【ネオコンの形成過程】

 (最新見直し2006.3.5日)

【ネオコンの源流について】
 太田龍・氏は、「週間日本新聞 時事寸評」の中で、精力的にネオコンに言及し続けている。それによれば、概要次のように記されている。

 (「ネオコンの正体」を知るのに、太田龍著「ネオコンの正体」(雷韻出版、平成十六年三月)、リンドン・ラルーシュ著、太田龍監訳「獣人ネオコン徹底批判」(成甲書房、2004.4末刊予定)の二書が詳しいとのことである)
 「ネオコン」は、少数の異色のイデオローグの徒党による単なる一時的な空騒ぎのようなものではない」。「ネオコンの教祖、その導師(グル)は、レオ・シュトラウス」であるが、レオ・シュトラウスは、アレクサンドル・コジェーブと、生涯の盟友であった。シュトラウスとコジェーブは超秘密結社「シナルキスト・インターナショナル」を創設している。

 「シナルキスト」、「シナルキズム」、「シナルキー」とは何者か。近代的シナルキズムの開祖はジョセフ・ド・メーストル(伯爵)である。ジョセフ・ド・メーストルとは、フランス革命とそしてそこから登場した、ナポレオン・ボナパルト、更に、ナポレオンに深刻な影響を与えた人物であり、シナルキストの起源はジョセフ・ド・メーストルに在る。ジョセフ・ド・メーストルについては、明治中期の陸羯南(くがかつなん)の孤立した研究を別とすれば、日本の専門家、学者、作家の視野に入ったことはない。従って、当然、今日本人で、ド・メーストルを知る者は殆んど居ない。I・バーリンと、E・M・シオランの「ド・メーストル論」の日本語訳の読者を除き。

 ジョセフ・ド・メーストルは、最初のファシストである。「シナルキスト」は、極右と極左の、二つの顔、二つの柱、二つの翼を持つ。同時に、このシナルキストの奥には、ヴェネチアモデルの「プライヴェート・ バンク」がひそんで居る。更に、このシナルキズムの有力な哲学者として、G・W・F・ヘーゲルの名前が挙げられる。「ウォール ストリート・ジャーナル(WSJ)」紙の論説委員会。これこそ、現代のシナルキストの一大拠点である。「ネオコン」は、実はこの「シナルキスト・インターナショナル」の前衛部隊に他ならない。


【レオ・シュトラウスについて】

 太田龍・氏は、レオ・シュトラウス(Leo Strauss,1899-1973)について次のように述べている。

 概要「ネオコン一派の思想的源泉は、ユダヤ人政治哲学者・レオ・シュトラウスにある。レオ・シュトラウスは、本質的には、ユダヤ教カバラ学者である。更に、シュトラウスは、マキアベリを重要視する。ネオコン一派は、マキアベリの著作を経典(バイブル)のように大切にすると言う。レオ・シュトラウス及びネオコン派とアレクサンドル・コジェーブ、そしてコジェーブに由来するポストモダン哲学との関係に至っては、筆者を例外として、日本人の唯一人、問題として自覚し得て居ない。この件は更に続けて論評する」

 してみれば、レオ・シュトラウスがネオコンの始祖に当たることになる。つまり、・シュトラウスはネオコンの「ゴッドファーザー」ということになる。

 (シュトラウスの履歴総評)

 シュトラウスはドイツ生まれのユダヤ人で、ドイツや英国の大学で政治思想を学び、ホッブスについての研究書を出版。米国に渡り、第2次大戦中の1944年に米国の市民権を獲得した。その後、シカゴ大学などで政治思想教え、73年に74歳で死去した。

 (シュトラウスの履歴概要)

