左翼とは何か、ハト派とは何か、サヨとは何か考

 (最新見直し2010.07.23日)

 (れんだいこのショートメッセージ) 
 2003.1.31日、「左往来人生学院れんぱる掲示板」に、小原氏より「ところで、『左翼』って何なのでしょうか?いや真面目な質問です」という投稿が為され、れんだいこがこれを採用し、ひとつこの辺りで「左翼とは何か」という概念考をしてみようと提案した。以下は、その遣り取りであるが、曖昧なうちに雲散霧消した。以来そのままにしていたが、どう見ても左翼であるはずが無い人士が自称左翼として出場している例を見るに付け、議論を続けていく上でどうしても「左翼、右翼の概念規定」をしないといけないと思うようになった。

 もう一つ、「ハト派、タカ派の概念規定」もせざるばなるまいと思うようになった。最近では新聞紙面にも、久しく使い忘れてきていたハト派、タカ派用語が載るようになっている。以前は、革新対保守なる用語も使い古されてきた。他にも、急進派対穏健派、教条派対現実派、原理派対修正派等々。その中間に日和見主義、機会主義、中道主義、折衷主義なるものがある。だがしかし、相変わらずその概念規定ができていない。

 もう一つ、「サヨとは何か」考も加えた。

 そこで、れんだいこがいつものように試論を提供する。然るべき認識の共有を得て議論を活発にさせたいと思うからである。しかし、この際苦言をしておこう。本サイトをご覧になられる方が居るとして、これぐらいのことはれんだいこに限らずどなたかがやって欲しいことだ。何でもかんでもれんだいこの体当たりに期待するのは良くない。恥は一時のことというでは無いか。そういう意味では、れんだいこなぞは恥の塊のようなもので、それが次第に磨かれてきて今日のようにある。てな自賛するのはおかしいか。まっとにかく行ってみようっと。

 2008.3.26日、浅羽通明氏の「右翼と左翼」(幻冬社、2006.11.30日初版)を手にする機会を得た。解説本として参考になる。しかしまだ急所を射ていない気がする。本人も自覚しており、「右翼と左翼を十全に解説した決定版を刊行するまで、代役を務め得る小著を世に出しておく。それが本書の執筆理由です」と述べている。これに触発されて、れんだいこの左翼定義を改訂してみることにする。

 2003.10.19日、2005.3.28日再編集 れんだいこ拝


【サヨの左派ぶり現状考】
 「左翼とは何か、ハト派とは何か、サヨとは何か考」から判明することは次のことである。情けない現実がある。れんだいこから見て、決して左派ではない、せいぜいサヨでしかない者が、左派を自認しつつこれを世間に表明し立場を表明している者に対し、「お前は左派ではない」とレッテルを貼る癖がある。れんだいこは云う。人をそのように罵る限りには、お前はレッテル貼りの前に自らの左派規定論を明らかにせねばならない。そう問い返したところ、口をもぐもぐするしか能のない手合いばかりである。

 実は、それを責める訳にはいかない。なぜなら、れんだいこの観るところ、「左派とは何か」の見立てがが大いに曖昧模糊にして亀裂しているから、「左派とは何か論」は結構難しいのだ。非難されるべきは、彼が答えられないことにあるのではなく、答えられないのに「お前は左派ではない」と人を悪し様に云う作法にある。認識の共有ができておらぬのに、手前が説明もできぬのに、独り高みからものを云い、為に云い得、云い勝ちになっている。れんだいこにはとても真似できぬ芸当である。

 インターネットの場合、差し当たり本人確認できない。それを好都合にして云いたい放題為すのは、当人のみ気持ちよくても傍の者が迷惑する。その御仁が「左派とは何か」を論として述べられないのならせめて、どの流派に列なるのか、例えば日共系とか社会党系とか新左翼諸派のどこそのセクト系とか表明する義務が有ろう。それもできないのなら、左派運動指導者として誰を評価しているのか、例えば宮顕とか不破とかその他云々を明らかにせねばならない。なぜなら、それによって批判者のスタンスが分かり、聞く側も「云いそうな事だ、勝手に言わせておけ」と合点できるからである。

 それをしないままの云い得、云い勝ち批判が跋扈しており気持ち悪い。れんだいこが、その御仁のあれこれの言説を見るに、「何でこいつが左派であるものかは」という手合いが多い。そういう御仁に限って、「彼のどこが左翼なんですか」、「こんな思想は左翼思想とは無縁です」、「左翼の思想とは全く無関係の政策担当者の思想」、「彼の意見は右派の意見といえますね」等々得手勝手な言説を弄んで云いたい放題している。

 社会思想学上、社民主義よりもっと右翼的な民社主義水準の手合いが、マルクス主義とネオシオニズムの違いも分からずに当人がマルクス主義と勝手に思っているだけで、実はネオシオニズムの理論なりイデオロギーを宣伝しているだけの者が、そのことも分からぬまま自称左派を気取りつつ、気に入らないものを見つけては「あれは**」だと罵っている。相手にするだに馬鹿馬鹿しい病理現象であろう。

 いつぞやどこかに書き付けたが、幕下の相撲力士が横綱の相撲を悪し様に云うのは聞き苦しい。オンチが歌手の歌唱指導しようとするのはおこがましい。囲碁将棋の低段者が高段者の着手を難癖批評しているようで気持ち悪い。そういう愚に陥らないようすることは、誰に教わるのでもない成人過程で当たり前に獲得すべきマナーなのに、左派界隈ではこの常識が弁えられていない。作法が滅法荒(すさ)んでいる。こういう手合いでは権力取れない、こういう手合いには渡せない。

 もっとも、論争の場合、当事者が互いの相手にレッテル貼るのは適切であれば構わない。なぜなら、それによって議論が節約できるし、議論内容が引き締まるケースが多いからである。しかし、見も知らぬ何らの議論関係にない者が、誰それを掴まえては「高み」から偉そうにエエカゲンなことを云って廻るのはケシカラン行為であろう。その御仁の傍若無人性というか幼稚性を証していると云えよう。

 そういう意味で、れんだいこは、本サイトで、「左翼とは何か、ハト派とは何か、サヨとは何か」を語っておこうと思う。

 2005.5.8日、2006.5.8日再編集 れんだいこ拝

【故事来歴としての「左翼」概念について】

 そもそも「左翼」という言葉は、フランス革命期の国民議会に於ける占めた席の位置から発生している。この時、反王権的急進派になればなるほど議席の左側を占めた。このことから、「議席の左側を占めた政治勢力のことを左翼」と云う。元々の意味では、これ以外の規定はない。

 実際にはこうであった。当初、旧制度護持の保守派が右に、中間派が中央に、革新派.革命派が左に席を占めた。ところが、革命の進展につれて、更なる革新派、革命派が次々登場し始め、かっての革新派、革命派が右へ右へと移動し始め、この傾向はテルミドール反動が起きるまで続いた。議会に登場しない、より左派の勢力や個人も存在した。その中にはバブーフのような社会主義の源流と言いえるセクトも既に登場していた。(フランス革命については、「別章【フランス革命論】」で考察する)

 以上を踏まえて菅孝行・氏は、、「新左翼運動40年の光と影」の49Pで次のように述べている。参考になるので引用する。

 「ここから明らかになるのは、左翼あるいは左派とは政治史の中に動きとして存在する革新的潮流のことであって、固定的な実態を指すのではないということ、必ずしも社会主義者や共産主義者のことを指すのではなく、時系列的にも政治思想の枠組みとしても、より広い政治的諸関係の中での相対的な関係の指標であるということ。左翼の自覚を有するものにとって、左翼は常に自己を左に置き右を撃つもの、絶えず左から撃たれるものであったということである」。
(私論.私見) 「左翼なる概念」について
 「そもそも左翼とは、フランス革命期の国民議会において、議席の左側を占めた政治勢力のことを云う」とならば、左翼なる概念は歴史事象から生まれたものであり、元々の哲学的概念では無い事になる。ここに左翼規定論の難しさが胚胎しているように思われる。つまり、左翼という概念を哲学的に思索しても意味がなく、歴史的事象として発生して以来纏った意味合い即ち故事来歴を汲み取らねばならないということになるからである。まず、このことを踏まえておきたい。

 2005.5.8日 れんだいこ拝

【歴史的政治概念としての「左翼」とは】
 「左翼」という呼称の由来は上述の通りである。国民議会の左翼に位置を占めていたグループにつけられた名称であり、ここから発生したということが分かる。しかし、これだけでは何も語っていないに等しい。国民議会の左翼に位置せしめたグループの思想なり主張なり行動とはどういうものであったのだろうか、左翼概念がどのように形成され変遷してきたのだろうか、これにつき考察したい。

 と、大上段に構えたが、丹念な史実考証が必要になる。幸いに、浅羽通明氏の「右翼と左翼」(幻冬社、2006.11.30日初版)がこれに取り組んでいるので座を譲ることにする。便宜的にこれを省いて、以下、れんだいこ的に考察してみたい。一般に、「左翼」、「右翼」の別は奈辺にあるのか、れんだいこは次のように考える。
 或る時代の政治において、左翼とは、下層的ないしは市民的人民大衆の側に立ち、「弱き者の正義を代弁する」者であり、イデオロギーであり、思想であり、理論であり、実践である。こう規定したい。ここを始発として様々な左翼が現出する。義民運動的百姓一揆、理想社会の建設目指してその為の権力奪取を目指す革命運動(マルクス主義)、権力そのものを否定し即自全面的に社会的解放に向かう続ルネサンス運動(アナーキズム)、地域の一角でコロニー的に理想社会創出に向かう理想村運動という様々な流れがある。いずれにせよ共通して云えることは、「下からの世直し」を目指しているということであろう。これを分類1とする。

