【ホツマツタヱ1、アのヒマキ(天の巻)8、魂返しハタレ撃つ文】 |
魂返し ハタレ討つ文 |
「大御神 天が下照る 貴日霊(くしひる)に」、「民も豊かに 二十三万」、「二千三百八十の 二年を 経ても安らや」、「御形(みかたち)も なお若やぎて 御座(おわ)します」、「今年二十四の さく鈴を」、 「ふそゐのすすに 植え替えて」、「陽陰の)節に当れば 根の国と」、「サホコの国の マスヒトが」、「内のシラヒト コクミ等が」、「親も犯して 子も犯す」、「咎(とが)過ちも 二侍(ふため)殿」、「賢(かしこ)所の 引き連りに」、「許せば抱え 国を治(た)す」、「賂(まいない)掴み 忠(まる)ならず」。 |
天照大御神のご威光は天下あまねく照り輝き、民の暮らしも豊かに世は事もなく移ろいました。すでに長い年月を経てもなお君の御心はいつも安らかにあらせ、御容姿はなお一層健やかに若やいで御座(おわ)しました。今年は丁度、天神四代目のウビチニの御代から植え継いできた天真榊(アメノマサカキ)の二十四本目が枯れ、二十五本目を植え替え折鈴(サクスズ)となる天(アメ)の節目に当たっていました。この節を窺うかの様に根(ネ)の国の益人(マスヒト・代官)シラヒト(白人)とサホコ(山陰)の国の益人コクミ(胡久美)等が、それぞれ国を預かる公の立場を忘れ、恩義ある先代の益人クラキネの妻とその娘のクラコ姫を犯す事件を起こした。両人は厳しい判決を受け死刑を宣告されたものの、結局天照神の后のモチコと妹ハヤコのひいきにより流刑に減刑され、新益人となったカンサヒに再度仕官して副益人(ソエマスヒト)の地位を得て国を治めていた。元々素養の無い両人は、相変わらず席が温まると、賄賂を取るわ税(チカラ)をくすねるわの不忠者で政治も乱れ民は嘆き苦しんでいた。 |
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「遂にオロチに 舐められて」、「法(のり)の崩るる 節々に」、「ハタレのモノの 蠢めきて」、「騒いの声の 恐ろしく」、「ここ多(さわ)山の 早雉(ききす)」、 「杼(ひな)投(ぐ)る告げの 高マには」、「神議りして 進み出る」、「タケミカツチが 十六丈の」、「万(よろ)に優るる 力にも」、「知らぬハタレの 訝さを」、 「訴(う)つや秀(ひ)たりの カナサキも」、「応えを知らで 伺えば」、「天照らします 詔」。 |
遂に大蛇(おろち)に舐(な)められて、法(のり)の崩れる節々にハタレ(悪魔)が群がりうごめいて、不気味な五月蝿(サハイ)の唸(うな)りの様な騒動が国中に巻き起り、その恐ろしい音は日に日に近づいていた。このハタレ共の蜂起を伝える急使がココサワ山(菊沢山)から次々と宮中に飛来して、それはもう横糸を通す梭(ひ)を投げる回数でやって来た。高マ(たかま)では緊急に神々が集まり神議りした。タケミカズチ(建御雷)は、一丈六尺の背丈にして万人に勝れた剛力にもかかわらず、今回のハタレについては一向に正体が解らぬ訝(いぶか)しさを顔に表わして、恥も外聞もなく進み出ると諸神に教えを乞いた。又、天照神の左に座すカナサキも、「打倒ハタレ」の急先鋒でしたが、実は得体の知れないハタレがとんと解らず、皆一同が君にお伺いを立てた。この時、天下をあまねく照らして民の心を明るく導く天照が詔した。 |
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「やや知る真(まこと) ハタレとは」、「天にも居らず 神ならず」、「人の拗(ねじ)けの 研(と)ぎ優れ」、「凝(こ)り熟(え)て六つの ハタレ成る」、「錦オロチの シムミチや」、「ハルナハハミチ ヰソラミチ」、 「乱るキクミチ ヰツナミチ」、「鳴神求む アヱノミチ 」、「皆そのシムを 抜き取りて」、「穢業(わさ)に燃え点(つ)く 瘧(おこり)火の」、「日々に三度(みたび)の 悩みあり 如何で恐れん」、 「神力 祓い除(のぞ)かば 自ずから」、「ハハもイソラも 寄り返し 射る矢も受けず」、「神の矢は 必ず当る」、「ハタレ実の 術(わざ)や露わす」、 |
「私とて少し真実を知っているだけです。ハタレなる者は天上の神の世界にも居ないので神ではありません。たぶん根生の拗(ねじ)けた小利口な人が群れ集まって、法(のり)の乱れに乗じて御旗(みはた)を破り、ご政道を危うくして国を奪おうと計る悪賢い六族(ムツ)のハタレ魔です。そのハタレ頭(カミ・魔王)の名は、錦大蛇(ニシキオロチ)のシムミチとハルナハハミチ、次イソラミチに乱れ咲くキクミチとイツナミチ、そして雷神(ナルカミ)を呼ぶアエノミチの六族です。このハタレ共とて弱点はあります。自らの血を抜き、妖術を操り人をたぶらかす反面、その術に驕(おご)り高ぶり燃え尽きて、ついには日々に三度の熱に苦しみ悩むのです。何ぞ恐れんこのハタレ、神の力により祓(はら)い除かば、ハハ(蛇)もイソラ(蛟・みずち)も押し返して退散させるのだ。敵の射る矢は当たらず、神の矢は必ず当たる。化けの皮を現わしたハタレは妖術も利かず、一網打尽に打ち取るが良い」。 |
