平井憲夫氏の原発危険論

 (最新見直し2008.1.3日)

 (れんだいこのショートメッセージ)
 「平井憲夫氏の原発危険論」を「阿修羅原発4」のワヤクチャ 4氏の「原発がどんなものか知ってほしい」で知った。こういう情報に知り会えるのもネット冥利である。

 平井氏は、「原子力発電所の施工・点検を長年担当してきた技術者」であり、被爆し、余命後僅かな身であるとガン宣告されるに及び翻然と意を決して、その後は原発の危険性を警鐘し、原発政策からの撤退を訴える人になった。「原発被曝労働者救済センター」を開設し世に乱打して行ったが、1997.1月、逝去したとのことである。同センターは後継者がなく、閉鎖されたとのことである。

 「原子力発電がなくても暮らせる社会をつくる国民会議」( http://members.at.infoseek.co.jp/genpatsu_shinsai/)が、その平井氏の生前中の講演録をサイトアップしている。れんだいこはこれを仮に「日本国民に与える平井憲夫遺書」と命名し、ここに記録保存し、ここからも世に広めようと思う。例によって著作権侵害云々と指弾されませぬようにお願いする次第であります。

 2008.1.3日 れんだいこ拝


【「日本国民に与える平井憲夫遺書その1全文」】
 平井氏の「日本国民に与える平井憲夫遺書」である「原発がどんなものか知ってほしい」を転載しておく。

 私は原発反対運動家ではありません

 私は原発反対運動家ではありません。二○年間、原子力発電所の現場で働いていた者です。原発については賛成だとか、危険だとか、安全だとかいろんな論争がありますが、私は「原発とはこういうものですよ」と、ほとんどの人が知らない原発の中のお話をします。そして、最後まで読んでいただくと、原発がみなさんが思っていらっしゃるようなものではなく、毎日、被曝者を生み、大変な差別をつくっているものでもあることがよく分かると思います。

  1. 私は原発反対運動家ではありません
  2. 「安全」は机上の話
  3. 素人が造る原発
  4. 名ばかりの検査・検査官
  5. いいかげんな原発の耐震設計
  6. 定期点検工事も素人が
  7. 放射能垂れ流しの海
  8. 内部被爆が一番怖い
  9. 普通の職場環境とは全く違う
  10. 「絶対安全」だと5時間の洗脳教育
  11. だれが助けるのか
  12. びっくりした美浜原発細管破断事故!
  13. もんじゅの大事故
  14. 日本のプルトニウムがフランスの核兵器に?
  15. 日本には途中でやめる勇気がない
  16. 廃炉も解体も出来ない原発
  17. 「閉鎖」して、監視・管理
  18. どうしようもない放射性廃棄物
  19. 住民の被曝と恐ろしい差別
  20. 私、子供生んでも大丈夫ですか。たとえ電気がなくなってもいいから、私は原発はいやだ。
  21. 原発がある限り、安心できない
 著者 平井憲夫さんについて

 私は原発反対運動家ではありません

 私は原発反対運動家ではありません。二○年間、原子力発電所の現場で働いていた者です。原発については賛成だとか、危険だとか、安全だとかいろんな論争がありますが、私は「原発とはこういうものですよ」と、ほとんどの人が知らない原発の中のお話をします。そして、最後まで読んでいただくと、原発がみなさんが思っていらっしゃるようなものではなく、毎日、被曝者を生み、大変な差別をつくっているものでもあることがよく分かると思います。

 はじめて聞かれる話も多いと思います。どうか、最後まで読んで、それから、原発をどうしたらいいか、みなさんで考えられたらいいと思います。原発について、設計の話をする人はたくさんいますが、私のように施工、造る話をする人がいないのです。しかし、現場を知らないと、原発の本当のことは分かりません。

 私はプラント、大きな化学製造工場などの配管が専門です。二○代の終わりごろに、日本に原発を造るというのでスカウトされて、原発に行きました。一作業負だったら、何十年いても分かりませんが、現場監督として長く働きましたから、原発の中のことはほとんど知っています。

 「安全」は机上の話

 去年(一九九五年)の一月一七日に阪神大震災が起きて、国民の中から「地震で原発が壊れたりしないか」という不安の声が高くなりました。原発は地震で本当に大丈夫か、と。しかし、決して大丈夫ではありません。国や電力会社は、耐震設計を考え、固い岩盤の上に建設されているので安全だと強調していますが、これは机上の話です。

 この地震の次の日、私は神戸に行ってみて、余りにも原発との共通点の多さに、改めて考えさせられました。まさか、新幹線の線路が落下したり、高速道路が横倒しになるとは、それまで国民のだれ1人考えてもみなかったと思います。

 世間一般に、原発や新幹線、高速道路などは官庁検査によって、きびしい検査が行われていると思われています。しかし、新幹線の橋脚部のコンクリートの中には型枠の木片が入っていたし、高速道路の支柱の鉄骨の溶接は溶け込み不良でした。一見、溶接がされているように見えていても、溶接そのものがなされていなくて、溶接部が全部はずれてしまっていました。

 なぜ、このような事が起きてしまったのでしょうか。その根本は、余りにも机上の設計ばかりに重点を置いていて、現場の施工、管理を怠ったためです。それが直接の原因ではなくても、このような事故が起きてしまうのです。

 素人が造る原発

 原発でも、原子炉の中に針金が入っていたり、配管の中に道具や工具を入れたまま配管をつないでしまったり、いわゆる人が間違える事故、ヒューマンエラーがあまりにも多すぎます。それは現場にブロの職人が少なく、いくら設計が立派でも、設計通りには造られていないからです。机上の設計の議論は、最高の技量を持った職人が施工することが絶対条件です。しかし、原発を造る人がどんな技量を持った人であるのか、現場がどうなっているのかという議論は1度もされたことがありません。

 原発にしろ、建設現場にしろ、作業者から検査官まで総素人によって造られているのが現実ですから、原発や新幹線、高速道路がいつ大事故を起こしても、不思議ではないのです。

 日本の原発の設計も優秀で、二重、三重に多重防護されていて、どこかで故障が起きるとちゃんと止まるようになっています。しかし、これは設計の段階までです。施工、造る段階でおかしくなってしまっているのです。

 仮に、自分の家を建てる時に、立派な一級建築士に設計をしてもらっても、大工や左官屋の腕が悪かったら、雨漏りはする、建具は合わなくなったりしますが、残念ながら、これが日本の原発なのです。

 ひとむかし前までは、現場作業には、棒心(ぼうしん)と呼ばれる職人、現場の若い監督以上の経験を積んだ職人が班長として必ずいました。職人は自分の仕事にプライドを持っていて、事故や手抜きは恥だと考えていましたし、事故の恐ろしさもよく知っていました。それが十年くらい前から、現場に職人がいなくなりました。全くの素人を経験不問という形で募集しています。素人の人は事故の怖さを知らない、なにが不正工事やら手抜きかも、全く知らないで作業しています。それが今の原発の実情です。

 例えば、東京電力の福島原発では、針金を原子炉の中に落としたまま運転していて、1歩間違えば、世界中を巻き込むような大事故になっていたところでした。本人は針金を落としたことは知っていたのに、それがどれだけの大事故につながるかの認識は全然なかったのです。そういう意味では老朽化した原発も危ないのですが、新しい原発も素人が造るという意味で危ないのは同じです。

 現場に職人が少なくなってから、素人でも造れるように、工事がマニュアル化されるようになりました。マニュアル化というのは図面を見て作るのではなく、工場である程度組み立てた物を持ってきて、現場で1番と1番、2番と2番というように、ただ積木を積み重ねるようにして合わせていくんです。そうすると、今、自分が何をしているのか、どれほど重要なことをしているのか、全く分からないままに造っていくことになるのです。こういうことも、事故や故障がひんぱんに起こるようになった原因のひとつです。

 また、原発には放射能の被曝の問題があって後継者を育てることが出来ない職場なのです。原発の作業現場は暗くて暑いし、防護マスクも付けていて、互いに話をすることも出来ないような所ですから、身振り手振りなんです。これではちゃんとした技術を教えることができません。それに、いわゆる腕のいい人ほど、年間の許容線量を先に使ってしまって、中に入れなくなります。だから、よけいに素人でもいいということになってしまうんです。

 また、例えば、溶接の職人ですと、目がやられます。30歳すぎたらもうだめで、細かい仕事が出来なくなります。そうすると、細かい仕事が多い石油プラントなどでは使いものになりませんから、だったら、まあ、日当が安くても、原発の方にでも行こうかなあということになります。

 皆さんは何か勘違いしていて、原発というのはとても技術的に高度なものだと思い込んでいるかも知れないけれど、そんな高級なものではないのです。

 ですから、素人が造る原発ということで、原発はこれから先、本当にどうしようもなくなってきます。

 名ばかりの検査・検査官

 原発を造る職人がいなくなっても、検査をきっちりやればいいという人がいます。しかし、その検査体制が問題なのです。出来上がったものを見るのが日本の検査ですから、それではダメなのです。検査は施工の過程を見ることが重要なのです。

 検査官が溶接なら溶接を、「そうではない。よく見ていなさい。このようにするんだ」と自分でやって見せる技量がないと本当の検査にはなりません。そういう技量の無い検査官にまともな検査が出来るわけがないのです。メーカーや施主の説明を聞き、書類さえ整っていれば合格とする、これが今の官庁検査の実態です。

 原発の事故があまりにもひんぱんに起き出したころに、運転管理専門官を各原発に置くことが閣議で決まりました。原発の新設や定検(定期検査)のあとの運転の許可を出す役人です。私もその役人が素人だとは知っていましたが、ここまでひどいとは知らなかったです。

 というのは、水戸で講演をしていた時、会場から「実は恥ずかしいんですが、まるっきり素人です」と、科技庁(科学技術庁)の者だとはっきり名乗って発言した人がいました。その人は「自分たちの職場の職員は、被曝するから絶対に現場に出さなかった。折から行政改革で農水省の役人が余っているというので、昨日まで養蚕の指導をしていた人やハマチ養殖の指導をしていた人を、次の日には専門検査官として赴任させた。そういう何にも知らない人が原発の専門検査官として運転許可を出した。美浜原発にいた専門官は三か月前までは、お米の検査をしていた人だった」と、その人たちの実名を挙げて話してくれました。このようにまったくの素人が出す原発の運転許可を信用できますか。

 東京電力の福島原発で、緊急炉心冷却装置(ECCS)が作動した大事故が起きたとき、読売新聞が「現地専門官カヤの外」と報道していましたが、その人は、自分の担当している原発で大事故が起きたことを、次の日の新聞で知ったのです。なぜ、専門官が何も知らなかったのか。それは、電力会社の人は専門官がまったくの素人であることを知っていますから、火事場のような騒ぎの中で、子どもに教えるように、いちいち説明する時間がなかったので、その人を現場にも入れないで放って置いたのです。だから何も知らなかったのです。

