囲碁吉の天下六段の道、各界のメンタルトレーニング編

 更新日/2023(平成31.5.1栄和改元/栄和5).1.10日

 (囲碁吉のショートメッセージ)
 ここで、「囲碁吉の天下六段の道、各界のメンタルトレーニング編」を書きつけておく。

 2005.6.4日、2015.3.3日再編集 囲碁吉拝


【張栩(ちょうう)の「勝てる相手に確実に勝つコツ」】
 2023.1.5日、「なぜか「負けにくい人」がしたたかに実践する習慣 最強の囲碁棋士が語った「確実に勝つ」極意
 天才集団と言われるプロ棋士の世界にあって、異次元の実績を持つ棋士がいる。「世界戦優勝。囲碁界初の同時5冠達成。7大グランドスラム達成。総タイトル獲得数41。史上最高勝率で1000勝達成」の肩書を持つ張栩(ちょうう)九段だ。ふだんの彼は、驚くほどおだやかだが、ひとたび勝負となると、斬れば血の出るような鋭さと強さで対峙する。「直感は経験によって磨かれる」「負けにくいことは勝負を焦らないこと」「効率のいいものは美しい」……。実戦を勝ち抜きながら身につけてきた、勝つ技術、負けない技術は、われわれの仕事にも、人生にも効く滋養を備えている。今回は著作の『勝利は10%から積み上げる』から、「負けにくい技術」をご紹介する。
 勝てる相手に確実に勝つために
 あたりまえのことをあたりまえに、という意味で、「勝てる相手に確実に勝つこと」についてお話しします。僕の過去の成績を調べてみると、超一流クラス=タイトル戦に出てくる上位10人くらいの棋士に対しては、決して大きく勝ち越してはいません。せいぜいちょっと勝ち越しているくらいで、ほぼ互角の人もいれば、負け越している相手もいます。それにもかかわらず、僕がこれまで多くのタイトルを獲得してこられた要因は、それ以外の棋士にほとんど負けていない点にあるのだと考えています。勝率にすれば8割を超えます。 現在の囲碁界では、七番勝負や五番勝負のタイトル戦および三大棋戦の挑戦者を決めるリーグ戦を除いて、負けたら終わりのトーナメント方式を採用しています。ですから、自分より力量の劣る相手には絶対に負けないこと、勝てる相手に確実に勝つことが非常に重要です。「勝ち碁を勝ちきること」に加えて、僕はこの点においても、他の一流棋士より少々優っているかもしれません。適切な表現ではないかもしれませんが、僕との対戦成績が互角や互角以上のトップ棋士であっても、取りこぼしが結構多いのが実情です。

 ただし、僕がトップ棋士以外の棋士に対して8割を超える勝率だとしても、決してすべてが完勝というわけではありません。碁の内容だけを見たら、半分くらいは互角で、僕が負けていてもおかしくない碁ばかりです。プロ同士ですから、力量自体にそんなに差があるわけではありません。ほんのわずかな違いがあるだけだと思います。実力に大きな差はないわけですから「絶対に勝たなくては!」とガチガチに硬くなっていては、かえってそこにつけ込まれ、負けにつながる可能性が高くなってしまうでしょう。かといって「一気につぶしてやれ!」と必要以上に力んでは、どこかに隙が生じてカウンターパンチを食らう可能性が生まれてしまいます。どちらも、自分より下位相手に確実に勝つことを目指す者のとる姿勢ではありません。
 勝負を焦らず、息長く打つ
 では、どうすればいいのか。答えは「負けにくい碁を打つこと」です。「負けにくい碁」とは具体的にどういう碁を指すのかというと「勝負を焦らず、息長く打つ」ということです。下位の相手だと、ついつい相手を侮る気持ちが生まれ「早くやっつけてしまおう」などと思いがちですが、こうした気持ちはマイナスにはなってもプラスになることは絶対にありません。

 実例を挙げましょう。妻の泉美が、僕に話してくれたエピソードです。泉美が女流本因坊や女流名人のタイトルを持っていた6、7年前、毎年のようにNHK杯戦(日曜日のお昼に教育テレビで放送している番組棋戦)で並み居る男性棋士をなぎ倒していたことがありました。男性棋士の側からすれば「女流に負けるわけにはいかない」という一方的なプレッシャーがありますから、心理面で泉美にアドバンテージがあったことは確かです。しかし、それだけの理由で好成績が収められるはずもありません。テレビ棋戦という放映時間(1時間40分)の決まった番組ですので、序盤で失敗して短手数で終わっては番組にならなくなってしまいます。とにかく「
五十手までは互角に打つ」ことを目標にして毎回対局に臨んでいたということです。自分よりずっと格上の棋士との対局ですから「勝ってやろう」とか不相応な目標でなく「五十手まで」という謙虚な目標設定は間違っていないかもしれません。そうはいっても五十手まで互角に打つことは簡単ではありません。ただ、序盤から派手な手を選んだり、一か八かの奇襲攻撃をしたりしても格上の人には確実に咎められてしまいます。地に足の着いた着実にポイントのある手を打つのが一番勝負を長く続けられ、それが一番棋理にかなっているということです。そして、その作戦で何度か対局して好成績を収めるようになって気づいたことは「五十手過ぎても形勢が互角だと、逆に上手の先生は焦りを感じて、形勢を早く良くしようと無理な手を打ってくる」ということだといいます。

