その他/柳田格之進
 落語「柳田格之進」の原話は江戸後期の碁打ち林元美著「爛柯堂棋話」。原話では、浪人は猪飼某。泉州堺で娘と二人暮らし、手習師匠して生計を立てている。時々商人宅へ碁を打ちに行くうち、金を盗んだと疑いをかけられ、返却後、出奔した。その後、商人宅で金が出てきた。が、猪飼は行方知れず、5年後商人の雑談から娘が京の島原遊廓にいることがわかった。娘にきけば、父は郡村というところで小作をしているとのこと。番頭はすぐに郡村に行き、許しを乞うて金を返そうとしたが猪飼は拒絶する。追い返された番頭は、京の有力商人を介して詫びたが猪飼は聞かず、娘の身請けも許さず、置いていった金には手を触れぬまま郡村で生涯を終えたとなっている。これでは情噺にならないので落語「柳田格之進」ではハッピーエンドにさせている。「ウィキペディア柳田格之進」その他を参照する。「立川志の輔 柳田格之進 YouTube」、「古今亭志ん朝 (三代目) 柳田格之進」、「古今亭志ん生(五代目) 柳田格之進 」、「古今亭志ん朝 柳田格之進 」、「春風亭昇吉 柳田格之進」。

 柳田格之進
 この噺は、直接的に碁を題材にしたものではありませんが、別名[碁盤割り」、「柳田の堪忍袋」という人情噺として知られています。本来は45分ほどの大作ですが、端折ってご紹介しましょう。

 彦根の城主井伊氏のご家来で柳田格之進というものがおりました。文武両道に優れ品性正しく潔癖なお人柄と評判をとりましたが、正直すぎるのが玉に瑕。周囲の人からは疎まれ、閑職に廻され、ついには浪人の身となり、早くに妻を亡くして、浅草阿倍川町の裏長屋に娘の"きぬ"と二人で住んでおりました。「お父っぁん。そんなに毎日家の中にいても退屈でしょう。たまには好きな碁でも打っていらっしゃい」。努めて明るく振舞う娘の声に急き立てられ、「そうか、すまないなぁ」と碁会所に顔を出す格之進。と、そこに馬道一丁目に住んでいるという質屋の万屋源兵衛というものがおり、まず一番。するとどういうものか馬が合い、番数を重ねるほどに親密となって、それからというもの碁会所に足を運ぶたびに二人で対局をするようになりました。

 「どうでしょう、柳田様。こうして碁会所でお会いして打っても、その日そのままお別れするのもつまりません。できましたら、私どもの屋敷においでいただき、碁を打ちながら軽く一献、というのは」。「おぉ、それは願ってもない。是非に」。ということで、それからというものの、二人は万屋源兵衛の家の離れで打つようになり、終われば一献傾けて楽しんでおりました。格之進の娘きぬも、毎日のように出掛ける父の変わりようを嬉しく思い、また万屋源兵衛には言葉にいえぬ感謝をしておりました。

 さて、時は8月15日、「今日は中秋の名月、十五夜の晩に月見としゃれながら一番いきましょう」との源兵衛の誘いに格之進は万屋へと向かいました。すると、番頭の徳兵衛が迎えにでてまいりました。「主の源兵衛は、ただいま集金に出ております。少々手間取っているようで、帰りが遅れておりますが、じきに戻るかと、、、」。「そうか、では、いつもの離れで待たせてもらってもよいか」。番頭の徳兵衛は、主人の大切な碁友とはいえ、相当に身なりを窶した浪人姿の格之進をあまり信用してはおりません。かといって、「後ほど改めておいでください」などといえば主人に叱られることは目に見えています。渋々と離れに案内すると、まもなく主人源兵衛が帰ってまいります。「柳田様が既にいらっしゃっていますよ」と言うが早いか、源兵衛は離れに一目散。こうして、碁と月を肴に大いに飲んで食べて、いつもより遅い時間に格之進が帰った後に片付けの女中とともに番頭徳兵衛も離れに顔を出します。「だんな様、だいぶお楽しみのようすでしたのでお待ちしておりましたが、そのぉ~今日の集金を付けませんと帳場が閉まりませんもので、、、」。