 1899.9.20日、ドイツのヘッセン州キルヒハインに生まれた。

 正統派ユダヤ教徒として育てられた彼は、マールブルクのギムナジウムを卒業後、1921
年、ハンブルク大学で哲学博士の学位を取得する。

 その後彼は、フライブルク大学でフッサールとハイデッガーに接触し、両者から思想的に影響を受けている。


 1925
年からベルリンのユダヤ科学アカデミー(Akademie für Wissenschaft das Judentums)に研究員として勤務する。

 1932
年、彼はフランスを経てイギリスに向かいホッブズ研究に従事。

 1937年、ナチスから逃れるため、ドイツからアメリカに亡命。

 1938年から1949年までニューヨークのニュー・スクール・フォー・ソーシャル・リサーチ。この間、1944年に米国の市民権獲得。

 1949年から1967年までシカゴ大学で教職をえて数多く研究者を育てた。

 シカゴ大学を退職した後、Claremont Men’s CollegeやSt.John’s Collegeで教育・研究に従事。

 1973.10.18日、他界。

 その思想は、彼が他界した後も受け継がれていくことになる。日本では、「古典的政治的合理主義の再生」(ナカニシ出版)、「ホッブスの政治学」(みすず書房)、「自然権と歴史」(昭和堂)等々が出版されている。


(私論.私見) 【シュトラウス思想の特質】

 れんだいこは、シュトラウスの著作を何一つ読んでいない。それでシュトラウス論を為すには任が重い。しかし、シュトラウスの著作を何冊も読んでいて、なお且つピンぼけシュトラウス論しか為しえていない現状を思えば、あながちれんだいこのシュトラウス論が非難されることも無かろう。そういう訳でスケッチする。

 シュトラウスはその生涯において数多くの書物を書き、政治哲学の根本的な問題について一家言為している。シュトラウスは生存中よりも、その思想継承者達による活躍で脚光を浴びるに至っている。2005年現在の米国ブッシュ政権の中枢は、この学派で占められており、独特の好戦的聖戦論で世界を騒がしている。こうなると、現ブッシュ政権の源流とも云える訳で、よってブッシュ政権の解析上からもシュトラウス思想の検証が必要になる。以下、シュトラウス思想の特質をれんだいこが寸評してみる。「政治的無関心、ネオコン、リバイアサン」等々を参照しつつれんだいこ風にアレンジする。

 シュトラウスを知る為には、彼が正統派ユダヤ教徒の家庭に生まれ、その教育を徹底的に施されていることを踏まえる必要があるように思われる。シュトラウスの青壮年時代に生国ドイツでナチスが台頭していき、ユダヤ人としてのシュトラウスにとって重苦しい時代を迎えるが、シュトラウスは、ただ単にナチズム的ファシズムを批判していない。むしろ、ナチスの台頭を許してしまったワイマール時代の実権力を持たない理念主義をも軟弱として斬って捨てる。実は、シュトラウス思想はこの方面の考究に異彩を放つことになる。

 シュトラウスの思想的原点は、伝統的ユダヤ人独特の世界観・社会観・歴史観に立脚している。直接的には、近世以降生み出されたシオンの議定書派の思想と通底している。「権威と経典がシュトラウスの思想の中でも鍵となる」と云われる所以はこの秘密にある。ここを踏まえないと、シュトラウス論は態を為さないのに、この辺りが上っ面滑りのシュトラウス論が多すぎる。

 シュトラウスは、ドイツ時代にナチスの台頭を目の辺りにした経験によってか、「専制(ティラニー)についてあたかも医師が癌について語るような自信をもって語れない社会科学は、社会現象を理解し得ない」と述べ、専制に対する実効力を持つ学問を重視している。ここを始発とさせたシュトラウスはその後どう理論形成していくことになるのか。

 シュトラウスは、シオンの議定書派そのままの生硬なイデオロギーを以って、西欧史上の知の巨人を渉猟し、諸思想を俎上に乗せ解剖していく。何の為にこれを為すのか。「ルネサンス以降の欧米的近代主義=啓蒙主義的合理主義、民主主義」の流れに棹差す為である。
シュトラウスは、近代西欧に胚胎した大衆民主主義を忌避し、その批判の徹底に向かう。この観点から拾い出してくるのが、プラトン、マキアベリ、ホッブス、ニーチェ、ハイデッガー、ヴィットゲンシュタイン、ホボス等であり、この系列の再評価に向う。

 シュトラウスは、プラトンの「真実は饒舌な嘘をつける一部のエリートによって管理されるべきものだ」という思想に共鳴する。それは、シュトラウスが依拠するユダヤ選民思想に基づくエリート主義と馴染みやすかった為であろう。シュトラウスは、賢者が法則を作り、愚者が強制でなく、納得してこれを受諾する政治形態を最善と考える。これもシオンの議定書派の論理そのものでしかない。