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「フツヌシが 手立(てだて)を問えば」、「カナサキの 翁答えて」、「我も無し 慈しを以て 神形」、「ナカコ素直に 神力 」、「良く理知るば 神通り」、 「事和保(ことなふたも)つ 奇日霊(くしひる)ぞ 」、「ただ和らぎを 手立なり」、「神の御心 麗わしく」、「禊司(みそぎつかさ)を カナサキに」、「フツヌシ副(そ)えて ミカツチも」、 「功(いさおし)合わせ 打たしむる」、「天の籠弓(かごゆみ) ハハ矢添え」、「ハタレ破れと 賜ひけり」。 |
次にフツヌシ(香取神宮祭神)がハタレ魔を成敗する手段(テダテ)を問い尋ねた。この度は君に替わって、カナサキ(住吉)の翁が答えた。「我にも無いのじゃ。考えるに唯々慈愛(いつくし)を持って当たれば神形(カンカタチ・神威)が保たれ、心中(ナカゴ)が常に素直なら神力(カンチカラ)が備わり、良く敵状を知れば神通力(カントオリ)が得られ無事を保てる。これも皆君の奇霊(クシヒル)の賜物なり。唯々懐柔を戦術とすべきです」。これを聞いていた天照神の御心は晴れ晴れと美(うるわし)く、カナサキに禊司(みそぎつかさ)の大役を授けると、フツヌシとタケミカズチを副えて、功(いさおし)を合わせて討伐することになった。君は天(アメ)の鹿児弓(カゴユミ)と羽羽矢(ハハヤ・破魔矢)を添えて御手ずから「ハタレ破れ」と三人に賜つた。 |
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「六つのハタレは 八岐あり」、「九千司に 七十万」、「群れ集りて 垣(かき)破り」、「叢雲(むらくも)起こし 炎吹き」、「礫(つぶて)雷(いかづち) 国搖すり」、「民を揺すりて 攻め寄する」。 |
この六族のハタレ共はそれぞれ八岐族(ヤマタ)を従えて、その下に九千人の司達が助けて都合七十万人の魔民(モノマ)を従え、徒党を組んで諸国の柵を破り、神の宮居を襲っては農民の食糧を奪っていった。その侵略のすさまじい事、常に叢雲(むらくも)を起こし暗闇にし、突然炎(ほのほ)を吹き上げ驚かし、飛礫(つぶて)あられを降らし、雷を落として度肝を抜き地震で民を揺すって室屋(ムロヤ・立穴住居)を壊し攻め寄せて来た。 |
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「天照神は サクナタリ」、「速川の瀬に 禊して」、「ハタレ破るの 呪いの」、「種を求めて 授けます」、「諸神受けて これを打つ」、 「ハタレシムミチ 為す術に 山川溢れ」、「大オロチが 炎を吐きて 驚かす」、「カナサキ暫し 立ち帰り」、「天に告ぐれば 大御神」、「賜ふ葛末(かたすす) 蕨縄(わらびなわ)」、 「カナサキ受けて 攻め口の」、「諸に授けて 呪えば」、「ハタレのモノの 術成らず」、「逃げんとすれど 神軍」、「勝ちて生け捕る ハタレマを」、「乾く日照りに つなぎ置き」、「遂に生け捕る ハタレ頭」、「ツツガに置きて 三千モノマ」、「シム(近親)に預けて 諸帰りけり」。 |
この敵状をじっと聞いておられた天照神は評定の終わるのを待って静かに宮を抜け出ると、瀧の落ち降る速川(はやかわ)の瀬で禊(みそぎ)をされて、ハタレを打ち破る呪(まじない)の種(戦術)を得て、諸神達(モロカンタチ)にこの種を授けた。諸将はこの賜物を受け、再戦に向かった。ハタレシムミチの為す術は山川に溢れ、大オロチが炎を吐きて驚かしていた。この状況を見たカナサキは、一旦退却し本宮に帰り、天に戦況報告をした。これに答えて大御神は呪いの種の葛煤(カダスス)と蕨縄(ワラビナワ)を御手ずから授けた。カナサキはこの呪(まじな)いの武器を拝受し戦場に立ち戻り、諸神にこれを別け与えて呪えばたちまちハタレ魔の術が利かなくなり、逃げようとするところを神軍(カミイクサ)は勇ましく戦って全て生け捕った。捕えたハタレ共は日照で乾いた大地に繋いで置き、最後まで抵抗するハタレ頭(カミ・魔王)もついに取り抑えて蕨縄(ワラビナワ)でくくり、牢屋(ツツガ)に入れて置いた。この戦いの戦果捕虜三千の魔民(モノマ)達は皆血縁の国神に預けて諸神は堂々の凱旋をした。 |
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「然る後 また早雉は 大ハタレ」、「根の立山に 現れて 」、「アノ(安濃)に至れば 神議り」、「フツヌシ遣りて これを討つ」、「時にハタレの イソラ神」、「野山を枯えて 叢雲や」、「活日輝やき 驚かし」、「棘矢放せば フツヌシが」、「手に取る時に 指破れ」、「先ず馳せ帰り 天に告ぐ」、「君考えて イソラミチ」、「粔籹(をこし)と蕗(ふき)と 賜われば」、「フツヌシ諸と 弓懸(ゆかけ)して」、「新に向かいて
矢を求む」、「ハタレ思えり 「矢に当り」、 「蘇えるかや 痛まぬか」、「フツヌシ曰く 「弓懸あり」、「何ぞ痛まん 受けよ」とて」、「ハハ矢放せば ハタレ取る」、「共に笑いて 「みやげあり」、 「神より粔籹 賜れば」」、「ハタレ喜び 「神如何ん 我が好き知るや」、「また曰く 「汝も知るや」」、「応えねば 笑って曰く 「殺すなり」」、「ハタレ怒って