 「おお、そうだったな。ほれ、ここに五十両、、、おや、右の袂だったかな。いや、右では碁を打つのに不自由だし、、そうだ、そこの座布団の下ではなかったか。何? どこにもない? そんなはずはありませんよ。私は確かに集金して、この部屋まで持ってきたんですから」。

 徳兵衛は、日頃思っていることが口をついて出ます。「だんな様、ことによるとこれはぁ、、、」。「徳兵衛!その先を言うんじゃありませんよ。そんな間違いなどあるわけがありません」。「でもだんな様。だんな様は確かに五十両集金して、懐に入れて、この離れに入った。この離れにいたのはだんな様と柳田様の2人だけ、柳田様が帰られて金子もない、となれば子供でもわかる引き算じゃありませんか」。「何を言うか。柳田様はそんなことをする方じゃありませんよ」。「しかし、あの食い詰めた様子に、あの着物だってツギアテだらけ。何か間違いがあってもおかしくないでしょう。つい、うっかりということだって、、よし、これから私がちょっと柳田様のお宅まで行って聞いてきましょう」。「黙りなさい!それ以上何か言うと承知しませんよ。柳田様は決してそんなお人じゃありません。あのお金は、私が集金してどこかに落としたんです。それで処理しなさい。この話は金輪際してはなりませんよ」。「しかし、、、」。「済んだことです!」。


 こうして、あるじ源兵衛はことを収めましたが、収まらないのは番頭・徳兵衛。そんな馬鹿なことがあるものかと、あくる日になってから主に黙って柳田様のお宅へと伺います。「ごめんください」。「お、これは万屋の番頭だな。昨晩はたいへん馳走になった。どうしたのか? 何か忘れ物でもあったか?」。「へぇ、ちょっと柳田様の忘れ物がございました。ただ、お届けに参ったわけではございませんで、お出しいただきたいと」。「だせ?とはどういうことだ」。「お心当たりはございませんか」。「知らぬ」。「ならば仔細をご説明申し上げますが、実は昨日、主人の源兵衛が昼間集金に回って五十両懐に帰りましたところ、すでに柳田様がお待ちですよと言うが早いか、離れのほうにすっ飛んで行きました。柳田様と碁を打ち、酒を呑み、お帰りになりましたところで、今日のご集金を帳場にお預かりをと言うと、件の五十両がございません。主人が申すには、碁を打っている間、碁盤の脇に置いておいたというのですが、もしかしたら柳田様がご存じかと・・」。「拙者が盗んだというのか」。

 「いえ、盗んだなどとんでもない。ただ、思い違いでそこにあったものを懐にしまわれたりしてはおりませんかと・・」。「私はどんなことがあっても、人の物を盗むという事はない!」。「では、仕方ありません。かくなるうえは、お上に届けて裁いてもらいますが・・」。


 こうしたやりとりの後、格之進はしばし押し黙ったのちに尋ねます。「番頭。ときに今日ここに参ったのは、番頭の一存か? あるいは、主人の源兵衛殿のお指図か?」。「それはもう、身供の主も『それは柳田様に間違いない。行って返してもらっておいで』と申しており、こうして私が参ったというわけでして」と番頭徳兵衛、ありもしない嘘をつくと、格之進は何事かを考えているようでしたが、やがて口を開いて「あいわかった。それでは私が五十両用立ててお返ししよう。ただし、今はないぞ。明日の昼に来なさい」。こうして番頭徳兵衛を帰した後、格之進は娘のきぬを呼びます。「実は、昨晩万屋で金子五十両が紛失するという事件がおきた。その場に居合わせたのは主人の源兵衛と手前だけであったということから嫌疑を掛けられておる。番頭は御上に訴えるといっているが、むしろそのほうが事実を知るには都合が良い。だが、それで汚名は拭えても、かように訴えられた恥は拭えない。かくなるうえは、腹を切り身の証をたてようと思う」。すると、きぬもまっすぐに育てられた武士の娘、気丈そうな眼差しを父に向け、「父上様、その五十両、私が身を沈めて作りましょう。それで万屋様にお返しください。かようなことは万屋様に何か勘違いがあったのでしょう。私は万屋様を恨みはしませんよ。この数ヶ月、父上様はとても楽しそうでした。職を失い、この長屋に移り住んでからは決してみることのなかった明るい顔も、万屋様とのお付き合いがあればこそと感謝しておりました。どうか事を荒立てませんように。真実は一つ、いずれ疑いの晴れることもございましょう」。

