日共のホロコースト論

 (最新見直し2014.03.15日)

 (れんだいこのショートメッセージ)
 ここで、日共のホロコースト論を確認しておく。

 2013.03.15日、れんだいこ拝


 2014.3.14日付けの赤旗「ドイツの場合 ナチ犯罪に時効なし 戦犯温存の日本と違い」を転載しておく。末尾に「片岡正明」 とある。この御仁片岡

 2014年3月14日(金) ドイツの場合 ナチ犯罪に時効なし 戦犯温存の日本と違い

 歴史認識をめぐって、政治指導者が侵略を否定する発言を繰り返す日本。戦後国際秩序への挑戦だと国際社会から厳しい批判を浴びています。にもかかわらず、「靖国」派などからは「いつまで日本は謝り続けるのか」などといった暴言が飛び出す状況です。侵略戦争への謝罪をどう考えるのか、ドイツとの比較で考えてみます。

 日本とドイツは第2次大戦時、ともに隣国などを侵略し多くの人を虐殺しました。しかし、戦後、両国の戦争責任を問うあり方には大きな違いがあります。ドイツではナチ犯罪に時効はなく、また誰であってもホロコースト(ユダヤ人大虐殺)という歴史的事実はなかったと流布すれば刑事責任が追及されるなど、厳しく対応してきました。

 ネオナチのデモ中止

 「ネオナチの前にいつもたちふさがる市民。ついに極右はデモを放棄」(ドイツの海外向け公共放送ドイチェ・ウェレ)―先日、古都ドレスデンからこんなニュースが飛び込んできました。

 実は、ドレスデンはネオナチの“聖地”です。同地では1945年2月13日の夜から翌日にかけての米英軍の空爆で約2万5000人が死亡。ネオナチは、戦後60年の2005年ごろからこの空爆を「連合軍の空爆テロ」と取り上げ、「(ナチスからの)解放のウソと罪の崇拝を終わらせよ」と毎年2月14日前後に、集会・デモを開催。これに対抗する市民とのにらみ合いが続いてきたからです。戦争犯罪の反省・克服を「罪の崇拝」と唱える勢力はさらに片隅に追いやられています。

 ナチ指導部の政界復帰皆無

 日本では、A級戦犯容疑者として逮捕・勾留された岸信介が首相になるなど、太平洋戦争を推進した張本人たちの一部が戦後政治の中心に座りました。ドイツではナチス指導者が戦後、政界に復帰することはありませんでした。

 1968年11月7日、キリスト教民主同盟の党大会でキージンガー首相(当時)が「ナチ」と叫びながら駆け寄った女性に平手打ちされる事件は有名ですが、同首相はナチ党員で外務省に勤めた前歴がありました。指導的地位になく、ユダヤ人虐殺には加担しなかった同氏ですが、その経歴は常に問題になり、国民が歴史認識をさらに問い直す機会になりました。

 ホロコーストの事実否定も犯罪に

 ナチスの犯罪に時効はありません。2013年、ナチスの犯罪を追及するドイツの公的機関「ナチス犯罪解明のための司法行政中央本部」は新たに40人ほどのアウシュビッツ強制収容所の元看守をリストアップして調査。この調査を元に、2月20日には、ドイツ検察当局が南西部バーデン・ビュルテンベルク州の88歳、92歳、94歳の3人の男を逮捕しています。

 同中央本部のクルト・シュリム所長は本紙に、「ナチス・ドイツの犯罪は世界史的に見ても際立ったものです。長い時間をかけてもその罪を償う責任があり、それは義務でもあります」と語っています。

 また、ホロコーストはなかったと流布することもドイツやオーストリアでは犯罪になります。05年には英国の歴史小説家デビット・アービング氏が「ホロコーストはなかった」とオーストリアで発言し、逮捕されました。

 独マスメディアの日本の安倍政権を見る目もこの点から厳しいものがあります。ホロコーストがなかったとする主張は「修正主義」と呼ばれます。安倍首相のNHK人事について、独紙フランクフルター・アルゲマイネは、「米大使館でさえ、NHKの国粋主義者や修正主義者の影響力増大を見ざるを得ない」と南京虐殺否定発言などを念頭に、「修正主義」という言葉を使って報道しました。

 歴史をきちんと伝え

 若い世代への継承も力を入れています。ナチス・ドイツの被害を受けた国々との共同の歴史研究や教科書づくりが進められ、歴史の授業の中で、ナチスについては特別の重点が置かれています。

 ドイツ各地の歴史博物館なども、学校の教師と連絡を取り合い、ナチスの「過去の克服」の展示や講義をしています。

 ドイツ歴史博物館のマヤ・ペアーズ展示責任者はいいます。

 「若い世代は、ナチス・ドイツの犯罪とは何の関係もありません。しかし、若い人にも、過去のことを記憶する責任はある。重要なのは私たちが20世紀の歴史をきちんと伝え、若者たちが事実を知ることです」 (片岡正明 写真も)

(私論.私見)
 れんだいこは、同日、ツイッターで次のようにコメントしておいた。
 3.14日付け赤旗が「ドイツの場合 ナチ犯罪に時効なし 戦犯温存の日本と違い」と題して「ドイツではナチ犯罪に時効はなく、また誰であってもホロコースト(ユダヤ人大虐殺)という歴史的事実はなかったと流布すれば刑事責任が追及されるなど、厳しく対応してきました」と肯定的に記している。
 共産党の日共らしさを示していよう。刑事責任が追及される前にホロコーストの史実的検証が要件とされるのが当たり前のところ、流布しただけで処罰されるのが当たり前とすれば真実なぞどうでもよいことになろう。論理構造的に見れば、反革命の烙印でシベリア送りしたスターリニズムと同じではないのか。
 日共は口では民主主義を守れなどと云うが手前らの許容する民主主義もどきのものを守れといっているだけで異端、異論に対してどれほど執拗な攻撃を仕掛けるのか。凡そ真実の民主主義とはほど遠いものでしかない。猫なで声で正義づらするから却って悪質とさえ云えよう。おぞましい党内抗争史の通りである。
 日共のこの論理論法を見れば、紛れもない国際ユダ屋の左からの突撃隊として雇われ飼われていることが分かろう。れんだいこの宮顕論、不破論の価値高いと云うべきだろう。誰も言わないので自分で言う、この辛さ。しかし今は受けなくても後に評価されることはままあるからな。
 ホロコースト論で言えば、日本では西岡医師のマルコポーロ論文がある。既に相当な研究者から疑問が提起されている。アフマディネジャド前イラン大統領のデツチ上げ論もある。ホロコースト論の論拠が次から次へと覆されている。こういう状況下にあっては、論を為す者はとりわけ丹念な検証を必要とされる。
 この折柄での日共のホロコースト責任末代までの追求是論はむしろ異様である。検証抜きの断罪論に根源がある。この論理論法は日本的なものではない。日共が何故に国際ユダ屋の口パクテキストに則った発言しかしないのか。ここに闇がある。左から左派運動壊滅を画策してきた歴史と通ずるものがある。
 論をこういう風に構えると日本政治で何故に政権交代が起らないのかの要因が見えてくる。口先ではもっとも正義的に対立しているように見えながら、実際にやっていることは自公民体制の裏からの補完ごとばかりである。これが政治を遊びにしている要因のひとつである。この仕掛けに対抗せねばならないのだ。





(私論.私見)