人工知能開発史考

 更新日/2020(平成31、5.1栄和改元/栄和2).7.11日

 (囲碁吉のショートメッセージ) 
 ここで、「イ・セドルと人工知能ソフト/アルファ碁の対局」を確認しておく。「2016.3.9 【第1戦はAlphaGo勝利】もし、AIが囲碁で人間を打ち負かしたなら」その他参照。

 2016.03.10日 囲碁吉拝


【人工頭脳史その1、「アルファ碁」(AlphaGo)登場前まで】
 1997年、IBM製コンピューター人工知能ソフト「ディープブルー」がチェスの世界王者ガルリ・カスパロフを撃破し、コンピューター人工知能が注目を浴びた。第一戦は1996年にフィラデルフィアで行われ、カスパロフが勝利した。第二戦は1997年にニューヨークで行われ、ディープ・ブルーが勝利し、トーナメント条件下で現役のチェス世界チャンピオンがコンピュータに初めて敗れた。

 2002年、元日本チャンピオンの富永健太氏、当時24歳がLogistelloというパソコンソフトに2戦2敗している。今日既にチェス、チェッカー、バックギャモンに於いて人間のチャンピオンに勝利している。

 2011年、IBM製コンピューター人工知能ソフト「Watson」(ワトソン)が米国の人気クイズ番組「Jeopardy!」(「ジョパディ!」)に挑戦し、クイズ王を下し、その能力を誇示した。

 日本製人工知能コンピューターも負けずとばかり進化し続けている。2012年、将棋の元名人で永世棋聖にして日本将棋連盟会長の米長邦雄とコンピューター将棋ソフト「ボンクラーズ」が対戦し、ボンクラーズが113手で米長永世棋聖を下した。公式対局で男性棋士がコンピューターソフトに敗れる初事例で、その後も将棋のプロ棋士対コンピューター人工知能の闘いが続いている。

 しかしながら囲碁は難攻不落だった。何しろチェス8x8盤、将棋9x9盤に比べて碁盤は19x19盤で、終局までの着手変化数もチェス10の120乗、将棋10の220乗に対し、囲碁は10の360乗(10の800乗)ほどと膨大過ぎる。このことを「先の見えない変化の時代は、囲碁がいい」が次のように解説している。
 「各ゲームの初手から終了まで、一体、何通りのパターンがあるのでしょうか。一般にオセロは10の60乗通り、チェスは10の120乗、将棋は10の220乗通りだそうです。囲碁の場合は、最初に打っても良い場所は、19x19あるので361通り。次に打てるところは、最初に打った場所を除くので、360通り。これを繰り返して行くと361! (階乗)もあることなります。 階乗とは、361x 360 x 359 x 358 x 357x 略X2X1なので、これを前述と同じ10の「べき数」で表すと 何と10の360乗となるのです。ちなみにどう証明したのかは存じませんが、宇宙に存在する原子の数は10の80乗個。これで19x19の碁盤に無限の世界が存在することがお分かり頂けたいと思います」。

 松井琢磨氏の「爛柯の宴」では次のように解説されている。
 「囲碁の奥深さを示す興味深い数字が2016年に発表された。碁盤の上にランダムに石を置いた時の局面の総数は、なんと170桁にも上るというのである。この数は、将棋の69桁やチェスの50桁を遥かに上回る。まさに『桁違い』の大きさである。この170桁がどれほど大きいのか、ピンと来ない人が多いと思うが、観測可能な宇宙の原子の総数が80桁と聞くと、それがどれほど凄い数字なのか改めて驚かされるだろう。碁盤の中には、宇宙空間のような無限の世界が広がっているとよく言われるが、もしかしたら碁盤の中に潜んでいるのは、宇宙をも超えるスケールの世界なのかもしれないのだ」。

 「アルファ碁」を開発したディープマインドの共同創設者で最高経営責任者(CEO)のデミス・ハサビス氏が「宇宙の原子の数よりも囲碁の打ち手の数の方が多い(その変化が宇宙にある原子の数以上)」と評すほど人工知能にとって難敵である。囲碁の手数の組み合わせ数は将棋よりも100桁(10の100乗)も多いとも云われている。

 別の論じ方として、チェスの平均的な手数はおよそ35通り(平均して24手)、囲碁のそれは250通り(200手近く)とされている。それぞれの手のあとには更に同様の選択肢がある。そういう訳で、余りに手数が多過ぎる為、幾らスーパーコンピューターでも最適な手を探すのが難しい、人工知能が囲碁に立ち向かえるのは無理とされていた。これ故に囲碁が難攻不落の最後の砦と考えられてきた。

 ところが、何事も課題があれば挑むのが通例で人工知能の進化が凄まじかった。「勝利は永遠の先」と云われていたのが「勝利は当分先」となり、「少なくともあと10年はかかる」と云われるところまで進歩した。当初の人工知能はコンピューターの計算性能の向上を生かした「力業」で可能な限りの着手を探し出し、それぞれの先を読む方法を開拓してきた。ある局面から終局までの手を多数計算し勝率が高い手を選ぶと云う方法だった。しかしこの手法では、囲碁の場合には終局までの手順が多過ぎて計算が追いつかない。囲碁は攻めと守りが切り分けにくく良い手と悪い手の評価がはっきりしない。そこで囲碁というゲームの特性に合わせた手法として「モンテカルロ木探索」が導入された。この手法は、ランダムな手を打ってその中から最善の手を選ぶという、おおざっぱな先読みをする。これを編み出したことで囲碁ソフトが飛躍した。 

【人工頭脳史その2、「アルファ碁」(AlphaGo)登場以降】
 そこへ「アルファ碁」(AlphaGo)が登場し歴史を塗り替えつつある。「アルファ碁」とは、英国の人工知能開発ベンチャーのスタートアップ「ディープマインド」(DeepMind)が開発したコンピュータ人工知能囲碁プログラムソフトを云う。コンピューターの頭脳にあたるCPUを1202個、GPUを176枚搭載し、1秒間に10万の検索も行える高性能囲碁ソフトとなっている。発明者はデビッド・シルバー(「創設者デミス・ハサビスと彼のチーム」ともある)。

 ディープマインド社(英国ロンドン)は2010年に設立され、「知性を解明すること、それにより世界をよりよくすること」というミッションが掲げられている。設立時には、ピーター・ティールやイーロン・マスク、Skype共同創業者ジャン・タリン、ホライゾン・ヴェンチャーズの李嘉誠(リ・カシン)らがDeepMindに投資をしている。