 こうして、娘きぬの心に打たれて、泣く泣く別れ、作った五十両。翌日参った番頭に。これを手渡します。「確かにこれに五十両用意した。ただし、申しておくが、この金は先日の金ではない。ゆえに、もし万一、後日屋敷の中から金が出できたらなんとする」。「(やっぱり五十両でてきた。後からでてきたらどうするって? 今になって返すのが惜しくなったか。そんな脅かしに乗るものか)へぇ、万が一にもそんなことはございませんと思いますが、」。「だから、その万が一があったらどうするかと尋ねておる」。「そんなことがあるわきゃぁありません。もし、もしですよ。万が一のことがあったら、その時は私と主人源兵衛の首を差し上げます」。「しかと、約束したぞ」。

 こうして番頭・徳兵衛は帰って行きました。「ほうぁら、やっぱり五十両持っていた。謹厳実直な武士と言ったって、ああ尾羽打ち枯らしては、一時の気の迷いってこともあるもんだ。だんな様も本当に気がよすぎる、はい、ただいま帰りましたよ。あ、だんな様、これへ」と五十両を差し出します。「どうしたんだ、この金は」。「へぇ、返してもらってまいりました」。「返してもらったって、お前まさか、、、」。「へぇ、そのまさかで、、、やっぱり柳田様がお持ちでした」。「どうしてお前は主人の言うことが守れないんだい。柳田様に尋ねてはならぬとあれほどきつく言っておいたのに。もし、柳田様であるのなら、この五十両差し上げたものと思えばよいのだ。何月もの間、碁を打ち、酒を酌み交わし、心を開いた仲であればこそ、もし柳田様がこの金を必要としたのなら、深い事情があったに違いないのだよ。もし、必要なものなら渡せば良いじゃないか。たとえ戻らなくても構わない、そう思って貸すのが真の友情だよ。それをお前ってやつは」。「へい。あいすみません」。「まぁ、お前の主人思いの気持ちもわからんでもない。番頭として当然のことをしたのだろうから、これ以上怒りはしませんよ。ほら、これから柳田様のところまで行くからお前もおいで。そして、番頭の身分で差し出がましいことをして申しわけありませんでした。この五十両は元の通りお収めくださいませと言ってお渡しするんだよ」。「へぃ、しかし、それがそのぉ~、、ちょっとまずいことになっちまってまして」。「何がまずいんだい」。「柳田様に約束しちまったもんで。もし、他から五十両でてきたら主人と私の首を差し上げるって」。「まったく、馬鹿な約束をしたもんだね。とにかく私も一緒に頭を下げるから、いらっしゃい」。

 こうして源兵衛は番頭を連れて安倍川町の裏長屋に来てみると、すでに格之進は家を引き払った後でした。「あぁ、たかが五十両の金のことで大切な友人を失った」と落胆して戻る源兵衛と番頭・徳兵衛。「しかし、あの長屋の暮らし向き、決して楽ではなかったろう。金のことなどどうでもいいから、また戻ってもらい、碁を打ち酒を酌み交わしたいものだ」。源兵衛はそう願って、店の者にも、出入りの者にも頼んで「かような人相風体のご浪人を見かけたらご連絡を」と、格之進を捜し回ったが、とうとう見つけることができませんでした。

 さて、その年の暮れ、万屋では総出で大掃除の日のことです。離れのすす払いをしていた使用人が、額縁の裏にあった五十両をみつけて大騒ぎになります。騒ぎを聞きつけた徳兵衛、

