ロッキード事件に果たした司法のミスリードと後遺症4、村木厚子逮捕事件考

 更新日/2023(平成31.5.1栄和元/栄和5).5.17日

 (れんだいこのショートメッセージ) 
 ここで、「ロッキード事件に果たした司法のミスリードと後遺症4、村木厚子逮捕事件考」を確認する。

 2005.6.18日 れんだいこ拝


【村木厚子逮捕事件考】
 「阿修羅♪ > 政治・選挙・NHK96」のヒゲ-戸田氏の2010.9.29日付け投稿「三井さん熱烈呼びかけ!あなたも検察処罰求める三井申立書の申し立て人に! 9/30正午までに氏名連絡う!」を転載する。
 今こそ腐敗検察を殲滅する大チャンス! 三井さんが燃えてます。昨日、三井さんから戸田に電話があって、「10/1に検察官適格審査会に対して村木さん冤罪に関与した検察官に厳罰を求める『申立書』を出すので、それへの共同の申立人を戸田さんからも募って欲しい」との事でした。 ネット掲示板に自分の事務所の住所・電話・FAXだけでなく、携帯電話番号も全部公開してくれ、との凄い決意でした。

 告発状全文を下に紹介しますので、必ず通読して下さい。(かなり長文) 賛同人募集の要点を述べます。
  ■共同申立人になる申し込みにあたっては、氏名と職業・肩書きの通知のみでよい。
    ・「職業・肩書き」に関しては、「会社員、公務員、無職、学生、自営業、団体役員」等々、簡単な記述でよい。
    ・住所や電話については不要。
  ■申込は、三井事務所メール info@syowakikaku.com まで。
  ■事務処理上の必要上、提出前日の9/30(木)の正午までに必着とする。出来るだけ早く申し込みを願う。

  ※申立人の数が多いほど効果がある。数百人、千人規模での申立人を! この情報を大々的に拡げて欲しい。
 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー★三井さん作成の<10/1検察官適格審査会・審査申立書>の全文(読みやすいよう戸田が一部改行)
     ↓↓↓
                           平成22年10月1日
 検察官適格審査会 御中
            審 査 申 立 書

 本年9月10日、郵便不正をめぐる厚生労働省村木厚子元局長の事件で無罪判決が言い渡され、同月21日に確定しました。本件につきまして、私たち審査申立人は、検察庁法第23条に基づき、審査対象者名簿記載の検察官について、職権によってその適格に関して審査に付し、その官を免ずるよう申し立てます。

 一 審査申立人
   三井環(元大阪高検公安部長)
                  電話 03-3844-8722 Fax/ 03-5827-3132
                  携帯電話 080-3772-0932
                  e-mail;info@syowakikaku.com
   他は別紙審査申立人一覧表記載のとおり

 二 被審査検察官名簿
 (いずれも村木厚子厚生労働省局長逮捕・起訴当時の者、懲戒免職処分対象者)
 最高検察庁 
 ・伊藤鉄男次長検事
 ・鈴木和弘刑事部長(現東京地検検事正)
   当時の桶渡利秋検事総長は退官しているので本件対象とはならない。
 大阪高等検察庁
   当時の中尾功巧検事長は退官しているので本件対象とはならない。
 ・太田茂次席検事(現京都地検検事正)
 ・齊藤雄彦刑事部長(現釧路地検検事正)
 大阪地方検察庁
 ・小林敬検事正
 ・玉井英章次席検事
 ・大坪弘道特捜部長(現京都地検次席検事)
 ・前田恒彦主任検事
 ・國井広樹特捜部検事

 三 申し立ての理由

 検察庁法第4条は「検察官は、刑事について、公訴を行い、裁判所に法の正当な適用を請求し、且つ、裁判の執行を監督し、又、裁判所の権限に属するその他の事項についても職務上必要と認めるときは、裁判所に、通知を求め、又は意見を述べ、又、公益の代表者として他の法令がその権限に属させた事務を行う」と規定する。本規定は、検察官は不偏不党、公平無私の立場から真実を究明し、事案の真相を解明することを職務とすると解されている。

 そして、検察官は職務の遂行に関して「その意思に反して、その官を失い、職務を停止され、又は俸給を減額されることはない。但し、懲戒処分による場合は、この限りでない」(同法第25条)と身分が保障され、被疑者・関係者に対する捜索、証拠の差し押さえ、逮捕、勾留、接見禁止処分、起訴などが認められている(刑事訴訟法第47条ほか)。これらは検察官が公平な捜査を行ない、真相を解明することを期待して定められたものである。

 しかし、障害者団体「凛の会」の郵便不正に関連して昨年逮捕された厚生労働省の村木厚子元局長の事件(以下「村木事件」とする)においては、検察は「虚構のストーリー」を作り上げて特権を濫用したばかりか、その虚構が明らかになって村木元局長の無罪が確定したにもかかわらず、検察官として責任を取ろうとしていない。審査申立人は、貴会の手続きにより、事件に関与した検察官に対する厳正な処分を求める。

 四 村木事件の詳細

 村木事件における逮捕及び起訴に関係した検察内部の動きは以下のとおりと承知している。

 ① 事前協議と処分協議の流れ
 検察の内規では、高級官僚を逮捕、起訴する場合には事前に上級庁と協議することになっている。事前協議とは、村木元局長を逮捕するか否かの検察内部の協議であり、処分協議とは、元局長を起訴するかどうかの検察内部の協議のことである。