 そんないい加減な人の下に原子力検査協会の人がいます。この人がどんな人かというと、この協会は通産省を定年退職した人の天下り先ですから、全然畑違いの人です。この人が原発の工事のあらゆる検査の権限を持っていて、この人の0Kが出ないと仕事が進まないのですが、検査のことはなにも知りません。ですから、検査と言ってもただ見に行くだけです。けれども大変な権限を持っています。この協会の下に電力会社があり、その下に原子炉メーカーの日立・東芝・三菱の三社があります。私は日立にいましたが、このメーカーの下に工事会社があるんです。つまり、メーカーから上も素人、その下の工事会社もほとんど素人ということになります。だから、原発の事故のことも電力会社ではなく、メー力−でないと、詳しいことは分からないのです。

 私は現役のころも、辞めてからも、ずっと言っていますが、天下りや特殊法人ではなく、本当の第三者的な機関、通産省は原発を推進しているところですから、そういう所と全く関係のない機関を作って、その機関が検査をする。そして、検査官は配管のことなど経験を積んだ人、現場のたたき上げの職人が検査と指導を行えば、溶接の不具合や手抜き工事も見抜けるからと、一生懸命に言ってきましたが、いまだに何も変わっていません。このように、日本の原発行政は、余りにも無責任でお粗末なものなんです。

 いいかげんな原発の耐震設計

 阪神大震災後に、慌ただしく日本中の原発の耐震設計を見直して、その結果を九月に発表しましたが、「どの原発も、どんな地震が起きても大丈夫」というあきれたものでした。私が関わった限り、初めのころの原発では、地震のことなど真面目に考えていなかったのです。それを新しいのも古いのも一緒くたにして、大丈夫だなんて、とんでもないことです。

 1993年に、女川原発の一号機が震度4くらいの地震で出力が急上昇して、自動停止したことがありましたが、この事故は大変な事故でした。なぜ大変だったかというと、この原発では、1984年に震度5で止まるような工事をしているのですが、それが震度5ではないのに止まったんです。わかりやすく言うと、高速道路を運転中、ブレーキを踏まないのに、突然、急ブレーキがかかって止まったと同じことなんです。

 これは、東北電力が言うように、止まったからよかった、というような簡単なことではありません。5で止まるように設計されているものが4で止まったということは、5では止まらない可能性もあるということなんです。つまり、いろんなことが設計通りにいかないということの現れなんです。

 こういう地震で異常な止まり方をした原発は、1987年に福島原発でも起きていますが、同じ型の原発が全国で10もあります。これは地震と原発のことを考えるとき、非常に恐ろしいことではないでしょうか。

 定期点検工事も素人が

 原発は1年くらい運転すると、必ず止めて検査をすることになっていて、定期検査、定検といっています。原子炉には70気圧とか、150気圧とかいうものすごい圧力がかけられていて、配管の中には水が、水といっても300℃もある熱湯ですが、水や水蒸気がすごい勢いで通っていますから、配管の厚さが半分くらいに薄くなってしまう所もあるのです。そういう配管とかバルブとかを、定検でどうしても取り替えなくてはならないのですが、この作業に必ず被曝が伴うわけです。

 原発は一回動かすと、中は放射能、放射線でいっぱいになりますから、その中で人間が放射線を浴びながら働いているのです。そういう現場へ行くのには、自分の服を全部脱いで、防護服に着替えて入ります。防護服というと、放射能から体を守る服のように聞こえますが、そうではないんですよ。放射線の量を計るアラームメーターは防護服の中のチョッキに付けているんですから。つまり、防護服は放射能を外に持ち出さないための単なる作業着です。作業している人を放射能から守るものではないのです。だから、作業が終わって外に出る時には、パンツー枚になって、被曝していないかどうか検査をするんです。体の表面に放射能がついている、いわゆる外部被曝ですと、シャワーで洗うと大体流せますから、放射能がゼロになるまで徹底的に洗ってから、やっと出られます。

 また、安全靴といって、備付けの靴に履き替えますが、この靴もサイズが自分の足にきちっと合うものはありませんから、大事な働く足元がちゃんと定まりません。それに放射能を吸わないように全面マスクを付けたりします。そういうかっこうで現場に入り、放射能の心配をしながら働くわけですから、実際、原発の中ではいい仕事は絶対に出来ません。普通の職場とはまったく違うのです。

 そういう仕事をする人が95%以上まるっきりの素人です。お百姓や漁師の人が自分の仕事が暇な冬場などにやります。言葉は悪いのですが、いわゆる出稼ぎの人です。そういう経験のない人が、怖さを全く知らないで作業をするわけです。

 例えば、ボルトをネジで締める作業をするとき、「対角線に締めなさい、締めないと漏れるよ」と教えますが、作業する現場は放射線管理区域ですから、放射能がいっぱいあって最悪な所です。作業現場に入る時はアラームメーターをつけて入りますが、現場は場所によって放射線の量が違いますから、作業の出来る時間が違います。分刻みです。

 現場に入る前にその日の作業と時間、時間というのは、その日に浴びてよい放射能の量で時間が決まるわけですが、その現場が20分間作業ができる所だとすると、20分経つとアラ−ムメーターが鳴るようにしてある。だから、「アラームメーターが鳴ったら現場から出なさいよ」と指示します。でも現場には時計がありません。時計を持って入ると、時計が放射能で汚染されますから腹時計です。そうやって、現場に行きます。

 そこでは、ボルトをネジで締めながら、もう10分は過ぎたかな、15分は過ぎたかなと、頭はそっちの方にばかり行きます。アラームメーターが鳴るのが怖いですから。アラームメーターというのはビーッととんでもない音がしますので、初めての人はその音が鳴ると、顔から血の気が引くくらい怖いものです。これは経験した者でないと分かりません。ビーッと鳴ると、レントゲンなら何十枚もいっぺんに写したくらいの放射線の量に当たります。ですからネジを対角線に締めなさいと言っても、言われた通りには出来なくて、ただ締めればいいと、どうしてもいい加滅になってしまうのです。すると、どうなりますか。

 放射能垂れ流しの海

 冬に定検工事をすることが多いのですが、定検が終わると、海に放射能を含んだ水が何十トンも流れてしまうのです。はっきり言って、今、日本列島で取れる魚で、安心して食べられる魚はほとんどありません。日本の海が放射能で汚染されてしまっているのです。

 海に放射能で汚れた水をたれ流すのは、定検の時だけではありません。原発はすごい熱を出すので、日本では海水で冷やして、その水を海に捨てていますが、これが放射能を含んだ温排水で、一分間に何十トンにもなります。

 原発の事故があっても、県などがあわてて安全宣言を出しますし、電力会社はそれ以上に隠そうとします。それに、国民もほとんど無関心ですから、日本の海は汚れっぱなしです。

 防護服には放射性物質がいっぱいついていますから、それを最初は水洗いして、全部海に流しています。排水口で放射線の量を計ると、すごい量です。こういう所で魚の養殖をしています。安全な食べ物を求めている人たちは、こういうことも知って、原発にもっと関心をもって欲しいものです。このままでは、放射能に汚染されていないものを選べなくなると思いますよ。

 数年前の石川県の志賀原発の差止め裁判の報告会で、八十歳近い行商をしているおばあさんが、こんな話をしました。「私はいままで原発のことを知らなかった。今日、昆布とわかめをお得意さんに持っていったら、そこの若奥さんに「悪いけどもう買えないよ、今日で終わりね、志賀原発が運転に入ったから」って言われた。原発のことは何も分からないけど、初めて実感として原発のことが分かった。どうしたらいいのか」って途方にくれていました。みなさんの知らないところで、日本の海が放射能で汚染され続けています。

 内部被爆が一番怖い

 原発の建屋の中は、全部の物が放射性物質に変わってきます。物がすべて放射性物質になって、放射線を出すようになるのです。どんなに厚い鉄でも放射線が突き抜けるからです。体の外から浴びる外部被曝も怖いですが、一番怖いのは内部被曝です。

 ホコリ、どこにでもあるチリとかホコリ。原発の中ではこのホコリが放射能をあびて放射性物質となって飛んでいます。この放射能をおびたホコリが口や鼻から入ると、それが内部被曝になります。原発の作業では片付けや掃除で一番内部被曝をしますが、この体の中から放射線を浴びる内部被曝の方が外部被曝よりもずっと危険なのです。体の中から直接放射線を浴びるわけですから。

 体の中に入った放射能は、通常は、三日くらいで汗や小便と一緒に出てしまいますが、三日なら三日、放射能を体の中に置いたままになります。また、体から出るといっても、人間が勝手に決めた基準ですから、決してゼロにはなりません。これが非常に怖いのです。どんなに微量でも、体の中に蓄積されていきますから。

 原発を見学した人なら分かると思いますが、一般の人が見学できるところは、とてもきれいにしてあって、職員も「きれいでしょう」と自慢そうに言っていますが、それは当たり前なのです。きれいにしておかないと放射能のホコリが飛んで危険ですから。

 私はその内部被曝を百回以上もして、癌になってしまいました。癌の宣告を受けたとき、本当に死ぬのが怖くて怖くてどうしようかと考えました。でも、私の母が何時も言っていたのですが、「死ぬより大きいことはないよ」と。じゃ死ぬ前になにかやろうと。原発のことで、私が知っていることをすべて明るみに出そうと思ったのです。

 普通の職場環境とは全く違う

 放射能というのは蓄積します。いくら徴量でも十年なら十年分が蓄積します。これが怖いのです。日本の放射線管理というのは、年間50ミリシーベルトを守ればいい、それを越えなければいいという姿勢です。

 例えば、定検工事ですと三ケ月くらいかかりますから、それで割ると一日分が出ます。でも、放射線量が高いところですと、一日に五分から七分間しか作業が出来ないところもあります。しかし、それでは全く仕事になりませんから、三日分とか、一週間分をいっぺんに浴びせながら作業をさせるのです。これは絶対にやってはいけない方法ですが、そうやって10分間なり20分間なりの作業ができるのです。そんなことをすると白血病とかガンになると知ってくれていると、まだいいのですが……。電力会社はこういうことを一切教えません。

 稼動中の原発で、機械に付いている大きなネジが一本緩んだことがありました。動いている原発は放射能の量が物凄いですから、その一本のネジを締めるのに働く人三十人を用意しました。一列に並んで、ヨーイドンで七メートルくらい先にあるネジまで走って行きます。行って、一、二、三と数えるくらいで、もうアラームメーターがビーッと鳴る。中には走って行って、ネジを締めるスパナはどこにあるんだ?といったら、もう終わりの人もいる。ネジをたった一山、二山、三山締めるだけで百六十人分、金額で四百万円くらいかかりました。