 DeepMindは、AI研究3名により創業された。トップはCEOのデミス・ハサビス。1976年ロンドンに生まれたハサビスは、4歳のときからチェスに没頭し、始めて2週間も経たないうちに大人を負かすようになったという。6歳でロンドンのU-8大会のチャンピオンになり、9歳で英国のU-11チームのキャプテンを務めている。13歳のときに、同年代で世界第2位のチェスプレーヤーになった。14歳でGCSE(英国の一般中等教育修了証)を獲得、15歳で数学のAレヴェル、16歳で高等数学・物理学・化学の単位を取得。15歳のときにケンブリッジ大学コンピューターサイエンス学部の試験に合格する(入学は16歳になってからという条件を出された)。ケンブリッジをダブル・ファースト(卒業試験での2科目優等生)で卒業すると、ライオンヘッド・スタジオというゲーム会社に就職。1年後には自身のスタジオ、エリクサーを立ち上げている。その後、認知神経科学の博士号を取るためにロンドン大学ユニヴァーシティカレッジで記憶と想像の研究を行う。彼の論文は2007年、Science誌が選ぶ10大ブレークスルーに選ばれている。ハサビスは同大学のギャツビー計算神経科学ユニットで計算神経科学を学びながら、MITとハーヴァードで客員研究員としても働いていた。

 次がAI応用部門ヘッドを務めるムスタファ・スレイマン。彼は、オックスフォードで哲学と神学を専攻したが、2年生のときにドロップアウトし、ビジネスや政治の世界で働き始めることになる。ハサビスの弟とは親友だった。グーグルによる買収を経た現在では、DeepMindのAI技術をグーグルの製品に統合する仕事を担っている。

 最後に、シェーン・レグ。現在チーフサイエンティストを務めている。彼はニュージーランドの大学で複雑系の理論を学んだあと、スイスのIDSIA(Dalle Molle Institute for Artificial Intelligence)に入り、機械知能の計測方法に関する研究で博士号を取得する。その後、神経科学を学ぶためにユニバーシティカレッジのギャツビー計算神経科学ユニットに移り、ハサビスと出会った。

 彼らはディープ・ニューラルネットワークと強化学習アルゴリズムの2つの研究領域を統合することで、そのミッションに挑んでいる。この研究が次第に「アルファ碁」の開発に向かうことになった。

 2014年1月、創業から約3年後、グーグル(米国カリフォルニア州マウンテンビュー)が4億ドルで買収した(ちなみにこの金額は、グーグルにとってヨーロッパ地域での過去最大の投資だった)。現在、200人余の研究員が人工知能を研究している。この分野で最大の規模である。

 2015年2月、DeepMindは「DQN」(Deep Q-Network)と呼ばれる彼らのAIが、Atari2600用の49本のTVゲームをほとんど何も教えることなくプレイすることができたという内容の論文を科学誌Natureに提出。ブロック崩しを行うDQNの動画が話題となった。はじめは素人のような動きだったDQNは、数時間のうちにゲームのコツを学んでいき、ついには人間が思いつかなかったような裏技まで使いこなしていた。

 「アルファ碁」は、従来ソフトの全ての手を検討する「モンテカルロ木探索」を踏まえ且つ、画像認識や音声認識等で応用されているDeep Learning(深層学習)という自己学習システム「ディープ・リインフォースメント・ラーニング」を活用して、過去の棋譜などをもとにした膨大なデータからパターンを認識して自ら学習していく新たな技術を確立したところに意義がある。これは人間が持つ直観力に倣った手法であり、データを処理する2つの「多層構造のニューラルネットワーク」で、無数の指し手の中から人間の棋士であれば直感的に無意味だと分かる指し手を排除し、可能性のある指し手を選択した後、指し手の位置を計算する「ポリシー(方策)ネットワーク」で探索の範囲を狭め、勝率を計算する「バリュー(価値)ネットワーク」で探索の深さを狭めている。

 且つ棋譜や自らの対戦経験から自己学習を繰り返し向上していくアルゴリズムを採用している。コンピューターにトップ棋士の16万局の棋譜から約3000万局面を記憶させ、指し手を生み出させている。さらに囲碁ソフト同士を戦わせて「新らしい指し手」を加え自己変革していく。ここに「アルファ碁」の特徴がある。この強化学習に成功したことにより、「ディープランニングとさまざまな先端技法が精巧に結合し、人工知能が飛躍的に発達した。もう十分に碁盤の上のすべての場合の数を効率的に計算できるほどになった」と自負している。

 要するに、将棋でも取り入れられている機械学習をさらに高度化した上で棋譜を読み込み、さらに自己対局によって腕を上げる。通常は膨大な計算時間が必要になるが、処理速度が速いグーグルの巨大なコンピューターインフラを活用して促成している。その結果、他のソフトとの勝率は99・8%に達している。このテクノロジーの画期性の詳しくは、「アルファ碁」を開発した英グーグル・ディープマインド社CEOのデミス・ハサビスらにインタヴューした特集記事「WIREDVOL.20」、関連記事「囲碁の謎を解いたグーグルの超知能は人工知能の進化を10年早めた」(2016.1.31)を参照すれば良い。

 2015.10月、「アルファ碁」は史上初めて囲碁のプロ棋士を破り再び世界を驚かせた。対戦したのは中国出身の欧州囲碁チャンピオン大会に3度優勝している棋士/ファン・フイ(樊麾、Fan Hui、フランス在住)氏である。結果は5-0で「アルファ碁」の完勝した。「正式なフルサイズ碁盤の囲碁で、ハンディなしでAIがプロ棋士に勝ったのは世界初」。この対局は2016.1.27日、英科学誌「ネイチャー」に発表され、人工知能が初めてプロ棋士に勝利したことで注目された。(「Googleの囲碁AI『AlphaGo』がプロ棋士に勝利、史上初の快挙。自己対局を機械学習して上達」) この時の戦いにつき、プロ棋士/大橋拓文六段が次のようにコメントしている。

 「聞いたとき、まずショックを受けて、棋譜を見てあぜんとした」。
 「(アルファ碁は)1日100万局分学習すると。(人間の)2000年くらいの進化を(人工知能は)この1、2年でやっている」。