「何故ぞ」」、 「汝ほこりて(熟成して) 化くる故 イソラ討つなり」、「なお怒り 穢(いわお)蹴あげて 罵(のの)しれば」、「フツヌシ粔籹(をこせ) 投げ入るる」、「ハタレマ奪ひ 争えり」、「味方は蕗を 焚き燻す」、 「ハタレ咽んで 退くを」、「追い詰め縛る 千ハタレマ」、「これも昼寝と なお勇み」、「四方より囲み イソラ頭」、「遂に縛りて ツツガなす」、「千百のモノマも その国の」、「シムに預けて 諸帰りけり」。 |
然る後、再び早キジ(急使)が飛び来たり、その注進文によると、ネ(北陸)の立山(タテヤマ)に起こった大ハタレの軍団が勢力を増しながら、ついに伊勢(イセ)近くの安濃(アノ)に至った事が伝えられた。宮中では再び神議(カミバカリ)が開かれて、今度はフツヌシを派遣して敵を征討(せいとう)することに決まった。フツヌシ率いる神軍(カミイクサ)がアノに向うと、イソラ頭(カミ)は野山の景色を一変させて諸神を面食らわせ、叢雲(むらくも)を巻き起こしたかと思う間もなく太陽を幾重にも輝かせて驚かせた。イソラ頭(カミ)が先ず先に刺矢(とげや・石鏃矢)を放ち、フツヌシがこの矢を素早く手で受け取った時に指を怪我して、ここは先ず馳せ帰って天(アメ)に告げると君は戦況をしばし考えて、今度はイソラミチにオコゼとフキ(蕗)を賜わった。フツヌシは二度と指を負傷しないように諸神と一緒に弓懸(ゆがけ・弓術用皮手袋)を用意して再び戦場に向い、もう一度矢を射るようにイソラ頭(カミ)に大声で求めました。フツヌシの声を聞いたイソラ頭(カミ)は、死んだはずの神が現われたのを不思議に思い、「矢に当たり蘇(よみがえ)るかや、痛まぬか」と、大声で呼ばわった。フツヌシ曰く、「弓懸(ゆがけ)あり。何ぞ痛まん、受けよ」と言いつつ羽羽矢(ハハヤ)を射返せば、ハタレは矢を受け取り共に誇らかに笑い合った。「土産あり」と神よりオコゼを賜わり、ハタレは大喜びして、「神如何、我が好物(スキ)を知るや」。続けて曰く、「汝も知るや」。フツヌシはこれには答えず笑って曰く、「殺すなり」。ハタレはこれを聞き怒り出し、「何故ぞ」。「汝は得意気に人を化かす故、イソラを打ち殺すのだ」。イソラは益々怒り、岩を蹴上げて罵(ののし)り戦いを挑んできた。フツヌシはここぞという時を待ってオコゼを敵陣に投げ入れた。ハタレ魔達が競って奪い合いを初めた頃合を見て、味方が今度は蕗(フキ)を焚き燻(いぶ)すと、ハタレが咽(むせ)んで逃げ出すのを追い詰めて千のハタレを捕えた。友軍は皆、「これも昼寝さ」と、益々勇み、四方より敵を包囲してイソラ頭(カミ)をついに縛り上げ牢屋に入れた。諸神は、千百人の魔民(モノマ)をその国の国神に預けて意気掲掲と凱旋した。 |
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「またハタレ 伊予の山より」、「キシヰ国 渡り迫むるを」、「外つ宮の 告げに諸会い 神議り 」、「兼ねて奏の(議り兼ねて 奏上したところ) 詔」、「タケミカツチに ふと環(まか)り」、 「賜えば「急ぎ 奏でん」と 高野に至る」。 |
又、ハタレが現われた。今度はイヨ(伊与)の山に起こり、海を渡って紀州(キシイ)国に上陸し攻め上がって来た。この一事は遠宮(トツミヤ)の月読宮からの急報で知らされた。諸神は再び会って急遽(きゆうきょ)神議(カミバカリ)を開き、今度は予(かね)てから武勇の誉れ高いタケミカズチを鎮撫に向けることに決した。天照神の詔があり、タケミカズチには大曲餅(フトマガリ)を神から賜った。ミカズチは急ぎ鎮圧に出発し高野(タカノ)に至った。 |
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「ヰツナミチ 万の獣に 化け懸かる」、「ミカツチ行けばハタレ頭 進みて曰く」、「先二人 我に返せよ」、「返さずば 神も取らんぞ」、 「ミカツチが 笑ひて曰く」、「我が力 万に優れて」、「雷も 汝も拉(ひし)ぐ 縄受けよ」、「ハタレ怒りて 戦えば」、「味方の投ぐる ふと環(まか)り 群れ貧りて」、「ハタレマを 討ち追い詰めて 皆括り」、「遂にイツナも 蕨縄」、「百一連に 結ひ統べて」、 「九千九百を 継ぎ縛り」、「ヒヨトリ草の 如くなり」、「自ら山に 引き登る」、「皆首締り 罷る者 山に埋みて」、「生き残る 百ササ山に
ツツガなす」。 |
イツナミチは色々な動物の姿に化け掛かって来た。化け物を打ち払いつつ更に進軍すると、ついにハタレ頭(カミ)が出現し、進み出て曰く、「先の二人の捕虜を我に返せ。返さねば、神といえども容赦なく捕えるぞ」。ミカズチはこれを聞いて思わず笑って曰く、「我が力が万人に勝れるを知らぬか。雷電(イカヅチ)だろうが汝だろうが押し殺すぞ。さあ、縄を受けよ」。これを聞いたハタレは怒って戦いを挑んで来た。頃合を見計って友軍が大曲餅(フトマガリ)を敵方に投げ入れると、ハタレ魔は戦(いくさ)を忘れて我勝ちに群れ貪(むさぼ)り始めた。このハタレ魔を打ちつつ追い詰めて皆を括(くく)り上げてついにはイツナ頭(カミ)も捕え、蕨縄(ワラビナワ)で縛り上げ、百人を一連に結び合わせて、終いには九千百人の捕虜を継ぎ足し一団としたので、それは丁度ヒヨドリ草の様に見えた。タケミカズチは捕虜全員を自ら高野山に引き登り力余り強引過ぎて多くの者の首が締まって死者が続出した。すでに罷(まか)る者は山に埋めて塚となし、生き残りの百人は笹山(ササヤマ)に牢屋(ツツガ)を造り投獄した。 |