 <大 阪 地 検> <大 阪 高 検>   <最 高 検>
 小林敬検事正   ① 中尾巧検事長      ② 樋渡利秋検事総長
 玉井英章次席検事 → 太田茂次席検事    → 伊藤鉄男次席検事
 大坪弘道特捜部長 齊藤雄彦刑事部長 鈴木和宏刑事部長
 前田恒彦主任検事 ← 他刑事部検事全員 ← 他刑事部検事
 他特捜部検事   ④ 前田恒彦主任検事 ③  
                大坪弘道特捜部長  

 上のとおり大阪地検・小林検事正室において、玉井次席検事、大坪特捜部長、前田主任検事及び本件捜査に関与した他の特捜検事らが出席し、事前協議を行なう。初めに前田主任検事が事前協議資料(過去の捜査資料と証拠物)に基づき、それまでの捜査の経過を説明する。村木を逮捕できるか否か、あらゆる角度から協議され、この協議では「逮捕すべし」との結論に達する。

 この結論を踏まえ、小林検事正の名で大阪高検の中尾検事長宛てに「逮捕すべし」との意見を付して事前協議資料を送付する(図①)。これを受けて大阪高検では、齊藤刑事部長室に刑事部の全検事と地検の前田主任検事、大坪特捜部長が集まり、地検と同様の協議を行なう。まず前田主任検事が事前協議資料を持参して説明し、地検と同様にあらゆる角度から協議がなされる。やはり同様に「逮捕すべし」との結論に達する。協議の出席者全員がそのまま中尾検事長室に行き、太田次席検事も出席して同様の事前協議をする。同じく「逮捕すべし」との結論に達し、それを踏まえて中尾検事長名で樋渡総長宛てに「逮捕すべし」との意見を付して事前協議資料を送付する(図②)。

 最高検では、樋渡総長室に伊藤次席検事、鈴木刑事部長、その他刑事部の検事が出席し、送付された事前協議資料などに基づいて処分協議を行なう。その結果、「逮捕すべし」との意見に達し、それを踏まえて樋渡総長名で中尾検事長宛てに「逮捕すべし」との意見を付して捜査指揮がなされる(図③)。これを受けた中尾検事長が同人名で小林検事正宛てに「逮捕すべし」との捜査指揮がなされ(図④)、これを受けた大阪地検では前田主任検事が逮捕状請求書を作成し、同人名で大阪地裁に請求して発布され、村木元局長は逮捕されたのである。

 このように、「検察官一体の原則」により、村木元局長の逮捕に当たっては大阪地検、大阪高検、最高検がそれぞれ事前協議を行ない、最終的には樋渡総長から逮捕の指示がなされたのである。被審査検察官は、いずれもこの事前協議及び処分協議に関与した中心的検察官である。これだけの協議を重ねながら、捜査はきわめてずさんであった。無辜の人間を長期拘束した責任は重い。貴会により処分をなされなければならない。

 処分に当たっては、その軽重が問題となる。「検察官一体の原則」を踏まえれば、検事総長が最も重い処分を受けるべきだと断じざるを得ない。なお、大阪地検で捜査を統括したのは、大坪特捜部長、大阪高検で捜査を統括したのは太田次席検事であるので、その両名の責任は重い。一部メディアは、逮捕起訴した大阪地検の小林検事正以下の検察官の厳正処分について報じていたが、それは「検察官一体の原則」を正しく認識していない見解である。主任検事が失態を演じても、主任検事のみを処分することは「検察官一体の原則」からできないシステムになっている。それゆえに、過去の冤罪事件において検察官の責任が問われ、処分されたことは一度もない。

 ② 虚偽の証明書作成の流れ

 村木元局長らが虚偽の証明書を作成したとされる検察の虚構のストーリーは、以下のとおりである。

 凛の会元会員河野克史(一審有罪、被告控訴) ①石井一民主党副代表に対して口利きの指示を依頼
    ↓①
 石井副代表元私設秘書で凛の会創設者の倉沢邦夫被告(一審一部無罪、検察控訴) ②倉沢邦夫元秘書が石井副代表に口利きを依頼
    ↓②
 石井副代表 ③石井議員が架空の証明書発行を電話で指示
    ↓③
 厚生労働省・塩田幸雄元部長 ④塩田元部長、村木元局長に証明書発行を指示
    ↓④↑⑦
 村木厚子元局長(一審無罪確定) ⑤村木元局長、上村元係長に証明書発行を指示。「ちょっと大変な案件だけどよろしくお願いします」
    ↓⑤↑⑥
 上村勉元係長(公判中) ⑥上村元係長が虚偽の証明書を村木元局長に手渡し、⑦村木元局長が塩田元部長に手渡す

 本件は、石井副代表による「議員案件」の事案であることを前提として捜査が進められた。かりに議員案件でなければ、検察の上のストーリーは完全に崩壊する。これは、倉沢元秘書から押収した手帳に「04年2月25日に石井副代表と会っていた」かのようなメモがあったからである。ところが、前田主任検事らは事前協議までにこのメモの裏付けを取っていなかった。事前協議においても、議員案件であるのか否かの裏付け捜査の指揮がなされることはなく、結局、村木元局長逮捕までに裏付けは取られていない。

 議員案件を前提として口利きの依頼や虚偽の証明書発行などの流れが作られ、保釈や逮捕をちらつかせながら倉沢元秘書、塩田元本部長、上村元係長に虚偽の供述をさせ、内容虚偽の検面調書が作成された。特に被審査申立人である國井広樹特捜部検事は、上村元係長の取り調べを担当し、保釈させないと脅迫して、村木元局長から指示があったと内容虚偽の検面調書を作成した。これは、虚偽公文書作成、同行使罪に該当する犯罪である。その大前提である議員案件の裏付けという重大な捜査の基本がなされていなかった。なぜ村木元局長の逮捕までに裏付け捜査をしなかったのかきわめて不可解である。いずれにしても検察側の重大な過失である。この点だけでも、事前協議に関与した検察官は懲戒免職処分に値する。村木元局長逮捕の前に石井副代表の議員案件でないことが明らかになっておれば、村木元局長の逮捕はなかったのだ。