 シュトラウスは、ホッブズの「リバイアサン」を再解釈・再検証する。そこに提起されている「人間の自己保存の問題」(=正当防衛の権利)を基軸に据え、この基底から思想を汲み出そうとする。やがて、「性善説」を否定し「性悪説」から組み立てる哲学的パラダイムでもって、近代啓蒙主義の発展過程の全体を根底から批判する見地の確立へと向うことになる。

 しかし、これとて、れんだいこは、その営為をシュトラウスの独創で格闘したとは思えない。彼が幼年期より教え込まれ、長ずるに及んでも動ずることなくむしろ確信を深めたシオンの議定書派の世界観・社会観・歴史観に立脚しつついわば自派思想の正当性を立証せんとして企図した定規当て式学問ではなかっただろうか。れんだいこはそのように看做す。

 それなりの学才を示すことに成功したシュトラウスは、やがて国家政策に関与し始める。シュトラウスの国家観は、「強者がルールを作り、弱者はそれに従うべき」というこれまた典型的なユダヤ式古典的帝王学に依拠するものであった。シュトラウスの特異なところは、哲学思想戦線で既に片付けた「平和と民主主義」の排撃を現実の国家政策にまで高めて、「平和と民主主義」に基づく諸政策を戯画として退け、代わりに知的エリートによる強権国家創出を志向させ、「理想世界創出の為の好戦的聖戦論」を焚きつけたことにある。

 曰く、「西欧の民主主義諸国にとって安全な世界を世界を作るためには、世界全体を国家の社会としても、それぞれの国家についても、民主化をしなければならない」の言葉に凝縮されているユダヤ・スタンダードによるワンワールド化は、シュトラウスのこの学問的裏づけから始まる。とはいえ、シオンの議定書派の指針の焼き直しに過ぎない。

 シュトラウスの宗教観も特徴的である。弟子たちに次のように語っている。「為政者自身は宗教に縛られてはならず、人々を騙すのに宗教を利用しなければならない。よって為政者に対して如何なる場合にも蔑視しか抱くことがない大衆を支配しようとするなら、政教一致政策の採用が不可欠だ」。

 シュトラウスはれっきとしたユダヤ教徒である。そのユダヤ教徒がユダヤ教徒のままにキリスト教徒と連携する為の知恵を授けているように思われる。政策当局者は宗義論争を避け、当面は双方の溝を踏まえつつ、「宗教は体制が民衆を管理する有効な手段」、「宗教は社会の結束を固める糊のようなもの」とする効能で一致点を見出し、巧妙に宗教政策を採用していくべきである。この観点で一致すれば良い、と諭していることになる。

 「宗教と国家の分離には反対する」は、これまた露骨生硬なユダヤ教徒的信仰の披瀝でしか無かろう。れんだいこは概して、シュトラウスの中にむしろ凡庸さを認める。戦闘的原理主義であるだけの、つくりはナチズムの裏返しのユダヤイズム原理狂信派のエピゴーネンでしかないように思われる。歴史を観る目線が逆の意味の教科書的で、その分低いとも思う。

 2005.3.15日 れんだいこ拝


【ネオコンの形成過程】

 ネオコン派の源流をスケッチしてみると次のようになる。スターリン独裁によりロシア大国主義を本質とする国家に変質したソ連が形成されていくに従い、ソ連国内のユダヤ人たちの多くは、アメリカやイスラエルに逃れた。現在のアメリカとイスラエルの連携はこのような歴史的背景がある。アメリカにわたったトロツキスト達は次第に思想を変容させていく。

 ネオコン派の源流は1950年代にさかのぼる。が、注目されたのは60年代後半でこの頃、ベトナム反戦から生まれたリベラル派などを批判し、「反ソ」や「道徳」を訴えるアーヴィング・クリストルやノーマン・ポドーレツらが台頭した。「従来、リベラルだったユダヤ系言論人の〃右旋回"として当時は驚かれた」(東大法学部・五十嵐武士教授)と云う。この「道徳」観が今日、反ユダヤ主義のキリスト教右派との結束を導いている。


