ロッキード事件の概要1-1(ロッキード事件勃発) |
更新日/2021(平成31→5.1栄和元/栄和3).2.7日
これより以前は、【ロッキード事件の伏線考】に記す
(れんだいこのショートメッセージ) | |||
「ロッキード事件」とは、当時の日本の最高権力者であった田中角栄首相が、米国航空機製造会社ロッキード社の代理店である商社丸紅の請託を受け、全日空に、ロッキード社の新型旅客機であるトライスターの選定を承諾させ、その謝礼として5億円を受け取ったとされた、いわゆる現職首相の受託収賄罪事件のことを云う。
この一連の経過を聞き分ける観点のポイントは次のことにある。弁護士出身で法務大臣経験者でもある古井喜實氏は「首相の職務権限」で次のように述べている。
古井氏は、「田中角栄は果たして正しく裁かれているだろうか」と、当時より裁判に警鐘を鳴らしている。
折も折、2000.12.19日読売新聞(編集委員・水野雅之)に、木村喜助弁護士が最近著した「田中角栄の真実」の出版記念パーティーが、12.13日、都内のホテルでささやかに開かれたと伝えられている。発起人・後藤田正晴で、当の後藤田氏、田中弁護団の一員であった保岡興治(前自治省)、田中真紀子(前科学技術庁長官)らが各人各様のスピーチをした模様である。この声がなぜ掻き消されるのか、ここに現代を覆う闇があるやに思われる。 |
【ロッキード事件勃発時の動き】 |
ロッキード事件発生時の動きを見ておくことにする。「ロッキード事件」は突如勃発させられた。その舞台となったのがチャーチ委員会である。では、チャーチ委員会とは何者か、これにメスを入れた論考は少ない。結論から言うと、キッシンジャーの陰謀と密接に関わっている機関ということになる。論考は少ない中で、我々が目にするのはこれを逆に説く論考ばかりである。これでは学んで馬鹿になるばかりであろう。 チャーチ委員会は、1973.9.11日、チリで、サルバドール・アジェンダ大統領政権がアウグスト・ピノチェト将軍らの軍事クーデターにより崩壊した。この事件の背後に国際ユダ邪の陰謀があった。1974年、これを調査するという名目で、多国籍企業小委員会が上院外交委員会の下に設置され、チャーチが委員長に選出された。この最中にウォーターゲート事件が最終局面を迎え、1974.8月、ニクソンが議会で弾劾される雲行きとなり、その決議の前に大統領を辞任した。翌1975年、上院に情報活動調査特別委員会が発足し、チャーチが委員長を兼務した。こうして、二つのチャーチ委員会が生まれた。この流れが、キッシンジャーの陰謀とどう関わるのか具体的な動きは漏らされるべくもなかろうが、ロッキード事件の流れを作り出していくことになる。この検証は追々にやっていくことにする。 |
【ロッキード事件の勃発、チャーチ委員会での突然の発表】 | ||||||
1976(昭和51).2.4日、米国上院外交委員会の多国籍企業小委員会(民主党のチャーチ上院議員を長とする「通称チャーチ委員会」)が開かれ、チャーチ委員長は冒頭次のように述べた。
その公聴会証言で、ロッキード社の会計監査に当たった会計士W・フィレンドレーによってロッキード社の対外秘密工作が漏洩され、 「ピーナッツ100個(暗号領収書、ピーナッツ1個は100万円で、100個は1億円)などロッキード社不法献金の証拠資料」となる公聴記録が突如発表された。 フィンドレーは次のように証言した。
2.6日、ロッキード社の前副社長アーチボルド・カール・コーチャンが同じ委員会での公聴会尋問に答えて次のように証言した。
この爆弾証言が、ロッキード事件の幕開けとなった。米国SEC によるロッキード社の極秘賄賂工作の暴露は、電波に乗せられたちまち全世界に報道された。 |
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「フィレンドレーの公聴会証言」が明らかにしたのは、「ロッキード社の対外秘密工作」であり、概要「ロッキード社が全日空へのトライスター機売り込みに当たって、表向きを総合商社の丸紅、裏方に政商・小佐野、児玉誉士夫を通じて政府高官達に日本円で約30億円の工作資金を流した。そのうち約21億円相当が児玉に流れた」というものであった。 この限りに於いて、「フィレンドレーの公聴会証言」はさほど異様ではない。問題は、ここから先は巨額の工作資金が渡った児玉ルートの使途の解明に向うのが常識的であろうところ、児玉に渡ったとされる資金の追跡の方には向わなかったことにある。ここに中曽根が暗躍していたことは間違いない。ところが、中曽根に向わず急転直下、角栄の詮索に向うことになる。ここに「闇」を見るのはごく当たり前のことだろう。 2005.1.11日 れんだいこ拝 |