 なぜ、原発を止めて修理しないのかと疑問に思われるかもしれませんが、原発を一日止めると、何億円もの損になりますから、電力会社は出来るだけ止めないのです。放射能というのは非常に危険なものですが、企業というものは、人の命よりもお金なのです。

 「絶対安全」だと五時間の洗脳教育

 原発など、放射能のある職場で働く人を放射線従事者といいます。日本の放射線従事者は今までに約二七万人ですが、そのほとんどが原発作業者です。今も九万人くらいの人が原発で働いています。その人たちが年一回行われる原発の定検工事などを、毎日、毎日、被曝しながら支えているのです。

 原発で初めて働く作業者に対し、放射線管理教育を約五時間かけて行います。この教育の最大の目的は、不安の解消のためです。原発が危険だとは一切教えません。国の被曝線量で管理しているので、絶対大丈夫なので安心して働きなさい、世間で原発反対の人たちが、放射能でガンや白血病に冒されると言っているが、あれは“マッカナ、オオウソ”である、国が決めたことを守っていれば絶対に大丈夫だと、五時間かけて洗脳します。  

 こういう「原発安全」の洗脳を、電力会社は地域の人にも行っています。有名人を呼んで講演会を開いたり、文化サークルで料理教室をしたり、カラー印刷の立派なチラシを新聞折り込みしたりして。だから、事故があって、ちょっと不安に思ったとしても、そういう安全宣伝にすぐに洗脳されてしまって、「原発がなくなったら、電気がなくなって困る」 と思い込むようになるのです。

 私自身が二〇年近く、現場の責任者として、働く人にオウムの麻原以上のマインド・コントロール、 「洗脳教育」をやって来ました。何人殺したかわかりません。みなさんから現場で働く人は不安に思っていないのかとよく聞かれますが、放射能の危険や被曝のことは一切知らされていませんから、不安だとは大半の人は思っていません。体の具合が悪くなっても、それが原発のせいだとは全然考えもしないのです。作業者全員が毎日被曝をする。それをいかに本人や外部に知られないように処理するかが責任者の仕事です。本人や外部に被曝の問題が漏れるようでは、現場責任者は失格なのです。これが原発の現場です。

 私はこのような仕事を長くやっていて、毎日がいたたまれない日も多く、夜は酒の力をかり、酒量が日毎に増していきました。そうした自分自身に、問いかけることも多くなっていました。一体なんのために、誰のために、このようなウソの毎日を過ごさねばならないのかと。気がついたら、二〇年の原発労働で、私の体も被曝でぼろぼろになっていました。

 だれが助けるのか

 また、東京電力の福島原発で現場作業員がグラインダーで額(ひたい)を切って、大怪我をしたことがありました。血が吹き出ていて、一刻を争う大怪我でしたから、直ぐに救急車を呼んで運び出しました。ところが、その怪我人は放射能まみれだったのです。でも、電力会社もあわてていたので、防護服を脱がせたり、体を洗ったりする除洗をしなかった。救急隊員にも放射能汚染の知識が全くなかったので、その怪我人は放射能の除洗をしないままに、病院に運ばれてしまったんです。

 だから、その怪我人を触った救急隊員が汚染される、救急車も汚染される、医者も看護婦さんも、その看護婦さんが触った他の患者さんも汚染される、その患者さんが外へ出て、また汚染が広がるというふうに、町中がパニックになるほどの大変な事態になってしまいました。みんなが大怪我をして出血のひどい人を何とか助けたいと思って必死だっただけで、放射能は全く見えませんから、その人が放射能で汚染されていることなんか、だれも気が付かなかったんですよ。


 一人でもこんなに大変なんです。それが仮に大事故が起きて大勢の住民が放射能で汚染された時、一体どうなるのでしょうか。想像できますか。人ごとではないのです。この国の人、みんなの問題です。

 びっくりした美浜原発細管破断事故!

 皆さんが知らないのか、無関心なのか、日本の原発はびっくりするような大事故を度々起こしています。スリーマイル島とかチェルノブイリに匹敵する大事故です。一九八九年に、東京電力の福島第二原発で再循環ポンプがバラバラになった大事故も、世界で初めての事故でした。

 そして、一九九一年二月に、関西電力の美浜原発で細管が破断した事故は、放射能を直接に大気中や海へ大量に放出した大事故でした。

 チェルノブイリの事故の時には、私はあまり驚かなかったんですよ。原発を造っていて、そういう事故が必ず起こると分かっていましたから。だから、ああ、たまたまチェルノブイリで起きたと、たまたま日本ではなかったと思ったんです。しかし、美浜の事故の時はもうびっくりして、足がガクガクふるえて椅子から立ち上がれない程でした。

 この事故はECCS(緊急炉心冷却装置)を手動で動かして原発を止めたという意味で、重大な事故だったんです。ECCSというのは、原発の安全を守るための最後の砦に当たります。これが効かなかったらお終りです。だから、ECCSを動かした美浜の事故というのは、一億数千万人の人を乗せたバスが高速道路を一〇〇キロのスピードで走っているのに、ブレーキもきかない、サイドブレーキもきかない、崖にぶつけてやっと止めたというような大事故だったんです。

 原子炉の中の放射能を含んだ水が海へ流れ出て、炉が空焚きになる寸前だったのです。日本が誇る多重防護の安全弁が次々と効かなくて、あと〇・七秒でチェルノブイリになるところだった。それも、土曜日だったのですが、たまたまベテランの職員が来ていて、自動停止するはずが停止しなくて、その人がとっさの判断で手動で止めて、世界を巻き込むような大事故に至らなかったのです。日本中の人が、いや世界中の人が本当に運がよかったのですよ。

 この事故は、二センチくらいの細い配管についている触れ止め金具、何千本もある細管が振動で触れ合わないようにしてある金具が設計通りに入っていなかったのが原因でした。施工ミスです。そのことが二十年近い何回もの定検でも見つからなかったんですから、定検のいい加減さがばれた事故でもあった。入らなければ切って捨てる、合わなければ引っ張るという、設計者がまさかと思うようなことが、現場では当たり前に行われているということが分かった事故でもあったんです。

 もんじゅの大事故

 去年(一九九五年)の十二月八日に、福井県の敦賀にある動燃(動力炉・核燃料開発事業団)のもんじゅでナトリウム漏れの大事故を起こしました。もんじゅの事故はこれが初めてではなく、それまでにも度々事故を起こしていて、私は建設中に六回も呼ばれて行きました。というのは、所長とか監督とか職人とか、元の部下だった人たちがもんじゅの担当もしているので、何か困ったことがあると私を呼ぶんですね。もう会社を辞めていましたが、原発だけは事故が起きたら取り返しがつきませんから、放っては置けないので行くのです。

 ある時、電話がかかって、「配管がどうしても合わないから来てくれ」という。行って見ますと、特別に作った配管も既製品の配管もすべて図面どおり、寸法通りになっている。でも、合わない。どうして合わないのか、いろいろ考えましたが、なかなか分からなかった。一晩考えてようやく分かりました。もんじゅは、日立、東芝、三菱、富士電機などの寄せ集めのメーカーで造ったもので、それぞれの会社の設計基準が違っていたのです。

 図面を引くときに、私が居た日立は〇・五mm切り捨て、東芝と三菱は〇・五mm切上げ、日本原研は〇・五mm切下げなんです。たった〇・五mmですが、百カ所も集まると大変な違いになるのです。だから、数字も線も合っているのに合わなかったのですね。これではダメだということで、みんな作り直させました。何しろ国の威信がかかっていますから、お金は掛けるんです。

 どうしてそういうことになるかというと、それぞれのノウ・ハウ、企業秘密ということがあって、全体で話し合いをして、この〇・五mmについて、切り上げるか、切り下げるか、どちらかに統一しようというような話し合いをしていなかったのです。今回のもんじゅの事故の原因となった温度センサーにしても、メーカー同士での話し合いもされていなかったんではないでしょうか。

 どんなプラントの配管にも、あのような温度計がついていますが、私はあんなに長いのは見たことがありません。おそらく施工した時に危ないと分かっていた人がいたはずなんですね。でも、よその会社のことだからほっとけばいい、自分の会社の責任ではないと。

 動燃自体が電力会社からの出向で出来た寄せ集めですが、メーカーも寄せ集めなんです。これでは事故は起こるべくして起こる、事故が起きないほうが不思議なんで、起こって当たり前なんです。

 しかし、こんな重大事故でも、国は「事故」と言いません。美浜原発の大事故の時と同じように「事象があった」と言っていました。私は事故の後、直ぐに福井県の議会から呼ばれて行きました。あそこには十五基も原発がありますが、誘致したのは自民党の議員さんなんですね。だから、私はそういう人に何時も、「事故が起きたらあなた方のせいだよ、反対していた人には責任はないよ」と言ってきました。この度、その議員さんたちに呼ばれたのです。 「今回は腹を据えて動燃とケンカする、どうしたらよいか教えてほしい」と相談を受けたのです。

 それで、私がまず最初に言ったことは、「これは事故なんです、事故。事象というような言葉に誤魔化されちゃあだめだよ」と言いました。県議会で動燃が「今回の事象は……」と説明を始めたら、「事故だろ! 事故!」と議員が叫んでいたのが、テレビで写っていましたが、あれも、黙っていたら、軽い「事象」ということにされていたんです。地元の人たちだけではなく、私たちも、向こうの言う「事象」というような軽い言葉に誤魔化されてはいけないんです。

 普通の人にとって、「事故」というのと「事象」 というのとでは、とらえ方がまったく違います。この国が事故を事象などと言い換えるような姑息なことをしているので、日本人には原発の事故の危機感がほとんどないのです。

 日本のプルトニウムがフランスの核兵器に?