 その過程の当面は人民大衆の生命及び生活基盤の危機に対し救済側に廻り、弱き者の生活権益確保とその擁護を目指す。この運動は、悲惨な生活実態を生み出している要因の解析と批判、改革に乗り出し、既成の富者権力的な政権及び体制に抵抗する。この生活圏的闘いを仮に「抵抗左翼」と命名する。「抵抗左翼」とも重なるが、主として言論や演芸的な分野で精神的表現的自由、規制緩和を求めて闘う左翼も存在する。これを仮に「自由左翼」と命名する。当然ながら、左翼が政権を取った暁には人民大衆の福利を重視する政治を目指し、これに抵抗する勢力と闘う。これを仮に「権力左翼」と命名する。これを分類2とする。

 統一国家が誕生した近代以降は、その延長線上で民族の独立、国家の主権保持、民族的伝統の護持的政治対応をも思想及び運動のうちに取り込んでいる。但し、国家の枠を超える国際主義的な左翼が更に存在するので、実際の左翼は国際主義革命派、中間派、在地主義民族派の三派が存立することになる。これを分類3とする。

 上述の左派運動は従来、反体制革命左翼として自己形成してきた。しかし、その後の運動の中で次第に体制内に取り込まれ、批判左翼としての地位を築いていった。これを仮に体制内左翼と命名する。これを分類4とする。

 左翼は凡そこの四分類から成り立っているように思われる。これを俯瞰すれば、「いわば国家百年の計を下層から捉える側に位置する体制内外の批判的系譜を総称したものである」と云えるのではなかろうか。

 これに対し、右翼とは、左翼の対概念として生まれたものであり、概ね既成の権力者側に位置してきた。西欧列強的近代化以前に於いては「帝王学的政治の正義を代弁する者」であるように思われる。近代化以降に於いては、君主存立、国家称揚、民族自存を第一義的に考慮し、伝統的宗教、習慣、制度、文化を意識的に擁護する傾向を持つ側に立ったように思われる。

 右翼は、君主−国家−民族の自立自存あってこそ国民生活有りの観点から「上からの世直し」を目指す。左翼の「下からの世直し」に対抗する役割を果たしており、仮にこれを国体主義と命名する。右翼は、時の政権に近しいことから、その政権が敷く強権的政治運営に翼賛する傾向にある。これを仮に「権力右翼」と命名する。他方、時の政権に批判的でクーデター、テロで世直しを図る右翼も存在する。これを仮に「回天右翼」と命名する。他方、政治には直接拘らずイデオロギー的に生息する右翼もいる。これを仮に「草の根右翼」と命名する。これを分類1とする。

 右翼理論も叉左翼同様に多岐に理論対立している。国家と君主、君主と民族、国家と民族は必ずしも一致していないので、より君主派、より国家派、より民族派、それらの中間派という様々な派が存立することになる。これを分類2とする。

 
以上から次のように総括する。今風に分かりやすく云えば、「左翼とは、『人民大衆あっての民族であり国家であろうが』と主張するものであり、右翼とは、『民族なり国家があってこそ人民大衆が護られるのではないか』と了解する。スタンスのこの違いが左翼、右翼を規定する」。つまり、「社会秩序のあるべき姿を下から見るのか、上から見るのかの違い」とも云えるのではなかろうか。れんだいこは、これが、元々の「政治概念としての左翼右翼規定」だと考える。そういう意味で、これを仮に「古典版左翼右翼規定」と命名する。

 問題は、この古典規定だけでは現代的左翼右翼論が解明できないことにある。もう一つのベクトルであるウヨサヨ論を顧慮せねばならない。ウヨ、サヨの命名の由来は不明であるが、ネットの2チャンネル辺りで早くから登場しているようである。「2チャンネル的ウヨサヨ規定」の概念は定かでないが、れんだいこは、命名自体を秀逸と見なしている。

 れんだいこ的理解によれば、近代−現代の歴史過程が、国際金融資本帝国主義とも云うべき現代パリサイ派即ちネオシオニズム派の圧倒的支配下にあり、この世界最大の支配勢力に左翼右翼が取り込まれており、これにどう位置するのかによって新たな概念としてウヨ、サヨが生まれているように思われる。ネオシオニズムに迎合的な左翼をサヨと云い、ネオシオニズムに迎合的な右翼をウヨと云うことになる。サヨ、ウヨの言説、運動、組織が古典的左翼右翼のそれとどう違うのかは別の機会に考察することにする。

 このウヨサヨ論を踏まえなければ「右翼左翼規定論」は完結しない。ここまで視野に入れて取り込んだ左翼右翼規定論を仮に「現代版左翼右翼規定」と命名することにする。今や、この観点を持たない右翼左翼規定論は味気ない。従って、「現代版左翼右翼規定」を媒介せずんば時代遅れであり、この観点を抜いたままの左翼論右翼論で、左翼と右翼のどちらが正しいとか逆に間違いだとか一般的に述べることはナンセンスであるということになろう。

 まだ考察せねばならない事がある。右翼と左翼は対極にあるものの常に対立する訳ではない。共同戦線化する局面がある。例えば、国家の主権とか独立を争う場合、植民地からの解放が問題にされる場面に於いてはウヨやサヨでない限り両者の見解は一致し、左翼も右翼も共同戦線が可能であり、その限りでいわば混淆することになる。この局面では、右翼左翼規定による識別はあまり意味を持たなくなる。

 誰の言か分からないが、「左翼論」と題して次のような指摘が為されている。

 「右翼」を情緒主義と見なすにおいて、「左翼」とは畢竟理性主義に他ならず、共産主義はせいぜいその1つの試行に過ぎない。現存する最大最強の理性主義とはグローバリズムに他ならず、現在諸国において「右翼」の台頭せるは、このグローバリズムという「暴走する巨大左翼」への必死の抵抗の試みなのである。理性主義には、近視的な経済理性主義と、遠視的なシステム理性主義とがあって、グローバリズムは前者に依拠する「機械論的左翼」である。従って、ここにおいて、理性主義=理想主義を標榜する「真の左翼」が為すべきは、後者に依拠する「人間論的左翼」を樹立することでこのグローバリズムという「怪物」を制御しその暴走を食い止めることこそがそれであり、ここにおいてはむしろ「右翼」とはその「人間論的」思惟において、そのローカリズムを止揚しつつ和解的にそれに良く学び、もって対グローバリズムな共同戦線をこそ張るべき「盟友」と見なされねばならない。


 両者が対立してくるのは、国家の主権、独立、植民地からの解放問題を終えての内治政策を廻ってである。左翼は、租税の軽減を始めとして支配権力からの規制緩和を求め、人民大衆の活性化により未来社会を展望する。右翼は、国家権能を強め、国策的遂行による護送船団方式あるいは大政翼賛会方式での活力ある社会を目指す。観点の違いがかく統治手法、政策の違いをもたらす。本来の意味での左翼右翼の分岐が生まれることになる。こう踏まえるのべきではなかろうか。

 但し、史実は更に複雑であり錯綜を極める。マルクス主義が登場し、その理論に基づく実践で史上初めて革命を成功させたロシアポルシェヴィキ的マルクス主義の経験によれば、人民大衆の生活権益確保と擁護を目指すという左翼的な立場から始まったものの、権力獲得以降は実際には右翼的な上からの国家主義的統制でこれをやり遂げようとする試みに向かい、実に50年近くの歴史を経て最後的に失敗に帰した。

 この間、ロシアマルクス主義的左翼理論の横行によって、左翼とは何か右翼とは何かの基準が混乱しすっかり分からなくなった。特に、党中央絶対的な民主集中制論、分派禁止論、スパイ論、国家運営上での官僚統制論、プロレタリア独裁論の偏狭適用による党と官僚機構との一元式国家管理論等々によって、本来右翼的な統制主義のそれが左翼の名によって行使されたことにより、何がなんだか分からなくなった。今もこの混乱の渦中にあると云えよう。

 しかし、右翼左翼規定はそもそも元を正せば、「フランス議会に於ける占めた席の位置」に関係しているに過ぎない。故に、詮索してもさほど意味がないのかも知れない。しかしながら、余りにも杜撰且つ手前勝手な規定が横行しているので考察せねばならない。

 れんだいこが、日本の政治風土に当て嵌めて規定すれば、人民大衆の生活権益擁護を論の起点に据え、政治抑圧からの解放に向うのが左翼、逆に国家・民族の存立基盤整備を第一にする論を起点に据え、国体維持を図るのが右翼であろう。繰り返すが、「人民が先か国家が先か」と云うことになる。「左翼右翼の概念規定」とは実にはこのことであり、それ以上の意味はない。どちらが良い悪いとか安易に判断し得るものではない、実際には刻々の政治状況によるのだと考えている。

 もとより、実際に左翼、右翼が纏ってきた歴史的歩みとは別である。永らくソ連版的左翼が左翼認知されてきたが、かの強権政治の手法はそもそも反左翼的と云わざるを得ないのに、そのソ連邦式スターリニズムが左翼の本家として通用してきた歴史がある。従って、れんだいこ式規定論は現実には適用できない。根本理論的に概念的に云えばこういう識別ができるのではないか、という意味合いである。ウヨサヨ論については別途考察することにする。