 後に明らかになったことだが、倉沢元秘書と石井副代表が会って口利きについて話したとされる「04年2月25日」は、石井副代表は千葉県内でゴルフをしており、倉沢元秘書と会うことは物理的に不可能であった。昨年9月10日には弁護人と検察官が出席して大阪地裁で公判準備手続きが行なわれているが、その翌日である11日頃に前田主任検事が石井副代表の事情聴取を行なっている。この際、石井議員は自ら手帳を示したが、前田主任検事はぺらぺらとめくってみただけで、それ以上の事情聴取はしなかった。前田主任検事は当日の石井副代表の行動を確認し、ゴルフの件など詳しく事情聴取して検面調書を作成すべきであった。これが検察官としての本来の仕事である。だが、前田主任検事は、この段階で石井副代表のアリバイが成立してしまうと議員案件でないことが確定し、上記のストーリーが崩壊するため、あえて検面調書を作成しなかったと思われる。

 前田主任検事は、その結果を大坪特捜部張、玉井次席検事、小林検事正に報告したものとみられ、小林検事正は上級庁である大阪高検に、大阪高検は最高検にそれぞれ報告したものと思われる。事前協議と処分協議に関与した検察官は、昨年9月11日頃に本件が議員案件ではないことを認識していたものと思われる。議員案件でなければ検察のストーリーは雪崩式に崩壊することはその段階で認識できたのである。だが、検察内部でこの事実には緘口令が敷かれたのか、メディアに漏れることもなかった。まさに「検察一体」となって証拠隠しをしたのである。

 そして、検察は本年1月27日の村木元局長の初公判においても虚構のストーリーに沿った冒頭陳述を行なっている。前年9月の事情聴取で議員案件でないことは明らかになっていたにも関わらず、その証拠を隠し、自作のストーリーを守るべく暴走を続けたのである。なお、3月4日の公判に出廷した石井副代表は、その証言は手帳で確認しながら「04年2月25日には千葉県内のゴルフ場にいた」旨を証言、ゴルフ場でのプレイの記録やスコアなどで裏付けられた。以上のように、石井副代表による議員案件でないことは明らかだったにもかかわらず、村木元局長逮捕の前に適正な捜査をしなかった検察の責任はきわめて重いと言わざるを得ない。

 ③ 改竄された証拠

 事前協議において、上村元係長から押収したフロッピーディスク(FD)が証拠として十分に検討されなかった点についても述べたい。このFDは裁判では証拠提出されていないが、重要な問題を含んでいた。偽造された証明書の原稿は、このFDに入力されていたが、データの最終更新日時が改竄されていたことが本年9月21日に明らかになったのである。

 FDは上村元係長の自宅から押収されたもので、データの最終的な更新日時は昨年5月26日の押収時点では「04年6月1日午前1時20分」となっていたが、約1ヶ月半後の7月13日に「04年6月8日午後9時10分56秒」と改竄されていた。この3日後の16日にディスクは元係長に返却されている。 データの更新日時が6月8日だった場合には、村木元局長が虚偽の証明書の作成を指示したという「虚構のストーリー」に合致する。前田主任検事はストーリーに沿った改竄を行なったのである。

 前田主任検事は、改竄が明らかになった9月21日のうちに逮捕されるという異例の事態になった。これは前田主任検事一人に責任を押し付けようとする検察の組織的な隠蔽工作であり、断じて看過することはできない。前田主任検事については証拠隠滅(刑法第104条)で本年9月22日付け大林宏検事総長宛、三井環名義で刑事告発した。

 五 検察による虚構のストーリーの完全崩壊

 ① 厚労省・塩田幸雄元本部長らの証人尋問

 本年2月8日に行われた証人尋問で、塩田元本部長は議員案件であることとニセ証明書発行を村木元局長に指示したことを否定し、検察の捜査は「壮大な虚構ではないかと思った」とまで証言した。その後は上村元係長の証人尋問も行なわれているが、元係長は単独でニセの証明書を作成したことを証言、村木元局長の指示など検察のストーリーを完全否定した。さらに取り調べ中につけていた「被疑者ノート」を提出、裁判所はこれを重視した。このノートには虚偽の証言を引き出そうと保釈をちらつかせる検事の言葉などが克明に記載され、また村木元局長の指示がなかったことも記載されていた。

 さらに取り調べを担当した検察官6名の証人尋問も実施された。すでに検察のストーリーが崩壊したにもかかわらず、検察官はあくまでもストーリーを維持するために検面調書の特信性の証言をさせた。驚くべきことに、検察官らは6名とも取り調べの際に作成するメモを廃棄したとウソの証言している。検察官の取り調べのメモについては、最高裁が判例で「捜査上の公文書」と認定し、最高検も「適正な管理」を全国の高検、地検に通達している。本件メモには村木元局長に有利なことも書かれていたはずだが、こうしたメモは判決が確定するまで保管するのが検察官の義務である。

 この検察官6名については偽証罪(同第169条)が成立すると思われるので、本年9月22日付けで大林宏検事総長宛てに三井環名義で刑事告発をした。なお、本年5月26日、大阪地裁は上村元係長の供述調書15通の証拠採用を却下した。その理由は上村元係長の「被疑者ノート」の内容と同様であった。裁判所は検察側が虚偽の供述をさせていたことを認定したのだ。これにより村木元局長の無罪が事実上確定した。