 もんじゅに使われているプルトニウムは、日本がフランスに再処理を依頼して抽出したものです。再処理というのは、原発で燃やしてしまったウラン燃料の中に出来たプルトニウムを取り出すことですが、プルトニウムはそういうふうに人工的にしか作れないものです。

 そのプルトニウムがもんじゅには約一・四トンも使われています。長崎の原爆は約八キロだったそうですが、一体、もんじゅのプルトニウムでどのくらいの原爆ができますか。それに、どんなに微量でも肺ガンを起こす猛毒物質です。半減期が二万四千年もあるので、永久に放射能を出し続けます。だから、その名前がプルートー、地獄の王という名前からつけられたように、プルトニウムはこの世で一番危険なものといわれるわけですよ。

 しかし、日本のプルトニウムが去年(一九九五年)南太平洋でフランスが行った核実験に使われた可能性が大きいことを知っている人は、余りいません。フランスの再処理工場では、プルトニウムを作るのに核兵器用も原発用も区別がないのです。だから、日本のプルトニウムが、この時の核実験に使われてしまったことはほとんど間違いありません。

 日本がこの核実験に反対をきっちり言えなかったのには、そういう理由があるからです。もし、日本政府が本気でフランスの核実験を止めさせたかったら、簡単だったのです。つまり、再処理の契約を止めればよかったんです。でも、それをしなかった。

 日本とフランスの貿易額で二番目に多いのは、この再処理のお金なんですよ。国民はそんなことも知らないで、いくら「核実験に反対、反対」といっても仕方がないんじゃないでしょうか。それに、唯一の被爆国といいながら、日本のプルトニウムがタヒチの人々を被爆させ、きれいな海を放射能で汚してしまったに違いありません。

 世界中が諦めたのに、日本だけはまだこんなもので電気を作ろうとしているんです。普通の原発で、ウランとプルトニウムを混ぜた燃料(MOX燃料)を燃やす、いわゆるプルサーマルをやろうとしています。しかし、これは非常に危険です。分かりやすくいうと、石油ストーブでガソリンを燃やすようなことなんです。原発の元々の設計がプルトニウムを燃すようになっていません。プルトニウムは核分裂の力がウランとはケタ違いに大きいんです。だから原爆の材料にしているわけですから。

 いくら資源がない国だからといっても、あまりに酷すぎるんじゃないでしょうか。早く原発を止めて、プルトニウムを使うなんてことも止めなければ、あちこちで被曝者が増えていくばかりです。

 日本には途中でやめる勇気がない

 世界では原発の時代は終わりです。原発の先進国のアメリカでは、二月(一九九六年)に二〇一五年までに原発を半分にすると発表しました。それに、プルトニウムの研究も大統領命令で止めています。あんなに怖い物、研究さえ止めました。

 もんじゅのようにプルトニウムを使う原発、高速増殖炉も、アメリカはもちろんイギリスもドイツも止めました。ドイツは出来上がったのを止めて、リゾートパークにしてしまいました。世界の国がプルトニウムで発電するのは不可能だと分かって止めたんです。日本政府も今度のもんじゅの事故で「失敗した」と思っているでしょう。でも、まだ止めない。これからもやると言っています。

 どうして日本が止めないかというと、日本にはいったん決めたことを途中で止める勇気がないからで、この国が途中で止める勇気がないというのは非常に怖いです。みなさんもそんな例は山ほどご存じでしょう。

 とにかく日本の原子力政策はいい加減なのです。日本は原発を始める時から、後のことは何にも考えていなかった。その内に何とかなるだろうと。そんないい加減なことでやってきたんです。そうやって何十年もたった。でも、廃棄物一つのことさえ、どうにもできないんです。

 もう一つ、大変なことは、いままでは大学に原子力工学科があって、それなりに学生がいましたが、今は若い人たちが原子力から離れてしまい、東大をはじめほとんどの大学からなくなってしまいました。机の上で研究する大学生さえいなくなったのです。

 また、日立と東芝にある原子力部門の人も三分の一に減って、コ・ジェネレーション(電気とお湯を同時に作る効率のよい発電設備)のガス・タービンの方へ行きました。メーカーでさえ、原子力はもう終わりだと思っているのです。

 原子力局長をやっていた島村武久さんという人が退官して、『原子力談義』という本で、「日本政府がやっているのは、ただのつじつま合わせに過ぎない、電気が足りないのでも何でもない。あまりに無計画にウランとかプルトニウムを持ちすぎてしまったことが原因です。はっきりノーといわないから持たされてしまったのです。そして日本はそれらで核兵器を作るんじゃないかと世界の国々から見られる、その疑惑を否定するために核の平和利用、つまり、原発をもっともっと造ろうということになるのです」 と書いていますが、これもこの国の姿なんです。

 廃炉も解体も出来ない原発

 一九六六年に、日本で初めてイギリスから輸入した十六万キロワットの営業用原子炉が茨城県の東海村で稼動しました。その後はアメリカから輸入した原発で、途中で自前で造るようになりましたが、今では、この狭い日本に一三五万キロワットというような巨大な原発を含めて五一の原発が運転されています。

 具体的な廃炉・解体や廃棄物のことなど考えないままに動かし始めた原発ですが、厚い鉄でできた原子炉も大量の放射能をあびるとボロボロになるんです。だから、最初、耐用年数は十年だと言っていて、十年で廃炉、解体する予定でいました。しかし、一九八一年に十年たった東京電力の福島原発の一号機で、当初考えていたような廃炉・解体が全然出来ないことが分かりました。このことは国会でも原子炉は核反応に耐えられないと、問題になりました。

 この時、私も加わってこの原子炉の廃炉、解体についてどうするか、毎日のように、ああでもない、こうでもないと検討をしたのですが、放射能だらけの原発を無理やりに廃炉、解体しようとしても、造るときの何倍ものお金がかかることや、どうしても大量の被曝が避けられないことなど、どうしようもないことが分かったのです。原子炉のすぐ下の方では、決められた線量を守ろうとすると、たった十数秒くらいしかいられないんですから。

 机の上では、何でもできますが、実際には人の手でやらなければならないのですから、とんでもない被曝を伴うわけです。ですから、放射能がゼロにならないと、何にもできないのです。放射能がある限り廃炉、解体は不可能なのです。人間にできなければロボットでという人もいます。でも、研究はしていますが、ロボットが放射能で狂ってしまって使えないのです。

 結局、福島の原発では、廃炉にすることができないというので、原発を売り込んだアメリカのメーカーが自分の国から作業者を送り込み、日本では到底考えられない程の大量の被曝をさせて、原子炉の修理をしたのです。今でもその原発は動いています。

 最初に耐用年数が十年といわれていた原発が、もう三〇年近く動いています。そんな原発が十一もある。くたびれてヨタヨタになっても動かし続けていて、私は心配でたまりません。

 また、神奈川県の川崎にある武蔵工大の原子炉はたった一〇〇キロワットの研究炉ですが、これも放射能漏れを起こして止まっています。机上の計算では、修理に二〇億円、廃炉にするには六〇億円もかかるそうですが、大学の年間予算に相当するお金をかけても廃炉にはできないのです。まず停止して放射能がなくなるまで管理するしかないのです。

 それが一〇〇万キロワットというような大きな原発ですと、本当にどうしようもありません。

 「閉鎖」して、監視・管理

 なぜ、原発は廃炉や解体ができないのでしょうか。それは、原発は水と蒸気で運転されているものなので、運転を止めてそのままに放置しておくと、すぐサビが来てボロボロになって、穴が開いて放射能が漏れてくるからです。原発は核燃料を入れて一回でも運転すると、放射能だらけになって、止めたままにしておくことも、廃炉、解体することもできないものになってしまうのです。

 先進各国で、閉鎖した原発は数多くあります。廃炉、解体ができないので、みんな「閉鎖」なんです。閉鎖とは発電を止めて、核燃料を取り出しておくことですが、ここからが大変です。

 放射能まみれになってしまった原発は、発電している時と同じように、水を入れて動かし続けなければなりません。水の圧力で配管が薄くなったり、部品の具合が悪くなったりしますから、定検もしてそういう所の補修をし、放射能が外に漏れださないようにしなければなりません。放射能が無くなるまで、発電しているときと同じように監視し、管理をし続けなければならないのです。 

 今、運転中が五一、建設中が三、全部で五四の原発が日本列島を取り巻いています。これ以上運転を続けると、余りにも危険な原発もいくつかあります。この他に大学や会社の研究用の原子炉もありますから、日本には今、小さいのは一〇〇キロワット、大きいのは一三五万キロワット、大小合わせて七六もの原子炉があることになります。

 しかし、日本の電力会社が、電気を作らない、金儲けにならない閉鎖した原発を本気で監視し続けるか大変疑問です。それなのに、さらに、新規立地や増設を行おうとしています。その中には、東海地震のことで心配な浜岡に五機目の増設をしようとしていたり、福島ではサッカー場と引換えにした増設もあります。新設では新潟の巻町や三重の芦浜、山口の上関、石川の珠洲、青森の大間や東通などいくつもあります。それで、二〇一〇年には七〇〜八〇基にしようと。実際、言葉は悪いですが、この国は狂っているとしか思えません。

 これから先、必ずやってくる原発の閉鎖、これは本当に大変深刻な問題です。近い将来、閉鎖された原発が日本国中いたるところに出現する。これは不安というより、不気味です。ゾーとするのは、私だけでしょうか。

 どうしようもない放射性廃棄物

 それから、原発を運転すると必ず出る核のゴミ、毎日、出ています。低レベル放射性廃棄物、名前は低レベルですが、中にはこのドラム缶の側に五時間もいたら、致死量の被曝をするようなものもあります。そんなものが全国の原発で約八〇万本以上溜まっています。

 日本が原発を始めてから一九六九年までは、どこの原発でも核のゴミはドラム缶に詰めて、近くの海に捨てていました。その頃はそれが当たり前だったのです。私が茨城県の東海原発にいた時、業者はドラム缶をトラックで運んでから、船に乗せて、千葉の沖に捨てに行っていました。

 しかし、私が原発はちょっとおかしいぞと思ったのは、このことからでした。海に捨てたドラム缶は一年も経つと腐ってしまうのに、中の放射性のゴミはどうなるのだろうか、魚はどうなるのだろうかと思ったのがはじめでした。

 現在は原発のゴミは、青森の六ケ所村へ持って行っています。全部で三百万本のドラム缶をこれから三百年間管理すると言っていますが、一体、三百年ももつドラム缶があるのか、廃棄物業者が三百年間も続くのかどうか。どうなりますか。

 もう一つの高レベル廃棄物、これは使用済み核燃料を再処理してプルトニウムを取り出した後に残った放射性廃棄物です。日本はイギリスとフランスの会社に再処理を頼んでいます。去年(一九九五年)フランスから、二八本の高レベル廃棄物として返ってきました。これはどろどろの高レベル廃棄物をガラスと一緒に固めて、金属容器に入れたものです。この容器の側に二分間いると死んでしまうほどの放射線を出すそうですが、これを一時的に青森県の六ケ所村に置いて、三〇年から五〇年間くらい冷やし続け、その後、どこか他の場所に持って行って、地中深く埋める予定だといっていますが、予定地は全く決まっていません。余所の国でも計画だけはあっても、実際にこの高レベル廃棄物を処分した国はありません。みんな困っています。

 原発自体についても、国は止めてから五年か十年間、密閉管理してから、粉々にくだいてドラム缶に入れて、原発の敷地内に埋めるなどとのんきなことを言っていますが、それでも一基で数万トンくらいの放射能まみれの廃材が出るんですよ。生活のゴミでさえ、捨てる所がないのに、一体どうしようというんでしょうか。とにかく日本中が核のゴミだらけになる事は目に見えています。早くなんとかしないといけないんじゃないでしょうか。それには一日も早く、原発を止めるしかなんですよ。

