具体的に何をし始めたのかというと、対局に向けての『準備』を大切にするようになりました。この『準備』がうまくできたときは結果もいいことが多いですし、うまくできなかったときは結果もついてこないことが多く、大きな悔いも残ることになります。たとえば現在は対局前日、関西棋院の近くのホテルに泊まり、心身ともに対局に備えるようになりました。対局当日の朝に家から通えないことはないのですが、前泊することで日常とは違う環境に身を置き、翌日に向けて良い意味での緊張感を高めていくのです。
また対局はほぼ週に一局ですから、対局と対局の間の1週間をいかに過ごすかにも気をつけています。自分で勉強したり研究会に参加したりはもちろんですが、体力作りのためにスポーツジムにも通っています。対局にプラスとなるだけでなく、身体が疲れているときに運動をすると逆に元気になって、ふだんの勉強にもプラスに作用するのです。このように『準備』をしっかり行うことができると『やるだけのことはやったのだから、良くも悪くも結果はもう自然と出る』と落ち着いた気持ちになれます。ですから『準備』を大切にするようになってからは、対局前夜も落ち着いて眠れるようになりましたし、対局中も必要以上に動揺することがなくなりました。
かつて『準備』の大切さが分かっていなかったときは、一流棋士と対戦したときに、相手の着手が必要以上に好手に見えてしまったり、それが元で自分の着手がおかしくなってしまったりしていました。つまり『精神面の未熟さで負けた』ということで、これは非常に情けないと言わざるを得ません。技術面の未熟さで負けるなら、しかたがありません。足りない技術を今後また勉強によって補っていけばいいのですから。でも自分の力を出しきれずに負けたとしたら、本当に悔いが残ります。だからこそ、どんな相手と対戦したとしても動じることのない精神面が必要なわけで、自分自身にその裏づけを植えつけるためにも『準備』が大切なのです。これができるようになってから、どんな相手と碁盤を挟んで向き合っても『自分の力を出しきるだけだ』と思え、成績も上向いてきました。ここ3年間で4度のリーグ入りができたのも、精神面の向上があったからであることは間違いありません」(NHK囲碁講座2013年1月号より)。