諸氏の藤井聡太評

 更新日/2020(平成31、5.1栄和改元/栄和2).7.20日

 (囲碁吉のショートメッセージ) 
 ここで、「藤井聡太新棋聖の師匠/杉本昌隆八段の金言考」をものしておく。

 2020(平成31、5.1栄和改元/栄和2).7.20日 囲碁吉拝


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藤井聡太

藤井 聡太(ふじい そうた、2002年〈平成14年〉7月19日 - )は、将棋棋士。杉本昌隆八段門下。棋士番号は307。愛知県瀬戸市出身。 2016年に史上最年少(14歳2か月)で四段昇段(プロ入り)を果たすと、そのまま無敗で公式戦最多連勝記録(29連勝)を樹立した。その後、最年少一般棋戦優勝・タイトル獲得、史上初の10代九段・二冠・三冠・四冠など多くの最年少記録を持っている。

 将棋の第91期棋聖戦第4局で、高校生棋士の藤井聡太七段が渡辺明棋聖(36)に勝ち、史上最年少で初タイトルの棋聖を獲得した。「彼は、将棋界に神さまがくれた『ギフト』かもしれない」。同業の棋士にそこまで言わせる天分を、ひた向きな努力で開花させ、17歳のタイトル保持者の誕生である。数々の新記録を打ち立ててきた強さの秘密はどこにあるのか。棋士たちの言葉から分析する。(文化部・樋口薫)
 ◆「何が起きたのか分からないほどの強さ」

 ベテランの高野秀行六段(48)。棋聖戦第2局での藤井七段の完勝ぶりに「これでタイトルを取れない方がおかしい」と腰を抜かした。「私の常識では評価できない。何が起きたのか分からないほどの強さだった」。序盤、藤井棋聖が桂取りに金を上がる新手を放ち、悪形とされる「玉飛接近」の陣形から攻撃を仕掛けた。高野六段には「将棋を始めたばかりの子がやりそうな手」とすら映ったが、実は計算ずくの研究手順だった。中盤では一転、攻めに使うと思われた銀を、守備駒として自陣に打ちつけた。多くの棋士の意表を突いたこの手は、最新のAIが6億手を読み、ようやく最善と判断した「AI超え」の妙手として話題になった。終盤の仕留め方も鮮烈だった。「まるで作ったかのように、痺れる手筋が次々と飛び出した。真剣勝負で、しかも最強の棋士を相手に、あんな将棋は見たことがない」と高野六段は脱帽する。「いくら藤井さんでも、何年かに1回の出来であってほしい。これが標準だとしたら、勝てる棋士がいないだろう」。
 ◆「コロナ禍で休みとなった2カ月、貴重な時間だったはず」
 新型コロナウイルスの緊急事態宣言で、藤井棋聖は5月末までの約2カ月、対局中断を余儀なくされた。しかし再開後の成績は際立っている。6月以降、16局を指す過密日程ながら、成績は実に14勝2敗。倒した相手も圧巻でA級棋士、タイトル保持者がずらりと並ぶ。内容も充実しており、さらに一段階“覚醒”した感がある。同じく中学生棋士としてデビューし、棋士と高校生活を両立させた谷川浩司九段(58)は「学校があると将棋に専念できる期間が短くなる。コロナ禍で休みとなった2カ月は、藤井さんにとって貴重な時間だったはず」と推測する。
 ◆驚くほど異なる、藤井の強さへの見解
 トップ棋士たちに藤井棋聖の強みを聞くと、驚くほどに見解が異なる。その点が、藤井将棋の規格外ぶりを示しているともいえる。例えば、王位戦7番勝負(東京新聞主催)で挑戦を受けている木村一基王位(47)は「藤井さんの将棋には、常に序盤で新しい工夫がある。普通の棋士なら1回や2回で弾切れになるところを、次々と撃ち続けているのが彼のすごさ。研究量と発想力の両方が備わっている」と、その序盤力に着目する。藤井棋聖が更新するまで、タイトル挑戦と獲得の最年少記録を保持していた屋敷伸之九段(48)は「受けの強さがベースにあるのでは」と指摘する。「しっかりと受けてから、少しずつポイントを稼ぐように攻める。形勢が良くなっても、とにかく勝ちを急がない丁寧さが印象的」。
 ◆「エンジンが違う」「局面の認識能力」
 攻めの鋭さを挙げたのは、今月6日に順位戦B級2組の対局で初対戦した橋本崇載八段(37)だ。中盤、まだ勝負はこれからという場面で一気の攻めを食らい、終局後に「積んでいるエンジンが違う」と感嘆した。「こっちがとぼとぼ歩いている間に一瞬で抜き去られたような感じ。スピードがすごかった」とのコメントに実感がこもる。谷川九段は、その強みを「局面の認識能力」と表現する。「中盤の混沌とした局面において、本質や急所をできるだけ短い時間で、直観的に見極める力が非常に高い」。詰め将棋を解く能力がずばぬけており、終盤力が取り沙汰されることの多い藤井棋聖だが「最近は中盤の能力が急速に伸びたように感じる」。
 ◆羽生善治九段も絶賛
 では、この30年の将棋界を牽引してきた羽生善治九段(49)はどうみるか。2月に両者は王位戦リーグで対戦し、藤井七段が勝っている。感想を尋ねると「序盤の研究、分析の深さを感じた」「中盤で丁寧に読む姿勢はデビュー当時から変わらない強さ」「終盤の切れ味の鋭さが光る将棋が多い」と、絶賛に近い答えが返ってきた。普通の棋士ならば指し手の特徴、「棋風」というものが存在する。しかし各棋士の藤井棋聖への評価は、一見、矛盾とすら感じるほどにまちまちだ。序盤巧者、中盤の急成長、終盤の切れ味、一気の攻めに丁寧な受け…。まさにオールマイティーの全能棋士。「弱点が見当たらない」(谷川九段)というのが、棋士たちの共通見解なのである。
 ◆17歳の棋力の理由は