 私が五年程前に、北海道で話をしていた時、「放射能のゴミを五〇年、三百年監視続ける」と言ったら、中学生の女の子が、手を挙げて、「お聞きしていいですか。今、廃棄物を五〇年、三百年監視するといいましたが、今の大人がするんですか? そうじゃないでしょう。次の私たちの世代、また、その次の世代がするんじゃないんですか。だけど、私たちはいやだ」と叫ぶように言いました。この子に返事の出来る大人はいますか。

 それに、五〇年とか三百年とかいうと、それだけ経てばいいんだというふうに聞こえますが、そうじゃありません。原発が動いている限り、終わりのない永遠の五〇年であり、三百年だということです。

 住民の被曝と恐ろしい差別

 日本の原発は今までは放射能を一切出していませんと、何十年もウソをついてきた。でもそういうウソがつけなくなったのです。

 原発にある高い排気塔からは、放射能が出ています。出ているんではなくて、出しているんですが、二四時間放射能を出していますから、その周辺に住んでいる人たちは、一日中、放射能をあびて被曝しているのです。

 ある女性から手紙が来ました。二三歳です。便箋に涙の跡がにじんでいました。「東京で就職して恋愛し、結婚が決まって、結納も交わしました。ところが突然相手から婚約を解消されてしまったのです。相手の人は、君には何にも悪い所はない、自分も一緒になりたいと思っている。でも、親たちから、あなたが福井県の敦賀で十数年間育っている。原発の周辺では白血病の子どもが生まれる確率が高いという。白血病の孫の顔はふびんで見たくない。だから結婚するのはやめてくれ、といわれたからと。私が何か悪いことしましたか」と書いてありました。この娘さんに何の罪がありますか。こういう話が方々で起きています。

 この話は原発現地の話ではない、東京で起きた話なんですよ、東京で。皆さんは、原発で働いていた男性と自分の娘とか、この女性のように、原発の近くで育った娘さんと自分の息子とかの結婚を心から喜べますか。若い人も、そういう人と恋愛するかも知れないですから、まったく人ごとではないんです。 こういう差別の話は、言えば差別になる。でも言わなければ分からないことなんです。原発に反対している人も、原発は事故や故障が怖いだけではない、こういうことが起きるから原発はいやなんだと言って欲しいと思います。原発は事故だけではなしに、人の心まで壊しているのですから。

 私、子ども生んでも大丈夫ですか。たとえ電気がなくなってもいいから、私は原発はいやだ。

 最後に、私自身が大変ショックを受けた話ですが、北海道の泊原発の隣の共和町で、教職員組合主催の講演をしていた時のお話をします。どこへ行っても、必ずこのお話はしています。あとの話は全部忘れてくださっても結構ですが、この話だけはぜひ覚えておいてください。

 その講演会は夜の集まりでしたが、父母と教職員が半々くらいで、およそ三百人くらいの人が来ていました。その中には中学生や高校生もいました。原発は今の大人の問題ではない、私たち子どもの問題だからと聞きに来ていたのです。

 話が一通り終わったので、私が質問はありませんかというと、中学二年の女の子が泣きながら手を挙げて、こういうことを言いました。 

 「今夜この会場に集まっている大人たちは、大ウソつきのええかっこしばっかりだ。私はその顔を見に来たんだ。どんな顔をして来ているのかと。今の大人たち、特にここにいる大人たちは農薬問題、ゴルフ場問題、原発問題、何かと言えば子どもたちのためにと言って、運動するふりばかりしている。私は泊原発のすぐ近くの共和町に住んで、二四時間被曝している。原子力発電所の周辺、イギリスのセラフィールドで白血病の子どもが生まれる確率が高いというのは、本を読んで知っている。私も女の子です。年頃になったら結婚もするでしょう。私、子ども生んでも大丈夫なんですか?」と、泣きながら三百人の大人たちに聞いているのです。でも、誰も答えてあげられない。

 「原発がそんなに大変なものなら、今頃でなくて、なぜ最初に造るときに一生懸命反対してくれなかったのか。まして、ここに来ている大人たちは、二号機も造らせたじゃないのか。たとえ電気がなくなってもいいから、私は原発はいやだ」と。ちょうど、泊原発の二号機が試運転に入った時だったんです。

 「何で、今になってこういう集会しているのか分からない。私が大人で子どもがいたら、命懸けで体を張ってでも原発を止めている」と言う。

 「二基目が出来て、今までの倍私は放射能を浴びている。でも私は北海道から逃げない」って、泣きながら訴えました。

 私が「そういう悩みをお母さんや先生に話したことがあるの」と聞きましたら、「この会場には先生やお母さんも来ている、でも、話したことはない」 と言います。「女の子同志ではいつもその話をしている。結婚もできない、子どもも産めない」って。

 担任の先生たちも、今の生徒たちがそういう悩みを抱えていることを少しも知らなかったそうです。

 これは決して、原子力防災の八キロとか十キロの問題ではない、五十キロ、一〇〇キロ圏でそういうことがいっぱい起きているのです。そういう悩みを今の中学生、高校生が持っていることを絶えず知っていてほしいのです。

 原発がある限り、安心できない

 みなさんには、ここまでのことから、原発がどんなものか分かってもらえたと思います。

 チェルノブイリで原発の大事故が起きて、原発は怖いなーと思った人も多かったと思います。でも、 「原発が止まったら、電気が無くなって困る」と、特に都会の人は原発から遠いですから、少々怖くても仕方がないと、そう考えている人は多いんじゃないでしょうか。

 でも、それは国や電力会社が「原発は核の平和利用です」「日本の原発は絶対に事故を起こしません。安全だから安心しなさい」「日本には資源がないから、原発は絶対に必要なんですよ」と、大金をかけて宣伝をしている結果なんです。もんじゅの事故のように、本当のことはずーっと隠しています。

 原発は確かに電気を作っています。しかし、私が二〇年間働いて、この目で見たり、この体で経験したことは、原発は働く人を絶対に被曝させなければ動かないものだということです。それに、原発を造るときから、地域の人達は賛成だ、反対だと割れて、心をズタズタにされる。出来たら出来たで、被曝させられ、何の罪もないのに差別されて苦しんでいるんです。

 みなさんは、原発が事故を起こしたら怖いのは知っている。だったら、事故さえ起こさなければいいのか。平和利用なのかと。そうじゃないでしょう。私のような話、働く人が被曝して死んでいったり、地域の人が苦しんでいる限り、原発は平和利用なんかではないんです。それに、安全なことと安心だということは違うんです。原発がある限り安心できないのですから。

 それから、今は電気を作っているように見えても、何万年も管理しなければならない核のゴミに、膨大な電気や石油がいるのです。それは、今作っている以上のエネルギーになることは間違いないんですよ。それに、その核のゴミや閉鎖した原発を管理するのは、私たちの子孫なのです。

 そんな原発が、どうして平和利用だなんて言えますか。だから、私は何度も言いますが、原発は絶対に核の平和利用ではありません。

 だから、私はお願いしたい。朝、必ず自分のお子さんの顔やお孫さんの顔をしっかりと見てほしいと。果たしてこのまま日本だけが原子力発電所をどんどん造って大丈夫なのかどうか、事故だけでなく、地震で壊れる心配もあって、このままでは本当に取り返しのつかないことが起きてしまうと。これをどうしても知って欲しいのです。

 ですから、私はこれ以上原発を増やしてはいけない、原発の増設は絶対に反対だという信念でやっています。そして稼働している原発も、着実に止めなければならないと思っていあす。

 原発がある限り、世界に本当の平和はこないのですから。

優しい地球 残そう子どもたちに
 筆者「平井憲夫さん」について:

 1997年1月逝去。
 1級プラント配管技能士、原発事故調査国民会議顧問、原発被曝労働者救済センター代表、北陸電力能登(現・志賀)原発差し止め裁判原告特別補佐人、東北電力女川原発差し止め裁判原告特別補佐人、福島第2原発3号機運転差し止め訴訟原告証人。
 「原発被曝労働者救済センター」は後継者がなく、閉鎖されました。

原子力発電がなくても暮らせる社会をつくる国民会議
http://members.at.infoseek.co.jp/genpatsu_shinsai/


【「日本国民に与える平井憲夫遺書その2全文」】
 「1996.4.7日、平井氏と浜岡原発住民との対話」もサイトアップされている。編集者が次のようにコメントしている。
 長年、中部電力や国を信じきって原発推進に協力してきた佐対協(さたいきょう=佐倉原発対策協議会)の三人の長老が、ひどい咳で何度も話を中断した平井さんの目の前に座ってじっくりと話を聞いていました。そして、何度も何度も、「だまされていた」と発言していたのが、とても印象深かったです。平井さんはこの八か月後に亡くなりました。

 一九九八年六月四日に行われた浜岡原発五号機の第二次公開ヒアリングで、住民の「東海地震で原発震災が起きないか」の質問に、通産省は「原発震災が発生することはない」と説明しましたが、武谷三男さんのいわれるようにその科学的な根拠はないのです。通産省が許可した五号機は、一九九九年三月から工事が始まっています。二〇〇〇年二月二二日、中部電力は三重県知事の芦浜原発白紙撤回を受け入れましたが、早々に「浜岡原発増設も選択肢の一つ」と表明しました。

 そんなばかな

  1. 阪神大震災。「これは、原発とまったく同じだな」
  2. 原子炉にくっついている配管がもたない
  3. 「だまされてた」
  4. 配管が破断したら、もう制御は効かない
  5. 日本の原子力行政は行き当たりばったり
  6. 主要でない配管は、原発の中には一本もない
  7. 「ホールインアンカーは大丈夫なのか」って聞いてください。
  8. 放射能は漏れているんじゃない、故意に出しているということ。
  9. 毎日蓄積する放射能で、最初にやられるのが小さい子どもです。
  10. 「交通信号みたいに、放射能に色がついていたら一目で分かるけど」
  11. 地元の人が「事故が起きたら直ぐに知らせろー」って言うことね。
  12. 「不利になるような事は絶対隠いておったんだね」
  13. そんな馬鹿な防災計画がありますか
  14. 国民が声を出さなきゃ、ダメ。
  15. 原発が安全だっら、ヨウ素剤を置くなー
 この対談について

 阪神大震災。「これは、原発とまったく同じだな」

 平井  どうも、みなさん今日は。実は私、ちょっと体調を崩して、昨日まで死んだ人間であって、今日ここへ出てくるいうと、私の掛かりつけの医者に怒られたんですね。というのは、私自身が原発で内部被曝を何回もしている。癌も持っているんです。ですから、ちょっとした熱が出ても、すぐ肺炎を起こして。三日ほど、ちょっと。