 ② 論告求刑

 既にメディアも既に村木元局長の事実上無罪を報じていたにもかかわらず、検察は6月3日の論告求刑公判で懲役1年6月を求刑した。上村元係長の検面調書は証拠採用されなかったのであるから、村木元局長の共謀を認定する証拠は存在しない。本来であれば、検察官として取るべき対応は論告求刑を放棄するか、無罪の論告を行なうかのいずれかしかない。ところが、検察側は最後まで暴走をやめなかったのである。なお、村木元局長の公判経過については、公判の都度、小林検事正名義で中尾検事長、樋渡検事総長、千葉法務大臣宛てに書面で公判における立証内容、反証、次回期日予定等が報告されている。これを三長官報告という。 したがって、事前協議及び処分協議に関与した検察官は、大阪地裁の公判経過については充分認識していた。 然るに、上級庁からの公判対策等についてのチェック機能はまったく果たされていない。特に、6名の検察官がメモを廃棄したとの証言についても、その前後に何らの対応もされていない。

 ③ 無罪判決

 9月10日、当然ながら大阪地裁は村木元局長に無罪判決を言い渡した。同月21日に検察は控訴を断念、めずらしくメディアも検察の捜査批判を展開した。「暴走した特捜部」「裏付け捜査不足」「幹部のチェック不全」「検察の構図を全否定」「特捜捜査の見直し迫る」「密室での取り調べに批判」「特捜捜査による冤罪」「検察捜査の徹底検証を」「完敗 検察に衝撃」「構図優先 裏付けずさん」などと大々的に報じたのである。だが、検察が控訴を断念したのは「勇気ある決断」ではない。虚構のストーリーはあくまで虚構でしかなく、控訴審で勝てる見込みがないからである。村木元局長は164日間も勾留され、4回目の保釈請求でようやく保釈された。既にその頃は石井副代表の議員案件であることも崩れ去っていたのだが、検察は保釈に反対したのである。このような不正義があろうか。

 村木元局長は逮捕された昨年6月14日から今回の判決まで一年半近くも裁判闘争を続けざるを得なかった。精神的、肉体的苦痛に加えて経済的な負担も大きかっただろう。元局長とその周囲の人間は検察の虚構とメンツに振り回され続けたのである。 この事件は、検察の前代未聞の不祥事といっても過言ではなく、検察全体の信用を失墜させた事件である、と評することができるであろう。関与した検察官については、懲戒免職以外にないと思料される。

 貴会の機能と存在については、十分機能していないとの批判もあるが、今回は法務大臣も積極的に関与した検察官の処分を検討すべきではないか。 勇断をもって厳正な処分勧告を行ない、ぜひ存在感を示してほしい。また、柳田稔法務大臣も関与した検察官の処分を検討すべきではなかったか。

 六 まとめ

 被疑者や関係者の虚偽の供述で捏造された典型的な冤罪事件であることは一審判決で明らかとなった。 本件捜査についての検察官の重大な落ち度は、①議員案件であるか否かを裏付け捜査しなかった、②FDを十分検討しなかった、③石井副代表の事情聴取で議員案件でないことは明らかであったのにその証拠を隠蔽した、④公判において6名の取り調べ担当検事が取り調べメモを廃棄したと証言したこと、⑤虚構のストーリーであることが明らかとなった後もなりふりかまわず公判が遂行されたこと、⑥論告求刑公判でも本来であれば論告を放棄するか無罪論告すべきであるのに、懲役刑を求刑したこと、などが事前協議と処分協議に関与した全検察官全員の重大な落ち度として認定されなければならない。

 七 改革案

 現行の制度を見直し、検察審査会と同様の民意を反映する制度にすべきである。検察審査会は、検察官の処分に対してそれが適正であるか否かを審査するのみであって、本件村木元局長の事案については審査の対象外である。検察官による不当逮捕、勾留、起訴などについても審査できる制度を作るべきである。と言うのは、最近の検察の暴走が批判されているが、その暴走をチェックする制度が日本には存在しないからである。選挙権を有する国民が委員となって、逮捕起訴の不当、冤罪事件を審査する、菅直人政権は政治主導で法案の成立を期することを切に望みたい。以上。
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◎戸田ひさよしHP http://www.hige-toda.com/
  ・生コンスト記事を載せている「自由論争掲示板」
           http://www.hige-toda.com/x/c-board/c-board.cgi?cmd=tre;id=01
■他では見れない動画が満載!「戸田のYUチューブコーナー」
          http://www.youtube.com/user/todajimusho
■在特会や三井さんほか動画各種はこちらでも
   「絶対面白い動画コーナー」 http://www.hige-toda.com/_mado05/movie/
■「中小企業の砦」=協同会館アソシエに関連する「アソシエ動画」
          http://www.youtube.com/user/ASSOCIE0911#p/u

 2023.7.13日、弘中 惇一郎弁護士「検察がもっとも恐れる男」が明かす、特捜部が「村木厚子冤罪事件」を作った「えげつない手口」」。
 怖ろしい冤罪事件として記憶に新しい「村木厚子事件」
 厚生労働省の局長(当時)だった村木さんは、大阪地検特捜部の杜撰な捜査によって逮捕され、約5か月間も勾留される苦難を体験した。村木さんの無実判決を勝ち取った「検察がもっとも恐れる男」弘中惇一郎弁護士が、特捜検察が冤罪事件を作り出した戦慄の手口20を明らかにしている。その中から手口1を特別に公開する。
【*本記事は弘中惇一郎『特捜検察の正体』(7月20日発売)から抜粋・編集したものです。】
 「特捜」は事件を「作る」
 特捜事件が通常の刑事事件と違うのは、「事件を作る」という点だと思う。通常の刑事事件は、殺人や放火などが実際に起こったから捜査をするわけだが、特捜事件では、事件を作るために捜査をするというケースが多々見られる。事件のストーリーは検察官が考える。よく言えば「筋読み」だが、悪く言えば、妄想的に「ない事件」を考えてしまう。そこで重視されるのは供述調書である。