 では、なぜ藤井棋聖は17歳にして、そこまでの棋力を身につけることができたのか。地頭の良さ、何事にも動じない精神力、誰よりも深い将棋愛など、多くの条件が重なったことは間違いない。ただ、筆者はそれらとは別の要因として、一つの仮説を挙げたい。ヒントになったのは、高野六段の言葉だった。藤井棋聖とは2月、順位戦のC級1組で戦っている。昨春に対局の予定がつくと「間違いなく歴史に名を残す棋士。一生に何度もある経験ではない」との思いで、秋ごろから本格的な準備に入った。AIを搭載した研究用パソコンのスペックを上げ、藤井棋聖の得意戦法から派生する変化を一つ一つ検討していった。その時に実感したのが「藤井さんと戦う棋士は、みんなこれほど気合を入れているんだ」との思いだった。「どの棋士も、藤井さんとの対戦はいい内容が多い。入念な準備をした状態で臨み、決して楽には勝たせていない」。藤井棋聖にしてみれば、毎局、対戦相手が目の色を変えて全力で向かってくるわけである。それを正面から受け止め続けた経験は、成長の大きな糧となっているはずだ。「相手のエネルギーを自分の力に変えていると思う。そうでなければ、これほど指数関数的な成長の説明がつかない」と高野六段もうなずく。高野六段と藤井棋聖の対局も好局となった。終盤にミスがあり「一気に決められた」ものの、中盤までは互角の進行だった。「藤井さんはものすごく強かったが、やれることはできた」と達成感が残った。「年を取り、将棋教室や観戦記などの仕事も増え、対局が最優先というわけではなくなっていた。その自分がこういう将棋を指せる。まだ頑張んなさい、と天に言われている気がした」。高野六段の前期順位戦の最終結果は7勝3敗。在籍12年目となるC級1組では2度目の勝ち越しで、過去最高の成績だった。藤井棋聖の活躍に引っ張られる形で、「おじさん」棋士も結果を残した。「スターが出れば業界は盛り上がり、周囲にいい影響を与えてくれる。それがスーパースターならば、その業界にとどまらず、世の中をも動かしていく。藤井さんはそういう存在になりつつある」。藤井棋聖はどれほどの高みへと到達するのか。高野六段は「棋士ですら『どこまで強くなるのか』と期待しているところがある」とも語る。楽しみであるのはもちろんだが、それだけではない。未知なるものを前にした時の畏怖のような感情を抱いているのは、筆者だけではないはずだ。
 ◆将棋を知らない人も、知る人も