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「奏で枯らせる 誤ちと」、「喪に謹むを 聞こし召し」、「御子のクスヒに 問わしむる」、「臣誤ちて 万モノマ 引き枯らしけり」、「またクスヒ 「それは人かや」」、 「如くなり」 返言あれば」、「大御神 ツツ屋に至り」、「見給えば 形は真猿 顔は犬 」、「その本聞けば 「昔母
真猿に婚ぎ」、「代々を経て 皆猿如く」」、 「詔 「魂返しせば 人成らん」、「先に罷るも 緒を解きて 人に生まるぞ」、「時に百 「願わくは神 人に為し」、「時に百 「願わくは神 人に為し」、「給われ」と皆 罷れけり」。 |
鎮撫が目的の筈が、結果的に大量の死者を出したのは過ちであったと、深く反省したタケミカズチは、死者の霊に喪に服し慎んでいた。天照神はこの一件を聞こし召し、皇子(みこ)のクスヒ(熊野樟日)に問わしめた。ミカズチは答えて、「臣(トミ・私)は過って大勢の魔民(モノマ)を、山に引きずり上げて殺してしまいました。深くお詫びいたします」。クスヒ曰く、「それは人かや」。「如くでございます」。クスヒの復命を受けた天照神は、自ら人の如き者の正体を確かめようと笹山の牢屋に御幸されて観察すると、何とその姿は真猿(マサル)そっくりで顔は犬の様でした。同情した君が先祖を聞いてみると、「昔僕(やつかれら)等は、先祖の母が猿と結婚して出来た子孫が次々と増え、皆猿の如くなってしまいました」。どの目も不安そうに瞬(しばたた)き、助けを乞うていた。君は詔された。「汝等、皆、魂返(たまがえ)しをせば、人間(ひと)に帰らん。先に山で死んだ者も魂の緒(たまのお)を解けば人に生まれ変わるぞ」。それを聞いた百人は皆一同に、「願わくば、神様、僕供(やつかれども)を人間に生まれ変わらせ賜われ」と、皆死んでいった。 |
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「ココストの道 大御神」、「ツハモノヌシと フツヌシと」、「タケミカツチに 魂返し」、「猿去沢に 興る道かな」。 |
この魂返しの術は、別名ココスト(心清瓊)の道とも言い、この時大御神(オオンカミ)は特に三人を指名してツワモノヌシとフツヌシとタケミカズチに「死者の霊を猿から解放せよ」と魂返しさせた。この様に、猿の動物霊を魂返しの術で取り去ったこの沢に因んで、この地の名を猿去沢(サルサルサワ)と呼ぶ。 |
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「またハタレ 筑紫の三人 中国の」、「花山の野に 朋集む 」、「時に天照 詔」、「ウケモチの孫 カダマロに 「国見て帰れ」」、「カダマロが 至ればハタレ 色変えて
」、 「咲き乱れたる キクミチの」、「ここ騒ゆくや 水埴躍り 叢雲灯火や」、「蛍火の 笑い嘲けり」、「怒霊の 青魂吐けば 進み得ず」、「怒霊の 青魂吐けば 進み得ず」、 「カダマロ帰り 申す時」、「しばし考え 詔」、「これキクならん キツネとは」、「キは根より生る 西南を経て 北に来て住める」、「鼠をば 油に揚げて 厭ふべし」、「クはチと違ふ クは煙の 陽の放を厭ふ」、「椒(はしかみ)の 陽香(をか)陰香(めか)燻(ふす)べ 拉(ひし)がんと」、 「御言を承けて カダマロが」、「諸に教えて 野に至る」、「ハタレ三人が
咲き乱れ」、「幾回変わりて 驚かす」。 |
今度はツクシ(月隅国・九州)から三兄弟のハタレが上陸してきた。葦原中国の花山の野に仲間を集めて結集し始めた。この時、天照神がウケモチ(保食・稲荷神)の孫のカダマロ(荷田麿)に詔した。「国の様子を見て帰れ」。カダマロが早速、神軍(カミイクサ)を率いて花山野に到着すると、ハタレはたちまち辺りの景色を一変させ驚かせ、そこここに色とりどりの菊の花が一気に咲き乱れた。この菊沢(ココサワ)の道を掻き分けてさらに進軍すると一面色彩(いろどり)鮮やかな花園を舞台に華やかな水埴踊りが始まった。うっとり見とれていると、突然叢雲(むらくも)が立ち昇り四囲(しい)は暗闇にすっぽり包まれて不気味な静けさ、いつの間にかそこここに松明(たいまつ)が灯り、頭上からは星が降るように青白い蛍火が降りそそぎ、目も開けられない有様でついに蛍の大群に阻まれてしまっ。このにっちもさっちもいかない様子を笑うかの様に嘲(あざけ)りの大声が響き渡ったかと思えば、怒りの青珠(アオタマ)がそこかしこから吐き出して行く手を塞ぎ進退極まった。カダマロは戦陣を一人そっと抜け出し天(アメ)にこの戦況を申し上げると、君はしばし考えてから詔れた。「これは人を化かすキクに違いない。キツネ(狐)と何故言うかは、木(キ・東)は根(ネ・北)から成り立つ様に、暦(こよみ・六十進法、ホツマ歴)の上でも、東(キ・木)は北(ネ・根)から始まり、西(ツ)そして南(サ)を経て又北(ネ・根)に戻るのでキツネと言う。同じ様に、根(ネ)に来て住むネスミ(根住・鼠)を油に揚げてご馳走してやるが良い。又、ク(ツネ・貉・むじな)はキツネとちょっと違い、クツネは狐火(きつねび)の尾の陰火(ホ)が大嫌いだ。さあ行って、椒(はしかみ)の陽香(をか)陰香(めか)燻(ふす)べ退治せよ」。詔を受けたカダマロが、この戦術を諸神に授け再び花山野に行くや、またもハタレの三兄弟はキクを咲き乱れさせ、何回も色を変えて驚かせた。 |