 格下のはずの女流棋士相手に五十手を過ぎても互角では「おかしい……こんなはずでは……」と動揺してしまうということですね。こうした心理が良い方向に転がることは決してありません。これは一つの例ですが、格下の相手と打つ時に一番良くないのは「早めに勝負を決めてしまおう」とか「相手はへぼなのに、なぜ互角なんだ?」といった心理状態になることです。「負けにくいこと」とは「勝負を焦らないこと」なのです。そしてそれはそのまま「下位相手に確実に勝つこと」につながります。少しでも力が上ならば、息長く打った方が、実力の差がはっきりと現れるのです。陸上競技でも一発勝負の短距離走よりも、中距離走、長距離走の方が、番狂わせが起こりにくいと思います。また、どんなスポーツの大会でも、一発勝負のトーナメント方式よりも、試合数の多いリーグ戦の方がフロックは起こりません。一発勝負の高校野球よりも、プロ野球のペナントレースの方がチームの実力が現れます。
 勝負に変化はつきもの
 それは囲碁でも同じです。ほとんどの囲碁棋戦はトーナメント方式ですが、棋聖、名人、本因坊タイトルの挑戦者決定戦のような総当たりのリーグ戦の方が、その実力が反映されやすいでしょう。このことは一局の対戦についてもいえます。一局の碁における合計の平均手数は約二百手です。ということは、お互いだいたい百手ずつ打つ計算になります。下位の側からすれば、一局の中で百回、ミスをする可能性があるということです。これが半分の五十手だとしたらどうでしょう? 単純に考えるとミスをする確率も半分に減りますね。馬脚を現す前にミスなしで乗りきってしまうかもしれません。そうなると、番狂わせが起こる可能性が高まります。一方、上位側が息長く打って総手数三百手の碁となり、下位側が百五十手を打たなければならなくなったとしたら? そうです、下位側がミスをする可能性が高まり、上位側が有利となるはずです。上位者は、途中まで健闘されて形勢が互角だとしても、慌てて自ら動いたりせず、ゆっくりと息長く打ち進め「どこかで相手がミスをするのを待つ」くらいの気持ちで、悠然と構えていればいいのです。そのうち相手の方が我慢しきれなくなるでしょう。勝負に変化はつきものですので、これはあくまでたとえでしかありませんが、息の長い碁が打てるように意識することは大切なことです。繰り返しになりますが、高い勝率を挙げるためには、自分より実力が劣る相手に負けないことです。これをコンスタントに継続することは「自分より強い相手に一発入れる」ことよりも、遥かに難しいけれど、とても重要なことなのです。
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【瀬戸大樹七段のメンタルトレーニング】
 メンタルを良くするだけで勝率が大きく変わる。それほど大事な「メンタルトレーニング」についての格好の教材を得たので転載しておく。「対局で重要な精神面の強化、瀬戸大樹七段が取り組んだのは『準備』」を転載する。
 「『囲碁の勝負において精神面は本当に大切だと思います』と語る瀬戸大樹七段。若い頃はその重要性が今一つ分かっていなかったという。4年ほど前からメンタルトレーニング関係の本やスポーツ選手の著書を読むようになり、自分なりに感じたことを実践したところ、この2、3年でリーグ戦に入れるようになり、成績が上向いてきたという。精神面を強化するために瀬戸七段が取り組んだこととは。 

 具体的に何をし始めたのかというと、対局に向けての『準備』を大切にするようになりました。この『準備』がうまくできたときは結果もいいことが多いですし、うまくできなかったときは結果もついてこないことが多く、大きな悔いも残ることになります。たとえば現在は対局前日、関西棋院の近くのホテルに泊まり、心身ともに対局に備えるようになりました。対局当日の朝に家から通えないことはないのですが、前泊することで日常とは違う環境に身を置き、翌日に向けて良い意味での緊張感を高めていくのです。

 また対局はほぼ週に一局ですから、対局と対局の間の1週間をいかに過ごすかにも気をつけています。自分で勉強したり研究会に参加したりはもちろんですが、体力作りのためにスポーツジムにも通っています。対局にプラスとなるだけでなく、身体が疲れているときに運動をすると逆に元気になって、ふだんの勉強にもプラスに作用するのです。このように『準備』をしっかり行うことができると『やるだけのことはやったのだから、良くも悪くも結果はもう自然と出る』と落ち着いた気持ちになれます。ですから『準備』を大切にするようになってからは、対局前夜も落ち着いて眠れるようになりましたし、対局中も必要以上に動揺することがなくなりました。

 かつて『準備』の大切さが分かっていなかったときは、一流棋士と対戦したときに、相手の着手が必要以上に好手に見えてしまったり、それが元で自分の着手がおかしくなってしまったりしていました。つまり『精神面の未熟さで負けた』ということで、これは非常に情けないと言わざるを得ません。技術面の未熟さで負けるなら、しかたがありません。足りない技術を今後また勉強によって補っていけばいいのですから。でも自分の力を出しきれずに負けたとしたら、本当に悔いが残ります。だからこそ、どんな相手と対戦したとしても動じることのない精神面が必要なわけで、自分自身にその裏づけを植えつけるためにも『準備』が大切なのです。これができるようになってから、どんな相手と碁盤を挟んで向き合っても『自分の力を出しきるだけだ』と思え、成績も上向いてきました。ここ3年間で4度のリーグ入りができたのも、精神面の向上があったからであることは間違いありません」(NHK囲碁講座2013年1月号より)。