 2003.10.19日、2008.3.27日再編集 れんだいこ拝

【政治概念としての「ハト派」とは】
 同じように「ハト派、タカ派の概念規定」をしておこうと思う。案外こちらの方が実概念があり重要かも知れない。
 「ハト派、タカ派の概念規定」を文字通りの意味で解するならば、「ハト派」とは平和愛好勢力、「タカ派」は戦争愛好勢力ということになろう。しかし、この規定は一般的過ぎる。戦後日本政治史で用いられる意味は異なる。このことに気づかねばならないのに、気づかれないままに乱用されすぎている。

 戦後日本の政治史上で識別されているハト派、タカ派とは、戦後日本政治史上に立ち現れた独特の政治概念であり、他の国との比較はできにくい。それを踏まえて「ハト派、タカ派」を規定するならば、戦後日本の憲法秩序に対する態度の差から生まれている政治概念と位置づけることができる。れんだいこは、そう了解している。

 「ハト派」とは、戦後日本の憲法秩序の擁護派であり、特に政府与党内のその種のグループを指して呼ばれる。政府与党外の場合に「右翼左翼規定ものさし」があてがわれているように思う。日本の場合、2008年段階に於いても、本格的な左翼が政権を運営したことはなく、その代わりの如くに政府与党内に護憲派が発生するという椿事が起こっている。政治史的に見れば、吉田茂−池田隼人−田中角栄−大平正芳−鈴木善幸という首相ラインがこれに相当する。むろん、ハト派ぶりは一様ではなく温度差が認められる。

 付言すれば、「新聞社的ハト派、タカ派の概念規定」はこれとは違うようで、三木武夫をハト派と評している。どういう基準でそう評しているのか分からない。察するに、非権力闘争的穏和資質に着目してハト的と見なしているのではあるまいか。つまり、気質論を政治概念に適用していることになる。愚かなことであろう。

 これに対して「タカ派」とは、戦後日本の憲法秩序の否定派であり、故に戦前秩序復古派的改憲派ないしは現代世界を牛耳るネオシオニズムの御用聞き的改憲派、その中間派という三種としてたち現れるその種のグループを指して呼ばれる。「タカ派」を政府与党内に限定する対応関係で言えば、鳩山一郎−岸信介−福田赳夫−中曽根康弘−小泉純一郎という首相ラインがこれに相当する。むろん、タカ派の改憲度も同様に一様ではなく温度差が認められる。実際には中間派や捩れハト派も存在する。こちらも同様に一様ではなく温度差が認められる。

 考察せねばならないことは、政府自民党内ハト派の史的位置づけであろう。れんだいこは、戦後憲法秩序をプレ社会主義と規定しているので、タカ派に抗して勝利的に権力を掌握しつつ責任政治で戦後憲法秩序を擁護しつつ舵取りしていった「かってのハト派」の能力を絶賛している。特に、池田隼人−田中角栄−大平正芳時代の政治につき、これこそ日本土着型左翼政治であった、とさえ評価している。

 戦後憲法秩序をプレ社会主義と規定する観点、池田−田中−大平政治を在地型社会主義政治と規定する観点は、今のところれんだいこの独眼流になっている。誰か実にそうなりと評する論者が生まれないだろうか。れんだいこは、この観点に立たない限り、戦後政治史の流れが解けないと自負している。幾多の市井本が出回っても、この観点を喪失している限り資料以上の役には立たないと見立てている。

 2004.9.16日、2008.3.28日再編集 れんだいこ拝

【左翼論とハト派論の相関考】
 以上、左翼右翼論、ハト派タカ派論を見てきたが、両者の相関考をしておきたい。この考察がキモに当たっており、この考察なしの左翼右翼論、ハト派タカ派論は実践的に役立たない。
 れんだいこの見立てるところ、左翼とハト派は同盟軍である。これによれば、右翼とタカ派も叉同盟軍ということになる。では、左翼とタカ派の関係は如何に、右翼とハト派の関係は如何になるのだろうか。これらを考察したい。

 れんだいこの見立てるところ、左翼は、ハト派の中のハト派である。但し、タカ派と親疎する面もあり、ネオシオニズム系御用聞き的改憲派との抗争に於いては、タカ派の中の戦前秩序復古派的改憲派と辛うじて同盟的立場に立つことができると思う。それほどにネオシオニズム系御用聞き的改憲派を悪質と判ずるからである。

 現在、左翼は希少で跋扈しているのはサヨである。右翼も然りで跋扈しているのはウヨばかりである。サヨは左翼を排撃し、戦前秩序復古派的改憲タカ派を罵倒し、戦後保守主流派を形成したハト派政権に徒な批判を加え、ネオシオニズム系御用聞き的改憲タカ派と裏で通じ、その台頭を促してきた気配がある。1970年代のロッキード事件以降の日本政治史はこの流れにある。

 れんだいこは、左翼面したサヨ族こそものの道理が分からない何でも反対屋であり、むしろ本質は反共圏内に棲息していると見なしている。「何でも反対はダメ」というのは政府自民党内のハト派政権政治に対してこそ適用されるべきであるところ、この時代には「何でも反対」で左翼ぶり、現下のタカ派政治時代になるや「何でも反対はダメ」論で翼賛政治を指導している。こうした社共陣営の馬鹿さ加減に食傷するのはれんだいこだけだろうか。

 「口では反対、その実態は裏協力」も相手次第で、ハト派との場合には有り得ても、タカ派との場合には許されない。にも拘わらず、社共は、政府与党内抗争に於けるタカ派のハト派攻略に呼応する形でサヨぶり、嬉々としてそれに耽ってきた。その様は、連中が本質的にタカ派と通底していることの馬脚を露にしており、その姿態を晒している、と窺うべきではなかろうか。

 これは、宮顕−不破系日共運動をつぶさに検証してきたれんだいこならでは到達した見解かも知れない。政府自民党分析に於いて、ハト派対タカ派の深層抗争を踏まえない政府自民討論ほど詰まらないものはない。その詰まらないものが通説化しており取るに足らない。

 「ハト派タカ派論」と「左翼右翼論」の絡みを考察することは意義あることである。れんだいこは、ハト派の後方に左翼が位置し、ハト派は左翼バネを利用しながら政治を御してきたと考えている。ところが、左翼は、ハト派をそのようには見なさなかった。ここに左翼の識見不足があったと見なす。これに対し、タカ派の後方にはウヨとサヨが位置し、タカ派はウヨサヨバネを利用しながら政治を御してきたと考えている。現在はこの流れにある。

 こうなると、右翼はどこへ位置するのかを詮索せねばならない。れんだいこの見るところ、古典的右翼は敗戦以来姿を消したと見て入る。なぜなら、現代世界を牛耳るネオシオニズムが嫌悪しており、その分抑圧を強めるからである。従って、戦後右翼は層としては存在せず、様々な伝統の中で細々と命脈を保っていると見立てる。

 2008.3.28日再編集 れんだいこ拝

【政治概念としての「革新」とは】
 同じように「革新派、保守派の概念規定」をしておこうと思う。
 れんだいこが思うに、革新とは現状の改変、変革を目指す動きであり、改革派、革命派と結びやすい。保守とはその反対に現状を墨守しようとする流れで当局派、復古派と結びやすい。留意すべきは、「革新=是、保守=非」、「革新=左派、保守=右派」というものではない。俗にそのように看做されているが、「革新派、保守派の概念規定」には左右の識別はない。

 戦前の革新官僚がその典型で、「右」からの改革派、革命派も存在する。問題は次のところに認められる。戦後左派運動特に社共系が自ら革新を名乗り、革新であることを誉れにしてきたが、それは革新概念の無理論性に依拠したことを物語っており、本来主張すべき左派的観点からの逃避的代償的な運動であったのではなかろうか。つまり、革命運動を革新運動にすり替えたことになる。

 数学的には、「革新、保守」は必要条件であり、「左翼、右翼」、「ハト派、タカ派」は充分条件ということになろうか。

 2005.5.8日 れんだいこ拝

【政治概念としての「急進派」とは】
 同じように「急進派、穏健派の概念規定」をしておこうと思う。
 れんだいこが思うに、急進派とは、左ー右運動、ハトータカ運動、革新ー保守運動を急進過激的に為すのか、穏健微温的に為すのかの運動の性格のことを云う。、左ー右運動、ハトータカ運動、革新ー保守運動概念は本質規定であるのに、「急進派、穏健派の概念」は手法規定であると云う違いがあるように思われる。

 留意すべきは、急進派と穏健派は概念上対立するが、実際の運動局面に於いて対立必至かというとそうではない。急進派は突出しがちであるが、それを支える受け皿としての穏健派もある訳で、ある種協働補完関係にあると云える。然し、戦後左派運動の実態はこの協働補完関係が毀損されており対立している。それは未熟叉は意図的にそう操作されているからであると思われる。

 2005.5.8日 れんだいこ拝

【政治概念としての「教条派」とは】
 同じように「教条派、修正派の概念規定」をしておこうと思う。
 れんだいこが思うに、教条派とは、党派ないし組織の理論、綱領、指針に付きその実践上の原則を尊び、容易に変更を許さない運動主体のことを云う。修正派とはその逆に、状況に応じて必要とあらば党派ないし組織の理論、綱領、指針まで含めて他のそれと和合していく運動主体の事を云う。「教条派、修正派の概念」も、「急進派、穏健派の概念」同様に手法規定であるように思われる。

 留意すべきは、教条派、修正派は概念上対立するが、実際の運動局面に於いて対立必至かというとそうではない。教条派は他の党派、組織、団体との共闘を組みにくくさせ、修正派は共同戦線化し易いが、理論上は教条派が共同戦線化できないことはない。然し、戦後左派運動の実態はこの共同関係が毀損されており対立している。それは未熟叉は意図的にそう操作されているからであると思われる。