 筆者は2年前、以下のようなコラムを書いたことがある。藤井棋聖が「△7七同飛成」という鮮やかな妙手を指した時の感動を記したものである(その手は、年間で最も優れた新手や作戦に贈られる升田幸三賞を受賞した)。その思いは当時から変わらないどころか、いや増すばかりだ。再掲し、結びとしたい。〈将棋を知らない人も、藤井七段をすごいと思うだろう。ただ、将棋を知る人はもっとすごいと思っている。その真価は勝率の高さより、大人びた受け答えより、独創的で斬新な指し手にあるからだ。その「芸術」を鑑賞するために、将棋を覚える価値がある。それほどの才能が、今われらの時代には存在する。〉
 樋口薫(ひぐち・かおる) 東京新聞文化部で2014年から囲碁・将棋を担当。「バン記者・樋口薫の棋界見て歩き」を毎月連載。木村一基王位の史上最年長での初タイトル獲得までの道のりを追った『受け師の道 百折不撓の棋士・木村一基』(東京新聞)を6月に発売。
 史上最年少でのタイトル獲得なるか…!?将棋の藤井聡太七段(17)は「棋聖戦」五番勝負に2連勝、タイトルに王手をかけて7月9日、第3局に臨む。「以前にも増して強くなっている」と強豪の棋士たちが口をそろえる藤井七段。その強さを、多くの棋士の証言やAIを使った対局の徹底分析から明らかにする。一方で、取材からは藤井七段が「手が見えない」と苦悩していた時期があったことも分かってきた。師匠は、苦しみを乗り越えたことが驚異的な強さに磨きをかけたと話す。タイトルに迫る17歳、知られざる進化の秘密に迫る。

※放送から1週間は「見逃し配信」がご覧になれます。こちらから ⇒https://www.nhk.jp/p/gendai/ts/WV5PLY8R43/

出演者

  • 佐藤康光 九段 (プロ棋士・日本将棋連盟会長)
  • 杉本昌隆 八段 (プロ棋士・藤井七段の師匠)
  • 武田真一 (キャスター)
 AIで徹底解析 驚異の強さ

 藤井七段の驚異的な強さは、どのようなものなのか。私たちは将棋ソフトを開発する企業と協力し、人工知能=AIで解析することにしました。4年前のデビューから29連勝を果たし、将棋界を震かんさせた藤井七段。まず、当時と現在の本人が対局した場合を想定し、分析しました。

 AI分析担当者
 「今の藤井七段が、昔の自分に73%ほど勝つという確率になっています。29連勝した当時の藤井七段に、いま自分が勝負したら70%勝つということなので、それはすごいとんでもないこと」。
藤井七段の将棋は何が変わったのか。デビュー前から持ち味としてきたのは、終盤の強さです。それを培ってきたのが「詰将棋」。相手の王をどう追い詰めるか問題を解き、終盤の力を磨きます。幼いころから詰将棋が大好きだった藤井七段。夢中になって解いた問題は1万以上にのぼります。デビュー戦以降の30局を、AIが解析した結果のグラフです。グラフは、一手ごとの形勢を示しています。グラフの線が中央より下がれば不利な状況、中央より上がれば有利な状況にあることを示しています。中には、勝負の中盤にグラフが下降し、相手に攻め込まれることもありましたが、終盤に形勢を一気に逆転する手を指し、勝利を引き寄せていました。

 AI分析担当者
 「序盤、中盤もちょっとしたミスもありながら、終盤、一気に差がつくような手があったというような将棋だったのかなと」。
一方で、ライバルの棋士たちは、序盤や中盤につけいる隙があると考えるようになっていきました。その一人、都成竜馬六段です。5連敗を喫していた藤井七段に去年(2019年)5月、初めて勝ちました。都成六段は、藤井七段の対局を詳しく分析し、弱点を見つけていたと言います。