 2015.3.28日 囲碁吉拝

【(田口壮・氏の見た)田中将大、工藤公康監督のメンタルトレーニング】
 「ポストゲームショー(田口壮)」の2015/9/20 6:30「田中将大、工藤公康監督にみる勝負強さのヒント」を転載する。
 要所で力を出せる選手がいれば、勝負どころで弱い選手もいます。その差はどこから生まれるのでしょう。9月、ペナントレースの大詰めでさらに輝きを増しているヤンキースの田中将大投手(26)、ソフトバンクを率いる工藤公康監督(52)が、「勝負強さ」を考えるためのヒントを与えてくれています。
 ■田中、大事な首位攻防戦で本領発揮
 田中投手は9月2日のレッドソックス戦では6回1/3で4失点という結果でしたが、8日のオリオールズ戦では8回1失点、13日のブルージェイズ戦では7回無失点と調子を上げています。特にブルージェイズ戦は大事な登板でした。ア・リーグ東地区の首位攻防4連戦でヤンキースは3連敗。負ければ自力優勝がなくなるという一戦でした。この瀬戸際で田中投手は本領を発揮します。初回から気合が入り、2死から二塁打を打たれて背負ったピンチでは4番打者を三振に仕留めます。本塁打で「大けが」をすることがないよう細心の注意を払っていることが、とにかく低め、低めという制球に表れていました。自身の12勝目はヤンキースが地区優勝争いに踏みとどまる大きな白星をもたらしました。この日は中4日の登板でした。昨季は故障でシーズン途中に離脱しています。フル回転したときに大丈夫だろうか、という不安があったのですが、田中投手はそのあたりにも対応してきているようです。目についたのは左打者の膝元にわずかに食い込むカットボールです。スライダーほどの曲がりはありませんので、打者は直球のつもりで振っていきます。ですから芯ではとらえられません。打たせて取る投球はもちろん球数を意識したものです。三振をバンバン取って、完璧に封じようと思えばそれもできるはずですが、メジャーではやはり要領よくアウトを取り、中5日、中4日の登板を確実にこなす方が喜ばれます。メジャー2年目の田中投手は昨季の経験を生かし、長いシーズンを故障なく投げきることに集中しているようです。
 ■シーズン各段階で計画的に出力アップ
 勝負どころの秋に活躍できるかどうか。キャンプから田中投手をみていて、最初からエンジン全開でなく、徐々にギアを上げていこうという意思を感じました。少々調子の悪いようにみえた時期があっても、それは本人にとっては折り込み済みだったと思います。シーズン序盤、夏場、シーズン終盤といった段階ごとに目標とするレベルを設定し、計画的に出力をアップしてきているのです。ブルージェイズ戦では相手を仕留めて何度か雄たけびを上げていました。あの姿は、これまでは自分にブレーキをかけることもあったけれど、いよいよエンジン全開でいきますよ、という宣言でしょう。ジョー・ジラルディ監督も「大きな勝利。こういう試合で投げるために日本から来たのだと思う」と話したそうです。まるでワールドシリーズで勝ったかのようなコメントで、それだけこの1勝は価値があったわけです。大事な9月戦線での活躍は、1年を見据えての計画をきちんと立てていたおかげです。今、この時になって気合を入れたというにわか仕込みのものではないのです。

 そうした「計画性」という点ではパ・リーグで独走優勝を遂げたソフトバンクにも思い当たることがありました。就任1年目の工藤監督が、前年の日本一チームを率いてどう戦うのか。多くの視線が注がれるなか、開幕からほどなく「工藤監督は先発投手を引っ張りすぎではないか」という論調が、マスコミのなかから出てきました。せいぜい六回までと思われる投手を七回まで引っ張った、これは危ない采配だった、といった調子です。
 ■工藤監督、1年目らしからぬ落ち着き
 そのことを私は工藤監督本人に聞いてみました。「投手交代が遅いという声もありますが……」。答えははっきりしていました。「今の時期はこれでいい。うちは後ろ(救援陣)がしっかりしているから、五回まで投げればいいんだけど、それじゃいつまでも(先発投手として)一人前になれないからね。だから長いイニングを投げてもらっている。今はもたないかもしれないけれど、あとで生きてくるよ」。確信と信念を感じました。代え時が遅れて失点するというリスクは伴うわけですが、そこも計算ずくで「(点をとられても)うちの打線ならカバーしてくれる」。この落ち着きと選手への信頼。1年目の監督が持てるものでしょうか。工藤監督の思惑通り、シーズン序盤に鍛えられた投手たちは節目、節目で力を発揮していきます。2位日本ハムとの対戦がその象徴で、交流戦明けの直接対決3連戦、マジックを点灯させた8月始めの3連戦、ほぼ優勝を決定づけることになった9月8日からの3連戦と、いずれも3タテを食らわせたのです。この勝負強さ……。誰がどんな采配をしても、今年のソフトバンクなら勝てたはず、という見方があります。しかし、私はそうは思いません。勝負の世界ではどんな大本命でも、ちょっとしたことでガタガタになることがあります。下馬評通り勝ちきることがいかに難しいか。
 ■田中に「ここ一番」で勝利の裏付けあり
 その点、工藤監督率いるソフトバンクは王者然として受けて立つのでなく、序盤は“挑戦者”としてリスクを負いながら、投手を育てました。タネをまき、芽を出させ、花を開かすという一年の計がありました。入団4年目で初の2桁勝利を挙げた武田翔太投手(22)はその花の一つでしょう。勝ちきることができる選手やチームは、勢いに任せているのでなく、大きな計画を立て、それを着実に履行していることがわかります。勝負は時の運もありますから、一発勝負の場面で確実に勝てるとは限りません。しかし、その時に向けて、最善の準備ができているかどうかが肝心なのです。