 2005.5.8日 れんだいこ拝

【政治概念としての「原理派」とは】
 同じように「原理派、応法派の概念規定」をしておこうと思う。
 れんだいこが思うに、原理派とは、党派ないし組織の理論、綱領、指針に付きその理論上の原則を尊び、容易に変更を許さない運動主体のことを云う。応法派とはその逆に、党派ないし組織の理論、綱領、指針に付きその理論上の原則をも状況に合わせて改変していく運動主体のことを云う。「原理派、応法派の概念」は、実線規定であり且つ手法規定であるように思われる。

 留意すべきは、原理派、応法派は概念上対立し且つ実際の運動局面に於いても対立必至傾向があるということであろう。なぜなら、原理派の原理派の所以が、原理の逸脱を許さないからである。応法派も又原理派の原理主義と馴染めない関係に有り、してみれば原理派と応法派の共生はありえるが、この両派は常に闘争渦中にあると云える。但し、党派、組織、団体の活性化の為には、この両派の共生こそが望ましいように思える。戦後左派運動の実態はこの共生関係が毀損されており対立している。それは未熟叉は意図的にそう操作されているからであると思われる。

 2005.5.8日 れんだいこ拝

【政治概念としての「サヨ」、「ウヨ」とは】
Re:Re3:れんだいこのカンテラ時評208 れんだいこ 2006/09/05
 【ウヨ、サヨ考】

 いわゆる「サヨ」なる用語が生まれ定着し始めている。れんだいこはこれには十分な根拠があるとみなす。これを命名した者は、単に左翼に対する蔑称として使ったのかも知れない。しかし、れんだいこが読み取れば別の意味合いを帯びてくる。

 「サヨ」なる表現は云い得て妙で、左翼の仮面をつけているが本質的に左翼でない者達の意識及び行動の総体に対して嗅覚で「何かが違う」ことを感じ取った者が、識別の意味から敢えて「サヨ」と命名しているように思われる。ロジックにおいてではなく感性的な表現でそれを為しているのではないかと観る。かく理解して「サヨ」なる政治用語の価値を認め、れんだいこが、これに理論的な意味づけをしてみようと思う。

 サヨ論は重要である。れんだいこは、「サヨ」を次のように規定する。
 「サヨとは、マルクス主義の理論及び実践を、マルクスーエンゲルスの協働時代のそれよりもなおネオ・シオニズムの下部運動に流し込み、マルクス主義を騙ってネオ・シオニズム運動を推進する隠れシオニスタン運動である」。

 
上記のように規定するとならば、「ネオ・シオニズム運動とは何か」、「シオニスタンとは何か」を明らかにせねばなるまい。れんだいこは、「ネオ・シオニズム運動とは何か」は「ネオ・シオニズム考」で、「シオニスタンとは何か」は「イエズス会宣教史考」で説き明かしている。簡略に述べれば、「ネオ・シオニズム」とは、国際金融資本帝国ロスチャイルド派の数奇な経路で露見した「シオンの議定書」に基づく世界支配綱領運動であり、「シオニスタン」とは、その配下として活動する者及び運動を云う。今、シオニスタンが各国の政財官学報の五者機関に巣食っており、由々しい政治問題になっている。

 ついでに、「ウヨ」を規定しておきたい。
 「ウヨとは、国家主義、愛国主義、民族主義の理論及び実践を、伝統的歴史的支配階級時代のそれに代えてネオ・シオニズム運動内のそれに流し込み、ネオ・シオニズム運動に利するよう国家主義、愛国主義、民族主義を騙って推進する隠れシオニスタン運動である」。

 「れんだいこ規定サヨ、ウヨ論」に拠れば今や、左派も右派もそれぞれ内部分裂しており、特にネオ・シオニズム運動に大きく影響されている。れんだいこは、かく規定するほど、ネオ・シオニズム運動を近現代史上に於ける歴史の真の推進力と看做して研究対象にしている。

 残念ながら、否必然というべきか、こういう見立てをすると決まってウヨサヨからの轟々たる批判が寄せられる。ウヨサヨが裏で通じていることが分かり却って興味深い。嫌がらせとイジメが迫ってくる。時には命まで取りに来る。出版社の場合には一斉広告打ち切りで脅される。マルコポーロのように廃刊を余儀なくされる。だからといって、怯むわけにもいくまいが。

 「左翼とは何か、ハト派とは何か、サヨとは何か考」(      sahasaisei_saharon.htm)


 
れんだいこがこの時期なぜこれを問うのか。このところの政治状況に対して、左派も右派も有効な対応ができていないためである。ある意味で脳死している。それというのも、政治学上の座標軸が狂っておるのにそのまま使っているからではなかろうか。この問題意識を持たない限り、何を云おうともなべて駄弁に終わる。

 稀代のシオニスタンお騒がせ愉快犯小泉首相を5年有余も政権に座らせ任期満了まで許してしまう痴態が生まれるわけだ。治安維持法でがんじがらめにされた戦前ならともかく、左派合法時代にこれほど不細工な話はない。

 なるほどネオ・シオニスト本家から見て、小ネズミはんは日本植民地化計画の歴史の針を50年進めた功績はある。その分、彼らから見れば歴史に残る有能首相ではある。しかし、我々が同じ見立てすることはない。中曽根以来のシオニスタン首相として満腔の怒りをもって弾劾せねばならない。その差が分からず、海の向こうで名首相論がでているので多分そうなんだろうと同じ音色で論調するのは、単に明治以来の西欧被れに過ぎない。こういう手合いが多過ぎる。

 テレビコメンテーターは皆それだ。朝の茶の間でどのチャンネルでもこれをやられるからどうしようもない。せめてNHKぐらいはと思うが、エビジョンイル追放以来なにやら御用化が進んでいる気がする。エビジョンイル事件とはそういう事件だったのだろう。今になって分かる。結論として、せめて和魂洋才でいかなくちゃ。

 2006.9.5日 れんだいこ拝

【左派右派精神と義侠精神の相関考】
 左派右派精神と義侠精神とはどう関係するのか、これを考察するのも一興である。れんだいこの見るところ、左派精神は右派精神にも増して義侠精神と親和しているのではないかと思う。義侠精神とは、弱きを助け強きを挫く、あるいは社会ないしは国家への歴史的忠義を尽くし身体生命をも賭すものであるとしたら、義侠精神を持ち合わさない左派右派精神とは何と空疎なものであろうか。これにより、左派者ないしは右派者と侠客が肝胆相照らすのも不思議ではなくなる。サヨウヨが侠客を嫌うのも何ら不思議でなくなる。思いつくまま。

 2010.7.23日 れんだいこ拝


 小原氏のからこのスレッドが始まった。
Re:「左翼は頭が良いのか悪いのか。こういう設問は愚問なのか」 小原庄助 2003/01/31
> 皆さんちわぁ。「左翼は頭が良いのか悪いのか。こういう設問は愚問なのか」、これって案外面白い議論課題かも知れませんね。何か書き付けようと思いましたが、うまくまとまりません。ご意見どうぞ。暫し、コーヒーブレイクしますか。ところがこれがホットな議論になったりして。

 はじめまして、小原庄助と申します。ここの皆様の難解な話題にはとてもついていけないので、眺めるばかりでありました。ところで、「左翼」って何なのでしょうか?いや真面目な質問です。

 小原氏の質問を受け、れんだいこが次のように返答した。
Re:「左翼は頭が良いのか悪いのか。こういう設問は愚問なのか」 れんだいこ 2003/01/31
 小原庄助さんはじめまして。

> ところで、「左翼」って何なのでしょうか?いや真面目な質問です。

 これって、確かかって議論したことがあり、尻切れトンボで終わったような気がします。れんだいこの見解は未だ披瀝しておりません。これを機会に述べてみようかな。とはいえ、れんだいこはしゃべり過ぎるきらいがありますので、少し控えます。飲んだ席ではアレッ今日も独演会してしまったと反省することしきりです。今は少し賢くなったので、控えめにする術を覚えました。

 というわけで、その前に皆さんの意見を聞いてみようと思います。ふふふ上手に逃げているわけではないんよ。皆さんどうぞ積極的に開陳されたし。だいたい20投稿ぐらい為されてから拙者が持論述べてみようと思います。もっとも、頭の中にイメージされているぐらいでまだ活字にしたことはないんだ。

 ここのところでの認識の共有が為されていないと、議論が積み木できないよね。その意味で大事且つ原則的な課題だと思います。

 れんだいこがもう一つレスを付けた。
Re:「左翼は頭が良いのか悪いのか。こういう設問は愚問なのか」 れんだいこ 2003/02/02
 今は名を秘すさん、皆さんちわぁ。「左翼とは何か」、「左翼は頭が良いのか悪いのか」という演題は面白いですね。ところが、いざこの種の議論は難しいですね。どなたか素敵に展開してくれないでせうか。簡潔明快に要領よく論を積み重ねるようにしてなら長文でも構わない。

 非常に原点的で避くべからざる議論なのですが、アプローチが難しい。それでいて結構当たり前に使っているんだけどね。何かおかしいですねぇ。それとも味わい深いというべきか。

 今は名を秘す氏が次のような私見を逸早く述べた。
万人は一人のために、一人は万人のために 今は名を秘す 2003/01/31
 国鉄分割・民営化を支持すると公言し、国労を罵倒する帽子屋、その帽子屋が新自由主義をめぐって問答有用板で、左翼アナーキストとの「論争」をしています。左翼アナーキストの立場は、帽子屋とは全く正反対に「四党合意に屈することなく闘う国労の労働者には敬意を表する」というもので、当然、新自由主義の問題にも強い批判的見解をとっているわけです。