 都成竜馬六段
 「あえて弱点をあげるとすれば序盤。中、終盤と比べると序盤でリードを許す展開もあって」。
対局で都成六段が狙ったのは序盤、藤井七段に攻守の要の駒である飛車を動かすよう、しむけることでした。手前側の都成六段は、攻め込んできた飛車の前に歩を指します。これに対し、藤井七段は横に並ぶ歩を飛車で取ります。その結果、飛車が守っていた縦の列の防御が弱くなりました。その後、都成六段は弱くなった守りの隙に角を打って攻め込み、事前の作戦を生かして勝利しました。

 都成竜馬六段
 「藤井七段の特徴みたいなものが、だんだんほかの棋士も分かってきて、より研究をぶつけやすくなった」。
序盤に課題のある弱点をどう克服するか。藤井七段が取り入れてきたのが、AIを搭載した将棋ソフトです。自分が指した手が正しかったかどうか、ソフトに評価させます。なぜその評価に至ったのかをとことん考え抜くことで、序盤や中盤の指し方を磨いていきました。

 藤井聡太七段
 「序盤でも細かく形勢が動くところもあって、あるいは組みあがりの局面がどうだったかというのも分かるので、自分でしっかり考えて読むと、どのあたりに改善の余地があったかが分かるという感じです」。
その努力が対局に表れます。最近の30局を分析した結果からは、将棋の進化が見えてきたのです。ほとんどのグラフで線は下がることはなく、右肩上がりになったのです。序盤や中盤に劣勢になることが少なくなったことを示しています。

 先月(6月)行われた棋聖戦の第2局。序盤から主導権を握ると、一度も王手をかけられることなく圧倒しました。トップ棋士たちは、藤井七段が飛躍的な進化を遂げていると指摘します。

 広瀬章人八段
 「もうかなりすごいというか、よく簡単に勝てるなという感じで。勝ち方が横綱相撲に近い感じ。対応力に関しては、またさらに磨きがかかっている」。

 中村太地七段
 「レベルが高くなっているのがはっきりと分かる。最近はあまり不利になることを見かけない。隙がまったく見当たらなくなってしまったなという印象ですね」。


 進化のきっかけ “手が見えない”

今回の取材で、藤井七段の劇的な進化の裏に知られざる苦悩があったことが分かってきました。師匠の杉本昌隆八段は、およそ1年前、藤井七段が珍しく弱音を吐くのを耳にしました。

 師匠 杉本昌隆八段
 「対局に負けた直後の食事のときだった。『手が見えない』というか、珍しく弱気な雰囲気を出していた」。
2人は藤井七段が弟子入りした小学4年生のときから、数え切れないほど練習対局を繰り返してきました。対局の中で感じていたのは、藤井七段は迷ったとき、必ず攻めの一手を選ぶことです。ところが去年は、弱気な守りの一手を選んで負けた対局があったといいます。トップ棋士との対局が続き、負けが込んでいた時期です。

 杉本昌隆八段
 「調子が悪いときは(手が)見えすぎてしまう。守りの手が、いい手に見えてしまう。常にトップに近い人たちばかりとの対局で、なかなか思うような将棋ばかりではないと。ときに自分の力が出せないことも痛感したのでは」。

 さらに去年は初めての大舞台で、考えられないミスを犯してしまいました。勝てばタイトルへの挑戦権を獲得できる、大事な一局でした。ミスが起きたのは、藤井七段が優勢で迎えた最終盤。相手の広瀬章人八段は、最後の望みをかけて藤井七段に王手を仕掛けました。この場面、藤井七段が王を正しい位置に逃がせば、勝利はほぼ確実でした。詰将棋を得意とする藤井七段なら読み切れると誰もが考えていました。