 先ごろニューヨークの新聞が、ポストシーズンに向けての展望記事を掲載していました。今のヤンキースの選手の多くは大舞台の経験がなく、首尾よくポストシーズンに進出できたとして、活躍できるかどうかわからないとして、何人かの名前が挙げられていました。疑問符がつけられた選手の中に田中投手も入っていましたが、どうでしょう。他の選手はどうあれ、9月、10月に勝つための準備を重ねてきた田中投手は「ここ一番」で勝ちきるための裏付けをもってマウンドに立っている、というのが私の見方です。(野球評論家)」。


 2015.09.24日 囲碁吉拝

【斎藤佑樹投手のメンタルトレーニング】
 臼北信行の「『引退』がささやかれても、なぜハンカチ王子はたまに結果を出すのか」を転載しておく。
 ある意味で「スゴい」と認めざるを得ない。北海道日本ハムファイターズ(以下、日本ハム)、斎藤佑樹投手のことだ。今季4度目の先発登板となった6月14日の中日戦(場所:ナゴヤドーム)。いきなり初回に4安打4失点で試合をぶち壊しかけたが、その後は見違えるような快投を見せて2回以降の4イニングは1人の走者も許さなかった。シーソーゲームの様相を呈した試合は延長12回の死闘の末に勝利。5回を投げて立ち上がりの4失点のみに抑えながら自分の投球リズムも呼び戻した斎藤の力投こそが、チームに執念の勝利を呼び込んだと評しても決して過言ではあるまい。

 プロ7年目の今季は5月31日の横浜DeNAベイスターズ戦で6回途中1失点の好投を見せ、約2年ぶりの白星をつかんだ。日本ハムに入団以来、ブレイクすることはなく何度も引退危機がささやかれながらも、忘れかけたころにシレッと快投する。「計算づくで、やっているんじゃないか」と疑わしく思えるぐらいに不思議な存在感を見せ続けているのだ。

 ネット上では試合で結果が出なければ、毎回のごとく「とんでもないようなお荷物投手」、「日本ハムでなければ速攻でクビ宣告を受けている」など、さまざまな批判が浴びせられているものの、斎藤本人は“柳に風”とばかりに気にもとめていない。もし彼が並の神経の持ち主であれば、おそらくここに至るまで世間からのバッシングを何度も受け続けた段階で現役を退く意向を固めていたであろう。ところがこうして斎藤は今も現役を続け、時々一軍に呼ばれてはごくたまに活躍することで厳しい競争社会であるはずのプロ野球界で生き残れている。よっぽど肝が据わった強心臓の持ち主なのだろう。だから冒頭でも触れたように「スゴい」のだ。ここ最近、チーム関係者が斎藤について次のように評していた。

 ●これこそが斎藤の「無関心力」
 「佑がスゴいのは、究極のマイペース男であるという点だ。あそこまで周りから叩かれれば普通は気持ちが萎(な)える。ウチの主力投手も『ボクが斎藤の立場だったら、まず間違いなく辞めています。あれだけのバッシングを受けたら現役を続けられる自信はありません』と話していた。大抵の選手は周囲が『もう選手生命は終わり』と騒ぎ始めると、それから一気に下降線をくだって身を引くことになる。でも佑は対照的に『周りが僕のことをどう思おうがまったく構わない。ただ、それによって惑わされるのが一番嫌いなんです。一番大切なのは自分であり、そこを見失ってしまったら終わりだと思います』と言っている。つまり、相当な図太い神経を持ち合わせているということ」。これこそが斎藤の「無関心力」だ。メディアやネットで限界説がとなえられ、バッシングが起こっても、斎藤は基本的に完全スルーしてしまうので、精神的な動揺はまったく起こらない。だからお世辞にもトップクラスと言えないような実力でありながらも、その能力を何とか限界まで引き出すことができるのだ。ただ、試合をゲームメイクするような快投の数が非常に少ないことが、残念である。

 グラウンド外でも、そのスタンスは変わらない。こんな話もある。日本ハムの内情を知る事情通は、こう打ち明けた。

 ●“ヤバ過ぎるニオい”を感じ取る
 「以前、日本ハムにも出入りしていた女性記者が各球団の有力選手たちに電話番号入りの名刺を渡し、斎藤もターゲットに定められたことがあったんですよ。しかしながら斎藤はすぐさま“ヤバ過ぎるニオい”を感じ取って、名刺は受け取ったものの彼女にはもちろん一切連絡をすることはなく、その後も距離を置くようにしていたのです。すぐ後にこの女性記者は所属していた会社を退社し、セクシータレントへ転向しました。その後、彼女は他の媒体を通じて、自分と不埒(ふらち)な関係があったプロ野球選手をイニシャルトークで暴露する暴挙に出て、球界全体に大きな波紋を広げてしまった。イニシャルを出された選手は言うまでもなく大慌て。だが斎藤は持ち前の“無関心力”によって、この危機を回避できたわけです」。

