神楽坂芸者・辻和子の角栄論考 

 (最新見直し2011.01.08日)

 (れんだいこのショートメッセージ)
 ここで、角栄のもう一人の女性「元神楽坂芸者・辻和子」との連れ添いぶりを確認する。

 2011.01.08日再編集 れんだいこ拝



 辻和子著作「熱情ー田中角栄をとりこにした芸者」(講談社、2004.9月初版 )の目次は次の通り。

 目次
 序 章 運命の男
 第1章 芸妓置屋(げいこおきや)に生きる
 第2章 田中びいき
 第3章 素人さんの生活
 第4章 戻ることのない日々
 第5章 真実の重さ
 第6章 最後まで共に


 辻和子は、関東大震災で没落した木材問屋の娘で、借金のカタに神楽坂の置屋に50円で売られるという子供時代を過ごす。貰い母となった辻むらは、女長兵衛というあだ名を貰うぐらい面倒見のよい女将さんで、筆者は踊りを習わされ、半玉、一本と順調に芸者としての道を歩み始める。18歳の時、当時、建設土建屋として羽振りをよくしていた田中角栄と出会い、やがて結ばれ、後に二男一女を儲ける。

 れんだいこが感心したのは、或る時、辻和子ら神楽坂芸者を連れて京都の祇園芸者と踊り比べする。普通なら神楽坂と祇園が意地を張り合うところ、まことに妙なる親和的ムードで芸比べし得たと云う下りである。角栄が辻和子を選んだ眼に狂いはなかったと云うことになる。こういうところに目が行かず、どうでも良い話ばかりが書評されている。


 「熱情ー田中角栄をとりこにした芸者」の一節は次のように記している。
 「この本に載せるおとうさんの写真を探すために、地下の倉庫に下りていったとき、思いがけないものを見つけました。昭和30年と記した日記帳です。・・・わたしは懐かしさでいっぱいになりました。ふたたび戻ることのない日々が、そこにあります。わたしのまわりの懐かしい人々、おとうさんとわたしの生きた日々がよみがえります。けれど、おとうさんはもういません。一陣の風のように去っていきました。そして、わたしは、ああいう人にはもう2度と会えないだろうと強く悟りました。大きな人でした」。








(私論.私見)