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「カダマロ投げる 揚ネズミ」、「キク民奪ひ 貪るを」、「諸神強く 戦えば」、「譲り逃ぐるを 追い詰めて」、「千人捕えて 斬らんとす」、 「悉く嘆きて 僕(やつかれ)ら」、「返り詣でん 天民」と」、「命を乞えば カダマロが 皆解き許し」、「藁縄を 多に綯せて」、「
椒(はしかみ)と 陰香を燻せば 乱るるを」、 「更に戦ひ 追ひ詰めて」、「悉く捕えて 先例 」、「遂に追ひ詰め 三ハタレを」、「縛る蕨(縄)に キクツネを」、「三里の網を 野に張りて」、「皆追ひ入れて 玉つなぎ(数珠繋ぎ) 」、「キクツネ総て 三十三万」、「三人はツツガ 諸帰りけり」。 |
カダマロはこの時とばかり、天照神から授かった揚げ鼠(あげねずみ)を四方に投げ散らすと、キク民の化けの皮が剥げ揚げ鼠を奪い合い貪り喰う所を、諸神は勇敢に戦いを挑んだ。不意をつかれたキク共が我先に逃げ出すのを、皆追い詰めて千人を捕虜にして打首(斬首)にしようとした所、皆心から嘆き悲しんで命乞いをしました。「僕等(やつかれら)を天民(アメタミ)に帰順させて下さい。どうか、天照神にお願い申し上げます」。これを聞いたカダマロは哀れに思い全員の縄を解いて許す代わりに皆に大量の藁縄(わらなわ)をなわせて大網を作らせ、風下のハタレ軍に向かってハジカミ(山椒)とメガ(茗荷)を大量に燻(いぶ)すとすぐにキクの妖術が乱れて利かなくなり更に戦い追い詰めて徹底的に捕えた。ここで前回同様に三ハタレの頭(カミ)を更に追い詰めて蕨縄で縛り上げた。残るキクツネを捕えようと、先に用意した三里(みさと)に渡る大網を野に張り皆追い入れて捕え玉繋ぎにした。キクツネの捕虜は総勢三十三万人に及び、キツネ三兄弟を牢屋(ツツガ)に入れ置いて諸神(モロ)は堂々の凱旋をした。 |
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「またハタレ 日隅日高見 橘ヤマト」、「二岩浦に 継ぐ告げの」、「櫛の歯挽けば 諸神は」、「高マに議り 御幸とぞ」、「願えば神の 御幸成る 出車の内」、 「セオリツ姫 天の身陰に」、「アキツ姫は 日の放影射す」、「イフキ主 クマノクスヒと 左右にあり」、「白黒駒に 諸添ひて
」、「ヤマタに至り 雉飛べば」、 「ハルナハハミチ 野も山も」、「枯えて叢雲(むせくも) 炎吹き」、「棘矢の霰 鳴神に」、「味方帰れば 大御神」、「予てサツサに 歌見つけ」、「投ぐれば嗜む
ハタレマを」。 |
又、ハタレが蜂起しました。今度はヒスミ(日隅、青森)とヒタカミ(日高見、陸奥)、カグヤマト(香具山本、東海・関東)だった。二岩(見)浦(フタイワウラ)に次々と早船が着き敵状を伝えてきた。諸神達は櫛の歯を引いて高マで評議した結果、天照神に御幸を乞うことにした。この旨を天照神に願い出ると即座に御幸が決まった。出車の中には、中宮セオリツ姫が天照神の御陰に寄り添っておられた。后のアキツ姫(速開津姫)は翳(さしは)を指して日の御陰に揺られていた。イフキヌシ(伊吹戸主)は白駒にまたがり、クマノクスヒ(熊野樟日)は黒駒に乗って輦(てくるま)の両脇を固めていた。諸神達は前後に添って君の警護に当たり、やがて山田郡に至った。敵状を見させようとキジ(密偵)を放した所、ハルナハハミチは野も山も状況を一変させて惑わせ、叢雲(むらくも)を起こして炎を吹き上げ、刺矢(とげや)のあられを降らせて、次は雷神(ナルカミ)を招いて雷鳴を轟かせ行く手を阻んだ。味方軍は一旦アマテル神の座す輦(テクルマ)に戻った。天照神は、事前に用意しておいたサッサ(粽・ちまき)にウタミ(短冊)を付けてツヅ歌(連歌)を記し、敵に投げ与えた。ハタレ魔が喰い嗜(たしな)んでるのを見て諸神が歌いはやした。 |
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「サツサツヅ歌」、「さすらても ハタレも放来 満つ足らず」、「カカン為すがも 手立尽き 」、「故ノンテンも あに効かず」、「日月と我は 天も照らすさ」。 |
サツサツヅ歌。「浮浪者(サスラ)でも ハタレも鼻息(ハナゲ) 三つ不足(たらず) カカン(篝火)なすかも 手段(テダテ)尽き 故祝詞(カレノン)・楽(デン)も天(ア)に聞かず。 日月(ヒツキ)と我は 天地(アワ)も照らすさ」(浮浪者(暴徒)やハタレ魔は、日に三回息が切れて熱に苦しむが良い。神に助けを乞うて篝火を焚いて祈っても無駄さ。祝詞(のりと)を上げようが楽を奏でようが、天は聞き入れぬぞよ。唯、太陽と月と我だけが天下を悠々と照らすのさ) |