 もともと特捜事件では証拠として供述調書の比重が高く、検察官は自分たちが描いたストーリー通りにうまく供述調書を作ろうと熱心に努力する。事件を作るには供述調書をどう書けばいいか、という発想なのだろう。被疑者や関係者への事情聴取も、単に話を聞くというのではなく、自分たちが作ったストーリーを高圧的に押し付けることが中心になりがちだ。 その典型が村木厚子事件だ。この事件が冤罪だったことは周知のとおりで、大阪地検特捜部の前田恒彦主任検事による証拠改竄があったことも広く知られている。本記事では、村木事件をケーススタディにして、冤罪を生み出す検察官ストーリー強要捜査の手口について述べる。
 ウソだらけの検察側冒頭陳述
 大阪地検特捜部が裁判で主張した村木事件の概要は、以下のようなものであった。
──2004(平成16)年、厚労省社会・援護局障害保健福祉部企画課長だった村木は、「凛の会」が偽の障害者団体であると知りながら、石井一衆院議員の依頼により、障害者団体として認定する内容虚偽の証明書を部下に命じて作らせ、自らの公印を押して発行し、障害者用郵便料金の割引を受けられるよう便宜を図った──。

 これに対して、村木さんは、一貫して起訴事実を否認していた。検察側冒頭陳述では、村木さんが「犯行」に至った経緯として、図1~19の面談や電話での会話が挙げられた。(※外部配信でお読みの方は、「現代新書」サイトで図をご覧ください。)
 これら1~19には、それぞれ、内容を裏付ける関係者の供述調書が多数あった。ところが、関係者は証人尋問で、供述調書の内容のほとんどを否定した。1~19のすべてが、検察に意図的に捏造されたものかどうかは定かではないが、19件中18件は、現実には存在しない架空の面談や会話だったのである。

 この事件では、判決後に、上村氏が作成した偽証明書の文書データの日付を前田検事が改竄したことばかりクローズアップされたが、むしろ、それ以上に問題があるのは供述調書の作り方だった。文書データの改竄だけなら前田検事の個人的な暴走で片付けることもできるが、何人もの検事が作った各供述調書の内容と法廷での証言内容がことごとく食い違ったのだから、「
組織あげての事件の捏造」だったと言うしかない。
 手口1:ストーリーを作り都合のいい証拠のみ集める
 現在の刑事訴訟制度においては、弁護人はかなりの量の供述調書を見ることができる。検察が裁判所で証拠申請を予定している調書のほかに、それに関係する調書(たとえば、証拠申請予定者のすべての供述調書や証拠申請予定者の信用性を検討するのに必要な調書など)や、弁護側が裁判で予定している主張に関係する調書も、弁護側が開示請求すれば、検察側は原則としてすべて開示しなければならない。このようにして開示される供述調書の数は、事件によっては1000通ほどになることもある。村木事件の場合、私は200通ほどの供述調書を読んだ。それらは、じつによくできた「作文」で、ストーリーとしては完成していた。村木事件に限らず、特捜事件の供述調書は、「破綻のない、見事に一貫したストーリー」だ。初めから、そうなるように作られているのである。主任検事の指揮のもと、各検事は担当する被疑者や参考人を割り当てられ、それにしたがって取り調べをし、調書を作る。初めからミッションがあり、そのミッションに沿って、この相手からはどういう内容の調書を作ってサインさせるかを決めてある。そして、相手の話のなかから筋書きに合致するものを材料にして調書を作る。材料の提供が不足すれば誘導したり、説得したりして、予定していた調書を作り上げる。筋書きに合わない話、つまり検察にとって都合の悪い話は排除されるので、事実と異なる調書が作られてしまう。村木事件の証人尋問では、こうした特捜検察の取り調べのやり方を赤裸々に語った証人もいた。以下に、その証言の一部を紹介しよう。
 ストーリーのでっちあげ
 村木事件は、「凛の会」の倉沢会長と幹部の木村氏とが、石井議員のところに請託に行ったことが端緒とされた(前記表)。これについて、木村氏は、法廷で次のように証言した(以下、証言中の〔 〕内は筆者による補足)。

 
「石井一の前に倉沢さんが座って、それの左隣だか右隣に私が座って、──中略──倉沢さんがこういう会を今度作ったんで、一つお力添えいただきたいみたいなことを申し上げて、私からもよろしくお願いしますというようなことを言ったというふうに〔私の調書にもう既成の事実として〕書いてあった」。