【ロッキード事件漏洩経過のミステリー】 | ||||||
この漏洩の経過がミステリーであった。事件の陰謀性を糊塗する為に、次のような偶発で事件が発覚したと伝えられた。
つまり、事件は偶発で発覚したというシナリオになっている。これに対して、角栄失脚事件疑惑派は次のように指摘する。ロッキード社の丸秘資料が、誤って届けられるなどということがあり得べきかどうか(「郵便の誤配達」)、それが開封されるなどということがあり得べきかどうか(「郵便の誤開封」)疑惑されるべきであるが、ここに目が向かうことなく大事件へと発展していくことになった。ここには、ロッキード事件がまさにオカルト的に登場したという、初動時のあり得べからざる経過がある。これがロッキード事件の胡散臭さ第1弾である。 この疑惑に対し、角栄失脚事件扇動派は、最近次のように反論している。
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【朝日新聞の外電スクープ】 | |
翌2.5日、朝日新聞が「ロッキード社 丸紅・児玉氏へ資金」と云う見出しの25行程度のベタ記事を報じた。この時点では、朝日新聞一紙の報道であった。記事文面は次の通り。
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【マスコミ各社の一斉トップ紙面報道の不自然さ】 | |
ところが、この日の昼を境にニュースが燎原の火の如く広がった。新聞各社が夕刊で報道し始めた。夕刊には「ロッキード社の会計管理をしている公認会計士のウィリアム・フィンドレーが、児玉誉士夫に渡した金の一部が「日本政府当局者に対して使われた」と明言した、と大きく報じられた。疑惑の目を向けられたのは中曽根幹事長だった。この日の昼、自ら「今の段階ではノーコメント」と談話を発表している。 翌2.6日、各紙こぞって一面トップで「ロッキード事件」勃発を載せている。この「各紙こぞって一斉に」という報道の仕方に「?」が有りはしないか。これがロッキード事件の胡散臭さ第2弾である。 |
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ここに外圧が機能しているのか、児玉―中曽根ラインと関係の深い読売新聞社社長ナベツネ(渡辺恒雄)の暗躍があるのか、それらが複合しているか、それは分からないが当らずとも遠からずの観がある。 ところで、平野貞夫氏の「ロッキード事件、葬られた真実」は、「ロッキード事件勃発一斉報道」はなく、朝日新聞が二面の総合面に僅か25行程度のベタ記事扱いで報道したのみであると記している。れんだいこの理解と食い違うが、当日の各紙を検証すればはっきりするであろう。れんだいこの認識に間違いがあるとすれば、「一面トップ一斉報道」がいつ為されたのかを検証すればよい。そのような事実があったように記憶している。どなたか検証してくれれば良い。2006.12.14日、確認したところ、まず翌日の夕刊で続いて朝刊でということが真相のようである。 2006.10.7日 れんだいこ拝 |
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朝日新聞は、「ロッキード社 丸紅・児玉氏へ資金」という見出しで、次のように報じている。
朝日新聞社東京本社社会部の「ロッキード事件 疑惑と人間」は、「この記事が、日本中を怒りと驚きと混乱に叩き込む大疑獄の号砲であった」と自画自賛している。 |
2.6日午後2時頃、衆院予算委員会が開かれ、全ての審議がロッキード事件がらみとなった。三木首相は、「日本の政治の名誉にかけても、この問題を明らかにする必要がある」と表明した。
【国務省ウイリアムシャーマンと自民党幹事長中曽根会談】 | |
朝日新聞編集委員の奥山俊宏記者の著書「秘密解除 ロッキード事件」は中曽根幹事長が積極的に米国政府と接触する様子をより詳細に紹介して次のように記している。
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【ウイリアムシャーマンと中曽根会談に於ける宮顕談義の奇怪考】 | |||||
サイト「法螺と戯言」の2010.12.15日付けブログ「中曽根氏の宮本顕治氏についての照会」が、「上記は、世間をあっと驚かせたことからよく知られています。この書類を発見した朝日記者の手によるとおもわれるのが「世界」の論説です。この記事にまことに興味深い表現があるのです」と述べた後、「秘密解除・ロッキード事件(「月刊誌「世界」2011年1月号)」より次の1節を転載している。