 広瀬章人八段
 「藤井七段なので、逃げ間違えることはないだろうなと、半分は諦めモード」。
ところが、まさかの選択ミス。王を逃がさずに、歩を打ってしまったのです。

 藤井聡太七段
 「負けました」。
 

 プロ入りから目標にしてきたタイトル挑戦を、みずから手放す形になりました。

 藤井聡太七段
 「最後に間違えてしまったのは残念。結果としてはそれも実力かなと思う」。
自分本来の将棋ができなかった藤井七段。しかし、その手痛い敗戦によって、さらに強くなると確信していた人がいます。地元の将棋教室で藤井七段を5歳から教えていた、文本力雄さんです。大事な対局で藤井七段が負けることは、少年時代にもありました。特に覚えているのは、小学生名人を決める大会の決勝で敗れたときです。周囲が手をつけられないほど激しく泣き、悔しがる姿が目に焼きついています。今は当時ほど激しい一面を見せることはありません。ただ、負けを悔しいと感じ、そこからはい上がろうとする本質は変わっていないはずだと言います。

 将棋教室 塾長 文本力雄さん
 「あの晩、聡太は眠れなかったと思う。胸の中に熱いマグマを持っている。ここ一番を落としたからね。負けず嫌いのマグマが放っておいてくれないのでは」。
内に秘めた“悔しがる力”。今回の棋聖戦に挑むにあたって、藤井七段はその力をバネに原点に帰ることができたと杉本八段は考えています。新型コロナウイルスの影響で対局が行えない、およそ2か月の期間が大きかったといいます。

 杉本昌隆八段
 「外に出られない、学校にも行けない、対局も研究会もできない。そのときに過去の自分の将棋を見つめ直した。たくさんの将棋も見たでしょう、AIを使って研究もしたでしょう。一歩また上のステージに上がったのではないか」。

異次元の一手 新たな高みへ

新型コロナウイルスによる休止期間を経て迎えた、棋聖戦の挑戦者決定戦。ここで藤井七段は、驚くべき進化を見せました。相手は互いに手の内をよく知る永瀬拓矢二冠。序盤、両者一歩も譲らない展開でした。勝負の分かれ目となる中盤の54手目。藤井七段は思わぬ一手を指します。相手の王から少し離れた場所に指した3六銀。中村太地七段は、この手では永瀬二冠の王にプレッシャーを与えることができず、将棋のセオリーから外れた一手だと感じたと言います。

中村太地七段
「アマチュアの方とかがこの銀を打ってきたら、『この手はあまりいい手じゃないからやめましょうね』と言ってしまいそうな、そういう銀なんですね」

対戦相手の永瀬二冠は…。

永瀬拓矢二冠
「率直には、読んでいない手を指されたなと思いました。読んでいない手を指されると、感覚的には悪手のことが多いんですけど、藤井さんは意味のない手を絶対に指さないので、それは分かっているので何か意味があるというか。」

想像もしていなかった一手。永瀬二冠はその対応に迫られます。素直に思いついた手は、持ち駒の金で守りを固める4八金打。

一方、読みを進めるうちに浮上したのが、王を逃がす6九玉。

永瀬二冠は、さまざまな手を探り、泥沼にはまっていきます。

永瀬拓矢二冠
「複数、何とおりか読んだときに、よい答えが見つからなかったんですね。どれを指しても考えても、なかなか見通しが立たないというか。」

結局、永瀬二冠が1時間8分かけて考えたのは、王を逃がす手でした。6九玉の後、永瀬二冠は徐々に追い詰められていきます。藤井七段は、この銀を基点にして、逃げた王を挟み打ちにする形で、次々と攻めの一手を繰り出します。そして…。

永瀬拓矢二冠
「負けました。」
「あとで調べたというか反省はしたんですけど、この6九玉と4八金打の差が人間に理解できる人はほぼいない。藤井さんは理解していたと思うんで、さすがでしたね。自分はどっちも難しいと思います。自分の感性では。」

勝負の分かれ目となった3六銀。独自にAI分析を行うと、驚くべきことが分かりました。1,000万とおりの局面をAIに読み込ませる通常の分析を行った場合、最善手は別の手でした。