 「〔そのときに私は〕それは検事さんの作文でしょう、私、そんなこと、申し上げてませんよということを、はっきり申し上げました。ところが、それは認められなかった」。

 要するに、検察官は、相手方に質問をして事実を聞き出して、それを取りまとめて調書にするのではなく、取り調べを始める前に、一方的に作りたい調書を作文しておき、そのストーリーを認めてサインするようにと、押しつけてくるのである。初めて取り調べを受けたら、もう供述調書ができていたのだから、木村氏はさぞかし驚いたことだろう。
 威圧的取り調べ
 前述した木村氏の証言のなかに出てくる「検事さん」とは、國井弘樹検事である。木村氏は、國井検事の取り調べについて、「御自分がおっしゃった内容に対して、私が否定すれば、そうじゃないだろうから始まって、まあそれが尋常じゃないですね」、「立ち上がられたり、机をたたかれたり」、「うそをつくな、これが事実なんだという格好で、押さえ付けられる」というものであり、「検事の方がそういう態度で接するとは思ってなかったもんですから、相当な圧力は感じました」と証言した。また、國井検事が作成した供述調書に署名押印をする前後の状況について、「これは飽くまでも検事さんの作文ですね、私、こういうことは申し上げてませんよ」と、「かなりきつい言い方で」抗議したものの、「いいんだ、いいんだよ、ともかくサインすれば」と國井検事に言われ、「もう夜の8時まで、ずうっと問答をやり取りやってましたし、相当なこっちも圧力感じてましたので、これはもう署名するしかないな」と諦め、「その場は署名して引き下がってきた」と証言した。

 「凛の会」の河野氏も、國井検事らから威圧的な取り調べを受け、河野氏の弁護人は大阪地検特捜部に抗議の申入書を送っている。特捜事件に限るとは言えないが、取り調べ時に検察官が威圧的態度によって無理やり調書にサインさせることは、珍しくないのである。
 検察官ストーリーに合致しない話は調書にしない
 國井検事は、上村氏の取り調べも担当した。「凛の会」に要請されて偽の証明書を発行したのは上村氏であり、のちに執行猶予付きの有罪判決を受けている。上村氏は逮捕直後から、偽証明書の作成は自身の単独犯であり、村木さんは関係ないと言い続けたが、そのような供述はいっさい調書にされなかった。

 証人尋問で、上村氏は、國井検事について、「具合が悪かったら言ってねとか、眠れるとか、食事取れてるとか、すごい気遣ってくれているのに、肝心の僕の話は聞いてくれない」、「ちゃんと説明してるんだけど、聞き流してる、うなずいているんだけど、いざ調書のときになると、何もそのことについては書かれていない」などとして、いくら真相を説明しても、すべて無視され続けたことを明らかにした。また、前出の木村氏も、倉沢氏と一緒に石井議員に会ったとする検察官ストーリーについて、「幾ら私がお話ししても、いや、そうじゃないんだと。これが事実なんだと。──中略──おまえは間違いなく会ってるんだという格好での取調べ」だったと証言し、検察官ストーリーに合致しない話はいっさい受け付けてくれない状況を述べている。

 なぜ、このようなことをするのかというと、自分たちのストーリーに反する供述調書を作ってしまうと、それが証拠開示の対象となり、供述の矛盾として追及される危険があるからだ。そのため、検察官ストーリーに沿った内容の調書のみが残るようにする。また、一つの調書を作り上げると、その調書を参考にして、それに符合するように他の調書を作ることもある。複数の被疑者や多数の関係者から調書を取っても、事件全体のストーリーとして整合性が取れているのは、そのためである。

 2023.7.15日、「「え!これウソなの?」……村木厚子冤罪事件の「でっちあげ供述調書」に見る、特捜検察の異常な「作文力」」。
 衝撃的な冤罪事件として記憶に新しい「村木厚子事件」。厚生労働省の局長(当時)だった村木さんは、大阪地検特捜部の杜撰な捜査によって逮捕され、約5か月間も勾留される苦難を体験した。 村木さんの無実判決を勝ち取った「検察がもっとも恐れる男」弘中惇一郎弁護士が、特捜検察が冤罪事件を作り出した「危険な手口20」を明らかにした。その一部を特別公開する。【*本記事は弘中惇一郎『特捜検察の正体』(7月20日発売)から抜粋・編集したものです。】
 手口3:供述調書は検事が作文する
 特捜事件における供述調書は、基本的にはすべて検察官の作文だと言える。何も材料がないと作文できないので、会話やできごとなどについて被疑者や参考人からいろいろと話を聞き、使えそうなフレーズなどをピックアップしておき、それらを使う。こうして、「具体性・迫真性・臨場感のある調書」が出来上がる。その一例として、村木さんの上司だった塩田幸雄氏の供述調書を取り上げてみたい。塩田氏は、偽の証明書の発行に自分と村木さんとが関与したことを認める調書を、特捜部の林谷浩二検事から何通も取られてサインをしたが、証人尋問ではことごとく否定した。なお、裁判の証拠書類については「目的外使用の禁止」というルール(刑事訴訟法第二八一条の四、同五)があり、検察官から開示してもらった供述調書を弁護人や被告人(またはそうであった者)が裁判以外の目的で使うことはできない。次に挙げる塩田調書は、魚住昭氏の著書『冤罪法廷 特捜検察の落日』(講談社)からの引用である。
 まことしやかな塩田調書
 「石井議員からの要請は(04年)2月25日午前、私が国会で政府委員としての初答弁を行ったあと、その当日、またはその前後の1日か2日の間にありました。石井議員は私の国会答弁を知っていて、『塩田部長、お久しぶりですねぇ。部長としての初答弁だそうで大変やなあ』というように切り出されました。このころには、厚労省障害保健福祉部は、いわゆる障害者自立支援法を迅速、かつ、円滑に成立させて、障害者福祉行政の円滑化を図らなければならないという最重要、かつ緊急の課題を抱えていました。障害者自立支援法を円滑に成立させるためには石井一議員の機嫌を損ねたくないと思い、凛の会への公的証明書の発行を引き受けました。 私は村木課長に『この案件は、丁寧に対応して、先生の御機嫌を損ねない形で、公的証明書を発行してあげる方向で、うまく処理してくれ。難しい案件だと思うけど、よろしく頼むわ。こういうことをうまく処理するのも、官僚の大切な手腕のひとつなんだよね』と言いました。 2月下旬ごろ、倉沢会長が村木課長を訪ね、村木課長に案内された倉沢会長が障害保健福祉部長室にきました。私は失礼のないよう部屋の出入り口まで移動して挨拶しました。その後、6月上旬ごろに村木課長から『石井代議士から話のあった公的証明書のことなのですが、担当者のほうでいろいろ苦労をしてくれて証明書を出すことになりましたので、ご報告しておきます。秘書の倉沢さん〔筆者注:倉沢氏はかつて石井議員の私設秘書を務めたことがあった〕には私から連絡しておきますので、石井代議士のほうは部長からご連絡をお願いします』という報告を受け、『そうか、よかったね。これがバツだったら大変なことだよねぇ。石井代議士には僕から伝えておくから』と村木課長をねぎらいました。すると村木課長は『本当にそうですね。なんとか、うまく処理することができました』などと答えました」魚住昭『冤罪法廷 特捜検察の落日』(講談社)より
 このように、塩田調書には、実際にはまったくなかったことが、一言一句、まことしやかに書かれていた。厚労省内での村木さんとの会話などは、じつにリアルである。特捜検察が「迫真性・具体性・臨場感のある供述調書」を作るのは、自分たちが描いた事件のストーリーをいかにも現実にあったように仕立てて、裁判官を説得したいからだ。表に挙げた検察側冒頭陳述のアミ掛け部分も同様で、調書から引っ張ってきた「存在しなかったフレーズ」を、検察官は裁判官の面前で滔々(とうとう)と述べていた。(※外部配信でお読みの方は、現代新書サイトで表をご覧ください。)
 証人尋問で明らかになった上村調書の作文の実態
 上村勉氏の証人尋問では、彼が検察に取られた供述調書のデタラメぶりが明るみにでて、傍聴人や法廷に詰め掛けていた記者たちを唖然とさせた。  その詳細を記す前に、村木事件の背景について説明しておこう。