 このことを、元外務省高官・岡崎久彦氏が、2003.11.23日付け読売新聞朝刊の「地球を読む」欄の「ネオコンの思想 根底に古典の常識 政策動かす新たな哲学 」で次のように述べている。

 「現在の定義はさておき、誰も異存がないのはその発生の経緯である。ネオコンが伝統的な保守と違うのはそれがリベラリズムに失望した元民主党リベラルだという事である。七〇年代初頭前後のベトナム反戦、ヒッピーなどのリベラルの風潮、対外政策では、七〇年代前半を中心とする、冷戦の実態を無視したデタント政策に対する疑念、反発がその出発点である。

 政治家では、ワシントン州上院議員ヘンリー・ジャクソンが代表的人物であり、学者評論家では、現在のネオコンの代表ビル・クリストル氏の父であり、かつてのトロツキストであったアービング・クリストル氏がネオコンのゴッド・ファーザーと呼ばれている。こういう人達が民主党を離れて八〇年代のレーガン政権を支える有力な勢力となったのである」。

 アービング・クリストルはその著書、「ネオコンサバティブ──あるアイデアの自伝」(1995年)で次のように自分史を記している。

 「われわれはほとんど、中下層階級、労働階級の子供たちであり、大不況の子供たちだった。そして、第2次世界大戦の参戦経験を持っていた。だから、ニューディールを原則として受け入れ、当時の米国の保守主義に浸透していた孤立主義には好感を持っていない」、「しかし、同時にわれわれはリベラル派に対しては違和感を持っていた。ジョンソンの偉大な社会の多くのプログラムには反対した。1965年以来、われわれと彼らリベラルの関係は敵対的な関係となった。1972年のマクガバン民主党でわれわれは民主党と袂を分かとうと考えた」、「もっとも、伝統的な共和党はわれわれにとって異質な存在だった。それはビジネスと田舎の町の有力者の政党のように思っていた」。

 2003.5.12日朝日新聞に、高成田享(タカナリタ・トオル)氏の「ブッシュ大統領を突き動かすもの」という興味深い記事が出ている。これを参照する。 2003.5.4日付けニューヨーク・タイムズ紙週末版は、「ネオコンの源流にレオ・シュトラウスの影響あり」との見方を披瀝し、ブッシュ政権内のネオコンの支柱とされるウォルフウィッツ国防副長官をはじめとして、シュトラウスの思想に影響された人々の人脈を紹介している。

 それに拠れば、シュトラウスはドイツ生まれのユダヤ人で、ドイツや英国の大学で、政治思想を学び、ホッブスについての研究書を出版、米国に渡り、第2次大戦中の1944年に米国の市民権を獲得した。その後、シカゴ大学などで政治思想教え、73年に74歳で死去した。

 日本では、『古典的政治的合理主義の再生』(ナカニシ出版)、『ホッブスの政治学』(みすず書房)、『自然権と歴史』(昭和堂)といった著作が出ている。ニューヨーク・タイムズ紙が引用しているのは、「西欧の民主主義諸国にとって安全な世界を世界を作るためには、世界全体を国家の社会としても、それぞれの国家についても、民主化をしなければならない」という1節。ここだけ読めば、ネオコンの大好きな「世界の民主化」というテーゼが示されているようで、「民主主義のトロツキズム」かなとも思う。

 民主主義は歴史の偶然ではなく、歴史の自然的な流れというのであれば、フランシス・フクヤマ(ジョンズ・ホプキンス大高等国際問題研究大学院教授)氏の『歴史の終わり』(三笠書房)が思い浮かんでくるが、この記事の人脈図でも、フクヤマ氏はシュトラウスの孫弟子として出ている。実は、フクヤマ氏もPNACの設立発起人として名を連ねていて、ネオコンの思想的な背景として、シュトラウスが出てくるのは不思議ではないのかもしれない。ニューヨーク・タイムズ紙の見出しは、「レオコンズ」で、レオ・シュトラウスの「遺産」なのだから、「ネオコン」ではなく、「レオコン」だというわけだろう。

