)の息女、木花咲耶姫(このはなさくやひめ)を天孫の峰に仲介申さん。これ夫婦婚姻の初めなり。

 この時、賽(さい)の神といつき奉るも本体は猿田彦の神を祀(まつ)るなり。彦火火出見命(ひこほほでみのみこと)、天の釣り針を失い給いし時、荒芽のかぶたを取り、竜宮界に落とし、これ南海に船の初めなり。この時、船玉明神(ふなだまみょうじん)と祝い納めるも、本体は猿田彦の神を祀るなり。また、しゅうきくの庭に立ち、千日の毬(まり)を蹴らし給う摩利支天(まりしてん)、摩利の明神といつき祀るも猿田彦の神を祀るなり。庚申(かのえさる)の日は、農家にとり、いたって悪日なれば、これを善日になさんがため、庚申(こうしん)と祝い納めるも、猿田彦の神を祀るなり。また商人にとりては利徳幸いの神なり。身体不自由なる者には杖道引きの神なり。この神は悪魔降伏の神にましませば、神歌に曰く」。
神歌  「八つの御名、八つの勲しあればこそ、罪咎(つみとが)払う白ひげの神」。
 「さって、この神は悪魔降伏の神にましませば、世の人々いろいろ尊敬し奉るなり。三災七難消除、呪詛(じゅそ)悪魔降伏、怨敵退散(おんてきたいさん)、疾病消除、別して皇国(すめらみくに)は御世(みよ)長久、家内安全、組中安全のその為に、にわかに神前を作り固め、御柵には白幣を立ち並べ、産土 (うぶすな)の大神をはじめ八百万(やおよろず)の神を観召なし、四方にも七五三の注連縄を張りめぐらし、上に白蓋(びゃっかい)白(びゃく)ろく、八つの千道(ちみち)を切り飾り、下に万畳八重の錦の御呉座を敷きつらね、これを神楽の道場と拝場し奉るなり。ただいま、この神前に太田猿田彦大神の貌影 (びょうえい)を舞い出さばやと存じ候間、音楽におかれては大胴小胴、羯鼓(かっこ)笙(しょう)篳篥(ひちりき)の諸楽をとりそろえ、岩戸がしら切拍子の一曲願うにて候」。
太鼓  「承って候」。
神歌  「面白や、笛や太鼓にはやされて、今舞い出す猿田彦の神」。
 半畳の舞

【猿田彦の舞】

 七座の神事の締めくくりをする舞であって、いわゆる「神まつり」は、ここまでである。軽快なリズムに乗り、太鼓の早いテンポに合わせて、千道(ちみち)という紙の綱飾りを ずたずたに切り払う。詞は、猿田彦と太鼓の掛け合いで行われる。

 扇舞
 刀舞
猿田彦  「さって、このところに舞い出したる神は、いかなる神とや思うらん。我こそは天孫降臨、先払いに天下ったる太田猿田彦大神(おおたさるだひこだいじん)なり。神事真先き、悪魔が目入りなすとも、抜いたる真剣をもって東西南北に切り払い、大当番をはじめ集まる氏子、安全に守護なさばやと存じ候」。
(この神剣をもって東西南北に追い払い、武運長久を祈らばやと存じ候。五穀豊穣、氏子安全)
猿田彦  「東方、南方、西方、北方、中央、おうりゅう、けんそう神に向かって罪咎(つみとが)あるか」。
太鼓  「罪咎なし」。
猿田彦  「御崎(みさき)あるか」。
太鼓  「御崎なし」。
猿田彦  「なんにも無ければ一得(いっとく)二危(にき)」。
太鼓  「三妖(さんよう)四殺(しさつ)」。
猿田彦  「五鬼(ごっき)六害(ろくがい)」。
太鼓  「七曜(しちよう)八難(はちなん)」。
猿田彦  「九曜(くよう)の星まで」。
太鼓  「年月日時、災禍消除と舞いや納めん」。
 この遣り取りが猿田彦と太鼓の掛け合いで行われる。狭い八畳間で長剣を水車のように使うが、これはよほどの習練を要する。

逸見芳春氏の神楽絵巻2」参照。


【こけら払い 】

 新築の家で、特別に、頼まれて舞うのがこの、こけら払いである。八船命(やふねのみこと)と、その手下の手置方負(ておきほおい)、彦佐知(ひこさち)の三名が、木の香のにおいのする家の、こけら(木くず)を掃除するために、登場する。手置方負と彦佐知が八船の命と請け負う金額を決めるため、なんども交渉をする。