 私は二〇年間、原子力発電所を造ってまいりました。現場の監督責任者として。もちろん、この浜岡原発も手掛けております。浜岡と同じ沸騰水型というのが専門なんですが、この浜岡原発の一号機、二号機、いわゆるマークIというタイプ。ましてや一号機については、世界でもまれに見るような大事故を二回も続けて起こしているんですよ。

 一九八七年、再循環ポンプが、これは沸騰水型の原発では心臓です。これが全部二台ずつあるんです。一台が止まっても一台が動いているからと。ジェット機と一緒でエンジン二台積んで、一つがトラブルを起こしても一つがあるからと。絶対二台止まるようなことはないと。それが浜岡原発ではいっぺんに二台止まってしまったんです。飛行機だったら墜落なんですが、それでも黙って動かしたんですよ、中部電力は。

 その翌年、また同じことをやってしまう。これはもう、いわゆる世間には顔向けができないくらいの大事故です。私どもが解析していくと、日本くらい大きな事故を度々起こしているとこも、珍しいんですよね。

 二、三日前ですか、やはり原子力発電所の寿命は三〇年、四〇年といっていたと。そうではない、平均すると一七年くらいになるんだと。というのはアメリカやヨーロッパでは事故が起きる、そうすると国民が黙っていないんです。そんな危ないもの動かしちゃだめだ、というので閉鎖してしまうんです。閉鎖。いわゆる電気を起こさなくなって、そのまんま放射能が出るのがゼロになるのを待って、それから廃炉に向けていくと。

 これがいわゆる日本では、ない。なぜ、ないのかいうと、やはり国民一人ずつが、危機管理がゼロなんですよね。

 お上のいう通り、大企業のいう通りに信用してしまっていると。取り返しがつかないことが起きてしまって、初めて慌ててしまうというようなことが非常に多いんですよね。

 いわゆる地震。いうのは去年、阪神大地震がありました。地震があった次の日、私はすぐ神戸へ行きました。あの高速道路が引っ繰り返っている。新幹線があんなんになっている。その現場を見てア然としたと同時に、「これは原発と一緒だな」というのを一番最初に感じたんです。

 なぜかというと、あの橋桁の中から、いわゆる型枠のベニヤ板が出てくる。ジュースの空き缶は出てくる。設計した人はよもやそうゆうふうな物が中へ入っているとは思っていないんですよ。設計する人は。でも私は、「あっ、これが現実だな、原発とまったく同じだな」と。

 というのは、どういうことかというと、今原子力発電所で働いている人、工事をやっている人たちというのは九五〜九八%は、全くの素人の人なんです。職人という人はもうほとんどいない。

 これはただ、原子力の現場だけではありません。いろんな所で後継者不足、職人不足といわれている。だから実際、そういう人は自分が今何をやっているのか、何の工事をやっているのか分かっていないんですよ。ただ言われているからやっているんだと。

 原子炉にくっついている配管がもたない

 地震が起きた場合、いわゆる原子炉、これは一番みんな問題にするんですね。耐震設計の見直しとか、何とかいっている。私が言うのは、それ以前。原子力発電所の中で人間の体でいう血管ね。これと同じくらいある配管。これが持たないんですよと言うんです。

 私も、これは非常にみなさんに怒られたんですが、「地震だったら、原発いうのはそんなやわなものではないよ」 というような話をしてたんです。辞めてからも。「地震には絶対自信があるよ、原発というのは」。でも、阪神大地震を見にいって、「こりゃだめだ。こりゃ持たないな」と本当に実感したんですね。「こりゃ、原発というのは、とってもじゃないが地震に耐えられない」と。原子炉そのものは上下や横揺れするかもしれない。でもそれに全部配管がくっついているんです。配管が。これがもう持たない。 

 日本の科学技術というのは、大したもんじゃないんですよ。でも、今の原発論争そのものが机上の空論、机の上だけの話なんですよ。原発そのものを見たことがないのに、 「原発反対」っていっている学者にしても、「推進だ」といっている学者にしても、じゃ原発の中を自分で手で触って、目で見て、自分が被曝をしながらやったことがあるのか、そういう経験はみんなないんですよ。

 私も原発反対言っている学者の先生たちをたくさん知っているんですが、私、言うんです。「あんたたち、いい度胸している」と。「見たことがないものを、どのようにして安全だとか危険だといって話が出来るんだ」と。 

 私が危険だと言うのは、自分が工事をやって、「浜岡原発の一号機、二号機の、いわゆる配管サポートはこういうふうだ」と。自分がやっているから言えることであって。

 やはり、この浜岡原発いうのは、大きな東海地震が今日か、明日かといわれている。今、一番心配なのが浜岡原発なんです。今すぐにでも運転を止めて閉鎖して、それから何十年と置いて、それから廃炉解体しなくちゃ。このまんまじゃ、今に取り返しのつかないことが起きてしまうと思う。さあ、みなさんどうするか、いうことですね。

 「だまされてた」

 長老  今、あのね。先生のいろいろな説明を聞いていた中で、現場で二〇数年携わってきた実際のお話を聞いて、実はびっくりしたわけです。

 それから聞くところによれば、最近は定検をいままで四か月をね、二か月に短縮していると。そういうことも聞かされておりますがね。今のお話の中で、一号機を受ける時点でね。そういうことは電力会社と国の説明で「九九%は安全ですよ」と。岩盤の上に造ってですね。「マグニチュード八・五の地震がいっても大丈夫ですよ」ということを聞かされておる。

 それから私も佐対協の委任で、中へ入っていろいろ研修をしました。それで、入るについては放射能ということで何回も衣服を変えて、そして出る時には裸になって、放射能は浴びていないかということを厳重にチェックされているとしたもんですから、ま、電力会社のやることは、これ、大丈夫だなという、今までそういう気持ちでおったわけですがね。

 実際、現場で携わった人の話、今ここで初めてそういうことを聞かされて、実際、電力会社と国のやり方というものはね、本当にごまかしというか、住民に対して本当に、これは「だまされてた」という感情を深く持っているわけですがね。実際、今日先生の話を聞いて、実は驚いているわけです。

 配管が破断したら、もう制御は効かない

 平井  浜岡原発が岩盤の上に建っているから大丈夫かどうかは、私は地震が専門でないので、それは分かりません。

 私は原子炉よりも自分の専門の配管が持たないと、これなんですよね。配管がもたない。というのは、日本の自動車が立派だ、立派だいう。ブレーキが立派だ、ブレーキペダルも立派だと。その間のオイルのパイプとか、エアーのパイプがとんだ場合は、いくらブレーキ、原子炉が立派であっても、もう効かないわけなんですよね。

 特にこの浜岡原発一・二号機というのは、古いんですよね。一号機はもう二〇年、二号機は一七年ですか。この当時のマークIというのは、配管を支えるサポートというのが、いわゆるホールインアンカーといって、ネジでコンクリートに打ちつけているんです。そのために運転しているとガタガタになっているんですよね。効かなくなっちゃっている。だから配管を支えるそのサポートの役目が何にもなされていないんです。

 一号機、二号機は。あそこへ大きな地震が来て、あれだけの重量の配管がユッサユッサ揺れた場合、これはもう持たないです。ましてや配管が破断をしたら、もう何にも制御は効かないんですよね。制御は効かない。

 だから私が言うのは、中部電力さんに前にも言ったことがあるんです。素直になんなさいと。私が危険だといっているんだから、じゃ一回入って、どことどこがどうなんだと教えてくれと。で、直そうじゃないかと、そういうふうな姿勢が必要じゃないかと、動かすんなら。それが出来ないんなら動かしちゃあだめですよ言うんです。

 というのは、私今年に入って、女川原発、これ仙台高等裁判所で今、控訴審が始まっているんですが、これも現場の検証を私が特別補佐人としてやっているんです。志賀原発も。その時に裁判所で私が「裁判長、ここがこうで危ないんですよ」いう。一つずつ裁判長に説明していっていると、素人の裁判長でも分かるんですよ。

 だから私が言うのは、女川原発、東北電力にしても、直しなさいというのね。それに反論するんじゃなしに。自分も危険だ思ったら、恰好が悪いだろうがごめんなさい、直しますからと。こういう姿勢がほしいと思うんですよね。

 日本の原子力行政は行き当たりばったり

 長老  もう一回お尋ね致しますがね。現在浜岡原発はもちろん、そういうことを聞かされておりますが、よその原発の定検を二か月くらいに、その期間を短縮するかという、その点も、何でそういうことをするかという……。

 平井  これはね、絶対にやっちゃあだめなんですよ、二か月に短縮というのはね。とんでもない話です。どうして短縮しなければならないかというと、まず最初に、全国で原発で働いている人が、毎年毎年少なくなってきているんです。というのは新しい若い人が定検工事ね。被曝をしながら働くという、監督なんかは別としても、作業員として。お歳を召した人が順番で辞めていっているわけで、そうすると、もう人手が足りないんですよ。

 それともう一つは、一九九〇年にICRP、国際放射線防護委員会から、今の日本が守っている年間五〇ミリシーベルト、放射線の浴びる量ね。これは非常に危険だから二〇ミリシーベルトに下げなさいという勧告が出ているわけです。これは日本は守ってないんですよ。いまだにその勧告を受け入れてない。今の半分以下の勧告を受け入れたら、もう定検工事そのものがやれなくなるんですよ。

 年間五〇ミリシーベルトで管理をしてても、放射線量の高いところだったら、一日に三分から五分しか仕事が出来ない。それが半分以下だと、もう一分か二分しか作業ができない。一分や二分ということは、もう段取りで終わっちゃう。だからもう日本の原発そのものが行き詰まってしまってきているんですよ。

 というのは、いままでの原子力行政そのものが、もう行き当たりばったりで。何でも都合の悪いことを先送り、先送りにしてきたんですよね。これは住専の問題にしても、HIVの厚生省の対応を見ても、日本政府がやってることは本当に間違いだらけなんですよ。そのツケが何もかにもが、ここで一気に来ている思うんですよね。原子力行政にしても。

 主要でない配管は、原発の中には一本もない

 住民  地震が来た時に、配管が破断する話なんですけど。配管にもいろいろあると思うんですけど、外部に放射能が出て、致命的な環境破壊してしまうような配管が破断しても、一番高レベルの放射能っていうのは、外へは漏れないんじゃないかという期待もあるんですけど。

 そうじゃなくて、巨大地震が来た時には、予想できないところで配管が破断して、一番困る高レベルの放射能が漏れる可能性もあるんですか、それとも、いったんは炉心の中で食い止められるものなのか、その辺がね、よく分からないんです。

 平井  あのね、炉心っていう言葉がね、私なんかよく判らないんですよ。日本の場合、原子炉。これが圧力容器いうんですよね。その周囲を格納容器いうのが囲んでいるんです。その外に原子炉建屋があるんです。いわゆるダブルで安全性を持たせていると。