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【チャーチ委員会でのコーチャン証言】 |
予算委終了直後、アメリカ時間2.6日、チャーチ委員会の公聴会で、ロッキード社のアーチボルド・コーチャン副会長が新たに「小佐野賢治、桧山広丸紅会長、大久保利春丸紅専務らが関わっていた」と発言した事が日本に伝わった。 その後の判明からして奇妙な事は、田中角栄の刎頚の友と云われていた小佐野の名前が挙げられていた事である。小佐野の名前が出たことで、ロッキード事件は、児玉-中曽根ラインの疑惑に加え、小佐野-角栄ラインの疑惑が加わった。且つ、児玉-中曽根ラインの疑惑が隠匿され、小佐野-角栄ラインの疑惑一辺倒へ向かうのがその後のロッキード事件の流れとなる。これを偶然と見るか、操作された仕掛けと見るべきか。 |
【チャーチ委員会疑惑】 | |
「コーチャン証言」をこき出したチャーチ委員会の特異性は、「チャーチ議員CIAの職員説」に見て取れる。通常であればこの種の企業問題は上院の証券取引委員会で取り上げるのが通例のところ、自分の委員会で取り上げることを強く要求してチャーチ委員会が始められたという経過があった。これがロッキード事件の胡散臭さ第3弾である。 一連の経過に不審を持ったジャーナリスト高野孟氏は次のように明らかにしている。
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【「コーチャン証言」疑惑】 | |
この時の「コーチャン証言」、「フィンドレー証言」、「クラッター証言」が田中角栄逮捕に繋がっていくことになる。その胡散臭さに就いては「『コーチャン証言』、『クラッター証言』をどう見るべきか考」に記した。最肝要な点のみ抜書きすれば、次のように云える。白井氏は、「田中内閣打倒に対するアメリカの遠隔操作」を指摘している。 「コーチャン調書」は、文面が開示されていない。漏洩されている箇所を読み取ると、トライスターとP3Cの売り込みについて明らかにしているが、その文面でさえ必ずしも角栄逮捕に繋がる証言に成り得ていない。にも拘らず無理やり角栄に結び付けられていった「闇」の部分があるように思われる。児玉疑惑で明けたロッキード事件のその後の誘導の不自然さが判明しよう。 一部漏洩されている「コーチャン調書」によれば、児玉に渡った金額は21億円になる。ならば、角栄に渡ったとされる5億円に目が向くよりも主たる16億円の方にこそ関心がもたれるべきであろう。これには軍用機P3C購入問題が絡んでおり、公金の使途である以上より責任も重い。もしP3Cの方が追求されたなら確実に児玉―中曽根ラインが捕捉されることになる。 東京事務所代表クラッター氏の「クラッター証言」になると凡そ使えるような代物ではない。にも拘らず、「クラッター証言」が決め手にされていくことになる。 元来は、金額的にも桁違いに多く公金不正という観点からも、P3C問題の方が事件としてはより深刻で犯罪性が高いであろう。にも関わらず、P3Cについてはいつの間にか捜査線上から消えてしまい闇に隠されていくという経過を見せていくことになる。検察は、P3Cの方を「(55年体制の)底が抜ける」としてむしろ隠匿し、5億円詮議の方へ網を掛けていった。こうして、「ロッキード問題」は、「5億円授受」のトライスター売り込み商戦に限ってつまり角栄が受け取ったとされるロッキード社の5億円収賄の究明へと雪崩れ事件化されていくことになる。 果たして「コーチャン調書」は、正確に史実を語っていたのだろうか。仮にそのように主張しつつ供述していたとしても、その証言が田中角栄逮捕に繋がっていくに足りるものであったのであろうか。無理やり田中に結び付けられていった「闇」の部分があるのではなかろうか。これが「コーチャン調書」とその政治主義的な利用に纏いついている疑惑であり、ロッキード事件の胡散臭さ第4弾である。 このことに関して、平野貞夫氏の見解が宮崎氏の「民主主義への原価」に次のように紹介されている。
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平野説は「角栄の5億円授受説」を肯定した上で、「中曽根ー児玉の防衛庁への軍用機購入問題の未解明問題」を問題視していることになるが、問題は、「角栄の5億円授受説」が冤罪であり、「中曽根ー児玉の防衛庁への軍用機購入問題」の方がホンボシだったとしてそこが不問にされたとしたら、この事件は一体どういうことになるのか、暫し胸に手を当てて考えてみよう。 2005.1.11日 れんだいこ拝 |