神歌  「都の空を後にして、○○国○○市を指して急ぐらん」。
 一畳の舞
八船  「さって、このところに舞い出す神をいかなる神とや思うらん。我こそは家造り八船命(やふねのみこと)なり」。
手置  「さって、これに控えたるいい男の、の―の―さんをいかなる者とや思うらん。我こそは手置方負(ておきほおい)の、の―の―さんなり」。
彦左   「まった、これに控えしの、の―の―さんは、八船命の一の子分、ひ、ひ、ひ、彦左知命(ひこさちのみこと)なり」。
八船  「我々三人の者、このところに舞い出すこと、余の儀にあらず。今度○○の○○様方において新築落成あいなり、我々に、こけら払いをなせよとの命(めい)なり。よってこれより○○様宅指して急がばやと存じ候」。
 二畳の舞
八船  「急ぐにほどなく○○様宅に着いたと心得たり。アイヤ、両名の者、当家には新築落成あいなり、我々にこけら払いをばせよとの命(めい)なるが、両名の者、こけら払いをやってはくれぬかの。なにぶん当家は金もあり、人望もあり、立派な普請であるによって、隅から隅までくまなく綺麗にいたしくれよ。最前にも申したごとく、金はいくらでもあるから、そのほうたちの望み通り出してやるによって、綺麗になし申せよ。それで、いくらぐらいで出来るか見積もりを立ててみてくれぬかの」。
手置  「ハイハイ、それではゆっくり見させてもらって見積もりを立てますれば、しばらくお待ちくださりませ」。
八船  「早く見積もりを立ててみよ」。
手置  「オ―イ、相棒、御大将がな、この家のこけら払いをせよと言われるがどうだろうか。金はいくらでも出してやるから、いくらぐらいするか見積もりを立てて見よ、とおっしゃるが、なんと見積もりを立ててみようではないか」。
彦左  「オオ、こけら払いをせ―と言われるんか。そりゃあ、ありがたい。このごろ、いい仕事がなくて困っていたところだ。まあ久しぶりにしっかりもうけて、一杯飲み代稼ぎをするかな。しかし、相棒、このごろはあらゆる物価が値上がりだで、安うちゃあ請け合えんぞ」。
手置  「そうだな。しっかりもうかるような見積もりを立ててみよう。オイオイ、大きな家だで、だいぶんコケラやカンナクズがたくさんあるぞ」。
彦左  「オイオイ、この大工は荒つかな大工だふうで、えらいほどコッパやカンナクズが出とるわい。とってもトラックへ二杯や三杯では取り切れんぞ。このごろ燃料も高いし、日当も高いけぇ―。安うては出来んぞ。どうだ、五万円ぐらいひっかけてみるか」。
手置  「そいつぁ―よかろう。ほんなら、お前、行って交渉してみぃ―」。
彦左  「これはこれは、御命(おんみこと)様、相棒とよく話し合い、見積もりを立ててみましたが、なかなか大きな家でもあるし、大工も荒つかにして、コケラもカンナクズもたくさんあるんで、なかなか安いことでは出来んと言います。どうでしょうか、五万円ぐらいでいかでしょう」。
八船  「これはしたり。五万円ぐらいで出来ると申すか。それは結構であるぞ。五万円出してつかわすほどに、隅から隅まで綺麗になし申せよ」。
彦左  「それでは五万円出してつかあさるかな。でもな、御命様、相棒はなかなかねじくれもんだて、後でとやかく言うてはいけませんので、もう一ぺん得心させますから、すこし待ってください」。
八船  「早く相談なし申せよ」。
彦左  「オイ、やったやった、五万円ふっかけたら、すぐ出す言うた。ありゃあ、まだなんぼうでも出すらしいようだったぞ」。
手置  「オ―イ、やったのう。まだなんぼうでも出すようにあったかや。ほんなら、わしが行って、ず―っとすり上げて来るけえなあ」。
彦左  「オオ、行ってみい。なんぼうでも出すらしいぞ」。
手置  「コレハコレハ、御大将様。最前来ました相棒は、算用(さんにょう)もなにも出来んやつで、なんぼうなら出来るんやら、なんぼうなら損をするんやら、ちっとも分からんやつです。とてもじゃあないが、五万円や六万円じゃあ出来る仕事ではござんせん。ず―っと勉強しても一万円より下では出来ませんので、ひとつ一万円にしてください」。
八船  「これはしたり。五万円では出来ぬによって一万円にせよと申するか。それは大変結構であるぞ。それでは一万円出してつかわすほどに、きれいになし申せよ」。
手置  「これはこれは一万円に上げてくださるかな。ありがとうござんす。でも相棒は、さんにょうは分からんでも理屈ほどは言いますので、いっぺん得心さしちゃらにゃあいけません。ちょっと相談するまで待ってください」。
八船  「早く相談なし申せ」。
手置  「オ―イ、やったやった。とうとう一万円にすり上げたぞ」。
彦左  「なに、一万円にすり上げた? えらいことをしたなあ。で、まだ出すようだったか?」。