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「諸歌ふ ハタレ怒りて 矢の霰」、「神のタミメに 矢も立たず」、「弥(いや)猛怒り 火花吹く」、「神ミツハメを 招く時」、「炎消ゆれば 胸騒ぎ」、「逃げんとするを タチカラヲ」、「ハタレ治主に 飛びかかり」、「力争ひ 押し縛る」、「ハタレマも皆 捕り縛り」、「前に引き据え 垂上ぐる」。 |
諸神が歌ふのに対してハタレは怒って再び矢のあられを射掛けて来た。しかし今回は天照神の結ぶ印相(タミメ)により、矢は全部逸(そ)れて地に墜ちてしまった。これを見て弥(いや)猛り怒ったハタレは火花を吹きかけて来た。この時、神は素早くミズハメの神(岡象女)を招いて炎を打ち消した。これを知ったハタレ頭(カミ)が動揺し逃げようとするのを、タジカラオがハタレハルナに飛び掛かり格闘の末に押し縛った。残るハタレ魔も全部捕り縛り神前に引き据えた。 |
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「君ヤサカニの 環珠」、「セオリはマフツ ヤタ鏡 」、「アキツ草薙 八重剣」、「時にイフキト 故を問ふ」、「治主(はるな)答えて 僕に」、 「根のマスヒトが 教えけり」、「功成らば 国津神」、「これソサノヲの 御言なり」。 |
額ずかせると、その時天照神の帳(たれ)が静かに上がり、この時真ん中に坐す君は胸にヤサカニ(八坂)のマカルタマ(勾玉)を着けてお立ちになり、セオリツ姫は真経津(マフツ)のヤタカガミ(八呎鏡)を捧げ持って、アキツ姫はクサナギ(草薙)のヤエツルギ(八重垣剣)を携えていた。この後、皆厳かに会釈されて御座(きょざ)にご着席になった。時にイフキドは額ずくハタレの頭(こうべ)を上げさせて、事ここに至った由(ゆえ)を問い質した。ハルナは答えて、「僕(やつかれ)にネ(北陸)の益人(マスヒト・代官)の白人(シラヒト)が教えてくれました。もし手柄を立てれば国神に取り立ててやる。これはソサノオ(素佐雄)の勅命なりと」。 |
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「時にイフキト 真直なら 鑑みんとて」、「鏡に 御写せば直く 翼あり」、「イフキト曰く このハタレ ヌヱアシモチぞ」、「化け術に 誑らかすモノ 皆斬らん」、「時にクスヒが 隈の神」、 「招けば烏 八つ来たる」、「ここにハタレの 血を絞り」、「誓ひ留めて 潮浴び」、「影写す時
六十万人」、「人成るは皆 民となる」、「先のツツガの 六ハタレも」、「ハルナがモノマ 五千人と」、「国預け四千 皆召して 」、「霊を濯ぐ時 キク三人
」、「直に狐の 影あれば 名も三狐」、「三十三万 魂断ちせんを カダが乞ふ」、「諸許さねば カダの神」、「七度誓ふ 宣言に やや許さるる」。 |
これを聞いたイフキドは、「もしこの話が真実なら、真経津(マフツ)の鏡に写して鑑みよう」と言って御鏡(みかがみ)に写せばはっきりと翼が写った。イフキド曰く、「このハタレは鵺(ヌエ)アシモチぞ。妖術(バケワザ)に誑(たぶら)かすもの皆斬り捨てよ」。この場に居合わせたクマノクスヒが、ここに熊野神(イサナミ)を勧請するとカラスが八羽一緒にやって来た。(これは昔イサナギが愛する妻イサナミに先立たれた時、悲しみのあまりその夜、神(かみ・霊体)となって妻に会いに行くと、イサナミは醜い死体を見せまいと醜女(しこめ)八人(八羽烏)に君を追い払わせた。最後にイサナギは、二度と妻に恥をかかせるような過ち無き事を守る為、この世と黄泉(よみ・ヨモツ)の国の間に限界岩(カギリイワ・磐座)を立てて、この岩を誓(ちかえ)し(道返し)の神と名付けた故事による) ここでハタレの血を搾(しぼ)り、血の誓文(せいもん)を記して後、潮(うしお)を浴びさせ鏡に影を写して見ると、何と六魔(ムマ)の影はすでに消え失せていた。このようにして真人間に返った者は皆再び民となることができた。先に捕えて牢屋(ツツガ)に入れ置いた六(ム・族)ハタレ頭(カミ)と、今度の合戦相手のハルナの魔民(モノマ)五千人と、国神(クニカミ)に預け置いた捕虜四千人も皆召し出して、君の御前に据えて各々血を搾って盃(はい)に注ぐと、すぐにキクの三人にキツネの影が表われ三狐(ミツギツネ)と名付けた。残る三十三万のハタレは魂断ち(死刑)と一時は決まったところ、カダの神がハタレ魔民(モノマ)の命乞いを申し出た。最初諸神はカダの同情的な申し入れを納得しなかったが、七度にも及ぶ誓いの様子はもう祝詞(ノリ)心地でその神妙な面持ちが理解されてやっと許しが出た。 |
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「詔 三彦が如(こと) 諸狐 」、「ウケノミタマを 守らせよ」、「もしも違はば 速かに 魂断ち為せよ」、「この故に 永く汝に 付けるなり」、「天つ御言の 趣きを」、 「告げて兄彦 ここに留め」、「中は山背 花山野」、「弟は東の 飛鳥野へ」、「狐も三つに 分け行きて」、「田畑の鳥を 追わしむる」、 「ウケノミタマと