 で、帽子屋の見解はというと、「新自由主義には是是非非」とかいうものですね。いかにも国鉄分割民営化を支持し、推進したカクマルのメンバーの言いそうなことです。当然、帽子屋はカクマルの副議長である松崎明を頭目とする動労本部があの当時行なった分割・民営化支持、1047人首切り(三井三池闘争いらいの大首切り)の賛成と推進は正統なものだったという立場であろうと思われます。

 松崎明は、分割民営化推進のさなか、80年代の中頃から後期にかけての時期だったと思いますが、雑誌で元警視総監の秦野と対談しています。この時、秦野は「キミが革マルをやめたという話を、自分は信じる」「それなのに、今もキミのことを誤解する人がいるのは気の毒だ」という内容のことを、話していました。

 しかし、元警視総監の秦野のところに、カクマルの情報が入っていなかったとはとても信じることができません。政府・自民党や国鉄当局は明らかに、松崎の「転向」が偽装転向であり、カクマルと切れていないことを熟知したうえで、彼らの至上目的である「国労労働運動の解体」のために、カクマル・松崎明を協力者として活用したのです。メディアも、このことについては口を閉ざしてきた、というのが真実です。そして、90年代になってから「狡兎死して走狗烹らる(こうとししてそうくにらる)」との言葉通り、カクマルは「用済み」となり、そうしたなかで松崎明のJR総連カクマルはカクマルと分裂していくことになります。

 いまさらいうまでもないことではありますが、「一人の首切りも許さない」という立場は、労働運動の基礎中の基礎です。現在は連合に属する「総評全国金属機械労働組合」は当時、方針の違いがあるにもかかわらず、不当首切りにさらされた国労に連帯決議し、右派である元同盟全金連合藤原委員長でさえも、札幌の闘争団の座り込み集会で、「皆さんと心を一つにして闘う」と挨拶しています。

 ここの掲示板、そして問答有用板での帽子屋の一連の文章、そしてカクマルに欠落しているのは「万人は一人のために、一人は万人のために」という立場です。これは、19世紀以来の左翼運動・社会主義運動の原点であり、そしてそれは、左翼運動に限らず、反戦平和の運動、戦争責任追及の運動から、人権運動、NGOやボランティアに至るまで、社会的な運動に貫かれているものです。(以下、略)

(私論.私見) れんだいこ要約

 これによると、「左翼とは」、「万人は一人のために、一人は万人のために」という立場に立つ者という位置付けかと思われる。「これは、19世紀以来の左翼運動・社会主義運動の原点であり、そしてそれは、左翼運動に限らず、反戦平和の運動、戦争責任追及の運動から、人権運動、NGOやボランティアに至るまで、社会的な運動に貫かれているものです」とある。

 しかし、「万人は一人のために、一人は万人のために」という立場なる規定は風呂敷が大き過ぎて却って曖昧模糊ではないかと心配させていただく。

 2005.5.8日再編集 れんだいこ拝

 今は名を秘す氏が更に次のように補足した。
Re:「左翼は頭が良いのか悪いのか。こういう設問は愚問なのか」 今は名を秘す 2003/02/01
 「左翼」って、自称・他称のものが実はあちこちにありまして、まず最初に、「極右ファシストの目から見れば、左翼ではないものまで左翼に見えている」という現象があるということです。自由主義史観支持者・「つくる会」支持者・小林よしのり信者・2ちゃんねるハングル板に巣食う差別排外主義者の目からみれば、自分たちに反対する者は誰でも「左翼」または「サヨク」になります。こういう人達によると、自民党の野中とか田中真紀子、河野洋平らも「サヨク」とされ、日本は「サヨク」に完全支配され洗脳される「巨大な上九一色村」ということにされるわけです。

 ネオナチスやオウムの「ユダヤ・フリーメーソン陰謀論」やカクマルの「謀略論」にも似た荒唐無稽で滑稽な妄想ですが、それに加えて始末の悪いことに、左翼でもなんでもない存在でありながら、みずからを「左翼」と自称する人達もいるということです。帽子屋はみずからを「新しい型の左翼」といい、カクマルも「革命的左翼」を自称していますし、ナチスのホロコーストを否定する木村愛二・西岡昌紀も「左翼」を自称しています。

 80年代前半に「連帯」の運動があったとき、メディアはワレサを「左翼」と表現していました。ゴルバチョフ時代にはメディアはエリツィンらを「左翼」と表現していました。「左翼」とは何かについての定義づけがきちんとなされていないから、こんな混乱がメディアのなかで起こったのではないかと思います。(誤解のないようにいえば、私は「保守派」と呼ばれた連中をホンモノの左翼とは考えていません)


 では、何をもって「左翼」か否かの基準にすべきでしょうか? 非常におおざっぱな言い方をすれば、それはやはり、80年代の国鉄分割民営化と、それにともなう1047人首切りに対して、そして新自由主義に対して、いかなる姿勢をとるのか、ということになるのではないでしょうか。そして、それに加えて差別と排外主義の問題に関して、どのような態度をとるのか、ということになるのではないでしょうか。

(私論.私見) れんだいこ要約

 今は名を秘す氏が更に次のように補足した。「左翼」概念が何ら精査されていないがために自称・他称で飛び交っており、概念の混乱が著しい。更に、右翼系差別排外主義者は、自分たちに反対する者は誰でも「左翼」または「サヨク」に認定するので、実際には左翼ではないものまで左翼にされるという現象が発生しており、混乱が増幅する。連中に拠れば、「日本は『サヨク』に完全支配され洗脳される『巨大な上九一色村』ということになる」、と名揶揄している。更に、「左翼」人ないし党派間相互の規定においても、「保守派」と「左翼」の認定が曖昧である。

 では、何をもって「左翼」か否かの基準にすべきかという設問にれんだいこ意訳「人民大衆の生活権擁護の為に闘うのが左翼であり、それに加えて左翼は差別と排外主義とも闘う」という見解になっているように思われる。これは、あながち外れていないがまだまだ不十分な位置づけではないかと思われる。特に政治権力を奪取し如何にして政治責任を果たすのかについて全くふれられていないことにつき不満を述べさせていただく。

 2005.5.8日再編集 れんだいこ拝

 うちはだいこ氏が次のように補足した。
Re:「左翼は頭が良いのか悪いのか。こういう設問は愚問なのか」 うちはだいこ 2003/02/02
 加えて、戦争反対かどうかですね。例えば北朝鮮・イラクにたいする態度(戦争を遂行する政府にたいする態度でしょう)。さらに、階級的な立場でしょう。労働組合でも右翼的・左翼的とあります。またプロレタリアではなくても、学者や政治家で労働階級の立場のヒト、戦争反対のヒトは左翼でしょう。そして色合いにたいして革命的なヒトは革命的左翼(過激派といってもよい、わたしなんかですね)といいます。

 戦争に加担した社会主義者は、帝国主義社民とわたしたちはいいます。民社党なんかがはいるとおもいます。

(私論.私見) れんだいこ要約

 うちはだいこ氏が、今は名を秘す氏のれんだいこ意訳「人民大衆の生活権擁護の為に闘うのが左翼であり、それに加えて左翼は差別と排外主義とも闘う」見解に補足して、「戦争反対の立場、階級的な立場も問われている」と追加したことになる。

 しかし、分かりやすいようで却って混乱しはすまいか。なぜなら、明らかにマルクス主義的規定を挿入しようとしていることになるが、左翼=マルクス主義と規定するのは如何なものであろうかとの疑問を述べさせていただく。

 2005.5.8日再編集 れんだいこ拝

 小原庄助氏が「帝国主義社民」の規定に疑問を発した。
Re:「左翼は頭が良いのか悪いのか。こういう設問は愚問なのか」 小原庄助 2003/02/02
> 戦争に加担した社会主義者は、帝国主義社民とわたしたちはいいます。

 でもたとえば毛沢東とかホー・チー・ミンの侵略者を撃退する戦争はどうみても正しい戦争であるように思えます。ああいった戦争に加担した立派な人々も「帝国主義社民」になってしまうのでしょうか?