 「さては」と思いました。「だ、だんな様。で、で、でました」。「いったい、何が出たっていうんだい。そんな幽霊でも見たような顔をして」。「こ、これです」。と差し出す財布をみて源兵衛も、はたと思い当たる。「これは、あのときの五十両の財布」。「へぇ、離れの額縁の裏からでてきたと、、」。「額縁の裏? あ、そうかぁ。思い出しましたよ。あのとき、一目散に離れに向かい、羽織を脱いで座ったはいいが、大金の入った財布を見せびらかして碁を打つとは品がない。目に入らないところに置いておこうと、さっと額縁の裏にポン、と」。「それは、思い出してようござんした」。「何を言ってるんだい。よかぁないよ。すると、あの柳田様の五十両は何だったんだい」。「とうてい柳田様ご自身が五十両の金を持っているとは思えませんでしたが、確か、柳田様には年頃の娘がおりましたな、もしや、娘が身を落として、、、」。「徳兵衛。なにがあっても柳田様を探し出しなさい!」。


 こうして改めて格之進を探し始めた徳兵衛。あらゆるツテを頼ったが、この年のうちにはどうしても見つけることができませんでした。さて、年が改まって、正月4日、番頭・徳兵衛が出入りの者を連れて山の手の年始挨拶に廻ったその帰り道。「だいぶ、雪が積もってきましたね。少々急いで店に戻りましょう」と、湯島の切り通しにさしかかったそのとき、向こうから駕籠かきと1人の侍が坂を登ってまりました。「おや、ずいぶんと人情に厚いお侍様だねぇ。雪で滑るのをいたわって駕籠を降りて歩いてるよ。また、蛇の目傘の内のこしらえ物の贅沢なこと」。その立派ないでたちが目に留まり、それに見とれて通り過ごそうとした、その時。思わずその侍から声をかけられます。

 「お、その方、、」。「へ?」。「万屋の番頭、徳兵衛ではないか」。「へぇ、身供は徳兵衛でございますが、お侍様は?」。「拙者の顔を見忘れたか。それとも、この姿に見違えたか」。「あ、あ、あなたは、柳田様」。「いかにも。どうだ、主の源兵衛共々達者にしておるか?」。「へ、へぇ、それはもうおかげさまで。柳田様は、またたいそうなご出世をなさいましたようで」。「うむ、あのときのような汚名を着せられるのも、浪人暮らしの身から出た錆、いろいろと改めるところもあったが、おかげで今は三百石に取り上げられておる」。格之進に濡れ衣を着せたことがわかっている徳兵衛は、身の縮む思いで立ちすくんでおりました。「おお、これは失礼した。雪の中で立ち話などしたおかげですっかり体が冷えてしまったようだな。どうだ、湯島の境内に良い店がある」。

 こうして、格之進は徳兵衛を連れて歩きますが、番頭にしてみれば、まるで閻魔様に連れて行かれるようで人心地もしません。「まずは一献」と格之進が差し出す徳利を受ける盃を持つ手も震えが止まりません。「どうした、まだ寒いのか」、「い、いえ、そんなことはございません」。「こうして酒を飲んでいると源兵衛殿を思い出すな。良い碁仇、いや碁友と言うべきか。あれ以来、碁が打てなくなったのは心残りだ」。「来たっ」と思った徳兵衛。あのときは、間違いないと一本気な性格で押しかけたものの、過ちであったことを知りながらしらを切り通すことができません。「実は、あのことなんですが、、、五十両は、、、離れの部屋にございました。申し訳ありません」。「ほう、あったのか。それは良かった。では拙者の疑いは晴れたというわけだな」。「さようでございます。あのときの五十両は、間違いなくお返しいたしますので、なにとぞご勘弁を」。「勘弁するも何も、徳兵衛、あのとき確か『もし、他から五十両でてきたら何とする』と約束してあったな。あの五十両は娘が身を売ってこしらえたものだ。いまさら五十両を返されても元の娘に戻るわけはなし。明日、昼頃に万屋に伺うので、源兵衛共々首をよく洗って待っておれ」。そういい残して帰っていきました。

