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なぜ囲碁でコンピューターは人間に勝てないのか
——チェスや将棋ではコンピューターが勝っている中、囲碁はまだ「コンピューターの方が強い」とは言えない状況なんだそうですね。
竹清氏:そうですね。まだだいぶコンピューターの方にハンデを与えている状況です。
——ハンデとは?
竹清氏:先に向こうの石を4つ置いた状態からゲームを始めています。
——なるほど、それは大きなハンデですね。囲碁でコンピューターが勝てないのは、将棋やチェスと比べて、アルゴリズムや計算でなんとかならない要素を囲碁の方が多く含んでいるということなのでしょうか?
竹清氏:囲碁は、全部のパターンを考えると、その数は宇宙の原子の数よりも多いんだそうです。数が多すぎるのです。
——そんなにですか。たしかにチェスや将棋よりも目の数が多いですよね。(囲碁では一般的な19路盤でます目の数が324、チェスはます目の数が8×8=64、将棋は9×9=81)初心者などが使う、ます目の少ない9路盤でなんとかコンピューターが戦えるという話も聞きました。人間で囲碁が強いというのはどういうことなのでしょうか?
竹清氏:今のコンピューター囲碁の主流は、モンテカルロ法というものなのですが、今回のコンピューターだと1秒間に1万回、終わりの図(終局図)を描いているそうです。それで勝ちの図が多いところに石を置いていくというものです。つまり100秒あれば、100万回分析ができるわけですが、人間が強いのは、0.1秒あれば、相手の手がいいかどうかが判断できるんですよね。それは感覚的なもので言葉では説明できないのですが、それが人間の脳の優れているところなんだと思います。
——なるほど、それは経験によって磨かれる勘みたいなものなんですかね。
竹清氏:そうですね、積み重ねです。小さい頃それで痛い目にあったとか。実は脳は統計的に分析しているのかもしれません。チェスなどは言葉で説明できる部分が多いのですが、囲碁にはそうではない部分があるのです。言葉で説明できない要素が増えれば増えるほど、人間が勝つ余地が増えるんでしょうね。
——「良い手を打つな」と思われることもありましたか?
竹清氏:とても良い手を打ちますよ。(ハンデ付きで)レベル的にはアマチュアの7段くらいと言われているので、アマチュアの中では最高レベルくらいです。
——「いつか抜かれるだろう」と思いましたか?
竹清氏:直感的に抜かれるだろうと思ったのですが、逆にプログラマーの方は、もう限界まできているので無理だと仰っていましたね。でもモンテカルロ法で飛躍的に強くなったように、どこかで新しい発見があると、また一気に強くなったりするかもしれません。
人間には何が残されるのか
——囲碁でコンピューターと対決して、人間が勝つというのは、ある種希望を与えるものになっているのかなと思うんですよね。「コンピューター対人間」的な議論は最近また盛り上がりを見せていて、「多くの人間の仕事が機械にとって変わられる」ということに異論を唱える人はもう少ないのではないかと思います。ただ、どの程度?というのは議論が分かれるところですよね。
人工知能を研究する学者さんなどは、「計算上はコンピューターが人間を超える瞬間が近いうちにやってくる」と、仰ったりするわけです。ただ、計算上はと言われても、よくわからない。「つまり、コンピューターではなく人間の能力が必要とされる場面は残されるのか、なくなるのか?」ということが素人目には、気になってきます。
竹清氏:そうですね。金融も今、人間に0から教えていくよりも、積み上げでどんどん賢くなっていくコンピューターにやらせた方が良いという風にもなっているようです。そうすると人間がやれることはなくなってきそうですね・・・おそらく、人間性が必要とされるものに関しては、まだ暫くは残っていくのではないのでしょうか。
——囲碁もそういう要素を含んでいるということですよね?
竹清氏:囲碁はおそらくボードゲームの中で、人間味があるゲームかもしれません。正解が無く、個性が認められると言いますか。今回は4台のコンピューターを繋げたものと戦ったのですが、実は1台1台で計算した結果を、コンピューター間で意見交換させることがまだ上手くできないらしいのです。それを今一番効率よく出来るのは4台が限界で、それを超えると2000台のコンピューターを繋げても上手く機能しないのだそうです。スーパーコンピュータ「京」ってあるじゃないですか。1秒間に1京回計算するという。あれも巨大な部屋にコンピューターをたくさん置いていますが、結局それぞれのコンピューターの意見交換をするのに時間がかかってしまうので、少ないコンピューターでやるのと実はあまり変わらないそうですよ。
「コンピューター対人間」の結末は?