ウケモチも カタの上なり」、「シムミチも ヰソラヰツナも 霊を抜きて」、「オシテに誓ひ 潮浴びて」、「写す鏡に なお猿と オロチとミツチ」、「影あれば 濯いで掃けぬ」。 |
詔。「三つ彦(三狐)の子孫及び諸狐は今後ウケノミタマ(宇迦御魂)を守護せよ。もしも怠けて裏切るなら速やかに魂断ち(死刑)せよ。この条件で汝カダマロに末永く従者として付け与えよう」。カダの神はアマテル神の詔のりの趣旨を三兄弟に告げて後、三狐の配置を伝えた。「先ず兄彦はここ伊勢の花山に留まれ。中彦は山代(ヤマシロ)の花山野に出向け。弟彦(おとひこ)は東国の飛鳥野に行け」。この様に狐も三方面に分けて配置し各々田畑の鳥や鼠を追う役割を与えた。この様な理由からウケノミタマ(宇迦御魂)とウケモチ(保食神)とカダ(荷田神)の三神を一社に合祀するようになった。この後、シムミチもイソラもイヅナも皆血を抜いて血の誓約を璽(おしで)に染めさせた後に、潮を浴びて鏡に写し、それでもまだ猿や大蛇や蛟(むじな)の影が残っている者は濯いで掃除した。 |
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「百三十は 既に殺すを 詔」、「斬らば三の火に 悩まんぞ」、「人成る迄は 助け置き」、「人清汚知れば 神の種」、「峰に預けて そのヲシテ」、 「ハタレマ九千と 民九万」、「埋む高野の タマカワぞこれ」。 |
百三十人は既に殺した。ここで詔があった。「斬らばハタレの霊(たま)は永久に三熱炎(ミノホ)に悩み続けるぞ。人間に返ったら神の種とすれば良い。当分の間峰々に分け置くように」。この時の魂返しの誓約を記した璽(おしで)の数は、ハタレ魔九千人と魔民(モノマ)九万人で、この璽を埋めた所が高野山(タカノ)の正に玉川(魂塚)ぞこれなり。 |
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「チワヤより アメヱノミチが 御神に」、「事語らんと 呼ばらしむ」、「君イフキトに 執(しづ)めしむ」、「イフキト主は 御幸輿」、「ハタレが問わく 神守か」、 「答えて神の 奴なり」、「また問ふ奴 輿は何」、「曰く汝を 奴とせん 故に乗るなり」、「またハタレ 汝若生え 恥見する」、「奴とせんと 鳴り捲(めく)る ハタタ神なり」、 「イフキトは ウツロヰ招き これを消す」。 |
千磐谷(チワヤ)からアメエノミチが大御神に話しをするから共にしようと呼び出しが入った。君はイブキドを派遣して話し合いに応じた。今回はイブキドヌシが天照神の御幸輿(ミユキコシ)に乗って御幸した。この輿を見たハタレは不思議に思い問うて言った。「汝は神か守か」。答えて「我は神の奴(やっこ)なり」。又、ハタレは問うて言い、「奴(やっこ)が何故輿(コシ)に乗るのか」。曰く、「汝を奴とせんため我が神の輿に乗るのだ」。又、ハタレ言い、「汝、若輩(ワカハエ)のくせして我に恥をかかせる気か。おまえこそ奴にしてやる」。と言うや天に雷鳴が響き渡った。ハタタ神(霹靂神)となった。これに対しイブキドはウツロイ(空神)を招きこれを消した。 |
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「叢雲覆ひ 暗ませば」、「シナトを招き 吹き払ふ」、「炎を吐きて 室焼けば」、「タツタ姫招き これを消す」、「ハタレむせんで 適わして」、 「礫霰に 飛み攻める」、「味方領巾(ひれ)着て 橘入れて
」、「棄ちこぼさせば ハタレマの」、「奪ひ食む間に 捕り縛る」、「ハタレも領巾し 回す貝」、 「見て驚けば 考えて 」、「ホラ貝吹かせ マ領巾消し
」、「橘貪らせ これを討つ 」、「ハタレ槌以て 神を打つ」、「神は和手に 打つ槌の」、 「破れて海桐花の 葉団扇 (天狗の羽団扇)や」、「ここにハタレが 胸騒ぎ」、「逃ぐるを掴む
タチカラヲ」、「遂に蕨の 縄縛り」、「汝奴と なすべきや 」、 「なるや」と言えど 物言わず」、「斬らんとすれば 息吹主 」、「留めて これも 誓いなす」。 |
ハタレは今度は叢雲(むらくも)を起こして空を覆い闇で晦(くら)ませば、イブキドはシナド神(級長戸・風神)を招き風でこれを吹き払った。ハタレは炎を吐いて室屋(ムロヤ・立穴式住居)を焼けば、イブキドはタツタ姫(メ・龍田姫、鎮火・防波神)を招きこれを消した。ついにハタレは立ち籠める煙に咽(むせ)んで苦しまぎれに木の葉(天狗)の礫(つぶて)あられを投げて民を攻め立てた。これに対し友軍は頭巾(ヒレ)を着用して戦い、内側に橘(カグ)の果を隠し入れてハタレ目がけてばらまけば、ハタレ魔ははしたなく橘の果を奪い合いその隙を狙い皆捕え縛り上げた。これを知ったハタレ魔軍も皆頭巾を着けて貝独楽(べいごま)の様にクルクル回りながら攻めて来た。これを見た友軍の兵は皆驚いて戦えず、イブキドヌシが敵の妖術を消そうと法螺貝(ほらがい)を吹かせると魔頭巾(マヒレ)は全て消え去り、今回も橘(カグ)を貪(むさぼ)らせて一網打尽にした。次にハタレは槌(つち)で神に打ち掛かって来た。神が厄除けの印相(タミメ)を結んで祈ると、打ち掛かって来た槌(つち)が裂けて丁度トベラ(海桐花)の葉の羽団扇(はうちわ)の様に開いて役立たなかった。ことここに至り、ハタレは動揺して逃げようとする所をタジカラオがむんずと掴んでついに蕨縄(わらびなわ)で縛り上げた。「さあ汝を奴(やっこ)とするぞ。なるや」と言えどもハタレ魔は黙りこくったまま返事をしなかった。いざ「覚悟」とばかりに剣を構え斬ろうとする所をイフキヌシがこれを留めてこれも誓わせて許してやった。 |