【ロッキード事件証言者コーチャンの隠匿ミステリー】 |
こうして、この道筋は、ひたすら「5億円が丸紅によって賄賂として田中総理に渡された経過の解明」へと向かっていくことになる。この解明の道筋は、無数の新手法、新解釈、新判断、新判例等々、捜査から裁判終結までまさに、異例づくめで進展していくことになる。 この火付け役コーチャン氏は、以降は表に出てくることは無い。その後のマスコミの取材に当たっても徹底して逃げ隠れし続けることになった。ここも胡散臭いところである。これをロッキード事件の胡散臭さ第5弾としたい。「コーチャンの胡散臭さ」については別サイト「『コーチャン証言』、『クラッター証言』をどう見るべきか考」に記した。 |
【「ピーナッツ領収書の怪」】 |
続いて、ヒロシ・イトーなる人物のロッキード社宛金銭領収書と思われる「ピーナッツ100個受領」などと書かれた、いわゆる「ピーナッツ・メモ」が表に出てきて、このメモは4枚あって逐次出され、合計5億円とされる。当然、この5億円の宛先の政府高官とは誰かの詮議に向かうのが自然で、マスコミ主導で沸き返る騒ぎへと発展していくこととなった。 しかし、木村喜助氏の「田中角栄の真実」が明らかにするところによると、「ピーナッツ100個受領」と書かれたいわゆる「ピーナッツ・メモ」の原本は、被告の弁護人に見せられることは無かった、とのことである。 |
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これは重大な指摘である。 2005.1.11日 れんだいこ拝 |
【大物右翼政界フィクサーの裏の顔が露出する】 |
この時わが国の新聞紙面でもって、大物右翼政界フィクサーとして知られていた児玉誉士夫がロッキード社の秘密代理人となり、多額のコンサルタント料をもらっていた事が暴露される。ちなみに、「児玉には60年代から仕事をしてもらっていた」とのロッキード社会計監査人・W・フィンドレー証言が為されている。 朝日新聞東京本社社会部の「ロッキード事件 疑惑と人間」は、秘密代理人契約が1969(昭和44).1.15日であったことを記している。この日、世田谷等々力の児玉邸で、ジャパンPR社長・福田太郎を通訳として児玉とロッキード日本支社長クラッターとの間で秘密コンサルタント契約が為されたことを明らかにしている。 同6.1日、児玉は年間5千万円のコンサルタント料の他に、1・P3Cを50機以上売り込んだ際の報酬は25億円、2・大韓航空へのトライスター売り込みの成功報酬は10億円という別途成功報酬権を明記した契約に改定した。 なお、1959年時点で、日本の次期戦闘機選定に際して、一旦は決定していたグラマン社製のG-98J11が土壇場で、ロッキード社製のF104に変更されている。これに児玉が暗躍したと云われている。 |
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このことの意味することも重大である。単純に云って、常日頃民族派右翼を自称しているその筋の親分が、実はアメリカのスパイであったというトンデモ事件が暴露されたという構図である。世の中はそんなものかも知れない、もって銘しておくべきであろう。 2005.1.11日 れんだいこ拝 |
【三木首相異常はしゃぎの不自然さ】 | |||
三木首相は、「日本の政治の名誉にかけて真相を明らかにする必要がある。手の届く限りの材料を集め、法規に触れるなら厳重に処置しなければならない」とぶちあげた。このぶちあげの背景にあったものは何か。政界浄化だけが三木首相を突き動かしたものであるのか。これがロッキード事件の胡散臭さ第6弾である。 2.6日、衆議院予算委員会で、ロッキード事件に関する緊急質疑が行われた。三木首相が、真相解明についての決意を次のように語った。
「金権腐敗政治を根底から改革するため」というのが錦の旗印であった。この時、三木首相は側近に次のように語ったと伝えられている。
この時、野党各党は、1・政府側は関係書類を提出せよ。2・児玉ら5人を証人喚問せよ、と要求した。 2.7日、三木首相は、井出官房長官を私邸に呼び、「日本の政治の名誉のために、事態の究明を十分に行わなければならない」と指示した。同日、自民党緊急役員会が開かれ、党内に「ロッキード問題特別調査委」(委員長・浜野清吾)を設置することを決めた佐藤文生代議士派米、証人喚問反対方針を打ち出す。 |