 人工知能にとって、ファン・フイ氏との対局が初の対プロ勝利であったが、ファン・フイ氏は欧州囲碁チャンピオンとはいえ中国のプロ2段で世界ランク633位、「腕試し」にしかならなかった。そこで、「アルファ碁」は、ファン・フイ氏との対局後、より強い相手を求めてイギリス囲碁協会を通じ国際囲碁連盟へアジア最強の棋士との対戦を打診した。白羽の矢が当ったのが世界トップクラスの韓国人プロ棋士にして過去10年間のうちの大半を世界ランキングのトップに立っており、恐らく世界最強と目される現役棋士の李セドル9段である。2015.12月末、李セドル9段との対局が決まった。「アルファ碁」は、いきなり世界トップに挑戦することになった。こうして、共に世界最強と言われる人間頭脳と人工知能の頂上決戦が行われることになった。

 人間と機械のどちらが優位かをめぐる戦いは過去約10年にわたる人口知能(AI)領域での成果を測る大きな試金石になっている。グーグル社によると、「アルファ碁」はファン・フイ氏との対戦時よりも強くなっていると云う。事前予想は互角である。もし「アルファ碁」が勝てば、人類はいよいよ、良くも悪くも自身の手に負えない「怪物」を生み出したことになる。

 2016.3.11日、デミス・ハサビスCEOが韓国・大田で講演し、アルファ碁の実力向上をこう振り返っている。
 「インターネットから10万の棋譜を入力し、自己対局を3千万回やって学習した」。
 「(1997年にチェスの世界王者を破ったIBMのコンピューター「ディープブルー」との違いも語った)ディープブルーは膨大な情報を処理したが、アルファ碁は選択した少数の情報だけを処理している。人間並に直感で状況判断するようにした」。

 「囲碁の謎」を解いたグーグルの超知能は、人工知能の進化を10年早めた」を転載しておく。
 囲碁において、機械が最強の人間を打ち負かすにはあと10年は必要だろう──。そんな専門家たちの予想を、グーグルが4億ドルで買収したブレイン集団「DeepMind」は見事に裏切った。彼らはいかにして最強のコンピューターをつくり上げたのか。この快挙は、どんなAIの未来を指し示しているのか。

 人工知能(AI)の世界で大事件が起こった。イギリスに拠点を置くグーグルの研究者たちが開発したコンピュータープログラムが、囲碁の試合で一流棋士を打ち負かしたのだ。

 東洋に古代から伝わる戦略と直感の勝負は、10年間にわたりAIのエキスパートたちを虜にしてきた。囲碁を除けば、人類の知性の評価基準となるほとんどのゲームで、コンピューターは人間のトッププレーヤーを倒してきた。チェス、スクラブル、オセロに加え、有名クイズ番組の「ジェパディ!」ですら機械は人間に勝利した。だが2,500年の歴史をもち、チェスよりはるかに複雑とされる囲碁では、超一流の棋士たちは最も鋭敏なソフトウェアに対しても優位を保ってきたのだ。昨年までは、多くの人がコンピューターが達人棋士に勝つにはあと10年は必要だろうと考えていた。

 しかし、グーグルはそれをやり遂げた。「思っていたより早くできたね」。かつて世界最強の囲碁プログラムを手がけたフランスの研究者レミ・クーロンは、こうした感想をもらしている。

 グーグルは2014年、「AIのアポロ計画」を自称するスタートアップ「DeepMind」(ディープマインド)を買収。15年10月、同社のロンドンオフィスで人間対コンピューターの試合が行われた。そこでは「AlphaGo」と呼ばれる囲碁ソフトが現欧州チャンピオンである樊麾(ファン・フイ)との対局に臨み、英国囲碁協会からの立会人と学術誌『Nature』のシニアエディターであるタンギ・シュアール博士が見守るなか、5局すべてでチャンピオンを倒したのだ。シュアールは年明け1月26日に行われた記者団とのカンファレンスコールで、「研究者としても編集者としても、わたしのキャリアで最も興奮した瞬間のひとつだった」と話している。

 1月27日に『Nature』に掲載されたAplhaGoのシステムを説明する論文で、AI技術のなかで近年、特に重要性が増してきているディープラーニング(深層学習)と呼ばれる手法が、非常に優れたかたちで利用されていることが明らかになった。ディープマインドの研究者たちは約3,000万に上るトップ棋士のさまざまな打ち手を集め、プログラムが自分で囲碁を打てるように訓練した。ただ、これはまだ第一段階にすぎなかった。理論的には、こうした手法ではプロの棋士たちと同じくらい強いソフトウェアしか生み出すことしかできない。研究者たちが取った次のステップは、ソフトウェア同士を戦わせて打ち手を収集し、これを使って名人を倒すことのできる新しいAIを養成することだった。

 ディープマインドの共同創業者で最高経営責任者(CEO)のデミス・ハサビスは、「いちばん重要なのは、AplhaGoは人間のプログラミングによって設計された、単なるエキスパートシステムではないという点です」と話す。「代わりに一般的な機械学習のテクニックを使って、どうやって囲碁の試合に勝つか学んでいくんです」。

 今回の勝利は、ただの見世物ではない。グーグルやフェイスブック、マイクロソフトは、画像解析、話し言葉の聞き分け、自然言語の理解といった分野ですでにディープラーニングを利用している。ディープラーニングと強化学習と呼ばれるテクノロジー、その他の手法とを融合させたディープマインドの技術は、現実世界でロボットが肉体作業を学んだり周囲の環境に対応したりできるようになる未来への道を指し示している。「ロボティクスにうまく調和するんですよ」とハサビスは言う。

 ハサビスは、こうした手法が科学研究を加速させることもできると考えている。科学者たちが、実を結びそうな研究分野に狙いを定めることのできるAIシステムと協力する未来だ。「AIは人間よりはるかに大量のデータを処理し、物事をより効率的なやり方で構造的に洞察することができます。これは人間の専門家にはできないかもしれません」。彼は続ける。「AIが、研究を前に進めるための画期的な方向性を指し示す可能性だってありえます」。

 ディープマインドCEO、デミス・ハサビス。昨年11月、ハサビスは「かなり大きな驚き」を数カ月以内に発表すると語っていた。ただ、いまのところ彼の最大の関心事は囲碁である。今回、秘密裏に達人を倒したハサビスとディープマインドのチームは、次は公の場で世界最高峰の棋士のひとりに挑戦することになる。AlphaGoは3月半ば、韓国でイ・セドルと対局するのだ。イは、過去10年において世界で最も多くのタイトルを保持している棋士であり、彼より多くのタイトルをもっていた棋士はこれまでにひとりしかいない。ハサビスはイを「囲碁界のロジャー・フェデラー」とみなしている。