 とはいえ、2016年は脇の甘さも露呈してしまった。昨年夏に早稲田実業、早稲田大学の先輩である出版社の社長からポルシェなどの提供を受けていたと週刊文春によって報じられてしまった。文春には同社社員が「社長が関連会社でリースして又貸しした」などと告白したコメントが掲載されたが、その後は別のメディアの取材によって斎藤が同社長に一定のリース代を支払っていたことが判明。くだんの社長も「リース代はきちんととっている」と反論したこともあって球団は特におとがめなしの判断を下したが、結果を出していなかった斎藤には“おねだり王子”のネーミングがつけられるなど世間の印象は一気に悪化してしまった。

 ところが斎藤はこれに弁解する姿勢を見せることなく騒動を粛々と受け止め、あえて“貝”になってダンマリを決め込んだ。ここで世間の反応を過剰に気にする余り、変に言い訳をすればますますドツボにハマってしまうだけと踏んだのである。この読みが功を奏し、ポルシェ騒動は拍子抜けするほど意外に早く沈静化。思いのほかにあっけなく幕引きされる形になった。つまり、これも世間に“エクスキューズ”する必要はまったくないとする自身独特の「無関心力」によって斎藤は結果的に救われたのだ。

 ●斎藤佑樹の不思議な魅力
 プロ野球選手としては残念ながら「超一流」とは呼べない。それでも生き馬の目を抜くような群雄割拠の厳しいプロ野球界でいまだにマウンドへ立てているのは、この「無関心力」があるからこそだろう。ネット上で「佑ちゃんをえこひいきばかりしている」ともっぱらの栗山英樹監督も真相はどうあれ、この「無関心力」とともにどこか飄々(ひょうひょう)とした姿勢をのぞかせる斎藤に一目置いているのは事実。いやいや、斎藤にバッシングを浴びせることの多い人たちだって何だかんだと言いながらも佑ちゃんの今後は気になって仕方がないはずだ。かくいう筆者もその1人。斎藤佑樹という男には、それだけ常人には絶対にマネのできない不思議な魅力が詰まっている。

【横綱・白鵬&将棋の藤井聡太四段の掛け合い】
 2017.7.12日付け毎日新聞(記者/梶原遊)「<将棋>「一瞬で…すごさ感じた」藤井四段が名古屋場所観戦」転載。
 ◇横綱・白鵬と対面、「横綱に声をかけられ、うれしかった」
 将棋界最多29連勝を達成した最年少プロ棋士、藤井聡太四段(14)が12日、愛知県体育館で開催中の大相撲名古屋場所を観戦した。藤井四段は午後4時過ぎ、師匠の杉本昌隆七段(48)とともに来場。向正面の升席に座った「時の人」の登場に、館内は一時騒然となった。時折、表情をほころばせながら力士たちの力強い取組を見守った藤井四段は、「一瞬で勝ち負けが決まるぶつかり合いに、すごさを感じた。自分もあれぐらいの気迫で将棋盤に向かいたい」と話した。取組後には、横綱・白鵬と対面し、自らの揮毫(きごう)入りの扇子を贈った。藤井四段は「横綱に『かわいいね』と声をかけられ、うれしかった」と話した。白鵬は、藤井四段の連勝記録が29で途切れたことに触れ、「静かさの中に強さがある。大人として成長するだろうから、その強さをまた見せてほしい」と激励した。

【サーシャ・バイン「心を強くする 「世界一のメンタル」50のルール」】
 2019.7.16日、「世界一になる人が必ず守るシンプルな習慣 」。
 人生を左右する「大一番」がある日には、どう臨めばいいか。女子プロテニスの大坂なおみ選手を世界一に導いたコーチ、サーシャ・バインは「ルーティーンを持っているかどうか、そしてそれを普段通りできるかどうかがすべて」だという――。