 1997年にネオコンの論客ウィリアム・クリストルとロバート・ケーガンがシンクタンク「新しいアメリカの世紀のためのプロジェクト」(PNAC、ワシントン設立した。発起人の名前を見ると、チェイニー副大統領、ラムズフェルド国防長官、ウォルフォウィッツ国防副長官、リビー副大統領補佐官、ロドマン国防次官補、カルリザード・アフガン担当特使、エイブラムズ国家安全保障会議(NSC)部長、ドブリンスキー国務次官といったブッシュ政権の有力者たちがずらりと名前をそろえている。

 
設立趣意書には、概要「レーガン時代の強力な軍事力と道徳的外交を堅持し、自由、民主主義などの原則を世界に拡大する。米国の安全保障や繁栄、原則に対して友好的な国際秩序を維持し、拡大していくのが米国独自の役割であるという責任を受け入れる責任がある」とうたっている。「米国独自の役割」の内容は明確にされていないが、「米国だけに与えられている使命としての超大国としての世界史的責任」という意味合いで云われているようで、「まさにブッシュ戦略の中核がここに示されている」。彼らの理想主義とコンドリーザ・ライス国家安全保障問題担当大統領補佐官の現実主義が、ブッシュ・ドクトリンに大きく反映されている。


 アーヴィング・クリストルやノーマン・ポドーレツらは、第四インター系の社会主義的世界同時革命を捨て、アメリカとイスラエルが手を組みシオニズムを旗印に世界支配を企てるという理論を創造していった。この理論が次第に影響力を持ち始めネオコンを形成していくことになった。

 この論理は、世界同時的社会主義革命で世界を「解放」しようとしたトロツキー思想の化身したものに他ならない。トロツキズム的「世界革命」の論理をストレートに国際金融資本の「世界革命」へと転じさせた思想を支えとしている。

 目的や理念のためには手段を選ばない現実政治主義を特徴としている。政治のマキャベリズムに通暁し、グローバリズムや自由主義だけではなく、利用できるものは「愛国主義」や「反テロリズム」から「大イスラエル主義」や「宗教右派(キリスト教シオニスト)」まで手当たり次第に利用するところに特徴がある。

 ネオコンは空理空論家ではない。9・11以降の世界史は、むしろ国際金融資本勢力による「世界革命」が進行している過程にあると考えられる。ネオコンが推進している「世界革命」を第4次世界大戦と呼ぶ人もいるぐらいである。そのネオコン=世界革命家が利用している最大でかつ最強の手段が、米国の権力機構である。彼らは、米国や米国民がどうなるかについは、支持を得る手段としての口先とは違って、本質的に関心を持たない。世界革命の推進力として米国権力機構を最大限に利用することにのみ主眼がある。

 ネオコンは革命の夢想家では無い。石油と軍事を中核にした利権屋でもある。但し、単なる利権屋とすると見間違う。彼らは利権屋でありながら、世界的に普遍化すべき理念・価値観・制度・政策を持っている。そのような理念・価値観・制度・政策を現実化することこそが、最大の利権になるとも考えている。

 ネオコンの思想及び政治哲学には、ユダヤ主義的な「選民選良知的エリート」による愚民支配社会が前提にされている。彼らはかっての「革命の輸出」に代わって「戦争の輸出」を辞さない。それが如何に暴力的過程を通ろうとも、エリートによる愚民支配には正当性があると考えている節がある。

 ネオコンは政治プロパガンダの果たす役割の重要性を的確に認識している。それは情報コントロールであり操作として立ち現われる。従って、ネオコン登場以降のメディアにはジャーナル性が失われており、迂闊にその喧伝に振り回されるのは愚昧である。今やそういう時代に突入していることが知られねばならない。

 1987年、Newsweekに掲載された「Cult of Leo Strauss(カルトのレオ・シュトラウス)」は、『なぜレーガン政権にはシュトラウス信仰者がこうも多いんだ?』。ゴードン・S・ウッドの「New York Review of book」でも書かれているがシュトラウス主義の登場は90年代の学会において最も大きな現象だった。

 ブッシュ政権はシュトラウスの教えを受けた人達が海外政策を実行している。政治の思想こそが歴史を動かす力だと説得したりしながらできあがった25から30人ぐらいの小さなユダヤ人グループの中で熱狂的なシュトラウス信仰が広がっており、そのほとんどがユダヤ人の知識人ばかりである。ネオコンのルートはシュトラウスの影響だけでなく複雑ではあるが。シュトラウスの考えとの決定は不思議なくらい共通点が多い。