 村木事件の発端となった郵便法違反事件で、「凛の会」が悪用した障害者郵便割引制度は、正式には「心身障害者用低料第三種郵便物制度」という(以下、低料第三種と記す)。事件当時、低料第三種の適用を受ければ、一通一二〇円かかる封書の郵便物がわずか八円で発送できるなど、通常の第三種郵便より格段に安く郵便物を発送することができた。低料第三種の適用を受けるためには、正規の障害者団体であることを認める厚労省発行の証明書が必要だった。障害者団体としての実体がない「凛の会」は、偽の証明書を上村氏に作らせ、心身障害者向けの新聞(定期刊行物)を装って、さまざまな企業のダイレクトメールを大量発送し、正規の郵便料金との差額を免れることで荒稼ぎしていた。偽証明書プロジェクトの仕上げのころの状況について、特捜部が作り上げたストーリー(すなわち検察側冒頭陳述)は、以下のようなものであった。

 「凛の会」は、まず、通常の第三種郵便物承認請求書を日本郵政公社(現・JP日本郵便)に提出し、厚労省から公的証明書が近々発行される予定だと伝えた。しかし、その後も公的証明書の提出がなかったため、日本郵政公社は、「凛の会」に対して、通常の第三種郵便の適用しか認めず、低料第三種を取得したければ、その申請に必要な公的証明書を至急提出するよう求めた。この要請に慌てた「凛の会」の河野氏は、二〇〇四(平成一六)年六月上旬頃、上村氏に電話をし、公的証明書の発行をせっついた──特捜部のストーリーはこのようなものだった。

 このテーマについて、検察官は上村氏の証人尋問において、二〇〇九年六月七日付の上村氏の供述調書を示して質問した。以下、〔 〕内は筆者が付した補足である。 「〔あなたの〕供述調書には、平成16年6月上旬ころに、河野さんから公的証明書の発行を催促されて、その際に、郵政〔公社〕から三種〔第三種郵便〕の認可が下りるなどしたので、5月中の日付で証明書を欲しいんだと迫られたと書いてあるんですが、これはあなたの記憶とは違うんですか」 と検察官は問うた。これに対して、上村氏は、「そういう話は國井検事のほうからもたらされました。私はそういう、凛の会側のほうで、期限が迫ってるとか、そういう事情は知りませんでした」と答えた。検察官が示した調書の該当部分には、「河野さんは/もう郵政から第三種の承認が下りてしまいました/それに、新聞の広告主も決まっていて、すぐに障害三種〔低料第三種のこと〕の認可を取らないと、大赤字になってしまいます/大急ぎで、証明書をください/ただ、郵政との関係もあるので、日付は5月中にしてください/などと言って」との記載がある。実際には上村氏が知らない事情でも、このように具体的で詳細な言辞が調書に記載されたのである。