 ※本稿は、サーシャ・バイン『心を強くする 「世界一のメンタル」50のルール』(飛鳥新社)の一部を再編集したものです。
 ■「運命の日」にすべきこと
 私の頭は時速200マイルで回転していた。土曜日の朝、ニューヨーク。なおみとセリーナ・ウィリアムズの全米オープン決勝の日。あれこれ懸命に頭をめぐらしていたのは、前夜、ほとんど眠れなかったからだ。「眠らない大都会」ニューヨークにきているとはいえ、こちらまで本当に眠れないとなると、困ってしまう。その夜はマンハッタンのホテルに宿泊していたのだが、妙に寝つけず、寝返りをくり返す夜になってしまった。別に、驚くべきことではなかったのかもしれない。土曜日はなおみの選手生活の節目になる日だったし、私にとっても、ヘッドコーチとして初めてメジャータイトルの決勝を迎える日だったのだから。この試合がこれからの私の人生にどんなインパクトを与えるか、それももちろん承知していた。睡眠不足の疲れを吹き飛ばすくらいアドレナリンが沸騰していたのも無理はない。とにかく、私の頭はフル回転していた。何よりも、へまをしたくなかった。なおみの人生の記念碑になるはずの試合に備えて、彼女に完璧な練習をさせてやりたかった。
 ■人生の一大事ほど、普段通りに過ごす
 こんなときなのである、「ルーティーン」が大きな役割を果たすのは。それはテニスに限らない。ビジネスミーティングだろうと、プレゼンテーションだろうと、大事なイベントに備えているとき、ルーティーンくらい効果的な調整法はない。ともすれば気後れしてしまうような、初めて体験する大事を前にしても、きちんと日頃の習慣、ルーティーンを守る。すると、いつもと変わらないリラックスした気分に包まれて、最良のプレイを引き出してくれる。格別頭を使ったり、普段やりなれないことに手を染めたりしなくとも、心身ともにベストな状態で肝心な瞬間を迎えることができるのだ。無駄な時間やエネルギーの浪費を避けられる点でも、一歩前進と言えるだろう。全米オープンの2週間は、あらゆる意味で、なおみが初めて体験する日々だった。それまでのメジャーな試合では、4回戦まで進むのがせいぜいだったのだから。しかし、初めて体験するこのグランドスラムでは、まず準々決勝に進み、準決勝に進み、ついには決勝にまでたどりついた。
 ■ルーティーンの重要さが増す場面とは
 文字通り破竹の進撃だったのだが、なおみはそこまで登りつめることには慣れていなかった。そして、人は慣れないことに挑むとき、メンタルと肉体、両面でとてつもないエネルギーを費やすことになる。ルーティーンの重要さが増すのは、まさしくそういうときなのである。われわれチームの面々は、決勝を迎えて、それに先立つ6試合のときとまったく同じ準備をすることにしていた。決勝の当日も、特に変わったことをするつもりはなかったし、その点はなおみも同じだった。
 ■世界一をたぐり寄せたシンプルな「繰り返し」
 では、なおみのルーティーンとはどんなものだったのか? まず、30分のウォームアップ。それはコートに出る2時間半前にジムで開始する。体の血行をよくするためだ。それがすむと、サイクリングマシーンを漕ぐ。私はそのかたわらで、黙々と彼女のラケットに新しいグリップをとりつけている。二人とも多くを語らず、なおみは一人考えにふけっている。いつも静かに、節度を保って事を進めるのがなおみの流儀だった。決勝の前、セリーナと顔を合わせることはなかった。セリーナとは別のジムを使っていたので、2週間を通して、姿を見かけることはまずなかった。ジムでのウォームアップが終わると、練習コートに移って15分から30分、ボールを打ち合う。決勝の当日、私はできるだけ強いボールを打ち返した。もちろん、セリーナのパワフルな打球を想定してのことである。
 ■決勝前日は効果的な練習ができなかった
 実は決勝の前日の金曜日は、あまり効果的な練習ができなかった。たまたま雨が降っていたため、屋内で練習するか、それとも雨が上がるのを待って屋外で練習するか、判断に迷ったせいだ。結局、屋内で練習することにしたのだが、それはあまり効果的とは言えなかった。全米オープンは屋外のトーナメントだから、屋内コートでの練習はさほど役立たないのだ。まずボールの飛び方がちがう。ラケットで打ったときの音もちがう。屋内コートでのなおみのプレイぶりは物足りなかったが、そんな私の懸念を打ち消すようになおみは言った。「大丈夫、調子はいいから」。それでも懸念は払拭できなかったのだが、そういうときはプレイヤーを信頼することにしている。なおみが大丈夫と言うなら、大丈夫なのだ。事実、なおみはそれまで積み重ねた練習に満足しているようだったし、その自信を見事に翌日まで持ち越してみせた。嬉しいことに、決勝当日の練習は、とてもスムーズに進んだのである。
 ■おしゃべりで緊張をほぐす
 打ち合いの練習の後は、きまって試合前のおしゃべりで緊張をほぐす。まず皮切りに、今日の試合の相手は以前対戦したことがあるかどうか、なおみにたずねる。全米オープンの決勝の場合は、すでにマイアミ・オープンで、しかも同じハードコートで破ったセリーナが相手だった。が、相手が初めて対戦するプレイヤーの場合は、こうたずねる。「彼女の強みは何だと思う?きみはそれにどう対抗するつもり?」。なおみの解答につけ加えることがなければよし、もしあれば、私のほうから役立ちそうなサジェスチョンを与える。それが終わると、いったん別れてお互いにシャワーを浴びる。それからまた顔を合わせて、他のチームメンバー共々軽食をとる。ジムに戻って二度目のウォームアップを行うのは、試合開始の30分前だ。そのときは、なおみがゲームの最初からボールをしっかりとらえられるように、動体視力を鍛える練習もする。これが、「チームなおみ」のルーティーンだった。
 ■ルーティーンの見直しをためらわない
 ルーティーンはそれほど効果的な手段だが、といって、いつまでも頑固にそれにこだわる必要はない。あなたの置かれた環境と目標は、時間がたつにつれて変わるだろう。それに応じて、ルーティーンにも修正を加えたり、一新したりすることをためらってはならない。折りに触れて、いまのルーティーンは自分に合っているかどうか、修正の余地がないかどうか、チェックすることも役立つ。一日の組み立て方は、いまのままでいいかどうか。あることをするタイミングは、これでいいかどうか。自分の周囲の物の配置を、ときどき変えてみるのも効果的だろう。いちばんリフレッシュできる時間は、一日の別の時間かもしれないだろうし。時間の組み立て方は、成功への鍵。どんな職業にあっても、それは、時間を正確に守ることを意味する。
 ■遅刻するのがルーティーンなら、それもいい
 なおみは、ウォームアップや練習の時間に遅れたことは一度もなかった。決められたスケジュールは必ず守る。対照的に、セリーナはたいてい練習に遅刻した。10分くらい遅刻するのは、ふつうだった。私自身、コートで40分も待たされたことがある。他の職場だったら、それはだらしない行為、傲慢な行為、だと見なされただろう。だが、私は、それはセリーナが実力で獲得した一種の特権だと思っていたから、特に問題視しなかった。セリーナにはセリーナなりの時間の使い方がある。大事な試合のある日は、セリーナも時間を正確に守った。闘うために決めたルーティーンの重要さは、ちゃんと心得ていたのである。
 ■ゲンかつぎの効能はあなどれない
 「ゲンをかつぐ」のは面白い。面白いだけでなく、役にも立つ。たとえば、大きなイベントで成功したいとき。14日間ぶっつづけで同じ朝食をとるとか。同じ順番で靴ひもをむすぶとか。勝った日にはいていたのと同じ靴下をはくとか。ゲンをかつぐことの効用は、並々ならぬものがある。それは不安を薄め、ストレスを軽くしてくれるからだ。あんなの時間の無駄、馬鹿馬鹿しい、とゲンかつぎを軽視する人は多い。だが、以前うまくいったときのちょっとした癖をくり返すと、成功体験が甦ってくるし、エネルギーも湧いてくる。あのときと同じものを食べる、同じ靴下をはく――それだけで気分も軽くなるし、またうまくやれるぞ、という自信も湧いてくるものだ。だから、なおみは全米オープンの14日間、毎日、同じ朝食――サーモンベーグル――をとっていたのだ。私もやはりゲンをかついで、同じ朝食――サーモン、エッグ、トースト――をとっていた。おいしいサーモンも14日間つづくとさすがに飽きてきたが、他の朝食に切り替えるつもりはなかった。別になおみから頼まれたわけではなく、自分もそういう主義だったからだ。もし、なおみから、「ゲンかつぎで、わたしと同じサーモンベーグルにして」と頼まれたら、喜んでそうしていただろう。