 早足で帰った徳兵衛は主人に報告をいたします。「だんな様、柳田様がみつかりました。先ほど湯島の切り通しで立派なお侍様とすれ違ったところ、よく見ればそれが柳田様。今では三百石のお取立てのご出世だそうでございます」。「そうか、ご立派になられたのだな。して、五十両の件は話しただろうな」。「へぇ、もちろんです。五十両ありましたと詫びたのですが、柳田様の五十両はやはり一人娘の身で作られたそうで、、、それで、、あぁ、だんな様申し訳ありません」。「なんだ、どうしたというのだ。話を続けなさい」。「実は、あの五十両を受け取るときに、柳田様から万一他から金がでてきたら何とするかと言われたので、まさかそんなことはあるまいと、もし出てきたら主人と私の首を差し上げる、と。そうしたら、明日の昼に店に来るから首を洗って待っていろとのことです」。「主人と言ったら私のことかい? まったく何だってお前が私の首を賭けるのかね。こうなったら謝るしかないし、元はといえば私が置きっぱなしにして忘れたのがいけないんだ。もし、許されなければそのときは覚悟しましょう」。

 そうして明くる日。源兵衛は番頭を呼びつけます。「徳兵衛。ちょっとお使いに行って来ておくれ。いつもの本郷の高田屋さんまで届け物だよ。急いで行っておいで」。「へぇ、しかしもうすぐ昼時ですし、柳田様をお迎えしませんと。誰か他のものを使いに出すわけにはいきませんか」。「何を言ってるんだい。高田屋さんはいつもお前が行ってるんじゃないか。いつもの通りいってらっしゃい。柳田様が来られたら私が話をしておくから」。こうして追い立てられるように店を出たものの、源兵衛は気が気ではありません。

 もしやだんな様が一人で罪を被る気ではと、出掛けたふりをして店の奥の部屋に隠れておりました。「ごめん」。「お、これは柳田様。よくいらっしゃいました。昨日番頭から話を聞いてお待ちしておりました」と、屋敷のほうに案内します。「番頭がおらぬようだが」。「はい。徳兵衛は今使いに出しました。一刻ばかりは戻りませんでしょう。まずは、この度の不始末、責任は全て身共にございます。この通りお詫び申し上げます」。「番頭から話を聞いているならわかっていようが、この度の件は娘までも犠牲にしている。決して許すわけにはまいらん」。「はい。そうでしょうな。心中お察しします。覚悟もしております。どうぞ、この首を刎ねてください。ただ、一つだけお願いがございます。番頭と2人の首をとの約束ですが、それではこの万屋が立ち行かなくなります。どうか、私一人の首でご勘弁願います」。


 それを物陰で聞いていた徳兵衛が、源兵衛と格之進の間に転がりでてまいります。「お待ちください。柳田様。実は、あのときのことは私の一存で取立てに参ったものでございます。ご主人様は何も知らぬことなのに、主の命令だと嘘をつきました。罪は私一人が被るものでございます。どうか、私の首を刎ねてください」。「いや、哀れむならば、売られていった我が娘。娘の手前、どちらか一人といえども許すわけにはいかぬ。そこに並んで首を差し出されよ」。

 ああ、万事休すと覚悟を決めて、二人は揃ってその場に座り頭を垂れて目を閉じた。そこへ柳田格之進の刀の鍔がチンと鳴るが早いか、えいっと振り下ろされた。すると切られたのは二人の首ではなく、後ろの床の間にある碁盤が真っ二つ。こうして二人は一命を取り留めた。「こうして切り捨てようと思うたが、自分一人が悪いと互いを慮る、主従の真心がこの柳田の心に響いて手元が狂ったようだ。一度振り下ろした以上は、これにて良しとしよう。碁盤に免じて二人を許そう」。

 こうして許された万屋源兵衛は、さっそく、半蔵松葉から、柳田の娘きぬを身請けしてまいり、番頭共々娘にも深く詫びを入れ、娘も父上の許すことならばと快く応じました。また、以前よりも格之進と源兵衛は深い付き合いをするようになり、番頭の徳兵衛も本来は真心のある人物、晴れてきぬと夫婦となり、万屋の夫婦養子としてめでたく収まりました。二人は仲が良く、まもなく男の子を産み、その男子を格之進が引き取り、柳田の家名を継がせることに相成りました。柳田の堪忍袋の一席、これにて追い出しにございます。