 人を魅了する美的なルール

 2014年初めに日本で行われたトーナメントで、クーロンがつくった囲碁プログラム「Crazystone」が棋士の依田紀基に挑み、勝った。ただこの勝利には裏がある。コンピューターは依田に対して4子置いていた。囲碁では大きなハンデだ。クーロンはこのとき、「機械がハンデなしで最強の人間を打ち負かすにはあと10年は必要だろう」と話していた。

 囲碁においては、最も強力なスーパーコンピューターですら、可能性のあるすべての手の結果を一定の時間内で分析するのに十分な処理能力をもたない。1997年にIBMが開発した「Deep Blue」がチェスチャンピオンのガルリ・カスパロフを倒したとき、コンピューターはいわば力づくで勝利をもぎとった。つまり、Deep Blueはすべての可能な手について総当りで計算し、どんな人間よりも先を読んだにすぎない。

 こういったやり方は囲碁では不可能だ。チェスでは、どの局面でも平均で35通りの打ち方がある。これに対し、縦横19本の線が引かれた盤の上に石を並べて争う囲碁では、打ち方は250通りだ。そしてその250の打ち方それぞれについて次の250があり、これが続いていく。ハサビスが指摘するように、囲碁では宇宙に存在する原子よりたくさんの手数があるのだ。

 モンテカルロ法と呼ばれる計算技術を用いれば、Crazystoneのようなシステムはかなり先まで盤面を読むことができる。ほかの手法も併用して、検討すべき手の総数を減らすことは可能だ。最終的にはある程度強い棋士を倒すこともできるだろう。だが、超一流棋士となると話は別である。最強の棋士が打つ手は、むしろ直感的なものなのだ。棋士たちは、それぞれの手がどのような展開につながるか考えるのではなく、碁盤全体を見て次の一手を決めるようにと教えてくれる。「いい盤面は実際に優れて見えるんです」。自身も囲碁を打つハサビスはそう話す。「ある種の美的なルールに沿っているように思えます。だからこそ、何千年も人間を魅了してきたんでしょうね」。

 2014年末ごろから、エディンバラ大学やフェイスブックの研究者、ディープマインドのチームなど一部のAI専門家たちが、ディープラーニングを囲碁のプログラムに適用し始めた。この手法を使えば、囲碁が必要とする一流棋士の直感を模倣できるというわけだ。「棋士たちは、無意識的にパターンの照合を行っています」とハサビスは説明する。「ディープラーニングはそれをとてもうまくやるのです」

 ニューラルネットワーク VS ニューラルネットワーク

 ディープラー二ングは、ニューラルネットワークと呼ばれるハードウェアとソフトウェアのネットワークに依拠している。このネットワークは人間の脳の神経回路に近いもので、総当たり方式や人口的なプログラミングによって動いているのではない。ニューラルネットワークは特定のタスクを「学習」するために大量のデータを分析する。ウォンバットの写真をたくさん見せれば、ウォンバットを識別することを学ぶ。話し言葉をたくさん聞かせてやれば、人が言っていることがわかるようになる。囲碁の手をたくさんインプットすれば、どうやって碁を打つかを学習できる。

 ディープマインドやフェイスブック、エディンバラ大学の研究者たちは、ニューラルネットワークが盤面を「読む」ことで囲碁を習得できるだろうと考えた。人間が碁を打つのにそっくりだ。フェイスブックが最近発表した論文によれば、この手法は非常によく機能していた。フェイスブックはディープラーニングとモンテカルロ法を組み合わせることで、何人かの棋士に勝った。ただ、Crazystoneやその他の囲碁プログラムを打ち負かすことはできなかった。

 ディープマインドはこのアイデアをさらに推し進めた。3,000万種類の棋士の手を学ばせたあとで、彼らのAIは57パーセントの確率で人間の次の手を予測することができた。その前の記録が44パーセントだったことを考えれば、素晴らしい数字だ。ハサビスと彼のチームはそれから、このニューラルネットワークをわずかに異なる亜種のネットワークと対戦させた。自己研鑽と呼ばれるステップだ。原則的には、システムはどの手が最大の報酬をもたらすか、つまり囲碁の場合は最大の陣地を獲得できるかを追跡する。回数を重ねるにつれ、AIはどの手が機能し、どれはうまくいかないかを理解することに長けていくようになる。

 「AlphaGoは自分と同じニューラルネットワークと何百万回もの試合をすることで、自らが使う戦略を発見することを学びました。そしてだんだんと上達しています」。ディープマインドの研究者デビッド・シルヴァーはこう話す。

 シルヴァーによれば、AlphaGoはこのプロセスでCrazystoneを含むほかの囲碁プログラムを倒した。研究者たちは次に、この結果を第2のニューラルネットワークに組み込んだ。ネットワーク2号は1号が導き出した手を取り入れ、それぞれの手の結果を予想するのに多くの同じ技術を使った。これはDeep Blueのような古いシステムがチェスをする際に起こることと似ている。異なるのは、新しいシステムはプロセスが進行してより多くのデータを分析する過程で学習していくという点だ。総当たりであらゆる可能性を検討していくのとは違う。AlphaGoはこのようにして、既存の囲碁プログラムだけでなくプロの棋士をも倒すまでに成長していった。

 AlphaGoのロゴは、ディープマインドのロゴの周りに碁石が置かれたデザインだ。

 実現する夢のシステム

 多くの最新ニューラルネットワークと同様に、ディープマインドのシステムもGPU(画像処理装置)を搭載したマシン上で動作する。これらのチップはもともと、ゲームや画像処理ソフトでの画像のレンダリング用に設計されたものだが、ディープラーニングにも適していることが明らかになっている。ハサビスによると、ディープマインドのシステムは適切な数のGPUチップを備えた1台のコンピューター上で十分に動かすことができるが、ファン・フイとの対局の際には、約170枚のグラフィックカードと1,200の標準的なCPUからなるコンピューターネットワークが使われた。このネットワークがシステムを訓練し、その結果を利用して試合に臨んだのだ。

 マシンは常に改良されているが、ハサビスのチームは韓国で行われるイ・セドルとの勝負でも同じセットアップを使う予定だ。つまり、インターネットに接続する必要がある。ハサビスは「独自に回線を設置するつもりです」と話している。

