>>01
>正力の真の狙いはアメリカのサポートによる総理大臣就任だろう
01さん、自分もそう思います。戦後すぐに日本も核武装できると思う政治家、民間人、官僚は居なかったでしょうから。 アメリカの動機ははっきりしています。
運転開始日の一覧 (運転開始日順、古いものから並べたもの)で最初から16番目までは次のようになります。
1.日本原子力発電東海発電所(廃炉)1966年7月25日(清水建設、)
2.日本原子力発電敦賀発電所1号機沸騰水型軽水炉(BWR-2)1970年3月14日(大林、1965/05)
3.関西電力美浜発電所1号機加圧水型軽水炉1970年11月28日(大林、1966/04)
4.東京電力福島第一原発1号機BWR-3(廃炉)1971年(昭和46年)3月26日
5.関西電力美浜発電所2号機加圧水型軽水炉1972年7月25日(大林、1967/12)
6.中国電力島根原子力発電所1号機沸騰水型軽水炉1974年3月29日
7.東京電力福島第一原発2号機BWR-4(廃炉)1974年(昭和49年)7月18日
8.関西電力高浜発電所1号機加圧水型軽水炉1974年11月14日
9.九州電力玄海原子力発電所1号機加圧水型軽水炉(PWR)1975年10月15日(大林、1970/05)
10.関西電力高浜発電所2号機加圧水型軽水炉1975年11月14日
11.中部電力浜岡原子力発電所1号機(廃炉)BWR1976年3月17日
12.東京電力福島第一原発3号機BWR-4(廃炉)1976年(昭和51年)3月27日
13.関西電力美浜発電所3号機加圧水型軽水炉1976年12月1日
14.日本原子力研究開発機構常陽Mark-Ⅰ高速増殖炉(廃炉)1977年4月
15.四国電力伊方発電所1号機PWR1977年9月30日
16.動燃事業団ふげん新型転換炉(廃炉)1978年03月20日
茨城県東茨城郡大洗町にある常陽を入れて、東日本にある原子炉は5個です。16個中11個が西日本なのです。しかも、その11のなかの7つが若狭湾です。若狭湾は、西風が年中吹いている日本に於いて、関西や首都圏壊滅には最も向いた立地です。アメリカは、基本的に、日本に原発を導入させ、地震によって原発事故、放射能汚染させることを最初から狙っていたのです。だからこそ、軽水炉よりも耐震性が劣るコールだーホール型を最初に輸入させたのです。
「一方この型の原子炉については従来から国内の一部にその経済性と安全性,特に炉心部が黒鉛ブロックを積み上げたものであるため耐震性の問題について根強い批判があった。」( http://www.aec.go.jp/jicst/NC/about/hakusho/wp1958/sb20205.htm )とありますから、耐震性に問題があることが分かっていながら、アメリカは日本に輸入を許したわけです。場所は茨城県東海村ですから、それなりに首都圏に近い場所です。
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