——「コンピューター対人間」ということでお話してきましたが、一方で、「コンピューターはあくまで人間を助けるツール」という考え方もありますよね。現に、「コンピューターチェス」といって、コンピューターの力を借りて人間同士が勝負するスタイルのチェスも生まれているんだそうですね。そこでは人間個人のチェスのセンスや強さというものだけでなく、いかにコンピューターからうまく情報を引き出すかが重要だと。
竹清氏:囲碁もコンピューターの方が強い部分は確実にあるので、コンピューターに意見を聞きながら人間にしかできない部分は人間がやっていくと、たしかに強くなるかもしれませんね。
——『大格差』という本の中で、タイラー・コーエンは、コンピューターが人間の仕事をすべて奪うというような関係性ではなく、いかにコンピューターをうまく活用してこれまでより効率的に効果的に仕事をしていくか、という方向性が基本的には続くのではないか、なので、今まで以上にコンピューターをうまく扱えるような人材が必要になってくると言っています。
あらゆることが細かくデーターベース化されていって、恋愛に関しても「この人でいいのかどうか」っていうのをコンピューターに聞いて当然、という時代がくるかもしれないそうですよ。
竹清さんは、人間とコンピューターについてどんな関係性が望ましいと思われますか?
竹清氏:みんながみんな元々そういう状況(何でもコンピューターに聞いて答えが返ってくるような状況)を望んでいるわけではないですよね。みんなが使うから使っているのであって。個人的には情報はもうお腹いっぱいと感じることもありますし。いつもコンピューターがベストな選択をしてくれるとするとどうなのでしょうか。人間の能力の強弱がなくなっていって、もう何が人間かわからなくなりますね。半分ロボットみたいな。今日ここに来るときも駅だけ入力して、全部ルートを出してくれましたけど、そのノリで、今の健康状態から今日のメニューを出してくれたり、それこそ恋人や仕事に関しても教えてくれるようになるのかもしれないですね。そうしたら本当にやることがなくなってきますね(笑)
——そうなんですよ(笑)
竹清氏:今囲碁サロンを経営しているんですけど、それってコンピューターができるんでしょうか。人と話したいっていうのはあると思うのですが、そういうのは残るんですかね。
——確かに人と人のコミュニティみたいなものは残るのかもしれないですね。
竹清氏:人間の脳には、最終的にコンピューターが目指す、ナノマシンというのが搭載されているらしいのですよ。そういう意味ではまだある部分では人間の方が優れているのかもしれません。
——それが計算上は、2045年にコンピューターが人間を上回る形になるということなんですかね?
竹清氏:2045年ですか・・・現実的かもしれませんね。
——コンピューターも感動を作れるんですかね?
竹清氏:おそらく。以前、コンピューターにゲームを作らせてみたら面白いゲームができたという記事を読んだことがあります。ということは、感動も作れるのではないでしょうか。
新しいものを受け入れる
竹清氏:コンピューターからの恩恵に関して言うと、情報格差がなくなったというのはありますね。囲碁はかつては20代や30代ではトップに立てないというのが定説でしたが、今は10代でトップのプロというのもいます。これまで手に入らなかった情報がインターネットで手に入るようになり、そこがフラットになったことで若くても優秀な人が出てくるようになりました。昔は情報の壁で超えられないものがあったように思います。インターネットでの囲碁対局も元々あまり利用しなかったのですが、10個下の世代などはインターネットでバンバン連絡を取り合って、毎日打ち続けるということをやって強くなっていきました。それで今「自分たちもやらなきゃ」といってやりだしています。新しいものに対する拒絶反応というのはあるものですが、保守的になっていると若手に置いてかれてしまうので、新しいものも使っていかないとダメですね。
囲碁はコンピューターと人間の最終決戦
——ここ数年だけ見てもものすごく変わりましたもんね。
竹清氏:そうですね。15年くらいでとても変化しました。改めてちゃんと考えないといけないですね。この先どうなっていきそうなのか、人間としては何をしていけばいいのか。囲碁って、コンピューターと人間の最終決戦だと思います。囲碁で負けたらおそらく他の分野も浸食されると思います。そのときには、コンピューターが人間の感覚的なところを持てるようになるときなのでしょう。
——最後の砦的な感じですね。
取材担当から一言
チェスでコンピューターが世界チャンピオンに勝ったというのはもちろん驚きでしたが、それを考えると、囲碁では勝てないというのが、逆にすごく不思議でした。画像認証の技術も年々向上しているとはいえ、まだ人間とは違った思考回路をたどっているようです。そういう意味でコンピューターが人間と同等以上の能力をもつには、まだ超えるべきハードルは多そうです。だからこそやはり囲碁は最後の砦なんだろうと思います。そこでコンピューターが人間を超えたときには私たちの生活も違うものになっていくでしょう。そこに到達するまでにはまだ猶予がありそうですが、間違いなく性能の上がっているコンピューターの力を私たちは上手に活用していく他ありません。そういったテクノロジーを活用したサービスづくりという観点から言うと、「いかにデータをうまく引き出し活用するか」という方向に、あらゆるサービスが向かっていくでしょう。恋人探しも、仕事探しも、専門家探しも、より精巧に・・・。