 クーロンによれば、世界チャンピオンとの対決はファン・フイに勝つより難しい挑戦となるだろう。ただ彼は、ディープマインドの勝利を信じているという。クーロンは、過去10年を世界最強の棋士を倒すためのシステムの開発に捧げてきた。そしていま、そのシステムをつくることは可能だと考えている。「GPUを買うので忙しいよ」とクーロン言う。

 もし宇宙が巨大な囲碁だとしたら

 AlphaGoの重要性はとてつもないものだ。同じ技術はロボティクスや科学研究だけでなく、Siriのようなモバイルデジタルアシスタントから金融投資まで、さまざまな用途に応用が可能である。「対立に関すること、つまり戦略が重要になるようなゲームとして思いつくものには何にでも適用することができる」。ディープラーニング研究を行うスタートアップ「Skymind」創業者のクリス・ニコルソンは指摘する。「これには戦争やビジネス、金融取引も含まれるんだ」

 こうした事態を憂慮する声もある。ディープマインドのシステムが複数のやり方で自身に囲碁の打ち方を教えているということを考えれば、余計にそうかもしれない。AIは人間が与えたデータから学習しているだけでなく、自分で囲碁を打つことからも学んでいる。つまり、自分自身でデータをつくり出しているのだ。テスラモーターズの創業者イーロン・マスクなどは最近、AIが人智を凌駕し、人間のコントロールから抜け出してしまう可能性への懸念を表明している。

 ただディープマインドのシステムは、ハサビスと同社の研究者たちによって十分に制御されている。彼らが極めて複雑なゲームを攻略するためにAIを使ったとしても、あくまでもそれは単なるゲームにすぎない。実際には、AlphaGoは本物の人間の知能にははるかに及ばない。人間を超える「スーパーインテリジェンス」からは程遠いのだ。

 ワシントン大学のテックポリシーラボの創設者でロボティクス政策を研究するライアン・カロ教授は、「(現在のAIをめぐる状況は)高度に構造化された複雑なものになっています」と説明する。「ヒューマンレヴェルでは理解できないのです」。だが、AIの進化が向かう方向はわかっている。ディープマインドのAIが囲碁を理解するなら、おそらくもっと多くを理解することも可能だろう。

 「もし宇宙が」とカロは問いかける。「巨大な囲碁のゲームだとしたらどうでしょうか?」


【「Google DeepMind Challenge Match対局前の李セドル9段の心境】
 李セドル9段の対局直前の心境を確認しておく。

 1916.2.22日、李セドル9段がソウルの韓国棋院で記者会見を行い、来月行われる人工知能のコンピューターソフト「アルファ碁」との対局(全5戦)への意気込みを次のように語っている。以下は李9段との一問一答。(「[インタビュー]人工知能との囲碁対局に自信 李世ドル九段」参照)
 (抱負について)
 「勝敗はともかく、人工知能のスタート地点ではないかと思う。私が対局相手に選ばれ非常に光栄だ」。
 (勝負について)
 「(5戦中)1敗するかしないかぐらいになるだろう」。
 (対局前準備について)
 「特別な準備をするのは難しい。コンディションを上げている最中だ。今回は人との対局ではないのでむしろ難しいと思う。毎日1~2時間程度、コンピューターで対局している」。
 (勝敗の見通しと自信について)
 「昨年10月のアルファ碁とファン・フイ氏の対局をみたが、(私と)力について論じるほどではなかった。その後、4~5カ月間に多くのアップデートが行われただろうが、その期間に勝敗を分けるほどの向上は難しいだろう。しかし、1~2年後には人工知能が発達し勝負が予測できなくなるのではないだろうか」。
 (プレッシャーについて)
 「正直、あまり悩まなかった。アルファ碁自体が非常に興味深く、対局を決心するのに多くの時間を必要としなかった。5分ぐらい悩んだ。(グーグル側に)私を説得する機会を与えなかった」。
 (コンディションについて)
 「そうだ。今回は自信があるのでそのような部分まで神経を使っていない。今後、さらに発展した人工知能と対局することになれば、気を使って準備しなければならないだろう」。

 3.8日、対局を翌日に控えた李セドル9段は、ソウル(Seoul)で、デミス・ハサビスCEOのアルファ碁の技術と原理を説明する発表を聞いた後、記者会見で次のように述べた。
 「前の記者会見ではアルゴリズムを全く理解できなかったが、今はわずかながら理解できる。アルファ碁は進化を続けているようだ」
 「アルファ碁と比べた私の強みは直観力と人間本然の感覚。アルファ碁がある程度まねるだろうという気はしたが、100パーセント具現することはないだろう。そうした点は人間のほうが有利ではないか」。
 「(対局があすに迫り)依然として自信はある。5戦全勝にはならないかもしれない。少し緊張する必要がありそうだ」。

 李セドル9段の記者会見の弁を聞いたハサビス氏は次のようにコメントした。アルファ碁ならではの強みとして、「疲れないこと、絶対におじけづかないこと」。アルファ碁の弱点について、「今回の対局でこれまで知り得なかった弱点を把握するのではないか。李9段のような天才的な棋士の技量を超える方法を把握したい」。

 2016.2.25日、中央日報/中央日報日本語版] 「<囲碁>「アルファ碁、李世ドルに完勝する…グーグルの人工知能誇示」(1)」、 「<囲碁>「アルファ碁、李世ドルに完勝する…グーグルの人工知能誇示」(2)」。
 プロ棋士の李世ドル(イ・セドル)九段とグーグル・ディープマインドの人工知能アルファ碁(Alpha Go)の対決が近づいている。今回の対決については、まだ李世ドル(イ・セドル)九段が優勢だという見方が多い。ここには、現在はまだ機械が人間に勝っては「いけない」という切実な思いが入り込んでいるのも事実だ。 しかしアルファ碁の優勢を予想する声もある。囲碁の「コミ」に関する統計的な分析で有名なキム・ジンホ・ソウル科学総合大学院ビッグデータMBA教授はアルファ碁の完勝を予想した。キム教授にその理由と囲碁の未来について尋ねた。

  --今回の対決に大きな関心が注がれている。

  「今回の対決はグーグルが開発した人工知能の能力を全世界に誇示するための戦略的なショーケースだ。特に囲碁は難攻不落と考えられてきたためターゲットにしたのだ。すでにグーグルは賞金100万ドル(約11億ウォン)に比べてはるかに大きな広告効果を得ている」

