中学生プロ将棋棋士である藤井聡太四段(14歳)は歴代最多連勝記録を30年ぶりに塗り替える1週間前の6月18日、大阪市内のホテルに向かった。この日の相手は囲碁界の国内最強棋士、井山裕太六冠(28歳)だ。異種格闘技で対局を挑んだわけではない。盤を挟まない対談である。偉大な先輩を出迎えるべく、30分前に対談会場入り。前日も対局したばかりだが、空いた時間はやっぱり将棋。スマートフォンで将棋を指していると、井山六冠も早々に現れた。両棋士とも忙しい日々だが、とりわけ藤井棋士はプロ1年目。連勝を続け日本中から注目を浴び、慣れない慌ただしさの最中にある。そんな時期だからこそ、今回の対談には意味があった。時間的な制約が増えた藤井四段は、高校進学をどうするかを迷っている。プロとなった以上、将棋界の8大タイトル戦(竜王、名人、叡王、王位、王座、棋王、王将、棋聖)での優勝という目標がある。12歳でプロ入りした井山六冠は、16歳4カ月で囲碁界史上最年少でのタイトル戦優勝、26歳で史上初の7大タイトル戦(棋聖、名人、本因坊、王座、天元、碁聖、十段)同時制覇を成し遂げた。その生き様は道標となり得る。進学に対する決断、タイトルの獲得、防衛、失冠、奪回──。井山六冠は、自らが直面した葛藤や人生の決断を惜しむことなく明かした。藤井四段も呼応するように胸中を語った(対談司会はジャーナリストのタカ大丸氏)。
井山 |
将棋は四段からプロですけど囲碁は初段からで、私は中学入学と同時にプロデビュー。中学時代も囲碁でそれなりの成績は残せても、まだプロとしてやっていけるか不安が付きまとっていました。囲碁界では高校に行かない人が結構いて、大学まで出られる棋士はかなり少ない。だから高校進学せず囲碁に専念するという選択には全く迷いがなかった。せっかく自分の一番好きなことを職業にできて、この時期は今後の棋士生活にとって非常に大事な時期だから、ここは精いっぱい囲碁に専念して悔いのないようにやってみたいという思いが強かったです。 |
藤井 |
そうですね。学校に行くと時間的な制約がかなり増えますので、そういった点で高校進学については自分の中で迷う気持ちというのはあります。 |
井山 |
藤井さんの場合、もちろん勢いもあるでしょうが、ここまでくるのは実力がないと無理です。私の場合は、16歳のときに大会一回戦で当時の張栩名人と対戦して、戦う前の自分の状態は決して良くなかったのですが、それでも勝てた。勝つ前と後でそんなに棋力が上がるはずもないけれど、張栩名人に勝てたなら他の人にも勝てるだろうという変な自信が付いたのは大きかったですね。 |
藤井 |
自分は加藤一二三先生(九段。6月に引退)と対戦して勝つことができたのが大きかったかなと思います。勝負の上でメンタルも含めてすごく大きくて、デビュー戦で勝てたっていうことはすごく自信になりました。 |
六冠は真っ白な色紙に「雅」と、藤井四段は「無極」と揮毫した。
――2時間に及ぶ対談後、井山六冠は真っ白な色紙に流麗な筆運びで「雅」と揮毫した。「勝敗はもちろん大事だが、そういうことだけではない棋士の思いを込めて」と井山六冠。次の手を決断するとき、無難に逃げずリスクを背負い、自分の最善を信じて「打ちたい手を打つ」という美学を貫く。
藤井四段が振るったのは「無極」の2文字。果てがないこと。もっともっと成長したいし、成長する。自らに限界をつくらない覚悟を込めた。まだ筆さばきはたどたどしいが、一文字一文字を丁寧に書き上げた。棋士は経験を積んで将棋の実力を高めるとともに、書の腕も磨かれていくものだ。7月3日(月)発売の『週刊ダイヤモンド』7月8日号では、両棋士の初対談を全10ページで独占掲載した。リアルな棋士人生を語る端々に両者の志が現れた対談は、何かを成したいと望む者に大いなるヒントを与えてくれる。