 私も設計屋でないんで、どの程度まで安全があるのか分かりませんが、トラブルがあると安全装置、いわゆる安全弁が作動して止まるように出来ているんですよ。どこか一か所でも破断すると、もうそこで運転がさっと止まるというようには設計されているんですが、しかしながら、いわゆる日本型の事故というのが最近多いいうのは、その安全弁ね、いわゆる車でいうとブレーキとかサイドブレーキ、これが衝突する前に効いたのが日本では一件もないんですよ。なんにも効かない。

 いいですか、日本の原発は優秀だと思い込んでいる人が多いんですよ。私がね、電力会社などとやりあうと、必ず電力会社なんかが言うのは「主要な配管は」というんですよ。私が言うのは「主要でない配管は、あの中には一本もないんだ」「全部重要なんだよ」と。

 というのは、そういうバルブを動かす弁ね。それ一つにしても、継走配管っていって、わずか小指ほどのものがあるんですよ。それが一本切れても、あの中のシステムは動かないんですよ。だから私がいうのは、「全部主要な配管なんだよ」ということです。

 もうこれの一番いい証拠が、五年前の関西電力の美浜原発事故ね。たった二ミリほどの細い配管、蒸気発生器の細管が破断したわけです。これだけでどれだけの事故になりましたか。いわゆるチェルノブイリの一歩手前だったんですよ。まず最初に安全弁が作動して、いわゆる一時冷却水、放射能をいっぱい含んだ水が行くのが止まるはずなんです。止まらなかった。二発目のサイドブレーキの代わりの安全弁も効かなかった。全部の放射能を含んだお湯を止めようとした主蒸気隔離弁いうのがある。これも止まらなかった。たった二ミリの配管が破断しただけで制御が効かないんですよ。制御が効かない。ただくっついているだけであって、いままで日本で事故が起きて、そういうものが止まった試しがない。だから、どの配管が切れても一緒です。

 「ホールインアンカーは大丈夫なのか」って聞いてください。

 長老  それから阪神淡路の大震災で、中電でも行って来たということで、「あれは、こう大げさに報道されていて、実際は、我々が見てきた所は、そうでもないですよ。特に地震が、八・五のマグニチュードがいっても浜岡原発は大丈夫です」と。

 それから国や県が見直しということで、外国の技術者が来たり、日本の技術者が来て、そこらじゅうの原発を見直して歩いて回った訳ね。それでテレビでもいったように、浜岡原発も地震なり、そういったものに対して絶対心配はないということを発表しているでね。それで、どこまで我々は実際にね、信用していいのか。

 平井  今度ね、中部電力とお話するような機会があったら、 「あのサポート留めているホールインアンカーっていうのは、大丈夫なのか」って、これ聞いて見てください。

 すると、「ケミカルアンカーに取り替えた」っていうかもわかんない。「じゃ、何本取り替えたんだ」と。

 こりゃ、とてもじゃないが全部取り替えられるような数字じゃない。昔からあるでしょう、コンクリートに釘を打っても効かなくなるというのが。

 長老 うんうん。

 平井  それとまったく一緒なんです。その当時はその方法しかなかったんです。だからそれを悪いいうんじゃないですよ。その後ケミカルアンカーいうのが出たんですよ。これは一本が六千円も七千円もするから。ホールインアンカーというのは何百円なんです。だからね、大分二の足を踏んだんです。それに取り替えるのをね。でも、お金を惜しんじゃだめ、安全のためにはね。

 長老  この間も、ある人と話をしたわけよ。笑い話でね、

 「仮に、時期的に夜にでも地震がいけば、原発は心配になるけど、原発が潰れて放射能が漏れる時点になれば、我々の一般の民家はぺっしゃんこになって生きている人はないだろうと」というような、我々もそういう気持ちがしますけれどもね。まー、それは冗談話なんですがね。そうなったら大変ですわね。

 配管の破断によるとね、十分そういうことは想定が出来るわけですわね。本当に先生のお話を聞いてね、もう一号機、二号機は即刻止めてもらいたいというような……。

 平井  特に一号機、二号機、マークIいうのはね。

 放射能(放射性物質)は漏れているんじゃない、故意に出しているということ。

 長老  ついでに、もう一つお尋ねしますがね。我々の村は原発の設置をして四号機まで出来ているわけなんです。一号機、二号機、三号機、四号機、まあ併設でね。

 その何ていうか排気塔、俗に煙突といっている。それにね、電力会社なりの説明は、「絶対に放射能(放射性物質)は濾過機があって、漏れないよ」ということを聞かされておるわけですがね。

 平井  今でも、そんなふうに言ってるの?

 長老  えっつ!

 平井  もう三年くらい前から、言っていないでしょ。

 長老  それがね。設計上も、あれ約百mですか、煙突の高さがね。それで今の原発は海抜九mだから、浜岡はね。それでこっちの方は海抜五〇mくらいでしょ。それで大体一番濃い放射能(放射性物質)が漏れているとすれば、一キロ以内は放射能の濃いのが注ぐということも耳にしておりますがね。

 そういった関係で、五〇mのところにおる衆はね。もう一キロじゃなくて、百キロくらいでも放射能を浴びるという感じになるんでしょうかね。そこら辺がね、我々も専門的な事は判らんもんですから。

 「漏れないよ」「そうですか」ということで、今までは聞いておったわけですがね。実際問題専門家として、そんなことはどんなふうでしょうか。この際ちょっと。ぜひ、聞きたいと思いまして。

 平井  三年くらい前までは、電力会社も「放射能(放射性物質)だしてない」って言ってきたんですよ。でもこれはウソはつけなくなったのね。

 四階に行かれたことあります? リアクタービンのある原子炉建屋の四階に?

 長老  えーとッ?

 平井  四階で、原子炉のヘッドを外すところから始まるんですが、定検は。

 長老  そこまでは行っていないんで。

 平井  私、作っていたんですから、放射能(放射性物質)を出すために、その装置を。

 長老  今までね、そういったことは、中電から、「排気塔から放射能(放射性物質)が漏れてます」なんてことは、一言も聞いたことはないんです。

 平井  あのね、漏れているんじゃないんです。能登へよく行くお寺があるんです。そこの小学校五年の女の子が、ある日学校から帰ってきて、「おじちゃん、友達がね、原発は放射能(放射性物質)が漏れているんだって。あれ、漏れているの」っていうから、「あれ、漏れているんじゃないよ。あれ、出しているんだよ」

 会場  アハハハハッツ。

 平井  しばらく考えてからね、「ああ、出してるんと、漏れているんと、おじちゃん、違うよね」って言うから、 「そうだよね」って。

 そういうことです。故意に出しているということです。

 毎日蓄積する放射能で、最初にやられるのが小さい子どもです。

 長老  ただ、定検の時にね。分解したのを見たことはあります。それで「こうこうこういう訳だから、放射能は今ロボットで入れ替える」と、「だから絶対に人体に影響はありませんよ」と聞かされておるわけですがね。

 平井  それなんです。数値ね。その時の数値としては、人体に影響があるんかないんか知りませんよ。でも、出ていることは確かなんです。出ているより、出していることは。

 長老  うんうん。

 平井  でも、私が常に言うのは、それがね、蓄積されるんです。五年、一〇年、二〇年。毎日、人間の体が朝を迎えればゼロになっているんではないんです放射能が。そこへ住んでいる人は、毎日それが蓄積されるわけなんですよね。

 だから私が言うのは、今の大人はいいよと。だけどいわゆる一番最初にやられるのが小さい子供の甲状腺なんです。だから今の小さい子供をとにかく監視しとかなきゃ。ゼロじゃないんですよ。出しているんだから。

 微量というような言葉を使いますが、微量でも自然界にあっちゃないもんだから。これをゼロにするいうことは出来ないんですよね。これがなぜ、日本はそういう言葉で一生懸命逃げようとするんか。

 アメリカのショーラム原発っていうのは、一〇〇キロ離れたところの住民のね、この人たちの健康を害すと、原発というのは。だから運転しちゃならないと。試運転までしてたのに閉鎖しちゃったんですよ。

 私が中心でやっている原発被曝労働者救済センターに、もう二、三年前から、全国各地のいわゆる周辺住民の人たちの健康調査もいっしょにやってくれないかいう声が上がっているんですが、よその国では、周辺に住んでいる人たちの健康影響調査いうのを国でずーっとやっているんですよ。日本はそれを一生懸命隠そうとしているよね、今も。

 そうじゃない。やはり影響があるならあるんで調査をやらないと、大変な問題が起きてしまうんですよね。その時じゃ遅いんですよ。

 「交通信号みたいに、放射能に色がついていたら一目で分かるけど」

 長老  それとね、中電は浜岡の周辺には十幾つか、まー、詳しいことは分かりませんが、モニタリングとかありますが、一般の衆はね、こう外から見ても、何にも分からないんですがね。三か月に一回ですか、住民に「大丈夫ですよ。被曝はありませんよ」ということを中電が言うんで、今までずーっと、これを信用して。

 「いろいろと被害はありませんよ」ということだけど、そういうものを一般の衆はどこで信用するかっていうことを、ちょっと疑問に思って。

 この間も、ある人と話していたんですが、ああいうものが交通信号みたいに、「これは放射能がありゃ、きちっと橙色になる」とか、「青なら大丈夫です」とか、そういうことならばね、一目見ても分かるけど、「ぜんぜん大丈夫です」と。信用するしかないんで。

 平井  浜岡もそうだったんですがね。原発を運転する前にも計っているんですよ。そうすると、運転を始めるでしょう。自然界の放射能が少なくなったという報告があるんです。そんな馬鹿な話はないんですよ。

 いうのはどういうことかというと、今いうようにモニタリングポスト、それからモニタリング・ステーションというのが原発から半径八・圏内にあります。それから電力会社の敷地内にも。

 問題は、私も現場にいるときに研究したんです。「なぜ、これが反応しねえのかなー」って。他の測定器ではボンボン反応するんです。そこにちょうどメーカーが来ていたんです。「おい、この測定器ではこれで上がってんだが、なぜこれでは上がらないんだ」「そんなところから上がってもらったら、とんでもない数字が出てしまうんですよ。だから例えば、一なら一になるのは、通常の測定器よりももっと高くならないと一にいかないんですよ。だからいつまで経ってもゼロなんです」と。

 そういうふうな測定器にしているんです。

 地元の人が「事故が起きたら直ぐに知らせろー」って言うことね。

 住民  巨大地震が来て、最悪のケースの場合には、かなり短時間に異常な放射能が外部に漏れる危険性も持っていると。格納容器、建屋の外へ出てくる可能性があるんですか。場合によってはあると。