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「十万のモノマ 天狗(アイヌ)影」、「炎も逃れ ちわやふる」、「神の恵み」と 散々拝む」、「総て七十万 九千皆」、「人成る法の 御鏡を」、「セオリツ姫の 持ち出でて」、「後のハタレの 人と成る」、「マフツの鏡 '見るために」、「フタミの岩と 名付けます」、「代々荒潮の 八百会に」、「浸せど錆ぬ 神鏡 今永らえり」。 |
この血の誓約により十万(ヒマス)の魔民(モノマ)の天狗(アイヌ)影も無事に消え、やっと炎からも解放されて皆苦しみを逃れることができた。真っ当な人間に戻れた喜びに沸く人々は「千磐破(チワヤフ)る」(千磐谷の魔王を破って呪縛から解放された)と、神の恵みに感謝し千千(ちぢ)に拝んで去って行った。合計七十万九千(ナナマスコチ)余のハタレ共が無事人間に蘇った後日のことです。中宮セオリツ姫はこの栄えある御鏡を再び持ち出して、 「後々の世のハタレ魔達にも、この真経津鏡(マフツノカガミ)を再び見せて真人間に戻してあげましょう」。この尊いお言葉により、この地を二見岩(フタミノイワ)と名付けた。セオリツ姫の御心を写す尊い御鏡は再び見る(二見)浦の岩上に祭られて、たとえ代々荒潮(ヨヨあらしお)の八百会(ヤモアイ)浪に洗われたとて、決して錆びることを知らず伝来して後の世の神鏡(カンカガミ)となった。 |
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「タカノには 化け物出でて イフキ主」、「宮を建つれば 鎮まるに」、「ヲシテ賜わる タカの神」、「またカナサキは スミヨロシ」、「神のヲシテと 御衣の裾端」、 「賜ふ「筑紫の 民統べて」、「結ひ治むべし 我が代り」、「またフツヌシは 「カグ山を」、「司れ」とて カトリ神」、「タケミカツチは 鳴神に」、 「タケモノヌシの 枯槌と」、「先の国絵に 搖り鎮む」、「要石槌も 賜ふなり」。 |
又、高野山(タカノ)にはしばしば化け物が出て人々を怖がらせていたが、イフキヌシが宮居をここに建てた所、霊が鎮まったので天照神からタカノ神の神璽を賜わった。又、カナザキは、戦いに勝利して諸民の暮らしを豊かに住み良くした所から、スミヨロシ(住吉)の神璽とともに神の御衣(ミハ)の裾尾(ソオ)に相当するツクシ(月隅国・九州)の地を賜わり、「ツクシ(九州)の民を統(すべ)て、結(ゆ)い治(おさ)むべし我が代わり」との詔のりも賜わった。又、フツヌシは「カグヤマ(香具山・富士山)を司れ」(日本を司れ)と、カトリ神の神名を賜わりました。タケミカズチは雷神(ナルカミ)をも拉(ひし)ぐ戦功により、タケモノヌシ(武物主)の頭椎剣(カブツチ)と、以前全国の絵地図を作成して献上した貢献により、地震を鎮めるカナイシヅチ(要石椎剣)も賜わった。 |
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「ツハモノヌシが 魂返し」、「清き真の 放ふりて」、「道に天地成し シキ県」、「天成治神 ヲシテ添え」、「据えて写し日 代治人(かんおち)ぞ」、 「ヰチチが得らむ 魂返し」、「ココストの根を 結ぶ文 」、「ココトムスビの 名に据えて」、「春日殿とぞ 尊ませ」、「君カナサキに 宣給ふは 」、 「万者転れど 魂返し」、「乱れ緒解けば 神となる」、「心地明清」と 里の名も」、「翁が守も 賜われば」、「香取が妹 アサカ姫」、「ココトムスビの 妻として」、「生む春日マロ ワカ彦ぞこれ」。 |
ツワモノヌシ(兵主)の魂返しの術は、国中に清き誠の花を天から降らせ、神祭る道に天下(アモ)を成したので、シキアガタ(志貴県主)主に封じられて、アナシウオカミ(穴師大兵主神)の神璽に添えてなお、ウツシヒカンオジ(移し日神伯)と称えた。これはツワモノヌシの父イチヂが編集した魂返しの術が心を清く瓊(ト)の教えに結ぶ紀(ふみ)であるところからココトムスビ(心瓊産霊)と名を定めカスガドノ(春日殿)と尊ばせた。君がカナサキ(住吉)にのたまうには、「万物(ヨロモノ・魔)斬れど魂返し乱れ緒(お)解けば神となる。今ハタレ魔も皆去り、我が気分は正に春日(かすが)の心地なり」と里の名も春日郷と名付け、住吉の翁の森(春日山)も更に賜わった。後に、カトリの神の妹のアサカ姫がココトムスビの妻として生んだのがカスガマロ(春日麿)で、この真名(イミナ)ワカヒコ(若彦)が後の春日大社の御祭神アメノコヤネ(天児屋根)となった。 |
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