(私論.私見) れんだいこ要約

 小原庄助氏が、うちはだいこ氏の「戦争反対の立場、階級的な立場も問われている」論に異論を述べた格好である。ならば、植民地解放戦争はどうなるんだと問う。これはもっともなことであろう。

 2005.5.8日再編集 れんだいこ拝

 今は名を秘す氏が「内ゲバ」表現の曖昧さにも「左翼概念の混乱」と同様のものがあるとして次のように述べた。
Re:「左翼は頭が良いのか悪いのか。こういう設問は愚問なのか」 今は名を秘す 2003/02/02
 『新左翼運動40年の光と影』とか、あるいは『検証内ゲバ』を読んでみると、執筆者は誰一人として「なぜ、『内ゲバ』などという表現をするのか?」という、もっとも重要な問題には全く触れていないんですね。

 「内ゲバ」というような言葉を用いる限り、なぜカクマルが左翼の一員なのか、という説明が絶対に必要となるわけです。そこのところを執筆者たちは残念ながら、全く避けてしまっている。これは私はとても卑怯な態度ではないかと思う。

 それは、「左翼」の形態をとったカルト的ファシスト的な利権集団による敵対と、それに対する当時の状況のなかではそれ以外にいかなる手段も考えられないがゆえに行なわれたであろう反撃とをすべて同一視するものです。どのような意見の違いがあっても、目的が一致するのなら、大衆運動に敵対しない限りにおいて、大衆運動を通した共同行動は絶対に必要なものとなります。たとえ、相手が左翼とはいえない、リベラル的な潮流に属する人達であっても。

 が、たとえば三里塚闘争や国鉄分割民営化反対運動のような大衆運動に示されるように、暴力的敵対をこととする集団をはねのけない限り、大衆運動の前進はかちとれないという、そんな局面においてすら「内ゲバ反対」を唱えるのは間違いであろう。まして、小西誠氏のように、そのへんの事情をすべて熟知している人(その意味でこの人のことは決して、元第四インター、元日向派、元ノンセクトが多数を占める共産趣味者出身のネット左翼や、「問答有用」板常連やその周辺のネットワーカーとは同一視できない)がそういうことをいうのは、人間として卑劣な行為ではないかとさえ思う。

 小西氏は「中核派は『自衛』のみを徹底して呼びかけるべきであった」「それは今以上の膨大な犠牲を生じたであろう」「しかし、それを遥かに超える民衆の支持をつくりだしたであろう」「そうなれば革マル派は、民衆の包囲によって影響力をなくし、機能しなくなって解体した」という。この間違いはカクマルを「大衆運動主義の党派」ででもあるかのように扱っていることであり、それはカクマルを「日本型スターリン主義」と規定することによって、カルト性・ファシスト性を無視したことによって生じるものである。「スターリン主義」という言葉で、カクマルは議会主義の日本共産党と同列にされるのである。

 当然のことではあるが、もしヨーロッパの民衆がナチスに対して「自衛」以上の行動をしなかったならば、ユダヤ人・シンティロマ・同性愛者・「障害者」はガス室その他において絶滅させられ、ポーランド人やロシア人などのスラブ民族は3分の1が絶滅され、3分の1がシベリアなどに強制移住させられ、3分の1が奴隷的境遇においこまれていただろう。これは、誰が考えてみても理解できることである。

 第四インターの人達がかつて出版した『革命的暴力と内部ゲバルト』では、スターリン主義勢力によるトロツキー派などの反対派へのテロを「内ゲバ」と表現し、「トロツキーは同じ手段では対抗しなかった。トロツキーは正しかったか。百度もしかりだ」とし、「正しい敗北」という表現がされている。なぜトロツキーがスターリンに敗北したのかに関しては、そんな単純な分析はできるものではないし、トロツキーを単なる非暴力主義のように考えるのはトロツキーに対する冒涜ではないかと思うが、「正しい敗北」などという表現は、その後に引き起こされる凄まじい犯罪行為を思うと、驚くべき無責任な表現ではないかと思う。

(私論.私見) れんだいこ要約

 今は名を秘す氏が、小原庄助氏の「戦争反対の立場」に対して疑問を提起したのに続いて、「内ゲバ反対論」に触れこれにも疑問を述べていることになる。特に、「左翼の形態をとったカルト的ファシスト的な利権集団・革マル派との戦争」も反対として否定されるのか、と問いかけていることになる。これに関連して小西論、ナチス論、トロツキー論を述べている。れんだいこには、ナチス論の論旨が陳腐なように思えるが、全体として重要な提起をしていることに代わりは無い。

 2005.5.8日再編集 れんだいこ拝

 帽子屋氏が次のような左翼概念の観点を示した。
Re:「左翼は頭が良いのか悪いのか。こういう設問は愚問なのか」 帽子屋 2003/02/02
 れんだいこ様〜。今更そんなこと言わないでくださいよ。一般的には途上国などにおいては、「未完の近代」の達成をめざし「政府を批判する勢力」が左翼ですよ。

 なぜ韓国の排外性すら帯びる民族主義者が左翼なのか? 統一という「未完の近代」の完成を目指すからですよ。なぜ、マルクス主義が途上国において知識人に受容され左翼を形成したのか? それは「未完の近代」を完成させるプログラムがマルクス主義だっただからですよ。じゃあなぜ、東欧諸国では資本主義化を目指す勢力が左翼なのか? 「未完の近代」を完成させるプログラムが資本主義化だからですよ。

 「未完の近代」の完成こそが左翼。だからこそ、初期においては民族主義者もオールド・リベラリストすら左翼に含まれる。戦後すぐ、日本の左翼言論空間において「国家」「民族」「国民」という言葉があふれかえったのは、この「未完の近代」を完成させる使命感をもっていたからです。

 近年「リベラルVS保守」という政治軸が語られるのは、日本が途上国から脱却したからでしょう。もはや日本に未完の近代を完成させるプログラムは存在しないし必要はない。僕は「未完の近代を追う」近代主義者かつリベラリストとなのるのは、この新しい左翼を意識しているからです。

 リベラルは、もはや1970年代以降はロールズの正義原理を擁護するものでしょうね。

(私論.私見) れんだいこ要約

 帽子屋氏により、「左翼とは、『未完の近代』の達成を目指し『政府を批判する勢力』」規定が登場した。れんだいこには、かなりユニークな見解だと思われるが既に流布されているのかも知れない。『未完の近代』を『ルネサンス精神とそれの及ぼした近代的諸制度』とみなせば、ハタと膝を打つものがある。

 問題があるとすれば、では、「『未完の近代』の達成を目指し『政府を批判する勢力』」なら一応でも皆、左翼になるのかということになる。やはり、あまりに概念が広すぎるだろう。むしろ、リベラルの規定ではなかろうか。つまり、もどかしさがあるのは、リベラルの規定をもって左翼に当て嵌めているからであろう。しかし、リベラルをかように簡潔に規定することができるという意味で勉強になった。

 2005.5.8日再編集 れんだいこ拝

 れんだいこが、左翼概念の基礎知識を呈示し、あわせて帽子屋氏の規定に若干の疑義を述べた。
左翼概念考その一 れんだいこ 2003/02/03
 皆さんちわぁ。『左翼』概念につき、こういう解説をつくってみました。どんどん訂正、補充意見お願いします。こういうところをしっかりさせておかないと、議論が生産的にならないので、敢えて挑戦しました。

 右翼、左翼という命名は、18世紀後半に勃発したフランス革命により創設された国民公会(1792〜95)の席次に由来する。国民公会は今日の議会のハシリとなるものであるが、その代表者たちは議長席から見て右側に体制護持派、左側に体制変革派という風に席次を列ねた。この席次は左をどんどん右へ追いやる形で変動していき、最終的に右側に穏健革命派のジロンド党、左側に急進的な革命派のジャコバン党が座ることになった。

 この故事に由来して、体制肯定擁護派を「右翼」、体制否定変革派を「左翼」というようになった。これは、マルクス主義形成以前の「右翼・左翼」観であり、マルクス主義登場以降の「右翼・左翼」観とは異なる。

 今日的な意味での「右翼」、「左翼」概念は多様に使われておりある種混乱している。通説は、国家主義的、民族主義的な立場をとる特徴があるのが「右翼」、社会主義的、共産主義的な立場をとる特徴があるのが「左翼」としているが、粗雑というか参考に留まる。

 以上、れんだいこが基礎知識を整備してみました。これだけのことでもいざ検索してもでてこないんだな。今ここで行われようとしている左翼概念考の場合、これを踏まえて、さてあなたの左翼概念とは、を問おうとしているのだと思います。

 帽子屋さんの「未完の近代の追及派にして反政府派」(確かこう云う風に纏められるのかな)という規定にはうーーんなるほどという風に感心させられました。もっとも、それは、リベラル派に対する規定とした方がピッタリする。そこから突出した「マルクス主義的左翼」を更にどう規定するのか、これが問われているように思います。

 という訳で、左翼概念考はまだまだ続きます。皆さん宜しくどうぞ。

 帽子屋氏がれんだいこの規定に関して次のように補足した。
Re:左翼概念考その一 帽子屋@革命的ドラえもん主義者同盟全国委員会 2003/02/03
 帽子屋です♪ れんだいこ様、もう少し議論を続けさせてもらいますと、

>  この故事に由来して、体制肯定擁護派を「右翼」、体制否定変革派を「左翼」というようになった。これは、マルクス主義形成以前の「右翼・左翼」観であり、マルクス主義登場以降の「右翼・左翼」観とは異なる。
>
>  今日的な意味での「右翼」、「左翼」概念は多様に使われておりある種混乱している。通説は、国家主義的、民族主義的な立場をとる特徴があるのが「右翼」、社会主義的、共産主義的な立場をとる特徴があるのが「左翼」としているが、粗雑というか参考に留まる。

 民族主義を右翼とするのは、定説ですが間違いでもあるというべきでしょう。なぜなら開かれた市民社会において、連帯を希求する場合、ナショナリズムというのはひとつの有力な武器になるからです。ナショナリズムが市民社会を勝ち取るためにわき上がることは歴史上ありふれた事例です。このような粗雑な整理が可能になることこそ、日本の近代の固有性でもあるとみるべきでしょう。

 そもそも、フランス民族主義はふかく左翼と結合し、インターナショナルな王党派・教会勢力と対峙した伝統を忘れては成らないでしょう。ドイツはこの民族主義が、ドイツ的内面性へと回収されフェルキッシュ運動という形で右翼として立ち現れてくることになります。

 ナショナリズムは民族主義、国家主義、国民主義と訳されるように、非常に多様なそして奥が深いものであるのです。

>  帽子屋さんの「未完の近代の追及派にして反政府派」(確かこう云う風に纏められるのかな)という規定にはうーーんなるほどという風に感心させられました。もっとも、それは、リベラル派に対する規定とした方がピッタリする。そこから突出した「マルクス主義的左翼」を更にどう規定するのか、これが問われているように思います。

 ただ、20世紀の途上国において、マルクス主義的左翼運動もまた、未完の近代を完成させるプログラムであったことを我々は認識する必要があるでしょう。市民社会の桎梏から解放するためのマルクス主義は、途上国においては伝統社会の桎梏を解放するための啓蒙の武器として以外受容されていないことに目を向ける必要があります。啓蒙としてのマルクス主義というものです。なぜなら社会主義は、つねに国家【建設】のための国家経済統制による【キャッチアップ】政策をおこなっているからです。

 社会主義がこの未完の近代を完成させるプログラムではなかったことが明らかにされたとき…

 晴れてうち捨てられて資本主義化に転換した、中国と東欧諸国の事例がこの間の事情を物語っているのではないでしょうか?