  --どちらが勝つと思うか。

  「アルファ碁が完勝すると見ている。李世ドル九段は1勝するのも容易でないだろう。もし李九段が2勝すれば、私は機械に対する人間の勝利だと評価したい」


  --衝撃的な予測だ。

  「いつかは囲碁でも人工知能が人間を越えるということに誰もが同意する。その時期について異見があるだけだ。私はその時期がはるかに早く来ると見ている。それが今回の対決になると思う」

  --その根拠は。

  「8x8のチェス盤に比べて碁盤は19x19とはるかに複雑だ。場合の数もチェスは10の120乗ほどだが、囲碁は10の800乗ほどだ。いくらスーパーコンピューターでも囲碁は場合の数があまりにも多く、最適な手を探すのが難しかった。しかしディープランニング(Deep Learning)とさまざまな先端技法が精巧に結合し、人工知能が飛躍的に発達した。もう十分に碁盤の上のすべての場合の数を効率的に計算できるほどになった」
 --それ以外の根拠は。

  「私たちが見逃している部分がある。昨年10月、欧州囲碁チャンピオンの樊麾(Fan Hui)二段との対局のためにアルファ碁に入力されたのはプロ棋士の棋譜ではなかった。グーグル・ディープマインドは欧州アマチュアトップレベルの16万回の対局から約3000万件の碁盤状況を抽出した。その後、アルファ碁が棋譜を模倣した後、強化学習を通じて自ら最善の手を探すようにした。そしてアルファ碁は樊麾二段に圧勝した」

  --プロ棋士の棋譜を入力すれば棋力がさらに高まるということか。

  「そうだ。昨年10月以降、アルファ碁は最高レベルのプロ棋士の棋譜を基礎に学習をしているはずだ。今も休まず、眠ることもなく対局しながら学習している」

  --しかし対決まで多くの時間は残っていない。


  「1月にグーグル・ディープマインド側はアルファ碁が100万回の対局を4週間で消化したと明らかにした。アルファ碁は一日に3万局の対局が可能だ。李世ドル九段と対局する3月にはアルファ碁はすでに準備をすべて終えていると思う」

  --李世ドル九段は緊張しなければいけないようだ。

  「現在、李世ドル九段は昨年10月の棋譜に基づいてアルファ碁の実力を低く評価している。しかし李世ドル九段が相手をするアルファ碁はその時とは全く違う、はるかにアップグレードされたバージョンだ。過去のアルファ碁と考えて油断して臨めば心理的に大きく動揺するかもしれない」

  --アルファ碁が勝てば囲碁ファンの失望が大きい。

  「とはいっても囲碁そのものの価値は変わらないだろう。アルファ碁は囲碁の深みや味を知って碁を打つのではない。アルファ碁は単に莫大な量のデータを基礎に良い方法を計算するだけだ。囲碁の深みは人間だけが感じることができる」
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【ディープマインドのハサビスCEOの対局前コメント】
 2016.3.8日、中央日報/中央日報日本語版<囲碁>アルファ碁、勝負に関係なくグーグルが最大の勝利者」。
  7日午前に仁川(インチョン)国際空港に到着したグーグル・ディープマインドのデミス・ハサビス最高経営責任者(CEO)は記者らに対し次のように語った。
 「囲碁は3千年の歴史があり、歴史上いま一番囲碁人口が多い。私自身も囲碁を愛好しています(初段の実力)。囲碁は歴史がありながら、チェスとは違って未だに攻略されていない。人間が作り出した最高のゲーム。直感に依存している部分が多いのが、その理由だと思います。昨年10月に、ファン・フイ(樊麾)2段に勝ったのは、世間の予想より10年早かった。そこから更にアップグレードさせていたので、今回は自信があります。我々のディープラーニングの発展に限界は見えません。直観や柔軟性に関しても模倣が可能になったのです」。「(対局相手に李セドル9段を選んだことについて)我々のプログラムはまだ完全な段階ではありません。プログラムの弱点や短所を見つける為に最高の棋士と実際に対局する機会を持つことが必要でした。李9段は10年以上世界の囲碁界の頂点に君臨し続けた立派な棋士。我々は李セドル9段こそプログラムの発展において最も適合する棋士だと判断しました」。
 「チーム員は1週間前に入国し準備作業を続けてきた」。「アルファ碁はすべての準備を終えた」。「アルファ碁が劣勢になることはないだろう」。「李世ドル(イ・セドル)九段の自信を持った姿がいい。しかし同じくらい我々も勝利を確信している」。

  李9段は次のようにコメントした。
 「コンピューターのことは分からないが、美しい碁、内容の良い面白い碁を打ちたい。(5-0又は4-1の自信の根拠として)アルファー碁の棋譜を見て、確かに驚くべき強さだが、まだ人間が上と思います。もし今回の対局に負けても、コンピューターは囲碁の美しさとか面白さを感じながら打っている訳ではないので、人間の打った碁の価値は絶対に落ちません。でも、今回は負けられない」。
 「(対局の経緯について聞かれ)いつかは来ることだと認識していたが、それは10年以上先の話だと思っていました。そのため非常に驚かされました。イエスの答えを出すまでに私はおそらく3分もかからなかったでせう。何故なら私はこのコンピューターの実力について非常に高い関心を持っていましたし、人工知能と人間がぶつかり合う歴史的瞬間に自分を選択してくれたと云うことが非常に光栄でした」。

 この日、仁川国際空港の入国フロアには約20人の国内外の記者が集まり、「世紀の対決」への関心を表した。アルファベット(グーグル持ち株会社)のシュミット会長も今回の対局を観戦するため、9日に行われる「人間vs人工知能(AI)」の対決の前日8日に入国する。グーグルは大会の賞金に100万ドルを準備した。今回の対局に世界の耳目が集中し既にそれ以上のマーケティング効果を得ている。今回の「ビッグイベント」を生中継するところもユーチューブ。2006年にグーグルが買収した動画プラットホームである。「グーグルが開く祭りをグーグルのプラットホームを通じて全世界に伝える」仕掛けになっている。今後5回の対局の報道予想量まで勘案すると広報効果は金額で表せないほどである。今回の対局はどちらが勝つかに関係なくグーグルが勝者だ。アルファ碁が李九段に勝てばグーグルは人類科学技術史に新しい里程標を立てる。負けても人間の頭脳に挑戦したAIの代名詞企業という名声を固める。グーグルは今回の対局の最も大きな受恵者と見られている。