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2012年に刊行された「中曽根康弘が語る戦後日本外交」の中で、中島琢磨が、その点を問いただしている。それに対する中曽根の答えは次の通り。
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「角栄が米国の虎の尾を踏んだために葬られた」(田原総一朗)説を中曽根自身が暗に追認していることになる。その理由を資源問題に矮小化させているが、「三木首相異常はしゃぎ」の背後事情を認めている点で貴重である。 |
【野党各党、マスコミ各社の異例の速さの特別委編成】 |
「ロッキード事件の勃発」はすぐさまわが国の政界に波及した。野党がこの問題を追求、マスコミは連日この問題を報道、国会内外で激しい攻防が展開される。 2.5日、社会党が午前の国会対策委で、「ロッキード政治献金調査特別委」(委員長・上田哲)設置を決める。 2.6日午前、共産党が「ロッキード問題真相追求委」設置。同午前、民社党が「ロッキード問題調査特別委」設置。同午後、公明党が「ロッキード調査特別委」設置、直ちに黒柳明参議院議員ら3名が派米された。 2.7日、社会党は、予算委員会での証人喚問に自民党が応じない場合、全ての審議を拒否することを決めた。 朝日新聞社は、2.7日に早くもロッキード特別取材班を編成し、「総力を挙げて取り組む」との意思統一をしている。 2.8日、民社党、2.9日、社会党、2.10日、共産党が調査団を派遣。各党とも相当の資料を渡され、約一週間後帰国する。 |
【鈴木卓郎の「共産党取材30年」の指摘】 | |
ロッキード事件に異例にはしゃいた三木首相に負けず劣らず、この時日共の宮顕は疑惑の徹底解明を呼号し、政界に「左」からの影響を与え続ける。何故宮顕は異常にはしゃいだのか。これがロッキード事件の胡散臭さ第7弾である。 鈴木卓郎の「共産党取材30年」に次のように記されている。
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鈴木卓郎の「これで宮本は二度『アメリカ帝国主義』に助けられたことになる」は、興味深い指摘である。鈴木卓郎の「共産党取材30年」の指摘の如く「戦前党中央委員小畑リンチ致死事件問題」で窮地に陥っていた宮顕がこれにより劣勢挽回していくことになった。日頃、対米従属論で反米闘争を構える宮顕が裏で米英ユ同盟と通底している様が見えてくる。これをどう整合的に理解すべきだろうか。 2005.1.11日 れんだいこ拝 |
2.9日、自民党は、政府・与党連絡会議で、証人喚問要求に応じ、2.16、2.17日に行うことを決める。証人は、児玉、小佐野、檜山、松尾、伊藤、大久保、若狭、渡辺の8名を予定した。
【久保卓也事務次官発言】 | |
2.9日夜、防衛庁の久保卓也事務次官が、記者会見で次のような発言をしている。
この「久保発言」に対し、すぐに後藤田、相沢両氏が抗議し、久保事務次官は発言を撤回し、自ら訓戒処分に附した。しかしそれにしても、なぜこの時期こういう発言が為されたのか、それが「久保発言に纏わる疑惑」である。「久保発言」は、児玉ルート案件と考えられていたPXL導入疑惑に角栄を加える事により「角栄マター」とする流れを作った。 |
【外務省の動き】 |
2.11日、新任の駐米大使として、東郷文彦氏がワシントンに着任した。東郷氏は、国務副長官インガソルを訪ね、三木首相の要請を重ねて伝えた。 |
【児玉喚問不能】 | |
2.5日、ロッキード事件が勃発したこの日、児玉は既に雲隠れしていた。マスコミ各社は児玉の行方を追跡したが足取りが杳として知れなかった。 2.12日、東京女子医大教授・喜多村幸一氏が記者会見し、概要「児玉は自宅にて加療中で面会謝絶。児玉の病状から判断して、証人として国会に出頭することは無理である」と発表した。 この件に関し、事件から25年後、元東京女子医大脳神経外科助教授・天野恵市氏が、月刊誌「新潮45」(平成13.4月号)に「児玉誉士夫の『喚問回避』に手を汚した東京女子医大」というタイトルの手記を寄稿し、当時の内情を暴露した。
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「児玉喚問不能」の政治的意味は、ロッキード事件に於ける本来の究明ルートである「児玉ー中曽根ーナベツネラインルート」への捜査が向わず、無理矢理に角栄ルートへ向うことを意味する。その後の喧騒は、全てこのレールを上滑りさせていくことになる。 |
これより以降は、【ロッキード事件の概要1-2(ロッキード事件訴追史)】に記す
(私論.私見)