しかしその7倍、およそ7,000万とおりの局面を読み込ませると、最善手は3六銀と変わったのです。

中村太地七段
「藤井さんが指す手は、指した瞬間はAIの評価は低いんだけど、時間をかけて読ませるとAIの評価が変わってその手を称賛するとか、ある意味、AIを少し超えているような部分を感じるところもあったりする。見れば見るほど味わい深いというか、見れば見るほど意味が分かって、すごさとか恐ろしさが分かる一手だったと思います。」

そしてタイトル戦の舞台でも、藤井七段は次々と驚きの一手を繰り出します。

渡辺明三冠
「負けました。」

小学4年生のときから師匠として見守り続けてきた杉本八段。藤井七段の進化をこう語ります。

杉本昌隆八段
「新しい従来にはない発想の手は、小学生時代の藤井の手なんですね、どちらかというと。もともと持っていた藤井のひらめきの手であったり、柔らかい感性の手。今まで封印していたものでしょうけど、この場面ならこの手が使えるという感じで、今の彼の実力とその柔らかさが融合したのかなと思います。」


タイトル獲得は?異次元の強さの秘密

そして、きょう(9日)。

解説
「強い手できましたね。」

「跳ねたんだ。」

森下卓九段
「これで勝ちに行ったわけですよね。」

敗れたものの、藤井七段らしい手を何度も繰り出しました。
史上最年少でのタイトル獲得へ。その挑戦は続きます。

藤井聡太七段
「きょうの将棋の内容を反省して、その次につなげられたらと思っています。」


武田:杉本さん、最後まで目が離せない大熱戦でしたけれども、残念でしたね。

ゲスト杉本昌隆 八段

杉本八段:でも藤井七段にとってはいい経験ですし、最後の第5局まで行ってほしいですね。

武田:調子の波のようなものというのは気にするほうなんですか?

杉本八段:あまり気にしないタイプで、負けたから流れが悪いとか、そういうふうには考えないです。ですので、次の大会には切りかえて臨んでいるはずです。

武田:タイトルというのは意識されてますかね?

杉本八段:してないと思います。欲がないタイプですから。勝ちにはこだわるけど、タイトルを取ってどうこうということは考えてないはずです。

武田:そして、日本将棋連盟会長の佐藤康光九段にもお越しいただいています。藤井さんのもともとすごかったんですけれども、最近の急成長ぶり、そしてタイトルを争うまでになっている状況をどうご覧になっていますか?

ゲスト佐藤康光 九段 (日本将棋連盟会長)

佐藤九段:非常に、常に高い勝率を上げているというところは変わらないんですけども、戦う相手がプロデビューのときとは(違って)今トップ棋士とばかりの戦いで、その中でも変わらず高い勝率を上げ、かつ先行逃げ切りの将棋が増えているというのは、棋譜の上からも驚異的な成長がうかがえるかと思います。

武田:まだ高校生ですよね。世代の違いみたいなものはお感じになりますか?

佐藤九段:非常に感覚が違うといいますか、やはり特に10代、若い棋士は修行の仕方も勉強の仕方も違うので、そういうところからもたらされる感覚が根本から違っているなというのは感じています。

武田:どういうふうに感覚が違うんですか?

佐藤九段:われわれの場合は、自分たちで材料のない中からどう絞り出すかというイメージがあったかと思うんですけれども、やはり今はAIの発達ということもあって、どういう手を知った上で、どうより深く考察していくのかというのが、非常に重要になってくるのかなと思っています。

武田:こちらは棋聖戦の第1局と第2局での有利不利を、AIで解析したグラフです。上が有利、下が不利ということなんですけれども。いずれも序盤・中盤の弱点を克服して、ほとんど不利になることなく勝利しているんですね。圧倒的な強さを身につけた源泉は何だとお考えですか?

佐藤九段:私はプロ棋士の強さは“読みの量”だと思っているんですけども、藤井七段はそれが飛びぬけて量が多いと感じます。

武田:量というと、ものすごい先まで読んでいるということですか?