   一回だけのイベントではなく、AIが招く未来の青写真を描くという点でも意味が大きい。モク・ジンソク9段は「囲碁を媒介にAIが人間の頭脳に代わるほど発展できるか公開的に検証する場」と評価した。今回は李9段の勝利を予想する人が多い。しかしこの優位は長く続かないという見方が支配的だ。アルファ碁は従来のAIとは違い、データを学習して推論し、自ら状況に合わせて判断するからだ。
 こうしたAIの進化に対して懸念も強まっている。18世紀の産業革命がブルーカラーを追い出したとすれば、21世紀のAIはホワイトカラーを脅かすと云われている。AIの適用過程で法・制度の不備のため社会・経済システムが突然崩れるかもしれないという憂慮もある。 しかしAIが多様な感覚情報を人のように認識するには前途は長い。例えば自動運転車はビニール袋や段ボールを障害物と認識して停止するケースが多い。人間のように「安全に影響を与えないため踏んでかまわない」という判断ができないからだ。ソフトウェア政策研究所のキム・ジンヒョン所長は「李世ドル9段は囲碁もクイズもするが、アルファ碁は囲碁だけをし、ワトソンはクイズだけを解く」とし「AIが社会的な脈絡を理解したり複雑な意思決定をするのは遠い未来の話」と説明した。
 「グーグル持株会社会長が来韓 囲碁対局前の懇談会に登場」。

 2016.3.8日、米グーグルを傘下に持つアルファベット社のエリック・シュミット会長が、人工知能(AI)のコンピューターソフト「アルファ碁」と韓国のプロ棋士、李セドル9段の対局を観戦するため来韓した。対局に先立ち同日午前にソウル市内で開かれた記者懇談会で、「人工知能と機械学習が発展するたびに人間一人一人が賢く有能になる」としながら、「今回の対局の結果にかかわらず勝者は人類となる」と強調した。AI分野は厳しい時期を経てこの10年間で大きく発展したとしながら、グーグルが開発したさまざまなサービスに言及した。ディープマインドについても、新たな技術を開発して不可能と思われたことを可能にし、囲碁の世界チャンピオンに挑むことになったと述べた。シュミット氏は「人類にとってきょうは大変重要な日になる」とし、こうした技術を守っていけば人間はより賢くなり、究極的により素晴らしい世界になると説いた。

 2019.2.22日配信「囲碁AIブームに乗って、若手棋士の間で「AWS」が大流行 その理由とは? 」。
 囲碁AIブームに乗って、若手棋士の間で「AWS」が大流行 その理由とは?

 ここ数年、将棋や囲碁といったボードゲームの世界では、AI(人工知能)の能力が人間を上回りつつある。特に、Alphabet傘下のDeepMindが開発した囲碁AI「AlphaGo」は、世界のトップ棋士を次々と破ったことで、昨今の人工知能ブームの“火付け役”となったのは記憶に新しい。最近では、プロ棋士たちも研究にAIを使い始めているが、その影響で、若い囲碁棋士たちの間で今「AWS(Amazon Web Services)」を利用する人が急速に増えているのだという。一体何が起きているのだろうか?

 「予想よりも“30年”早く、AIが人間を超えてしまった」

 この“AWSブーム”を仕掛けたのは大橋拓文六段。コンピュータ囲碁を活用した研究に熱心なことで知られ、囲碁AIの解説本『よくわかる囲碁AI大全』も出版している。大橋さんが囲碁AIに興味を持ったのは2010年ごろで、当時はAIがプロ棋士に勝つことなど想像できない状態だったという。「もともと、囲碁AIは老後の趣味にしようと思って研究を始めたんです。自分が引退するくらいの頃に人間を上回るだろうと。そしたら、想像よりも30年くらい早く人間を超えてしまいましたが……。その頃の囲碁AIは『モンテカルロ法』の適用によってブレークスルーが起きており、アマチュアの高段者くらいのレベルに達していました」。

 モンテカルロ法とは、乱数を使って膨大な演算(試行)を重ね、その結果を基に確率などを算出する手法だ。囲碁の場合、この手法によって「この1手を打った場合の勝率」を計算できるようになった。当時からフランス、台湾、そして日本などに開発者が多く、電気通信大学では、ソフトウェア同士を戦わせる大会が開催されていた。大橋さんはそうした大会に顔を出して、AIの手に対する意見交換などを行うようになった。「モンテカルロの時代から、さまざまなことを教わりました」(大橋さん)。それから数年がたち、AIとの実験対局や解説などを任されるようになり、数多くの研究者と仲良くなったという。しかし、モンテカルロ法によるブレークスルーが起きたとはいえ、その後、AIの研究は行き詰まりを迎えてしまう。なかなかAIが強くならない状況に、「少しAIも小休止かな」と考えていた矢先、2015年末から囲碁AIを巡る状況は一変する。そう、AlphaGoの登場だ。

 「論文を見て、興奮して眠れなかった」 AlphaGoの衝撃

 AlphaGoが発表されてすぐに論文を見た大橋さんは「興奮して眠れなかった」という。同時にトッププロの棋士と対戦することも発表されていたが、大橋さんは「世界チャンピオンでも危ないかもしれない」と直感。その後、本当にAlphaGoは世界最強棋士の李世ドル(イ・セドル)九段を4勝1敗で、その1年後には柯潔(カ・ケツ)九段を破ることになる。それ以降、大学でもAlphaGoやディープラーニングの勉強会が激増。大橋さんも「人工知能学会」の学会誌をはじめとして、さまざまな寄稿や講演の依頼が舞い込んだ。「数式を見るとワクワクしてしまう」というほど、もともと数学が好きだったという大橋さんは、資料と格闘しながら、徐々にAIについて理解を深めていった。「講演や執筆の機会を頂いたことが、最高の学びの場だった」と話す。

 AIがトッププロに完勝して以降、棋士たちの間ではAIを活用した研究が徐々に広まっていった。今や囲碁のAIは「AlphaGo(現在はAlphaGo Zero)」以外にも、Facebookの「ELF Open Go」、中国Tencentの「絶芸」、ベルギーのOSSコミュニティーが開発した「LeelaZero」など10種類以上に及ぶ。最近では、LeelaZero用の囲碁GUIである「Lizzie」が登場したことで、AIによる打ち筋の検討や対局が容易に行えるようになったそうだ。