 検察官は、続けて、「この供述調書では、更にその後、村木さんからあなたに内線電話があって、やはり、5月中の日付で公的証明書を作って持ってくるようにというふうに言われたと書いてあるんですが、──中略──これはあなたの記憶とは違うんですか」 と問うた。これは、表14に関連する質問である。 上村氏は、「違います」と、きっぱりと答えた。検察官が示した調書の該当部分には、「平成16年6月上旬ころ、村木さんが、自ら、内線を使って、私に電話をかけてきました。/その電話で、村木さんは/『凛の会』のことで面倒なことをお願いしちゃって、ごめんなさいね/などと言って、優しい口調で、悩んでいた私を気遣ってくれ、さらに/5月中の日付で、証明書を作ってくれていいから/証明書ができたら、私のところに持ってきてください/などと──中略──指示してきました」 との記載がある。実際にはこのようなやりとりがいっさいなかったことが裁判で明らかになったが、およそ存在しないことでも、「優しい口調で」「悩んでいた私を気遣って」というもっともらしい言葉まで並べて、調書が作られたのである。さらに検察官が上村氏に対して、「それに対して、あなたが資料の提出がないとか、実体が疑わしいという、問題があると言ったところ、村木さんが、決裁なんかいいんで、すぐに証明書を作ってくださいと指示をしてきたと書いてあるんですが、これもあなたの記憶とは違うんですか」と訊いたところ、上村氏は、はっきりと「違います」と答えた。

 検察官が示した調書の該当部分には、「凛の会」から公的証明書の発行に必要な資料(同会の規約や会員名簿など)が提出されていないことを不審に思った上村氏が、「障害者団体としての実体があるか疑わしい。それでも公的証明書を発行していいのですか」と村木さんに確認したところ、村木さんは、「石井一先生からお願いされていることだし、塩田部長から下りてきた話でもあるから、決裁なんかいいんで、すぐに証明書を作ってください/上村さんは、心配しなくていいから」などと言ったと、記載されている。事実とかけ離れたことを、このように真に迫ったセリフまで入れて調書に仕立て上げる検察官の「作文能力の高さ」には驚かされる。

 上村氏は、自身の供述調書について、 「村木課長と私のやり取りが生々しく再現されていますけれども、それは全部でっち上げです」 と、証言時に法廷で断言した。傍聴人や記者たちが唖然としたのも当然である。しかし、多くの人は、特捜事件の供述調書がこのようにして作り上げられたものだとは考えもしないから、調書の内容をそのまま信じてしまう可能性がある。これは、村木事件に限らず、特捜事件全般について言えることである。
 「可能性」を「断定」にすり替える
 検察官が供述調書を作文するテクニックの一つに、可能性があることを認めさせたうえで、それを調書では断定的表現にすり替えたうえに無理やりサインさせる、ということがある。たとえば、厚労省職員の田村一氏は、取り調べの際に供述した「可能性」を、調書で「断定」にすり替えられている。 検察側冒頭陳述では、二〇〇四年二月下旬頃、村木さんは、厚労省を訪れた倉沢氏に、社会参加推進室長補佐の田村氏と同室社会参加係長の村松義弘氏(上村氏の前任者)を紹介したことになっていた(表7)。田村氏は、取り調べの際、高橋和男副検事(※「高」は正式には「はしごだか」。以下、同)から、「村松さんは事実だと認めている」と聞かされていた。そのときのことについて田村氏は、証人尋問で次のように述べた。「村松さんの話として、確かにその場面に私がいたということを〔高橋副検事から〕聞かされましたので、私としては記憶がありませんでしたが、否定する記憶もございませんでしたので、そういう可能性はないわけではないと思い、可能性としてはあるのではないでしょうかというふうにお話ししました」 、「ところが、調書では、その場面に私がいたことが明確な記憶としてあるという表現にされたので、可能性があるというふうに記載してもらいたいと要望したところ、検察官から、『それはできない』と、びしっと言われ、迷いましたけれど、最後は署名押印をした」と。

 役所には、さまざまの人が種々の用件で訪れる。五年も前に、ある障害者団体の人と会ったことがあったのではないかと問われれば、会った記憶がなくても、その可能性は100%ないとまでは言い切れない。そこに検察官はつけ込んで、まず、「可能性の存在」を認めさせる。そのうえで、調書上の記載は明確な記憶のようにすり替えて、無理やりサインさせるのである。検察のほうでは、初めから「こういう調書を取る」という目的がはっきりしているので、曖昧なことを曖昧なまま調書にしても意味がない。曖昧だろうが、相手が「可能性はあるかもしれない」と言ったら、それを断定的なこととして書く。「その程度のことは調書だからしょうがないんだ」と、居直るわけだ。あり得ないことが調書に書かれているのなら、誰でも抵抗するだろうが、「そういうこともあったかもしれない」と思わされていることを「そうだった」と書かれると、「でたらめだ!」とまでは言えず、検察官に威圧されて、最後は「しょうがないか」と諦めて、調書にサインしてしまうのである。
 検察官の取り調べを受ける場合の「対抗策」
 対抗策は、検察に呼ばれた時点で弁護士に相談することだ。単なる参考人の場合に費用を負担してまで弁護士に相談するかどうかは、人それぞれの考え方にもよるが、慎重な人はそうするかもしれない。検察の取り調べを受けるというのは、それほど大変なことなのである。

 検察の捜査は、まずガサ(捜索差し押さえ)が入る。被疑者に限らず関係者のところに行き、パソコン、携帯電話、手帳、手紙、日記などを押収したうえで中身を調べ、客観的証拠とも矛盾しないストーリーとして事件化できるかを考えるのである。 逮捕されれば、自宅や仕事先などに家宅捜索が入り、あらゆる資料が押収される。参考人の携帯電話を取り上げるのは令状を取らない限り無理だが、被疑者の場合は逮捕時には携帯電話も含めて全部持っていかれてしまうので、事件当時の記憶を時系列でたどれなくなる。しかし、逮捕前にコピーを取って弁護士に渡しておくことには何の問題もない。逮捕前の村木さんから相談を受けた私は、「そういうものは全部コピーして渡してください」と話した。参考人の場合でも、弁護士は同様のアドバイスをするはずである。






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