 ホワイトハウスで影響力を持つ多くの政治家が過激な右翼から過激な左翼に転進したユダヤ系アメリカ人の知識人の末裔なのだ。彼らは共産主義と敵対したマッカーシーの友軍で、後にレーガン政権に加わっている。彼らは1960年代の自由思想と平等を理想としているものにたいしての侮蔑感以外は何も持っていなかった。(シュトラウス自身も強者がルールを作り、弱者はそれに従うべきと主張していた。)それ以外にも、反戦運動(力は必要不可欠なもの)、フェミニズム(プラトンは当然男を定義している。)かれらが力の頂点を極めたのは、今回のブッシュ政権が初めてではない。政治の思想こそが歴史を動かす力だと説得したりしながらできあがった25から30人ぐらいの小さなユダヤ人グループの中で熱狂的なシュトラウス信仰が広がっており、そのほとんどがユダヤ人の知識人ばかりである。


【ネオコンの代表的イデオローグ】(「レオ・シュトラウスの賛同者」転載参照)
No.1 アルバート・ウォールステッター
 シカゴ大学にて数学学者。核戦略家として活躍。
No.2 アラン・ブルーム
 シュトラウスの教え子の中でもピカ一の存在。著書「The closing the American mind」。
No.3 ソール・ベロウ

 1978年度のノーベル文学賞受賞者。『Ravelstein』というシカゴ大学のアラン・ブルームのゼミにいた人々の回顧録を綴った小説を執筆している。本の中でアラン・ブルームが実はホモで、エイズを患い死んでしまった と暴露したことは大きな物議を呼んでしまっている。

No.4 ウイリアム・クリストル

 アービング・クリストルというネオコン主義者でシュトラウスの賛同者だった人物 を父に持っている。「Weekly Standard」 とという雑誌の編集長を務め、[ New American Century Project」を立ち上げた張本人。そのプロジェクト にはディック・ケニー、ドナルド・ラムズフェルド、ウイリアム・バーネットなどのアメリカの国際軍事支配の基幹をなす多くのネオコン達が賛同している。

No.5 ポール・ウォルフォウィッツ

 大統領からはウオルフィと呼ばれる彼は防衛省の副書記官でアメリカの対外 政策と今回のイラク戦争の重要因子と見られている。 ウォルフォウィッツはシュトラウ スと共に勉強したこともあり、アルバート・ウオールステッターの下で博士号を習得している。

No.6 リチャード・パール

防衛政策会議の議長を務め、イラク戦争によって自身が所有するベンチャー企業の利益を上げているともいわれている。『American Enterprise institute』で学者を勤 め、その組織はNo.4で前述した[ New American Century Project」と同じビルに入っている。

No.7 フランシス・フクヤマ

2で紹介したアラン・ブルームの生徒。このネオコン知識人は未来において完全なる資本主義社会が今後構築されていくことを予言している。

No.8 ダグラス・フェイス

1996年にフェイスは6のリチャード・パールらと共にイスラエルのリクード政権に対しての戦略を作成した。その内容とはイスラエルの再構築のためにバグダットにセキュリティを送り込む道路の確保と株の優先買取権を求めるものだった。

9 ルーパート・マードック

『ネオコンの貯金箱』と呼ばれる人物。ルーパートは『weekly standard』という雑誌と『Fox News』というテレビ番組を所有しており、雑誌の方はネオコンの思想を関係者用に密度の濃い内容を展開し、ニュースの方は無知な大衆のためにわかりやすい内容を展開している。

10 ウイリアム・バーネット

アラン・ブルームなどと一緒にレーガン、先代ブッシュと共に政府で働いた人物。とある本の暴露によると最近賭け事で数万ドルを失ったとのこと。

 

No.11 クラレンス・トーマス

シュトラウスの思想を最高裁判所に持ち込んだ人物。裁かれたくねぇ。こんな人に。

No.12 エリオット・アブラム

イラン・コントラ疑惑にて有罪を宣告された人物。国家安全保障会議にて中東圏のポートフィリオイスラエルの絶対的支持者でユダヤ人向けのジャーナルを編集していた人物 を親戚にもっている。