(私論.私見) れんだいこ要約

 帽子屋氏は、れんだいこの指摘を肯定し、民族主義をもって右翼、国際主義をもって左翼とする仕分けをナンセンスとした。「このような粗雑な整理が可能になることこそ、日本の近代の固有性でもあるとみるべき」と云う。

 後段の文意、「マルクス主義的左翼運動もまた、未完の近代を完成させるプログラムであった」という認識は果たして正鵠であろうか。

 2005.5.8日再編集 れんだいこ拝

 厨房大好き氏が登場し、帽子屋氏の後段の規定を批判した。
こいつは馬鹿か? 厨房大好き 2003/02/04
> そもそも、フランス民族主義はふかく左翼と結合し、インターナショナルな王党派・教会勢力と対峙した伝統を忘れては成らないでしょう。ドイツはこの民族主義が、ドイツ的内面性へと回収されフェルキッシュ運動という形で右翼として立ち現れてくることになります。

 爆笑! フランス第三共和制時代には、アクションフランセーズなどのフランス王党派こそがフランス民族主義と結合していたんだよ。

> ただ、20世紀の途上国において、マルクス主義的左翼運動もまた、未完の近代を完成させるプログラムであったことを我々は認識する必要があるでしょう。市民社会の桎梏から解放するためのマルクス主義は、途上国においては伝統社会の桎梏を解放するための啓蒙の武器として以外受容されていないことに目を向ける必要があります。啓蒙としてのマルクス主義というものです。なぜなら社会主義は、つねに国家【建設】のための国家経済統制による【キャッチアップ】政策をおこなっているからです。

 あほくさ、ファシズムだって、伝統社会への回帰を訴えていたわけじゃなく、過去とのラディカルな決別という色彩を見せていたんだ。とくに、ムッソリーニのイタリア・ファシズムなんかな。おまえの論理によると、ファシズムも「左翼」になるな(爆笑)

(私論.私見) れんだいこ要約

 厨房大好き氏が、「マルクス主義的左翼運動もまた、未完の近代を完成させるプログラムであった」は、ファシズムもまたそのようなものであったことを踏まえればナンセンスな規定であると批判したことになる。

 2005.5.8日再編集 れんだいこ拝

 れんだいこが、更なる論議を呼びかけた。
この議論戦線に諸氏百家参戦せよ れんだいこ 2003/02/04
 この際「左翼概念論」を喧喧諤諤してみませうよ。案外と議論されていないんだな。参考サイト、掲示板での遣り取りありましたら教えてください。当然、れんだいこは持論を述べてみるつもりです。只今論を仕込ませ発酵中です。期待してくださいよ。

 現段階の議論は、歴史的な左翼・右翼概念の発生史を踏まえて、その後どう変遷していったのかに辿り着いております。帽子屋氏の「未完の近代の完成運動」観は表現的に斬新で簡潔でした。しかし、これについてマルクス主義がその中に包摂し得るのか、しないのかという議論の余地が大いにあると考えます。あらたに論が登場して、ファシズムもそうした運動系の中に入るのではないのか。そうなると、却って左翼・右翼の概念を混乱させるに過ぎないという批判も為されて参りました。

 うーーむこれをどう解くのか。この議論戦線に諸氏百家参戦せよ、なんて煽っておこ。

 うちわだいこ氏が、帽子屋氏の規定を批判した。
左翼について うちはだいこ 2003/02/05
 @帽子屋の定義に規定すると、左翼は体制の批判勢力ということとなる。とすれば、ナチがワイマール体制を批判したのも左翼であったからということとなりえる。そもそも、ナチは「国家」社会主義労働者党と、社会主義と労働階級の政党であるように凝らして登場している。また、イタリアのファシスト党は、社会党機関紙の編集長までやったムッソリーニが作った政党であった。しかし、いずれも社民・共産(スターリニストもトロツキストも)を殲滅している。しかも、これらファシズム政党は、反資本主義のポーズをとり、労働階級を組織化した。しかし、資本家を打倒することではなく帝国主義戦争を拡大していった。

 A帝国主義社民は、第二インターは崩壊し、帝国主義社民はバーゼル決議(戦争を反戦にとらえかえして、権力奪取する)を破って、各自帝国主義戦争に参戦していった。また、ドイツではナチに敗北している。

 B帝国主義社民を批判すると、かならず、帝国主義社民勢力の批判として、ソ連(スターリン主義)や中国・ベトナムの内紛が提起されてくる。それは、帝国主義社民も傷はあるが、ソ連共産主義も悪いではないか、矛盾があるではないかとの批判というわけである。

 Cこれは、スターリン主義として、これらの「共産圏」をとらえないからである。まず、レーニンはロシア革命で「民族自治を擁護」し「フィンランド」など無条件でロシアから分離している。(こういうと、戦時共産主義や水兵の反乱の対処をいう批判もあるがそれは、革命防衛であった。)

 Dレーニン・トロツキーは、世界革命としてロシア革命をとらえていて、ドイツ革命など世界革命がなければロシア革命は頓挫することを懸念していた。

 Eしかしスターリンは、国内では自治を剥奪し民族抑圧し、国外では世界革命を対置せず、帝国主義と協調さえした。また、各国共産党には二段階革命路線を敷き、世界革命路線をなくした。それらは、ソ連=労働者の祖国として登場し、一国社会主義建設路線に集中していった。この路線の矛盾が、戦後のソ連崩壊であり、中国・ベトナムの現在・過去・未来を規定している。

 F帝国主義社民にもどすが、彼らはヨーロッパでしぶとく生き残り、権力奪取をいくつかで実現している。
 Gとりわけ、現代が1930年代的様相(世界恐慌・戦争の拡大)を帯びている現在、アメリカはまたもや帝国主義戦争の時代を展開しようとしている。それがイラク攻撃をはじめとしたものである。
 Hこれにたいしてイギリス帝国主義社民労働党政権は、積極的に参戦していくと決断している。
 Iこれは、帝国主義社民としての歴史的性格に由来する。
 Jしかし、1930年代もそうであったが、反戦運動がこの政権にいどんでいるということである。しかも、それは、第一次大戦・第二次大戦を教訓としている労働階級は、1930年代よりも、数の上でも、戦略のうえでも、それをうわまわる反戦運動を展開している。
 Kこれをみるにつけ、政党が無力であること、左翼をイメージさせる労働党はやはり戦争に参戦していくということをつきだしている。
 Lしかし、労働階級・人民は、それを乗り越えて戦争反対勢力として登場しているということである。
 M左翼とは、単なる「進歩」勢力や「批判」勢力ではない。労働階級の利害のために闘う人々の結集であり、それがなくなれば意味はない。
 Nいまそれがもっともとわれている。
 Oアメリカの口実は大量破壊兵器をもつイラクを攻撃することだとしている(これは都合のよい理屈である、それで戦争するほうはいったいどうなのだ)しかし、元国連査察団で共和党員の暴露にあるように、その口実はうそである。
 P今、はじまろうとしている、侵略戦争へ反対することが、左翼にとわれるものであるのではないのではないか。
 Qイラク反戦の態度いかんが左翼につきつけられているということであろう。

(私論.私見) れんだいこ要約

 うちわだいこ氏が、「体制の批判勢力必ずしも左翼ならず」として、ファシズム台頭の例を挙げながら帽子屋氏の規定を批判した。「左翼とは、単なる『進歩』勢力や『批判』勢力ではない。労働階級の利害のために闘う人々の結集であり、それがなくなれば意味はない」と提起した。

 2005.5.8日再編集 れんだいこ拝

 帽子屋氏がうちわだいこ氏の批判に次のように応酬した。
Re:左翼について 帽子屋 2003/02/06
 ウソツキダイコこと上海リルクンおはよう。カタリ投稿にあらしとは、すさまじいもんだな、おい(大爆笑)

> @帽子屋の定義に規定すると、左翼は体制の批判勢力ということとなる。 とすれば、ナチがワイマール体制を批判したのも左翼であったからということとなりえる。そもそも、ナチは「国家」社会主義労働者党と、社会主義と労働階級の政党であるように凝らして登場している。また、イタリアのファシスト党は、社会党機関紙の編集長までやったムッソリーニが作った政党であった。しかし、いずれも社民・共産(スターリニストもトロツキストも)を殲滅している。しかも、これらファシズム政党は、反資本主義のポーズをとり、労働階級を組織化した。しかし、資本家を打倒することではなく帝国主義戦争を拡大していった。

 ウソを書くな、ボケ。ナチスもファシスト党も、みな「未完の近代」の完成ではなく、民族の「本源」性に立ち返ろうとしてただろうが、ボケなす!!