 テニスプレイヤーはこの地球でもっともゲンをかつぐ人種だと思う。個人スポーツだから他のチームメイトを頼ることはできず、すべてが自分の双肩にかかってくる。だから、ゲンかつぎはルーティーンの一部と言っていい。サーモンベーグルを食べるときのなおみは、前のトーナメントで勝ったときの手ごたえを味わっているのだ。テニスプレイヤーにとって、ゲンかつぎはないがしろにできないルーティーンなのである。
 サーシャ・バイン(Sascha Bajin) テニスコーチ
 1984年生まれ、ドイツ人。ヒッティングパートナー(練習相手)として、セリーナ・ウィリアムズ、ビクトリア・アザレンカ、スローン・スティーブンスキャロライン・ウォズニアッキと仕事をする。2018年シーズン、当時世界ランキング68位だった大坂なおみのヘッドコーチに就任すると、日本人初の全米オープン優勝に導き、WTA年間最優秀コーチに輝く。2019年には、全豪オープンも制覇して四大大会連続優勝し、世界ランキング1位にまで大坂なおみを押し上げたところで、円満にコーチ契約を解消。

【ゴロフキン戦直前の村田諒太単独インタビュー】
 2022.4.8ia、二宮寿朗「《単独インタビュー》村田諒太36歳が明かした、ゴロフキン戦直前の“意外な本音”「情けない自分も見えてくる。ただ面白い」」抜粋。
 一度は延期となったメガマッチが4月9日、ついに実現する。ようやく掴んだチャンスがコロナ禍で零れ落ち、喪失感に苛まれた日もあった。それでも試合成立を信じ、己の身体と心を休まず鍛え続けた男が胸中を明かす――。『Sports Graphic Number』1048号(2022年3月31日発売)より、村田諒太の特別インタビューをお送りする。
 ゴロフキンとのメガマッチにあたって、これまでもメンターの一人として折に触れてコンタクトを取ってきたソウル五輪シンクロ・デュエットのメダリストでメンタルトレーニング指導士の田中ウルヴェ京氏にセッションを依頼した。当初はメガマッチに臨む自分のメンタルの“実録”を残すことが、次に続く後進のためになるという考えから始めたもの。だが延期が決まって己の感情が揺さぶられるなか、「己のため」に色合いが変わった。「ウルヴェさんから、人間には“喪失期間”というものがあると教えられました。喪失に対して初めは頑張る気になるんですけど、現実を知って次は落ち込むそうです。そんなときに『今はそういう時期だから』と言われると、落ち込んでいいんだって思える。そう捉えることができたら、沈んでいくことはなくなるんです。そして『ここからは人による』とも。頑張ろうという気になる人もいれば、そうならない人もいる。ただ落ち込む時期があるんだと知っただけで、正当に落ち込めるというか。落ち込んでいる自分がダメだとか、弱いとか、そう思ってしまうと“ネガティブ・ループ”になってしまう。それがなかっただけでも凄く大きなことでした」。すぐさま「しゃーない」にたどり着いたわけではなかった。喪失感に襲われ、一度はひどく落ち込みながらもネガティブの沼にはまらずに済んだ。それが真実だった。聞き役に回る田中さんが村田の心情をホワイトボードに書き出し、それらを可視化していくことで自分が見えてくるという。「自分と向き合うのでしんどいところもありました。情けない自分も見えてきますから。ただ面白いとも感じています」。 試合が決まっていないのに、心と体を仕上げていくのはまったくもって容易じゃない。どこかサッパリとした笑みはそのミッションを乗り越えてきた証でもあった。
 最近、心に留めている言葉がある。百里を行く者は九十を半ばとす――。中国の史書『戦国策』にある一節。待ちわびたメガマッチが間近に迫るなか、ここからがまさに正念場になる。「僕の知るボクサーは“千里の道も九百九十九里をもって道半ばとす”と言っていました。同じ心境ですね。九百九十九里で頓挫したら、今までの苦労が一体何だったんだってなってしまいますからね」。