 平井  ありますよ。それは場合によってではなく、十分過ぎるくらいありますよ。だから私がいつも言うのは、事故が起きて、直ぐ知らしてもらうということね、原子爆弾じゃないんだから、まだいくらか逃げる余裕があるんですよ、遠くへね。距離を置けーって、私なんかいつも指導していた。だから、事故が起きたら一秒でも、一分でも、一〇分でも早く知らせてもらういうことね。

 悲しいけど日本の電力会社にはその気がないから、事故が起きてやはり一時間、二時間、三時間、四時間も経ってから知らされると。これは、地元の人がやはり、事故が起きた時には直ぐ知らせろーということをね、もう声を大にして言うことですよね。これ以外にないんですよ。

 「不利になるような事は絶対隠いておったんだね」

 長老  まず浜岡原発の一号機のね、トラブルの時に循環ポンプが止まったというね。我々地元でそういうトラブルがあった時に、中電から話があって、いろいろ説明を聞いたわけですがね。

 さっきのお話の中では、二ついっぺんに止まったということなんですがね。その説明の中では「一つ止まったで、もう一つ予備があるで、別に異常はなかった」と、「それをまた修理する」って、そういう話の中で「トラブルがある」っていうことばかり電力会社は言っているもんで、我々地元の衆も、それなりに、「そうか、そうか」っていうような気持ちで、今日に来ているわけですがね。

 この間もボヤの問題がね、新聞に出た訳だけれど。あれも幾日も経ってですか、黙ってごまかしていようと思ったのが、自然とばれて……。

 平井  一九八七年八月二八日、午後七時一〇分。時間まで出ているからね、二台とも止まったって。

 長老  うーん。そのことはね。地元の衆に、中電と佐対協との我々の説明の中では、不利になるような事は絶対隠いておったんだね。

 そんな馬鹿な防災計画がありますか

 住民  浜岡町では毎年「ダイアリー」をくれるんです。各家庭に。その上に「原子力について、いろいろ安全だよ」 ということが書いてあるし、「もし、事故になって放射能が漏れた場合に、こういう方法で逃げなさい」ということで、とにかく、この防災センターに集まるまでが書いてあるんです。だけど一番肝心なことは、何時漏れたかということです。

 この前、中電さんが来たときに、聞いたんですが、「事故は絶対にない」と。「でも、そうなった場合、どうすればいいかということをやっぱり町民に徹底しておいて貰わないと、みんな不安でしょうがないし。四号機までは、みんな心の中ではいやだと思っていたけど、口に出していう勇気が無くて言えなかったんだ」と中電さんに言ったら、 「防災については、県が責任を持っているから、県の方に言ってください」と言うことだったんです。

 私が一番知りたいことは、どの時点で「避難しなさい」 ということを町なり県なりが言うのかどうか。

 阪神の地震の時には放射能がないから、みんなが手伝いに来てくれたと思うんですけど、おそらく原発が壊れたら、手伝ったり助けてくれる人は望めないと思うんですよね。そうした場合に、さっき「みんな家も潰れちゃうから、死んじゃう」と言ったけども、そんなことは考えられないと思うんです。もっと真剣にね、そういう場合、どういうふうに対応したらいいかということを、やはり県が責任を持っているのなら、そちらの方に聞かなきゃいけないなーと思っているんですが、どの時点で被害があるよということを教えてくれるのか、ちょっと教えていただきたいなーと。

 平井  私が思うのはね、仮にチェルノブイリクラスの事故が起きた時、これはもう起きるんですから、必ず、今のまんまでは。もう今日かもわかんない。明日かもわかんない。でも日本の電力会社じゃ、よう発表しない、怖がって。だからそれは無理なのね。 

 今いうように、「県に聞いてくれ」「国に聞いてくれ」 と、防災は。というのは国にしても、それじゃ浜岡町の桜が池のあの辺の人の家がどこにあるのか知りませんよ。そんなもん。ただ机の上で書いているだけでしょ。それをまた県がそっくりそのまんま採用しているんです。それで、各市町村がまったくそれと同じものをやっているんです。だから何にも役に立たない。机の上だけの防災計画っていうのを作っているんです。これは根本が間違いなんです。根本が。

 今言うように、どの時点で避難すればいいかというと、もうこの辺から間違いというのは、日本の場合は、原発事故重点地域というのがあるんです。重点地域。これは原発から半径八キロ圏内で、九キロの人の所へは影響がないといっている。分かる?

 住民  分かります。

 平井  そんな馬鹿なこと、いまだにいっている。いいですか、日本の場合は一ミリシーベルト浴びて、初めて大人も子どももコンクリートの建屋の中へ逃げなさいよ、というようになっているんです。子どもは大人よりも何倍も影響があるんですよ。でも日本の場合、そこになるまで子どももじーっと浴び続けるわけ。そんな馬鹿な防災がありますか。これは変えられるんですよ。変えられるの。

 いわゆる日本で本当に原発の事故が起きた場合に、だれが対応できるのか。今、核戦争を想定した訓練を受けている自衛隊員が六〇人だけなんですよ。それ以外に原発事故に対しての対応が出来る人はいません。

 やはり一番問題なのは、そうはいっても消防は知らんふりできるかいうのね。できないと思うのね。

 私も石川県の羽咋市というとこ、ここで市長さんに呼ばれて、消防署の人に防災の話をしてくれということでお話をしました。全国の消防署の人いうのは東海村へ訓練に行っているんです。訓練した人に話聞いたけど、「何が何だか分からなかった」って。一週間では。「自分たちはどうしたらいいかなー」っていうから、「あんたたちも子どもや奥さんがいるなら、事故が起きたら最初に逃げなさい」 と言うの。知識がないんだから。消防署の人はね、まだそれなりに知識があるんです。

 私が一番怖いのはね。消防団。この人たちは原子力の知識も何にもないんよ。でも、何か大きな事故、災害が起きると一番に行くでしょ。何にも知識がないまんま。これが非常に怖いんですよね。

 だから国が悪い、県が悪いじゃないの、自分たちで新しく防災計画というのを作るわけ。それを国なり、県なりに採用させるんです。お前が悪い、県が悪いいうんじゃなしに、分からないんだから、あの人たちは。だから一緒に勉強しようよとやっていけば、この防災計画もきちんとしたものが一つずつ出来上がるんですよね。放射能が行くのは八キロまでで、八・一キロの所は影響がないというようなことをいわせてたんじゃ、だめ。

 住民  その防災計画のことで、私、県に要望書を出しましたが、その返事が来て、一四〇人だか動員して構内で避難訓練を二年から三年に一回ずつやりますと。それ以上のことはまた地元の方々と相談してやりますということですけど、結果的にはやる気がないっていう雰囲気ですね、返事が。それを持って、去年の一〇月の三〇日に、科学技術庁へ折衝に行った時も、科学技術庁でもやはり防災計画ちゅうのは、改めて具体的なものはないような返事だったです。

 国民が声を出さなきゃ、ダメ。

 平井  うん。だからやっとこさね、国土庁も今までは原発事故は起きないって言っていたけど、こう度々事故が起きだしたので、やっと防災に手を掛けだしたんです。

 でも悲しいかな、これ、まったく素人ばっかしでね。ろくなもん出来やしないと思うけど。

 だから、日本の原発がさっき私がお話したように、チェルノブイリくらいの事故がもうすぐ近く起きますよいうのは、そのために、今事故が起きたら放射能がどっち向いているか、すぐ調べなきゃだめなんですよね。そのためのヘリコプター、これは三年前からスピディーいう機械積んだのを置いているんです。すぐ飛び立つように。

 でも、私がいうのは、わざわざ中央からきて判断してやるから、ちょっと待っとれ。お上が判断してやると、それから逃げるか、逃げないか決めると。こんな馬鹿な話があるかいうんですよ。だから国民が声を出さなきゃダメ。黙ってちゃダメなの。

 原発が安全だっら、ヨウ素剤を置くなー

 住民  それに付随して、ヨウ素剤の配付というようなことを聞いたんですが、科学技術庁の返事ではあまりはっきりしたものはなかったです。それで相良町の役場へ聞いたところ、二八万五千錠確保してあると。恐らくその勘定からすると、浜岡町では五〇万錠くらいは役場の倉庫にあると思うのですけど。それを公表しろと言うのですけれど、区長にも町会議員にもぜんぜんその所在を明かさないんです。

 「なぜ、明かさないか」と言ったら、「県から指示がこないから明かさない」と。「いったん、何かあった時に困るじゃないか」と言ったら、「いや、県の係官が現場へとんできて指導する」と。総務課の係長がいうのだから間違いないです。

 たまたま昨日、NHKテレビで、朝の七時のニュースで言いましたけど、それの飲み方の説明書を外国人にも分かるように各町村へ配付しますと。でも、相良町の役場ではそういう発表すらない。一般の方は役場にあることも知らない。

 平井  それが問題なんですよ。私がいつも言うのは、原発が安全だというんだったら、ヨウ素剤を置くなー言うんですよ。ヨウ素剤を置くいうことは、事故が起きるから置いているんだから。

 日本は置いてあるんだけど隠すんですね。それを渡すとパニックが起きるからって。パニックが起きるわけはないんですよ。これは原発が稼働している自治体なんかはみんなヨウ素剤を置いとります。でも、今いうように、一生懸命隠して置いとるのね。事故が起きた時に、だれがそこまで取りに行くんだという。だからそういうところも見直しをやらなきゃダメなんですよね。

 住民  結局、地域の方が要求する以外に、変えて行く方法はないですね。地元の役場に行って、どうだと言っていけば、返事をせざるを得ないけど、向こうからは知らせちゃくれない、こういうことです。平井  だからまず最初に、この浜岡役場の議会でそれをやるということですね。議会が全部条例を作って公表して、どこに置くか、個人の家庭に置くか、その辺からやっていかないと。

 日本の場合は、中央省庁というのは縄張り意識がひどいでしょう。原発の防災について、国土庁がある程度握っているんですよ。だから科学技術庁はオレは知らねーよと言ってみたり。

 ○住民  知らないって!
 長年、中部電力や国を信じきって原発推進に協力してきた佐対協(さたいきょう=佐倉原発対策協議会)の三人の長老が、ひどい咳で何度も話を中断した平井さんの目の前に座ってじっくりと話を聞いていました。そして、何度も何度も、「だまされていた」と発言していたのが、とても印象深かったです。平井さんはこの八か月後に亡くなりました。

 一九九八年六月四日に行われた浜岡原発五号機の第二次公開ヒアリングで、住民の「東海地震で原発震災が起きないか」の質問に、通産省は「原発震災が発生することはない」と説明しましたが、武谷三男さんのいわれるようにその科学的な根拠はないのです。通産省が許可した五号機は、一九九九年三月から工事が始まっています。二〇〇〇年二月二二日、中部電力は三重県知事の芦浜原発白紙撤回を受け入れましたが、早々に「浜岡原発増設も選択肢の一つ」と表明しました。(編集者)









(私論.私見)