◇橘川武郎氏に聞くエネルギー政策 |
「好きか嫌いか、賛成か反対かではなく、原子力は当てにならない」。こう語るのは東京大学・一橋大学名誉教授で国際大学学長の橘川武郎氏(日本経営史・エネルギー産業論)だ。「原発が当てにならない」とはどういうことなのか。橘川氏を直撃して聞いた。【毎日新聞経済プレミア・川口雅浩】 |
橘川氏は8月28日、東京財団政策研究所主催のシンポジウムで冒頭の発言を行った。橘川氏は「原子力に正しい部分があったとしても、もはや頼りにならない。原子力に頼るウエートを小さくして、再生可能エネルギーを普及させていく必要がある。この問題は既に決着がついている」とも述べた。気になる発言の真意を知りたくて後日、橘川氏にインタビューした。
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◇原発推進でも「もうこれ以上は使えない」 |
「原子力は次世代革新炉を作るとか、バックエンド(注1)の問題などがしっちゃかめっちゃかになっている。その意味で当てにならないと申し上げた。原子力を推進する立場に立つとしても、『もうこれ以上は使えない』と認めざるをえないということだ」
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筆者の質問に橘川氏はこう答えた。ちょっとわかりにくいが、原発は使用済み核燃料の処分など解決すべき課題が多く、岸田文雄政権が目指す次世代革新炉の開発や原発の新増設はコストがかかるので現実には進まない。要するに原発は課題が多く、もうこれ以上増やしたくても増やせないということらしい。念のため橘川氏に確認すると「そういうことだ」という答えが返ってきた。
「岸田政権が『次世代革新炉を作る』などといえば、本当は電力業界が喜ぶはずなんだけど、スルーしている。考えてみれば当たり前で、新たな原発を建設すれば5000億円から1兆円はかかる。ところが古い原子炉の運転を延長できれば、(安全対策などを)高く見積もっても数百億円で済む」と橘川氏は話す。運転延長とは、原発の運転期間を原則40年、最長60年としていた従来の「40年ルール」を岸田政権が改め、60年超の運転を可能にするよう原子炉等規制法(炉規法)などを改正したことを指す。この点について橘川氏は「電力業界と岸田政権の狙いは(コストのかかる)革新炉や原発の新増設ではなく、最初から(コストが安い)運転延長にあったと思う。しかし、古い原子炉の運転を延長すれば危険性は高まるので、非常に悪い方向というか、最悪のシナリオが進行している」と手厳しい。
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◇岸田政権は「やるやる詐欺」 |
これまで橘川氏は老朽化した原発を廃炉にし、代わりに新しい原発に建て替える「リプレース(代替)」をやるべきだと主張してきた。今回もその主張は変わらない。「それは危険性が下がるからだ。原子力は危険なものだが、原子炉が新しいほど危険性は低くなる。リプレースしながら、古い原子炉を畳んで依存度を下げていくのがよい」と橘川氏は主張する。
ところが現実はそうなっていない。岸田政権は原発の新増設に道を開いたほか、「GX(グリーントランスフォーメーション)経済移行債」を発行し、革新炉と呼ぶ原発の技術開発に1兆円を投じるなど「原発回帰」の政策を明確にしている。それでも新たな原発の建設は進まないのだろうか。
「次世代革新炉を建設するなどと言うと、新たに原子力の技術者が育つような前向きの話に聞こえる。だから、岸田政権は見せ球として『GX実現に向けた基本方針』(注2)に盛り込んだのだろう」と橘川氏はいう。岸田政権は安倍・菅政権が封印していたリプレースや新増設に踏み込んだといわれているが、「実際に決めたのは60年超の運転延長だけだ。最初からそれを狙っていたと考えるのが一番わかりやすい」とも指摘する。 |
橘川氏は岸田政権の革新炉建設や原発の新増設は「やるやる詐欺」で、「実際には進まない。運転期間の延長で、むしろ遠のいた」ともいう。それは岸田政権のGX実現に向けた投資額からもわかるという。
(注1)バックエンド 原発で用いた使用済み核燃料を再処理するか、処分する「後処理」のこと。日本では使用済み核燃料を全量再処理してプルトニウムを取り出して再利用し、残った高レベル放射性廃棄物を深地層に埋めて最終処分することになっているが、いずれも計画通りに進んでいない。
(注2)GX実現に向けた基本方針 岸田政権が2023年2月に閣議決定した。「ロシアによるウクライナ侵略で世界のエネルギー情勢は一変した」として、エネルギーの安全保障と脱炭素化を実現するため、「再生可能エネルギーの主力電源化」と「原子力の活用」を盛り込んだ。「今後10年で150兆円超の投資を官民で実現する」とし、必要な予算確保や法改正を進めている。 |