手置  「オオ、まだなんぼうでも出すらしい。いかほどでも出してやるほどに、きれいになし申せ、とかなんとか言うとったから、なんぼうでも出すぞ」。
彦左  「そうか、それではわしがもういっぺん行ってず―っとすり上げて来るだ。コレハコレハ、御命様、先には、ぬけさくの相棒をこさせまして、ありゃあ、まぬけで、あれの言うことは信用出来ません。もう少しすり上げてもらわねば、とってもやれません」。
八船  「それでは、いくらぐらいで出来ると申するか」。
彦左  「ハイ、とっても一万円どもでは出来そうもございません。これが最後だと思うて、ずっとすり上げたところで、千円ではどうでしょうか」。
八船  「これはしたり、一万円では出来ぬによって千円にしてくれと申すか。それは結構であるぞ。しからば千円に上げてつかわすほどに、隅から隅まで早くなし申せよ」。
彦左  「オイ、相棒、びっくりすんなよ。とうとう千円にすり上げた」。
手置  「オ―イ、千円出すいうたか。えらいことをしたなあ。上出来だ。それではな、最後の本契約をして来るからな。ちょっと待ちょうてくれえ。コレハコレハ、御大将様、最前は千円まで上げてつかあさって、まことにありがとうございました。いつまでもご無理ばかり言うては申し訳ありませんので、ここらで手を打とうと思います。千円では安すぎますんで、ただでやってあげましょう。そうして出来上がった暁には酒を二升持ってまいりますので、それでやらしてもらえんでしょうか」。
八船  「これはしたり、千円ではまだ安すぎるので、ただでして、竣工の暁には、酒二升買うて来ると申するか。それは結構であるぞ。しからば念には念を入れ、隅から隅まで、きれいになし申せよ」。
手置  「ハイ、ありがとうございました。それでは御大将様には奥に控えて、しばらくご休息くださいませ。オ―イ、とうとうやったぞ。千円ではまだ安いので、ただでやることにした。そうして最後に出来上がった時には、酒二升持って行くことにしたぞ」。
彦左  「そりゃあ、いいことをした。ただまですり上げたか。そりゃあ、大もうけだ。まだその上に酒二升買うて行くようにし たとは上出来だのう。それでは元気を出してやらにゃあいけんわい。早う片づけて、しっかりもうけてやろう」。
 二人が箒と熊手で掃除。
手置  「オ―イ、出来たぞ。大したゴミだなあ。オイ、これをどこへ捨てりゃあ」。
彦左  「そうだな、どこぞ前のほうで焼き捨てるか」。
手置  「そりゃあいけん、いけん。これに火を付けりゃあ、えらい煙が出る。そうすりゃあ、消防署がすぐ飛んで来てしかられる。焼くことはいけんいけん」。
彦左  「ほんなら、前の川へ捨てるか」。
手置  「それもいけんいけん。前の川へ捨てりゃあ、このごろ市長さんが川をきれいにせえ、きれいにせえ、と言うとるけえ、このへんの婦人会の人がすぐ怒って来るけえ、川へは捨てられん」。
彦左  「ほんなら、どうすりゃあ。焼いてもいけん、川へ捨ててもいけん。困ったなあ。オイ、いいことがある。太鼓の川(皮)へ捨てよう」。
手置  「そいつぁあ、いいところに気がついた。ほんなら、この川に捨てよう」。
彦左  「だが、なにに入れて捨てりゃあ」。
手置  「そうだなあ。どこかに、サゲモッコウがあるかなあ」。
彦左  「そうだ。○○のおっさんは、古い物を持っとるけえ、あるかも知れん。ちょっと借りてこうか」。
 二人のモッコウかつぎの所作。太鼓の 川へ捨てる。
手置  「このところに御大将はおわしまさんかな。おわしますなら、はやばや、おん立ち給えやな」。
八船  「これはこれは、両名には大変ご苦労であった。しからば、これにて退場つかまつろう。」
 三畳の舞
 祝詞
八船  「かけまくも畏(かし)こき三柱の大神、八船の大神、手置方負の大神、彦左知の大神、当所に鎮まります産土(うぶすな)の大神たちの御前に畏こみ畏こみ曰(もう)さく、今日の生日(いくひ)の足日(たるひ)に当所産土の大神、十二玉の氏子○○氏、新しく建て築きたる家宅の木片(こけら)払いの御祭り仕え奉り、幣帛(へいはく)捧げ持ちて御饌(ごせん)、御神酒、種々品置き、高なし、天の岩戸神楽奉納し、こい曰さく、この屋宅内外諸々の罪咎(つみとが) あらむをば、朝風夕風の吹き払うことのごとく、大海原に吹き払い給いて、礎ゆらぐことなく崩るることなく、下津磐根(いたついわね)堅く、火の災い、雨風の災いなく、棟門(むねかど)高く栄えしめ給い、親族(うから)家族(やから)、諸々心あい睦み和み、子孫の八十(やそ)続きに至るまで家門(いえかど) 高く立ち栄えしめ給えと、畏こみ畏こみ曰す」。




(私論.私見)