No.13 クリストファー・ヒーチェン

伝説の逆張りジャーナリストで左翼にいる態度のでかいなシュトラウスマニアの見本のような人物。ホワイトハウスにてコンサルタントを務め、「これは人道主義の戦争だ」と言いふらかしてイラク戦争へと導いた人物。イラクの皆様。次のテロのターゲットはこの人にしてください。

シカゴ学派のハリー・ジャファーHarry Jaffa教授である。彼は現在、カリフォルニア州にあるクレアモント大学の法哲学研究所の所長である。そしてこのハリー・ジャファーの先生が、レオ・シュトラウスである。


【元外務省高官・岡崎久彦氏のネオコン賛美論の酸鼻】
 元外務省高官・岡崎久彦氏が、2003.11.23日付け読売新聞朝刊の「地球を読む」欄の「ネオコンの思想 根底に古典の常識 政策動かす新たな哲学 」の中の「米の懐の深さ」で次のように述べている。この手放しの礼賛ボケぶりを拝聴してみよう。

 私は十一月初旬ワシントンで、ビル・クリストル、ロバート・ケイガン、ジョン・ボルトンなどが参加する少人数の会議に出席した。私が感動したのは、ネオコンの人々が真面目であり、哲学的であり、そして文章、発言の表現が簡潔で洗練されていることであった。

 その内容については是非の論があろう。すでに述べたように、単純なアメリカ民主主義信仰、行け行けどんどんの帝国主義、大国の一方的な行動、そして親ユダヤ主義と、紙一重の差―哲学的には大きな違いがあるのではあるが―で混同、誤解される恐れもある。

 しかし、世界の情勢が大きく変わりつつある時期に際して、新しい哲学と新しいビジョンを持つグループが既に準備され、出番を待っていたというアメリカの懐の深さ、バイタリティーに改めて尊敬の念を深くした。しかも、その哲学が一時の思いつきでなく、古典の教養から来ているのである。


 次に、「思想混迷の日本」の章で次のように述べている。余程頭がおかしいのだろう、何の因果関係も無いルネッサンス論で締め括っている。

 これに対する抵抗は当然あろう。それが民主主義である。そのチェック・アンド・バランスによってアメリカの新しい方向が形成されるのであるが、そのバランスの一つの大きな要素である事は間違いない。

 ひるがえって日本はどうだろう。全学連、全共闘世代の人々は、若い人から「どうしてあんな事をしたのですか?」と訊かれて、今となって自信をもって答えられる人は誰もいない。いるとすれば北朝鮮にいる日航ハイジャック犯ぐらいであろう。

 たしかに、あの時代への反省は故香山健一、佐藤誠三郎のようなすぐれた思想家を産み出した。しかし、その後の大勢は、むしろ、かつての反安保反米をナショナリスティックな反米にすりかえ、かつての左翼反体制を環境保護運動にすりかえ、思想的継続性、というよりも、過去の非に直面するのを回避しているだけの人々の方が多いのが現実である。こんな所から、何も新しいものは生まれて来ようがない。

 もう一度、敗戦と占領以来の思想の混迷と頽廃を断ち切って、新しい日本を創る動きは出て来ないだろうか。やはり、古典と歴史に立ち戻るのが、正攻法のように思う。近代世界を開いたルネッサンスは、古典の復興から始まっている。

(私論.私見) 「岡崎久彦氏のネオコン賛美論」について

 岡崎氏が個人の趣味の世界であれこれ云うのは構わないが、こういうレベルのしかも頭が狂っているとしか考えられない内容を平気で自賛する御仁が外交政策当局者であるとしたら。それはあまりにも許されないことであろう。あぁだがしかし、かように主権感覚を麻痺させている手合いが各方面で引き立てられる時代に入ったということであろう。

 そういえば、奥克彦・井ノ上正盛両外交官射殺事件の陰に潜んでいたのが岡崎久彦と野上義二であった。そしてこの両名は名うてのシオニストであり、時の田中真紀子外相と執拗に対立した。何やら見えてくるものがあるというべきではなかろうか。

 2005.3.27日 れんだいこ拝





(私論.私見)