耐震テスト施設が小泉政権下、二束三文で売り払われていた。
瀬戸内海に面した香川県の多度津町。林立する緑色のクレー ンの向こう側に、上半分が青色、下半分が白色の大きな倉庫のような建物がある。建物の中では所有者である今治造船(本社・愛媛県今治市)が船体をつくっている。だが実は、この施設の中には6年前まで、原発事故を回避するための重要な研究設備があった。大地震と大津波に襲われてコ
ントロール不能に陥った福島第一原発1号機は営業運転を始めてからちょうど40年が経過している。 2号機、3号機を経て、4号機が32年あまり。日本には、40年、30年を経過した「老朽原発」が多い。
この老朽原発の設備の耐震性の「実地テスト」が日本で唯一可能な施設。 それが、1976年に発足した財団法人原子力試験工学 センター(当時)の多度津工学試験所だった。福島原発をはじめとする軽水
炉は、もともと米国で開発、生産されてきた。 このため、地震の多い日本に導入するには、実際に大きい揺れを与えてみて、その安全性を確かめる装置が必要と考えられた。
多度津工学試験所が完成したのは82年。 阪神大震災の7倍の6千ガルの揺れを作り出せる15メートル四方の世界最大級の巨大な振動台設備を備え、この上に原発のさまざまな設備部分を載せて地震と同様の振動でその耐震性を調べるのが目的で、最大重量1千トンまでの設備の振動テストができた。 最初のテストは、82年から83年にかけて、110万キロワッ ト級の加圧水型炉を3・7分の1に縮尺した格納容器。 福島原発と同じ沸騰水型炉は、86年から87年にかけて3・2分の1の縮尺の格納容器を実験している。 以後2004年まで、国から委託され、圧力容器本体や一次冷却設備、非常用ディーゼル発電機など、原発の中の枢要な設備25個の実物と同じ耐性の「模型」が次々に振動台に載ってきた。
■ 「無駄遣い」と・・・
ところが、05年、当時の小泉政権下で施設を引き継いだ独立行政法人、原子力安全基盤機構(JNES)が効率化と維持費の削減のため試験所の閉鎖を決定し、建物・敷地ごと、競争入札で今治造船に払い下げた。 建設費310億円に対し、売却価格は2億7700万円。 造船会社に振動台は使い道がない。 同社はすぐにスクラップ廃棄し、先述したように建物は現在、船体の製造施設になっている。今後はコンピューター解析だけで耐性分析は十分というのが閉鎖理由だったが、05年に文部科学省が兵庫県三木市にほぼ同規模の振動台施設を建設したことも背景にはあった。 小泉行革のさなか、「同じような施設は二つは不要。 年間10億円の維持費が無駄遣いになる」というわけだ。
だが多度津の振動台が原発専用なのに対し、文科省の振動台はより一般的な建築物が対象。 最大加速度も多度津より小さい。 本当に閉鎖していいのか。当時、原子力安全委員会の専門委員だった柴田碧・東大名誉教授は「この時期に試験所がなくなるのは大きなマイナス」と訴える意見書を委員会に提出、国会でも取り上げられた。日本共産党の吉井英勝議員が05年10日月から06年5月まで3回、衆議院内閣委員会や予算委員会の部会で質問した。 吉井議員は京都大学工学部原子核工学科を卒業、東大原子核研究所にも所属したことがある、国会議員ではただ一人の原子力専門家だ。
■ 小泉首相の答弁書は・・・
吉井議員の質問は、今度のような大地震と大津波が、老朽化した原発を襲うことを想定したものだった。多度津の振動台の施設を新たに放射線管理区域にして、老朽化した原発の設備をあらためてテストし直す施設にしたらどうか、という提案だったが、相手にされなかった。06年3月1日の予算委員会第7分科会では、こんなやり取りも交わされた。「腐食や亀裂や破断の発生を、直前に近い状態、つまり、老朽化したものの実証試験を行ったということはどれぐらいありますか」(吉井氏)。「老朽化をしたもの、そのものについての実証試験は行われておりません」(広瀬研吉原子力
安全・保安院長H当時)。
吉井議員はほ05年10月には同様の趣旨の質問主意書を出しているが、これに対して、同年11月11日付の小泉首相名で出された答弁書にはこう記されている。「必ずしも多度津振動台を用いた実物大の試験体による試験を行わなくても、他の研究機関の試験設備による試験及びその試験結果のコンピュータ解析によ って、安全上重要な設備の地震時の挙動を把握することが十分に可能であると考えており、今後、多度津振動台を用いた御指摘のような試験を行う考えはない」。老朽化した原発の設備について、実地の試験は必要ない。 コ ンピューター分析だけで十分というわけである。 今度の大地震と福島原発の危機下にある現在、この答弁書は見過ごすことのできるものではない。
原発は、圧力容器内部の中心部分をはじめ、おびただしい数の設備、管などが組み合わさっている。今度の福島原発事故では、設備の老朽化と激震の関係についての分析はまだ先になるが、机上のコンピューター分析だけではわからない劣化が多数あるにちがいない。「圧力容器の中の炉心隔壁は高速中性子を浴び続けて劣化しているんです。もろくなっているんですね。冷たいコップに熱いお湯を入れるとパリンと割れるでしょう。あんな感じになっているんですよ」(吉井氏)。
■ 電源の問題にも・・・
巨大地震が老朽化原発に与えるダメージを軽く見ていたのは、当時の小泉内閣だけではない。福島第一原発で進行中の危機のうち最も心配されているのは、冷却不能になった高熱の燃料棒が溶け出してメルトダウンしてしまうことだ。 そうなれば、多大な放射性物質が大気中にばらまかれる。 しかし、電源がすべて失われれば燃料棒を冷やす水を入れることができず、そうなることは簡単にわかる。
昨年5月初日の衆議院経済産 業委員会ではやはり吉井議員が、「通常使っている外部電源に加えて、原発内部の非常用電源が何かの事故で失われたらどうなるか」という質問をしていた。 現在の福島第一原発で直面している問題だ。過去に北陸電力の志賀原発やスウェーデンのフォルスマルク原発で外部電源や非常用電源が地滑りなどで失われたことがある。 当然、その対策が問題になるわけだ。 しかし、これに対して現在の寺坂信昭・原子力安全・保安院長は、こう答えている。 「冷却機能が失われるということになりますと――炉心溶融とかそういったことにつながるというのは、論理的には考え得る、そういうものでございます」。
■ 想定できていたのに
今回の大津波では、現実に鉄 塔が倒され外部電源が失われた。 次いで非常用ディーゼル発電機 の内部電源も津波で止まり、緊急炉心冷却装置(ECCS)が働かなくなった。「論理的には 考え得る」とすれば、なぜその対策を立てなかったのか。「多重防護システム」。日本の原発の安全性を宣伝する時によく使われる言葉だ。安全装置が何重にも張り巡らされているから大丈夫、というわけだ。しかし、今回の大地震、大津波はそんなものを簡単に吹き飛ばしてしまった。