佐藤九段:棋士の場合は、ある程度経験を積みますと、“大局観”といいますか、感覚で読みを省略して考えていくということがあるんです。けれども、藤井七段はまだ経験が浅いということもあって、その分を読みでカバーしますが、その量がやはり今までの若い棋士とは桁違いに違うなと思いますね。

武田:思いもかけない手を次々と繰り出しますけれども、あれもやはりひらめきとかではなくて、読み?

佐藤九段:私個人の考えでは、読みつくした中から、こういう手もあるんだなという発見を常にしていくと。盤上に表れない発見を一局の中でしていくのかなという感じがありますね。

武田:杉本さん、藤井七段のAIとのつきあい方にも強さのヒントが表れているということが取材で見えてきたんですけれども、これはどうなんですか?

杉本八段:私はAIは現代機器でいえば人が楽をする、人の代わりに考えを出せるものかなと思ってました。けれども、藤井七段は全く楽をしない。AIを使って最善手がこうだと示されても、自分は違うんだ、自分の信念はこちらだという形で、自分の中で毎回考えるんですね。そのあたりの距離感は、かなりうまくつきあっている。AIをうのみにせず、自分で消化してから指すというタイプですね。

武田:去年の今ごろは、ちょっと調子が悪いというふうにおっしゃってたみたいですけれども、そこはどうやって克服したんですか?

杉本八段:調子が悪いときというのは、どうしてもふだん選んでない手を選ぶ、弱気になってしまうことがあるんですけれども、大きい勝負も経験して、負けも糧にして、完全に吹っ切れた感はありますね。

武田:では今は、強気の手を指す?

杉本八段:きょうは残念でしたけれども、ずっと前に強気な手を指していましたから、今の藤井七段なら大丈夫です。

武田:藤井七段の登場で、将棋そのものも大きく変わっていくのではということを話す棋士たちがたくさんいるんですけれども、どうなんでしょう。藤井七段という存在は、将棋の歴史を変えるまでの存在になりつつあるんでしょうか?

佐藤九段:藤井七段は研究の最先端を走っているトップ棋士の1人ではあるんですけれども、根本から常に毎回毎回変えていくという形ではなく、細かい工夫が今、随所に表れているという状態だと思います。そういう経験の回数を増やしていくことによって、やはり大きな変革というのが出てくるのではと思いますので、これからが非常に楽しみかなと思っています。

武田:根本的にあり方をかえる可能性はあるということですか?

佐藤九段:そういう存在にはなっていくのかなと期待をしております。

武田:この後のタイトル戦の予定なんですけれども、週明けにはいよいよ王位戦の第2局が控えています。その後も棋聖戦の第4局、第5局と日程も詰まっているわけですけれども、どこまで今後上り詰めていくのでしょうか?

杉本八段:考えてみればまだ藤井七段は17歳、高校生なんですよね。よく完成された将棋と言われていますけど、まだまだ完成していなくて、まだ技術的に伸びると見ています。何よりも将棋が大好きであるということが大きくて、藤井七段って、対局に負けた真夜中でも、私が出した詰将棋を夜中の3時半から30分かけて考えてみて、「これは解けないですね」みたいな感じで。それぐらい将棋が好きなんですよ。であれば、いくらでもまだ強くなる余地がある。どこまで行くか想像はつかないですけれども、これからも安心して見ていられると思います。

武田:燃えつきてしまうとか、嫌になっちゃうということは?

杉本八段:それは、彼に限っては間違いなくないと断言できます。やはり「好きである」ということが大きいですね。

武田:佐藤さん、将棋界全体としても、藤井さんへの期待は大きいのではないですか?

佐藤九段:そうですね。将棋界のみならずこれだけ枠を超えた存在で、将棋の強さのみならず、棋士としての立ち居ふるまいも見事だと思いますので、これから将棋界を変えていく存在に、より成長してほしいなという思いですね。

武田:お二人にとってもライバルでもあるわけですよね。手ごわいですか?

佐藤九段:まあそうですね。ライバルと言ったら怒られちゃいますけど(笑)、目標にしたいと思います。






(私論.私見)