> Lしかし、労働階級・人民は、それを乗り越えて戦争反対勢力として登場しているということである。
> M左翼とは、単なる「進歩」勢力や「批判」勢力ではない。 労働階級の利害のために闘う人々の結集であり、それがなくなれば意味はない。

 おまえが労働者階級の味方であるとする根拠は?おまえの妄想で、ハーレムをつくることはできても、それは現実ではないのと同様、おまえが妄想で労働者階級の味方を主張しても、現実に味方であることにはならないね。

(私論.私見) れんだいこ要約

 帽子屋氏が、「帽子屋規定では、ナチス、ファシスト党も左翼の範疇に入ることになるではないか」との批判に対し、ナチス、ファシスト党は「『未完の近代』の完成ではなく、民族の『本源』性に立ち返ろうとしてた」ところに重点があるので、左翼規定から逸脱していると再批判した。

 2005.5.8日再編集 れんだいこ拝

 帽子屋氏が厨房大好き氏の批判に対し、次のように再批判した。
おやおや、デマで名を誹す=にゃにゃにゃにゃにゃ=中核派が逆ギレかい(大爆笑) 帽子屋 2003/02/06
> > そもそも、フランス民族主義はふかく左翼と結合し、インターナショナルな王党派・教会勢力と対峙した伝統を忘れては成らないでしょう。ドイツはこの民族主義が、ドイツ的内面性へと回収されフェルキッシュ運動という形で右翼として立ち現れてくることになります。
>
>  爆笑! フランス第三共和制時代には、アクションフランセーズなどのフランス王党派こそがフランス民族主義と結合していたんだよ。

 バカが粋がって…(爆笑)第三共和制のブーランジェ事件を契機に、王党派が民族主義と深く結びつくようになったの。それまでは左翼がナショナリズム(国民主義、民族主義)とむすびついていたの。フランス民族主義と左翼の結びつきこそ伝統的で、右翼勢力の方が遅いというのはフランス史の常識。にゃにゃにゃにゃにゃはフランスについて書いていたから、おもわず書き込んでしまったようだな。

 もはやにゃにゃにゃにゃにゃ=中核派=デマで名を誹すであることは、問答有用の投稿時間から考えて明らかになってきたようだな(爆笑)

> > ただ、20世紀の途上国において、マルクス主義的左翼運動もまた、未完の近代を完成させるプログラムであったことを我々は認識する必要があるでしょう。市民社会の桎梏から解放するためのマルクス主義は、途上国においては伝統社会の桎梏を解放するための啓蒙の武器として以外受容されていないことに目を向ける必要があります。啓蒙としてのマルクス主義というものです。なぜなら社会主義は、つねに国家【建設】のための国家経済統制による【キャッチアップ】政策をおこなっているからです。
>
>  あほくさ、ファシズムだって、伝統社会への回帰を訴えていたわけじゃなく、過去とのラディカルな決別という色彩を見せていたんだ。とくに、ムッソリーニのイタリア・ファシズムなんかな。おまえの論理によると、ファシズムも「左翼」になるな(爆笑)

 当たり前のことを書くなよ。国家「社会」主義だろ?(大爆笑)伝統社会を断絶し、反転させることこそファシズムの基礎。

 んで啓蒙のためのマルクス主義、と書いたことを忘れているな、にゃにゃにゃにゃにゃ。「啓蒙」についてファシズムはどういう立場にあったのか、書いてご覧? 難癖つけるたびに馬脚を現す愚かな男だよな(爆笑)

(私論.私見) れんだいこ要約

 帽子屋氏が、民族主義と右翼、左翼の繋がりで、「それまでは左翼がナショナリズム(国民主義、民族主義)とむすびついていたの」との見解を示した。

 次に、ファシズムとは国家社会主義であり、その名の通り国家主義と社会主義との結合したものであるとの見解をも示した。

 2005.5.8日再編集 れんだいこ拝

 帽子屋氏が、更に次のように述べた。
Re:帽子屋へ 帽子屋 2003/02/06
> 帽子屋の左翼の定義とは、「批判勢力」であり「リベラル」らしい。 しかし、後者の「リベラル」概念はもはや過去のもので「新自由主義」という弱者切捨てが今日のリベラルである。

 リベラルとは、今でもロールズ流をさし、新自由主義ではありません。ウソを書くな。

 オカマの上海バンスキング氏が帽子屋氏に次のように質問した。
「左翼概念論」 オカマの上海バンスキング 2003/02/06
 帽子屋さん、「左翼」という言葉は「人民」とか「労働者」という言葉と極めて密接なイメージが付きまといますが、果たして、日本を例にとるならば「人民」とか「労働者」という部分はメジャーに存在しているのでしょうか?

 れんだいこさんが提起された「左翼概念論」ですが、左翼が対象とする相手は日本の場合何になるのでしょうか?(ウヨクのイメージは国体護持というのがまだ使えそうですが。)

(私論.私見) れんだいこ要約

 これを意訳すれば、「左翼」概念と「人民」とか「労働者」という言葉との関わりを具体的に示して欲しい、との意見を述べたことになる。果たして、日本を例にとるならば「人民」とか「労働者」という部分はメジャーに存在しているのでしょうか?、と問う。

 右翼の国体護持に対するに左翼のそのようなものは奈辺にあるか、とも問うた。

 2005.5.8日再編集 れんだいこ拝


【西岡昌紀氏の左右好み論】
 「阿修羅♪ > 議論30」の西岡昌紀氏の2010.7.21日付け投稿「最近の小林よしのり 西岡昌紀」を転載しておく。
 http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1542934282&owner_id=6445842

 政治に関して言へば、私は、「右」でも「左」でもない積もりです。例えば、私は、憲法9条については改正論者ですが、原子力発電には反対です。或いは、中東問題ではパレスチナ人の側に立つ者ですが、北朝鮮に対しては強硬な立場を取る者です。この様に、日本で「右」とか「左」とかされる分類では、自分の考え方はどちらにも当てはまらないので、この時代遅れの分類(「右」と「左」)のいずれかを名乗る事は、しない事にして居ます。

 ただし、私は、言論の自由を尊重する事では徹底した人間である積もりです。ですから、人権擁護法の類の法律には絶対反対ですし、同時に、天皇についての言論に関して、タブーを設ける様な姿勢にも絶対反対です。天皇であろうと、「慰安婦」であろうと、「ガス室」であろうと、「地球温暖化」であろうと、とにかく、この世に疑ってはならない物などあってはならないと言ふのが、私の信条です。又、アメリカであろうと中国であろうと、或いは、天皇であろうと部落解放同盟であろうと、この世に批判してはいけない物が有る等とは思ひません。「批判してはいけない物」が存在する社会などまっぴらです。そう言ふ社会が到来する事に私は、絶対に反対です。その様に、自分が疑った物を疑ふ自由を、或いは、自分が批判したい物を批判する自由をお互いに認め合った上で、対話する事こそが、私が至上の価値とする物です。ですから、私は、どんなに意見の違ふ人とでも、意見が違ふと言ふだけで対話を放棄する事はしません。礼儀を守らない人や、暴力に訴える人を別とすれば、私は、いかに意見が違ふ人とでも、交流する事にして居ます。ですから、人間関係の上でも、私は、「右」にも「左」にも属して居ませんし、実際、私の友人、知人には、「右」の人も居れば、「左」の人も居ます。

 そんな私ですが、それでも、人が、私を「右」と見なしたり「左」と見なしたりする事が有るのは、仕方が無い事だと思って居ます。(本当にどちらでもない積もりですが、あえてどちらかを選ぶとしたら、意外に思ふ方も多いと思ひますが、「左」と見なされる方が嬉しいかも知れません。)

 そうお断りした上で書こうと思ったのは、前置きが長く成りましたが、最近の『サピオ』における小林よしのりの発言はなかなか面白いな、と思って居ます。彼(小林よしのり)とは、過去には色々有りましたが(笑)、最近の彼の(自称)「保守」批判は、実に痛快です。

 (「過去の色々」についてはこれらのサイトをお読み下さい)
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%AB%E3%82%B3%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%83%AD%E4%BA%8B%E4%BB%B6

 http://www.amazon.co.jp/%E6%95%99%E7%A7%91%E6%9B%B8%E3%81%8C%E6%95%99%E3%81%88%E3%81%AA%E3%81%84%E5%
B0%8F%E6%9E%97%E3%82%88%E3%81%97%E3%81%AE%E3%82%8A-%E3%83%AD%E3%83%95%E3%83%88%E3%83%96%E3%83%83%E3%
82%AF%E3%82%B9/dp/4795200696/ref=sr_1_1?ie=UTF8&s=books&qid=1279703499&sr=1-1

 産経新聞や『正論』に書いてある事をオウムの様に繰り返し言ったり書いたりして居る(自称)「保守」の人達に、私は、本当にウンザリして居ます。

 私は、皇室の話には、正直なところ余り関心が有りませんが、皇室に関する小林よしのりの(自称)「保守」批判には、非常な説得力が有るし、皇室の事に限らず、自分たちと少しでも違ふ事を言ふ人間には、すぐに「反日」とか「サヨク」とか言った決まり文句を投げつけて、激しい言葉で攻撃をする(自称)「保守」の人間たちが、私は、本当に、社民党や朝鮮総連と同じくらいに大嫌いなのです。その意味で、今、小林よしのりが『サピオ』で展開して居る「保守」論壇への批判を読むのは、本当に痛快です。次の『サピオ』を読むのが、本当に楽しみです。

 平成22年7月21日(水)  西岡昌紀

 http://nishiokamasanori.cocolog-nifty.com/blog/





(私論.私見)