 試合から遠ざかり、ゴロフキンとのメガマッチが決まりかけては消え、決まったら今度は延期……。その道のりは本人からしてみれば「百里」では足りず、「千里」の感覚なのかもしれない。「千里」の先が見えてホッとしてしまうことが何よりの大敵であることも理解している。試合までの経緯もさることながら、リングに上がってからも勝利をつかみ取るまでには険しい「千里」のステップが待っている。言うまでもなくゴロフキンは元3団体統一王者であり、通算21度の防衛数もミドル級歴代最多。試合日までに40歳を迎えるものの、トップ・オブ・トップの輝きは色褪せていない。リングに上がる前も、上がってからも結局はつながっている。 今まで味わったことのない苦しくて長い一里を、道半ばとして。難儀を乗り越えたその先に、日本ボクシング界史上最大の栄光がきっと待っている。運が良かったと、心から笑える日を信じて――。

スティーブ・ジョブズの「失敗の真の姿」】
 永木久美/OCiETe「スティーブ・ジョブズがたった2文で的確に定義した『失敗の真の姿』」。
 スティーブ・ジョブズは、観衆の心をつかむスピーチで有名でした。各社とも、製品発表ではジョブズの基調講演の手法を取り入れたほどです。カリスマ性があり、ジョークをとばしてみたり、ときには挑発的な物言いをすることでも有名でした。ジョブズのすばらしいパフォーマンスの数々のうち、なかでも特筆すべき事例が1つあります。これは講演中ではなく、彼がApple に復帰してから間もない1997年、ある質疑応答の最中にあったことです。 聴衆のなかから、ある男性が侮辱的とも取れる質問を投げかけました。「ジョブズさん、あなたは聡明で、多大な影響力をお持ちです。でも、ここまでお話を伺っていると、ご自分が何を言っているのかまったく分かっていないのが明らかで、残念ですよ」。そう言うと男性は、Javaおよび打ち切りを発表したソフトウェア・フレームワーク、Opendocに関する具体的な質問を続けました。さらに、Appleから追放されていた7年間、何をしていたのかとジョブズを問い詰めたのです。

 ジョブズがNEXT社を買収したのは、彼がAppleに戻ってからまだ数カ月しか経っていない頃でした。これに不満を募らせていた者は、かなりの数に上っていました(この質問者もおそらくその1人)。まだCEOに就任してもいなかったジョブズが、大胆な改革を推進したのです。ただのコンサルタントという立場だったにもかかわらず。

 男性の質問に対し、ジョブズは直接回答することはしませんでした。代わりに、質問に隠されていた別の質問に答えたのです。自身の聡明さや成功を擁護するでもなく、間違っていることもあるという、質問者の強い非難をむしろ受け入れたのです。
 「途中で失敗することもありますが、意思決定がなされているので、悪いことではないのです。間違いは見つけ出して改めます」。

 完璧主義で知られているジョブズのこと。失敗を容認しようとしていたわけではありません。上記の回答も後述する通り重要なポイントではありますが、それ以前に、この応酬に関して驚くべきことがいくつもあります。なかでも注目すべきは、ジョブズがこのときソフトウェア開発者を前に質疑応答のステージに立っていたこと。Apple WWDC(世界開発者会議)のステージで、ティム・クックが今後、同じように回答する可能性はゼロと言っても過言ではないでしょう。さらに、この侮辱的な発言に、ジョブズがしなやかかつ忍耐強く対処したことです。言い訳をしたり、カッとなったりする可能性もあったはず。多少イラついた様子を見せたとしても無理からぬこと、と思われたでしょう。でも、ジョブズの反応はまったく異なったものでした。

 ジョブズの考える「失敗」とは?

 ジョブズの発した2つの文は、成功するための教えをよく示唆しています。
 成功は、失敗しないようにすることではない。失敗とはほとんどの場合、成功が何であるかを会得していくプロセスである。

 この過程では、失敗は避けられない。失敗しないための戦略をいつまでも練り続けることも可能だが、結果的に何もしていないに等しく、無駄に過ごしたことになる、と。成功は、どう定義して達成するものなのかを、ジョブズは短い言葉で伝えたのでした。

 「カスタマーエクスペリエンス(顧客体験)をもとに、テクノロジーを構築していくことが肝要だと常に考えてきました。テクノロジーありきで、それをどこに売り込もうかと思いめぐらすのではダメなんです。今日お集まりの皆さんの誰よりも、私自身がたくさんこの間違いを犯してきました。それによってたくさんの代償も払ってきました」。


 この最後の部分に注目してください。多くの間違いを犯したとジョブズ自身が肯定していますが、会場で質問を投げかけた男性の言葉からもわかる通り、それがジョブズの信用に陰りを落とすどころか、むしろ信用を増していたのです。代償を払ったということは、敗北ではありません。戦いを勝ち抜いた証です。もちろん、目指すべきは(成長につながるような)些細な失敗をどんどん繰り返していくことであり、(廃業に追い込まれるような)深刻な失敗を犯すことではありません。成長につながる失敗を通して、深刻な失敗を避けるすべを会得できるでしょう。さらに、失敗は自分が何を築くべきなのかをも教えてくれます。間違いを見つけてどんどん軌道修正していくことで、あなたの製品や事業が揺るぎないものに成長していくことでしょう。これが真に望んでいた姿ではないでしょうか。




(私論.私見)