 Lizzieの登場に合わせ、囲碁AIを自宅に導入しようとした大橋さん。当初はグラフィックスカードを2枚使ったデスクトップPCを購入しようとしていたが、ここでアクシデント(?)が起こる。自宅で契約している電気のアンペア数が足りず、AIを使おうとすると停電してしまうことが分かったのだ。「当時は引っ越したばかりでしたし、大家さんのおばあちゃんに相談するのもためらってしまって……。一旦保留にしていたのですが、北京で行われたTencent主催の囲碁大会に行った時に、知り合いの囲碁AIの開発者からAWSを薦められたんです。初期投資がなくていいですし、グラフィックスカードの過熱の心配もないと(笑)。すぐに使ってみようと思いました」。こうして大橋さんは2018年7月にAWSを導入。分からないことだらけだったが、東京・目黒にあるAWS開発者向けのスペース「AWS Loft Tokyo」に足しげく通い、ASKコーナーで質問を繰り返した。さまざまな開発者と話し合い、Amazon囲碁部ともつながり、スポットインスタンス(※)担当だった部長のアドバイスを得て、利用額も大幅に抑えられた。現在は「月に数千円から1万円程度かかっている」(大橋さん)という。

 ※Amazon EC2の機能。AWSサーバ上で使われていない(余っている)EC2インスタンスに対し、入札制で一時利用を行う。自らの提示額よりも高い価格で入札されると、すぐに利用を止められるリスクもあるが、一般的な「オンデマンド」制に比べて平均で7~9割引きになるとしている。

 AI「研究会」を発足、若手棋士が次々とAWSのインスタンスを立てるように

 AWS活用が軌道に乗ってきた大橋さんは、次に「研究会」を始めようと考えた。ノートPC1台とネットワークさえあれば、どこでもAIを使った検討が行える。その利点を生かし、日本棋院の本院(東京・市ヶ谷)で定期的にAIを活用した研究会「プロジェクトAI」を始めた。現在は10代から30代の若手棋士を中心に、メンバーは25人にまで増えたそうだ。「高性能のAIさえあれば1人で研究ができてしまうので、実は中国や韓国では今、囲碁棋士の『引きこもり』が問題になっているというウワサも聞きました。しかし、AIが打つ手は自分一人では理解できないことも多い。だからこそ、棋士のみんなで協力して研究できる場があればいいなと考えました。人間を超えたとはいえ、AIが苦手とする局面もまだまだあるのが実情です。そういう部分に関しては、人間と力を合わせて探索を行う必要があるでしょう」。

 知り合いの開発者の協力も得て、数々の囲碁AIをほとんど使えるようになった。大橋さんが囲碁AIを最新版にアップデートすると「Amazon マシンイメージ(AMI、インスタンスのソフトウェア設定)」として共有するシステムで、LINEを使って研究会のメンバーに配布している。囲碁AIを動かす際はAmazon EC2上で、GPUを利用するP2/P3インスタンスを利用するという。「P3はP2よりも約3倍高いですが、同じ時間内に探索できる手の数が5倍以上あるので、コストパフォーマンスが高いP3を使う人が増えてきていますね。もっと速くて安いインスタンスが出るのをみんな楽しみにしています」(大橋さん)。

 研究会のメンバーは囲碁のプロだが、当然ながらAWSについては全員「素人」だ。しかし、大橋さんをはじめとして、AWSのシステムに興味を持ったメンバーが皆に初期設定し、教えて回ったほか、AWSの使い方をまとめたマニュアルを作る棋士まで現れ、今ではメンバー全員が自力でAWSのインスタンスを立ち上げられるまでになったそうだ。「研究会の中には70代の人もいますが、全員がインスタンスを立ち上げられるようになりました。これは囲碁への知的欲求が原動力になっています。さらにAWSそのものに興味を持つ人が出てきて、さまざまな設定をいじるだけではなく、最近ではパフォーマンスの比較までしてくれます。メンバーの中には、AWS以外にGCP(Google Cloud Platform)を使っている人もいます。TPUで開発された囲碁AIも登場し始めているので、僕自身GCPにもとても興味があります」(大橋さん)。研究会のメンバーには棋士兼学生も少なくない。勉強会に参加しているメンバーであり、ポスト井山五冠を期待される一力遼八段に話を聞いたところ、「研究に使うツールが1つ増えたというイメージ」とこともなげに話してくれた。彼らにとってAIは、もはや特別な存在ではないのだろう。「特に若い子たちは、AIによって囲碁に対する考え方や会話が変わってきている」と大橋さんは話す。

 AIで変わる囲碁の文化 これからは「人機一体」の時代

 「この手は青い」、「いや、緑はどうかな?」、「こうなるともう『じんましん』だよね」。最近、AIで研究をしている若手棋士の間では、こんな会話をするのが普通になってきているそうだ。「青」というのは、Lizzie上で示される「AIの第一候補手(最善手)」のこと。その部分が青く光ることからそう呼ばれている。緑は同じように第二候補を指す。「じんましん」というのは、有力な候補手がなく、AIが全探索モードに入った際、碁盤上の目全てに確率などの数値が表示される状態だ。ソフトウェアの挙動(や仕様)に合わせて、会話で使われる言葉が変わっていくというのは、非常に興味深い。

 「形勢判断の考え方も変わってきています。囲碁は白黒の碁石によって、囲った陣地の広さを競うゲームです。そのため、これまで形勢判断は、陣地の広さを示す『目』の数で議論するのが一般的でした。しかし、今はAIによって『この手を打った場合の勝率』が表示されるようになっています。そのため、形勢判断も『何目』から『何%』というように、考え方が変わりつつあるのです。こうした概念の変化を抵抗なく受け入れられている人が、AIをうまく活用できている印象がありますね」(大橋さん)。「これからはAIに対抗するのではなく、AIを上手に乗りこなす『人機一体』の時代」と話す大橋さん。将棋の世界でも、AIが普及したことで新たなタイトル戦「叡王戦」が生まれた(ドワンゴ主催、現在はコンピュータ将棋ソフトウェアとの対局は廃止されている)ように、人間とAIが共闘する大会やタイトル戦が出てきてほしい、と考えている。「今後はAIを絡めた形で、クラウドやGPUのベンダーが主催するような大会が生まれることを目指していきたいですね。AIの普及で囲碁における定石も変わり続けており、自分が3年前にどんな囲碁を打っていたのか、もう思い出せないほどです。今はAIが打った手を判断するのには、プロのスキルが必要ですが、今後はその“理解の間”も埋まっていき、アマチュアも含めてもっと裾野が広がっていくでしょう。研究会では、みんなで試行錯誤しながら『人間の新しい役割』を模索しています。そういう意味でも、人間とAIが協力して戦う大会は、一つの可能性になるのではないでしょうか」(大橋さん)。






(私論.私見)